碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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Q.Fate全シリーズを見て、召喚されたいマスターはいますか。

A.
ヒッポメネス「僕は巽くんかな? 士郎くんや凛ちゃんも好きだけど、僕じゃ足手まといだし、彼らにはあの二人がお似合いだしね」

アタランテ「私はエルザだな。聖杯への願いが好ましい。力を存分に発揮できそうだ。…イリヤにも召喚されたいが、あの娘には彼奴がいる。大英雄の加護より頼もしいものは無かろうて」




きっと大英雄

  フィオレは決断に迫られていた。

  今すぐにでも大聖杯を取り返しに行くべきか、“五日後”を待って大聖杯を奪還すべきか。

 

  “黒”のライダー(アストルフォ)の宝具である魔導書の真価が発揮される条件は『月が出ない夜』つまり『新月』の夜こそ、あらゆる魔術を無効とする宝具が解放される。

  宝具を解放できれば空中庭園に接近できリスクを消せる。だが、それには一つ諦めなければならぬことがある。

 

  ユグドミレニアが大聖杯を諦めなければならない。

 

  新月の夜は五日後、つまり五日間の時間を待たなければならない。

  その五日の間、空中庭園の移動を許してしまう。空中庭園がルーマニアから出れば、ユグドミレニアの勢力の影響は無くなる。ルーマニアの外に待機している協会の魔術師達が大聖杯を奪取するだろう。

 

  つまり、リスクを失くすには大聖杯を諦め、大聖杯を諦めたくなければリスクを覚悟しなければならない。

 

  ユグドミレニアの長として、フィオレは決断に迫られた。

 

  ユグドミレニアの威厳を、根源への到達を、天秤に掛けなければならないことを。

 

「悪い。ちょっと姉さんと話させてくれ」

 

  思考の深い溝に嵌ったフィオレの意識を戻したのは、弟のカウレスだった。

 

「サーヴァントとジークは今夜は戻って休んでくれ。明日、結論を出すから」

 

  カウレスの言葉にーーーフィオレの決断を待っていたマスター、サーヴァント達はそれぞれ違う表情で会議室から退出していった。

  ゴルドは自分が出る幕ではないと、ライダーは何か言いたそうだったが察したジークとルーラーに掴まれて、アーチャーはフィオレとカウレスを交互に見ては微笑んで、バーサーカーはカウレスの肩にそっと手を置くと静かに去った。

  残ったのはフィオレとカウレスだけ。聖杯戦争が始まって以来、久々の姉弟だけの時間だった。

 

「姉さん、どうする?」

 

「多少のリスクを背負うべきです。私たちは、是が非でも大聖杯を奪い返さねばーーー」

 

「俺は、ここが分水嶺だと思う」

 

「分水嶺って…何が?」

 

  ユグドミレニアの、魔術師としての話だと思っていた。フィオレはそう思って話していたのに、弟の話は何処か別のことを話していた。

 

「姉ちゃんが魔術師になるか、人間になるかの分岐点ってことさ」

 

 

 

  カウレスは思う。ここは、自分にとっても分け目なのかもしれない。魔術師か人か、今後の進むべき道の境目。

 

「ルーラーから聞いた話だと、あいつらは黒海に向かっている。空中庭園がどこへ向かっているかは不明だが明日にでも空中庭園へ向かわなければ大聖杯の所有権はユグドミレニアの物では無くなる」

 

「それは、分かっているわ」

 

「ダーニックはこの叛乱のために全てを捧げた。血も、魔力も、金も、全てを賭け金として上乗せさせた。これで敗北すれば、全てが無駄になる。五日経てば、高確率で勝っても無駄になる」

 

「それも、分かっている」

 

「だから大聖杯が欲しいなら明日中に出発するしかない」

 

「だから、分かってる!カウレス!あなたは何が言いたいの!?」

 

  確認するように分かりきったことを言うカウレスに苛立ったフィオレはカウレスを睨むが。

 

「だけど。それは魔術師の選択だ」

 

  カウレスの、酷く冷淡とした魔術師の瞳を見た。

 

「…魔術師の?」

 

「あの大聖杯を天草四郎に使用されるわけにはいかない。だから勝つ。そのためにはリスクを最低限にしなければならない。リスクより確率だ。たとえ、大聖杯が手に入らなくとも」

 

「考慮に値しません。ユグドミレニアがーーー」

 

「ユグドミレニアは関係ない。姉ちゃんが長であることもだ。これは、姉ちゃんが魔術師であり続けるかどうかって問題だ」

 

  それは、フィオレにとって恐るべきものだった。

 

「…私に、魔術師を止めろって言いたいの?」

 

「それを、姉ちゃんが選択しろ」

 

「そんなの決まっているでしょう。わたしはーーー」

 

「犬のこと、覚えてるか?」

 

  呼吸が、時間が止まった。思い出さないようにと、閉じ込めたはずの記憶がこじ開けられた。

  あの、今でも鮮明に覚えている、耳に、目にこびりつく酷い光景がこみ上げてくる。

 

「…忘れるはずが、ないでしょう」

 

「…そうか。でも、それは魔術師にとって不必要だ。あんなもの忘れてしまえばよかったのに」

 

  その記憶を忘れれば、もしかしたら進めたかもしれない。しかし、それがフィオレにとっての始まりだった。あの犬の様なことがないように、失敗しないようにと魔術を学んできた。トラウマが今でも蘇り、苦しめてはーーーあの穏やかな日々も帰ってくる。

 

「忘れられる筈がないじゃない…」

 

「どうして?」

 

「忘れてしまえば…あの子はどこに行けばいいの?」

 

  フィオレとカウレスが降霊術を学ぶために用意され、そして殺されてしまったあの老犬は、何処に行くのか。

  天国なんて都合がいいものは考えない。人が生きていたという証明は、残るものか、残り続けたものかで明かされる。

  あの老犬が残っていたと証明できるのは、フィオレとカウレスの記憶だけ。

  フィオレは捨てきれない、捨てきれるわけがない。あの犬との大切な思い出は、捨てていいものでない。

 

「だから、だめなんだよ姉ちゃん」

 

「…そう、ね」

 

  気づいてしまった。この感情は魔術師にとって要らないものだ。合理的ではなく、あまりにも、感情的だった。

  だが、それだからこそ涙が頬を撫でた。仄かに暖かく、それでいて人間らしい涙が。

 

「ーーー私は、もう上がれない」

 

「…そっか、うん。姉ちゃんは、やっぱそれでいいと思う」

 

  カウレスはそうしてフィオレの背中をさする。涙がとめどなく溢れ、止まらなかった。

  姉が流す涙に、カウレスの瞳はただの弟と戻っていた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  日が沈みかけていた時には、街は悲鳴が飛び交い、激痛で涙を流す者がいたが既に収まりを見せ、トゥリファスの街には静寂が流れていた。

  耳に入り込むのは風の音のみーーーだが、聞こえる筈のない声まで聞こえてきた。

 

『かえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたいかえりたい』

 

  怨嗟だった。同じことを何度も繰り返すことしかしない、怨念の残留思念。

  胎児達の怨念の集合体である“黒”のアサシン(ジャック・ザ・リッパー)の一人である少女、アステルと名付けられた娘によって右腕を侵食されたバーサーカーは、呪いが移っている右腕をさすった。

 

「…かえりたい、かぁ」

 

  自我も意識もない、ただの()()()()存在。帰りたいと呟くことしかない思念は痛みも苦しみもないが、バーサーカーの心を沈ませる。

  自らの行いに迷いはない。ああしなければ他の者に被害が及んでいた。

  しかし、それでも…。

 

『何故なんだ!!何であの子達を救えなかった!!』

 

『お前を…許してなるものか。許していいはずが…ない!』

 

  受け入れられない者がいる。それも分かっていた。それを…誰よりも目を瞑りたくて、認められなくて、変えたいと抗う女がいたことも。

 

「おーい、ヒッポメネスゥ」

 

  囁き続ける怨嗟とは別に、可憐な少女のような少年が近づいてきた。その正体は言わずもがなライダーだった。

 

「おー、やっぱいつもの見張り台にいたいた」

 

「ライダー、どうしたんだい?」

 

「えっとね、フィオレちゃんがさ、空中庭園の追跡は五日後に決めたんだってことを連絡してきてくれって言われたんだよ」

 

「そっか…」

 

  マスターが姉を救えたことを察し、バーサーカーは静かに瞼を下ろした。

 

「なーんか知ってるみたいだね」

 

「うん。僕のマスターは得れたものがあったみたいだ」

 

「嬉しそうだね」

 

「そりゃ嬉しいさ。…一人の少年の、門出だろう?」

 

「それもそうだね!」

 

  静けさを無視した陽気な笑いが夜の闇へと消えていく。二人の笑みは続くこともなく直ぐに止み、ライダーは優しい笑みで尋ねた。

 

「大丈夫?」

 

「…ちょっとキツイね」

 

「前聞いた時はもっと辛そうだったけどね」

 

「うん」

 

  この“黒”の陣営において、限りなく場を明るくした二人の間には明るさとは違う確かなつながりがあった。

  召喚された当初から、“赤”のバーサーカーの進行により発覚した“赤”のアーチャーの正体まで二人は多くのことを語り合ったことを思い出す。

 

「覚悟していたし、違う形ではあったけれどこうなることは分かっていた。…だけど、やっぱり痛いのは痛いなぁ」

 

「何をするつもりだったのさ、本来ならさ」

 

  目を瞑り、想像する。もし聖杯を手にすることができて、英霊の座にいるアタランテを召喚した時、しようとした事はーーー

 

「…全て話すつもりだった。生前に死ぬまで隣にいた者として、彼女の願いがどれ程に尊く、果てなき道路になるかを。その道は彼女が抱く理想で足を踏み入れることすら拒み、踏み入れようとするたびに悲劇を目にすることを」

 

  理想ーーー親が子を愛する循環は紛れもなく綺麗だ。綺麗で、多くの者がその理想に共感を覚えるだろう。…だが、その理想も幻想である。

 

「自らが差し出したことのない愛をどうやって聖杯に教える? アタランテが想う愛は果たして全人類の親が与える愛と同じなのか? 何よりも…もし彼女が聖杯を手に入れ、目前として願う叶える直前にそれを気づいてしまえば?」

 

  諦めるか、自らの理想を『思想』として人類に押し付けるだろう。

  だが、アタランテは諦めない。諦めるわけがないのだ。

  そう、なってしまったから

 

「だから僕は話すつもりだった。彼女の願いの欠点を、彼女が見るべき事実を。どんなに暗く、重く、深い世界の歴史を直視しようとも…君の願いは紛うことなき正しい願いだって。そして…」

 

  そこで言葉を途切らせた。最後の言葉は自らが彼女に伝える言葉だったから。ここで言っても何も無いから。

  その事を全て吐いた後はどうなるのかは想像していなかった。いや、想像しなかった方が正しい。

  アタランテという分霊、そして英霊の座にいる本体が目指すべきものは、彼女自身が抱く信念では到底辿り着くことができないと告げる。それは、彼女という英霊の存在理由を否定することに当たるのだ。

  それを直接聞いた本人はどう思うか。快く思うはずがない。何かしらの感情が吐き出されーーー痛みを伴わさせることは承知の上だった。

 

「自分という男は何様のつもりなんだって、本当に思うよ」

 

  一方的にアタランテを知っているつもりでいて、傷つけることを前提として心の内を抉り出す。

  まさに彼女が最も嫌う醜く、傲慢で、惨い男だ。

 

「…難しいなぁ、人を好きになるのって」

 

「そりゃあ難しいよ。僕の友なんて好きな女の子が他の男に取られて理性失くすほどだよ?」

 

「…それって」

 

「いやぁ、あいつ興奮すると全裸になるわヤケに強いわ聖剣持ってるわで大変だったな〜」

 

  誰のことを指しているか何となく察した。かの聖剣使いは、とりあえず露出狂の気があるという知らない方が良かった事実を胸に仕舞う。

 

「でもさ、恋で人はそこまで狂えるってことは…それだけで人は戦えるってことなんじゃないの」

 

  息が詰まる。何気ない一言だったのかもしれない。ライダーは考えないわけではない。理性が蒸発しているわけで、思考が狂っているわけではない。

  かつてバーサーカーはライダーに質問したことがある。『理性が蒸発しているって大変か?』

  そんな問いにライダーは高らかに答えた。『それなりに。でもね! 理性が蒸発しているからこそ分かることもあるんだ!』

 

「君の奥さんは子供達が幸せになってほしいから戦ってるわけじゃん。聖杯でも叶えられないかもしれない、それでも可能性があるから立ち上がりつづける。それは誰も笑わないし、馬鹿にしてはいけない」

 

  でも、と

 

「それはヒッポメネスも同じだよ。どんな経緯があれ、君はアタランテに幸せになってほしいと戦っている。他人のため、好きな人に願いを叶えてほしいためと立ち上がる人を僕は弱かろうと笑わない。むしろこう言うね。…君は格好いい!」

 

  バンと叩かれた背中はとても痛かった。叩かれた強さはとても弱いのに、無性に涙が出そうなほどに痛かった。

 

「ダメだなぁ…。今の僕、アタランテの事ばっかしで他のこと考えてないや。カウレス君に聖杯を手に入れるって誓ったのに」

 

「それがどうした、ボクなんてマスター替えした挙句に今はジークを守る為だけ考えていて、天草四郎がしようとしていることなんて守るついでに潰しちゃおうぐらいだよ?」

 

「ついでとか…、君は世界の命運をついでで救うのかい?」

 

「そりゃそうさ! 世界を救うのなんてついででいい。誰かを守るついでに世界を救っちゃうのが英雄さ!」

 

  そう言い切るライダーの、アストルフォの目には欺瞞や嘘などない。単純にそう思っていたのだ。世界は、ついでで充分だと。

  そんな言葉に、ヒッポメネスは本当に涙が出そうになった。まさに大言壮語、本当にできるかどうか分からないことをそう言い切る英雄の姿が、沈みかけた心を再び掬い上げてくれた。

 

「…僕は英雄という存在を一人しか知らなかった」

 

  生前、狩人を妻として娶る前までは栄華や功名心などに欠片も興味なかった男は英雄という人外を知りもしなかった。だがーーー

 

「この聖杯大戦で誰が一番の英雄かと尋ねられれば、君しかいないと答えるよ」

 

  そう思えた。二度目の生で得たこの友人こそが英雄だと、心の底から思えたのだ。

 

「照れるなぁ〜」

 

  その英雄はとても陽気で理性がない弱小の騎士だったが、そんな人になってみたいと思えた。

  互いに下らない話をしながら小突き合い、夜が明けるその時には、バーサーカーの覚悟()は決まっていた。

 

  “赤”のアーチャー(アタランテ)を超えると。

 




ヒッポメネス「座に帰ったらメルアド教えてー」

アストルフォ「いいともー!」

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