ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
目覚める時には余りに早い時間に起きてしまったカウレスは目を擦りながら城塞の外へ出た。
地平線の彼方にある空は薄い光が頭を出していた。コーヒーでもあれば少しは眠気も飛ぶだろうと思いながら、静かに日の出の時を待った。
何時もなら、こんなことしたことなかった。日の出など何処で見ても一緒なのだから、ネットや魔術の研究に手を付けようと思考が行き着く筈なのに。
仕方ないことだ。なぜならあの日の出が、自分の最後に見ることとなる太陽なのかもしれないのだから。
今日が決戦の日。空中庭園へ向かい、天草四郎との決着をつける。
姉から継承した魔術刻印の影響も緩和し、一人で歩けれるようにもなった。魔力総量も以前と比べ物にならない。
終わりは近い。心残りはないけれど、少しだけ未来を夢見てる。
「…魔術師らしくねえな」
少し感情的になったと愚痴りながら、食堂で働いているホムンクルス達にコーヒーを分けて貰おうと城塞内に戻っていった。
後ろでは太陽が昇りはじめていた。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
フィオレは最後の夜を眠らなかった。眠るのが怖かったのかもしれない。夢を見るのも怖かったのかもしれない。
今日という日は魔術師としての自分が終わる日なのだから。天草四郎と“赤”のサーヴァント達との決戦が終われば、明日の自分は人間として生きていく事となる。…それに、“黒”のアーチャーとの別れも待っている。
魔術を失うこととアーチャーとの別れが来ることが、酷く心を空っぽにする。
分かっていてももう少しだけ待ってほしいと願う自分がいる。その事に微笑んでしまう。
まったく…人間らしい。
やはり魔術師には向いてなかった。魔術は楽しかった。アーチャーとの出会いがあった。忘れられない、老犬との思い出も胸に焼き付いている。
この記憶と魔術を手放した後悔を抱えながら生きていく。何度も悔やみながら、それでも明るい今日を笑って過ごすために。
窓から、目覚めの陽光が差し込んだ。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
己が敵は最初から決まっている。“赤”のライダーであり、ギリシャ二大英雄が一人であり、生前に教えを授けた弟子の一人、アキレウス。
マスターであるフィオレはアキレウスと自分を戦わせる運命を引き寄せてしまったと悲しんでくれた。だが、自分は感謝の意を唱えた。
あの幼かった少年が英雄となり何処まで成長したのか目に出来た。あの大英雄は大人となっていてもやはり根が甘いと嬉しく思いながらも叱りつけた。何よりも、あの英雄と自分がどちらが強いのかと戦いたいと願えれた。
心が奮い立つのを隠せない。勝ちたい、勝たせてやりたい。
無情な魔術達の戦いの中で幸運にも得れた友と主に。
必ず勝つ、そう胸に秘めた想いに惹かれるように太陽は昇る。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
“黒”のライダーはまだ夢の中。口の端から涎を垂らし、情けない顔を出してえへへと笑う。
幸せな夢を見ているのか、戦いで活躍している夢を見ているのか。ベッドの上を器用に転げ回りながら腕や足を振り回していた。
ここでジークとルーラーが見ていたら最悪の寝相だと言いそ…いや、既に前日に言っていた。
彼が夢見るのはジークの明るい未来。戦いに勝利し、大聖杯は取り返せて、自分は受肉しジークと共に世界を渡る。…ついでにルーラーも?
だが、それが都合のいい夢だと分かっていた。いや、そうなる筈がないと直感していた。
でも、そんなものこのアストルフォに通じない!
いい夢を見れた。ならそんな明るい幻想を再現させてやろうではないか!
弱小ながらも誰よりも英雄らしい騎士は拳を振り上げた。ぐふっ、と隣で悲鳴が聞こえた。
カーテンから差し込んできた陽光に一度目を覚ましながらも、彼は二度寝した。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
“赤”のセイバーは己に問いた。どんな王になりたかったのか、と。
生前に憧れた
前に会ったホムンクルスの少年、ジークと抜けた“黒”のライダーと話していた時に問われた。
『君は悪しき王になりたいのか善き王になりたいのか、どっちなんだい?』
善き王に決まっている。だが、王となった先の事を全く見えてなかった。
王となる事は当たり前で、善き王になりたいのも虚偽ではない。
そもそも、なぜ父は王となったのだろうか?
あの父は民草にとって理想の王であった。多くの者を救うために少数を切り捨てる苦渋の判断さえ取れていた。その判断を下すのに、心はなぜ耐えれたのだろうか?
国の未来の為? 良き王であり続ける為?
わからない。何一つ分かっていなかった。
ため息が出た。最悪だ、もう直ぐ正念場だと言うのにそれのことだけが頭を埋め尽くす。
でも、マスターである強面の魔術師に助言を送られた。
『父と向き合えよ。背中を追うだけではなく、越える為に分析しろ。お前が目指し、憧れたものは何だったのかってな』
憧れては…いない。とにかくその助言は有難く受け取っておく。超えて、座したかった王の座とはなんだったのか、不貞の息子は考える。
終わりの時は近づいてる。その時までに答えは得れるのか。
道路を走る車の側面から陽光が差し、目を細めた。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
“赤”のライダーは虚空に音速の槍を突き放つ。二、三、四。一度引き、払いながら石突きで鳩尾に迫る。
だが、その前に頭を撃たれて絶命する。
幾つもの想定の上で行われた模擬戦もまた敗れた。五つの戦いも、すべて敗退した。
相手は師にして父、兄にして友であるケイローン。自分の槍、武術、知識は彼から授かったものである。そのケイローンに勝つということは、己の原典を超えるに等しい。
多くの敵を屠り、英雄として駆け抜けて、神の怒りを買い殺された。最後の最後まで暴れ尽くし、後の世にまで英雄として崇められた。
そして二度目の命を授かり、英雄として駆け抜けようと槍を取った直後、この大戦の宿敵を見つけた。
奇跡だ。そう思った。いずれ越えたいと、全力を引きずり出したいと願ったことがある。
しかし、その機会は訪れず師は毒で死に、自分も戦場で死んだ。
聖杯の導きに、オリンポスの神々に感謝する。己が願いは既に叶っている。聖杯に請うものなどない。
マスターはあの聖人になってしまったが、自分の暇つぶしに付き合えばマスターとして認めてもらえるかもしれないという僅かな希望で殺し合いに興じた大馬鹿の計画に加担するのも悪くない。
だが、ケイローンだけは譲れない。それだけはこのアキレウスが斃す。
庭園の下から差し込んでくる太陽に決戦の時は近いと確信した。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
“赤”のランサーは泉から湧き上がる水を掬い、肩から流れ落とした。生前からの慣習である沐浴はサーヴァントの身となっても続けている。これをする事に優位性など何もないが、それでも染み付いたものだから余裕があるなら続けている。
“赤”のランサーは思う。槍となると誓ったマスターはあの聖人の少年へと移り、元マスターという肩書きになった魔術師達は“赤”のアサシンの毒によって夢と現の境目に生きている。
会話など成り立たないし、返事が返ってくるわけでもない。
“赤”のアサシンは捨ててしまえと言っていたが、捨てられるわけがない。
体と一体化している鎧は母が願い、父により授けられた。太陽である父に恥じぬ生き方をしてきた。
サーヴァントであってもずっと、その生き方だけは忘れない。
この身は槍である。施しの英雄と呼ばれた“赤”のランサー、カルナは請われたならその願いに応える。
そして元マスターであった魔術師達は自我を失っていても未だ聖杯を望んでいる。
その願いを請われたなら“赤”のランサーは槍を振るう。英雄だからではない。仕えることが彼にとって望みである。
魔術師達がどの様な願いを持っていたかなど知らない。聖杯を手に入れた後、彼らが何をするのかも分からない。だが、その願いは願いである。どのような人間の願いも全ては等価値で、貧富の差などない。
あの元マスター達が望み、聖人の少年が望むものが同じなら彼等と轡を並べよう。
だが、一つだけ聞いてもらえるなら…もう一度“黒”のセイバーとの戦いを所望したい。
父である太陽が地平線から顔を出したことに懐かしむように瞳を閉じた。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
恋ではない、決してそんなものではない。
玉座に座り込みながら、赤の女帝セミラミスは否定し続けていた。
興味深い、ただそれだけだった筈だ。
あの聖人が成す世界、まだ自分が見たことのない世界を見せてやるといったあの少年の口車に乗ってここまで来ただけあって、他意などなかった。
「施しの英雄め…」
思い出すのは前のマスター達を始末しようとした時、あの黄金の鎧と一体化した大英雄が発した言葉。
ーーーお前は恋した男を殺したい性分なのか?
ありえない。その言葉を突きつけられた時、なんと無様な狼狽えをしたことか。
ありえない、決してありえない。何度も否定し、忌々しい大英雄の勘違いだと納得しようとしたが、あの大英雄は人の嘘を見抜く眼力があった事を思い出し、また頭を抱え始める。
答えを出ない、いつまでも悩みに悩み続け、気がつけば夜が明けそうな事を女帝は気づかない。その姿はとても暴君とは見えずーーー
太陽は地平線に淡い赤をなぞらせながら、その姿を顕示した。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
同じ夢を何度も見た。大剣を握り、勝てるはずのない相手に何度も挑む青年の夢を。
頑丈な鱗は剣を弾く、堅固な甲殻は刃を兼ね合わせ、巨大な肉体は恐怖そのものだった。
この夢を見てから何度も挑んでいる。咬み殺されそうになって、叩き潰されそうになって、焼き殺されそうになって、八つ裂きにされそうになる。
それでも足はまだ立てた。指は全部揃い、剣を握れた。眼差しに光は失われず、奥底で今もなお輝きを秘め続ける。
雄叫びを上げ、大剣の柄を握り、両腕を掲げた。一撃一撃が必殺ではないが、全力を込め続けた。
怖くて、挫けそうだ。でも、この体はまだ、うごーーー
「うごっ!?」
頬の部分に脳を揺らすほどの衝撃を喰らい、薄暗い部屋のベッドから起き上がった。
「うへへへへ……」
自分を夢の中から現実に戻したのはこのサーヴァントか。蹴り飛ばして散乱しているシーツを掛け直し、ベッドから起き上がった。
夜はもうすぐ明け、最後の戦いが待ち受けている。それに心が緊張しないわけがない。供給槽の中にいた頃には得られなかった感情だろう。
…思えば、一ヶ月すら経っていない。
死ぬのが怖くて、ライダーに助けられ、一度死にかけ、生き返った。そして聖女と出会い、少しずつ知識を得て、自らの願いを見つけられた。戦場に行けばまた死にかけて、バーサーカーに助けられていつの間にか世界の命運がかかる大舞台に立っていた。
今日という日まで地獄を見たし、明るいものまで見た。人が善性か悪性か。世界は何か。自分自身は何なのかと自問自答を繰り返し探す毎日。考えて、考え続けなければ。
近代から神代に渡る世界を変えてきた英雄達から学び、今こうして生きている。
分からないことだらけだ。でも、知りたいと好奇心が疼く。
ルーラーから信じてほしいといわれた、人々の未来。
天草四郎とジャンヌ・ダルクは同じ願いを持つにもかかわらず、殺し合いになってしまう。
戦いの先に答えがあるのか、自ら気づかなければならないのか。
「やることが多くありすぎる」
いまだ掴めていないような気がした。でも、天草四郎を見逃すわけにもいかない。
止めなければいけない。例え、全人類の不老不死こそが人類を救う唯一の手段としても。なぜなら、それはーーー
答えと迷いは胸の中に。始まりの朝日が昇ってくる。
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ーーー夜は黒の帳を終い、朝は白の天幕を降ろす
ふと目が覚めた伸ばすのは夜明け前だった。空は暗く、星々が燦々と輝いている。地平線は僅かに白く濁り始め、星々を隠そうと朝が背伸びしているように見えた。
またベッドに体を鎮める気にもなれず、ジャンヌは寝巻きから着替え、外へ出た。
辿り着いたのは教会。夜明け前だから空いているはずもなく、扉は閉ざされている。何気なく立ち寄ったとはいえ、空いてないことに嘆息し何気なく扉に触れた。
「あれ?」
ギギギ、と古い木の軋みと共に扉は開いた。教会の中は無人で、静けさと寂しさで渋滞している。
鍵をかけ忘れた? 無用心ですね、などと考えながらも心の底では幸運ですと呟きジャンヌは教会の内部へ足を踏み入れた。
教会の広間の奥。主を象った彫像はいつの時代も変わらない厳かさだと肌で感じ取る。そうして、ジャンヌは主の前で膝を付く。
ーーーこの戦いで多くの者が亡くなりました
使われる為に生み出されたホムンクルス、“黒”のアサシンに奪われた一般人、聖杯を求めた魔術師達。そして、ジークという名の少年。
ーーー主よ、どうか彼を
サーヴァントの心臓と宝具を胸に秘めた例外無二の存在。戦うことを選び、そして戦いへと誘われた少年。それが彼自身の選択でも、どうかとジャンヌは祈る。
ーーー彼と人類を…見守りください
硝子の奥から降り注ぐ朝陽は、暗闇を割く祝福のようだった。
○ ○ ○ ○ ○
何時まで祈っているのだろうか。彼はただ膝を折り、指を組んで祈りを捧げる。
空中庭園内に造られた教会は“赤”のアサシンが彼の要望を汲み取り、設計したもの。四郎とセミラミスの生まれた時代も文化も趣味嗜好も異なり、彼女の造った教会内部は豪華な景観であったがそれでも四郎にとって充分だった。
「・・・・・」
ただ、祈る。救いを求めているのか、それとも赦しを乞うているのか分からない。受肉し、六十年の永き時を答えを得るだけに費やし、そして行動に移してきた。
聖人の思考を読み取れる者はいるのだろうか。欺瞞を許さない“赤”のランサーなら或いはだが、それでも理解しきれるかは別だ。
天草四郎は人類の救済を、不老不死こそが手段だと嘘偽りなく確信している。狂っているわけではない。己を殺しているのではない。
彼の根底にあるものはなにかなど、知ろうと思う者は少ない。誰も彼もが己が理想と欲望の為に戦いの場へと赴いている。
ーーーそれでいい。
それでもいい。
平等に悪人も善人も、男も女も、子供も老人も、英雄も反英雄も彼は救いきる。
この祈りはその為に必要なこと。祈りで世界が救われるなら、彼は永劫に祈り続けよう。
彼がようやく祈りを止めたのは、福音の如く降り注ぐ朝陽に気づいた時だった。
○ ○ ○ ○ ○
ーーー夜は沈み、穢れを断つ朝は眩しくて
声が聞こえる。
何度も何度も囁くか細い声が聞こえる。
助けを求め、苦しみ、すり寄ってくる嘆きが何度も何度もか細い声で聞こえてくる。
『たすけてたすけてたすけてたすけてたすけて』
『あいつたちをころして、わたしをきずつけるわるいやつらを』
『あのおとこを、あのせいじょを、あなたのーーー』
「…あぁ、聞こえているさ」
愛しく自らの腕を撫で、慈しむように微笑む。魂は消え去り、輪廻から外されてもあの子達は“此処”に残っている。
肺に空気が入る度に頭蓋に清涼感が満ち、心が落ち着く感覚を味わう。この時代、鉄と機械油が漂う街の中は好きにはなれず、離れてても僅かに匂う濁った汚臭の世界に飽き飽きしていた。しかしここは人類が住めない遥か高みの空間。歴史も文化も紡がれていない此処では原初の時代と変わらない澄みきった空気を味わえる。
一度空気の交換が終えれば、“黒”のアサシンの残留思念である子供達の声に耳を傾けた。最早意思もなく、囁き続ける思念に彼女は気付かない。帰りたいと、母の胎内に帰還したいという思念しかない筈の囁きは変化していた。殺意を交えさせ、絶望を滲ませて、囁きは絶叫に変貌していた。
アタランテの絶望が思念に憎しみを覚えさせたのかどうかは分からない。だが、一つ確かなことがあった。
「お前達は生きてよかったのだ。生きて…幸せになってよかった」
例え怨霊であっても生きたいという思いは否定してはならなかった。子供達の未来の為、絶望が二度とあの子達に降りかからないようにする為、侵入者を殺し尽くす。
「来るなら来い。この矢で心臓を穿ってやる」
彼女は待ち受ける。あの黒と青の境界線の先からやってくる憎き来訪者を。誰よりも深く憎み、自分の愛を否定したーーー夫であった男を。
「ヒッポメネス、お前は…私が殺す」
眠りは終わる。目覚めは既に始まり、朝は夜明けを告げた。戦いの終わりは近づいた。
○ ○ ○ ○ ○
ーーー朝は来る。やがて夜が来ようとも、また陽は昇る。
陽は昇った。天辺の端からでも大地を照らす日光は朝の肌寒い温度に温もりを与えてくれる。かつて、あの光を放つ星を人は神と崇めた。この恵みを与える大地を、生命を生んだ海を神と視た。この世には幾千幾多の自然が幾多幾万の神を宿した。自然が、世界が神というならば、この世の皆、神の目から逃れることは不可能である。
もし、この戦いを照覧している神がいるならば、自分の結末をどう望むのであろうかと、ヒッポメネスは考えた。
破滅か絶望か、または希望か。戦いの末の幸福はあまり考えれない。望めば望むほど、何処かへ消え去ってしまいそうだったから。
ヒッポメネスは空を見上げた。この空の先に彼女が待っている。アタランテはきっと憎んでいる。悲しんで、哀しんで、怒っている。
腕に住み着く思念は今も変わらず囁いてる。
『かえりたい、かえりたい、かえりたい』
変わることなどない。“黒”のアサシンの正体は産まれることさえ望まれなかった子供達の怨霊。帰りたいのは母の腹の中。世界から遮断された暖かな空間に包まれたいと願い続ける思念が泣き続ける。
「ごめんね」
返事が返ってくるわけでも許されるわけでもない。この罪は永遠。許す者などいないが、罰を与えようとする者はいる。
その者が、殺し合う相手。
勝てるだろうか、と思うことは消えた。
勝つ、と決めた。
この日に二度目の命が尽きることも、再び彼女と別離することも覚悟した。
全てを投げ打ち、全てを賭ける。賽は既に投げられた。
陽は急かす。悠然と佇む炎の星は始まりの象徴。
終わりは粛々と決められて迎えられた。
後戻り?
話にならない
全てを此処に置いていけ