碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

45 / 59
行こう、行こう、行こう

我等、人類の救世主也

聖杯の加護を、この星に捧げよう


天蓋目下・赤の開戦

  そこは奇矯な場所だった。

  本来水というのは重力に従い、下へ流れ落ちて溜まる。水の流れとは上から下へと流れ落ちるものである。物理の法則に沿って流体は流れ巡るものである。

  だが、その場所はあまりにも条理から外れた場所だった。空白の広い面積である空間は、“上”に水が流れ上がっていた。下から上へと水が流れ、水面に水滴がぶつかるごとに波紋が広がる。世界法則から見放された水面の天井には存在を象徴するような色取り取りの睡蓮の花が咲いている。

 

「いやはや、いつ見ても感覚が狂ってしまいそうですな」

 

  あまりにも現実離れした光景を“赤”のキャスター(シェイクスピア)は一人呟いた。この場の入り口から下へと降る階段を一歩一歩降りながら摩訶不思議な光景に肩を竦める“赤”の陣営の道化師。彼は煉瓦で組まれた階段を降りおえ、まっすぐ進むと空間の真ん中で一人の少年を見つけた。

 

  この空間を作り移動する要塞の所有者である“赤”のアサシンのマスターであり、この大戦を利用とし己が目的を果たさんとする極東の聖人ーーー天草四郎時貞がキャスターの姿を見つけ、手を振った。

 

「キャスター、こちらの宝具の準備は整いました」

 

「ええ、こちらも整いましたぞ」

 

  二人の宝具は決して必殺といえるものではない。神槍、聖剣などのように在るだけで伝説、神秘を秘めた武器ではない。二人に持つのは人生で成した逸話が昇華した武器だ。心臓を必ず穿つこともなく、一振りで怪物を消し去る光の束でもない。聖杯戦争に召喚されれば勝つこともままならないだろう。

  だが、二人の宝具は戦闘ではなくーーー今、この時にこそ真価を発揮する。

  敵を屠ることに意味はない、主を護り抜くことにも意味はない。

  ただ、一つの力。“変えること”だけに特化した二人だからこそーーー目の前の大聖杯を改竄し得る数少ないサーヴァント達なのだ。

 

「既に魔力供給は完全に作動しています。私が“この中”に入ろうとも魔力が切れることはないでしょう」

 

  “赤”のアサシンの協力により、“赤”の全サーヴァント達との魔力供給は滞りなく繋がっている。これで戦闘途中に魔力切れという情けない失態は起こることはないだろう。

  これから行うのは革命、否、救済。全人類に対し第三魔法を行使し、救われた者、救われぬ者、幸福な者、不幸な者、全ての人類を隔たりなく死の概念を取り除く。

  四郎はこの大聖杯の中に入り込み、自身の宝具の力によって大聖杯を改竄する。永久に第三魔法を行使させるために命令する。

  今までの積み重ねは全てこの時の為、そう思うと四郎の手は震える。失敗など許されない。失敗したらーーー救われぬ者が生まれてしまう。

 

「それでも貴方は進むのでしょう」

 

「ええ、決めたことです。ーーーここで立ち止まることなどあり得ない」

 

  震える手を強く握りしめる。もう覚悟など前からしているのだ、この程度の震えで考え直したりするなど本当にあり得ない。

  息を吐き、大聖杯へと一歩前へーーー進む前にキャスターへと振り返る。

 

「マスター?」

 

「キャスター。貴方のことは作家として心から尊敬し、信頼もしています。だからこそ、分かってしまう。貴方はきっと“悲劇”が描きたくなる。描きたくて、描きたくなって行動をしてしまう前にーーー使わせてもらいます」

 

  この時、キャスターが見た四郎の顔は満面で、それはもういい笑顔だったと語る。

 

「令呪を以って命ずる。キャスター、私に関して悲劇を書くな」

 

「ぐっ…!?」

 

  ルーラーの対策の為に消費され、残り少ない令呪がまた一つ消費された。

  令呪によって行動を縛られたキャスターは悲哀の表情を浮かべた。

 

「マスター…惨い。あまりにも惨い仕打ちですぞ…」

 

「ええ、ですが必要なことなのです。貴方は喜劇を書くと決めてくれた。しかし、もし私が窮地に陥ると、書かないと決めていてもそちらの方へと筆を進めてしまうであろうと信じているのです。なにせ」

 

  四郎が懐から一冊の本を取り出した。その本はシェイクスピアが生み出した作品の中で四大悲劇と言われる物語を一つにまとめた作品集だった。

 

「貴方から貰ったこれを全て読ませてもらい、分かったのですから」

 

  おぉ、とキャスターは嘆く。渡さなければよかったと、読んでもらい嬉しい思いが混ざり合う。読んでもらってこその作家なのだから、この呪縛は止むなしと結論づけた。

 

「では、そろそろ始めましょう」

 

『ーーー遅い。何時になったら始めるのかと思ったぞ』

 

  空間全体に声が響く。婉然としていて、僅かな苛立ちが含まれるその声に四郎は苦笑いを浮かべた。

 

「ごめん。ーーーこれから始めるよ」

 

『ふん。…敗北は許さん。勝て』

 

  声の主ーーー“赤”のアサシンの無感情な激励に四郎は頭を下げた。

 

  四郎は着ていたステラとマントを脱いだ。露わになった上半身は幾つもの傷痕が肌に走り、その姿は悲劇の後の様にキャスターは見えた。

  空間に固定された大聖杯に四郎は一歩近づいた。彼の両手に令呪の輝きとは別の光が満ち始める。四郎が持つ宝具が発動したのだ。

 

「ではーーー」

 

  腕を持ち上げて大聖杯に手を伸ばす。

 

「ーーー始めよう」

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

  “赤”のアサシンは静かに玉座に佇む。自らのマスターが大聖杯の中に入り込み、既に数時間が経った。あれから何の異常も変化も起こらない。魔力供給も滞りなく済んでおり、何もないことに浮足立たせる気を持たせる。無論、その様な動作は外見には現れていない。内心では渦巻く感情が支配させている。

  生前には人の醜さ、清らかさ、強さ、弱さ、栄華、没落などあらゆる側面を目にしてきたが、女帝にも未だ見ぬ光景がある。

 

  聖人の絶望と不老不死の世界。

 

  どちらも目にしたことがない。清廉も醜悪をも認め、世界の救済を願う人種が未だ手にしたことのない領域に手が届くか、届かぬかのとても僅かな間に女帝は身を置く。

  あの青年の絶望を目にするのも一興、だが、目にしたことのない光景への好奇心もそれに勝る。

  どちらに転ぼうとも己の暇を潰す享楽となる。その愉しみに手を抜くことなどあり得ない。ましてや、この王が英雄風情に負けを認めるのも断固としてあり得ない。

 

  いずれ“黒”のサーヴァント達が来る。サーヴァント達を抑え、四郎を守るのが“赤”のサーヴァント達の役目だ。その軸となるのが自分であることに、当たり前だと受け入れたにも関わらず背筋が張る。

 

  ーーー悪くない

 

  思わず頬が緩む。この緊張、張り詰めた空気、大きく聞こえる心臓の音が女帝の白い肌に赤みを差す。

  この高揚感は常に生きている感覚を味わわせてくれる。冷静に、この熱を弄び、万人に愉悦を見出してきた。

  最高のコンディション。ここで英雄七騎が来ようともこの万能感と自信があれば自慢の庭園で鏖殺してくれる。

 

 

 

  ーーーその気持ちに応える如く、庭園が捉えている領域に異物を察知した。

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

  頬を撫でる風は冷たい。眼前に広がる闇は冥府の入り口かのように暗い。この程度の闇に臆することはない。寧ろ待ち遠しさがある。

  晴れた夜空であっても星や月の光は照らすものがなければ夜の闇は深く広がるしかない。唯一照らすものがあるとしたら、それは彼女の立っている周りぐらいだ。

  “赤”のアサシンの空中庭園の外周部分には花が乱れ咲いていた。逆しまの概念により浮いている庭園だが庭園というだけあり花は咲いている。殆どの花は逆しまの概念に従い逆に咲くという醜い姿だったが、庭園の外見を整えるためか例外的にまっすぐ天に向かって咲く花達がある。

  彼女は案外ここが気に入っていた。土と草、花の匂いと原初の香りしかない場所は現代の鉄と油の匂いを消し去ってくれる。

 

  それぞれが持ち場につき、襲来を待つ。“赤”のライダーは闘う相手がいる。ランサーは“黒”のセイバーと何らかの因縁があったがセイバーが消え去った今その心境はどうなのか。

 

  ーーーどちらでもいい。

 

  彼女の考えることは一つに定まっている。それ以外の要素は無視してもいい。自らが定めたことに務める。

 

  “あの子”達の願いを成就させる。

 

  あの子達は囁いている。私に頼む。怖いと、帰りたいと嘆き続ける。私は子供達を脅かす者を殺すのみ。それだけが私の存在意義となる。

  だから来い。シロウの願望が成就したら意味が無くなる。私の想いも全て無になる。

 

  ーーー無に…なる?

 

  思考が止まる。何故その結果に導かれたのか、なぜそうなったのか振り返る。

  天草四郎時貞の願い、第三魔法による全人類の不老不死により全ての人類の魂は形を持つ。そうなれば誰も死なず、誰も殺せない。子供達の願いも届かなくなる。循環は無くなり、停滞だけが在り続ける。

 

  循環が無くなる? 子供達が大人に愛される、一歩の想いが全て無となる? それは私の願いとはーーー

 

『殺して殺して殺して殺して』『聖女を』『私達を殺そうとする』『あの男を殺して』

 

  ーーーいや、私の願いは変わらない。

 

  子供達の祝福の為に戦う。それが意義がある戦いだ。意義が通じるからこそ願いが持てる。意義がある戦いの先にこそ私の望みもきっとある。

  何を血迷ったかと彼女は頭を振る。そして腕を撫でた。子供達の思念が黒い模様となって浮かびこむ。“黒”のアサシンの怨霊達の声は彼女の耳に“都合良く”解釈されて届いている。

 

  彼女はーーーアタランテ(“赤”のアーチャー)は子供達の想いに応えて戦う。

 

 

 

  だからこそ、卓越した視力が捉えた物に、殺意が昂った。

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  さて、と槍を持ち直した。足元から強い揺れが一度感じ、この庭園の主も気づいたのだと“赤”のライダーは察知した。

 

『アーチャー、ライダー、迎撃しろ。どんな飛行手段を持ち込んできようが我々の攻撃に耐え得る物ではないだろう。ライダー、貴様の戦車ならば容易いことだ』

 

  届いてきた念話にライダーは少しばかり躊躇ったような色を込めて返事する。

 

『…まー、できなくはないが時間は掛かるぞ』

 

『なに?』

 

『気になるなら見てみろ』

 

  自分が見ている光景を“赤”のアサシンも見れば言った言葉の意味も分かるだろう。ものの数秒後、自身の思惑どおり女帝の驚愕の声が響いた。

 

『…なっ!?』

 

  “赤”のライダー、アサシン、いやシロウとキャスターを除く全ての者があの飛行する機械の塊、いや、塊“達”を見た。

 

  聖杯によって与えられた知識により飛行機という神秘を一切用いない飛行手段を持つ人間の知恵の結晶があるということは知っていた。だがそれらはサーヴァント達の手によれば数十秒で鉄屑へと変えられる事実がある見掛け倒しの塊にしか過ぎなかった。

  ーーーだが、その塊が十機もあればどうだろう。

  ジャンボジェット機と呼ばれる大型の飛行機がこちらへと飛んでくる。

 

「アーチャー…っ!」

 

  そして、その飛行機の一つに“黒”のアーチャー(ケイローン)が立っているのを視界に捉えれた。隣の飛行機には“黒”のライダーと新しいマスターであるホムンクルス、そして離れた飛行機には聖女であるルーラーと、“赤”のアーチャーと深く関わりがある英雄、“黒”のバーサーカーがいた。

 

『ライダー、我は連中が一定の距離に入らぬ限り手を出すつもりはないがーーー』

 

『そりゃあ距離に入れば俺諸共吹き飛ばすってことか?』

 

『そうだ。不満か?』

 

  にやり、も口元を獰猛な獣のように歪ませた。喜悦に歪む口元を直そうとはせずに平然アサシンの問いに答えた。

 

『いやいや、まったく問題ない。“黒”のアーチャーを仕留めるついでにあの鉄屑をバラしてやるさ』

 

  と言うよりも邪魔ならば他のサーヴァントも潰す。横槍や無粋な真似だろうと己ならば覆せる自信がある。相手には己が師であるがーーー元より超える気である。

  三馬に走らせる戦車を喚び出し、ライダーは颯爽と乗り込む。手綱を握り締め、武者震いで震える手に気づき、笑みが益々深くなった。

 

「おやおや、死しても尚変わらない顔立ちであらせられるな我が主」

 

  戦意が止まることを知らないライダーに話しかける人物、いや馬がいた。戦車を走らせる三頭の馬の内、二頭は神より与えられた不死の馬、クサントスとバリオス。話しかけたのはクサントスだった。

 

「なんだ、煩い口なら閉じとけよ」

 

「いやいや、少しばかりーーー」

 

  クサントスの目は己が主では無く、こちらへと向かってくる飛行機の内の一つ、ルーラーとバーサーカーが乗った飛行機、ではなくバーサーカーを見ていた。

 

「ーーー懐かしき顔だと思いまして」

 

「あん?」

 

  ライダーは疑問に思った。この不死の馬は生前にあのバーサーカーと会ったことがあるのか? そんな話一度も聞いたことがない。

  その疑問に答えたのはクサントス自身であった。

 

「なに、貴方の前の主…というより最終的な私共の主の血縁というだけですよ」

 

「…なるほど」

 

  そういえばそうだった。クサントスとバリオスは元は海神に仕えていた。それが父と母の祝いとして贈られて、自分の元にやってきた。その海神の末裔の一人が、あのバーサーカーであるのだ。だからだろう、クサントスだけではなくバリオスまでもが懐かしそうに目を細めているのは。かの海神の孫は、祖父の顔と近寄ったものなのだと。

 

「まあ、あの方に比べ覇気が足りてないようで。それも仕方なきこと、神と比べれば四分の一の血も無に等しい。…ですが、貴方を殺すには充分ということはそういうことなのかもしれないのですかねぇ?」

 

「黙れ」

 

  槍の石突きで叩いた、かなりの強さで。ブヒンと悲鳴をあげるクサントスをバリオスは呆れたように見つめた。もう一頭である不死ではない駿馬のペーソダスは主の指示を黙って待っている。

  黙った己の馬達を落ち着かせ、“黒”のアーチャーへと目を向ける。あちらもこちらへ気づいているだろう。そして、自分がそっちへと向かってくる事も。

 

  ーーー早く、早く戦いを

 

  逸る気持ちははち切れんばかりである開戦まであとーーー

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  “赤”のランサーは粛々と待ち続ける。今頭から流れる“赤”の女帝から全員に流れる念話では、怨念と相違ない女の声が聞こえる。

 

『…いや、私はあの小娘とヒッポメネスを仕留めにいく』

 

  アサシンからアーチャーへと下された指示、飛行機という鉄の鳥を墜とせという命令は一蹴された。

  この声が聞こえる全員が疑問を持っているだろう。冷徹で、武人然とした純潔の狩人が激昂している。

  “赤”のランサーは虚偽を見抜き、真実を捉える。言葉の全ては増悪に染められている。信念を傷つけられ、怒りが身を焦がしている。だが、その中には僅かなーーー瑣末な困惑と悲しみをも捉えた。その困惑と悲しみは、彼女が口にした人物の一人に向けられている。

  言葉にすべきか否か、今の彼女に言葉は届かないだろう。自らの真意さえも届かないほどに憎しみに支配されている。剥き出しにされている怒りを晴らさぬ限り他の言葉は意味はなく、近く者に牙を向けることを悟る。

  もし、彼女の真意を指摘し、届けれるものがあるとしたらーーー彼女に増悪を向けられているあの男だけだろう。

 

『あの者達は、必ず私の手で…討たねばならぬ!!』

 

  故にランサーは口を閉ざす。自らはただの槍にしか過ぎない。己が与えられた役割を果たすべきだと判断した。

 

『…分かった。ランサー、お前にはあやつらが最接近した時のためにこの庭園を守護してもらう。構わないな』

 

「心得た」

 

  異論はない。いや、少しばかり残念ではあるが。思い浮かぶのは“黒”のセイバー。あの男とは再戦の約束をした。だが、再開を果たす前にあの男は去っていった。だが、心の何処かで違うと否定している。あの男は生きている。違う形で現れた。自分が会った時とは違うだろうが、生きている。

  まともな手段がない限りこの庭園に近づくことは叶わないだろう。だが、もしかするとーーー

 

 

 

『ではーーー鏖殺せよ、大聖杯は我らのものだッ!!』

 

 

 

  女帝より“赤”の陣営の戦の火蓋は切られた。この戦いがどの様な結末を迎えるかは未だ不明。“赤”か“黒”か。それは神のみぞ知るであろう。

 

 

 




Q.前フリなしの王様ゲーム開始!!!

A.
天草「王様…」

サーヴァント一同「「「だーれだ!?」」」

モードレッド「お! 俺だ! んじゃ『○番と○番がポッキーゲーム』にするか」

ヒッポメネス(アタランテ来いアタランテ来いアタランテ来い!)

セミラミス(し、シロウ!)

アキレウス(姐さ〈くたばれ!!〉こいつ、直接脳内に…っ!?)

モードレッド「んじゃ六番と…」

ヒッポメネス「!」←六番

モードレッド「八番な」

セミラミス「われ「いやだあああああああああああああああああああっっっ!!?!」離せカルナ!! 気持ちは分からんでもないが殺すっ!!」


なんかごめんなさい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。