侵略者であり、破壊者
人類より安寧を強奪し、明日を残す
さあ、聖杯を地へ堕とす時だ
「見えました!」
遥か地上から遠く離れ、人が生きていくにはあまりにも薄い空気の中、聖女は叫んだ。上空七千五百メートルの天空を進む飛行機の上から見えた庭園は一言で言うならば黄金の鳥籠のように見えた。
下へと伸びる植物、下から上へと流れる水は庭園の概念を顕す。そして、その庭園を囲む二十メートルもある漆黒のプレートが十一個も浮いていた。あのプレート一つ一つが侵入者を撃墜する迎撃術式。術式から放たれる魔力の奔流は対軍級、サーヴァントでも耐えられても無傷では済まないものが多数あることに冷や汗を流れることを抑えられない。
「うん、確認したよ」
『こちらも見えました』
『こっちもだよ! いやぁ、それにしても本当にデカイねあれ!』
聖旗を手に佇む聖女の横には武も知略も乏しい名だけ残すサーヴァント、“黒”のバーサーカーが立っていた。念話で帰ってきた返事から他の者も“赤”のアサシンの空中庭園を捉えたようだ。
星に彩られた黄金の庭園は不気味さと美しさが混ざり合っている。
「天草四郎時貞ーーー!!」
ルーラーの咆哮が切るような風を裂いて上空に木霊する。その咆哮に答えたのは天草四郎のサーヴァント、庭園の主である“赤”の女帝だった。
『吠えるな見苦しい。マスターは聖杯による人類救済に忙しくてな。貴様らに構っている暇なぞない』
言葉の一句ごとに感じ取られる嘲るような音色。女帝に相応しかろう慢心がある。しかし、その慢心の中にはこちらへと近づけないという絶対の意思をも感じ取らせた。
「彼は本当に人類を救うつもりなのですか!」
『さてな。あやつの思惑が分からぬとも我らがすべきは一つよ。サーヴァントならばマスターの命に従うのみよ』
従う気性などない女帝がよく言う、と彼女を毛嫌う者はそう吐き捨てるだろう。だがこの場でそれを言葉にする者はいない。何故なら
『問答が所望ならば…まずは“赤”のサーヴァントを突破するがよい!!』
直後、流星が翔けた。空中庭園から放たれた魔力の光は目で追うにはあまりにも疾い速度で飛行機の、“黒”のアーチャーが足場とする飛行機へと急接近した。
「さあ、
名をアキレウス。ギリシャ二大英雄が片割れ。その足は英雄の中で最も疾いと謳われた神の仔である。
○ ○ ○ ○ ○
『疾風怒濤の不死戦車』海神から授けられた二頭の不死の馬と類い稀なる駿馬によって引かれる神速の戦車。疾すぎるその戦車は触れる物を粉々にし、堅牢な守りでさえも砕く必殺を宿す大英雄が乗るに相応しい戦車だ。
触れれば死、そんな撹拌機を止めることなど自らの力では不可能だと判断している“黒”のアーチャーは足場としている飛行機から跳躍した。
直後、飛行機が大破。神秘など一片も宿さぬ鉄の塊が墜落するのは当たり前だった。アーチャーは跳躍と同時に射出。弦を引くのと放つ間は一秒も、いや一秒以下、次の射撃までの空白時間は零に近い。魔力が込められた矢は襲撃者、“赤”のライダーの頭部へと飛ぶ。当たれば終わり、余りにもあっけなさすぎる幕引きだろう。
だが、彼の弟子は大英雄だ
ライダーが振り向きざまに矢を“噛みちぎった”。これにはアーチャーも瞠目した。避けられることは想定内。だが飛んでくる音速を超えた矢を口で捕らえるとは驚愕以外に何もない。
「そこにいたかァ!!!」
アーチャーの姿を捕らえたライダーは獰猛な笑みを隠さない。戦車を急反転させ、一瞬で最高速度に達する。迫り来るライダーにアーチャーはあらかじめ飛行機に伝えられていた操作用術式を発動させた。
「“廻れ”」
巨大な飛行機がアーチャーの盾となるように傾転する。だが、その行動は予想外の行動により盾とならず、寧ろ相手の盾となってしまう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「っ!?」
盾として壁となった飛行機にライダーはそのまま突撃した。そのまま戦車で飛行機を貫き接近するのかと考えた。しかし、ライダーはその飛行機をそのまま“押して突き進んだ”。
盾とするはずの飛行機が自身を押しつぶす壁となる。アーチャーは弓を引き、魔力により絶大な破壊力を得た矢で飛行機を破壊する。
ライダーは破壊された飛行機の残骸を槍で叩き、アーチャーへと打ち込む。剛槍で刺された残骸は鉄槌のようにアーチャーへと降り注ぐが、飛行機から飛行機へと飛び移ることにより躱していく。アーチャーがライダーの追撃を回避していくごとに飛行機は残骸へと化す。アーチャーとライダーの戦いが開始し数分で六つの飛行機が破壊された。
足場が無くなり、“黒”のサーヴァント達の足場が減る状況にアーチャーはーーー
○ ○ ○ ○ ○
「さて、ここからが僕達の出番だ!!」
愛馬であるヒポグリフに跨り、後ろにジークを乗せた“黒”のライダーは手に持った魔導書を掲げた。今宵は新月、月は無くライダーの理性は“戻っている”。アストルフォの理性は蒸発しているのでは無く、戻り常人と同じく恐怖を宿している。庭園に旅立つ前、戦う恐怖に手が震え、足が竦みそうになった。自らが前へ立ち、英雄として皆と同様に戦えたのは理性が無かったから。だからこそ槍を持ち、強き巨人の英雄や王の息子にも立ち向かえた。ならば、理性がある今では戦えないのか。
否、違う。
例え、理性があろうともライダーは、このアストルフォは前へ出る。友と名誉と願いがある今、誰よりも勇敢に戦える。
「シャルルマーニュ十二勇士、アストルフォ! お相手仕る!」
幻馬の嘶きが上空に響き渡る。蹄が一度屋根を鳴らし、次には助走から空高く舞い上がる。英雄譚に伝わる幻の騎士、空を駆け、雲が後についてくるような疾走を夢に見た者もいるだろう。
その騎士は、この地に今一度現れた。
“赤”のアサシンは滑稽と鼻で笑う。
指を振るえば迎撃術式『十と一の黒棺』が発動し、大魔術で矮小な存在を消し飛ばせれる。一度それを味わわせたのにも関わらず、もう一度攻めてくる蛮勇ーーー笑わずにいられない。
手を持ち上げて、女帝は指を振るった。
「さらばだ戦乙女よ。その傲慢を後悔に無様と散れ」
全標的を“黒”のライダーに集中。『十と一の黒棺』から放たれた光弾はライダーと幻馬、そしてライダーのマスターを埋めた。これで一騎消失ーーー
「…何だと?」
だと確信してい
「さあさあ、刻限だ! 我が心は月もなく恐怖に震え、されど断じて退きはしない! 解放ーーー
魔導書の紙が千切れ、空に舞う。迫り来る光弾がライダー達に襲いかかる。だが、彼等の目に恐怖は映らない。ジークは既に信じている。ライダーが必ずこの光の嵐を超えることを。その信頼に応えるべくライダーは笑って正面から走った。主の命に勇敢な幻馬は光の中央を飛びーーー光を打ち破る。
「あははは!! さいっこーーー!!!」
対魔力Aを宿す魔導書が真名を唱えたことにより、真価を発揮する。魔術である限り、全てを無に帰す絶対防壁。魔導書の加護を纏った騎士達は七千五百の高さを自由自在に飛び続ける。
「いっくぞーーー! 捕まっててジーク!」
「ああ! ライダー!!!」
恐怖を胸に、勇気を身につける。小さな勇者達は空飛ぶ庭園へと接近する。
だが、それを許すほど生緩くない相手が待ち受けていた。
○ ○ ○ ○ ○
『ランサー、出番だ。接近する者を撃ち落せ』
『…心得た』
庭園の外周、その縁にその男は佇んでいた。
素朴を好み、頼まれれば答える『施しの英霊』
母の頼みにより父より与えられた黄金の鎧の輝きは衰えず、鎧の対価に渡された神槍は重圧を放ち、積まれた武技は無限に近い魔力により完全に発揮される。
“赤”のライダーと同等の知名度と力を持つインドの大英雄。
太陽神の息子であり、最後に父と一つになったその美丈夫の名はーーーカルナ。
父の血により恵まれた力、サーヴァントになってスキルとして現れた力『魔力放出(炎)』が、龍の息吹のように豪炎が吹き荒れた。
○ ○ ○ ○ ○
開戦はとうに過ぎた。なのに、空気は相変わらず冷たいままなことに違和感を覚える。
少し周囲を見渡せば上空を自在に駆ける“赤”のライダーと飛行機から飛行機へと飛び移る“黒”のアーチャーが見える。“黒”のライダーとジークはヒポグリフに乗り、連発で叩きつけられる光弾は容易く搔き消し空中庭園へと接近していた。
自分達だけだ。自分達だけが何にもないとルーラーは不安を覚える。同じ飛行機に乗る“黒”のバーサーカーは静かに戦いの様子と空中庭園を睨んでいる。今までの緩やかな佇まいは鳴りを潜め、刻がくるのを待っているようだ。
「ルーラー」
自分を呼ぶ声はとても涼しく、そして熱が宿っているようにも思えた。バーサーカーはルーラーの前へ出て、近く庭園を睨んだままだ。
「隣の飛行機へ移るんだ」
“赤”のライダーと“黒”のアーチャーの戦いにより用意した飛行機も数少なくなりつつある。それでも彼等の戦いにまだ巻き込まれない範囲の飛行機は無事であった。そもそも何故ルーラーとバーサーカーが同じ飛行機へ搭乗したのかというと、あちら側にいる“彼女”の狙いを一つに定めるためだ。その狙いを崩すような行動をするということはーーー
「肌で感じるんだよ、彼女の狙いは僕の命だってことが」
「…一度離れたら、二度と戻ることはできません」
この戦いにおいて一番軸となるサーヴァントはルーラーであろうことは全サーヴァントが認知している。彼女が天草四郎を屠る可能性が高い、それゆえ“赤”のサーヴァント達はルーラーの隙を逃さない。バーサーカーの助力の為に動けば、すかさず殺しにくる。
バーサーカーはそれを承知の上で頷いた。
「何て言ったらいいんだろうね…、かなり自分でも変な事は分かっているんだけどさ」
恥ずかしそうに、そして困ったようにバーサーカーは頬を掻く。
「憎しみも悲しみも、彼女の全てを僕は受け止めたいんだ。それが僕を傷つけるものであっても」
歪んでいて、自らが“執着”している薄暗い感情なのだと気づいている。それをバーサーカーは愚かなのだと分かっていてもその気持ちを持ち続けていたいのだろう。
ルーラーは笑わない。その気持ちがいずれ破綻を招くかもしれないものだとしても、その気持ちがあまりにも人間らしいから。
「ーーーご武運を」
これが最後の会話なのだとルーラーは悟った。それが啓示なのか、それとも違う何かが教えたのかは分からない。だが、彼にはこの言葉だけでいいのだと信じれた。
その言葉を最後にルーラーは大きく跳躍して、飛行機へと飛び移った。
移った飛行機の屋根から一度バーサーカーの方へと振り向いた。そして、見えたのはーーー
空に月はなく、変わらぬ星々は燦々と輝く。夜空のことは生前からよく覚えている。あの空の向こう、宙に住まう神々により人が生まれ、営みの中で歴史を紡いできた。自らの人生も神々の手により始まったものであり、神々の一柱に祖父が座していることに誇りを感じていた。
父と母を亡くし、守り手の翁に育てられ、“彼女”に会った。
彼女に一目惚れした日から、亡くなる時まで単純な程に早かった。滞留した日々が決壊したように溢れ出た時間なのに、それでも鮮明と覚えている。
後悔があって、決意があって、懺悔したい思いがあって、そしてまた間違いだったと嘆いたこともあった。どうしようもないほどに愚かだと吐き捨てた。でも、それでも諦めきれなかった。数千年の時が経ち、自分は卑怯者だと名を残した。それでもよかった、どれだけ蔑まれようとも、望み薄くても手を伸ばすと決めた。
夜空を仰いでいた目を下げる。
そして、視線が絡み合う。
その瞳の色を覚えている。孤高を良しとした鋭き色を直視できず、何度も顔を背けた。
その髪の色を覚えている。鬱陶しいと髪をかき揚げて切ろうとした時には切らないでと懇願した。
その肌の色を覚えている。幾度となく的はずれなところに飛ぶ弓の腕を笑われて、赤みを帯びた肌に触れたいと思った。
憎悪に染められた顔を見ても、面影が残っている。
「殺してやる」
庭園からここまで一度の疾走で辿り着いたのだろう。恐るべきその駿足に震えがくる。
怨嗟に塗れ、殺意が空気を満たす。空気を変えるアタランテは愛おしそうに己の腕に接吻した。
「聞こえるか? この子達は叫んでいる。お前を殺せと、殺してくれと願っている。お前を殺せばこの子達の泣き声は収まる。そして次はあの小娘だ。あの偽りの聖女は羆の餌にでもしてくれよう」
本当に、そう言っている。心の底からそう思っていた。言葉の一句ずつから聞こえる憎しみと哀しみが耳の奥に沁みる。
そこまで彼女を堕としたのは何かなのは明白だった。分かっているから叫ぶことも、否定する事も出来ない。アタランテの腕を侵食する幾つもの蛇が絡み合うような黒い痣。己の右手を見ると、同じような痣があった。
アステル、最後に名付けた怨霊の少女の名前。
既に消えた少女がいた証であり、己の罪の証。ならば彼女のあの痣も罪の証であり、彼女の復讐の証明だろう。
彼女が聞こえる子供達の声が自分の願望なのだとも知らず。
「そうか」
それなのにあまりにも真っ直ぐに見えてしまった。アタランテの愛は同情だとヒッポメネスは見抜いていた。かつて救われたからこそ否定したい思いと、羨望した親子の温もりが彼女の愛を形成させている。ただ裏返せばアタランテも愛がほしかった、得られなかったあの想いを向けられたかっただけなのだ。
それでも、彼女の愛は愛だった。
初めは憐れみだったのかもしれない。妬ましいとさえも思っていたこともあった。悲しみに明け暮れる瞳が重なって、手を差しのばし続けていたら、救った子供達の笑顔に理想を見た。
この理想こそが人を救い、不幸を消し去れる方法なのだと気づいたからこそ彼女は高く飛び続けることを選んだ。理想を砕き、地へと堕とす雷雲は憎むべき仇敵。
その仇敵が目の前にいる。ならばーーー
「その
理想が届かず、現実の果てにあるものなら。
幻想は、現実に届かぬ永遠の陽炎。
信じ続けるからこそ存在するように見える偶像。触れれば消える湖面の月。瞼の裏に映る一時の微睡み。
ーーー手を繋いで生きていく。
何処にもなかった未来を、微かに夢見た今を、彼は振りほどく。
両手に小剣と槍の二振り。何時もながら異色の型だと彼は思う。父の遺言通り槍と剣の鍛錬をし続けている内に編み出した技。一番自分に合った為に使い続けてきた型だが今は頼もしい重みとなって感じる。
小剣の鋒は彼女に、槍の鋒はーーー
「なに?」
ヒッポメネスは持っていた槍を
アタランテは訝しげにヒッポメネスを睨みつけた。この飛行機は空中庭園にたどり着く為に必要な足、それともここで自分を囮にして私を脱落させるつもりなのか。万が一そうだとしてもここから空中庭園まで走ることができる。
だが、ここで退く事をアタランテは選ばなかった。逃げれば子供たちの仇の一人を逃すことになる。怒りは既に執念に成り代わっている。
魔力を込めた鏃をヒッポメネスの頭へと向けた。限界まで引いた弦は対軍宝具までに威力を高めている。この矢を食らえば無防備な頭部は地面に叩きつけられた柘榴の様に弾けるだろう。
だが、アタランテの獣の耳は破砕音を捉えた。甲高く、鉄がひしゃげた音ではない硝子の音。疑問が浮かぶ中、足の裏からは先ほどの振動とは別の揺れ、川の氾濫を思わせる激流の揺れを感じた。
ーーーまさか!?
飛行機の揺れの正体に気がついた時には遅かった。飛行機の小さな幾十にも及ぶ窓から
上空七千五百の天空でヒッポメネスは屋根から槍を引き抜いた。槍には水流が集まり、固まり、形を為す。刃は三つ、一つは鋭く研いだ鉄の刃、二つは水によって編まれた鋭き激流。
海を統べる大神が携える武器を模したーーー
「まさか君に対して何も考えず挑むわけないだろう」
スキル『大海の血潮』、海神の血を引くヒッポメネスだからこそ現れたステータス補正のスキル。水が近くにあること、触れることにより敏捷、魔力、幸運のランクが上昇する。ステータスがもっとも向上するのは海、海水に触れることが一番なのだ。しかし、ただ海水を陸上に持って来ればいいわけではない。大海原に接することにより、祖父の血筋は覚醒する。海から離れれば海水は塩水でしかない。ーーーだが
アタランテは魔力の昂りを感じ、感じた方向へ咄嗟に睨んだ。聖旗を手に持ち、こちらへ腕を向ける様にして立つ聖杯戦争の裁定者を見つけた。
「令呪を持って命じます。ーーー『バーサーカー、貴方に眠る祖父の血を万全に醒ましなさい』
ルーラー、裁定者のクラスだけが持てる最高特権『神明裁決』各サーヴァントに対して二つずつ与えられた令呪をバーサーカーの分だけ使い切った。
己ができること、そしてバーサーカー本人から頼まれた最後のサポートは終わった。
ーーー僕を単純に令呪で強化するぐらいなら、スキルの効果範囲を広げてほしいんだ
それは飛行機に乗るもっと前、空中庭園攻略の打ち合わせの時に“黒”のバーサーカーが言った言葉だった。
彼曰く、“赤”のアーチャーに勝つには単純なステータス補正では足りない。自らの手札を増やす他ならないと言い切った。手札を増やすには自らのスキルを十全に使えること、それを確信していたバーサーカーはルーラーに令呪で海と離れた上空であろうと海水を海水だと己の中に眠る血に認識させてほしいとのことだった。
結果、ルーラーの予想以上の力を得ていた。バーサーカーの戦いのために用意され、今まで自分が乗っていた飛行機には大量の海水を貯めたタンクが載せられていた。座席を取り外してまで満遍なく積まれた飛行機にはプール三個分の海水がある。あの海水により強化されたヒッポメネスに今まで感じられなかった“格”を感じた。
彼が取った判断は正しかった。ルーラーはそう確信して、彼らから顔を背けた。
何故ならば庭園から降り注ぐ大量の光弾が自分に降り注ぐからだ。あちらにとって早めに潰しておきたいのは自分なのだろう。これでバーサーカーへの助力は不可能となる。
握りしめていた聖旗の柄を一度握り締め直し、穂先を庭園へと向けた。
「ーーーいきます!」
その姿から間違いなく神の血を引く者であったと、アタランテは認識を改め直した。
肌に張り付く様に淡く光るのは神気なのだろう。海を纏う姿は覇気を生み出し、手に持つ三叉槍は力の権現。
あそこまでの力を秘めていたことに何の含みのない驚愕を覚えた。今までの弱く、悪賢く、何よりも緩い印象だった彼とは大きくかけ離れているのだから。
「…あの小娘の令呪か」
力の正体に見当はついていた。令呪、限定的になるほど力の束縛は強くなる。この場合、束縛ではなく強化になるのであろうが。
「そうさ。毎度情けないが僕は誰かに後押しして貰えないと何も成せない。いや、自ら成せたことなんてないのだろうけどね」
そうやって卑下する物言いが勘に障る。何時もそうだ、事あるごとにこちらを讃えるように言い、自らは何もしてないと卑屈な言い方はあまり好きでなかった。その言い方はまるで己には罪がないように言っているようで、苛立ちを覚える。
「ならば何も成せずに死ね。私を苛立たせるな、いつもいつもその物言いが気に食わないんだ」
「そうか、次からは気をつけるようにするよ」
笑う。何故、笑う? 腹立たしい、とても腹立たしい! その言葉がその顔が今は腹立たしい!!
自分自身、何故これほどまでに怒りを覚えているのか分からなかった。これまでの立ち振る舞いが全て剥ぎ取られる感覚に陥るのが、不快だった。
怒りのまま殺しにいけばいい、だが本能がそれを拒む。下手な突進は罠にかかる。あの豊潤とも思える魔力の昂りは今までの小細工も増えていることが分かってしまう。
ーーー殺して、目の前にいるよ。
ーーーあなたならできるよ。
ーーーお願い、私達を助けて。
腕に染み込む黒い痣が囁く。子供達の声は彼女にとって甘言でしかない。請われて、願われた。ならば彼女が取るべき行動は一つしかない。
「ーーーああ、そうであろうな」
ならば小細工ごと叩き潰してやろう。下手な策は好まない、己が武を持って相手に勝ることを善しとする。憎しみに呑まれた今であろうともそれだけは変わらない。英雄として、武人としての有り様は“まだ”変貌していない。
誰も追いつけなかった俊足は一歩で最大速度に迫った。目に負えぬ速さに、人類が追いつけぬ疾さは一瞬でヒッポメネスの脇へと入り込む。
矢を番え、放つまでの時間は零に近い。拳銃の早撃ちなど遅い。彼女の最も最たる狩人の戦い方は接近戦。獣を御すことを得意とする彼女は、獣を御すために己が力を見せつけようとする。
狩りの獲物ーーーヒッポネスは向けられた矢を見て、一息吐いた。
「
彼女の足元から、いや頭上からも剣が降り注いだ。瞠目しながらも、アタランテは雨に近しい剣の落下と突出を躱し切った。
剣の色は透明。どれもが天空から落ちる星の輝きを帯びていた。剣の正体はーーー水。飛行機機内に準備されていた潮水が、形を変えてヒッポメネスを守護する。
「さあ“赤”のアーチャー」
既に始まっていた。しかし、改めて宣言する。
「はじめよう。僕と君のーーー殺しあいを」
「…ああ、いいだろう」
かつての記憶が掘り起こされる。ちょうど良いと嗤った。
「どちらが
アタランテとヒッポメネス。この戦争において、逸話の改竄がはじまった。
運命よ、此処に至れり!
片や純潔の狩人!
片や大海の血筋!
さあ、観衆の皆様方々!
伝説の再来だ! 罵声を止めろ! 余所見をするな!
我々は今、神代に戻った!
今まさに、