碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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此処に告げるべき言葉は何か?

今もなお考え続け、果ては同じと辿り着く




天蓋目下・続成因果

  ーーーその戦いは、悉く拮抗した。

 

 

 

  浮く水滴は一粒ずつに微量の魔力が含まれており、物理法則に逆らって浮いていた。水流は更に多く、主に繋がることによりさらなる力を宿していた。

  水滴の表面が光を反射する。光の正体は凝縮された魔力の発光現象。必殺を得た鏃が飛来するのを視覚が捉え、頭を僅かに逸らすことで死を免れる。しかし、完璧に避けれたわけではなかった。親指の腹で顔を拭う。指の腹には赤い血が濃く付着していた。避けるのが微かに遅かったことにより、顔の頬に傷が走っていた。

 

  次にヒッポメネス(“黒”のバーサーカー)が捉えたのは近代兵器と見間違えるほどの矢の連射。人の手では成し得ない弓技を、相手は繰り出してくる。

  次は避ける気はない。横薙ぎに槍を振るえば、発動させている魔術により鉄砲雨のような激流が槍の軌跡に続く。

  矢は激流に呑まれ、空中に放り出される。構えを直し、一歩踏み込むと距離を一度に詰める。

 

  急な接近に対し、相手ーーーアタランテ(“赤”のアーチャー)は驚くことも焦ることもない。憎悪を瞳の奥に宿したまま、あえてこちらから前へ出た。

  近すぎず、離れ過ぎず。アタランテが最も力を活かせる距離にヒッポメネスが入った瞬間に、射出。一度に放った数は三矢。同時に放たれた矢はヒッポメネスの体に伸びるが、突進からの横への急激な移動により避けられた。

 

「…ちっ!!」

 

  やりにくい。それがアタランテが心中で毒づいた言葉。ヒッポメネスの足を見ると、彼につきまとうように浮く水流の一部が飛行機と彼の足底の間に滑り、回避行動を実現させていた。

  海神の血筋であるからこそ、水に対する知識は深い。故の魔術と戦いにやりにくさを覚えた。

  近すぎれば水流が剣と槍となって突き刺さる、離れれば盾と壁となり守りに徹する。令呪という強化が為す力の開拓に突破口を見つけんとアタランテは思考を回す。

 

淵源=波及(セット)!!」

 

  反対にヒッポメネスは思考の時間さえ与えないと、水流を纏った三叉槍を投擲した。魔力の収束、解放による爆発はアタランテの射撃に近い速度を生む。難なく避けて、迎撃に出ようとするアタランテ。ヒッポメネスは避けようと行動した時には次の行動に移っていた。

  駆け出しながら小剣を逆手に持って、迎撃の一歩手前のアタランテに特攻をかける。

 

  振られる刃は首に、

 

  振り抜かれた刃は空を斬り、

 

  放った矢は足に、

 

  放たれた矢は大腿に突き刺さる。

 

「っ!!」

 

  ヒッポメネスが姿勢を崩したのを見て、アタランテは勝利を確信して矢の狙いを剥き出しの後頭部につける。

  子供達の仇、安寧を妨げる者への勝利。それが近づいている。最後の一手と指を離そうと

 

 

 

  ーーー腹部に鋭い衝撃が走る。

 

 

 

「かっ!?」

 

  腹を殴ったーーー突き刺したのは水の槍。アーチャーのクラス別スキル『対魔力』が槍の威力を削ったのだが全てではなかった。差し引かれた一撃は皮膚を貫かなくとも衝撃を与える。

  苦悶の空気が吐き出されたのを、彼は見逃さない。

 

「はあ!!!」

 

「…っ!?」

 

  飛行機の屋根にも張りめぐらせる水流の、三叉槍の投擲により、三叉槍を中心として水流の範囲を薄く広がせた。その水流の一部を操作しての不意打ち。

  この瞬間の為にあえてヒッポメネスは足に一撃を喰らったのだ。その一撃を上回る一撃をここに放つために。

 

淵源=波及(セット)!!」

 

アタランテの一瞬の怯みの内に無詠唱で自然と手元に戻した三叉槍をヒッポメネスは構えていた。

  水流の三叉槍の穂先に魔力を集中させて放つ重き一撃をアタランテへとぶつける。

  だが、彼女は正真正銘の英雄。この程度の隙でやられるほど柔ではない。

  アタランテは迫る三叉槍の穂先が近づくのを限界まで見つめ続け、最大限に達した時体を回し弓を穂先へと叩きつけた。槍の軌道はズレ、アタランテから外れるも三つの穂先の一つが彼女の腹部を僅かに抉った。

  苦痛に顔を歪めるも体の動きは止まらず距離を取る。ヒッポメネスは足に負傷、アタランテは腹部に負傷。互いに致命傷とはならないが傷を一度与えた。

 

「…小賢しいな、まるで変わらん」

 

「こういう男だから、変わるのは難しいんだよ」

 

  憎み口に適当な返事。ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らすと二人は再び構えた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

  とうに戦車は仕舞い、互いの武を持って決着を着けんと“赤”のライダーは己が師が作った槍を、師に放った。だが、師だからこそ分かっていた。その武の型を、弱点を、何よりも弟子の悪い癖も全て把握していた。

 

「くっ!!」

 

「はっ!!」

 

  弓も槍も接近戦さえも我が物として振る舞うことができる大賢者、それこそがギリシャ神話が誇る半人半馬の大英雄、“黒”のアーチャー、ケイローン。

  大木を折ることが可能な蹴りを捌き、槍の穂先を目で追うよりも先を見据え、次の動作を予測して動きを封じる。

  何という男だ。“赤”のライダーは心の底よりの賞賛を視線で送った。

  兄として、父として、友として崇めた男との一騎打ち。いずれ、いずれはと密かに思った願いがここで成就される。嬉しさに体が弛緩しそうだがーーーそんなことしたら間違いなく負ける。

  アキレウスは思考の中であまりにも少ない、アーチャーへの勝利の為の手段を取る。

 

  ほんの一飛びで距離を取った。この行為に“黒”のアーチャーも訝しげに思った。すぐに行動の意味を把握する。

 

 “宝具”

 

  サーヴァントの絶対の必殺。己が伝説の象徴を開帳させようとしている。アーチャーはあの槍の真価を幾つか想像し、何が出ても対処できると身を構える。

  その様子にライダーは笑った。

 

「この槍はあんたが作った槍。ーーーだが、槍に宿る神秘は俺が生み出したものだぜ?」

 

  そう言い放ち、ライダーは“空”へ穂先を向けた。

 

「行けッ!! 我が槍、我が信念ーーー『宙駆ける星の穂先』(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!!」

 

  投げられた槍は宙に飛び、機体中央部分へと突き刺さった。予想外の槍の使用に冷静なケイローンも困惑し、次にはその宝具の真価を理解した。

 

「これは…!!」

 

  世界が切り離された。言葉にすればそれが的確だった。風は強く、床は鋼鉄ではなく、柔らかくも硬くもない地面。突き刺さった槍が中央であり軸として存在する空間ーーー大魔術が展開されたのだ。

  魔力供給は滞りなくできている、固有結界のような世界を塗り替える魔術ではないが、それでもこの魔術は大魔術。それを、“赤”のライダーが放った。

 

「魔術まで使えるようになったとは…」

 

「やり方はどうでもいいさ。これは俺がヘクトールのおっさんと決着をつけるためにつくったものなんだよ」

 

  曰く、ヘクトールは笑いながら逃げる飄々とした男だったらしい。トロイア戦争はアキレウスやアイアスのような英雄がいながらもトロイアを陥すのに数年の時間が費やされた。それはアキレウス自身や他の要因も多々あるが、トロイア軍にヘクトールという英雄がいたのが最大の要因だった。

  王子、将軍、軍師、政治家。ありとあらゆる側面を持つこの英雄がいたからこそ、トロイア戦争は長く続いた。

 

「この技はヘクトールのおっさんが俺と戦えるように整えた空間。ーーー神性も加護も消え去った空間、殴れば血が出て、極めれば折れる。ただのアキレウスとただのヘクトールが戦う為だけに生み出したものさ」

 

  アーチャーは絶句する。アキレウスの最大のアドバンテージ、不老不死の肉体を捨て、あえてただの英雄として戦う為だけの宝具。

  ステータスダウンも何もない、本当にこの男は“殴り合う”ためだけの宝具を使ったのだ!

 

「…なるほど、つまり貴方は私に拳技で挑みたい、と」

 

「ああ、そうだ。 あんたとコレで決着をつけたい」

 

  翳した拳は堅く握り締められている。どこまでも堅く、硬く、固く握られた拳を見て、アーチャーは。

 

「では、一つ約束を」

 

  人の良さそうな笑みを浮かべてそう言ってきた。

 

「約束?」

 

「はい、その約束とはーーー」

 

  約束の内容を聞き、ライダーは顔を歪ませた。その顔が妙に可笑しくて、少し笑う。

 

「では、この決闘を受諾します」

 

  返事を聞く前に快諾する。叶えてくれるのは少ない可能性だ。返事を聞かないほうが、叶えてくれるかもしれない。そんな事も打算しながらも、アーチャーとしてはこの戦いから逃げるつもりなど一切なかった。逃げてしまってはーーー師として弟子を誇れないではないか。

 

 

 

  空気が乾き、窒息しそうに張り詰める。

 

  ここに立つのは二人の男。

 

  英雄も、サーヴァントも、戦いも全てを忘れ、拳を向けあった。

 

「“赤”のライダー、我が真名はアキレウス。英雄ペーレウスが子なり」

 

「“黒”のアーチャー、我が真名はケイローン。大神クロノスが子なり」

 

 

 

「「いざ尋常にーーー勝負!!!」」

 

 

 

  師と弟子、最後の殴り合いが開始された。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「しっっっつこい!!」

 

  ピポグリフの手綱を引き、魔力を爆発させる。その瞬間、“黒”のライダーとジークの頭部に人が振るうには大きすぎる神槍が噴きだされる炎と共に突撃した。当たれば間違いなく二人の頭は吹き飛ぶ。だが。

 

「『この世ならざる幻馬(ピポグリフ)』!」

 

  その叫び共とに二人と幻馬の姿はーーー掻き消えた。神槍を振るった“赤”のランサーは目の前から消えた二人と一匹に驚くことなく、少し頭を動かし、自分から五十メートル程離れた位置に現れたライダー達を見つけ、炎を噴出させて急接近させた。

 

「ああ、もう! なんで諦めないんだよアイツ!?」

 

  この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

 

  “黒”のライダー(アストルフォ)の宝具にして彼の象徴とも言える幻獣。その宝具の真の能力はーーー次元の跳躍。本来ならば産まれることがない幻獣であるだけあり、その存在はひどく曖昧。宝具として昇華された時、ヒポグリフは一時的に自らの存在をこの世から抹消させることができる。

 

  “赤”のランサーの追撃も幾度の次元の跳躍で躱し続けてきているのだが、彼は姿を消すたびにライダー達を見つけ、諦めることなく無限の魔力を使い炎を噴出させてくる。

 

  ライダーとジークは既に空中庭園に到着している。なのにジークが着陸できないのは当然後ろから追尾してくるランサーの所為だ。ライダーは空中庭園の周りを浮かぶ黒棺を破壊できず、どうしようかと思案する。ライダーが答えを出す前に、ジークが先に答えを出した。

 

「ライダー。黒棺の破壊を頼めるか?」

 

「ジーク!?」

 

「あれさえ全部破壊できればルーラー達が着陸できる。俺はランサーを…」

 

「相手するってわけか! でも死ぬなよ! 絶対死んじゃダメだからな!!」

 

「ああ!!」

 

  ライダーがピポグリフを急上昇させると同時にーーージークは飛び降りた。真下からは槍を構えたランサーが上昇してきている。太陽の炎が渦巻いて迫ってくる光景に、ジークは恐怖よりも高揚感を感じていた。あれに触れれば死ぬのは分かっている。

 

  でも、叫んでいる。

 

  誰かが叫んでいる。

 

 

 

  ーーー彼との決着を

 

 

 

「ーーー来たか」

 

  神槍と聖剣がぶつかる。神性と幻想が削り合い、鍔迫り合い、火花が撒き散らされる。

  “赤”のランサーが目にしているのはあの人造物の少年ではなく、その瞳には竜殺しの大英雄がいた。

 

  三分限りの極小簡略召喚ーーー憑依召喚。

 

  竜殺しの心臓を受け継いだ人造物だからこそ得られた奇跡が、聖杯大戦の序盤の戦いをここに実現させた。

  ランサーだって分かっている。目の前の英雄が、あの時の英雄であるわけではないことを。

  しかし、それでも。

 

「行くぞ、“黒”のセイバー」

 

「来い、“赤”のランサー」

 

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!」

 

 

 

  黄昏の極光と陽熱の日光が互いを喰らいあうーーー

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「ぐっ!?」

 

  肩に異物が抉りこんできた痛覚と貫ぬかんとする衝撃が体を後ろへ逸らさせる。体勢を持ち直そうと一瞬考えたが、勢いに任せたまま後ろへと後退することを選ぶ。一拍置いて、雨のような矢の嵐が落ちてくる。選択を間違えた後に起こる“もし”を想像し、ヒッポメネスはアタランテを睨みつける。アタランテは顔色を変えず、淡々と冷酷を携えて、矢を番え狙いを定めてくる。

 

「…やはり差は歴然か」

 

  当たり前だと己に唾を吐きたい。平原の戦いは殺す一歩手前までいったがあれは間違いなく奇跡だろう。全てにおいて、アタランテはヒッポメネスの力を超えている。遥かな高みなのだ。それを絶対に殺せるなどと口にできることが烏滸がましいほど、ヒッポメネスはあまりにも格下だった。

 

淵源=波及(セット)!!」

 

  一度に距離を超える。接近戦しか選べないその手は明らかな悪手と分かっている。だが、それしかない。

  槍をアタランテへと向け、突き刺そうと力を込めようとーーー

 

  飛行機全体が揺れた。

 

「なっ!?」

 

  飛行機が向かう先、空中庭園から光弾が叩き込まれた。一撃が飛行機の操縦席へと当たり、飛行機を操作していたゴーレムの破片が空中へと投げ出された。舵取りを無くした船が大海原に投げ出されたように、飛行機も空気の大流に揉まれ、飛行機全体が揺れ動く。

 

  この飛行機にはヒッポメネスとアタランテしかいないはずなのに、妖艶な嗤いを耳にしたのは幻聴なのだろうか。

 

  その一瞬、僅かな動揺の間にヒッポメネスはアタランテを見失った。

 

「…くそっ! 何処にーーー」

 

  ザクリ。

  足の力が抜けた。

 

「があっっっ!?」

 

  片膝をついて、後ろへ振り返るが其処には誰もいない。見失った。ヒッポメネスがアタランテとの戦いの中で最も恐れていたことが起こってしまった。

  アタランテは狩人。狩人で英雄。闇夜に潜み、獣を狩る生業とする者。

  下腿を貫いた矢を引き抜きながらアタランテの姿を探す。自分が獲物にならなかったのはまだ正面に捉えていたからこそだ。だが、姿を失えば自分は獲物でしかない。すぐに体勢を戻す為に魔術を使いアタランテをーーー

 

「こちらだ愚か者」

 

  振り向き、衝撃。

  頭が割れるような一撃が天辺から振り下ろされる。振り返った視界が捉えれたのは形のいい脚を振り下ろすアタランテの姿。

  英雄の踵は鋼さえ容易に凹まされることは間違いない。ヒッポメネスの頭部に落とされたアタランテの踵は彼の意識を刈り取る寸前に追い込んだ。

  ギリギリの意識が考えるのは後退。このまま戦っても死ぬ事実を本能が囁く。おぼつく足に魔力を込め。

 

「淵源=波ーーー」

 

「させると思うてか?」

 

  ガンっ!!

  ヒッポメネスの足と共に床を踏みつける。

  退却を許さないアタランテは彼の足を踏みつけることでそれを防いだ。

 

「女帝には些か不愉快だが…」

 

  ガッ! 右頬に鋼鉄の拳が刺さる。

 

「まあいい」

 

  ゴッ! 左鎖骨に鎌のような肘が叩き落される。

 

「汝は」

 

  ドッ! 鳩尾に膝が抉りこむ。

 

「私が殺すと言った!!」

 

  ガンッ! 振り下ろされた両拳は鉄槌だった。

 

「がっ…」

 

  流れ込む拳と脚の連打に肺から空気を搾り出される。揺れる視点、途切れる意識、歪む痛覚はヒッポメネスの判断能力を著しく落とす。手は痺れ、指が弛緩し小剣を零す。

  朦朧は完全な死を告げる。ヒッポメネスの前に立つのは麗しい狩人ではなく、彼の命を刈り取る死神だ。

 

「朽ちろ、早々に」

 

  その言葉は既に亡き怨念達への手向け。悲哀を払うための供物はヒッポメネスの首なのだろう。

  彼女は彼を蹴り飛ばし、距離を開けさせる。これでヒッポメネスはさらに窮地に追いやられた。弓兵に距離を取られるとは、死角を与えると言ってもいい。

  キリキリと弓の弦から奏でられる音律は死を誘う。指が放された瞬間、矢は迷うことなくヒッポメネスを抉る。既に決定事項と言ってもいいのかもしれない。これはアタランテの勝利であり、ヒッポメネスの敗北だと。

 

  なのに、彼は口角を上げて笑った。

 

「は、はは…っ」

 

「…何を笑っておる」

 

  その笑みにアタランテの笑みは消えた。前までの勝利を確信した未来予想図は消え、緊張が背筋を走る。

 

  緊張?

 

  何を馬鹿な。

  アタランテは頭を振る。殴り倒し、距離を取り、矢を番えて狙いを済ました。後は放つだけでヒッポメネスは死に自分が勝つ。それ以外の結末はないのに緊張、それはつまり警戒しているということだ。

  もちろん戦場で余裕を晒す醜態を晒しているつもりなどない。見落としているものはない。

  奴が持っていた小剣は落ち、残りはあの三叉槍のみ。ここから槍を伸ばそうとも私に届くことはない。

 

 

 

 

 

  三叉槍、のみ?

 

 

 

 

「しまっ!?」

 

  まだ終わっていない。それに気づいた時、足元が大きく揺れた。

  爆発による衝撃と破砕の振動。二つの揺れ幅を足から感じ、アタランテは一瞬立ち眩む。

 

「ヒッポメネス!」

 

  彼女は彼の名を叫ぶ。

  彼等の足元ーーージャンボジェット機の内部から煙が立ち込もり、次々に爆発が引き起こされている。耳を澄ますとジェット機の中で巨大な何かが這いずり回っているような音を捉えた。それはまるで蛇が苦しみながらのたうち回っているような、悪あがきのような無秩序な暴走。

  後にその暴走はジェット機の内部から外部へと飛び出しーーーアタランテの瞳は巨大な水流を見つけた。

 

「貴様まさか!?」

 

  ヒッポメネスの持つ三叉槍は小剣と同じく、魔術を発動させる為の礼装という役割を果たしている。

  小剣も槍もどちらも性能としては変わらない。どちらか一つさえあれば、彼は短詠唱で魔術を発動できる。

  しかし、祖父の血である潮水を纏う三叉槍は魔術礼装として格が上がっている。水流の加速、変質、放出という工程を重ねる必要がある技こそ詠唱が必要だが、

 

  ただの水流の操作だけなら、念じるだけでこと足りる。

 

「“赤”のアーチャー。君ならば、僕が君を見失った瞬間に殺すことなんて容易かったはずだ」

 

  水流を幾つにも分離させジェット機の内部に叩きつけ、抉り、引き剥がす。エンジンや精密機器、主翼さえもが破壊され、へし折られそうになっている。

  まるで大蛇が絡みつくような光景にアタランテは言葉を失いかけるが、それよりも目の前の男の声が大きく聞こえた。

 

「なのに、なぜ君は僕を殴った? 蹴って、振り落とし、苦しめる手段を取った? いや、分かる。ごめん、厭らしい聞き方だ」

 

  ただその手段を行ったのはできるだけ苦しめるようとしたからだ。それは彼女の嗜好ではない。ただ憎かった。子供達の苦しみをできるだけ味わせて、殺してやりたいという暗い気持ちの表れだったのだろう。

 

「普段の君なら、間違いなくこんなことしなかった。君は狩人だ。獲物には容赦ないが、嬲ることを毛嫌う。だからこそ、僕は今の君に勝利を見出した」

 

  気づいた。そこまで語られて、ようやく自分の周りの状況を見渡せた。

  足元にある巨大な鋼鉄の塊は水流に締めつけられ、破壊し、破片が散り散りと雲の下へと落ちていく。鋼鉄の内部から発生する煙は後方へと流れていく。火はやがて足元まで広がってきており、火の灯りが顎をなぞる。そして、アタランテはようやく気づいた。

 

「庭園から…ズレている!?」

 

  ーーー二人が乗るジェット機の進路がずれていた。

  空中庭園へと飛んでいたジェット機は少しずつ、逸れていた。ほんの僅かな角度をずらし、ゆっくりと、ゆっくりと飛ぶ方向を変えて、アタランテが庭園の姿を捉えた時には庭園から横へ逸れるように飛ぼうとしていた。

 

「さらに、これで!!」

 

  ガクンとジェット機全体が揺れ動き、急速に旋回行動を取った。ヒッポメネスが持つ三叉槍が水流を動かし、コックピットの操縦桿を横へと思いっきり回したのだろう。庭園の主によりゴーレムはいないが、水流がゴーレムの代わりとなり操作している。エンジンが破壊され、主翼も破壊されかけているが飛行進路を変えるだけの機能は残していたのだろう。

  そしてジェット機は完全に庭園から逸れ、離れるように()()()()()

  高度を保つことができず、機体は摂理に応じて地面に落ちようとしている。

 

  ーーーこれが目的か!!

 

  アタランテは叫んだ。心の中で、忌々しく怨嗟の叫びを吠えた。

  今更ながらこれが聖杯大戦だということを思い出す。これは戦争だ。断じて競争でも、決闘でもない。

 

  勝てばいい。

 

  手段を問わず、相手を貶めて勝利を掴みとることが戦争の流儀だ。武人はその戦争に己の流儀を組み込ませ、暴力を振る舞い、高潔を謳う。それは全て武人に力あってこそのもの。

 

  だが、ヒッポメネスは力がない。武人と名乗るものの戦争に己を持ち出せるほど傲慢になれなかった。

 

  だから、彼は勝つことだけに執着できる。

 

  どんな形でも勝てばいい。勝てば、聖杯を手にして宿願を成就できる。

  ゆえに、アタランテはヒッポメネスが自分に勝ち庭園へ向かうことを前提と考えていた。

 

  ヒッポメネスが()()()()()()()()()()()、自分を脱落させようなどと考えてもいなかった。

 

 

 

 

 

  ヒッポメネスの勝利とは、アタランテを脱落させる一点のみ。己の願いは聖杯により先に叶えられた。それはある意味願望機としての役目を果たしているのだろう。

  ゆえに聖杯はいらない。それは既に己とマスターと仲間達も知っている。

 

  だから彼は()()()()()()()

 

  脱落させればいいだけだ。

  彼女を殺さなくても、戦闘不能にしなくてもいい。ただ、()()()()()()()()()彼の勝利となる。

  ヒッポメネスはジェット機上の戦闘となった場合、この方法を取ると即断した。これならば必ず勝てる。彼女を殺さず、終わらせることができる。

 

  ゆえに、彼は彼女もろともジェット機を墜落させることを選んだ。

 

 

 

  アタランテはすぐに駆け出した。

  彼と彼女の立ち位置の関係でアタランテはヒッポメネスへと真っ直ぐ飛ぶように走り出す。

  アタランテは墜落しようと高度が下がる機体の頭部におり、ヒッポメネスは機体の後方、つまりまだ高度が高く、アタランテが力の限り飛べば庭園に戻れる可能性がある立ち位置にいた。

  庭園へ戻ろうとするアタランテをヒッポメネスが許すはずはなかった。三叉槍を高らかに掲げ、己の手足同様に操れる水に命令する。

 

 

 

淵源=波及(セット)

 

  目の前に迫るのはのたうち回るように暴れる水流の束だった。私を呑まんとする水流の壁を、難なく切り抜け、すり抜き、足を休めない。

  幾多の障害物を前にしようとも走る足の速度は緩まない。峻険たるアルカディアの土地を駆け抜けた俊足は『アルカディア越え』というスキルに収まっている。

  例え千の障害を用意されようとも足は遅くならない。

 

  絶対に負けない。

 

  それは意地だったのかもしれない。かつて卑劣な手段だとしても負けたのだ。二度も負けるのは、彼女にとって許容できるものではない。

  あと少し、あと少しの障害で庭園への道は見えてくる。まだ間に合う。こんな終わり方ができるはずがない。子供達の未来を守る。

 

  こんなところで、こんなところで負けるわけにはいかない!!!

 

  そして、見えてきた鉄の塊の終着点。水の壁を避け続けた先に見えた鳥を真似た鉄塊の先と夜空。手を伸ばせば届くような暗闇に彼女は、足に力を込めてーーー

 

  肩を()()()()()()

 

 

 

『動く獲物を射抜けぬのなら、誘導せよ。汝の射抜ける的になるように場と機を整えろ』

 

  そう言ったアタランテの言葉を忘れない。弓の腕が壊滅だった自分にそれを教え、獣を翻弄し、狩りやすくする為の手段を教えてくれたのは皮肉にも今射抜いた彼女だった。

  襲わせた水流の束は自分の姿を消す為の隠蔽工作(ダミー)。ヒッポメネス自身はすぐにジェット機の主翼へ移動し、魔術で即席の弓と矢を作製した。

  そして弓に矢を番え、水流の中から出てくる彼女を待った。

 

  待って待って待ってーーー彼女の姿が見えた瞬間、指を離した。

 

 

 

  肩から生えた水でできた透明な矢は、私の動きを止めた。

  見れば矢の端、矢筈には水でできた鎖が繋がれていた。鎖を辿り、その終わりにはーーーヒッポメネスがいた。手には矢と繋がれた鎖。その鎖を、ヒッポメネスは引っ張った。

  体が浮き、後ろへと引っ張られる。庭園は遥か前方。駆け飛べば間に合うほどの距離だった。

 

  しかし、それはもう永遠に届くことのないほど切り離されてしまった。

 

「行くぞ“赤”のアーチャー」

 

  アタランテはヒッポメネスの腕の中にいた。肩に刺さっていた矢も鎖も消え、両腕もヒッポメネスの腕の中に収まっている。

  抵抗すればもしかしたら。だが、そんなもしかしたらの時間は既にない。

  体がヒッポメネスごと後ろへと倒れる。ここは鉄塊の翼の上。翼の幅は胴体より狭く、一歩先は空の下。そんな状況で後ろへと倒れればーーー

 

「舌を噛まないようにしなよ!!!」

 

「ヒッポメネェェェェェェェェェス!!!」

 

 

 

 

 

  シギショアラ、“赤”のアーチャーと“黒”のバーサーカーが二度目の再会を果たし、去り際にバーサーカーが放った宣言。

 

『次会った時、僕は君をーーー射止めてみせる』

 

  かなり遅れてしまったし、言葉通りにはならなかったが、彼は約束を果たした。

 




このオレを脇役に回すとはいい度胸だ。相応の覚悟はできてんだろうなぁ?

…しかし、まあいい。此処は寛容に譲ってやるよ。

…あ? なんでかだって? そりゃあちょこまかと鬱陶しかったし、泥浴びせられたし、倒せなかったりぶっちゃけ殴ってもいいんだが。

今だけはお前の物語だ。酒のつまみになる程度の活躍をしてこねえとそれこそぶん殴る。

せいぜい格好つけてこいよ、三流。





あ、あと飯おごれよ。詫びはまずそれからな。


ヒッポメネス決戦verのイメージ画像。細部や服装が変わっているのは気にしないでください。

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