貴方の盾に、貴方の矛に
命尽きるその瞬間まで、貴方の運命と共に
本当に、おかしなことがあったものだと嘆息する。
三流以上二流止まり、一流にはなれなくてその上に踏み入れられることはあり得ない。
そう悟っていたから、期待されていないことも苦ではなかった。
姉の予備と育てられたことにも受け入れた。
魔術師として、人間としての生き方を選べれるし、選択できる意思もある時点で魔術師として欠陥だと思っていた。
こんな英雄同士の殺し合いでも隅っこにでも立って、嵐に怯えながら過ぎるのを待つものばかりだと考えていた。
あえて言わせてもらおう。
───どうしてこうなった?
姉は既に空中庭園から離脱させた。運がいいのか悪いのか。“赤”のランサーの頼みを聞き入れ、元々“赤”の陣営のサーヴァント達のマスターであった魔術師達を救出した。その際に姉も転移装置に乗せた。
自分はマスターとして、ユグドミレニアの魔術師として最後まで見届けるという名目でこの神代の化け物がひしめく庭園に残っている。
本当は神代の魔術を見逃すのは惜しかったりしたからだ。なんだかんだ言って、己は魔術師だと内心で嘲笑する。
こんな状況で何考えてんだと。
剣と刀が剣戟を打ち鳴らし、血が撒かれて、魔力が迸る。受肉した英雄と英雄に限られた時間だけ成れた人間未満。そんな奴らが人類の今後を左右するとは戦争というのは突拍子もない展開にもつれ込むものだとカウレス・フォルヴェッヂ・ユグドミレニアはもう一度嘆息した。
体がだるい。途轍もない疲労感が襲ってくる。一時期収まったのにまた魔力を持っていかれる。魔力の枯渇による体力の消費。カウレスは疲れのあまり、最後の戦いを壁に体を預け眺めていた。
今更、カウレスに注意する者はいない。サーヴァントが隣にいない今、片手間で殺せる脆弱な存在に注意する者などいない。
殺しあう聖人と人造人間、戦いを見守る少女のような少年と黒衣の女帝。この四人がカウレスの他いたが、あくまで彼らが主人公であり、カウレスは背景か観客にしか収まらない。
それをカウレスは怒らない。ゴルドのように自尊心が高いわけではない。自分の役目は魔力タンクかサーヴァント現界の為の楔と令呪のタイミングを図るのみだと徹している。
だから、今もこうして見守っている。誰にも気づかれず場違いな場所に留まり、己のサーヴァントの戦いが終わるのを待ちながら。
○ ○ ○ ○ ○
ヒッポメネスは酷使し続けた肉体に力を入れる。
正直に言えば泣きそうぐらい痛い。身体中、あらゆるところが血で滲み、折れていては動かない。息すれば胸が動いて痛む。小さな所作でさえ痛むのに、動かなければならないことを嘆きそうだ。
「…あぁ、くそ」
「…あれだけやられてよく動く。泣き叫んでも呆れはしないぞ」
「はは…、狂化がこんなところで役立っているよ」
『狂化:E-』、痛みを感じにくくするだけの能力を発揮するが、この時ばかりはその恩恵を享受する。
ふらつく動きだがなんとか立てた。ヒッポメネスは槍を拾い、そして地面に突き立てていた小剣も拾う。
「ヒッポメネス」
「なに、アタランテ?」
「汝は私を愛していると言った。だが、私はその言葉に返答していなかったな」
動揺し、動きが止まる。立つ力の無いアタランテは岩に背を置き、身体を上げて緊張したヒッポメネスの目を見て告げる。
「私は…子供達を愛そうとしても誰か一人に愛を向けたことがない。私の愛は広く、決して個人に対してのものではなかった。だから…汝を愛しているといえば、それはきっと虚飾の言葉になってしまう」
だが。
「だが、汝と居た日々は安らげた。汝と生きていた時間は何でもなかったように思えたが、振り返れば何でもないことが暖かさを秘めていた。それは決して嘘ではない」
都合がいいことだ。
「なあ、ヒッポメネス。汝は本当はこんな女がいいのか? 今の今まで何も気がつかず、汝の好意を知っても愛していないと都合がいい事を言う女が…本当にいいのか?」
こんな事を言いつつも、求めている。誰でもなく、私だけに対して激情も醜態も惜しみなくさらけ出してくれる特別な人を。私だけしか知らない貴方を求めている。だが自分は何も教えないし、返さない。
そんな都合がいいことを、傲慢で強欲で汚いことを言っていると自覚している。
小娘にも劣る、愛を知らない女の我儘にお前は───
「君だけだ。もう、君しか愛せそうにないや。だから君以外はありえないよ」
───これは、駄目だな。
そんな風に照れた顔で言ってくれるな。私まで恥ずかしくなってしまいそうではないか。いつもは弱々しいくせに全て吐きだしたらこんな風に口にするなど、卑怯じゃないか。
「ヒッポメネス」
「なんだいアタランテ」
この想いは今生のみなのかもしれない。死に座へ帰ればこの時間も、この語らいも全て無に帰す。愛を知らず、ヒッポメネスを知らない
だが、そうだとしてもこの時を生きる私は私のみだ。この私が何処へ消え、どこに向かうのかも知れぬが───
「私と、本当に一緒にいてくれるか?」
「ああ、足りないなら何度だって叫ぶよ」
「ずっと?」
「ずっと、ずっとさ」
二人ならば寂しくはない。なら、何処へ行こうとも一緒なら言葉にしよう。
この刹那な想いが永劫にも負けぬ熱になるように───
「結婚しようヒッポメネス。ずっと愛してくれた汝に愛を授けたい。まずは、この不器用な女に恋を教えてくれまいか?」
「───ぁっ」
なんと言葉にしていいか。この感情をどう名付ければいいか彼には分からない。幸福なんて言葉じゃ足りない。たった二文字じゃ収まりきれない。言葉だけでは表しきれない。
その笑顔は本当に卑怯だろう。ただの笑顔、何の含みもない純潔の笑みが心臓を鷲掴みにされた。思わず、力が抜けて頬が緩んでしまう。
途方も無く涙が溢れ続け、どうしようもないほどに叫び狂いそうだ。
もう表情なんてきっとぐちゃぐちゃで、形容し難いほどに纏まりきれない感情で溢れかえっている。
何か、何か返さなければ。ここで言葉にしないなんてとんでもない。ヒッポメネスはどうしようもないほどに崩れた泣き笑いの顔で叫んだ
「…っ、ありがとう!!!」
言えた言葉がそれだけ。あとはただ情けないことに痛む身体に無理にでも動かし彼女に近寄ることしかできなかった。そして、抱きしめる。ただ抱きしめるだけ。細く、力を込めたら折れそうな身体。その身体で偉業を成してきたことに尊敬の念を覚える。
彼女もただ、抱きしめられるだけでこのままずっと続けばいいと───いや、ダメだ。
幸せなのに、それでもやらなくちゃいけない事がある。此処で踏みとどまってしまっては、もっと取り返しのつかないことになってしまう。
「行ってくる。必ず戻ってくるから、待っていて」
「約束だ。言ったからには必ずだぞ?」
彼女を抱きしめたまま、意識に集中させる。遠い遠い空の上、遥か天に近き大地にいる。
我がマスターへと。
ーーーカウレス君
ーーー待ちくたびれたぞバーサーカー
ーーーごめん、でももう大丈夫だ
ーーーやれるか?
ーーー勿論
口の端を上がる。何時までこの時を待っていたのだろうか。
魔術刻印を継承してから底上げされた魔力でも、追いつきそうにないほどの魔力消費に疲労が凄まじかった。
連絡も取れず、やられてしまったも思ったがそうではなかった。
ずっと戦っていたのか、それとも妻と過ごしていたのかは分からない。でも、最後の最後まで生き残っていた。カウレスは手の甲に刻まれた一画の令呪を見て、ジークとシロウの戦いへと目を移す。
英霊であり戦場を経験した天草四郎時貞とサーヴァントとなり戦ってきたジーク。
ジークフリートに追いつこうと経験を引き出すジークだがそれは模範の範疇を超えることができず、片腕を無くしていても刀を振るい圧倒的に攻めていくシロウ。
サーヴァント同士の最小の戦争に近く、人の一騎打ちの技量を超える戦いは終盤間近。
ジークがシロウに斬られる度にその傷が数秒で治る現象にカウレスも驚いたがその現象の原因はすぐにわかった。
バーサーカーの宝具の影響、黄金の林檎の影響だ。
ジークを救う為に食べさせたのは不死に成れるという黄金の林檎。三位一体で全力を出せる宝具だったのに、完全に力を出し切ることはなかったのは残念だが今は結果として功を成している。それがちょっと誇らしい、ひどく威張りたい気分だ。
戦闘面では目立てなかった癖に、変なところで活躍するとか相変わらず変な奴だと改めて思ってしまう。
ーーーさて、頑張れよ?
ーーーははは、期待に応えられる程度にはね
ーーー十分だ。
ここが恐らくカウレスがこの聖杯大戦で辿ってきた全てが収束することとなる。召喚から交流、そして自らの決意の全て。
さあやってやろう。きっとここで叫ぶと───かなり痛快だ!
「やっちまえ!! バーサーカーーー!!!」
この時、戦っていた者、見守っていた者全てが叫んだ只の魔術師を見た。自信満々で、誇らしげに自らの腕を掲げて叫んだ。腕に刻まれた残り一画の令呪。その一画が紅く光り、魔力の解放を知らせる合図となる。
魔術師のすぐ隣、何もなかった空間に一人の青年が転移した。
血塗れで、傷だらけで、とても痛々しい風貌だった。装束だった首回りは血で紅く染まり、泥に汚れ、何度も斬られたのか千切れかけている部分もある。
だが風貌こそ酷いものだが現れた瞬間に発せられた威圧に誰もが理解した。
大英雄が入り乱れる最悪の戦争の中で弱いと判断されながらもこの終盤まで生き延びてきた。此処に辿り着くまでの経験は成長には繋がらないだろう。しかし、強敵との戦いが彼を相応の戦士へと変えた。
だからこそ、“赤”のアサシンは現れた瞬間魔術を発動させた。“黒”のライダーを縛る青銅の鎖と同じ物を現れた青年へと差し向ける。
だからこそ、“黒”のライダーは拳を上に突き上げた。友の再会と最高のタイミングでの登場。かっこいいじゃないか!と誇らしげに叫んだ。
だからこそ、ジークは少しだけ気が抜けた。戦いの最中でそんなことをすれば致命的な弱点を晒すのに、それでも気が抜けてしまった。
だからこそ、シロウは身を強張らせた。既に消えたものかと思っていた。実力的に考えれば、下から数えれば早いサーヴァント。危険視していた宝具も欠落が生まれ放置していた。
だがそのサーヴァントを放置した結果が今はこの状況を生み出した。
目の前のホムンクルスの命を留め、宝具を使い
ジークとの戦いの最中、ジークの明らかな異常に気づいた。どれだけ傷つけようとも驚異的な回復力が傷を修復させる。その回復力の源は心臓だった。戦いの途中でも、筋肉と皮膚に覆われていても黄金の輝きが見て取れた。
竜殺しの心臓と黄金の林檎。
竜の血を引く心臓と人を不死へと昇華させる果実。その二つを肉体に宿す人造人間。
生まれたばかりの無垢な魂が成立させた二つの神話の集合体。幻想種の血を不死へとさせる肉体が自らの前へと立ちふさがる。その強敵を倒せる寸前だった。寸前だったはずだった!!
迫りくる数十の鎖に青年は───“黒”のバーサーカーは真っ直ぐに駆け抜けた。鎖の僅かな隙間を掻い潜り、払い砕き、ただ前へと走り抜ける。
鉤爪が先端に付いた鎖が服に引っかかり、動きが一瞬止まってしまった。それを好機と“赤”のアサシンは鎖を倍へと増やし、“黒”のバーサーカーへと降り注がせる。
だが、この程度で止まるわけがない。
僅か数日だけ大賢者の弟子となり、兄弟子となる大英雄と槍を交えた。あの神域の武芸を見た今、百にも及ぶ鎖など───障害になり得ない。
槍と小剣を巧みに振るう。最初は只の工夫でしかなかった変形武術だった。単なる思いつきが今では一つの型として成立する。鎖の壁など容易い。アキレウスの槍と比べれば、あの苛烈さと比べれば……簡単に超えられる!!
バーサーカーは跳躍する。鎖の壁をたやすく飛び越え、最後の戦場を空中で見下ろした。
槍を持ち替え、投擲の構えを取る。投げ穿つのは決まっており───極東の少年へと視線を固めていた。
君と語ることは何もない。でも、仲良くなれたかもね。
○ ○ ○ ○ ○
───避けろ
───避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ!!!
脳に鳴り響く警戒が酷く暴れ回っている。あの一撃は、一投は確実に命を刈り取る。
それを本能が理解し、咄嗟に後ろへと飛んだ。一瞬の判断だった。それが間違いではないと悟ったのは一秒にも満たない後だった。
「
詠唱後に投げられた槍は魔力を唸らせ、爆発した。魔力の爆発により推進力を得た槍は今までのバーサーカーの投擲を遥かに超える完成度を誇っていた。宝具にはならずとも、まともにくらえば普通のサーヴァントでも致命傷を負うことが必須の一撃。その一撃は僅か前にシロウが立っていた場所に着弾し、着弾した床は放射線状に亀裂が走った。
やった、やったぞ!!
歓喜が込み上げる。恐らくあの一撃は最後にして最高の一投。令呪による空間転移、あの転移でバーサーカーのマスターは令呪を使い切った。マスターである少年は大量の魔力消費に疲労している。あの様子では長くは戦えない。あと少し、あと少し耐え抜けばこちらの勝利である。
なのに、バーサーカーの目に苦渋の色が無い。
シロウの目はバーサーカーを捉えたが、彼は投擲をしきった体勢で次の行動へと移ろうと体勢を変えた。
槍を投げた腕の反対、小剣を持つ腕を投げる姿勢へと移った。
二度目の投擲。それに対してシロウも回避行動を考えた。
そして、シロウが槍の投擲の回避行動を取った一瞬
回避するために後ろに飛んではならなかったと悟った。
バーサーカーが上へ飛んだから上を見上げていた。それが仇となった。
投擲を避けるばかりで、避けた後のことを考えてなかったことが仇となった。
こちらへ駆けてくるホムンクルスを視界に映し、漸く間違いだと気づいた。
合図されたわけではない。ただ、此処が好機だと思って走り出していた。手には既に折れた細剣。使い物にはならない。ライダーから譲り受けたものだが投げ捨てた。
何も持っていない。武器などなく、あるのは拳のみ。
後ろへとと飛んで避けた天草四郎は滞空している。この好機を逃せば、自分は殺されてしまう。何もない自分が天草四郎をどう殺すか?
殴る?締める?折る?自分がサーヴァントにそんなことができるはずもない。できるとしたらサーヴァントの武具のみ。
「ジィィィィィィィクゥッッッ!!!」
ガィン!! と前の地面へと流星のように小さな鋼が飛来し、突き刺さる。
槍の投擲とは違い、ただ投げただけ。殺す威力ではなく、“渡す”だけの投擲。
ジークは走りながら拾いあげる。拾いあげて、一気に駆け疾る。
あとはただ走った。腕を振り上げる必要も振り下ろす必要もない。ただ走って突き刺せばいいのだから。シロウ足が地面に着きそうな瀬戸際、ジークは間に合った。
「貴様ーーーー!!!」
「ーーーああああああああああ!!!」
腕を突き刺す。たったそれだけの動作に全ての力を込め、叫んだ。
ズブリ、とした鈍い感覚が小剣から伝わった。
「ぐっ!?」
「マスター!?」
その感覚を後にジークは地面へと転んだ。勢いよく走った為に派手に転び、その無様な転びように“黒”のライダーが叫んだ。
「マスター!? ねえマスター!? 大丈夫、君大丈夫なの!?」
“黒”のライダーは必死になって駆け寄った。一心不乱にダッシュし、ジークの胸元を持って力一杯揺すった。
「あ、あぁ、大丈夫だ。大丈夫だから揺らさないでくれ」
酔いそうになるほどめちゃくちゃに揺さぶられてからライダーは揺するのを止めて、ジークに抱きついた。
「このバカぁ…! なにやってるんだよぉ…サーヴァントに挑んちゃってさぁ…!!」
「…すまない」
ジークは “黒”のライダーの頭をあやすように撫でた。ぐずるようにジークの胸で泣くライダーは気づいているのだろうか。いや、確実に気づいていない。
───自分を縛っていた鎖が消滅していることを。
○ ○ ○ ○ ○
「どう思う?」
「…さあね。少なくとも消えたということは戦う気は失せたってことじゃないかな?」
バーサーカーの横へ辿り着いたカウレスは“シロウを連れて転移した赤のアサシン”についてバーサーカーへ尋ねたが、バーサーカーは追う気が無く。泣きじゃくるライダーとジークを見つめていた。
「まあいいか。さすがに心臓刺されて生きている奴がいるわけないよな」
そう、サーヴァントであろうと人間であろう。霊核であろうと心臓であろうと、急所を貫かれた時点で死は確定した。
あの主従が何処に消え、どう過ごそうともカウレス達には関係ない。だから二人は漸く安堵のため息をつけた。
「まあ、そういうこと。…それでその娘は」
「ルーラーが憑依していた娘だよ。名前はレティシア」
カウレスが背負っている少女、レティシアという娘はルーラーの容姿と酷似、いや瓜二つだった。元々生身の人間に憑依していたと知っていたがここまでそっくりな娘だということにバーサーカーは驚きだった。
「じゃあルーラーは…」
カウレスは沈黙で返した。その意味を理解し、その後は追求しないことにした。
「さて、俺たちの勝ちか?」
「勝ちだったら…僕はアストルフォと戦わきなきゃならないのかな?」
と言ってもバーサーカーに戦う意思はない。それはカウレスも同様である。願いがそもそもないし、今更ライダーと戦ってどうなるのだ。冗談を零したバーサーカーに呆れるように笑いかける。
「今更聖杯なんていらないだろ。それに聖杯は───」
使い物にならないだろうと、そう呟こうとした時。
庭園が震えた。
だから覚悟を
戦いの過程が、結果が悲惨そのものになろうとも
貴方は盾を掲げ、剣を振るい続けた