碧く揺らめく外典にて   作:つぎはぎ

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青く過ぎた少年時代を終え、

夕映えのような赤き激情の青年時代を超え、

新緑に似た命芽吹く時代を見つめた老年時代を迎えた。

やがて全てを終え、眠りに誘われた。




それでも諦めることを知らず、ずっとずっとずっと……追い続けてくれた大馬鹿者を、私はやっと知った。

だから、会いに行こう。

森を抜け出し───碧い海へ




終章:碧く揺らめく外典にて

  困った、困ったと見た目麗しい少年は美麗な顔を歪めて頬杖をつく。

  冷たい風が吹き抜けるミレニア城塞の見張り台で、指でコロコロと物を転がせて遊びながら悩んでいた。

 

「……ん〜〜〜、わっかんないよ!!」

 

  やがて思考を放棄して空へ向かって叫ぶ。あー!と頭を抱えてぶんぶんと振り回す。三つ編みにした髪が犬の尻尾のように振り回され、やがて少年、アストルフォが指で遊んでいた物に当たって見張り台の外へ───

 

「わわっ!? 危なっ!!」

 

  咄嗟に拾いあげる。落ちたら何処へ転がっていくか分からない。壊れる事はないだろうが友から貰ったものを無くす訳にはいかない。アストルフォの両手にはしっかりと“黄金の林檎”が握られている。

 

「も〜、ヒッポメネスもなんでこんな物渡すかなぁ?」

 

  別れの時に貰った宝具。所有権がアストルフォに移ったからかヒッポメネスが消滅した後もこうして存在している。物の試しで真名を唱えてみたが、その能力が発動しなかったことから本当に林檎だけを渡されたみたいだった。

 

  アストルフォはトゥリファス、ミレニア城塞に戻ってからこれからの事について考えていた。

  聞いた話ではカウレス達、生き残った“黒”のマスター達はなんとか首の皮が繋がったらしい。

  “赤”のアサシンと天草四郎によって睡眠状態にさせられていた“赤”のマスター達を“赤”のランサーとの取引で救出した。救出された“赤”のマスター達は戦争が始まる前から操られ、何もせず捕まっていた事実を目覚めた後知り、“黒”のマスター達の命と魔術師としての家系を残す代わりにこの事を公表しないでほしいと取引を持ちかけてきた。

  これをユグドミレニアの魔術師達は了承した。だが、了承したが聖杯を使い、魔術協会に宣戦布告した事実から逃れられず、ユグドミレニアの解散を命じられた。

  これでユグドミレニアは無くなり、ユグドミレニアの名の元に集まった魔術師達は散り散りになる。そして、その魔術師達が再会することは二度とないだろう。

  アストルフォとしてはそれについては割とどうでもよく、会いに行きたくなったら会いにいくと気楽に考えていた。だが彼が気にしたのはホムンクルス達の事だった。

  ジークと共に誕生した多くのホムンクルス達、余命短く一年保てばいい者と三、四年生きられる儚い命達。ジークと同じように懸命に生きていくと決めた輝く者。ホムンクルス達はカウレス、ゴルド、フィオレの三人に複数名仕える者、“黒”のキャスターが残したゴーレムを従えて新天地を目指す者と別れている。ジークの兄弟姉妹達だけあってアストルフォは心配で仕方ない。特に余命について。短くとも自分らしく生きて幸せになれたらいいのだが、幸せの時間は長い方がそれは勿論いい。でも、自分にはホムンクルス達を延命させられる魔術なんてないし力もない。

 

「どうしたもんかな〜」

 

「よお、悩んでんな」

 

  頭を抱えて考えていると見張り台に缶ジュースを二つ持った眼鏡をかけた少年、カウレスが現れた。

 

「あ、カウレス君。やっほー」

 

「ああ、ほれジュース」

 

「サンキュー!」

 

  投げ渡されたオレンジジュースを一気に飲み干し、プハァと気持ち良い声をあげる。カウレスはそれを横目で見ながらリンゴジュースのプルタブを開けた。

 

「そういやレティシアは?」

 

「ちゃんと送り届けてきたさ。彼女、なんだかんだ楽しかったみたい」

 

  ジャンヌ・ダルクを憑依させてルーラーとして戦ってくれた少女、レティシア。彼女はカウレスができる限りの援助を行い、飛行機に乗ってフランスへと帰った。魔術師でもない彼女が戦いの場で何を感じ、何を得たかは分からない。しかし、きっと楽しいと言っていた以上悪い出来事ではなかったはずだ。

 

「それで? そっちはどうなの? フィオレちゃんとかさ」

 

「姉ちゃんは魔術師を辞めて、一般人として生きるよ。まあその前に変異した魔術回路を除いて歩けるよう他の魔術師のところで治療するけど」

 

  フィオレは自分で決めた道を進む。魔術の才能に溢れた才女は魔術師の才能が無かった。決して楽では無かったが積み重ねた物を捨てる決断は重かったはず。だけど、フィオレは決めた。後悔もするし、振り返りたくもなる。でも、前へ進むと決めた。自分が見たこともない新たな世界で、生きてみると。

 

「ふ〜ん、じゃあセイバーのマスターは?」

 

「ゴルドおじさんは息子の性根を叩き直すんだとさ」

 

  自分たちは何も成せない、それが分かったゴルドは何処か晴れ晴れした様子だった。傲慢で自尊心が高く決して落ちぶれてなどいない、と態度で語っていた男は自ら口にした。自分達は落ちぶれてしまっている、と。だが其処から目指すと決めたらしい。マイナスからの出発だろうと結局は我儘に根源の到達を諦めない。それがゴルドの答え。その為にもまずは自分と同じく性格の悪いドラ息子の考えを改めさせると決めた。

  ───まあ、それはゴルドだけではなく、とあるホムンクルスの少女の調きょ…指導によって治るのだが、それは近い未来の話。

 

「じゃあ君は?」

 

「俺は人質。近いうちにイギリスの時計塔に行くことになった」

 

  魔術の総本山、時計塔。若く未来有望な魔術師達が集まり魔術協会の本部が置かれている。フィオレの後を継いだカウレスは時計塔の監視下の元でしばらく過ごすことになる。

  責任も魔術も姉の分まで背負うのを決めたのはカウレスであり、それについて疑問を抱く事はない。死ななかっただけマシだと思っている。

  これで全てが終わって、返済の旅が始まる。魔術刻印を継承された時に一族の怒りを買った。才能も素質も二流な自分が背負った代償は重い。これからの人生少なくとも姉と同じぐらいの位置に立たなきゃ面目が立たないだろうが───それでいい。

  自分は魔術師、ならば足りなかろうが他から持ってきて、倍にして叩き返してやる。それぐらいの意地を心の底に根付いている。ならば嘆く必要など全くない。

 

「大変だね〜」

 

「まったく思ってねえだろ…」

 

  ため息を隠さずに半眼で睨むと睨まれた方も口笛を吹いて知らんぷり。突っ込むだけ無駄だと知り、アストルフォが持っている林檎を見た。

  途端、カウレスの顔が緩んだ。見ていたアストルフォはその顔がどういう意味を差しているか分かった。聖杯大戦が終わってまだ数日しか経っていない。だがこの戦いはあまりにも濃密で、颯爽と去っていた。思い出しているんだろう。あの平穏な狂戦士の事を、悔いなく去っていった相棒の事を。

 

「これ、どうしようか?」

 

「それはお前が任されたものだろ? 自分で考えろ」

 

「えー! 一緒に考えてよ〜!!」

 

  と言っても、これは考えても分からない。ヒッポメネスはアストルフォを信じて渡した。それはアストルフォだからこそやってのけれることがあるという信頼の証。アストルフォでない自分が…というか理性が蒸発している奴の考えが分かるか。

 

「…というか、さっきからそれについて考えてたのか?」

 

「ん? いや、ホムンクルス達のこと考えてた」

 

「ホムンクルス達?」

 

「うん。あの子達さ、自分達はそれでいいって思ってるけどやっぱり長生きした方がいいよね〜って」

 

「まあ…そうだな」

 

「だからさ、どうにかして長生きさせれないかな……って………」

 

  ピタリと止まる。言葉の途中で停止し、ゆっくりと視線を下げる。視線はやがて、手にまで移り固まった。其処には勿論

 

  黄金の林檎があった。

 

「あったあああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

『はーいみんなっ!! こっちこっち、こっちに集合〜〜〜!!!』

 

  拡声器を使い、城塞中のホムンクルスを集めているアストルフォに集まったホムンクルス達はやや迷惑そうに顔を歪めている。

  アストルフォの暴走をよく知っているホムンクルス達はまた何かやらかすのではないかと懸念している。いざという時の為に戦斧を持っている者もいる。

 

「これは何の騒ぎなのカウレス?」

 

「…またやらかすつもりか?」

 

  アストルフォが騒ぐ中庭の隅で佇むカウレスの元に声に誘われて出てきたフィオレとゴルドが近寄ってきた。カウレスは苦笑いを浮かべつつ、アストルフォの横にある大きな鍋と木製の大きなスプーン、そして()()に指差した。

 

「まあ、見てたら分かる」

 

「「?」」

 

「よぉーし! みんな集まったね!」

 

「…また何をやらかすつもりだ」

 

  怪訝そうな顔で現れたのはホムンクルス達のリーダー的役割の少女、トゥールだった。

  アストルフォはそれを軽く流し、ホムンクルス全員がやってきたのを確認すると懐に仕舞っていたものを高々に掲げた。

 

「じゃーん!!」

 

「…それはバーサーカーの宝具か」

 

  黄金の林檎、不老不死の果実、トロイア戦争の引き金。神々の果実を目の前にして動揺が走るが、それだけ。アストルフォがヒッポメネスから譲られたことは周知に知れられている。今更、それが何だと呟こうとした時───

 

「えい☆」

 

  グシャ

 

「「「「「……………は?」」」」」

 

  時が、止まった。実際はアストルフォとカウレス以外の全員の動きが止まった。

  握りつぶした。何の手加減なく黄金の林檎が粉々に握りつぶされた。ポタポタと果汁が横にあった鍋に落ち、崩れた果肉も全部鍋の中に落ちた。

 

「どっこい、しょっと」

 

「…ま、少し待ーーー」

 

「えーい☆」

 

  ドバドバドバドバ……

  粉々になった黄金の林檎の鍋の中に、近くにあった酒樽を傾けて大量のお酒を注ぎ始めた。

  その奇行に思考が飛び、戻った意識で再確認し、完全に何があったかを飲み込んで───

 

「「「「「何やってんだーーーーーっ!!?」」」」」

 

  冷静沈着、感情無味のホムンクルス達も思わず叫びたくなる奇行。実行犯である本人はやりきった顔で鍋一杯に入れた酒をかき回し始めた。

 

「ちょ、ちょっとカウレス!?」

 

「あやつは何やってるのだーーーっ!!?」

 

  魔術師達もぶっ飛んだ行為に言葉を失う。というか叫んだ。

  フィオレはカウレスの服の裾を掴み、ゴルドは顎が外れんばかりに口を開けていた。

  宝具とは英雄の象徴であり、現代に失われた神代の秘術。それを砕くわ酒と混ぜるわ。しかも主従関係であったカウレスの前で。

  カウレスが怒るのではないかと二人が恐る恐る確認すると。

 

「…は、ははは、ははははは!」

 

  カウレスは笑っていた。アストルフォを見ているはずなのに、何処か遠い場所を見ているような目で彼の行動を笑って見守っていた。

 

「お、お前何やっているのか…!」

 

「できたー!!」

 

  周りの制止の言葉を無視し、力任せに酒と林檎が混ぜ合わさった鍋の中身を確認したアストルフォは叫んだ。すぐに用意していたコップで酒を掬いあげ、近くいたホムンクルス、というかトゥールに押し付けた。

 

「な、なんだこれ…」

 

「これで延命できるよ!」

 

「……え?」

 

  またも時が止まる。その言葉に焦っていたホムンクルス達も、フィオレ達も固まった。

 

「カウレス君から聞いたけど、ヒッポメネスって生前も同じ方法で人を救ったことがあるんだって! だから、君達もこれを飲めば人と同じ年月を生きられる! 多分!」

 

  全員がゆっくりとカウレスへと視線を移した。視線が集まる中カウレスは視線に慣れないのか頬を少し掻き、しっかりと告げる。

 

「まあ、あれだ。気持ちは痛い程分かるぞ? 逸話にも伝説にもなってないし、それこそ不死の果実を割って酒に混ぜるとか意味不明だけど。 でもさ、()()()()()()()()

 

  サーヴァントと契約したマスターは英霊の生前の記憶を夢として見れることがある。カウレスは聖杯大戦の最中でヒッポメネスの人生を鑑賞した。だからこそ、確信した。

 

「あのヒッポメネス(バーサーカー)は奥さんが大好きだけど、基本的にはライダーと同じ善人なんだよ。だから…ライダーにそれを渡したんじゃないのか? ……少なくても、マスターだった俺はそう思う」

 

  ヒッポメネスがアストルフォに宝具を託したのは、躊躇いなくホムンクルスを救う為に動いてくれるから。

  妻が大好きで、子供を救おうと生き続けた平凡な大馬鹿者。完成されて生まれてきたが故に、()()()()()()()()であるホムンクルス達を、彼は時折優しく見つめていたことを脳裏に過った。

  あの穏やかな英雄未満は世界を救えない。世界を救う力など全くなく、だからこそ人に手を差し伸べる道を選んだ。たった一人救えたら、二人目を救い、助けれたら次の人へ。できる限りの人に手を伸ばし、その救った人々がやがて、世界を救えるようにと願いを込めて夢を見続ける。何処にでもいて、何処かにいた人間以上英雄未満な子供好きな愛妻家なだけなのだ。

  だからきっと、アストルフォが選んだ行動は間違いではない。

 

「さあ、どうぞ!」

 

  アストルフォの強引な渡し方に半分流される形だったが、トゥールは受け取ってしまった。少し迷った顔で周りを見渡したが、全員の顔が疑問と希望が混ざり合った複雑な表情になっていたのを見て───決心して、口にした。

 

「っ!!」

 

「トゥール!?」

 

  酒を口にした後、急に胸を押さえて蹲ったトゥールに急いで駆け寄ったゴルド。何か不具合でも起こったのかと、首元に手を置き体を確認すると───ゴルドは固まった。

  アストルフォも何か失敗したのかと焦るが、トゥールが手を挙げた。

 

「だ、大丈夫だ」

 

「え、ほ、本当に大丈夫なの?」

 

「ああ、大丈夫だ…」

 

「トゥール、何があった」

 

  トゥールとゴルドの様子に不安を覚えたホムンクルス達が近寄り、トゥールが答える前にゴルドが無意識に呟いた。

 

「……これが、黄金の林檎か…っ!!」

 

  ゴルドは感じた。魔術でトゥールの肉体を調べた時、超スピードで彼女の肉体が進化しているのを察知した。人の数倍の速さで肉体が衰えていく、その理屈を覆し肉体を最高峰へと変えんと体に入り込んだ神秘が輝く。

  あり得ない、素晴らしい、非現実的だ、これが神代か!!

  魔術の最奥、神秘の最奥を認識し、ゴルドは感嘆を隠せない。それよりも何も───

 

「喜ぶがいいトゥール、お前は───」

 

「言わなくていい」

 

  ゴルドの言葉を遮って、トゥールは同胞であるホムンクルスを見渡してから全員に伝わるように告げる。

 

「私達は、生きられる」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「それで、姉ちゃんはアレいらないのか?」

 

  遠目で酒が配られるのを眺めるカウレスとフィオレ。どうやら成功したようで、最初に酒を飲んだホムンクルスの体は延命が成功したらしい。

  人間が飲めばあらゆる病を治せるなら、ホムンクルスが飲めば延命が可能ではと推測したが成功してよかったとカウレスは内心で安心した。

  カウレスは、ヒッポメネスの前世を()()見た。苦悩を、絶望を、決意を、道程を限りなく庭園に攻める寸前まで彼の記憶を共有した。あれを口にすることで人の本能に、欲望に刺激し増幅させる恐るべき性能の真実までもを。

  ホムンクルスは自我が薄い。自我が薄い分、刺激される欲望も少なく、宝具となった林檎の影響も少ないだろう。それを踏んだ上でアストルフォに渡したのだろう、あの青年は。

  アストルフォが順番に黄金の林檎入り酒を配り、ゴルドが問題ないか検査する。半分以上の人数が飲んでいるが異常は無いらしく、みんな短命を脱出できたことに薄い感情表現で喜びを表している。

 

「ええ、私が飲んだら最悪、魔術回路が活性化されるかもしれないでしょ? そうなったら元も子もないじゃない」

 

「それもそうか」

 

「それに“黒”のライダーが造ったお酒は信用しきれません」

 

「……それも、そうか」

 

  言いたいことが分かるから否定できない。だがカウレスは毒舌はどうでもよかった。フィオレの“嘘”、それが重要だった。

  あれはただ延命させるだけでは無い。進化を齎す神秘の果実なのだ。あれは肉体を最高峰へと変える物であり、フィオレが飲めば魔術回路は正式のものへと変質し、歩けるし魔術も使えるようになるかもしれない。

  まあ、カウレスとしてはもしフィオレが飲もうとしたらやんわりと説得しようとしたが、予想通り姉が断ってくれてよかったと内心でほっとした。

 

  もしかしたら、足も治って魔術を使えるかもしれない。それをフィオレも分かっている。───だが、フィオレは手を伸ばさない。

  何を考え、手を伸ばさないのかカウレスは聞かない。この短い時間の間でも葛藤しているのかもしれない。本当は飲んで、魔術も足も両方取りたいのかもしれない。

  でも、フィオレは選んだ。魔術を捨て、日常に生きることに。もうカウレスと関わることなんてない。すれ違いはあっても向かい会うことはない。だってそれが魔術師と一般人の常識なのだから。

  だから、フィオレも聞かない。カウレスがあれを飲めば魔術師として成長できるのではないのか。その事をカウレスが知らない訳がない。きっと手を伸ばさないのは───

 

  もう背中を押されてしまったから。

 

  それが分かると、不意に嬉しくなった。姉と弟、両方ともお節介な英雄を引き当ててしまったのだから。

 

「やっぱり姉弟なのね」

 

「ああ、そうだな姉ちゃん」

 

  こんな突発な言葉を理解してくれるから、この子と姉弟をやれてよかったと心から思える。

 

「じゃあね、カウレス」

 

「姉ちゃん、さよならだ」

 

  そう言って、二人は別々の方向に歩き出す。振り返ることはない。だが何処かで繋がっている。目に見えない繋がりは何処までも続く。それを何時までも忘れなければ───いつかすれ違うのかもしれない。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

  また此処にやってきてしまう。いつもこの場所に立っていた英雄の後ろ姿を思い出す。

  あの英雄は立った場所から見える景色に何を思っていたのだろう。自分には変わらないただの山々の自然が映っていたがあの平凡な英雄は別の物を見ていたのかもしれない。

  見張り台に立ち、カウレスは世界を眺める。なんでもなかった風景が今では遠い世界に見える。あの雲の先には何があるか、あの山からは何が見えるか、あの川の流れはどれくらいなのか。些細な事でさえあらゆる想像に駆り立てられる。

  見えない物を見ようとしているのか、それとも魔術師になったからかは分からない。だが───それが今はとても楽しいと思ってしまう。

 

「にゃあ」

 

「ん?」

 

  可愛らしい鳴き声が下から聞こえ見下ろすと、見張り台にいつの間にか二匹の猫がいた。

  城塞の結界の張り直しの為、一時的に結界を解いた影響か動物に侵入を許してしまったらしい。

 

「ほれ、ゴルドおじさんに雷落とされる前に帰れよ」

 

「にゃあ」

 

「にゃ」

 

  言葉を理解したのか、それとも払うような手振りに反応したのか二匹は並びながら城塞の上を歩いていった。やれやれと猫達に背中を見せるように振り返った時

 

 

 

  碧色の青年と翠緑の少女が手を繋いでいて───

 

 

 

  咄嗟に振り返る。其処には誰もおらず、ただ去っていく二匹の猫が見えただけ。幻視、ただの都合のいい幻想だ。でも、それでもいいものが見れた。

 

「カウレス様」

 

「ん?」

 

  後ろからの呼びかけにカウレスは振り向いた。そこには少女のホムンクルスが一人。額を見せるような、髪を二房に分けた小動物のような白髪の少女だった。

 

「もう直ぐ、魔術協会の魔術師がお見えです。一応準備を」

 

「ああ、分かった。…えっと」

 

「? どうなされました」

 

「…あんたの名前が分からん」

 

  別に名前を聞く必要などないのかもしれない。カウレスが名前を聞こうとしたのは、そのホムンクルスに覚えがあったから。

  その少女のホムンクルスはかつての“黒”のキャスターが裏切り、彼が創りし巨人にカウレスが追われた時、自身を救おうと飛び降りてくれたあのホムンクルスだった。

  ホムンクルスは少しだけきょとんと顔を惚けさせ、ホムンクルスに似つかわしくない笑みを浮かべた。

 

「…では、自己紹介を。私の名はアルツィア。今後、カウレス様のお世話回りをさせていただきます」

 

  そんな笑みに逆にカウレスが虚を突かれ、そして笑みをこぼす。

 

  ───まったく、怖いな黄金の林檎。

 

  ものの数分でホムンクルスに感情を強め、被造物らしき無機質感を取り除いた。

 

「ああ、よろしく頼むよアルツィア」

 

  カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは背を向けた。かつていた友がいた場所に背中を見せる。

  白い少女に導かれ、これから起こる嫌味説教にうんざりしそうになるが、それもまた進路だと割り切る。

  その進路はいずれも暗く、三歩進んだ先には奈落があるかもしれない。それでもカウレスは、人は突き進む。どう足掻いても歩み続けなければいけないのが人なのだから。死んでも進もうとする愚か者もいるのだから、生きている自分は先に行くぐらいしなければ笑われてしまう。

  だからカウレスは少し早足になってアルツィアを追い越した。

 

  少年も青年もいなくなった場所には涼やかな風が通り過ぎ、やがて白亜の雲にめがけて駆け上がる。

 

  その空は、何処までも碧かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  波は足元に訪れ、また去っていく。

  くすぐったい感触と爽やかな温度がとても心地よく感じられる、そんな場所だった。

  見上げる空は何処までも碧く、白い雲がよく映える。その空に反映したかのような蒼く透明な海は地平線の果てまで伸びている。

  そんな風景に青年は微笑んだ。帰ってきたと呟きながら。

  此処は彼が生まれ育ち、魂にまで刻みつけた故郷。命の灯火が尽き、放浪した魂が行き着いた揺り籠。人類が彼の同類を認知した時から彼は此処にずっといる。

 

  砂浜で彼は空と海を眺め続ける。その目に映る風景に彼はずっと憧憬を抱き続けてきた。

  あの空と海の果てに希望があると、もう届かない理想があると眺め続けてきた。

  しかし、もう瞳の中には憧憬はない。見なくなったのか、それとも諦めたのか。どちらでもない。もう見る必要は無くなったのだ。

 

  さくり、と砂を踏んだ音がした。

 

  此処には彼しかいない。此処はそういう場所だ。彼以外が足を踏み入れることはなく、彼の為にある場所だ。

  しかし、例外はある。彼の為にある場所なのだから、此処に訪れるのは彼が望んだ人だけ。彼は立ち上がり、振り向いて、酷く驚いた。

 

  ───あぁ…ごめんね

 

  彼は謝る。そこには申し訳なさそうにする、ちょっと情けない青年がいた。

 

  ───僕から会いにいく筈だったのに、君が来ちゃったか。

 

  ───お前は足が遅いからな。私が駆けねばならないと思ったが、そのようだったか。

 

  彼女は笑う。それが当然だが、もうちょっとなんとかしろと呆れる少女がいた。

 

  ───届いた。いや、まだだね

 

  ───ああ、まだだ

 

  彼は彼女へと歩み寄る。さくりさくりと小気味良い音が耳に響き、優しい風が彼等を撫でる。

  青年と少女は見つめ合う。この場所の外、幾重にも並びある世界で彼らは再び巡り会った。その記録が二人に刻み込まれた。

  だが、それだけでは寂しい。だから二人は世界の外でまた巡り会う。記録だけではダメだ。とても大事な言葉だから、記録ではなく記憶に残したい。二人はかつてできたのにできなかった続きを求める。

 

  ───君にずっと、伝えたいことがあったんだ

 

  だから彼は、もう一度言葉にする。いや一度だけではない。ずっと叫び続けたい、恋慕の思いを口にする。

 

 

 

  ───僕は君をずっと、愛してます

 

 

 

  砂浜には二人分の足跡が残る。離れる事はなく、手が触れる距離で足跡の道はできていた。

  彼等が何処へ行くのは分からない。どこへ行き着くのは分からない。

 

  だけど。

 

  きっと寂しくない。だから道はずっと続いていく。

 

  いつか辿り着く、彼等が望んだ永遠まで。

 

 

 

  fin…

 

 




約五ヶ月間、お付き合いいただき感謝します。
これにて二次小説『碧く揺らめく外典にて』は無事完結しました!!

感想を書いていただいた皆様! 誤字脱字を修正していただいた皆様!



深く感謝させていただきます!!



純潔の狩人アタランテ大好きな作者、つぎはぎでした!
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