思い出した。なぜ私が雲を見て雨を読み取れたかを。
あれは
だがこれは小規模であれ闘争。負けるつもりなど毛頭ない。結果は私が勝った。私が猪を狩ったことに対し、
翌日、逆に私が狩りに誘った。次は負けぬと弓で海中を潜む獲物を射抜いた。獲物は
その日の夕餉、勝負が二回だけではどちらが上か分からぬため、翌朝沖に出て決着としようと提案した時、
『見て、あの雲。あの薄くて鱗のような雲が出るのは雨の前触れなんだ。雨の日の海は荒れる。お祖父様が君を攫ってしまうかもしれないねぇ』
言う通り次の日は雨だった。嵐が海上を唸り、渦が大海に逆巻いていた。
だからこの事は覚えるように心がけた。大雨の海を慈しむように眺める
○ ○ ○ ○ ○
「汝も参戦したか」
矢を番え、弦を引き絞る。
「汝の願いは分からぬが」
強く、力強く引き絞る。矢が刺すのは木の陰に隠れるサーヴァント。
「ーーーその命、奪わせてもらおう」
放たれる逡巡なき一矢。目指すは“黒”のキャスター、否、“黒”のバーサーカー。
「汝が当てはまるとしたら狂戦士か暗殺者であろう」
本能とは理性と相反するものであり、時に天啓ともなる。背凭れている木の後ろから死そのものを感じた。理由は無く、本能が逃げろと叫ぶ。
その場から横へと転がりながら回避する。第三者が見れば無様だと形容するだろうが“黒”のバーサーカーの判断は正しかった。
木の幹が弾け飛び、小川に矢が着弾した。土と石と水が弾け飛び、矢が着弾した場所は爆弾を投下されたようにクレーターができていた。
「“赤”のアーチャー…!」
“赤”のライダーと共に行動していたのは“赤”のアーチャー。この暗い森林の中、隠れていたバーサーカーの場所を見つけ射抜いた。逃げることが一瞬でも遅れていたなら、“黒”のバーサーカーは聖杯大戦で最初の脱落者となっただろう。
避けたバーサーカーを逃さないと、矢が森の奥から飛んでくる。
「…確かに弩級だよ!」
一時的な魔力放出で大地を駆ける。“黒”のバーサーカーであるヒッポメネスの魔力放出はいちいち詠唱を必要とするが、一度の魔力の爆発力は他の魔力放出の威力を上回る。
一歩で二十メートルを飛び、着地と同時に放出。だが、着地と同時にバーサーカーの肩に矢が突き刺さった。
「ぐっ!?」
狙われた。着地地点を予測して、着地と同時に当たるよう射られた。肩から血が流れ落ち、地面に赤を彩る。
「よう、お前がキャスターか?」
「!」
小剣を抜き、振り返ると同時に小剣を振るう。穂先と小剣がぶつかり、火花が散った。柄を片手で回し、巧緻な槍捌きが攻めてくる。
バーサーカーは突如現れた“黒”のセイバーと戦っていたはずの赤”のライダーの
少しずつではあるが槍がバーサーカーを傷つけ、切創を刻みつけられていく。“赤”のライダーの蹴りが腹に入るが、当たる寸前に片腕で防いだ。
「驚いたぜキャスター。いや、魔術を扱い、剣も振るう魔術師など知らん。お前キャスターではなく他のクラスだな?」
「…まあ、隠してもいずれバレるだろうから言うけど。僕はバーサーカーだ」
「……こっちのバーサーカーと違って理性があるんだな。そちらさんの方がバーサーカーらしくないが」
「そう言われてもバーサーカーとして喚ばれてねぇ。狂戦士らしく戦場を掻き乱すよう言われたなら、そうするだけさ」
小剣を手放し、大地に刺さる。バーサーカーが手を上へと翳した。
バーサーカーが手を翳すと“槍”が喚びだされた。その槍は長槍というには短く、短槍にしては長い半端な長さで作られた槍だった。その槍を右手に、小剣を左手に持ち独特の型で構えた。“赤”のライダーは口笛を吹くと自身の槍を構え直した。
「は! 本当にバーサーカーらしくねえな! えらく多彩な狂戦士だ! だが気に入ったぞ“黒”のバーサーカー!」
ライダーの笑みが陽気でありながら、冷酷なものへと変わる。次は本気で獲りに来るつもりだ。そう勘づき、武器を持つ手に力を込めた。どちらが先に動くか、タイミングを見合わせていた矢先、動いたのはーーー
「セイバー!」
“黒”のセイバーだった。胸板に矢が突き刺さっていたが、それを顧みず“赤”のライダーへと斬りかかる。“赤”のアーチャーに胸板を射られ、しばらく動けなかったが動けるようになり次第、バーサーカーの元へと駆けつけにきてくれた。舌打ちと同時にセイバーの一撃を防ぐが、それを逃さないとバーサーカーが槍を振るう。下段から上段への振り上げ。ライダーは足を後ろに移し、体を反らしたがーーー
「…なに?」
血が、流れた。首筋に短く、浅い切り傷ができていた。それだけで戦場の時が止まった。
唖然、驚愕、絶句、納得。
この暗く茂る森林の舞台で四者四様表情を変える。ライダーは己の傷に触れ、指先の血を見るとーーーその身を震わせた。
歓喜。歓喜の感情だけがライダーの心を満たしていた。そこに恥辱はない。ただただ、自分を傷つけれる存在が目の前にいたことを喜んだ。
困惑。困惑だけがバーサーカーの頭の中を渦巻いていた。あのセイバーでさえも傷つけられないライダーを自分が傷つけた。何が原因だ。
目の前の男の腕前は自分に劣る。だが自分を殺せる。
目の前の英雄は遥か高みの戦士。だが自分は殺せる。
それさえ分かればーーー殺す。
「セイバー! 援護を!!」
「!」
セイバーは首肯と同時に踏み出した。ライダーが望むはバーサーカーの首。バーサーカーが望むはライダーへの勝利。
血が咲き、肉が覗く。主に血が飛び散るのはバーサーカー。皮膚が裂けるのもバーサーカー。だが、バーサーカーだけではない。大剣が腕を叩くが骨は軋まない。槍が頬を掠ると出血する。ライダーが犬歯を剥き出しに自分が傷つくことを喜ぶ。
これぞ戦争。これぞ闘争。これこそ決戦!
久しく感じる命の奪い合いに心踊る!
苛烈な槍の暴虐にセイバーが応じ、暴虐の主をバーサーカーが傷つける。死に瀕しつつあるのはバーサーカーだ。しかし、死に近づきつつあるのはライダーも同じ。
要はどちらが先に仕留められるか。武芸の練達はギリシャの大英雄が上、応対するのは二人の英霊。
数の差を物ともせずに勝る“赤”のライダーに“黒”の二騎は噛みつこうとするが、ライダーには信頼を寄せる弓兵が後方で構えていた。
風を切り、大気を揺るがす一矢がセイバーの足を大地に縫い付けた。動けぬセイバーを横目にライダーが勝機を逃さず、石突きでバーサーカーを突き飛ばす。
胸を破城槌で突かれたような衝撃に、肺が破れる錯覚に“黒”のバーサーカー陥った。
「かふっ…!」
空気が絞り取られ、脳が弛緩するが、朦朧とする意識の中でーーー声がした。
「これで終いだ!」
惜しいーーー正直にそう思った。敵は自分を殺せる格がある。武芸は己に劣る英霊であった。しかし、すぐに倒せることはできない実力であった。刹那の剣戟で自分の槍に対応し、隙を見て自分を殺しにくる。この英霊が初戦で消えるのは勿体無いとも思えたが、“赤”のバーサーカーの反応を見失った時点でそういう訳にはいかなくなった。帳尻を合わせるには“黒”のバーサーカーを消すほか無い。
何処ぞの英雄なのかは知らないが、槍を交えたことを誇りに思い、讃えよう。槍の穂先を崩れ落ちるバーサーカーの心臓に合わせ、躊躇いなく腕を突き出した。
「さらばだ、バーサーカー!」
“赤”のライダーの槍がバーサーカーの胸に突き刺さる、寸前。肩に痛みが走る。
「…な!」
崩れ落ちる、のではなく自ら
ライダーは行かせまいと背中に槍を突き立てようとするが、流星のように降り注ぐ矢によって防がれる。冴え渡る矢の一つ一つを防ぐが幾つかが体に被弾し、血が空気に散る。
ーーーこいつも、また…!
ライダーは見えぬ“黒”のアーチャーに絶賛するように吼えた。
「お前もか“黒”のアーチャーよ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ聖杯大戦! おお、オリンポスの神々よ! この戦いに栄光と名誉を与えたまえ!!」
○ ○ ○ ○ ○
『バーサーカー。私がライダーに矢で対応します。貴方は全力で、アーチャーに向かって突貫なさい』
『できるのですか?』
鮮明になりつつある意識の中で、“黒”のアーチャーの声が念話で届いてきた。
できるのか? それはーーー“師”として、“弟子”を殺せるのかという意味ではなく、あの不死身の肉体を傷つけられるのかという意味ではある。
“黒”のアーチャー、ケイローン。
“赤”のライダー、アキレウス。
幼少期、アキレウスはケイローンを師事し、様々な知識と武芸を習った。ケイローンは多くのことをアキレウスに教えた。
しかし、ケイローンこと“黒”のアーチャーがそれで手を抜くとは“黒”のバーサーカーは考えない。彼はサーヴァントの役割を忘れないだろう。マスターに勝利と聖杯を約束したことを、忘れるはずがない。アーチャーもバーサーカーの質問の意を理解している。
『四分の一、
『分かりました』
“なるほど、そういうことか”
アキレウスの不死身の肉体を傷つけられる理由に納得し、一歩踏み出した。
疑いもせず、まっすぐと走り出す。姿を見せぬ弓兵を見つけ、一太刀を浴びせようと魔力放出の詠唱を口にする。
○ ○ ○ ○ ○
「来るか」
“赤”のアーチャーが弓を引き絞る。彼女が持つ弓の名は『天穹の弓』。この弓にはとある力が宿っている。それは引き絞れば引き絞るほど、力を増す。単純であるが限界まで引き絞れば、それはAランク相当の力までに昇華する。
突貫するのは“黒”のバーサーカー。
「愚か。汝は本当に狂うたか」
自身を守る武装も、加護も無い身で突っ込んでくる姿に僅かに眉根を顰めた。
ーーー見えぬ獲物に考えなしに突っ込むことを蛮勇と教えたのも忘れたか
内心で吐き捨て、弓を更に引き絞る。その途中で吐き捨てた言葉を訂正した。
ーーー否、おぬしは小賢しさで生き抜いた男だったな。策があるか
であるからこそ速さではなく、力で仕留める。弓の恐ろしさを、狩りの本質を教えたからこそ一撃で仕留めることを選んだ。
次に加速した時こそ、射抜く。アーチャーはその時を森と一体化したまま待った。
○ ○ ○ ○ ○
とある一つの疑問を腹に残したまま走り続ける。
ーーーなぜ“赤”のアーチャーは僕の魔力放出に気づけた?
バーサーカーの魔力放出は初速度なら恐らく“赤”のランサーであるカルナさえも凌ぐ火力がある。本人の意識次第での解放とは違い、詠唱という溜めが存在しているからだ。魔力放出を用いての加速移動は初見で看破するのは困難である。
「
しかし、“赤”のアーチャーはそれを初見で看破し、加速移動の着地地点を狙って射抜いてきた。あの射手座の原型となった弓の名手ケイローンでも初見は恐らく難しいはずなのに。
「…
ならば何故だ。“赤”のアーチャーはケイローンを凌ぐ弓の名手なのか? 弓の名手と言われた英霊は神話、逸話に存在する。だが名も知らず、戦ったこともない者の動きを予測できる者など存在するのか?
だが。
ーーー相手が自分を
「……
相手が自分の動きを熟知し、手の内を最初に知っていたら?
槍の熟練を、剣の型を、魔術の神秘を知っていたら?
自分の声を、顔を、真名をーーー知っていたら?
「
疑惑が予想へと乗り移る。もしそうであるのならば、辻褄が合う。全て納得がいく。隠れていた場所、加速移動の着地地点の把握を看破されたのもそういうことだったのかと理解できる。
相手は“赤”のアーチャー。
魔力の爆発で増した速度は風と一体化し、空を舞う。あとコンマ数秒で地面に足が着く。着くと同時に詠唱し、魔力放出を用いての加速移動でアーチャーが潜伏しているであろう場所へと翔ぶ。
○ ○ ○ ○ ○
ーーーここだ。弓は手先ではなく感覚で放つ。狙いは心臓。駆ける者は獣であり、人であり、半分に半分を重ねた神の仔。神であろうとも、人であり獣ならば心臓は穿てる。
放たれた矢は音を起き、後から音が纏われる。結果は心臓に矢が生えている、はずだった。
「なに…!?」
○ ○ ○ ○ ○
「
着地と同時に詠唱、魔力を纏わせて槍を投擲する。魔力が爆発し、投擲された槍は音を纏う速度となり、風を切り裂いた。神の力が宿る矢と魔力が渦となり唸る槍が衝突し、暗い森に光を生む。矢は方向を変え、地面を抉り大穴を作った。槍はあらぬ方向へと弾き飛ばされ空中を舞う。
「《来い》」
一言で槍は主の元へと帰る。空中でピタリと制止し、瞬時にバーサーカーの手に戻った。
「
弾丸のように直進に飛ぶ。放たれた矢で“赤”のアーチャーの居場所は把握した。
○ ○ ○ ○ ○
矢が外れたのを確認し、次の一矢へと行動を移す。
矢を番え、弓を引く動作が零と思えるほどの速射。
再び心臓へと放たれた一矢は寸分違わず飛翔する。だが、その風となった矢は当たることはなかった。
「なにっ!?」
迫る男の後方、卓越した視覚が森の奥にある城塞から弓を構える男を目視した。その男は弓を手に持っており、弓を持った姿勢を見て、彼女は気づく。
男が撃ち放った矢がこちらへと飛びーーー自分が放った矢を
「“黒”のアーチャー…!」
即座に放った一撃は“黒”の陣営の弓兵により撃ち落とされた。信じ難い事実に体を硬直させる。放たれた矢を矢で撃ち落とす超精密射撃。遥か後方で弓を構える同クラスの英霊に、怒りと恥辱を覚える。が、その感情は速やかに捨てる。今やるべきことは、目の前の男を屠ることだ。
この距離で矢を放っても避けられるだけだ。ならばと、彼女が選んだのはーーー
○ ○ ○ ○ ○
“黒”のアーチャーの矢が“赤”のアーチャーの矢を撃ち落とした。驚愕は後にただ前へと推進する。“赤”のアーチャーが隠れている茂みへ槍を突き刺す。だが、茂みに槍が到達する前より先に“赤”のアーチャーが飛び出した。
……ああ、やはり
背後にした月が後光となり姿が影に包まれるが、体の輪郭で全てを悟った。弓を構えた姿も、広がる髪の色も、その獣のごとき鋭い眼差しを、全て昨日のように覚えている。
「ーーーアタランテ、君が“赤”のアーチャーか」
「ーーーヒッポメネス、汝が“黒”のバーサーカーか」
二度と逢う筈のない因果がここで覆された。これから始まるのは殺し合いの、宿命。
その名は