エチュードの終わり   作:落窪よしお

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エピローグ

 朝起きて窓を開けると爽やかな風が吹いてきた。瞬間に目がはっと醒め、今日も一日頑張ります、と一人でガッツポーズを取る。壁に掛けられたカレンダーを見ると赤い印。

「そうでした!」

 エリカには帰国の途で疲れているであろう二人を、手料理で労う計画があるのだった。

 

 

「そんなに気になりますか、ロベリアさん?」

「何がだよ?」

「さっきから二十秒おきに時計を見ておいでですわ」それも何かの作業の合間というでなく、後脚二本だけで椅子に座り、机に置いた手でグラグラと平衡を取りながら、白亜の机と視線を往復させていた。「如何にも心浮き立っているって感じですね?」

「ち、違う!これは、その…」苦し紛れに言う。「新しいレビュウの練習さ!ほら!」ロベリアは両手を宙に掲げ、器用に後脚だけで椅子に座ってみせた。

「――ぷっ!」ロベリアがあまりにも必死そうなのと、結末が予想出来たのとで花火は吹き出した。果たせるかな、ロベリアの新しい曲芸は二秒と持たずに破綻し、背中から床に倒れた。

 

 

 グリシーヌは使用人の一人から最後の報告を受け取った。そしてこれを以てグリシーヌの持っている表の、最後の行が埋まった。それは東京からフランスに至るまでの航路、その沿岸から無線で送られた各日各地点の気象データをまとめたものであって、今完成したグリシーヌの表は、この数週間、アジアの果てから欧州に至るまでの大海は概ね平穏であったことを示していた。

「ふっ…杞憂であったか」グリシーヌは貴族特権として海軍の出動を要請する直訴状を(したた)めていたのだが、これは後で炉に焚べてしまうことにした。

「グリシーヌさーん!一緒にサッカーやろうよーっ!」庭に目を遣ると童らが集まってわいわいやっていた。

「待て待て、今行こう!」

 

 

 夏の陽射しを感じる巴里の路を歩いて二人は帰って来た。国を発つ時には片手で持ち切れた荷物も、今や両手に持ちしかも背負うものまである様であった。これでも旅の不便を考えに考えた末の量である。泣く泣く大帝国劇場に寄贈してきたものもあった。

 シャノワールの正門前には四人が立っていた。

 花火、ロベリア、グリシーヌ、そしてエリカ。

「おかえりなさい二人共!」まだ飛び付くには遠すぎる距離でエリカが手を振った。三人もそれにつられた。

「ただいま、皆!」コクリコは駆け出す。アイリスは立ち止まり、茫とシャノワールの建物を見上げる。既に傾きつつある太陽が逆光を浴びせ、その陰影は俄に威厳があった。

 巴里は帝都とは違う。建物は整然としているし、道行く人々は皆帝都の人間ではないし、看板の文字に一つとして漢字はない。帝都のことを車中で思い出した後に巴里の街を往くと、自然、二つの都市が比較された。帝都になく巴里にあって嬉しいもの、巴里になく帝都にあって恋しいもの、何れも少なくない。しかし――とアイリスは思う。急かすコクリコに返事をしながら、自身もまた走り出していた。

 ――私は巴里華撃団花組副隊長イリス・シャトーブリアン。私の使命は巴里を、フランスを守ること――この仲間と共に!

 

 

始まりのテーマ:御旗のもとに

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