夜に浮かぶ二つ月の下、マイン・クラフトは熱心に作業していた。
「ビックリよねー。まさかミス・ロングビルが『土くれ』のフーケだったなんて」
「貴族の名をなくして盗賊の名を得る……どんなことがあってそんなことになったのかしら」
「そうね……メイジとしての実力があれほどなら、きっと権力の方で色々とあったんじゃない?」
「権力……」
「あら、あなただって他人事じゃないわよ。トリステインの公爵家なんだから色々とあるでしょう?」
「三女よ。そんなにはないわ……魔法も上手く使えないし……」
「今回の活躍で『ゼロ』も返上したじゃない」
「ゴーレムを吹き飛ばしたのは、半分以上、マインの力よ。幾ら周りが褒めてくれたって、わたしにはそれがちゃんとわかってるの。メイジとしての……貴族としての本当の力は、まだまだ駄目よ。わたしは」
邪魔にならない距離で、ルイズと赤色茶顔が何やら交流している。そばには火炎尻尾もいる。作業の妨害がないよう辺り一帯には松明を並べ立てているので、その愛すべき照明力が意味をなしていない。
「貴族の力か……なら、ミス・ロングビルの凋落には財力という線もあるんじゃないかな? 国に国力の優劣があるように、貴族といったってどこも豊かというわけじゃないからね」
「ギーシュが頭良さそうなこと言ってる……じゃあ、今回の襲撃はマインの財産を狙ったものだったっていうの?」
「そんなに意外なことかしら? オールド・オスマンの秘書をやってたんだから、当然、あなたの使い魔が普通じゃないとわかっていたはずよ。あのたくさん並んだ宝箱の中身についても……ね」
「マインの宝箱? 土とか石とか、あとはジャガイモとか爆弾とかでしょ?」
「爆弾って何だい、ルイズ……それに鉄だね。彼の生み出す鉄の素晴らしさは僕の剣の敗北が証明している」
「……敗北?」
「そっか、タバサは知らなかったっけ。今度あたしと一緒に見物する? ギーシュの剣がポキポキ折れるところ」
見れば近くには鉄ブロック好きの金色頭部と、エンダードラゴンもどきに乗っていた青頭子供もいる。四体とも今夜は装備が違っていて、何やら華やかで派手な印象がある。村人もどきはゾンビやスケルトンのように装備を変更するらしい。また新たな発見だ。
マインは深く頷いた。やはり、この世界への認識を改めて正解である。
一見したところモンスターの徘徊しないピースフルな環境に見えるが、火炎尻尾や茶色丸々のような利便性の高い生き物がいる一方で、巨大ゴーレムやルイズのような敵対すれば恐ろしい個体もまた存在する……実はハードコアな世界だ。ここは。
「あたし、賭けてもいいわよ? ルイズの使い魔が保有する財産を使えば、ゲルマニアで伯爵にも侯爵にもなれるって」
「はあ!? どういう意味よ、それ!」
「そのままの意味よ、ヴァリエール。あなたは知らないみたいだけど、あの不思議な宝箱の中には誰も見たこともないほどの財宝がしまわれてるわ」
「……それって、エメラルドとかサファイアとか、ルビーとかのこと?」
「宝石の他にも、ゴールドやシルバー、プラチナといった貴金属もね。風石も船団を編制しても余っちゃうくらいにたくさんあるわ。あたしは知ってるのよ」
「本当なら凄いなんてもんじゃない財力だね。知らなかったな」
「……あなたはもう少し、自分の使い魔の目で世界を見てみることね」
「ヴェルダンデの目? あの円らで愛くるしい目のことかい? 毎日たっぷり見つめ合っているさ!」
距離を変え角度を変え、念入りに己の仕事ぶりを確認しているマインだが、村人もどきたちがやいのやいのと鳴いていて少々気が散った。四体とも手に手に食料を持っているのもいけない。美味そうだ。少量ずつポーションも飲んでいるようだが、そちらについては首を捻るばかりだ。
「マインって、本当はどこか遠い国の貴族だったりするのかな……文化がまるで違うところもあるし」
「東の世界とか? そうであっても、あたしは不思議に思わないわ」
「剣と鎧」
「そう、タバサの言う通りよ。あの剣と鎧を見るだけでも普通じゃないってわかるもの」
「……僕も一度確認したいと思ってたんだ。どうしても自分の目が信じられなくてね」
「わかるわー。あたしもそれと気づいた時には我が目を疑ったもの」
「ルイズ。君の使い魔の剣と鎧は……あれは……総ダイヤモンド製かい?」
土台も含めて下層部分には問題がないと判断し、マインは土ブロックによる足場を跳び登った。中層部分は全方位に弓射用窓を開けている。それはいい。しかし下層部分に取りつかれた時には射角がとれない。要所要所に真下へ攻撃するための出っ張りを設けよう。なあに、真下へなら弓矢など必要はない。溶岩バケツで事足りる。
「わあ!? た、大変だ、あそこからマグマが……って、あれ? 消えた? 僕の目の錯覚か?」
「ああ、マインよ。あいつ、そういうこと普通にやるから」
「そうねー。前に水でもそんなことをしてたわ」
「え? え? 土や鉄を使うからてっきり『土』の系統とばかり……え? 『火』と『水』も?」
「あいつの魔法は、そういう分類に当てはまらないと思う……先住魔法かもしれない」
「でもエルフって見た目じゃないわよねえ?」
「……幻獣」
「げ、幻獣って……タバサも結構言うわねー」
上層部分は示威効果も狙って大胆な構造をしている。屋上を囲う凹部が大きく、まるで巨大ゴーレムの手のような力強い造形なのだ。またあれに襲われたとしても断固として跳ね返す、というマインの気概の表れである。
「ところで、そろそろ目の前の現実を確認したいんだが……君の使い魔が建てているアレは……あの軍事力の象徴のような塔は、何だい? ひどく物々しい雰囲気なんだが」
「わかるわー。あたしもさっきから我が目を疑ってるもの。見る間に草原が戦場になってくみたいだわ」
「実戦的」
「じ、実戦か……君たちが戦った土ゴーレムとの再戦を見越しているのかな?」
「そうかもしれないわねー。財産を奪われるところだったんだし」
「……でも、きっと、マインは扉に鍵をかけない」
さて、こんなところか。微調整を終えて、マインは屋上からの風景へと目をやった。
近くは数十本の松明に照らされているものの、遠くには夜が広がっている。危険を孕み、モンスターを生む闇の領域……放っておけば世界の半分は常にそんな風なのだ。開拓者とはその闇へ挑み戦う者であり、建築者とはその危険を打ち払う者である。マインの生きる道とはそれである。
「マインは誰かを求めないけど……ああやって、いつも独りで遠くを見てるけど……でも、誰かを拒んだりはしない。だから、わたしの使い魔でいてくれる。わたしを主人でいさせてくれる」
丸石ブロックの在庫はまだまだ沢山ある。これを主塔とし、状況を見て城塞へと発展させていこう。そうすることで安全圏を拡大するのだ。マインにとってそれこそが世界との関わり方である。
「わたしが『ゼロ』じゃなくなったんだとしたら……それは、マインがわたしの『ただ一つ』になってくれたからだわ」
でも、しかし……とマインは中腰になった。ここまでしたところで空からルイズがやってきたら対抗できないと思ったからである。何かあのピンク頭を放っておけない気がするのは、やはり危機感と防衛意識によるものなのかもしれない。どうしてか討伐する気にならないのは目下大いなる謎だが。
まあ、いいか……とりあえず腹が減ったなあ。
焼き豚を一枚手に取ったマインは、ふと思案し、屋上のトラップドアを開けて中へと入った。美味そうな肉にかぶりつきもせず階下へと進み、一階へと降り立つ。目の前には出入り口の扉がある。それを開けた。
十ブロックの距離を開けて、ピンク頭のクリーパー的存在と目が合った。
マインは歩き出した。
ルイズのそばで食事をしようと、そう思い立ったからである。
1巻部完結。