空飛ぶ船が雲間を行く。その行く先は空中大陸であったが、それはまあ、規模こそ大きいものの想像し得る範疇として……マイン・クラフトが食い入るように観察するものは別にあった。
「そら、見えるだろう? かつての本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号だ。今は忌々しくも叛徒どもの戦勝記念艦『レキシントン』として我々の最大の脅威となっている。兵器の本質だな。恃みにしたところで、魔法とは違い敵に回りもする。もとより王室の誇りを乗せるものではなかったのかもしれない」
空に轟き渡る炸裂音……あれはキャノンだ。爆発のエネルギーをもってする凄まじき遠距離攻撃だ。巨大なる船は幾つものキャノンを並べて、城を攻め立てているのだ。
破壊。あれこそは破壊だ。建築の対極に位置する概念を突き詰めた技術だ。
城が吹き飛ぶ様をしかと見物しようとして……マインは首を傾げることになった。
あんなものか?
城壁は砕け、小火は起きた。だがそれだけだ。城は何か耐爆性能の高い素材で建てられているのだろうか。いや、壊れるには壊れているし、その壊れ方はいかにも通常のレンガや石ブロックである。地形が変わるようなこともない。余りにもしょぼくれた破壊である。
「あの化け物艦は空からニューカッスルを封鎖しているのだ。竜騎兵まで積んでいる以上、いかな『イーグル』号でも突破は不可能。我々は大陸の下から帰還する。秘密の港があるのさ。空と雲とを熟知する粋者にしか飛べぬ先に、ね」
首を捻っている間にも、船は雲に塗れ、闇をまとい、上方の穴へと吸い込まれるように上昇していく。マインはなるほどと感心した。巨大樹の枝から出港するような乗り物は航路もまた珍妙であるということだ。
穴を抜けた先はよく湧きつぶしのされた大洞窟であった。多くの村人もどきが群れ集っている。恐らく本能的にこの場所が安全であると察しているのだろう。
「喜べ、諸君。雲下のトリステインより誇り高き貴族が参上してくれたぞ」
「おお、殿下、それは素晴らしいですな。先の陛下よりお使え申し上げて六十余年たるこのパリ―、アルビオンの正しき歴史をいかにして後世へ残すべきかと悩まぬ日の一日とてなかったのですからな」
「ああ、正しくだ。彼女こそ我々の真実を託すに相応しい人物だよ。叛徒どもがその浅ましさのままに王家を最期を貶めようとも、ただ一人彼女さえ脱出してくれたなら、王家の誇りと名誉は護られるだろう」
「神の配剤とでもいうべき幸運ですわい。ご報告申し上げますが、叛徒どもは明日の正午に攻城を開始するとのこと。間一髪でございました」
「おお、思わぬ恥をかくところだった。叛徒めが増長からだとしてもなけなしの礼儀を示したというのに、皇太子がそれを知らなかったではいかにも見苦しい。末期を汚してしまう」
壊してしまう、ここでは。
ぐるりと周囲を見回し、マインはそう結論した。TNTの話である。実験したいのである。うずうずしているのである。初物の自作火薬を素材としたTNTは、慣れ親しんだものに比べるとやや赤色が薄く、奇しくもルイズの頭部に似た色に仕上がった。爆発力への期待が高まる。
「来たまえ。まずはとにかくも手紙を返却しよう。それを持ってすぐに去るというのなら止めまい。しかし出来うるならば今夜の祝宴に……最後の晩餐にご臨席を賜りたいな。ラ・ヴァリエール嬢」
そのルイズはと見てみると、何やらグッと力を溜めている様子だ。マインの背筋に冷たいものが走った。大丈夫、大丈夫のはずだ。まだ明滅していないことであるし。
適度な距離を保ちつつ、マインはルイズの後を追った。どうやらこの大洞窟は先に見た城と繋がっているらしい。本来ならば細かに見学したいところだが、どうにもルイズから目が離せない。今にも大爆発を起こしそうだ。
「うむむ、場合によってはここがぼくの死に場所か……モンモランシーは悲しんでくれるかなあ……ミスタ・ワルドはどのようになさるおつもりで?」
「死の空気を吸い過ぎないことだ、ミスタ・グラモン。明日の朝には非戦闘員を『イーグル』号で脱出させると聞いた。それに乗って帰ればいい。僕はルイズの決断を待つが、いざとなればグリフォンがいる……いるはずだ……いるのだ。いるとも」
「亡国の暁に船出する、かあ……赤い薔薇に似つかわしくない光景だなあ……」
金色頭部とウィッチもどきもそれと察してかルイズに近寄らない。むしろマインのすぐ後ろにいる。爆発が恐れてのことだろう。不安げに小声で鳴いている。
「さあ、この通りだ。これできみは目的を果たした」
「……殿下。明日の戦いで討ち死になさるおつもりですか」
「そうだ。我が軍は覚悟の三百でもって五万の敵に当たる。万が一にも勝ち目はない。それでも王家の意地を見せつけることくらいはできる。連中は知るだろう。一国を亡ぼさんとする者はその最後の一瞬まで油断などできないのだと。あるいはトリステインへの侵攻意欲を多少とも挫けるかもしれない。そうなるよう命を費やすつもりだ」
「そのようにお考えでしたか……やはり、殿下と姫さまとは……」
「フフ、私にとってアンリエッタは従妹であり、最愛の女性だ。しかしながら私はアルビオンの皇太子であり、彼女はトリステインの王女だ。その意味がわからないきみでもなかろう」
「誇り……」
「そうだ。私の持つ全ての肩書が、私を戦場へと駆り立てる。私の過ごしたこれまでが、私のこれからを定めている。これが、私だ。ウェールズ・テューダーだ。しかと目に焼き付けておいて貰えたなら、深甚に思う」
金色頭部もどきとの鳴き合いを見るに、どうやらルイズの爆発衝動は沈静化したようだ。
マインはようやくと視線を窓へ向けた。見晴らしが素晴らしい。中途半端に壊れた城施設の向こう側に丘陵地帯が広がっている。いい具合だ。実験の結果を確認しやすそうだ。
「誇りとは……死を越えてゆくものでしょうか」
「無論だ。今は亡き武人たちがそれを証明している。名誉の戦死を遂げた彼らの戦列に加わることもまた、私の誇りであり喜びだ」
「死を避け生きることは……耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで生き抜くことは、誇りを損ないましょうか」
「滅びの美学に魅入られているつもりはないさ。実際の所、私や父といったわかりやすい囮がなければ非戦闘員の脱出もままならない状況なのだよ。しかし……まあ……悲憤を抱えて落ちのびる者たちのことを思えば、敵へ切り込み果てることが役得と思えるのも確かだ。少しは酔っているのかもしれないな……」
「……殿下……」
「そうだ、一つ忠告しておく。貴族派の軍勢には些か腑に落ちない点がある。激戦を経るごとに兵力が増強されていくという戦場の非常識がそれだ。勇敢に死したはずの兵士が何食わぬ顔で敵方として攻め寄せてきた例も多い。謎を解明することなく我々は滅びるが……トリステインに危機の迫ったその時には、私の言葉を思い出してくれ」
俯いたルイズにウィッチもどきが触れた。やはり爆発しない。身を挺した確認作業をありがたく思う。
これでもう懸念はない。
マインは窓へと進んだ。右手で触れて開け放つ。夜だ。忌まわしく疎ましい闇色の世界だ。しかし眠るには及ばない。ベッドを置いてきたということもあるが……これから行う実験はむしろモンスターが湧いたくらいの方が面白いのだから。
「マイン?」
外へと出て、豚肉で壁をバチンバチンと叩いた。一ブロックは砕け、二ブロック目に取り掛かったところでそれは飛んで来た。鶏猫牛だ。ウィッチもどきが何事かして呼び出したのを見て独自に考案した方法である。待て待て今やるからと豚肉を与える。とりあえず三枚でいいか?
「マイン! 何をする気……まさか!?」
「そろそろパーティの時間なのだが」
「グリフォンが……」
空へ。
楽しい楽しい、新型TNT爆発実験の始まりである。