一通り仮拠点の機能性および小粋さを紹介したマイン・クラフトであったが、見学者たちの感嘆と驚愕と絶句とを十二分に堪能してなお、くすぶる不満があった。褒められどころが思惑と違ったからである。
たとえば、今ピンク頭たちがグッタリとして座っているリビングセットだ。
それは柵、感圧板、階段などを用いる基本的技法だけでなく、看板、トラップドアなどを応用的に加えたこだわりの品である。羊毛がないためカーペットこそ敷いていないが……それにしたところで言及もされないとは。
他にも、原木を使ったワイルドかつシックな棚も無視されたし、土ブロックとトラップドアを組み合わせたプランターや観葉植物もまるで感動を呼ばなかった。とてもガッカリした。
一方で、妙に反応が良かったのはチェストだ。中身ではない。チェストそのものが、である。
どうやら村人もどきには開けることができない上に、開けてやっても中身を確認することもできないようだった。
「ど、どうしてこの大きさの箱からこんなに物が出てくるの!?」
丸石や土を幾つか見せただけでピンク頭は悲鳴を上げていた。スタック単位で見せていたら爆発したのかもしれない。チェストを並べた一画でクリーパー被害……悪夢である。
「動かん……これは場所に『固定化』しているのじゃな? いや、それにしては傷はつく……直ったじゃと!?」
白頭白鬚はチェストの表面に傷をつけるという失礼を犯していた。壊すまでやってたら殺していただろう。散らかす者に対して慈悲はない。
「この宝箱は、もうこれ自体が特殊なマジックアイテム……これがあれば蔵も倉庫もいらなくなる……!」
緑色頭は挙動不審だった。手を握ったり開いたり、ウロウロ歩いたり、舌打ちしたりと忙しなかった。村人らしい動きとも思えたが。
マインとしても対応に困った。だってそれただのチェストじゃん、であった。木ブロック八つでほらこの通り簡単に作れるじゃん、であった。目の前で新たな一つを出現させたことで更なる反応を引き出して……違うそうじゃない感にまた立ち尽くしたのだが。
チェスト以外ではかまどと鉄インゴットも三人を慄かせていた。
「こ、こんなに小さな炉で鉄鉱石を溶かしている……でも、明るいだけで熱くない……」
「凄まじいマジックアイテムじゃ……僅かな燃料でこの火力……しかも火加減を自動的に調整しとる……」
「何て精錬された鉄なのよ……ここまでの純度となると、きっと『固定化』なしに錆びもしない……」
なんかもう、逆に、馬鹿にされてないか?
マインはゲンナリしつつも妙なサービス精神を発揮し、鉄製の道具を次々に作ってみせた。ダイヤ製品を温存するために製作を予定していた品々である。しかし残念、あまり受けはよくなかった。もう意味がわからない。
そんな何とも不完全燃焼な時間を経て、四者四様、疲労感に打ちひしがれている。
マインはとりあえず焼き豚を齧った。三人に再び「何だそれは」という目で見られ、「いやもう疲れた」とばかりに目線を外された。村人もどきにはわかるまいと思う。そちらは草食、こちらは雑食である。
「オールド・オスマ……うおう!? ここ、この地下空間は一体!?」
大きな声を上げて、肌色頭の村人もどきが階段を駆け下りてきた。最初にピンク頭の隣にいた個体だ。
「面積が! 水流が! マグマが! 畑が!」
一頻り騒ぎ立てているが、マインは相手にしなかった。やっぱりコイツも細部に宿る美学がわかってない。
「そ、そうだ、そうじゃなくて……たた、大変なんです! オールド・オスマン!」
「全くじゃな。言われずとも大変なことになっとるわい」
「え、いや、はい、その通りなんですが……とにかくこれを見てください!」
「『始祖ブリミルの使い魔たち』か。古臭さが今は何ともありがたいのう……一度学院長室に戻るとするか。何を決めるにしても少し休憩してからじゃ」
村人もどきたちがゾロゾロと退出していく。マインはそれを見送るのみだ。心はもう次の作業へと切り替えている。畑作だ。草刈り、種拾い、耕地開拓、種蒔き……心地良い忙しさがマインを待っている。
「おう、そうじゃ。ミス・ヴァリエール」
「あ、はい、なんでしょうか」
道具の確認をしなければ。水バケツ二つよし、鉄シャベルと鉄クワよし、ジャック・オ・ランタンは……まあ最初は松明でいいか。小麦畑の中心で灯るカボチャ頭は風情があるのだが。
「学院長権限で使い魔殿に『アルヴィ―ズの食堂』の利用を許可する。これほどの代物を見せて貰って、まさか平民扱いなどできようはずもないからのう」
「……わかりました」
「食事をし、休んでから、また話を聞かせてほしい。思えば使い魔殿の名前はおろか声一つ聞かずに疲れ果ててしもうたわい……」
「あ……!」
何やらモジモジとしていた村人もどきたちも出ていった。気分一新、いざ農業である。
そう勢い込んで地上へと出てみれば、そこにはピンク頭が仁王立ちしていた。邪魔である。
「あ、あんたが、その、何者かは全然わからないけど……」
顔が少し赤い。これは注意だ。手に棒は持っていないから、とりあえずは安全だろうか。
「わたしは主人で、あんたは使い魔なの。もう、そう決まったの。それなのに、わたし、あんたに名乗りもしなければ、あんたの名前も聞いてなかったわ。そういうのは、その、よくないと思うのよ!」
敵対行動ではなさそうだが……マインは警戒しつつも不思議な気分を味わっていた。胸が何やらドキドキとするのだ。仮とはいえ拠点にてクリーパー的存在と対峙しているためであろうか。
「わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
目の前のピンク頭は緊張している。マインはそう気づくのと同時に、自分がそれに影響されているのだと勘付いた。どういうわけかそう納得してしまったのだ。
「あんたは……何て名前なの?」
今、自分は、名前を名乗るべきだ。ピンク頭の口にしている言葉の意味はわからずとも、そう察せられた。
だから、伝わるかどうかは別として、マインは名乗った。
「……そう。あんた、マインっていうのね」
ピンク頭のルイズが、嬉しそうに笑った気がした。