報われない男の物語 作:羽付き羊
第1話「誰もが合格したい訳じゃない」
女王騎士とは、アルシリア王国の女王に仕える騎士団のことである。
国籍も、生い立ちも、身分も問わない。
求められるのは、それに相応しい実力のみ。
列国最強とまで謳われる精鋭部隊であり、その標語は――。
〝絶対無敵、究極正義〟。
カッコいい。
実にカッコいいと思う。
そういう人たちが国を守ってくれるのだから、俺たちも安心して暮らせるというものだ。
これからも是非、その調子で頑張っていただきたい。
俺は安全なところから応援していますので。
そんな女王騎士の入団試験は、五年に一度。
受験資格は十五歳以上、二十歳未満。
つまり、一生に一度しか受けられない試験なのである。
その貴重な機会を十九歳という年齢ギリギリで迎えた俺の名前は、ディファイ=R=ボルト。
地元では何故かそれなりに有名な、ボルト家の嫡男だ。
実家はホテルを経営している。
俺としては、小さい頃から少しばかりのんびり暮らして、その後は家業を継げればいいと思っていた。
就職先が決まっているというのは素晴らしい。
将来への不安が一つ減る。
ところが親父が、そこへ余計な不安を追加してくれた。
俺が六歳の頃、遠い親戚にあたるバンニール家のカルマ君が、とても優秀だということが分かったらしい。
それを聞いた負けず嫌いの親父が、対抗心を燃やしてしまったのだ。
……と、俺は考えている。
本人は、
「カルマ君は関係ないぞ? だって約束しちゃったんだから仕方ないじゃん」
と言っていたけど。
いや、仕方なくないでしょ。
約束をしたのは親父で、試験を受けるのは俺なんですけど。
どうせ酒の席で調子のいいことを言ったのだろう。
そういうところがある人だからな、うちの親父は。
バンニール家と遠い親戚だからって、張り合うのは本当にやめてほしい。
向こうは六大公爵家だぞ?
実力主義の女王騎士を、代々当たり前のように輩出しているエリート一族なのだ。
優秀で当然ではないか。
むしろ何故、そこでうちの息子もと思ってしまったのだろう。
俺の何を見て、いけると思ったんだ?
女王騎士は給料が凄いらしい。
そこは、俺も大変魅力的だと思っている。
ただし、休みが少ない。
おまけに、仕事には死が付きまとう。
嫌です。
名誉も栄誉も、死んでからでは楽しめない。
俺は何より、自分の命が惜しいのだ。
そんな訳で、きっぱり断ろうとしたこともあった。
新聞を読んでいる親父に、自分の意思を伝えるべく話しかけたのだ。
「親父、俺は――」
「何だ、ディファイ……ん? 女王陛下の正装ドレスVerのフィギュアが、女王騎士になったら貰える? 何だそりゃ」
「父上。私はこの国の剣となり、盾となり、民の平和を導きましょう!」
「おお……! やってくれるのか、ディファイ!」
やってしまった。
いや、あの時の俺にも言い分はある。
女王騎士団から正式に発売されるフィギュアは、とにかく出来がいいのだ。
衣装の細部まで精巧に作られているし、眺める角度を変えるたびに新しい発見がある。
コレクターとしては、どうしても手元に置いておきたくなる。
その中でも、入団しなければ手に入らない物があると言われたら?
欲しいに決まっているだろう。
あの時は、それを手に入れてネットで自慢することしか考えていなかった。
国の剣とか盾とか、その辺は口が勝手に言ったことなので、あまり真に受けないでほしかった。
親父は真に受けた。
こうして俺は、女王騎士になるための勉強や鍛錬をすることになったのである。
ちなみに親父は、騎士になれたら褒美に家宝を譲ってくれるとも言っていた。
何か、変な玉だ。
「この玉があれば、好きな時代に一度だけ戻れるのだ!」
「……親父、病院行こうか」
「私は正常だ!」
そう言い切る人を説得するのは、難しいと思う。
もし本当にそんなことができるのなら、女王陛下に献上でもすればいい。
うちの身分だって、もっと上がるだろうに。
それを息子の合格祝いで渡そうとする辺り、親父も本気で信じているのかどうか怪しいところである。
まぁ、どちらにしても俺はいらない。
家宝よりフィギュアをください。
……それはともかく。
今になって思うのだが、フィギュアが欲しいなら、カルマ君に頼めばよかったのでは?
あの子は優秀だ。
俺なんかより、ずっと合格できそうだし。
何なら、最初からそうすればよかったんだよね。
そこに気づくまで七年以上かかったという事実は、できれば考えたくない。
俺のこれまでの努力、一体何だったんだろうなぁ……。
いや、今でも欲しい。
欲しいことに変わりはないのだ。
でも、それと命を懸けるのは別のお話である。
何せこの試験、受ける前に「死んでも文句を言いません」という内容の書類に署名させられるらしい。
受験生に何させるつもりなの?
こんな甘い考えの俺が、そんな試験に受かる訳がない。
勉強や鍛錬をしてきたからこそ、それは分かる。
俺には無理だ。
この世界には、マナという力がある。
簡単に言えば、生まれ持った魔力のようなものだ。
俺も一応は貴族の生まれなので、一般的な人間よりは多く持っているらしい。
ただ、六大公爵家の人たちと並べられると、どうしても見劣りする。
ルカ君ですら、試験に通るかどうかはギリギリという話なんだぞ?
そのルカ君のマナ量は、俺の約一・二五倍だ。
意外と少ないと思った?
いやいや、馬鹿を言っちゃいけない。
一と一・二五なら大した違いに見えなくても、千と千二百五十なら、差は二百五十にもなる。
百円と百二十五円ならともかく、百万円と百二十五万円なら、断然後者が欲しいだろう?
そんな感じである。
……まぁ、俺は百二十五円でも嬉しいけど。
うちは貴族のくせに、小遣い制ではなく報酬制だったからな。
いい成績を取れば、お金が貰える。
欲しい物があるなら、勉強しろということだ。
貴族なので、気軽にアルバイトをする訳にもいかない。
それに、俺を女王騎士にするため、親が色々とお金を使っているのも知っていた。
その上で「新しいゲームが出るから金くれ」とは、流石に言いにくい。
別に、頼まれて騎士を目指しているのだから堂々としていればいいのかもしれないけど。
それでも、何となく申し訳ないものは申し訳ないのだ。
なので頑張った。
ゲームのために。
漫画のために。
欲しかったボックスを手に入れるために。
その結果、女王騎士に関する知識やマナの出し方、制御に関しては、学校でも上位に入るようになった。
総合順位だって、上から数えた方が早い。
人間、目標があると頑張れるものなのだ。
その目標が、女王騎士として適切かどうかは置いておこう。
……また話が逸れた。
とにかく、マナ量の差というのは、思っているより大きい。
しかもルカ君と比べたのは五年前だ。
今ではもっと差が開いている可能性もある。
そんな相手ですら、合格できるとは限らない試験なのである。
俺が受かる訳がない。
だから、ちゃんと受けて、ちゃんと落ちる。
その後は二十五歳まで、のんびり暮らしたい。
そこからは家業を継ぐつもりだ。
働く意思はある。
働き始める年齢も決めている。
まさに計画的なニートと言えるだろう。
いやぁ、親父には感謝している。
この試験の件さえなければ、本当にいい親父なんだけどなぁ。
○
そんなことを考えているうちに、受験の受付へやって来た。
ただ、ここで初めて知ったのだが、試験を受けるにも資格が必要らしい。
受付で渡されるのは、刃のない剣の柄。
〝クルタナ〟という、マナを目に見える形にする道具だそうだ。
これにマナを込め、剣の刃を出せれば受験資格あり。
出せなければ、その場でお帰りくださいということになる。
……素晴らしい。
辛い思いをする前に落ちられるじゃん!
何だよ、早く言ってくれればよかったのに。
どうやったら怪我をせずに落ちることができるか、結構悩んでいたんだぞ。
それなら話は早い。
何も出さなければいい。
ここまで育ててもらって、学校にも通わせてもらったのだ。
受験すらせずに帰るのは、流石に薄情だと思う。
でも、受付で資格なしと言われたなら仕方ない。
俺はちゃんと来た。
列にも並んだ。
その上で、受けられなかったのだ。
……まぁ、何も出さないのは俺なんだけど。
とにかく命は大事なので、そこは譲りません。
それに実力的にも無理なのだ。
仮に俺が女王騎士になれたとして、こんなことを考えている奴に助けに来てほしいと思う?
もっといるだろう。
国のためとか、民のためとか、そういう立派な理由で来ている人たちが。
俺の枠は、その人に使ってもらいたい。
応募者は何千人といるらしく、受付は十か所ほどのブースに分かれていた。
流石に一本のクルタナで全員を調べていては、日が暮れてしまうのだろう。
俺もそのうちの一つに並び、順番を待ちながら周囲を見回した。
……個性的だなぁ。
まず、ロボットがいた。
全身鎧と言われれば、そうなのかもしれない。
でも、何度見てもロボットにしか見えない。
さらに、その向こうには不思議な生き物までいた。
妖精?
魔物?
どう表現すればいいのか、ちょっと分からない何か?
女王騎士の受験資格、思っていたより幅が広いらしい。
俺もマントなんて着けているので、人の格好に文句を言える立場ではないけどさ。
もう、この辺は突っ込んだら負けなのだろう。
それにしても、最近はマントを着ける奴が多くないか?
何が切っ掛けで流行ったのかは分からないが、流行なんてそんなものかもしれない。
ギターを持った侍が流行ることだってあるんだし。
そんなことを考えながら待つこと、数十分。
ようやく、俺の番になった。
試験官からクルタナを受け取り、柄を握る。
当然、まだ何も起きない。
俺は何もするつもりがないので、このまま終わってくれれば、それでいい。
「ルカ、お前もやってみろ」
隣のブースから、聞き覚えのある声がした。
イージス君だ。
その言い方だと、自分はもう通ったのだろう。
おめでとう、イージス君。
立派な女王騎士になって、俺たちの平和を守ってください。
俺は家で君の活躍を応援しているから。
「では行くぞ……始めっ!」
号令と共に、俺は目を閉じた。
何も出さない。
何も考えない。
……いや、何も考えないのは難しいな。
どうしても、帰ってから何をしようかとか考えてしまう。
まぁ、剣のことさえ考えなければいいだろう。
このまま時間が過ぎれば、不合格。
無事に帰宅。
そして待ちに待った自由な生活。
いいよね?
もうゴールしてもいいよね?
ざわざわと、周囲が騒がしくなった。
誰かが凄い物でも出したのだろうか。
気にはなるけど、ここで目を開けて試験官と目が合うのは嫌だな。
「早くやれ」とか言われても困るし。
俺は静かに、時間が過ぎるのを待った。
金は命より重い、なんて言葉もあるけど。
俺は断然、命の方が――。
「うおっ……!」
突然、身体を揺さぶるような衝撃が襲ってきた。
な、何だ!?
台風みたいな風をまともに受けて、危うく体勢を崩しそうになる。
何とか踏ん張り、目を開けてそちらを見ると、原因はすぐに分かった。
剣があった。
ビルみたいに大きな、マナの剣が。
……いや、限度というものがないの?
しかも、先端がハートだった。
ご丁寧にキラキラと輝いている。
マナ量は凄い。
それは分かる。
分かるんだけど――。
ダサくない?
いや、個人の好みだから、別にいいんだけどさ。
このクルタナ、自分のイメージした剣を出せるんだよ?
せっかくなら、もっとカッコいい物を出せばいいのに。
俺なら、あの剣だな。
〝同感だ。ここならば、地上を焼き払う憂いもない〟。
あの場面の、あの剣。
何度も見たから、形なら頭に入っている。
柄の部分がこうなっていて、鍔はこんな感じで、そこから刃が――。
そうそう、こんな感じ。
「ほほう……!」
目の前の試験官が、感心したような声を上げた。
「伝説のカリバーンを模した剣か。ここまで精巧なものを、クルタナで出すとはな」
……ん?
手元を見る。
俺の握っている柄から、見覚えのある剣の刃が伸びていた。
おお。
我ながら、いい出来だ。
何百回も見ただけあって、細かいところまで――。
って、おい!
何やってんだ俺ぇぇぇぇ!?
出しちゃ駄目だろ!
何のために、今まで目を閉じて待っていたと思っているんだ!
他人の剣の見た目に文句をつけて、自分の好きな剣を想像して、そのまま出してしまった?
アホなの?
俺はアホなの?
社長もビックリだよ。
ブルーアイ○をやられた時よりビックリしてるよ、たぶん!
「こんな物を出すつもりはなかったのに……」
声が、勝手に漏れた。
本当は何も出すつもりがなかった。
何なら、出しちゃいけなかった。
なのに何で、こういう時だけ練習の成果が出るんだよ……。
そりゃあ何百回も見た。
頭の中で思い描いたことだって、数え切れないくらいある。
でも今じゃない。
今日に限っては、思い出さなくてもよかったんだ。
「ほう……どうやら今回は、面白い奴がたくさんいるな」
試験官が、何やら楽しそうに呟いた。
そりゃあ、あんな馬鹿でかいハートを出す人までいるんだから、面白い人も多いでしょうね。
俺としては、何も面白いことが起こらないまま帰りたかったんですけど。
……まぁ、仕方ない。
まだ受付だ。
試験そのものに受かった訳ではない。
次の試験で落ちれば、それでいいんだよね?
よし、落ちよう。
●
マナを出せれば、それでいいと思っている奴が多すぎる。
受付を担当しながら、俺はそんなことを考えていた。
確かに、この場では刃を出せれば通す。
だが、それは受験する資格があると認めただけの話だ。
女王騎士になれると保証した訳じゃない。
マナは誰にでも存在する。
量の大小はあっても、それは変わらない。
その中から、最低限の素質を持つ者を選ぶ。
ただ憧れているだけで、何も知らずに来た連中を振るい落とす。
この受付は、そのためのものだ。
だからこそ、刃を出しただけで満足してほしくはなかった。
潜在マナの量は、生まれ持ったものに左右される。
血筋に恵まれ、初めから大きな力を持つ者もいる。
それはいい。
だが、扱う努力まで怠っていい理由にはならない。
どれだけマナが豊富でも、制御できなければ宝の持ち腐れだ。
女王騎士を目指すのなら、自分が使う力について、もう少し学んでから来てほしい。
次の一次試験が筆記なのも、そのためである。
俺の担当した中にも、素質のある奴は何人かいた。
カルマ=バンニールは別格として、他にも見込みのある者はいる。
だが、才能に溺れている者も多かった。
そんな中で、一人、少し違う受験者がいた。
ディファイ=R=ボルト。
号令を聞くと、奴は静かに目を閉じた。
叫びもしない。
柄を握る手にも、無駄な力は入っていないようだった。
多くの受験者は、何としても刃を出そうと必死になる。
一生に一度の試験なのだから、気負うのも分かる。
だが、マナは心の力だ。
ただ力めばいいというものではない。
その点、こいつは落ち着いていた。
まず外の情報を遮り、自分の心を整えようとしているのだろう。
ほう。
中々、見どころがありそうじゃないか。
俺は、そのまま様子を見ることにした。
周囲のざわめきにも、男は目を開けなかった。
焦る様子も、こちらの顔色を窺う様子もない。
集中を保っている。
ただ刃を出すだけの試験で、そこまでする。
一体、何を形にするつもりなのか。
だが、待っても変化は起きなかった。
残り十五秒。
男はまだ、目を閉じていた。
マナの欠片すら出そうとしない。
……流石に、遅いな。
落ち着いているように見えただけで、実際には何もできないのかもしれない。
俺が勝手に期待しただけか。
そう考え始めた時だった。
別のブースで、異様なマナが膨れ上がった。
思わず、そちらを見る。
馬鹿でかい剣だった。
大きさも、形も、色も、何もかもが規格外だ。
今日この場で、あんな物を見るとは思っていなかった。
その余波に、周囲の受験者たちも動揺している。
目の前の男も、そこで初めて目を開けた。
巨大な剣を見上げ、その形を確かめるように視線を動かす。
そして――。
残り、一秒。
奴のクルタナから、剣が現れた。
俺は、その造形に目を奪われた。
伝説の剣、カリバーン。
ただ似た形を作っただけではない。
柄も、鍔も、刃の細部も。
見事な精度で再現されていた。
クルタナは、使用者の思い描いた剣を形にする。
だが、頭の中にある形を、そのまま出せるとは限らない。
思い描く形が曖昧でも、それを表すマナの制御が拙くても、出来上がる物には粗さが出る。
ここまで精巧な物を出すには、隊長級に匹敵する制御技術を持つか、あの剣を繰り返し見続けてきたか。
どちらにしても、並の仕上がりではなかった。
目を閉じていたのは、このためか。
ただ刃を出すことに満足せず、細部まで作り込もうとしていたのだろう。
剣に表れたマナからも、力の大きさだけを誇る者とは違うものを感じた。
覚悟と知性。
少なくとも俺には、そう見えた。
「ほほう……伝説のカリバーンを模した剣か。ここまで精巧なものを、クルタナで出すとはな」
素直な感想を伝えた。
しかし男は、手元の剣を見つめたまま、低く呟いた。
「こんな物を出すつもりはなかったのに……」
……こんな物?
俺は、改めてその剣を見た。
十分すぎるほどの出来だった。
少なくとも、この受付で要求する水準は遥かに超えている。
それでも、不満なのか。
男の声には、確かに悔しさが滲んでいた。
褒められたことを喜ぶ様子もない。
一体、どこまでの物を作ろうとしていた?
そこで、先程の光景が頭の中で繋がった。
初めから目を閉じていたのは、精密な形を作るため。
時間をかけていたのも、納得のいくところまで思い描こうとしていたから。
だが、あの巨大な剣に気を取られ、集中を乱された。
そして、制限時間まで残り一秒。
やむを得ず、その時点で形にできる物を出した。
それが、この剣だったのではないか。
……なるほどな。
あれを目の前で見せられれば、多少なりとも動揺する。
それ自体は、責められるものではない。
だが、こいつはその僅かな乱れを悔やんでいる。
他人から見れば十分な物でも、自分の目指したものには届いていない。
だから、あんな言葉が出たのだろう。
合格できればいいと考える者ばかりの中で、一人、見ているところが違う。
「ほう……どうやら今回は、面白い奴がたくさんいるな」
思わず、そう口にしていた。
こいつはやる。
後で王にも話しておくか。
受付でこれなのだから、次の試験では何を見せてくれるのだろう。
俺は久しぶりに、一人の受験者の行く先が楽しみになっていた。