報われない男の物語 作:羽付き羊
ルカ君にあんなことを言われてしまった訳だけど、正直、そこまで気にはしていない。
むしろ、敵意を持ってくれていた方が助かる。
だって、俺はさっさと場外負けしたいのだ。
それも、できれば家族に言い訳のできる形で。
「頑張ったのですが、あのルカ君には敵いませんでした」
これなら仕方ないと思ってもらえるだろう。
六大公爵家の人間を相手に善戦した末の敗北。悪くない。少なくとも、始まった瞬間に自分から飛び降りるよりはずっといい。
それに、この体力テストで使う武器は木製だ。
よっぽどのことがなければ死にはしないだろうし、多少は剣を合わせても大丈夫なはずだ。
だから、ちょこっと頑張る。
それから押し負けて、場外へ落ちる。
石の闘技場に叩きつけられるのは嫌なので、その辺だけは慎重にいきたい。
よし。方針は決まった。
そんなことを考えているうちに、俺達の組の出番になった。
「始めっ!」
号令と同時に、俺は斜め後ろへ跳んだ。
まずは端っこへ移動だ。
真ん中から場外へ押し出されようと思ったら、それだけ長い距離を戦わなくてはいけない。最初から近くにいた方が、痛い思いをする時間も少なくて済むだろう。
そうして着地した瞬間。
俺のすぐ横を、人が飛んでいった。
……人?
そちらを見た時には、もう別の受験者まで場外へ転がり落ちていた。
さっきまで十人いたはずの闘技場には、俺を含めて四人しか残っていない。
いや、ありえないっしょ。
今、始まったばっかりだよね?
俺、端っこに移動しただけだよ?
訳が分からず前を見ると、ルカ君が驚いた顔で俺を見つめていた。
どうやら、開始直後に俺を狙って攻撃してきたらしい。
俺が移動したところを、そのまま他の受験者達に叩き込んだようだ。
開幕ブッパですか。
いやぁ、容赦ないなぁ……。
確か、技の名前は「グラムスラッシュ」だったか。
家名を技につけるという、俺だったら少し勇気のいる命名である。
「ボルト斬り(笑)」
うん、嫌だな。
「超ボルト斬り(爆)」
もっと嫌だな。
そんな名前を叫びながら人前で剣を振るくらいなら、普通に振りたい。
でも、ルカ君が使うと立派な技に聞こえるから不思議だ。
これが六大公爵家の貫禄というやつなのだろうか。
そんなことを考えている間にも、ルカ君は動いていた。
残った二人を、それぞれグラムスラッシュで場外へ叩き出していく。
人って、あんなに飛ぶんだねぇ……。
スマシスのホームランコンテストでも見ている気分である。
できれば観客席から見たかった。次に飛ばされる候補としては、あまり楽しめない。
こうして、バトル・ロワイアル形式の体力テストは、あっという間に俺とルカ君の二人だけになった。
――二人だけ?
待て。
ちょっと待て。
もう、自分から適当に落ちていい状況じゃないじゃん!?
俺の予定では、他の受験者達が戦っている横で、少し剣をガチャガチャするはずだった。
その末に実力で押し負けて、なるべく目立たず場外へ落ちるはずだったのだ。
剣技だけで勝負するなら、俺は精一杯頑張っても、この組で五番目くらいがいいところだろう。
それなのに、何もしていないうちに二位以上が確定してしまった。
何これ。
もしかしなくても、合格に近づいてない?
いや、まだだ。
二次試験へ進めるのは、その中でも選ばれた人間だけのはず。
ここでルカ君に負けておけば、まだ落ちる可能性はある。
筆記試験との合計だし、二位になったから絶対に合格という訳ではないだろう。
こうなったら、できるだけ痛くない感じで負けよう。
そう思って構えを整えようとした時には、もうルカ君が突っ込んできていた。
速い。
しかも、凄くやる気だ。
そんなにトイレの下りがお気に召さなかったの?
いや、あれは俺も少し例えが悪かったかなとは思うけどさ。
正面から来る以上、普通に考えれば上段斬りか、悪くても突きだろう。
後ろへ跳んでも、追いつかれて殴られたら痛い。
受け身も取れないまま場外へ転がり落ちるのも嫌だ。
横か?
いや、あの勢いで剣を振られたら、横へ動いても巻き込まれそうだな。
……よし。
ここは、上だ。
まず目の前の一撃を避ける。
その後のことは、その後で考えよう。
俺は膝を曲げ、跳ぶために力を込めた。
その瞬間だった。
「読んでましたよ!」
ルカ君が急停止した。
かと思うと、俺より先に跳んだ。
しかも、高い。
俺がこれから跳ぼうとしている場所の、遥か上まで。
……ああ、なるほど。
俺が空中で身動きできなくなったところを、上から叩く訳ですね。
落ちてくるルカ君の力と、上へ跳ぼうとする俺の力。
その二つが合わさったら、もの凄く痛いことになると思うんですけど。
下手したら頭が割れない?
ルカ君。
それは、ちょっとドSだと思う。
だが、そう気づいた時には、もう足を伸ばしかけていた。
止まれない。
今から別の方向へ逃げるのも無理だ。
あ、これ、駄目なやつだ。
俺もルカ君の勝ちでいいと思っているんだから、できればもう少し穏やかに決着してほしかった――。
はずだった。
ぐいっ、と背中を引かれた。
「――っ!?」
マントだ。
俺のマントの裾が、闘技場の石の繋ぎ目に引っかかっていた。
何でこんな時に!?
しかも、やたら丈夫である。
破れてくれればまだよかったのに、上へ跳ぼうとした俺の体を、しっかり後ろへ引っ張ってくれた。
足を伸ばす勢いだけは止まらない。
行き場をなくした体が、後ろへ傾く。
視界が、ぐるりとひっくり返った。
途中で、何かに足がぶつかった気がした。
同時に背中の突っ張る感触がなくなったが、何がどうなっているのか確かめる余裕なんてない。
「何だと!?」
誰かの声が聞こえた。
いや、俺もそう思ってる。
何だと、これ。
気がつけば、俺は綺麗にバク宙していた。
バク転ならできる。
だが、バク宙は偶然できたのを含めても、これで二回目だ。
何で本番で出るんだよ。
練習で出てくれよ、こういうのは。
そして、どうにか両足で着地した。
闘技場の外に。
……うん。
そういえば、端っこにいたんだった。
もうちょっと格好のつく負け方をしたかったが、仕方ない。
怪我もしていないし、場外に落ちたのだから、結果オーラ――。
「勝者、ディファイ=R=ボルト!」
――イではなかった。
何で!?
俺、今、場外に落ちましたよね!?
慌てて闘技場を見上げたが、誰も立っていなかった。
あれ?
ルカ君?
どこ行ったのー?
「流石ですね……僕の完敗ですよ」
声は、後ろから聞こえた。
振り向くと、ルカ君も場外にいた。
いつの間に?
俺より先に落ちてたの?
……つまり、さっき足にぶつかったのって。
いや、待て。
考えている場合じゃない。
勝ってしまった。
負けるために端へ行ったのに、勝ってしまった。
これは、かなり危険な状況である。
何が危険って、このまま試験に受かってしまう可能性がある。
実力で負けるはずだったのに、何故か勝ってしまった以上、もう実力以外のものに頼るしかない。
漫画、アニメ、ゲーム。
数々の物語において、その効果を証明してきた、あの手段に。
俺はルカ君を見た。
「ルカ君、私と次に会う時は、騎士の高みで……」
言ってやった。
いわゆる、フラグ建築である。
こういうことを言った奴は、大抵、次に会う前に脱落する。
約束を果たせず、物語の途中で姿を消す。
名づけて、脱落フラグ。
できれば試験から脱落する方向でお願いします。
命まで脱落するのは困ります。
「はい! 追い付いて見せますよ!」
ルカ君は、晴れやかに笑っていた。
あれ?
追いつく?
その表現、ちょっとおかしくない?
確かに今回は何故か俺が勝ったけど、そこは、
「待っていますよ、騎士の高みで……」
とかじゃないの?
……いや、それだと俺が後から追いつく展開になりかねないか。
俺まで合格するフラグになったら困る。
ここは、ルカ君が何も言わずに去ってくれるのが一番よかったのだろうか。
難しいな、フラグ管理。
思ったとおりにいかないにも程がある。
それにしても、ルカ君はすっかり機嫌が直ったらしい。
試合前には、あんなに怒っていたのに。
……ん?
そういえば、トイレの下りって、俺が頭の中で考えていただけだよね?
口には出してないよね?
じゃあ、何で怒ってたんだ?
まったく分からん……。
●
私の名前はイージス=ブリュンヒルデ。
六大公爵家の一つ、ブリュンヒルデ家の者として、女王騎士になるためにこの試験を受けている。
受付は難なく突破した。
だが、一次試験の筆記では、思いもよらない妨害を受けた。
ジェダに睡眠薬を飲まされたのだ。
試験前、私とルカ、エルトの三人で話していたところに、シェリーが現れた。
かつてルカに仕え、今はバンニール家でジェダ付きのメイドをしている少女だ。
少し話をして、差し出された紅茶を飲んだ。
それが罠だとは、考えもしなかった。
私が甘かった。
これから女王騎士になろうという者が、他人を蹴落とすために、そんな手段を使うとは思っていなかったのだ。
カルマという優秀な兄を持ち、歪んでしまったところもあるのだろう。
だが、それで許される行為ではない。
同じ紅茶を飲んだエルトは、試験中に眠ってしまった。
私は、自分の太腿にペンを突き刺した。
痛みで意識を繋ぎ止め、どうにか答案を書き続けた。
あの時、つい笑みがこぼれたのを覚えている。
ジェダよ。
お前の思いどおりにはさせないぞ、と。
その後、シェリーに事情を聞いた。
彼女は涙ながらに、ジェダに命じられて仕方なくやったのだと話した。
ただ、ルカにだけは睡眠薬を飲ませなかったらしい。
昔、自分を拾ってくれた恩がある。
グラム家が傾き、泣く泣くバンニール家へ移ってからも、その恩を忘れたことはない。
そう言って、彼女は自分のしたことを悔やみ、試験を辞退しようとした。
私達は、それを止めた。
私達が一次試験を通過すれば、彼女が負い目を抱える必要もなくなる。
それに、私達が目指しているのは、“絶対無敵、究極正義”を掲げる女王騎士だ。
この程度の困難に屈するようでは、その名を背負う資格などないだろう。
そんなことがあったため、次の体力テストでジェダと同じ組になったエルトは、正々堂々と倒してやると息巻いていた。
エルトは田舎の出身で、騎士学校にも通っていない。
マナの扱いには不安が残るが、その身体能力には目を見張るものがある。
何より、女王騎士になろうという気概は本物だ。
案外、いい勝負になるだろう。
私が気にしているのは、むしろルカの方だった。
同じ組には、ディファイ=R=ボルトがいる。
今回、カルマと並んで合格に最も近いと噂される男。
騎士学校では、“仮面”の名で知られる存在だ。
私は、カルマとの模擬戦を見ている。
だが、あれだけでは分からなかった。
本気だったのか。
一割程度の力しか出していなかったのか。
あるいは、本当に偶然だったのか。
マナ量でいえば、私達六大公爵家の者には及ばない。
私自身、ボルトとの模擬戦には勝ち越している。
それでも、次に戦えば必ず勝てるとは断言できなかった。
騎士学校では、ボルトと十回戦えば二回は負ける。
それは生徒に限らず、教官でさえ例外ではなかった。
弱い相手にだけ勝ち、強い相手には必ず負けるのなら、実力は測りやすい。
だが、奴は違う。
私はボルトに勝ち越している。
しかし、カルマには一度も勝てなかった。
そのカルマが、騎士学校で唯一黒星をつけられた相手が、ボルトなのだ。
単なる相性だと片づけるには、引っかかるものが多すぎる。
だからこそ、ルカとボルトのどちらが上なのかも、私には分からなかった。
「ルカの一撃で終わるんじゃねぇの?」
隣で、エルトが言った。
確かに、不意を突けばできなくもないだろう。
実際、ルカは開始直後の速攻を狙っている。
相手に何もさせず、一撃で決めるつもりだ。
だが、その相手がボルトとなれば、話は別だ。
「決着がつくまでは分からん」
「ん? お前なら、ルカが絶対勝つって言うと思ってたのにな」
「ルカなら、この試験は必ず通る。だが、一位で通過するかは分からん」
「へぇ……ボルトって奴は、そんなに強いのか?」
「見ていれば分かる」
やがて、開始の号令が響いた。
ルカは真っ先にボルトを狙った。
踏み込みとともに、グラムスラッシュを放つ。
しかし、その一撃が届く時には、ボルトは斜め後ろへ跳んでいた。
攻撃を見てから動いたのではない。
号令と同時だった。
しかも、ただ避けただけではなかった。
ボルトのいた場所を抜けた一撃が、その先にいた受験者達を巻き込んだのだ。
一瞬で六人が場外へ消える。
ボルト自身は、剣すら振っていない。
最も驚いていたのは、攻撃したルカだった。
無理もない。
不意を突いたつもりの一撃を避けられ、それどころか、他の受験者を倒すために利用されたのだから。
ルカの敵意を感じ取ること自体は、難しくなかったかもしれない。
だが、何を狙ってくるかを読み、その攻撃が他の者へ向かう位置にまで動くとなれば、話は違う。
普通なら、自分を狙う一撃への対処で手いっぱいになる。
迎え撃つか、防ぐか、逃れるか。
奴は、その回避一つで、自分以外の六人まで脱落させた。
……本当に恐ろしい奴だ。
「流石、としか言いようがないな」
「凄いのか? 今の、避けただけじゃね?」
エルトは、まだ首を傾げていた。
目の前の動きだけを見れば、そう思うのも無理はない。
実際、ボルトのしたことは、斜め後ろへ跳んだだけだ。
その一跳びが何をもたらしたか。
そこまで見なければ、奴の恐ろしさは分からない。
「ふっ。だからお前は甘いんだ。ここからよく見ていろ」
「へいへい」
ルカはわずかに動揺したものの、すぐに残る二人へ向き直った。
ボルトと一対一で戦うためだろう。
他の受験者を、次々と場外へ追いやっていく。
その間、ボルトは動かなかった。
自分から仕掛けるでもなく、止めに入るでもなく、闘技場の端で静かに待っていた。
ルカが場を整えるのを、待っているのか。
初めから、一対一になることまで見越していたのだろうか。
ただ、正面から戦えば、ボルトにも不利な点はある。
身体能力だ。
騎士学校には、手を抜いているかどうかまで分かる測定機器がある。
それを使って自身を追い込む訓練でも、ボルトの身体能力は中の下だった。
そこは間違いない。
カルマと同等以上の実力があるとまで噂されながら、身体能力では大きく劣る。
それでも勝つことがあるから、奴の底が分からないのだ。
そう考えている間に、ルカが動いた。
闘技場の端にいるボルトへ、正面から突っ込んでいく。
場外へ押し出すつもりに見える。
だが、ルカもそれだけで終わらせるつもりではないだろう。
ボルトは膝を曲げた。
跳ぶ気だ。
それは、観戦している私にも分かるほど、はっきりした動作だった。
「読んでましたよ!」
ルカが急停止し、先に跳躍した。
ボルトが空中へ逃げるところを、その上から叩くつもりだ。
私がルカでも、同じことをしただろう。
身体能力で勝るのなら、相手が自由に動けない瞬間を狙うのが確実だ。
ボルトは既に踏み切ろうとしている。
今から跳躍を止めることは難しい。
跳んだところで、上にはルカがいる。
これで決まった。
そう思った。
しかし、ボルトは上へ跳ばなかった。
体が、後ろへ回る。
翻ったマントの下から、両足が跳ね上がった。
上から迫るルカを、その足が捉える。
「何だと!?」
思わず叫んでいた。
バク宙だ。
上へ逃げると見せかけてルカの跳躍を誘い、その落下に合わせて蹴り上げたのだ。
ルカの体が、闘技場の外へ飛ばされた。
そして、先に場外へ落ちた。
ボルトが両足で着地したのは、その後だった。
同じく、闘技場の外へ。
「勝者、ディファイ=R=ボルト!」
二人とも場外に出た。
だが、落ちた順番は違う。
ルカが落ちた時点で、勝負は決まっていた。
……そういうことか。
もう一度、ボルトの立っていた場所を見る。
闘技場の、端。
あそこなら、一撃で相手を場外へ落とせる。
その代わり、自分もわずかな失敗で脱落する位置だ。
奴は、最初からそこを選んでいた。
ルカが他の受験者を倒す間も、そこを動かなかった。
そして、誰にでも分かるほど露骨に、跳ぶ準備を見せた。
あれは、隙だったのではない。
ルカを跳ばせるための誘いだったのか。
そこまで考えて、背筋が冷えた。
ルカの跳躍。
落下してくる位置。
自身の回転。
蹴りを当てる瞬間。
どれか一つでもずれれば、上から叩きつけられるか、自分が先に場外へ落ちていた。
それを、あの場所で実行した。
自身の身体能力を理解したうえで、相手の動きと試合のルールを利用し、勝ちを拾ったのだ。
力で押し切った訳ではない。
だからこそ、ルカがどこまで奴に迫れていたのかさえ、私には分からなかった。
実力の差が測れない。
それほどまでに、離れているというのか。
……ならば。
その差を、この試験中に覆してみせる!