「どうして、また、このような命令をうけねばならないのだ。」
黝い髪と黒瑪瑙の瞳を持つアーヴによる人類帝国の王女は、休憩中に翔士食堂で端末腕環に映し出された通信文を見たとき、思わず怒りの声色でつぶやいた。
「ラフィール、君の言う通りだよ。この艦に乗ってまで帝国副代表になるとは、思わなかった。でも、どうして、いつも僕たちなのかな?」
隣に座っていたジントもうんざりしたようにため息をついた。
「この条件は、地上世界での戦闘の経験などのっているぞ。確かに、この条件を満たすのは、この辺りで我らしかいないのというのがわかるが、条件を出したのはスポール提督だ。そう考えれば、理由がわかるがな。」
ラフィールは嫌そうにスポールの名をつぶやいた。
「そうなんだ。でも、ラフィールに対する嫌がらせなら、僕を巻き込まなくていいのに。それに、どうして、君の名を指名せずにこんな条件をつけたのだろう?」
「そなた。本当に鈍いな。だから、スポールなのだ。こういうまわりくどいやり方で我らアブリアルに嫌がらせをするのがあのものたちのやり方なのだ。性格の悪さもこれでわかったであろ」
「まあね。しかし、つい最近まで敵の地上世界か。しかも、君と二人で行くのか……」
ジントは少し考え込んだ。
「……そなたも、何か思ったことがあるみたいだな。私もだ。だいたい、そなたと私がかかわって、地上世界で何も起きなかったのは1回くらいしかないような気がするぞ。」
ラフィールもジントと同じ懸念を抱いていた。
「あはは、そうだね。今回は何も起きないよ。無事に平穏に降伏の式典をやって終わりさ。」
自分に言い聞かせるようにジントは言った。
「そなたがそう言って、何も起きなかったというためしはないような気がする。ああ、ヴォーラシュ伯国では、酒精で内臓を痛めた程度か。それくらいならいいか。」
「そうだね。今回もその程度だよ。安心してよ。ラフィール」
「そなたが安心してくれなんていったら、ますます不安だな。まあ、よい。今回は私も降りることになる。いざとなったら、そなたのお守はしっかりやるぞ。ジント」
そういって、ラフィールはからかうようにジントを見つめた。
「わかったよ。そのときは、世話になるよ。クラスビュールのときのようにね。」
その言葉にジントは反撃した。
「む、あのときは、しょうがないであろ。とにかく、用心はしておくに限るぞ。私は当直任務があるので、艦橋へ行く。」
ジントの話の方向がラフィールの気分に触るものだと思い、彼女は、その場を離れた。
ラフィールが艦橋へつくと、ちょうど、アトスリュア司令から通信が入っていたときであった。
「アブリアル副百翔長、ちょうどいいわ。あなたに話があるの。今回の任務は災難ね。でも、私の第一蹂躙戦隊もそれに巻き込まれたわ。あなたの艦と一緒に双棘第一艦隊司令長官のスポール提督と同行する羽目になったわ。」
「アトスリュア司令、その言いかたですと、我々の艦だけがいけばいいと聞こえますよ。」
眉をひそめてラフィールは答えた。
「あら、わかったかしら。幻炎作戦や狩人作戦のときは、バースロイルで単独行動だったのでしょう。だったら、それがいいかなと思ったの。でも、今回はあのときより特殊な状況だから万一にそなえて、スポール提督の艦隊も私の蹂躙戦隊も軌道上に待機することになっているわ。安心してね。」
「はあ、そうですか。とりあえず、ロブナスのときのように叛乱が起きたら、地上世界を制圧できるくらいの戦力は有しているということですね。」ジントは過去の情景を思い出しながら話した。
「ええ、そういうこと。何も起きないことを祈っているわ。では、幸運を。」
そういって、敬礼をして、アトスリュアの通信は切れた。
先任砲術士の席で当直任務を行っていた金色の瞳をした翔士がその様子を見た後、艦長であるラフィールに決意した雰囲気で話しかけた。
「艦長、私も一緒に降伏の式典に参加します。」
この艦の先任砲術士であるシュリル・ウェフ=キルヒム・ユーリル前衛翔士だった。
「しかし、先任砲術士のシュリル前衛翔士がこの艦を離れるのはどうかと思うぞ。」
「艦長の言い分は、わかります。ですが、あえて言わせていただくと、地上世界で何か起きたときの対応できる翔士が護衛として一人くらいついたほうがいいのでは、特に私は、それに関しては自信があります。」
一歩もひるまない表情でユーリルは答えた。
「確かに、そなたのその経験は、ここにいるものたちでも、最も優れているであろうな。わかった。そなたも我らと一緒に地上に降りるがよい。」
ラフィールも万が一の対応策としてユーリルを一緒に降りることが有効だと感じた。
「艦長、ありがとうございます。では、早速、準備にとりかかります。この艦のことは、副長に全て任せます。」
そういって、航法士の席に座っていたエクリュアにユーリルは視線を送った。
「そうだな。エクリュア十翔長、フリーコヴの留守はそなたに任せる。」
「了解」無表情でエクリュアは敬礼で答えた。
ラフィールがユーリルを同行者として決めてから、5日後、フリーコヴは、カルハーク門を通過して、惑星デスガスの軌道上に到着した。その周りには、すでに、スポール提督が率いる双棘第一艦隊も駐留していた。
そして、アトスリュア千翔長が司令の第1蹂躙戦隊も第一艦隊に合流していた。
「ソバーシュ先任参謀、今回、あなたを呼んだのは、頼みがあるためよ。」
そういって、難しい表情でアトスリュアは言った。
「どのようなことでしょうか?司令」
ソバーシュは、冷静に尋ねた。
「今回の降伏の式典は、あなたも御存知の通り、地上世界で行われる。そのため、何か起きる可能性がないとは、いいきれないの。そこで、もし、厄介事が起きたとき、この第1蹂躙戦隊からも鎮圧部隊を編成する。その地上に派遣される部隊の指揮官をあなたにやってもらいたいの。」
「それは、わかりましたが、双棘第一艦隊の空挺部隊だけでは、駄目なのでしょうか?わざわざ、私達がでなくても、いいと思います」明らかに嫌そうな表情をソバーシュはした。
「これは、誇りの問題ね。私たちは、パリューニュ子爵殿下のための蹂躙戦隊といっても、過言ではないのよ。これは、前にも説明したはず。それが、殿下たちの窮地に我々がいかないなんて、臆病者にもほどがあるとは、そう思わない?ソバーシュ副百翔長。」
ソバーシュを確かめるようにアトスリュアは言った。
「なるほど、わかりました。では、メンバーを選抜して、待機しておきます。あまり、気は乗りませんけどね。」
そういって、ソバーシュは敬礼した。
「うん、よろしいわ。まあ、何事も起きなければいいけど、準備をしないわけには、いかないことは、わかっていてね。」
それに答えて、アトスリュアも敬礼をした。
ソバーシュは、その話を聞いたとき、思い出した。ロブナスでの出来事を、そして、もし、ここにサムソンがいたら、自ら志願してこの部隊に入ったのかもしれないとも感じた。
「ふ、やはり、自分も悪癖は大好きだ。彼のことを思い出すなんて。」
第1蹂躙戦隊所属のフリーコヴがカルハーク星系の惑星デスガスの軌道上に到着したとき、地上政府と帝国の降伏の式典の準備はほぼ、完了していて、あとは、帝国代表と副代表であるラフィールとジントを式典会場におろすだけだった。
「いよいよ。3度目の地上世界か、まったく、私が自分の人生でそんなに降りるとは思わなかった。もう、これっきりにしたいぞ。ジント」往還艇に座席に座りながら隣のジントにラフィールは愚痴を言った。
「そうだね。僕もそう思うよ。」
「王女殿下、伯爵閣下、もうすぐ、発進するので、落ちついてくださいね」
まったく、緊張していない様子でユーリルは言った。
数分後、三人は、往還艇でカルハーク星系政府の首都ラクーンシティに降り立った。そして、すぐさま、式典会場へ向かった。三人ともこの面倒な任務を早めに終わらせようという思いで、その場所へ向かったのであった。
惑星デスガスにある製薬企業「アンブレラ」のラクーンシティの生物兵器地下研究所の所長室に一人の女性がテレビの報道番組を眺めていた。その口元は狂気の笑みをしながら、見つめていた。
「アネット・バーキン所長、残念ですね。ここが、生体機械どもの支配をうけるなんて、政府………いや、アンブレラのお偉いがたも何を考えているのでしょう?」
悔しそうに青年の研究員は答えた。
「シュナイダー君、あなた、愛社精神がないのね。それは、自社批判だわ。冷静に考えれば妥当な判断よ。この惑星の輸出の主な商品は、細菌兵器や生物兵器、それを生かすのは、戦争中の国ならどこでもいい。さらに、市場の観点からいえば、連合体より、はるかにアーヴ帝国の方が大きいわ。企業政府としたら、取引先は大きい方にこしたことはないということよ。」
アネットは、肩まである金髪の髪を軽く触れながら、楽しげに答えた。
「そうですか、僕の勉強不足です。反省します。(でも、よかった、夫のウィリアムさんの不慮の死から、立ち直ったみたい。)」
その様子を安心したようにシュナイダーは言った
「それと、勉強不足のシュナイダー君にいっておくわ。このアンブレラは、人類統合体や人民主権惑星連合体でいわれている生体機械のアーヴどもと取引するなんてわけないわ。だって、儲かるためなら悪魔とだって、取引する連中よ。」
その笑みには、なぜか、すさまじいほどに悪意がこもっていた。アーヴに微笑に匹敵するほどのものだった。
「ああ、そうですか。わかりました。では、これで。」
その迫力に負けて、彼は去っていった。
「ウフフ、アーヴども、あなたたちも招待してあげるわ。アンブレラの………いえ、私の饗宴に。」
降伏の式典を伝える画面を見つめるアネットの表情は、狂気に満ちていて、美しかった。
降伏の式典は、ラクーンシティの政府中央広場で行われた。ここでは、ものものしい警備が周りを囲んでいた。さらに、アーヴ側の代表者にも武器の所持の自由が与えられていた。星界軍が地上世界で降伏の式典を行うための条件に、政府代表のメンバーは、武器を所持しないが、アーヴ側は全員できる。さらに、護衛の部隊も政府側の方では、遠距離の方を守備させて、より式典会場に近いほうはアーヴの空挺部隊が護衛をしていた。
これは、いざ、ことが起きたとき、すぐさま、政府首脳部を拘束して、処罰あるいは、交渉の使い道として星界軍側が対処するための方法だった。
「なるほどね。クファディス千翔長も無能ではないのね。」
ユーリルは、そういって、周りの状況を分析していた。そして、この案を出したのもクファディスだということに気がついた。実際、その上司であるスポールは、軌道上からただ、眺めているだけだった。そして、ラフィールの不満げな表情をいつ見られるかと楽しみにしていたのであった。
「ジント、そなた、相変わらずしまりがないな。もうすぐ、式典が始まるぞ。しっかりしろ。そなたは、副代表なのだぞ。」
ラフィールは、胸元が乱れているジントの長衣を直していた。
「あ、ごめんよ。ラフィール。」そういって、ジントは恥ずかしそうにつくろった。
その光景を周りで見ていた星界軍の翔士や従士は、思っていた。
「いつもお熱いね。あの伯爵閣下とお姫様は。見ているこっちまで、妬けてくる。敵地にいるとは、思えないよ。」
他の星界軍の軍士がラフィールたちのそんな光景を平和そうに眺めている中、ユーリルだけは、常に状況を分析していた。そして、ある違和感を持った。
「(……なにかがひっかかる。まだ、わからないけど、何かが…………)」
結局、ユーリルが言い知れぬ不安を抱えたまま、アーヴによる人類帝国にカルハーク星系政府が降伏して、その一部になる降伏の式典が始まった。