カルハーク星系降伏の式典には、星界軍の代表は30人、カルハーク星系政府も30人だった。そして、式典は、静かに始まった。
「カルハーク星系首相、ゴアノス・タイグス閣下、星系議会議長、ダリア・ヴァイグ閣下、」
議事進行役である副官が、カルハーク星系側の代表の名を告げた。
「アーヴによる人類帝国代表、アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵、ラフィール殿下。」
その名が連合の公用語に訳されると、星系代表の高官がざわついた。まさか、皇族がこんな辺境に来るとは思っていなかったのだろう。
「副代表・リン・スーニュ=ロク・ハイド伯爵・ジント閣下」
ジントの名はさらに、星系政府側を驚かした。茶色の髪の明らかに地上世界の若い青年がアーヴ貴族ということに、視線が彼に集中させた。
ジントにとっては、おなじみの反応であった。
降伏の式典がつつがなく進んでいる中、ユーリルは、相手の代表側の名を連ねたうちで三人ほど足りないことに気がついた。それと、向こうの代表のメンバーが顔を色が悪くて緊張しているとしても、異様に汗をかいているようだった。
「あの体調の悪さは、熱もあるみたい。でも、全員がそういうわけでもない。少し、情報を集める必要があるわね。」
ユーリルは、警備の一人としてこの式典に参加していた。そして、近くの端末に自分の端末腕環を悟られないようにつなげた。
「(ヘヴィ・ベル参号機、この式典を休んだ政府側のメンバーを探して、それに、もし、それが入院などしていたら、その情報もお願い。)」
「<………了解………ハッキング開始……>」
「<でました。データの二人は病院に入院中、原因不明の高熱の病気です……。同じような現象がここ数時間内に起きています。死者もでています。>」
「死者も……その原因に関するカルテのデータを欲しいわ。妙な予感がする。それに、この都市全体の交通情報や警備情報、あとは地図なども整理しておいて。もちろん、アーヴ語に変換してね。」
「<了解……ユーリル>」
数十秒後、データが転送されて、ユーリルは、その分析に熱中していた。
帝国と星系政府の代表は、机を間にして対峙していた。
その後、ジントは降伏条件を読み上げて、その書類を星系政府の首相であるタイグスに見せるために、机の上に広げた。
「ハイカール星系は、<人民主権星系連合体>に委ねていたものを含め、その主権すべてを<アーヴによる人類帝国>に委譲し、今後、帝国の邦国として法を遵守するものとする。」
ジントが務めをおえると、ラフィールが文書を取り出した。
「法に定められた範囲を超えた要求が帝国に出された場合、領民政府が拒否する権利を有することをここに認める。」
「はい」
首相のタイグスは、その降伏文書に署名して、ラフィールもその後、自分の名と花押を描いた。そして、互いの文書を交換した。
「なるべく早いうちに、領主もしくは代官がこの邦国に派遣されるだろう。それまでは、このパリューニュ子爵が御身らの領主代行を務める。よろしいか?」
タイグスは、無言でこくりとうなずいた。
「では、領主代行として、領民代表を選出する。御身らは誰を領民代表に望む?」
「私が選出されました。」
タイグスは、一歩前にでた。
「御身は帝国からの分離独立を目的として具体的な行動を起こすつもりか?」
「いいえ、しません。」
タイグスは短く答えた。
「御身を領民代表として承認する」
こうして、<人民主権星系連合体>カルハーク星系政府は、消滅し、<アーヴによる人類帝国>カルハーク侯国が成立した。
降伏の式典が終わり、式典に参加していた星界軍の翔士と従士、それにカルハーク星系政府の代表側は祝宴に参加していた。
ジントは、周りが落ちついている雰囲気を察しながら、ラフィールに話しかけた。
「領主代行殿下、どうやら、何も起きなかったみたいですね。この祝宴が終われば、すぐに帰れますよ。あと3時間ほどですけどね。」
ジントは、ほっとした様子で周りを見ていた。
「そうだな。しかし、その名称は、2度と聞きたくはなかったぞ。領主副代行閣下。」
眉をひそめながらジントに対抗するようにラフィールはいった。
「艦長、その名称はやめてくださいよ。僕もあまり居心地はいい気はしないのですから。それより、どうして、ここの星系政府はこんな時期にしかも、帝国に降伏したのだろう。別に攻めこんだわけでもないし。」
ジントはこの政府高官を眺めながら話を変えた。
「そなた、本当に鈍いな。そのようなことなど、すぐに考えればわかるであろ。この国は企業惑星だと聞く。それで、察しがつくであろ。」
「企業惑星……どういう意味なのかな。惑星自体が会社みたいなものかな。だとすると、利益の追求が星系政府の目的か………そうか、わかった。人民主権惑星連合より、アーヴ帝国の領地になった方が儲かると思ったのか。領主と交渉次第だけど、彼らには自信があるということか。」
ラフィールの言葉に自分なりにジントは分析し、答えをだした。
「ほう、驚いた。そなたやれば、できるではないか。だが、まだまだ、精進が足りぬな。ここの一番の商品は、なんだと思う?生物兵器と細菌兵器だ。帝国は戦争をしている。その点を考えても兵器商品なら売れると思ったのであろ」
ジントの言葉に多少驚きながらも嬉しそうにラフィールは言った。
「そうか、ラフィールもただ、領主代行をやっているだけじゃないんだね。色々とその星系の情報を認識しているのか。」
「そうだ、当たり前であろ。前回酷い目にあったからな……、もっと、地上世界の状況を理解していれば、そなたが……あのような目に遭わなかったから……そういう、ジントもそれくらいの分析があるのだから、やればできるのであろ。」
ラフィールは黒目脳の瞳に少し悲しげな色を表した。
「そうだね。まぁ、僕の人生の場合、何かを考えても、それ以上に状況が変化しすぎるんだ。だから、あきらめがちになってしまうのが、やはり、悪いんだろうけどね」
苦笑しながらジントはつぶやいた。
同時刻・ラクーンシティ・アンブレラ生物兵器第8研究所 所長室
「そろそろね。私ながら素晴らしい出来だわ。発症まで個人差を3時間まで抑えた。あの汚染された水を飲んでから48時間後におきる。さあ、私がつくった悪魔の子たち、この星をおおいつくしなさい。私の愛するあの人を壊したように。フフフ……」
研究所のモニターを見ながら、狂気に満ちた笑みをした。
その女性…アネット・バーキン…第8研究所所長は、製薬会社であり、生物・細菌兵器会社でもあるアンブレラ社の社章を握りつぶした。
「アネット、こっちの準備は整った。あと10分後、発動する。しかし、君もこんなことをして、何を考えているんだい?」
所長室へ軍服をきた少将の階級章をつけた一人の男が入ってきた。
「ラメス、知りたい?もうすぐ、わかるわ。それより、ありがとうね。こんなこと、頼めるなんてあなたしか、いないのだから。」
さきほどとは、違い、アネットはまぶしい笑顔でラメスを迎えた。
「いや、君がまさか、僕を愛してくれるとはね。まあ、夫のウィリアムが亡くなった寂しい気持ちを僕しか埋められないからかもしれないね。」
そういって、ラメスは、アネットの手を握り締めた。
「あなたは、最高の男よ。私のために、地下水路の案内までしてくれて、このラクーンシティの飲み水は、そこが供給源よね。そのため、警備も厳重だったけど、あなたのおかげで堂々と入れたわ。」
その表現には何か含んでいたような印象だった。
「しかし、デートをあんな場所に選ぶとは君も変っているね。まあ、いい。長年の僕の想いが伝わったんだ。あの場所で愛を確かめあうのもよかったけどな。」
ラメスの心は、完全にアネットに握られていて、彼女の思う壺であった。
「さあ、アーヴたちに少しは、嫌がらせをしないといけないわ。ただで、この星を手に入れるなんて、そう世の中甘くないということを、それをあなたは、認めるだけではなく、助けてくれた、最高の人よ。」
そっと、ラメスを抱きしめた。
「ありがとうな。じゃあ、その仕事に行ってくる。ばれたら軍法会議ものだが、なあに、ばれないから大丈夫さ。君のためにそんな失敗はしていないから。」
ラメスは、自信ありげにつぶやいた。
10分後…………ラクーンシティの無線のほとんどの通信回線が遮断された。原因は、<人類統合体>製の電波虫を降伏したはずの地上軍の一部が、放ったことが原因だった。なぜか、ラクーンシティだけに2000万匹放たれていた。
電波虫はある波長の電波を受けると、同波長の雑音を流す微小機械でひとつひとつの出力は弱くても総合するとあなどれない出力になる。
一挙に駆除するのは不可能だった。これは、星界軍だけではなく、政府の地上軍もすぐに電波妨害をおさえることは、できないものであった。
「どういうことだ?軌道上の艦隊に連絡とれないだと。」ラフィールは、その報告を受けたとき、眉をひそめた。
「そうみたいだね。僕の端末腕環も全然駄目だ。何が起きたのだろう?」
ジントは、のんきそうに答えた。
そこへ、深刻な表情をしたユーリルが走って、近づいてきた。
「ジント、殿下、早く、逃げましょう。それと、宇宙に撤退命令をお願いします。」
「どういうことだ。いかに連絡をとるのが無理でも、そこまで深刻にはならなくてもいいのではないか」
「いいえ、ここは、危険です。私の予感が正しければ、ここは地獄になります。」
いつもは、沈着冷静なユーリルにしては、珍しくあせっていた。
ユーリルがラフィールと話していると、唐突に政府代表の一人が倒れた。そして、それをきづかう一人の星界軍の従士が近づいたとき、その倒れた本人は従士に襲いかかった。
その姿を見たとき、その場の全員が驚いたと共に恐怖を浮かべた。
一言で言えば、腐っていた。
腐臭を漂わせながらも従士の右腕に噛みつき、その肉をむさぼっていた。
その初老の中年だったものは、肌が茶褐色に変色していた。ついさっきまで、人間、いや生きているものとは思えなかった。体のふしぶしに皮膚がはげあがり、崩れ落ちていた。そして、肉だけではなく骨も見えていた。
腕をかじったその生ける屍は、一条の凝集光によって、倒れた。その凝集光銃の銃痕は、それの額を貫通しており、しばらく、痙攣して動きをとめた。
そのとき、凝集光銃を抜いていたのは、ユーリルだった。
「痛いよ。痛いよ。」その従士は、噛み千切られた傷口をおさえながら地面に転がりまわっていた。
「とにかく、医療班をよぶがよい。みなものもの、往還艇にはやくのるがよい。これは、領主代行としての命令だ。」
ラフィールは即断した。
「殿下、端末腕環は使えません。ここは、声で伝えるしかありません。」
ユーリルは、銃を握り締めながら辺りをうかがいながら助言をだした。
「いいか、無線は使えない。拡声器を使って、全員につたえるがよい。これは、命令だ。」
ラフィールは、大声で周りの翔士や従士に伝えた。
「どうやら、少し遅かったみたいです。」その表情にはもはや迷いはなかった。
ユーリルがそういって、指を遠くの方へ向けると、外の警備をしていた星系政府の警備の部隊だった一団がゆっくりとこちらへ、歩いてきた。
そして、それをラフィールは、他の翔士から受け取った双眼鏡で見ると、恐ろしい光景だった。
さっき、目の前で見た生ける屍の集団がこっちに近づいているのが、わかった。ここにいる星界軍の翔士や従士を大幅に上回る数だった。
ユーリルは、それを空識覚で感じてつぶやいた。
「バイオハザード(生物災厄)よ」