リン・スーニュ=ロク・ハイド伯爵・ジントは、浮揚車の後部座席で重いため息をついた。
「僕たち、これから、どうなるんだろう?」
「シュリル前衛翔士、どうするのだ。宇宙港へ向かうのか。それとも、他に何か手を考えているのか?」
ラフィールもさすがに、眉を細めながらこの状況に苛立ちを覚えながらいった。
「殿下、そのことは、あとでいいます。現在、地図を見ています。燃料の補給可能個所を探しています。できるだけ、広い通りがいいのですけど、なかなか、見つからなくて……でました。とりあえず、そこへ向かいます。」
その後、三人とも狭い浮揚車の中でただ、重い沈黙をつづけていた。車の外では、遠くから聞こえる何かが爆発する音や生きる屍のうめき声やモゾモゾと歩く音、そして、浮揚車の機関音が響き渡っていた。
その沈黙に耐えることができなくなったようにラフィールは、ユーリルに声をかけた。
「そなたは、今回の騒動は何が原因だと思う。たぶん、そなたが、一番、この状況を冷静に分析できるはずだ。」
「そうですね。理由はともかく、人為的な原因であり、我々をこの星の住民こと地獄の底に落とすのが目的だと思います。ですが、これを計画した人間は、狂っているのは確実です。」
「そうか、しかし、これだけの短い時間で同時多発的にあのようなゾンビを発生させるにはどのような巧妙で卑劣な手段をとったのだろうか。」
「それは、たぶん。水源地を汚染したのでしょう。この街は、地下水のくみ上げによるシステムで飲料水を確保しています。殿下もジントも喉がかわいても、我慢した方がいいですよ。」
ユーリルは病院の症状報告のデータをまとめて、それを水源地の地図に照らし合わせたものをラフィールに渡した。
「そなた、すごいな。あの短時間で分析したのか?」
「ええ、できれば、もっと早く気づくべきでした。いまさら言ってもしょうがないですけどね。そうだ、殿下、ジント、その鞄に緊急用の食料品と水筒に飲料水があるから、飲んでね。長期戦に少しでも備えるために。」
ユーリルは、そういって、乗用車を運転しながら鞄を指差した。
「ユーリルはいいの?君も食べないと。」
ジントはクッキーを半分に割って、渡そうとした。
「ありがとう。でも、私はいいわ、それも、ジントが食べて。多少食べなくても大丈夫のように訓練されているから。」
「そうか、わかったよ。」
ラフィール一行をのせた浮揚車は、しばらくしてまだ、破壊されていない乗用車の電気エネルギー充電所についた。幸いなことにあたりには、ゾンビらしき人影はなかった。
三人は、油断しないように辺りを警戒しながら車から降りた。
「ユーリル大丈夫かな。外に出ても。」
ジントは不安な面持ちで暗闇となった街中をながめた。
「そうね。とりあえず空識覚で警戒はしている。それに補給をしていかないといけないから。ジントも手伝って。」
ユーリルがそう言うと、ジントはだまって、巨大な金属のホース状の補給結合機を浮揚車につなげた。その間、ユーリルは自分の端末腕環をこのラクーンシティのいたるところにある情報用の端末につないで、真剣にその情報を眺めていた。
「なるほどね。有線なら情報はつかめるわけね。殿下、ジントここから得た情報で今後の方針を二つの選択肢に決めました。」
「二つ?どういうことだ。早く教えるがよい。」
「ええ、まず一つは最初の方針通り、宇宙港へ向かいます。しかし、よくない情報があります。宇宙港へ向かう途中に川がありましたよね。そこにかかっている橋がどうやら、車両では通行できない状況なのです。そして、もう一つの方針は・・・・」
ユーリルがそう言いかけたとき、突然「カーッ!!!」という泣き声と共に数十羽のカラスの集団がラフィール達に向かって襲い掛かってきた。
「ち、撃ち落すぞ。」
そういって、ラフィールはカラスに向けて、凝集光銃を連射させていた。
「ジント、補給を中止して、早く車の中へ。」
ユーリルも続いてジントに指示を出しながら次々とカラスの頭を正確に打ち抜いていた。
「うん、く、これ固くて外れない。どうして、なんだ。」
「どうやら、安全装置がはたらいているみたいね。いいわ。私がはずす。」
ユーリルは懐からグローブらしきものを素早くはめて、行動に移そうとしたその瞬間、ゴォンという衝撃音が鳴り響いた。
羽を打ち抜かれた100ダージュ(1メートル)ほどの巨大カラスの一匹がものすごいスピードで落下して、ちょうど補給所の結合機の一つに衝突したのであった。
バチバチという漏電する音がその場に響き渡り、ジントはその状況に青ざめた。
「(・・・・・近くの液化燃料の浴槽もある。もし、あれに引火したら)」
ジントの予感は、現実のもの近づいていた。さっきのカラスが落ちた衝撃で液化燃料が漏れ出しているのが確認された。
「まずい。早く、これをはずさないと。」
ジントが思わず声を出した瞬間、補給結合機は切断されていた。金属の糸のようなものがユーリルの黒いグローブからでていて、それで切断したのであった。
「ジントはずしたわ。とにかく、車の中へ急いで。殿下もよ」
三人は、その後車に素早く乗り込み、その場を離れた。そして、離れて数秒も立たないうちに大きな爆発音が鳴り響いた。
「ふー、危機一髪だったね。」
「そうだな。ジント。だが、目の前の危機はさったが、全体として完全に我々は窮地を脱したわけではない。」
「相変わらず、君は人の気持ちを明るくするに長けているね。」
ジントは苦笑いの表情で答えた。
二人のいつのもの掛け合いを横目で見ながら伝えた。
「それで、さっき、話が中断されたことを今のうちに説明します。」
「そうだった。今後の方針の続きだったな。確か、宇宙港へ向かう大きな川を渡る橋が現状ではとおるのが難しいといっていた。では、他の方法とは何だ?」
「はい、今から考えるとこっちの方が安全かもしれません。」
ユーリルが言うには、宇宙港へ向かう道路の途中に大きな川があり、そこに掛かっている橋でゾンビと生き残った警官隊や軍隊との大規模な戦闘があったということだった。
そして、その戦闘の結果、どうやらゾンビ側の方が勝ち、車両の残骸や死体と共に、おぞましいまでの数のゾンビがうろついている可能性が大きいといった。
「そうか、確かにそこを強行突破するのは難しいな。回り道は、ないのか。」
「はい、あることは、ありますが、時間がかかりすぎますし、他も同じような状況だと思います。だから、宇宙港へ向かうのではなく、救助が来るまで待つのです。この方が確実です。」
「どういうことなのだ?現状では、電波虫が端末腕環の通信を妨害して、軌道上からも連絡がとれない状況だ。救助を待つにも連絡がとれないのでは、話にならないではないか。」
「簡単なことです。あの電波虫は45時間後に全部、機能停止します。そういう仕組みになっています。さっき調べて、わかりました。」
「そうか、わかった。45時間、なんとか生き残れば、助けがくるとうことか。」
「ユーリル、それは朗報だよ。少しは希望が持てるよ。」
「そうね。それで、殿下、ジント、提案なのですけど、これから私がこの状況で考えるもっとも安全な場所へ行きます。」
「それは、どこなのだ?」
「この都市の中央にあるミローシュ湖です。さきほど、調べてみたのですが、ゾンビどもは泳げないようで、湖の中央には記念碑がたてられている陸地があります。そこに行くにはボートが必要ですが、なんとか手に入れることはできるでしょう。どうしても無理なら泳いでそこに行けば十分時間まで耐えることはできるでしょう。」
「わかった、とにかくそなたの案をうけいれよう」
軌道上 双棘第一艦隊旗艦<ラーシュカウ>艦橋
「司令長官閣下、吉報です。あの地獄のような状況の地上世界に囚われていた翔士や従士のうち、100名以上が自力で往還艇にのり、脱出しました。そして、地上の騒動の原因を分析した情報も記憶片として持ち込まれました。」
クファディスは、安堵した様子で伝えた。
「そう、星界軍の軍士もなかなか捨てたものではないわね。それで、王女殿下と伯爵閣下は戻られたかしら。」
「いえ、それは・・・・・・まだです。残念ながら。」
「クファディス参謀長。すぐさま、地上降下部隊を編成しなさい。それと、戻ってきたら翔士たちから情報を分析して、殿下と閣下の救出作戦の立案計画を提出しなさい。できるだけ、早く。」スポールは紅の瞳を光らせながら立ち上がり、指揮丈をクファディスへつきつけた。
「・・・・はい、わかりました。では、誰に指揮をとらせたらいいのでしょうか?このような状況に対処できる人物がこの艦隊の空挺部隊にいるとは、思えないのですが。」
「参謀長、それはあなたに、任せるわ。それより、『猫の餌係』の方も早く呼びなさい。あの方たちがこの惑星について何かしっているはずだから。」
「了解です。情報局の翔士については、すでにここに向かっています。もうすぐ到着します。」
クファディスがそういったとき、艦橋の扉が開き、一人の女性翔士が入ってきた。
「星界軍情報局のべイカル副百翔長です。スポール提督、現状は認識しています。さきほど、地上世界から脱出した翔士の情報であれは、ウイルス兵器により、人間やその他の動植物が突然変異をして、他の生物を捕食するという行動にうつるようになっているみたいです。いわば、生物兵器の一種でしょう。」
「そうなの。それで、それに対抗する策はあるの?」
「ワクチンがあれば、感染しても大丈夫なのですが、今のところ、この艦隊ではないですし、現状の施設では作るのは難しいでしょう。」
「結局、お手上げということなのね。『猫の餌係』も役に立たないわね。」
「確かに閣下のいうことも、もっともですが、このような状況を作り出した、そもそもの原因は誰でしょうか?軌道上ならまだ、対処しやすかったはずですが」
紺碧色の髪の美女は、表情変えずに言った。
「(ああ、情報局の連中はなんて、無謀なんだ。スポール閣下に対してあんな嫌味をいうなんて)」
クファディスが心のなかでつぶやいたとき、スポールは紅の瞳でベイカルを一瞥して何かを楽しむように唇をゆがませた。
「そうね。でも今は、その過ぎてしまったことを議論するのではなく、この状況を打開するための努力をするべきね。それで、ベイカル副百翔長、あなたは王女殿下の救出部隊と一緒に地上世界に下りなさい。あなたの情報局としての力が必要なの。これは、命令よ。」
「な、スポール提督、それはどういうことです。」
ベイカルはあきらかに動揺していた。
「言葉のとおりよ。あんたの情報局としての能力があの地上では必要になるの。クファディス参謀長、救出部隊の編成に彼女も加えるようにね」
「はい、わかしました。では、さきほど決まった王女殿下の救出部隊の隊長であるソバーシュ副百翔長に伝えます。」
クファディスは、すでに地上世界の経験が豊富であり、彼にとって、もっとも信用できて、王女殿下の救出志願をうけていたソバーシュに救出部隊の隊長に決めていたのであった。
「・・・・・わかりました。ですが、救出作戦はあと40時間後にお願いします。その方が王女殿下を探すのに有効です。」
「どういうことなの、詳しく説明しなさい。」
「はい、さきほど、地上から帰ってきた翔士の体の一部から<人類統合体>製の電波虫が検出されました。それが、今回の通信妨害の原因です。そして、この電波虫を調べたところ、起動して48時間後に自動停止するように設定されていました。」
「なるほど、つまりあと、40時間後には通信回復が行われて、それによって、軌道上から殿下やハイド伯爵の位置がわかるということなのね。わかったわ。その方針でいきましょう。」
「はい、わかりました。では、ただちに準備に向かいます。スポール閣下のいいつけどおりにね。」さきほどは、驚きの表情を見せたが最後は、鉄仮面の如く無表情になり、ベイカルは敬礼をしてその場を去った。
「では、スポール閣下、私は軌道上で救出作戦の補佐に全力にあたります。」
「そう、クファディス参謀長、あなたの力量に期待するわ。それと・・・・・感染した翔士や従士の様子はどう?」
「はい、現在、隔離病棟において完全拘束状態で治療しています。」
「・・・・それは無駄ね。・・・・・できるだけ楽に死なせてあげなさい。それが彼らにとって、最良の選択なんだから・・・・・」
アトスリュア・スーニュ=アトス・フェブダーシュ男爵・ロイは苛立ちを隠せなかった。
司令室で何度も腕を組み、歩き回りながら、考えていた。
「アトスリュア司令、ソバーシュ副百翔長、ただいま、戻りました。」
「そう、それで、状況はどう?」
「あまりよくありませんが、とりあえず救出作戦のメドは立ちました。地上にはびこっている電波虫が後、40時間ほどで機能停止になるそうです。それを予定時刻として、降下して、王女殿下とハイド伯爵閣下を優先として捜索して、救出します。」
「そう、わかったわ。それにしても、あなたは、損な役割を引き受けたわね。」
「そうですね。でも、今回はあのときよりは、希望があるかもしれません。」
「あのときというと、ロブナス星系のときかしら?」
「ええ、ハイド伯爵閣下だけが地上に取り残され時より、可能性があります。今回は王女殿下もいるし、それにシュリル前衛翔士も二人と一緒にいる可能性が高いからです。」
「そう?麻薬中毒の囚人たちよりも、人を食らう屍の群集の方がマシかしら?」
「いえ、今回の状況の方が厳しいのは、明確ですが、私は信じていますよ。司令。あのアブリアルの姫君と私の戦友であるリン主計前衛翔士がこんな重力井戸の底で死ぬとは思えません。殿下は、こんなところで死ぬような方ではないですから。」
「そう、わかった。それで、一つ気になることがあるの。今回の救出部隊に従士は一人も参加していないわね。それに、地上世界出身の翔士も。これはどういうことなの?」
「はい、その理由を今、説明します。」
ソバーシュの説明によると、ラクーンシティを覆い尽くしているソンビといわれている歩く屍は、ウイルス兵器による感染が原因と見られていた。そのウイルスに感染した人間は、まず判断力と感覚を低下させ、体が腐食して死のふちへおいやられた。
そして、死んだ後、歩く屍となって、他の生物や人々を捕食するという行動に移らせるものであった。
その歩く屍に噛み付かれたり、ひっかかれたりすると、ウイルスが感染して、再びその感染者もゾンビと言われる仲間に加わるということであった。
しかし、このウイルスの効果は、地上人と生まれながらのアーヴとは大きな違いがあった。
アーヴはこのウイルスに感染すると地上人と同じように判断力と感覚を失い、体が腐食して死に至るのだが、それは死体のままであった。
詳しいことはわからないが、どうやら、アーヴの遺伝子と地上人が違うこと、特に不老化の細胞がアーヴをゾンビ化防止している可能性があることだった。
そして、それが今回、生まれながらのアーヴのみの救出部隊を編成した理由だった。
彼らは、死んで自分の仲間を襲うなんていうことをさせたくなかった。
少なくても、アーヴならその可能性は低い。感染しても、ただの死体になるだけで、他の翔士や従士に迷惑をかける可能性はないということであった。
「なるほど、わかったわ。どうやら、私たちはアーヴの誇りは死んでからも必要ということね。死体のままで友人を襲うということは、この忌々しいウイルス兵器を作った奴らもできなかったのね。」
「そのようですね。では、後40時間後に救出作戦を実行します。」
そういって、ソバーシュは敬礼をそっと行った。
「ええ、必ず成功させて。王女殿下とハイド伯爵閣下、それにシュリル前衛翔士を必ず救出するのよ。」
「ええ、私の誇りにかけて、成功させます。」
そういって、ソバーシュは振り返った。
「では、武運を祈っているわ。ユース」
アトスリュアは、ソバーシュの後姿を見つめながら、つぶやくようにいった。