The Echo ~Reflection of The FullMetalPanic~ 作:手拭
声が聞こえる。
自分の名を呼んでいる。
だが聞き取れない。
なんて言っているんだ?
朦朧とした意識の中で、聞こえてくる声を聴き取ろうと彼は必死に意識を向ける。
そんなことをしているうちにレナードの意識ははっきりとしてきた。
霞んだ視界に目を凝らす。
そして完全に目が慣れたとき、レナードはその顔を認識した。
「――吐け。貴様なにをしにここに来た!言わなければまずその耳を――」
「だからやめろっつってんでしょ!!」
スパーンという気持ちのいい音がし、エプロン姿のカナメがハリセンを振りぬいたのが分かった。
「千鳥。痛いじゃないか」
「当たり前でしょ!このバカ!」
自分に構わずそんなやり取りを続ける2人をレナードは呆然と眺める。
「・・・サガラ?」
「ほう。ようやく話をする気になったか――ち、千鳥!間接はダメだ!――痛い。痛い。痛い!!」
「こ・の・お・バ・カ!!話ができないじゃない!」
プロレス技をサガラへとなおもかけ続ける千鳥かなめ。
話が出来ない原因の一つは彼女にもあるのだが言わないでおこう。
突然現れたかつての敵に警戒こそしたものの行動を起こすことはやめておいた。
いや、今も敵のままか。
彼は白熱する目の前の試合から視線を外す。
周囲を見やり窓の景色を眺めた。
その部屋は洋室で、マンションの高層階。
窓の外には高層ビル。
どこかの都市部なのだろうことだけが分かった。
「―と。こんなことしてる場合じゃないんだった。どう?落ち着いた?」
「落ち着いたも何も状況がまるで飲み込めない。まあ、久しぶり?だねカナメ――」
なんともいえない表情を浮かべて、レナード・テスタロッサはそう言った。
実際の時間では、メリダ島での最終決戦時から1年もたっていない。
本来なら久しぶりというには短い期間なのだろう。
だがレナードは、そして恐らく彼女達もそう感じていた。
「ええ」
それだけ言ってカナメは黙る。
その表情が少し硬くなるのを見逃さなかった。
そこで自分たちの経緯をあれこれと思い出す。
自然と沈黙が流れた。
お互いに加害者であり被害者だ。
そもそものの部分において責任の所在はレナードにあるにしても、それは変わりが無い事実だ。
単純な人間関係に収まっていない関係性の故に言葉がはない。
そんな時、沈黙を破ってレナードに宗助がこう言った。
「捕虜にも食事が必要だ。千鳥、昼食にしよう」
その言葉で彼らはようやく次の行動を取ることができるようになった。
数分後の食卓。
「――で、ここはロサンゼルス。その南部の一角にあるマンションよ」
「なるほどね。よく分かった」
「それであなたは――」
レナードへの話を続けようとするカナメ。
しかしその言葉をレナードは遮った。
「――すまないカナメ。頼むからこの状態の違和感に気がついてくれないかな」
「え?って宗助!!」
「なんだ千鳥?」
ひたすらカナメの用意した食事を口にし続けていたサガラがこちらを向く。
「あんたなんで彼を拘束しっぱなしなのよ」
「当然だ。食事は与えるべきだが拘束は解くべきじゃない」
「おいサガラ。それで僕はどうやって食べるんだ」
後ろ手にガムテープと手錠で腕を拘束されたままの姿でレナードは聞いた。
「啜って食えばいいだろう」
「お前・・・どうやってジャガイモの入った固形物の料理を啜って食べるんだ」
新手の嫌がらせなのだろうか?
半ば呆れて言いながら思った。
カナメが用意したものは肉じゃがという料理だ。
一度ハヤテが作ったものを食べていた彼はそれを知っている。
「今すぐレナードの手錠を解きなさい!!」
「しかし千鳥――分かった。すぐに取りかかろう」
蒼い顔をしてダラダラと汗をかきながらサガラはカナメの指示に従う。
レナードの拘束が解かれた。
跡のついた両手を揉み解しながら笑って言う。
「やれやれようやく外してくれたか。まあ一応礼を言っておこう。ありがとう」
レナードは一応とばかりに礼を言った。
そんな彼を見て2人はピタリと動きを止める。
こちらをじっと見ている。
なんなんだろうか。
彼らを怪訝に思いながら聞いた。
「どうしたんだ?何か変な点でもあるのか」
「いやそうじゃない」
「ただ、あなた以前と印象がちょっと違うなって」
そう、2人は言ったのだった。
印象が変わった。
自覚は無かったが他人が言うのだからそうなのだろう。
そんな時、音が室内に響き渡る。
ピンポーン。
インターホンが鳴り、来客を知らせた。
「ああ、ようやく来たのね。ちょっと連れてくるから待ってて」
そういってカナメは玄関へと向かう。
その口ぶりからして知り合いなのだろう。
「サガラ。誰が来たのか分かるか?」
「さあな?俺にも分からん。それより、気安く人の名前を呼ぶな」
2人はそんな会話をしながら来客が部屋へと入ってくるのを待った。
――ドサ。
重い荷物が床に落ちた音がする。
その音に室内の男2人は振り向いた。
そしてそれぞれ違う意味の驚愕を覚える。
「た、大佐殿!?」
「テレサ?」
ガラスの扉を引いたまま部屋の入り口で固まっている人物。
それは誰であろうレナードの実の妹。
2度と会うことはないだろうと思っていた人物。
テレサ・テスタロッサその人だった。
テッサ乱入から数分後、彼の食卓は尋問の場と化していた。
「それでですねレニー。私達は勝利側としてあなたに――」
レナードは彼女の長い。それは長い話をずっと聞きながらカナメの肉じゃがを食べていた。
うまいな。
だがカナメ、まだ甘い。ハヤテはこんなものじゃないぞ。
肉じゃがを食べながらレナードは思った。
「ちょっと聞いてるの!?」
「――?。ああ聞いているとも」
もちろん嘘だったが正直に答えようものなら本当に命の危険すらあり得る。
さらっと冗談ぽい空気を醸し出しているが、互いに数ヶ月前に戦場で対峙した者同士だ。
それよりもやけに重そうなあの鞄の中身は何なのだ。
さっきから気になって仕方が無い。
というかテッサはレナードが嫌がるのを知っていてレニー。レニー。と連呼している。
――いいだろう。温厚な僕でも限界と言うものはあるんだ。その喧嘩買おうじゃないか。
はじめこそそう思ったが、つい最近巨大な兄妹げんかに負けたばかりなのを思い出してやめた。
そうして、なんというかだる気しか感じなくなったのでとりあえず話を聞くことにしたらこうなったのだ。
さすがにこのままずっと喋られるのも嫌なので話題を振ることにする。
「ところでテレサ。その鞄の中身は?――」
「全然聞いてないですね。まあそれは後でもう一度伝えることにします。
それの中身は彼です。あなたを倒した」
僕を倒した。
その言葉に思い当たる。
最後の名はARX-8 レーバテインだっただろうか。
バニが作りこんでいたという"彼"なのだろう。
しかしバニが結局のところ何を考えていたのか誰も分からなかった。
同じウィスパードであるレナードでも同じだ。
テレサは何か知っているようだったが、それを聞く前に敵対関係に入ってしまった。
AS等のテクノロジーに対しての知識は一線級であると自負する自分でも、かつて理解できなかったものが目の前にある。
ぼうっとその鞄を眺めているうちにテッサが鞄の中身を机の上に置いた。
そしているうちに、四角いハードディスクに収まった"彼"は繋がれた左右のスピーカーを震動させてこう言った。
「私はアルといいます。あなたがあのクソ野郎のパイロットですか」
「随分な言いようだが――アル――やっぱりバニの作ったAIか」
なんと口の悪いAIだろうか。
たぶんクソ野郎とはベリアルのことだろうな。
今のベリアルと討論させてみたいな。このAI。
「ふむ。実に面白いものを作ったなバニは。人間のようなことを言う」
「アルは私達と同じ思考の仕方をしているわ」
その言葉に得心がいく。
「なるほど。バニは人間性を作ろうとしたのか」
「その解釈で間違いではないと思うけど――驚かないの?」
「いや、最近似たようなものと邂逅したばかりでね」
納得のいかない様子のテレサを見やりつつ、アルへと声をかける。
「ARX-8 レーバテインのコアユニットで間違いないかな?」
「肯定。あの機体はメリダ島へのあなたの部下による核攻撃で消滅しましたが、その認識で問題ありません。
そしてあのクソ野郎は気に入りませんがあなたとは話ができそうです」
「言うじゃないか。気に入ったよアル。で、彼を僕に紹介してどうしようというんだテレサ?」
その声に押し黙るテッサ。
急に黙ったのでカナメと宗助もちらりとテッサの方向を見る。
彼女は何か言おうとして固まっていた。
「なんででしたっけ?」
視線を逸らしつつ頬に人差し指をあててそうつぶやいたのだった。
カナメが盛大にずっこける。
「ちょ。ちょっとあんたさすがにそれは。
というかなんでか分からないのにそんな重いもの持ってきたの?」
「テッサ――」
思ったことをストレートに言ったカナメと、テッサの方をなんともいえない目で見ている宗助。
「いえ!私だってきっと何も考えずにつれてきたわけじゃ!」
「それ覚えてないじゃない・・・」
「軍曹。退役したとはいえ上官に対して失礼ではないでしょうか」
「なんだとアル。そんなことを言えばお前は現役の頃から失礼だったぞ」
目の前でまた始まったコントに半目になる。
僕はこんなふざけた連中に負けたのか。
しかし目の前で繰り広げられる光景に見覚えを感じる。
そんなことは無いはずだが。
――ああそうか。
――ハヤテと守護騎士達、そして自分の日ごろの生活か。
それを眺めながら彼は苦笑した。
なんというかもうすっかりハヤテ達といることに慣れきっていたのだなと思う。
「どうしたの?あんたはあんたで突然笑って」
カナメがこちらの表情を見逃さずそう聞いてくる。
「いやなんでもないよ」
先程、印象が変わったとの話があったことを思い出した。
なるほど。
多少は自分にも変化があったようだ。
悪い気持ちではない。
目の前のああしたやり取りにぬくもりを感じる程度にはまともなようだ。
――もっと早くからハヤテ達と会えていれば良かったな。
打って変わってふとした思いがよぎる。
結局自分達はハヤテを1人残してしまった。
守護騎士は全員が吸収の憂き目に。
自分は自分で、彼女を守ったとはいえ致命傷を。
その、脳裏に浮かんだ致命傷という言葉に思い出す。
そうだ。少し懐かしさを感じるこの面々と対談する直前まで自分は戦場にいたはずだ。
そして深手を負ったのだ。
腹の辺りに触れる。
――傷が、ない。
どういうことだ。
愕然とした。
直前までの記憶は紛れもなくあれが事実だったと確信の得られるものばかりだ。
「聞いてくれ、ここは死者の国か何かか?」
「お前は突然何を言い出すんだ」
顔をしかめながらサガラが言った。
「たしかに死んでいてもおかしくはないが、というか俺から見てお前は絶対に死んだはずだ。
だがこれは間違いなく現実だ。非常に気に食わないことにな」
行動する時、誰よりも現実的な男がそう言った――
それからしばらくからかわれたり嫌味を言われたりしながらひと時を過ごす。
アマルガム。
ミスリル。
それぞれの仲間。
現状の生活ぶり。
そうした話は当然のようにレナードにも回ってくる。
それらを本当に事実ありのままに話した。
現在の生活のうち、魔法の部分のみ伏せて。
なにせ『魔法使い始めました』などと言う訳にもいかないだろう。
口にした途端に病院に連れて行かれそうだ。
まあウィスパードである自分が病院などに行こうものならすぐにでも拉致――
いや考えるのはやめよう。
そんなことよりもだ。
アメリカ式のサインで屋上へ来いと言っているあの男と話をつけなければいけないだろう。
立ち上がって周囲に声をかける。
「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
「捕虜に同行しよう」
それぞれそう言って屋上へと向かった。
ロスの街並みを見下ろす。
「寒いな。今は何月だ?」
「12月だ。おそらく気温は10℃前後だろう」
レナードの質問に律儀にサガラが返して、それだけで会話が終わった。
まあそんなものだろう。
最後に奴が銃を。
こちらがスイッチを。
ある意味、あの時だけ真剣に対峙した者同士だ。
それまで邪魔なバリケードか、もしくは路傍の石くらいにしか互いに思っていなかった。
しばらく何をするでもなく街並みを眺め続ける。
日は既に傾いており、日没まで数十分といったところだろう。
日本語で言うとなんだったか。
たしか僕が発音できなかった、オウマガトキとかいう時間だ。
ハヤテに教わったんだったな――
「お前はまともになれると思うか?」
勝手に想いに耽っていたレナードに突如として宗助が声をかけた。
まともになれるか?
たぶん、まともになりたかったんだ。
思い出す。
メリダ島での最後の会話の続きなのだと気がついた。
まともになれるのか?
まともになれるのか?
まともになれるのか?
繰り返し自問する。
目を瞑って深く思考を回してから、ゆっくりと答える。
サガラはこちらの答えを聞くまで答えるつもりはないようだ。
そして答えた。
「分からない」
結局のところ、この言葉に行き着いた。
自分はまともになりたい。
本当にそう願っていた。
だが、できるのか?
本当にわからない。
そのまま渋い顔で、景色を眺めた。
今、誰かの顔を見るような気分ではない。
そしてそんな態度のレナードに。
「そうか――なら、俺が教えてやろう」
そう言って、相良宗助は拳を振るったのだった。
別のことに集中していたレナードは横面を殴打され屋上の床に倒れた。
口を切ったのか鉄の味がする。
「ッ――何をするんだお前は」
床に座ったままサガラを睨みつけた。
「いい目だ。さあ立て。俺が答えを教えてやろうというんだ」
そういってサガラはさらに腰から軍用ナイフを引き抜き構えた。
本気だ。
こいつはここでメリダ島の続きをするつもりだ。
気配や雰囲気からそれを感じ取ったレナードも構える。
丸腰だが、今の自分には守護騎士達と共に養った近接戦の心得がある。
「ほう。やはり貴様も、ただ穏やかな生活をしていたようではないようだ」
「分かるのか?でもまあ、やっぱりお前はまともになんかなれないよ」
「お互い様だ――では、いくぞ」
サガラの言葉を最後に決戦が始まった。
距離をつめる。
ナイフが右から迫るのを体を逸らして避ける。
右脇腹を狙って拳を放つ。
放った拳を狙ってナイフの斬撃がくる。
慌てて制動をかけ留まる。
動けないその数瞬を狙われ突き飛ばされた。
鋭い突きが迫る。
柔軟性と剛直さ。
力としなやかさの備わった戦闘のプロによる一撃だ。
その一つ一つが、レナードにしてみれば重い。
元々兵士ではない者が、特殊部隊員よりもポテンシャルを持つ者を相手にすることが無茶なのだ。
力の差は歴然だ。
戦闘にこそなっているものの、丸腰である状態では結果は分かりきっている。
徐々に、レナ―ドは追い詰められていく。
足払いがかけられた。
あれを受けてはまずい。
避けながら問う。
「教えると言ったな。何をだ」
必死に避けた矢先、向かってくる刃から顔を逸らす。
頬に切っ先が触れていたのか血が流れるのを感じた。
「お前は客観的に考えている。それは正しいが、正しくはない」
どういう意味だ?
そうしている間にも突きが来る。
そう思って後退しようとした。
だが背中が物体にぶつかるのを感じる。
しまった――後ろがもうない。
その隙を見逃さずに刃はやってくる。
心臓に突きたてられる!――
目を逸らさずに、その軌道を予測する。
せめて逸らすくらいはできるだろう。
そして、
レナードに突き刺さる寸前でナイフはピタリと停止した。
突然動きを止めたサガラを不審に思い様子を伺った。
サガラは納得のいかない表情をしながら言葉を続ける。
「その瞳だ。その瞳でいい。立ち向かう、その瞳が重要なんだ」
「何か、僕を試したのか」
「ああ。お前が以前と同じ。つまりまた同じようなことを考えそうであればここで仕留めるつもりだった」
本心だろう。
TARTAROSによる世界の変容。
それをもう一度あれを行うといったらこちらを殺すつもりだったと言っている。
「そのつもりはもう、ないさ」
「そのようだな」
無意識に出た言葉を口にした。
それに納得したのかサガラはナイフをしまった。
「お前は短期間の間に、随分と経験を積んだようだな」
「まあ、いろいろあったからな」
守護騎士達との日々が知らず経験となっていたようだ。
勝つことまでは出来ないまでも殺傷を目的とした戦闘のプロ相手に丸腰で数十分持ちこたえていた。
気がつけば、日没寸前だ。
「ああ。非常に納得はいかないが、お前はもう戦士だ」
「なに?」
「あの瞳だ。最期まで抗おうとしていた。俺の一撃を、まばたきすらせず、見ていた。あの瞳が何よりの証拠だ」
どういうことだろうか。
「ナイフを見ていた瞳が戦士のそれだったと?」
「ああ。お前の目はそう。俺や俺の戦友たちのしている瞳と同じだ」
自分達と同じだと。
そう、相良宗助は言った。
その言葉に悟る。
つまり。
もう以前の関係ではなくなったということだった。
「俺は戦士じゃないんじゃなかったのか」
「一人称がまたぶれているが――まあそうだな。前言撤回だ。
以前のお前は確かに戦士ではなかった。だが今は認めよう。今のお前は戦士だ」
――それも一流のな。
宗助は、その一言だけは黙っておいた。
どういう訳か知らないが、今のレナードは自分達とまるで同じ。いや完全に同じだった。
自分相手に丸腰の人間が、それも地上戦を行う兵士ではなかった者に数十分というのは通常考えられない。
それだけ目の前の男が手練になっているということを示していた。
それに今言った、瞳の話。
何よりもあの瞳。
レナードの瞳が、全てを物語っていたのだ。
「話がまるで見えないな。このテストに何の意味があったんだ?」
「まあそう言うな。お前にも有益だったんだ」
「怪我をしただけだぞ」
「これから有益になる」
そう言って話を切って、間を整えてから宗助は本題を話すことにした。
16.それは答えのない答え(前編) fin
2016.9.10
全話、あとがきを削除しました
バックアップは取っています。