The Echo ~Reflection of The FullMetalPanic~ 作:手拭
人は何故絶望するのだろうか。
―自らの命運が悲惨な末路を辿ることを理解したから。
―もはや何の手を尽くすこともできないことを理解したから。
人は何故諦めるのだろうか。
―巻き込まれた出来事がどうすることもできないことだと思うから。
―衝突した壁が絶対に乗り越えられないものだと思ったから。
人は何故悲しむのだろうか。
―本当はそうあってほしくはないから。
―それが容易には受け入れ難いことだから。
願望機である筈の自身の意志が折れていることを自覚して、彼女は自嘲的に嗤った。
自らの本体である書に改変が加えられてからというもの、幾度となく書と主の歩んだ末路を目にしてきた。
初めは滅びを迎える主達に警鐘を鳴らし、回避しようと試みた。
だが、闇の書はそれを許さなかった。
途中からは書に再度の改変を加えようと試みた。
だが、闇の書はそれを許さなかった。
最後には他の強大な力で自分たちの破壊を試みた。
だが、闇の書はそれを許さなかった。
書の転生の度に代わる主達。
そのほとんどが欲にかられ豹変した者達ばかりだったが、中には自分たちをを理解する者もいた。
けれど、何故か。
本当に何故か、必ず全てが終わってしまう。
僅かな希望すら幾度となく打ち砕かれていく内に、自覚すらないままに彼女は絶望してしまった。
そのうち、彼女はこう思うようになった。
闇の書の主は、始まった時が終わりだと。
滅びは避けることのできないものだと。
そうして、その瞬間から彼女にとって滅びは避けられないものとなってしまったのだった。
空戦魔導師達、つまりはなのはとフェイト、クロノの三人は善戦していた。
だが人間の領域を出ない彼らには限界がある。
一方で古代ベルカのロストロギアである管制人格――数時間後にリィンフォースと呼ばれることになる彼女は、現界できる限り無尽蔵に力を振るえる。
彼女は、圧倒的なまでの力を行使した。
そんな彼女を相手に、今なお死んでいないこと自体が奇跡に近い。
そしてその事実を、彼女は不思議だと感じている。
まず、魔剣となったベリアルを振るい近接戦闘を行った。
視認することすら困難なほどの高速戦闘を繰り広げる。
驚くべきことに、金髪の魔導師はその速度に対応してきた。
常人ならば踏み込むことをためらう場面に、何の躊躇もなく踏み込んできた。
さらに言えば瞬間的な速度だけなら、リィンフォースを上回ってきた。
致命傷を与えられないと判断した彼女は、自らの内に相手を取り込むことで対応せざるを得なかった。
そして残り二人となった。
続けて、近接戦闘を行った。
黒い魔導師の動きのそれは、熟練の戦士のものだった。
まさか、この時代で素手による格闘と魔法による戦闘とを同時に行える者がいるとは思わなかった。
急所を心得ている攻め手は、整っていながらも無拍子で繰り出される拳と魔法を組合せで対応困難なものだった。
近接戦において致命傷を与えられないと判断した彼女は、空間攻撃で相手を撃墜した。
今、残る敵は一人となっている。
彼女は、この残った一人が一番不思議だった。
他の二人と比較して、近接戦の心得はあまりない。
攻め手といえば収束砲撃や魔力弾のみで、パターンもあまりない。
実力の開きには、それこそ絶望的なものがある。
だというのに一向に決め手を打てなかった。
そして目の前の相手の瞳から、その意志が消えることは決してなかった。
なぜ、諦めないのか?
根源的な問いが、首をもたげてくる。
思えば三人に共通して言えることがあるのではないか?
三人とも同じ瞳をしていた。
動きを止め、視界に映る敵へと視線を向ける。
相手である白い魔導師と瞳があった。
彼女はまっすぐと、今でもその不屈の意志を湛えた瞳でリィンフォースを見つめている。
『フェイトちゃん!!』
『――永遠の眠りを』
『永遠なんてないよ――』
先ほどのやりとりを、リィンフォースは思い出した。
彼女の恐らく親しいだろう金髪の娘を取り込んだ時のことだ。
永遠などない。
その言葉が、リィンフォースの心の奥底に浸透していった。
何故かは分からない。
絶望的なまでの力関係。
撃墜された仲間。姿を消した仲間。
免れない滅び。
これだけの状況にありながら残る一人は諦めていない。
何故だか分からない。
眼前にベリアルの魔力刃を掲げ、相手の動きを待った。
何故自身から仕掛けないのか。
何故かは分からない。
これまでの騒音が嘘だったかのように静かになる。
対峙する二人の間を吹き抜ける風と、眼下に広がる海から届く潮騒の音だけが周囲を満たしている。
数秒が数分に感じられる。
そんな中、高町なのはポツリと呟くようにこう言った。
「分からないよ」
視線は依然、リィンフォースへ向けられたままだ。
分からない。
何がだ?
そう思った彼女に、なのはは続ける。
「あなたはなんで泣いてるの?」
「――」
諦めていたなら泣いたりなどしない。
また一つ、目の前の敵の言葉が蘇り彼女を追い立てる。
どうしようもなく息苦しい。
何故だかはわからない。
「私がナハトを抑えていられる時間ももう残り少ない。お前ももう眠れ」
「それはさっき聞いたよ」
そうじゃないの。
そう言うように高町なのはは首を振る。
「ねえ。管制人格さん。私、諦めたくないの」
彼女は告げる。まっすぐに。
「だからお話し、聞かせてもらえないかな」
そう告げて数秒間、相手であるリィンフォースの様子をなのはは眺めていた。
どんな事情なのか分からない。
どんな過去があるのか分からない。
何を考えているのか分からない。
だから知りたいと思う。
泣いている子には手を差し伸べたい。
レイジングハートも主を支持するかのように瞬いている。
高町なのはは、フェイト・テスタロッサという親友を得た。
悲しそうな、そして寂しそうな顔をするフェイトをなのはは放っておけなかった。
何故か?
その顔はたぶん、ほんの少し前まで自分が浮かべていた表情だったから。
ジュエルシードを巡って幾度となくぶつかり合った。
最初の内は、認めてすらくれなかった。
でも繰り返すうちに話ができるようになった。
それを繰り返した後の結果として、今がある。
全部が納得できる形にはならなかったけれど、今があるのは自分が真正面からぶつかっていったからだ。
そして目の前のこの相手、管制人格も、かつての自分やフェイトと同じ顔をしている――
だから、諦めたくない。
だってあなたは悲しんでいる。
本当は、納得できないから。
本当は、なんとかしたいから。
だから、話を聞かせてほしい。
「無駄だ――そしてもう終わりにしよう」
しかし、そんな思いも虚しく彼女には届かなかった。
そして、それでもなのはは諦めない。
「いいよ。絶対に通すから」
ひと際大きな魔方陣がなのはの足元に展開される。
視界の先にはいつかフェイトが使用した魔法を展開するリィンフォースの姿がある。
「諦めて、悲しいままで進むことなんて認めない。だってあなたは泣いてる。
レイジングハートだって力を貸してくれてる。泣いてる子達を助けてあげてって。
だから私はあきらめない!」
「一つ覚えの砲撃が通ると思ってか?」
「A.C.S Stanby...Ready」
「通るよ。だって想いは必ず届くから!!お願い!レイジングハート!!」
不屈の心の名を叫ぶ。
願いを込めた流れ星。
その瞬間、彼女は流星となった。
一筋の流れ星はまっすぐに闇の書の融合騎へと至る。
それは突撃槍だった。
魔法を推進力にして、爆発的な加速でリィンフォースに迫る。
プロテクションが間に合わない。
だからリィンフォースはベリアルを用いて不可視の障壁でそれを防いだ。
魔法ですら解明できないその不可思議な現象。
それはやはり、なのはの槍をも食い止めた。
ギチギチという音を立てながら空中で拮抗する。
――だが、それでも高町なのはは諦めなかった。
「レイジングハート!!」
「Cartridge load(カートリッジロード)」
もう一度その名を呼んだ。
カシュという音が何度も響き、廃熱ととともに全カートリッジがロードされる。
そして強く願う。
――お願い届いて!!
本来であれば現実の現象自体に干渉するラムダドライバが引き起こすその現象。
それは電力こそ消費するものの、魔力を消費する魔法とは本質が異なる。
あくまで物質的なエネルギーを生み出し、結果を引き出すのが彼女たちの魔法。
対してオムニスフィア反応転移装置が引き起こすのは物理現象自体の発現だ。
だから本来、なのはの槍は届くはずがなかった。
しかし――奇跡は起こる。
管制融合騎は目を見開く。
拮抗していた見えない障壁と敵の槍とのバランスが崩れていく。
ラムダドライバによる障壁をゆっくり貫いて、槍の穂先が自らに近づいてくる。
そして、
「まさか――」
「届いて!――ブレイカァァアアア!!」
至近距離で放たれた砲撃が、リィンフォースの視界を桃色に染め上げたのだった。
夢でも何でも構わないが、レナード・テスタロッサは世界を壊した。
その行動は、彼が新たな世界を選択したことを意味する。
彼には今、明確な意志がある。
想いを伴った行動で、現実を変えようとしている。
今、何度目かの瞼を開くという行為を行う。
目の前には自らが望んだ場所が広がっていた。
管制人格――リィンフォースが高町なのはという子から魔力ダメージを受けたとき。
彼はようやく、彼の居場所へと帰ってきたのだった。
空に咲いた爆炎はその威力を物語っている。
その光景を眺めていると、煙を突き破ってなのはが飛び出してきた。
ダメージを与えたという確信があるのだろう。
今しがた自身が飛び出してきた場所を注意深く観察しているようだ。
そんななのはに、レナードは背後から近づいていった。
「とんでもない光景だけど、何をやったんだい?」
「うひゃっ――なんだレナードさんか――!?!?」
「子供にそんな驚き方をされるのは初めてだよ」
なのはは目を瞬いた後、ごしごしこすってなお目の前にレナードがいることを確認した。
「ゆ、幽霊かと思いました」
「直球が多いよね君。まあハヤテと気が合いそうでなによりだ」
噛み合っているのか噛み合っていないのか分からない会話に混乱するなのは。
その様子を見てひとしきり笑った後レナードは先を促した。
「それでどういう状況なのか教えてくれるかな」
「ああ!えっと・・・私が魔法で管制人格さんを撃ちました!」
「いや、それは見たら分かる」
自分が取り込まれる寸前の状況から考えて、あの煙の先にいる相手は間違いなく管制人格だろう。
「なのは、それじゃ彼は分からない」
「クロノ君!」
そうしている内に、クロノが戦線へと復帰する。
「あれ。生きていたのかクソガキ」
「それはこっちのセリフだレナード」
扱いの差に特に不満はない様子でクロノは平然と返した。
とはいえ、彼はボロボロだ。
あらゆる箇所に切り傷と擦り傷を作り、バリアジャケットは半壊。
たぶん再構成する魔力もないのだろう。
「なんにせよ。生きていてくれて良かった。これで僕の意地も多少は通る」
「別にお前の意地で生きている訳じゃないんだが」
「け、喧嘩してる場合じゃあ」
話が逸れていきそうなのを、必死になのはが留める。
その様子を見て、しぶしぶといった感じでレナードがクロノに聞いた。
「その様で、闘いに戻ってきたわけじゃないんだろう?」
「ああ。面目ないがその通りだ。君には艦長と話をしてほしいんだ」
その言葉と同時に、クロノはデュランダルの先を視認しやすい位置に突き出す。
その先端にディスプレイのようなものが展開された。
そのディスプレイには、いつか会った艦長、リンディ・ハラオウンが映っている。
『お久しぶりですね。レナード・テスタロッサさん』
「ええと――ああ。奇怪なお茶の人」
『?―まあいいけれど、あなたにお話があるのだけれどいいかしら?』
「管理局が、それも敵のメンバーの一人である僕に話があるのか?」
『あなたにお願いしたいことがあります』
そうして突如として始まった会話は、次のようなものだった。
今回の事態は、管理局側の不手際も多かった。
故にクロノの独断を許したり、グレアムの狙いを調べることで事態に対して後手に回ることとなった。
しかし管理局として、また過去の事件の被害者としてこの事態を解決したい。
リンディたちは協力を惜しまない。
代わりに、そこにいるなのはやクロノと連携して事態に当たってほしい。
対価としては、事態終息後に特別の計らいをする。
「つまり、自分たちの不手際で引き起こした事態を解決するのに協力してほしいと?」
『丸っきり私たちのせいだけとは言えないと思うのだけど?』
「まあそうだな」
提案の内容としては悪くない。
「分かったよ。詳しい話は後でしよう」
『快諾してくれて助かるわ。それと増援はもう送っています。
ついでだけれどクロノ執務官。後でお話があります。覚悟しておきなさい』
そう言って通信は閉じた。
「だそうだが?クロノ執務官」
「・・・覚悟しておこう」
直後にまた通信が入る。
『あ!馬鹿クロノ!!やっとでたんだ。今武装隊の人たちとそっちに向かってる。時間がないから手短に――』
喧しいほどの勢いで、ユーノ・スクライアと名乗る人物がまくし立てはじめる。
さらにその最中、黄色い魔方陣が突如現れる。
魔方陣からはフェイト・テスタロッサが出てきた。
「フェイトちゃん!!よかった」
「心配してくれてありがとう。なのは。――あれはレナードさん――!?!?」
「フェイトちゃん。私と全く同じ反応してるよ・・・」
通信で会話している二人を他所に、そんなやり取りを交わしていた魔法少女二人だった。
未だ晴れきっていない煙の先から管制人格の絶叫が響る。
「アァッァアアアアアアアア!?」
ハッとした様子で誰もが振り返った。
徐々に晴れていく煙幕の先を見据えるように視線を飛ばす。
苦しみ、もがく管制人格。
その異様さに言葉を失う。
あらゆる箇所から魔法が飛び出し、その体を傷つけている。
鎖が彼女の体を拘束して締め付けている。
――ごめんな。ちょっとだけ痛いの我慢してな。
――この子と戦ってる人。助けてください。私がこの子を抑えます。
「ハヤテ?」
「今のは彼女の声か?」
「たぶんそうだ。しかしこれは・・・」
『融合を解くには、魔力ダメージを与えるのが一番だよ』
その光景がディスプレイの先にも見えていたのかユーノがそう言った。
「中にいるはやてちゃんを助けないと」
「ユーノ。魔力ダメージを与えるって具体的には?」
『えっと。分かりやすく言うね?つまり、全力全開で――』
全力全開でぶっ放す。
なんとも物騒な言葉だが一番わかりやすく手っ取り早い解決方法だった。
「僕らじゃ役不足みたいだな」
「レナードさん。今は私たちに任せてください」
「お願いします」
懇願する声に、頷いて返す。
敵対関係にあった彼、または彼女たちと手を組む日が来るとは夢にも思わなかった。
「いや。僕の方こそお願いするよ。彼女を止めてほしい。そしてハヤテを助けてほしい」
「「ありがとうございます」」
「と、言うわけだ。少し離れたところへ行くぞクロノ」
「ああ。やっと名前で呼んでくれるのか・・・」
「すまなかった。行くぞ。クソガキ」
「どうしてそこで言い直したんだ!?」
頭を抱えながらもクロノがレナードの後をついていく。
なんだかんだここに至るまでの責任は感じているのだろう。行動が素直だ。
そして丁度、予定位置についたとき始まった。
「n&f中距離殲滅コンビネーション――」
「――ブラストカラミティ」
極光が、放たれ叩きこまれる。
なのはの収束砲撃を軸にして複数のブラスターが絡んでいく。
「アアアアァアアァアアアァアア――!」
管制人格からの絶叫が、砲撃の音に掻き消されていった。
なおも砲撃は続いている。
もし、ほんの少し結果が違っていたなら。
当初の自分の、今から思えばなんとも愚かしい"予定"を思い起こす。
「本当なら、ああした役割を負うのは僕だったんだ」
「・・・そうか」
独り言のつもりだったがクロノが相槌のみを返した。
だが、そうなっていはいない。
彼らの同胞として、家族としてあることを望んだのだ。
ここに悲観は一切ない。
だから自分が救わなくてはならない。
誰よりも強い思いを抱いて、彼は事態に向き合っていた。
18.それは諦めていたこと fin
2016.9.10
全話、あとがきを削除しました
バックアップは取っています。