The Echo ~Reflection of The FullMetalPanic~ 作:手拭
夢を見ていた。
ある小高い丘の上、海に面した場所だ。
「―――家――議をし―しょう」
見覚えのある少女がそう言っている光景が目に写っている。
見間違える筈も無い、彼の唯一の肉親だった。
途切れ途切れで聞こえるその声は何を言っているのかまでは分からない。
だが、その墓に葬られたであろう人物に贈った言葉だとは分かった。
――こんな僕でも思っていてくれるのか
頭の悪い、莫迦な妹と思っていた。
現実を受け入れず、手に入れた武器(オモチャ)で自分を誤魔化しているだけだと――
いや、それは自分だった。
ようやく気がついた。
『彼女は知っているんだ!』
あいつのそんな言葉だけで、あのとき自分が動揺した意味を理解する。
ああ。僕が悪かった。だから素直に―――
「謝ろう」と夢の中で彼女へ彼が言おうとした時、目が覚めた。
珠のような汗をかいている。
張り付いた自分の着ているシャツに不快感を感じながら身を起こした。
なにか悪夢でも見ていたのか?と思う。
とりあえず顔の汗を拭おうと手で自分の頬に触れたときにそれに気がつく。
「―?――僕は泣いていたのか?」
現に自分の頬を触れて手が濡れているのだ、そうなのだろう。
はてどんな夢だったか、そう考えたところで思い出す。
テレサ・テスタロッサ。
彼の妹の夢だった。
夢の中で彼女は、墓標の前で何か言っていた。
その墓の主に対して何か言葉を贈ったのだろうか。
いや。そんな筈は――ない。
何しろその墓標に刻まれていた名前は自分のものだった。
あれだけ派手に殺しあったのだ、
そんな筈があるわけないだろうと思う。
しかしレナードは、彼女が自分に対して何か言葉を贈るなど到底思いつかない反面で、
いつか確かめられる機会が訪れることに期待していた。
そんな身勝手な自分に苦笑する。
ああ、これで良かったんだ――テレサ。
本当に勝手なのかもしれないがそう結論付けた。
結果自分は彼女に負けたのだ。
敗者は勝者に対して何も要求することはできない。
そしてもう2度と彼女と会うことはないのだろう。そう思った。
ふと、思い描いていた彼女の顔が最近頻繁に見るようになった娘の顔へと変わる。
八神はやて。
実の妹以上に年の離れているその娘はレナードにとって不思議な存在だった。
正直な感想で言ってテッサ以上にあれな言動をすることのあるこの娘のことを、最初は苦手だと感じていた。
さらに言えば、いつ追っ手が来るか分からない状況だと思ったためさっさと礼を言って立ち去ろうとすら考えていた。
そこで強く引きとめられる。
何度説得しようとも頑なに首を縦に振らない彼女。
ふと見ると、とても不安そうな顔でこちらを見ているではないか。
――なんでお前の方が不安そうな顔をしているんだ。
そこでつい、可笑しくなって笑ってしまったのが自分の運の尽きだった。
自分に合わせて、その少女は笑う。
後ろの怖い女性達の目だけは笑っていなかったが――
――分かった。体も動かないことだ、しばらくここにいることにしよう。
それは自分の言葉だ。
なんであんなことを言ったのだろうか。
結局ずるずると数ヶ月も一緒にいることになってしまっていた。
というか今では一緒にいることに違和感さえなくなってしまっている。
彼は気がついていなかったのだが実はそのとき、穏やかな表情を浮かべていた。
それを見て、そして聞いて、彼女は本当に嬉しそうにしていたのであった。
彼が回想する中、その一部始終を"ソレ"は眺めていた。
どうやら自身が興味を向ける対象は意識を覚醒させたらしい。
そして、周囲に彼ら以外の何者もがいないのを確認した"ソレ"は、今しがた身を起こした対象へと声をかけた。
「It had happened? What(何かあったのですか?)」
耳元でささやいたその声にベッドから転がるようにして飛びのきナイフを構えた。
油断の無い構えで自身がいたベッドの方を見る。
そこにはなにもなかった。
「・・・やれやれ。ささやきの声はなくなったというのに今度は幻聴か」
疲れているんだろう。体もまだ本調子ではない。
自身の幻聴ということで事を済ませ、ベッドへ戻って再び寝ようとした。
だが、またも"ソレ"は声をかける。
「No This is a reality(いいえ これは現実です)」
今度は机の方からだった。
今度こそ聞こえた。
間違いない、これは幻聴などではない。
その電子音声のような声の主を探す。
彼はノートPCとベリアルの残骸が置いてある方向を見てそれを見つけた。
空中に、黒い宝珠が浮いている。
まだ夢の中か?
彼は一瞬そう考えたが、万が一現実だと自分の身が危ないな。
そう考えなおして"ソレ"にお前はなんだと質問した。
「I have no idea(さあ、まったくわかりません)」
妙に人間味のある返答をよこすそれに、眉根を寄せて思考しつつも警戒するレナード。
そんな彼にかまわず立て続けに黒い宝珠はこう言う。
「By the way...I'd like you to help me(ところで、私はあなたに助けてもらいたい)」
「You have right to be my master(あなたには私の主になる資格がある)」
「And I am able to help him(そして 私は彼を助けることが出来る)」
レナードが黙っている間にそう告げたあと、黒い宝珠はそれ以上声を発さなくなった。
あれが"彼"と言っているのはおそらくベリアルのことだろうと検討がつく。
「お前にベリアルを直すことが出来るのか?ならそれができたならばお前を助けてやろう」
どうせ夢かもしれないのだ。彼は今でもそう思っていた。
なら試してみるのも面白いではないか。
昔からそういうところのある彼は、興がのったとばかりに黒い宝珠にそう告げる。
「Do me become my master?(私の主になってくれるのですか?)」
「それがお前の望みならな。まあベリアルを修復する方が先だが」
そう応えた彼の声を聞き、数秒間黒い宝珠はチカチカと点滅を繰り返した後でこう言った。
「Ok...Me let me touch him please(分かりました... 私を彼に触れさせてください)」
そう言うと、レナードの手元にゆっくりと黒い宝珠は浮遊してきた。
手にとって物理的に接触させろということなのだろう。
ためらいもなくレナードは黒い宝珠を指先でつまむとそのままベリアルのハードとTAROSのコアへと近づける。
すると黒い宝珠が感謝の声を伝えてきた。
「Thanks you. You are my master from now!!(ありがとう 今から貴方は私のマスターだ!!)」
まだ何もしていないのに何を――と言おうとしたところで黒い宝珠は突如、強烈な光を発し始めた。
閃光手榴弾並みの、そのまばゆい光に目を焼かれないよう自分の腕で顔を覆う。
数分が経過したかと思われた頃に、ようやく腕から顔を離すことが出来た。
「突然何を――!?」
するんだ。という声を失って机の周辺を見る。
彼はその光景を見て愕然とした。
ベリアルの残骸やノートPCは丸々無くなってしまっていたのだ。
すぐさま自分の手の中にある黒い宝珠へと問いただす。
「お前はなにをしたんだい?」
「It was prey on him(彼を捕食しました)」
こともなさげにあっさりと黒い宝珠は返答する。
捕食した?何をだ。
聞くまでも無い。おそらくベリアルの残骸のことだ。
詳しく聞いてみると、自身の演算に支障をきたしており自らの機能存続の危機だったという。
そのため失われた部分を補うためにベリアルとそのTAROSを欲したのだそうだ。
つまりレナードは黒い宝珠に上手にやられてしまっていた。
「だが直すといっておいてこの状態では・・・データとかTAROSはどうしたんだ?」
「There is no problem in that regard(その点については問題ありません)」
どういうことだ。
そう追求するレナードに黒い宝珠は続けた。
「Speaking(私です)」
数秒ほど、理解するのに時間がかかった。
だがそういうことだ。
こいつは今自分こそがベリアルだと言ったのだ。
つまりベリアルの元の機能を保全した上で取り込み、その機能は使用可能だとそいつは言っている。
「ええと、じゃあなんだ、お前はベリアルのやっていたことを――」
できるのか。と、彼がまた質問の言葉を口にしようとしたとき自分をベリアルだという宝珠が告げた。
「It is the enemy attack(敵襲です)」
「Barrier Jacket deployment(バリアジャケット展開)」
宝珠の言葉と共にレナードはまた光に視界を奪われることとなった。
「だからさっきからなんなんだ!?――」
と、自分の姿の変化に気がつく。
それは黒い外套だった。
古いサイレント映画に出てくるような外套をレナードは身にまとっていた。
なんだこれは?そう思う間すら与えずに黒い宝珠は次々と機能を展開していく。
「Auto Protection System Start-up(自動防御システム起動)」
「arch Form(弓形態)」
するとレナードの手に明らかにどこかでみた記憶のある弓の形状をとりソレは収まる。
――アイザイアン・ボーン・ボウ――
かつて自分が設計したものだ。見間違えるはずが無い。
違う点があるといえば人間サイズであることと、宝珠が手元の付近に埋まっているくらいだ。
そして最後に言った。
「Transfer And Response Omni-Sphere System Start-up(オムニ・スフィア転移反応システム起動)」
間違いなくこいつはそう言った。
TAROSを起動したと。
そんな言葉に気をとられている中、なおも宝珠は告げる。
「Please avoid(避けてください)」
その言葉に、なぜか背筋に悪寒が走った。
だから彼は言われたとおりベッドの方向へと体を投げた。
瞬間、
轟音が八神家を揺るがした。
・・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・
レナードと宝珠が邂逅する少し前。
烈火の騎士であるシグナムは共に主を守る騎士である仲間達と一緒に、
八神はやての寝顔を眺めていた。
この心優しい主を必ず守り通さなければいけない。
――魔力の蒐集はしない。
騎士として、主の守護者として誓いを立てた。
だが、彼女達はその誓いを破っている。
その誓いは願いと己が宿業とも言えるようなものとなり、今ではこうだ。
――たとえ騎士としての誇りを捨て、この身を外道に堕とそうとも、必ず主を守り抜く。
彼女達は自らを引き換えにしてでも寝室で安らかな寝息を立てる、彼女を守るつもりだった。
「行くぞ」
仲間達は無言でシグナムの言葉に従う。
これが最後の魔力蒐集だ。
我らは主への誓いを破り、闇の書のページを集めた。
騎士としてはもう名乗ることは出来ないかもしれない。
だが―
だが、それがなんだというのだ。
何があろうとも必ず主を守り、そして救う。
ヴォルケンリッター達の決意は固かった。
「いや。こうも上手くいかれては私が困るのだよ」
ヴォルケンリッター全員が、その瞬間に武装を完了させ振り返る。
ただの熟練者であるだけならば隙を見せていただろう。
その錬度にだけは感心した仮面の男は続ける。
「素晴らしい反応だ。だが今日は君達にはここで寝ていてもらう」
彼女らが振り返った先には仮面の男が立っていた。
そしてそいつは両手を突き出している。
突き出した手の先、円形の魔方陣が浮かび上がっていた。
収束魔法、それも砲撃型の魔方陣だと一瞬で見抜く。
――拙い。こいつ、ここで放つつもりか!!
「ザフィーラ!」
この部屋には我らの主がいるのだ。
主を守るために盾の守護獣へと指示を飛ばす。
「分かっている!」
視界の端で、ザフィーラがその護りを展開したことを確認してからシグナムは仮面の男へと切りかかった。
「レヴァンティン!」
「ふん。愚か者めが」
切りかかったシグナムの刀剣を仮面の男が片手で防ぐ。
それにしても不可解だった。
嫌な感じだ。
そうシグナムは感じる。
一人ひとりならばともかく――それも油断しているときでなければ難しいだろうが、彼女達全員に全く気配を感じさせずに一瞬で背後に近づいたのだ。
目の前に突如として現れたこの仮面の男はそれだけでも最大限の注意を向けるべき相手だ。
だがそれ以上にシグナムは、主の寝室へ侵入したこの狼藉者は早々に叩くべきだと感じた。
故に踏み込む。
ほとんど自分の勘のみを信じてシグナムは裂帛の気合と共に、片手では防げないだろう一撃を繰り出す。
その重撃を男が防ぐ。
少なくともこれで砲撃のための収束は止められたはずだ。
しかし、
「―なに!?」
砲撃のための収束は未だ止まっていなかった。
むしろもう臨界点を迎えようとしている。
その光景に唖然とし、何故?と思った時、
シグナムの意識は刈り取られた。
意識が完全に途切れる寸前、視界を確認する。
仮面の男は"2人"に増えていた――
シグナムが倒されるのを残りの3人は眺めていた。
彼女がやられるか否かのタイミングでヴィータは敵へと跳ぶ。
「シグナム!!―くそッ!アイゼン!!」
鉄槌の騎士である自らの武器の名を叫び振りかぶる。
「おっと貴様はそこで止まっていてもらおう」
そんなヴィータを、新たに現れた方の仮面の男がバインドで捉えた。
とたんに動きを止められるヴィータ。
自らを縛るその楔に魔力をこめるも、緩みすらしない。
――ちくしょう。なんてことだ。もう間に合わない。
ザフィーラと共に、身構えるシャマル。
仮面の男を睨む。
仮面の男はそれが合図だったとでもいうかのように、光の奔流を解き放った―――
飛びのいた先のベッドの上で、レナード・テスタロッサは自身が先ほどまでいた場所を確認する。
彼が立っていた場所から、
つまり床から壁、天井へとナナメに何かが通り抜けたかのような形跡、いわゆる大穴が開いていた。
「ベリアル、今のはなんだ?」
とっさにだが彼が黒い宝珠のことをベリアルと呼ぶと、宝珠は喜んだかのようにチカと点滅した後で応えた。
「It is magical shelling(砲撃魔法です)」
「・・・」
そうか――魔法か。
実にばかげたことだ。
こんな莫迦なことをレナードは信じることは出来ない。
だが八神家を削り取った、目の前のこの惨状は事実として受け入れなければいけなかった。
考えるのは後にしよう。まずは行動することが先決だ。
戦場では正しい行動を選び取る冷静さこそが何よりも優先されるべきなのだ。
それを今、彼は忠実に守っていた。
黒い宝珠――ベリアルは思う、自身は本当に幸運だったのかもしれない。
自分を埋め込んだ弓を持つこの男は、自らの主として最適であると。
自身へと流れ込む魔力量は少々物足りないのだが、それは機能面で補えばさして問題にはならない。
そんなことよりも新たに備え付けた機能は主が設計したものだ――今、内包する"彼"の記録で勝手に確認したのだが。
加えて目の前の事態に冷静であり、たった今不測の事態にも対応する能力があることを示してくれた。
我が主として申し分ないだろう。
故に告げる。
「Lay the enemy.(敵を倒します)」
「ああ。終わったら全て説明してくれ」
そう応えながらレナードは魔弓と化したベリアルを握り締める。
そして、
自室の床に開いている大穴の中に見える男。
ハヤテの寝室にいる仮面の男を睨みつけた後、
黒い外套をはためかせながら階下へ通じるその穴へと飛び込んでいった――
3.それは気がついたこと(前編) fin
2016.9.10
全話、あとがきを削除しました
バックアップは取っています。