職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万   作:ルシエド

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一ノ瀬祐樹の場合

 二階堂(にかいどう)知教(とものり)は、心臓を病んでいる少年だった。

 彼は生まれつき心臓が弱く、病室から出たことがほとんどない。

 

(一度でいいから、この青空の下を思いっきり走り回ってみたいな……)

 

 そんな彼の心の支えは、見舞いに来てくれる家族と、一度同じ病室になったことのある、純という少女だった。

 初恋だった。

 一目惚れだった。

 それ以外に心の中に生まれる熱がなかったくらいに、彼は静かで希望の無い人生を送っていた。

 

 治る見込みのない体で、家族に迷惑と心配をかけ続けながら生きている罪悪感。

 日々家族を憔悴させながら、その人生を縛ってしまっているという自覚。

 未来(さき)の見えない毎日という絶望。

 時間の流れが、彼の心を蝕んでいた。

 

 そんな日々の終わりに、彼はトラックにミンチにされた。

 

 

 

 

 三条(さんじょう)(じゅん)は、心臓以外に健康な場所が数えるほどしかない少女だった。

 骨も脆く、まともに一人で血も作れず、体の中を綺麗にする機能も正常ではなくて、体をまっとうに動かすための物質も分泌できない。

 心臓が健康であることが奇跡、と言っていいくらいに、彼女の体は不具合が多かった。

 

(一度でいいから、この青空の下を思いっきり走り回ってみたい……)

 

 そんな彼女の心の支えは、見舞いに来てくれる家族と、一度同じ病室になったことのある、知教という少年だった。

 初恋だった。

 一目惚れだった。

 それ以外に心の中に生まれる熱がなかったくらいに、彼女は色の無い人生を送っていた。

 

 治る見込みのない体で、家族に迷惑と心配をかけ続けながら生きている罪悪感。

 日々家族を憔悴させながら、その人生を縛ってしまっているという自覚。

 未来(さき)の見えない毎日という絶望。

 時間の流れが、彼女の心を蝕んでいた。

 

 そんな日々の終わりに、彼女はトラックにミンチにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一ノ瀬(いちのせ)祐樹(ゆうき)は神の走狗である。

 42歳独身。友達の数はそこそこ。同僚の数はゼロ。上司の数は1。

 年収は550万。ボーナスはこの世界にやって来た有害な異物を排除した数依存。

 容姿はやさぐれたおっさん、というフレーズをそのまま人間にしたようなもの。

 

 彼は神の住まいの一つを訪れ、生中継のニュースが流れるテレビを眺めていた。

 

「ユウキ」

 

「なんでしょうか、九十九(つくも)様」

 

「仕事のついでに、あれを片付けて欲しいのじゃ」

 

「承知しました」

 

 九十九、と呼ばれた女性が、祐樹に始末を命じる。

 明確な殺人の依頼だが、言う方も言われる方も、その言葉がどこか似合う存在だった。

 

 九十九と呼ばれた女性は、銀の髪を垂らし、さほど胸も尻も大きくない容姿をしていたが、そういった性的欲求を引き起こす部分が邪魔なものにしか思えないくらい、可愛く美しかった。

 "人間"では、絶対にこうはなれないと断言できる、可愛らしさと美しさ。

 その女性には惹き込まれるような魅力があり、それを鼻にかけない自然さがある。

 一見十代にも見える容姿だが、纏う荘厳な雰囲気のせいで年齢にまるで見当がつかない。

 

 九十九はテレビのリモコンを取り、"テロリスト大暴れ実況中継!"とテロップが打たれた命知らずのニュースの音量を上げる。

 

『な、なんだこいつ! 銃弾が効かないぞ!』

『意味分からん!』

『マジカルか!? またマジカルな案件なのか!?』

 

『俺の"力"は音速を超え、貴様らの攻撃を物理的に弾く』

 

『マジカル案件だ!』

『特殊部隊を呼べ!』

『退避退避ー!』

 

『そう。俺の力はマジカルな力……』

 

 テレビの中では、半裸かつラバースーツの変態が、警察の銃弾の嵐の中を平然と歩きながら、街を破壊していた。

 普通の人間には、銃弾が見えない何かに弾かれているようにしか見えない。

 しかし一ノ瀬祐樹の目には、銃弾を弾くその力の正体が見えていた。

 

「……正直、行きたくないんですが。九十九様」

 

「奴は異世界からの侵略者。

 転生の際に貰ったであろう能力は"マジカルチ○ポ"。

 見ろ、警察の銃弾を弾いている間、社会の窓が全開であろう?

 あそこから出し、伸ばし、音速以上の速度で動かす魔法の力、と見た。

 お前であれば問題なく、苦戦することもなく、片手間に片付けられるはずじゃ」

 

「だから行きたくないんですよ、マイゴッド」

 

 神と呼ばれて、九十九は華のように笑う。

 そのたおやかな指が空をなぞると、空間に切れ目が出来て、そこから書類の束が出て来た。

 

「お前はそう言いつつも、妾の頼みを断らない。そこは感謝しておるよ」

 

「……」

 

 祐樹は頬を掻き、書類を手に取り読み始めた。

 

「あの変態はサブターゲットとして。これが今回、轢き殺すターゲットですか」

 

「うむ。二階堂知教、三条純の二人じゃ」

 

 ペラペラと、書類がめくられていく音がする。

 

「将来的に、二階堂知教の体調は急変する。

 そこで三条純は自分の心臓を移植するよう、医者に頼み込むのじゃ。

 ……初恋の熱に、突き動かされるようにな。

 三条純はそれで死に、二階堂知教はそれで生き残る」

 

 九十九はふと部屋の装飾品を見て、それが経年劣化で崩れる数秒前にその下にゴミ箱を置き、その残骸を床に落とさなかった。未来が見えているとしか思えない行動だった。

 

「二階堂知教は、心臓が悪い。

 生まれた時代も間違えた。

 だがそのどちらも正しい形であったなら、英雄になれた人間じゃ。

 奴は初恋の相手の心臓を糧に生き延び、心を病み……

 世界の各所で虐げられた人間を見て、テロリストグループを作り上げる」

 

 一ノ瀬祐樹は神の指示で人を轢き、その魂を神の下に送る。

 そこには必ず理由があるのだ。

 例えば……この世界にその人間が居続けることで、この世界に甚大な被害が出る可能性がある、など。

 

「それから数十年。

 二階堂知教の影響で死に至る人間は億を超える。

 英雄が何かのきっかけで反転すればどうなるか、という一例じゃの」

 

 すなわちこれは、神とその使徒に課せられた責務である。

 

「面倒なのは、三条純の方もじゃのう。

 こやつも治ることには治るんじゃ。時間はかかるがの。

 が、その過程で二階堂知教が死んでいた場合……

 三条純は二階堂知教が出す被害の数倍の被害を出す。核爆弾みたいな奴じゃ」

 

 祐樹は書類の中の、二階堂知教と三条純の部分を繰り返し読み、頭の中に叩き込んでいく。

 その表情はしかめっ面だ。

 彼に一回見て覚えられるような記憶力はない。こうして覚えるのも中々に一苦労なのだ。

 彼に人を殺して何も思わない精神性はない。こうして書類越しにでも殺す相手を知れば、残される家族の顔なども想像し、僅かに躊躇いを持ってしまう。

 

 それでも神の頼みを断らない辺りが、九十九にはとても愛らしく感じられた。

 

「この要因を世界から排除し、今よりも少しだけ満たされる人生をやろう。

 環境が原因で悪になるのなら、環境を変えてやればいい。それが、我らの責務じゃ」

 

「分かっています。万事お任せ下さい、我が神よ」

 

 そうして彼は、神の望むままに、異世界からの侵略者と二人の人間を轢き殺していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば神の前に居て、気付けば身一つで次の世界に生まれ変わらされていた知教。

 生まれ変わった結果、彼は二階堂知教という名ではなくなっていた。

 彼は熊本に生まれ、少年兵として徴兵され、今は歩法の訓練を行っているようだ。

 

「……ふぅー」

 

 死にたくない。

 一度死んで、今度はちゃんと健康な体を得たからこそ、彼は尚更にそう思う。

 青空の下を走り回れることがどれだけ幸福なことか、彼はよく知っている。

 徴兵後の彼はめざましい活躍を見せていたが、その裏には、彼の頭の中に話しかけて来る別世界の人間の助言があった。

 

『歩幅が広い。それじゃすり足は習得できんぞ』

 

「鬼教官めぇ……」

 

『俺だって暇じゃないんだ。

 この世界にはお前以外にも俺が手を貸している奴が居る。

 俺自身も、色んな世界を渡りながら神様の仕事をこなしてる最中なんだ。

 すり足、ダッシュの仕方、狙いの付け方、パンチの仕方、バックステップ……

 全力射撃、移動射撃、回避の仕方、剣の扱い方……教えることはたくさんあるんだ』

 

「それにしたって、ユウキさんの指導は厳しすぎると思うんだけど……」

 

『したくなければしなければいい。無理強いはしない。お前がどこかで死ぬだけだ』

 

「……分かったよ! もう!」

 

 頭の中に響く声に従い、元・二階堂知教は訓練を再開する。

 彼がこの世界に一般人として生まれ、この世界を侵略する怪物『幻獣』に殺されかけた時、見てられないとばかりに別世界から助言してきた時から、この声との付き合いは始まった。

 その日以来、二階堂知教だった少年は、この声から様々な技能を教わっている。

 戦闘となれば比類なき無双、話し合いとなればその提案が通らないことはめったにないほどだ。

 

 そのせいか周囲からは彼が、誰に何を教わらなくても何でもできる至上の天才に見えるらしい。

 いずれは300の屍を生み出すとも、戦局を圧倒的優勢にした上で10度の大勝を重ねるとも言われ、敬意を向けられていた。

 それがいつか恐れに変わる日が来るとしても、今は敬意に留まっている。

 

 一通りの指導が終わり、元知教少年は、頭の中に響いて来る声に導かれ、隊長室の前にまで来ていた。

 

『そうそう、そっち』

 

(ちょっと、理由くらい教えて下さいよ……

 これで何も無かったら、これからずっとユウキさんのことオッサンって呼ぶから)

 

『バカタレ。オッサンと呼ばれて嫌がる年代なんざ、とうに通り越しとるわ』

 

(やだなあ、オッサンになりたくないなぁ)

 

『男は誰しもオッサンになるもんだ。お前の枕も次第に臭うようになるぞ』

 

 バカな話を頭の中でしていると、少年の前に少女が現れる。

 隊長室から出て来た少女は、金髪碧眼でまだ幼さの抜けきっていない、美しい外国人の少女だった。着ている服が同じことから、少年はその少女が自分の部隊に来た新人であることを知る。

 

『そいつの手を握れ』

 

(えっ)

 

『いいから早く俺を信じてその手を握れ。3、2、1……』

 

 なのだが、少女に対して何か考える前に、頭の中の声に急かされてしまう。

 元二階堂知教少年は、頭の中の声に信頼を置いており、急かされて冷静に判断できなかったこともあり、目の前の少女の手を握ってしまう。

 女性経験なんてない少年は、顔がかあっと熱くなっていくのを感じた。

 

 そして動揺からか、頭の中の声に対しての言葉を、口に出してしまう。

 

「え、ちょっとユウキさん、この人の手を握って何になるんですか?」

「ちょっとユウキ、こいつの手を握ったからどうだってのよ?」

 

 二人、同時に。

 

「え?」

「え?」

 

 その瞬間に、二人は互いの境遇や事情をある程度察する。

 最初は困惑が勝っていたようだが、やがて共感が勝り、二人揃って微笑みかける。

 

「……ああ、なるほどー」

「趣味悪いわよ、ユウキのオッサン」

 

 二人は手を取ったまま、互いの前世のことなど露知らず、互いが同じ境遇であるという共感を抱き合っていた。

 

「ねえあなた、名前は? せーので、お互いに名乗りましょ」

 

 にししと笑う少女に促され、少年と少女は同時に名を名乗る。

 

「速水厚志」

「芝村舞」

 

 この世界で彼と彼女に与えられた、"果たすべき役割"を示す名を。

 

『その手は離すなよ、二人とも。そうすりゃ、きっと幸せになれるだろうさ』

 

 二人の頭の中の声はぼそっとそう呟き、それ以後二人が本当にピンチになった時以外は、二人に話しかけて来なくなったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じたまま行う世界間の念波通信を終え、一ノ瀬祐樹は一息つく。

 彼が子供達の一人立ちに少し安心した様子を見せて目を開くと、彼の目の前に目を閉じる前には居なかったはずの女神・九十九が居た。

 

「……相変わらず、俺の行動は全部お見通しってわけですか」

 

「構わん構わん。お前のそういうところを、妾は気に入っておる」

 

 愛おしげに、神は祐樹の髪を撫でる。

 

「あの世界には、『速水厚志』と『芝村舞』は生まれなかったのじゃ。

 そのため、"本物の速水厚志"と、"外国で芝村に見い出される可能性のある少女"に介入した。

 足りない役割を補い、世界の可能性を繋ぐために。

 あの二人は5121小隊に入隊し、いずれ世界を救うじゃろう。

 ……ここまで聞けば、満足かの? 心配症な我が手足よ」

 

「ありがとうございます、九十九様」

 

 転生した少年少女を導き、転生後に生きていくのに十分な技能を身に付けさせたのは、祐樹の独断だ。神の指示ではない。

 祐樹は人情でも動く。神の忠実な駒というわけではない。

 神が狭量であれば、その勝手な独断専行を裁きかねないような独断行動だ。

 

 だが九十九は、長い銀の髪を蠱惑的に垂らしながら祐樹の髪を撫で、彼を肯定する。

 

「世界のバランサーに善悪はない。

 俺はもう正義を名乗れない。俺はただ、あなたの味方をし続ける。

 大丈夫です、ちゃんと分かってますよ。気遣われなくても、俺はこの仕事を続けられますから」

 

 祐樹は神の気遣いに頭を下げ、神に再び忠誠を誓う。

 

「ただ」

 

 そして神の目を真っ直ぐに見て、感謝の言葉を述べる。

 

「あの二人が結ばれる可能性を残して下さったことに、感謝を」

 

「うむ」

 

 祐樹が神に礼を述べる筋合いはない。

 九十九が二階堂知教と三条純を転生させ、祐樹が得したことは特に無い。

 彼が礼を述べたのは気持ちの問題で、彼が礼を言うに至った精神状態をよく理解した上で、全知の神は優しく微笑む。

 その微笑みから逃げるように、祐樹はタバコ片手にその場を去った。

 

 車窓を開け、タバコを吸いながら、彼はトラックを走らせる。

 目的は今回轢き殺した二階堂知教と三条純の遺族のフォローだ。

 自分の存在を知覚されないよう、遺族達を悲しみから立ち直らせるのも彼の仕事だ。

 神に命じられたからではない。給料やボーナスに反映されるものでもない。彼自身が『やらなければならない』と思っているからこそ、この行動は彼の仕事の枠の中にある。

 

 "やれと言われたから"ではなく。

 "これをやらなければ他の人に迷惑や不都合が出る"から、これは彼の仕事であるのだ。

 

「……ん?」

 

 タバコを車窓からポイ捨てするという悪行を行った直後、祐樹は車の進行先、車線上に突如ワープしてきた、やたら派手な格好に身を包んだ青年を目に留める。

 

「ふははははは! ここが邪悪の神が支配する世界か! オレ様が滅ぼしてくれる!」

 

 そしてブレーキではなく、アクセルを全力で踏み込んだ。

 

「ひでぶっ!?」

 

 加速したトラックはワープしてきた青年を一瞬でミンチにし、その魂を神の下へと送る。

 

「……お前が害悪じゃなければ、うちの神様は次の人生くれるさ。お前が害悪じゃなければな」

 

 そうして祐樹はブレーキを踏み、轢き殺すために出していた速度を落とし、法定速度で普通に走行を続けた。

 悲しみに暮れる遺族をどう立ち直らせるか、それだけを考えながら。

 

 

 

 ある者は、敬意を込めて彼を運び屋と呼ぶ。

 ある者は、憎悪を込めて彼を殺し屋と呼ぶ。

 ある者は、侮蔑を込めて彼を神の走狗と呼ぶ。

 

 今日も彼はトラックで人を轢き殺し、その魂を別の世界へと送る。

 上司は神。福利厚生もバッチリだ。

 むかーしむかし、この世界を何度も何度も救った『元主人公』は、40代になっても神様の都合のいいパシリを続けていた。

 

 転生トラック運転手な『元主人公』と、その運転手がミンチにした各世界の『主人公』の物語。

 

 

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