職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万 作:ルシエド
女神・九十九は自身の管理する世界における、全ての命の祈りを聞き届けている。
ある日九十九は、ある世界である神社に捧げられた祈りを聞き、全てを能い全てを知るその身でその祈りに応えんとしていた。
「ほう」
普通の人間ならば"神"という漠然なものに祈るはずなのに、その祈りは"九十九"という、明確な個に向けられた祈りであったから。
「どれどれ……
名前は
幼少期に父から性的暴行を受けて育つ。
子宮を始めとする体機能のいくつかに障害あり。
現在は児童養護施設で保育士をしている。
妾に捧げた願いは……『どうか叶うなら、この身を殺し、次の人生を与えて欲しい』」
神の存在を"信じている"人間と、九十九の存在を"知っている"者は違う。
普通の人間ならば前者のはずが、その五和愛という女性は明確に後者であった。
「はてさて、どうしたものか……」
九十九は蠱惑的に笑い、自分が最も信頼する駒を動かした。
一ノ瀬祐樹は、九十九の指示である児童養護施設に足を向けていた。
(……施設から見て、資本は並。施設が立ったのは最近、ってとこか)
九十九は"万事任せる"と祐樹に言った。
祐樹は呆れた顔で承り、慣れた様子で『五和愛の人物鑑定』に向かう。
そうして施設ごと分析していた祐樹の視界に、喧嘩している幼い男女が映った。
「バカバカバカ! バーカ!」
「ブス! ブス! ブスブスブース!」
片や元気そうな男の子。片やそばかすが付いていて、周囲と比べると少し可愛くない女の子。
二人は小学生程度の年齢であり、子供の語彙でぶつけられる言葉を全力でぶつけ合っている。
子供達は頭に血が上っているらしく、今にも手を上げてしまいそうな雰囲気だ。
そんな二人の子供の間に、割り込む女性の姿があった。
「ダメよ。そんな言葉を使っちゃ」
「いつわせんせー……」
女性を見た途端、子供達は"喧嘩をしている"という心持ちから一気に冷静になり、"先生に喧嘩をしていたと知られてしまった"という心持ちに移行する。
その女性が五和愛であると、祐樹は一目で見抜いていた。
「偉いお坊さんはね、こういうことを言っているわ。
人に嘘をついてはいけない。
中身の無い言葉を話してはいけない。
乱暴な言葉を使ってはいけない。
人と人を仲違いさせることを言ってはいけない、ってね」
愛は子供達に、子供達が言葉を咀嚼できるくらいのゆっくりとした速度で話す。
かといってゆっくりしすぎているわけでもなく、あくまで最適な遅さを維持していた。
「人に向けた言葉は、必ず自分に返って来るの。
周りの人は、あなた達が周りの人に言った言葉をちゃんと覚えてるんだから。
そして、他人に悪い言葉を向けて見下して、自分が偉くなった気になっても……
自分は何も変わっていないのに、自分の心だけが高く遠いところに行ってしまうのよ」
子供達はその言葉を世の中の真理として、"実感"しているわけではない。
ただ、敬愛する保母の先生が教えてくれた世の中の真理として、"記憶して"いく。
「だから言葉を口にする前に、少しだけ考えてから、口にしてみてほしいな。
今はよく分からないかもしれないけど、なんとなく分かってくれればいいの。
悪い言葉は、痛い言葉は、人を傷付ける言葉は、全部自分に返って来るんだ、って」
彼女が語るのは、他人を悪く言って無意識の内に自分を上等なものだと思い込んでしまうと、自分が上等であるという意識と自分が上等でない現実の板挟みにあい、苦しみながら歪んでしまうという真理の一つを含むもの。
『言葉の重み』を教える教育だった。
子供達は彼女の言葉の意味を全て実感してはいなかったが、彼女の言葉を胸に刻み込み、なんとなくで"自分は悪いことをしてしまったんだ"という意識を持つ。
「……うん」
「……うん」
「それじゃ、ごめんなさいしよっか」
「ごめんなさい」
「…………ごめんなさい」
「よしよし」
男の子の方はちょっと意地を張って言うのが遅れたが、それでも子供達は二人ともちゃんと謝って、頭を下げる。
"自分が悪いと思ったから"というより、"先生に謝れと言われたから"という意識の方が強そうなのが、なんとも子供らしい。
愛が子供達に教えたこの言葉を、子供達が本当の意味で理解して実践できたその時、子供達は大人になるのだろう。
「あら」
愛は子供達をベンチに座らせ、話し合える状況を作ったところで、一ノ瀬祐樹という来訪者の存在に気付いたようだ。
祐樹は彼女が気付いたのを確認してから、児童養護施設の外に出る。
愛がそれを追い、二人は児童養護施設の門前で顔を合わせた。
「あなたが五和愛さんですね。あなたの祈りは、届きました」
「……あらあら。神様の使いは、天使と相場が決まっていると思ったのに」
「すみませんね、近年はどこも不況で人手が足りないってことで」
「ふふっ」
近くで見ると可愛らしい女性だ、と祐樹は思う。
年齢は二十代半ば。笑顔は華やかで、先程のやり取りを見るに子供達にも慕われている。
事前に集めていた資料を見る限り、職場の同僚にも人気があるらしい。
どこをどう見ても、死と転生を望んでいる人間には見えなかった。
不自然に手首を隠すように巻かれたリストバンドさえ無ければ、の話だが。
「お待ちしておりました。私を、殺して下さい」
華やかに笑いながら、儚げな語調で、五和愛はそう言った。
五和愛は、母に「誰かを愛し、誰かに愛される人になりなさい」という願いからその名を付けられ、母の死後にアル中になった父から愛を注がれず、性的虐待を受けながら育った女性だ。
母は父を愛していて、父は母を愛していた。
だからこそ、母の病死に、父は狂った。
―――やめて
父は母似の五和愛を見て、それを死んだはずの母親だと誤認し、性的虐待を行ったのである。
―――おとうさん、やめて
五和愛は、愛を注がれずに育った。
それどころか、未成熟な体に行われた性的虐待は、彼女の"子供を作る器官"に重大な障害を残してしまう。
医者が『子供は作れない』と彼女に宣告してしまうほどの、障害だった。
―――それはいらない、そうじゃないの、ほしいものはそれじゃないの
大人になってからそれを知らされた彼女の衝撃は、どれほど大きなものだったか。他人では推し量ることもできはしないだろう。
幼少期に父から性的虐待を受け、それが発覚して父が法の裁きを受けるために連行され、それが噂として広まったせいで故郷に居られなくなった愛。
その境遇のせいでどこに行っても噂が広まってしまい、彼女は土地を転々とするしかなかった。
親に虐待され、親に愛を求めても与えられず、親を無くした少女は、いつしか夢を抱くようになる。自分は、子供を愛してやれる人間になろうと。
身寄りの無い身で勉学に励み、保育士になって親に恵まれなかった子供達を育てる職に就き、子供の痛みを知るからこそ子供に優しくできていた五和愛が、ずっとずっと抱いていた夢。
いつの日か子供を得て、それをずっと愛するというささやかな夢。
だからこそ、医者の宣告は彼女にとってこの上ない絶望だった。
―――やだ、やだ、やめて、おとうさん、そんなことしないで
彼女が本当の意味で親になれることは、もうない。
愛は施設の子供達を愛せばいい、と自分に言い聞かせようとした。
けれど駄目だった。
愛はいつか養子でも取ればいい、と自分に言い聞かせようとした。
けれど駄目だった。
彼女にとって、血の繋がった子を産み、ちゃんと愛してやり、その子が幸せになるための道筋を用意してやることは……自分が過去を乗り越える、唯一の手段だったのだ。
―――おかあさんがいなくなって、おとうさんまできらいになりたく、ない
だからこそ、彼女は神に祈った。
九十九という、虚像ではない実在の存在に祈った。
一度死んで生まれ直してやり直し、『子供を作れる体』を取り戻したいと、そう願って。
"今あるこの体を治したい"という祈りに繋がる思考は、"こんな汚い体で"という無意識の彼女の想いが否定して、"人生をやり直したい"という切実な願いが絡みに絡む。
子供を産める権利を、彼女は取り戻したかったのだ。
「五和さん。九十九様のことは、どうやって知ったので?
普通に生きている一般人の方には、あの方の存在を知る手段はないと思うんですが」
「以前会った、七宮さんという方に教えていただいて……」
「七宮? ああそうか、最近は時々ゼロライナーに乗って手伝いやってるって言ってたな……」
どうやら、愛に九十九の存在を教えた人間は祐樹の知り合いであったようだ。
愛はその人物から九十九のことを知り、九十九の祈りを届ける方法を知ったらしい。
その祈りは届き、九十九の使いである祐樹はやって来た。
で、あれば、愛も少し急いてしまうというものだ。
「その、それで私は、いつ……」
自分がいつ生まれ変われるのか、愛は控えめに祐樹に聞いてみる。
しかし愛の問いかけに返って来たのは、彼女が求めた答えではなく、祐樹からの質問だった。
「あなたの願いは子を産みたくて、子を愛したい、と考えていいんですな?」
「はい」
「なるほど」
一ノ瀬祐樹は、五和愛のことを資料で見た程度、九十九から少し聞いた程度にしか知らない。
全知である九十九は何かを知っているはずなのだが、かの神は艶やかに笑うだけで祐樹には何も教えてくれなかった。
祐樹は祐樹なりに考え、このまま愛の魂を神の下に送っていいものか迷う。
ならば自分の心に従おう、と彼は心を決める。
「ちょっと、寄り道しましょうか」
「え?」
彼はトラックを召喚し、それに愛を乗せて世界を渡った。
世界を渡るトラックが止まり、祐樹と愛がトラックを降りる。
祐樹に先導され、愛は街中を歩いていたが、それなりに発展した都会に奇妙に緑が生い茂っているそのアンバランスな光景に、少し不思議なものを感じていた。
やがて、祐樹は建物の屋上から街の一角を指差す。
愛がそちらを見ると、赤ん坊を抱きかかえた父親と、子の頬を指でつつく母親の姿があった。
「俺の主観時間では、そこまで前に送ったわけではないんですが……
あいつらの世界は相対的に時間の流れが速い世界でね。
あの世界で過ごす人間は、体感時間ではあなたと同じ時間を過ごしているものの……
あなたの世界で一年の時間が流れる間に、十年くらいの時間が流れるくらいには、時が速い」
「ええと、あの人達は……?」
「『世界を救った後の主人公達』ですよ。あの二人の最初の名前は、二階堂知教、三条純」
この世界は、九十九が管理する何個目かの"ガンパレード・マーチ"の世界。
『速水厚志』と『芝村舞』がこの世界で出会ってから、この二人の主観時間で九年の月日が経過していた。
"無名世界観"はこの括りで見れば、彼らの手によって、既に救われているとさえ言えた。
二階堂知教、三条純と前世で呼ばれていた二人は見事『主人公』としての役割を果たし、世界を平和にして、結婚し、子供を作っていたのである。
「夫を愛し、子を愛する妻。
妻を愛し、子を愛する夫。
かくいう俺も、あいつらの結婚式に呼ばれたもんです」
「……」
「あの二人も、あの二人の間に居る子も、幸せそうに見えるでしょう?」
こくり、と無言で愛は頷く。
「あれがきっと、あなたの理想形なんだと思う」
「……はい。一ノ瀬さんの言う通りです」
立派な父親。
立派な母親。
愛される娘。
かつて五和愛が持っていて、途中で取り上げられて、どんなに求めても戻って来なくて、もう二度と手に入れられないと医者から宣告された光景が……そこにある。
「あの二人は好き合っていた。
好き合う内に、自然と愛し合うようになっていた。
んで自然に結婚し、自然に子を成した。告白やプロポーズの一大決心や一悶着も含めて、ね」
「……もしかして、一ノ瀬さんは、今の私が、自然な気持ちで動いていないと思うのですか?」
「ああ」
「―――」
祐樹は自分が送り出した二人の人間の現状を自分の目で確認し、ちょっと見ない間に成長した親戚の子供にオッサンが向けるような目で二人を見て、彼らに背を向けトラックを召喚する。
「さて、見せたいものはもう一つ。一旦元の世界に戻ろうか」
そして、祐樹は愛を連れて元の世界に帰還した。
「あの、一ノ瀬さん……
何か私に言いたいということは分かるのですが……何をおっしゃられたいのか、さっぱりで」
「自分の目で見て、考えた方が早いはずだ。その方が早いと俺ぁ、思いますよ」
祐樹は愛が所属している児童養護施設を外から眺め、敷地内を走り回る子供達を見ていた。
愛はそんな祐樹の背中を、不安そうに眺める。
彼の意図が読めないからだ。
祐樹は子供達の元気な姿を愛に見せながら、ポケットの中のタバコに手を伸ばし、ここが子供の生活環境であるということを思い出して手を引っ込める。
そして、寂しい口元で彼女に語りかけ始めた。
「あれが、五和さんの面倒見てる子供達ですな」
「はい。皆、良い子達で……」
「あんたが死んで生まれ変わることを選ぶなら。
あんたは自分の選択であの子達を悲しませ、置いていかなければならない」
「―――!?」
「お、"想像もしていなかった"って顔だな。
分かったか? 今のあんた、ちょっと冷静じゃないってことが」
彼が話そうとしていたことはシンプルだ。
一つは、五和愛がいつも通りの自分で居られていないということ。
そしてもう一つが、そんな彼女が見逃してしまっていた、自分の死により泣く子供達の存在だ。
事前に幸せな親子の形を見せることで、"今のままではあなたはああはなれない"と暗に言いながら、祐樹は愛を諭し始める。
「人生をやり直せる機を前にして、アンタは気が逸りすぎてた。
次の人生こそ失敗できないって気持ちでガチガチになって、気負いすぎてた。
全く周りが見えていなかった。自分自身すら見えていなかった。
いや、それどころか、最悪……生まれ変わった後に授かった子供すら、見えていたかどうか」
愛は幼少期の悲惨な境遇、子供が産めないという絶望、そこに七宮という男からもたらされた降って湧いた希望に、多くのものを見失ってしまっていた。
祐樹にそれを指摘され、ようやく彼女は我に返る。
自分が転生を望むということは、同時に子供達を悲しませてしまうことなのだと、先程までの彼女は気付いてもいなかった。
「子供を愛したい。
子供が愛されないという悲劇が起きないようにしたい。
その信念は立派だ。正直尊敬する。
今日まで実践できてたからこそ、あの子供達はあんなにもあなたを慕ってるんだろう。
……だが。
さっきまでのあなたが血の繋がった子を持ったとして、それが実践できたとは思えなかった」
「っ」
資料を見て、神から話を聞き、自分の目で見て、祐樹は思った。
子供達に慕われ、子供達のことを本気で想い慈しみ、愛している五和愛を見て、思ったのだ。
"この人が一時の気の逸りから間違えてしまう姿を見たくない"と。
「愛情、大いに結構。
あなたは少しの間違いをしなければ、正しく愛を注げる人物だろう。
しかし程度を間違え、気負い過ぎ、子をちゃんと見ることができなければ……
子供はあんたが愛を注ぐための対象以上のものではない、"愛する"ための道具になるだろう」
「……」
「そんでもって、子供を愛するための道具にする、というのは……
子供を感情の発散のための道具として虐待することと、何ら変わらないんじゃないか?」
「!」
「生まれ変わるとしても、子供に向き合う気持ちを持って行って欲しい。
子供も一つの命だ。
俺達は、あんたに"子供を愛する"という娯楽を提供するためにやってるんじゃないんだ」
五和愛が息を呑む。
一ノ瀬祐樹は、意識して厳しい言葉を選んでいた。
降って湧いた希望という『毒』に惑わされていた愛の内側に、祐樹の言葉という『劇薬』が染み込んでいき、彼女の目を覚まさせていく。
「もう少し、自分の中ですっと来る感情を選んでみてくださいな。
そしてその上で選んでも、問題はないと思うんだわ。この人生か、次の人生か」
「選ぶ……」
「死と転生を選ぶもよし。
この世界に生き続けることを選ぶもよし。あなたの人生だ。あなたが選ぶといい」
生まれ変わったとして子供をちゃんと愛してやれるのか、という迷い。
この世界に子供達を残し、自分の死で悲しませていいのかという躊躇い。
叶わないと絶望していた夢の残骸。
過去のトラウマ。
親が子を愛するという"当たり前"を現実にしたいという願い。
神にすがってまで何かを変えたかったがために捧げられた祈り。
子供への愛。
子供の時になくしてしまった親からの愛。
目を閉じた愛の瞼の裏に、幾多の感情が映り込んでは消えていく。
「……私は……」
祐樹は迷う愛の傍らで、彼女が答えを出すのをじっと待っていた。
五和愛の人生の道筋は、五和愛にしか決められない。
五和愛の選択の責任は、本質的には五和愛にしか取れない。
彼にできることは、彼女が選択を迫られるその直前に、余分なファクターを全て取り除くこと。
そして選択を為した後、彼女に少しの手助けをしてやることだけだ。
「私は」
迷い。
惑い。
悩み。
考え。
「私は―――」
五和愛は一つの答えと、一つの疑問に至った。
そしてその答えを"決意"に変えるため、祐樹に一つの問いをぶつける。
「一ノ瀬さん。七宮さんからある程度は聞いています。
私達は生まれ変わった先で求められる『役割』があると。
私に求められている役割とは、なんですか? 教えて下さい」
「『母親』です。
正確には、あなたは特別な子供の母としての立ち位置が割り当てられる。
通常ならば恵まれない子としての運命を持っていた子の母……といった感じかな」
「分かりました。ありがとうございます」
ああ、よかった、と愛は胸中にて呟く。
そして決めた。
今の世界と、次の世界。
今繋がりのある子供と、未来に繋がりを持つ子供。
その、どちらを選ぶのかを。
「私、行きます。一ノ瀬さん」
彼女は、"ここではないどこか"を選んだ。
「いいんです? この世界の子供達のことは」
祐樹は彼女の決意が固いことを悟りながら、あえて彼女に質問を重ねる。
「日記を残します。最後のページを、私の死後にあの子達の前で読んであげて下さい。
これが、私が置いていってしまうあの子達に私が最後に残せるもの……私の、最後の授業です」
彼の質問に、愛は手持ちバッグの中の日記帳を取り出して見せる。
仮に明日祐樹が彼女を轢き殺すと仮定しても、今日一日はたっぷりと文字を書く余裕がある。
明日以降、それを祐樹が子供達の前で読んでやれば……それは"事故死した先生"が遺した、遺書ではない最期の言葉となるはずだ。
「人はいつか必ず死ぬと。
人の死は悲しいことなのだと。
だから死ぬことも、殺すことも、とても重いことなのだと。
あの子達に命の重さを知ってもらい、あの子達が"いい大人"になるためのピースを残します」
五和愛は、自分の死すらも、子供達が立派な大人になるために使い尽くそうとしていた。
彼女は本当に筋金入りに、子供というものを愛している。
「よろしければ、選んだ理由を聞かせてもらっても?」
「子供が愛されないというのは、悲しいことですから。
誰よりも子供が悲しみ、傷付き苦しんでしまうことですから」
「……まだ顔も見たことのない、生まれ変わる先の世界の子供のために?」
「はい」
不幸になる運命の子が居て、その子の母親としての役割が愛に割り振られているということは、少なくとも、愛が次の世界に向かうことで救われる子供が一人居るということだ。
その一人のために、五和愛は生まれ変わることを選んだ。
「あなたの言う通り、先程までの私は自分のために『母親』になろうとしていました。
恥ずかしい限りです。
ですが今は、私が行くことで救われる子供が居るならば、その子のために頑張りたいのです」
痛みを知るから優しくなれる、という言葉がある。
愛される子供の対極と言っていい環境で育った彼女は、子供をちゃんと愛してやれる。
子供を愛さないという愚行だけは、絶対に行わない。
そういう意味で、彼女は誰よりも『子供にとっての親というヒーロー』に相応しい人間だった。
彼女は絶対に子供を見捨てず、全ての子供を愛し、己の子供を愛し、子供の不幸を取り除くために戦える、そんな人間だったから。
「私は自分のためではなく。恵まれないどこかの子供のために、行きます」
そう言って、彼女は華のように笑う。
(……独身の俺じゃ、『親』になったこの人には一生及びそうにないなぁ……)
その笑顔に、祐樹は心の底からの尊敬を抱いた。
翌日の朝に、横断歩道の途中で立ち止まった愛をトラックの中から見ながら、祐樹は全力でアクセルを吹かす。『信号無視』という、彼女の名誉を守るための偽装も行いながら。
「送ろう、五和愛。その未来に、幸多からんことを祈って」
そうして彼女は、次の人生という旅路へと旅立った。
「クイズをせんか、ユウキ? 正解したなら飴をやろうぞ」
「俺はもうそういう歳じゃないんですよ、九十九様」
「構わん構わん。二択問題じゃ、勘で答えてもいいんじゃぞ」
「……暇なんですね。分かりました、付き合いますよ」
「妾は五和愛を世界の運命の分岐点に組み込んだ。
きゃつはあの世界の未来を決める人間の母親として生きる。さて、ここで問題じゃ」
「奴はトム・マールヴォロ・リドルとハリー・ポッター、どちらの母親となると思う?」