職業:転生トラック運転手 年齢:42歳 年収:550万   作:ルシエド

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敵組織の数が増えると一体一体の強さがそれほどでもなくなるムービー大戦ヒーロー大戦の法則


七宮友心はヒーローなりや?

 七宮(ななみや)友心(ゆうじん)は、一ノ瀬祐樹がここ五年くらいの間で別世界に送った人間の中で、もっとも忙しい世界に送られた人間だった。

 ハードなのではない。残酷なのでもない。

 忙しいのである。

 

「祐樹さーん、ねみーっすよー」

 

『頑張れ。それしか言えん』

 

「今まだ朝四時ですよー」

 

『じゃあ放っておくか?』

 

「できるわけねーじゃねっすかー」

 

 祐樹に促され、被った仮面を撫でさすりながら、七宮友心は触角から電撃を放つ。

 神に貰った"仮面ライダーV3"の力が、彼の力を支えてくれる。

 一ノ瀬祐樹の知識とアドバイスが、彼の頭と心を支えてくれる。

 それでなんとかやれていたが、彼の毎日は結構ギリギリだった。

 

「そいやV3サンダー! これでどうにかなったんですかねー?」

 

『念の為火も着けとけ。小規模だが、ヘルヘイムの果実だしな』

 

 侵食が始まったヘルヘイムの植物を、友心は淡々と処理していく。

 平行して飛ばしていたV3ホッパーなる偵察機が、ヘルヘイムの植物を処理し終わった友心に、彼の下に向かって来る二つの悪の存在を伝えて来ていた。

 

「北にゴルゴム、東にクライシス……まあ、朝の登校までには間に合うかなー」

 

『ああ』

 

 この世界は、『全ての仮面ライダーの悪が存在し』『全ての仮面ライダーが存在しない』世界。

 生半可な人間では送れない、そういう世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室で机に突っ伏しながら、くかー、と七宮は大いびきを立てて寝ていた。

 彼は前世で高校生、今生でも今現在は高校生。

 そして前世でも不良寄りの学生で、今生でも不良寄りの学生だった。

 

「バダン……バダン……ひと纏まりになってくれたことしか嬉しいことない……むにゃ」

 

 ぐっすり眠りながら最近あったことの夢を見ている彼を、メガネをかけた少女が揺り起こす。

 

「ちょっと、起きなさい、ツッパリ君」

 

「むにゃ……ううん……あ、委員長おはよー。もう一限終わった?」

 

「もうお昼休みよ……」

 

「あれま。午後はちゃんと授業受けよっかなー」

 

 少女を委員長と呼びながら、むにゃむにゃとした顔を上げた少年の目に、制服を押し上げる大きな胸の膨らみが見えた。

 メガネで委員長ならば、胸は大きい。これは必然の真実だ。

 メガネ()+委員長()胸は大きい()、くらいには当たり前の真実である。

 

 少年の名は今や七宮友心ではなく、無論ツッパリ君でもない。当然少女の名前が委員長なんていうものであるはずもない。

 つまり二人は、アダ名で呼び合うくらいには仲が良いということなのだろう。

 

「今日はいつも以上に居眠りが長かったじゃない、ツッパリ君」

 

「そかなー」

 

 ふわぁ、とあくびを噛み殺す少年。

 不良をツッパリと呼ぶ妙にセンスが古い少女が、くすりと笑いながらそれを見ていた。

 

(ああそうだ、昨晩はアンデッドの封印とグリードの封印連続してやったから……)

 

 少年は不真面目な人間というわけではないのだが、毎晩悪と戦っているために寝不足で授業中の居眠りが多く、課題提出の遅れも度々あり、昼に悪が出現した時は学校をサボらなくてはならないため、不良のレッテルを貼られていた。

 最近はヘルヘイムの侵食により、世界間の境界に干渉する術式がどうのこうの、という祐樹の授業まで増える始末。

 授業中の居眠りは、少年の日々の戦いの苛酷さを表しているかのようだった。

 それでも彼が留年や退学の憂き目にあっていないのは、少女のように彼を気にかける同級生や、彼を気にかける先生などが居てくれているからだろう。

 

「ねね、ツッパリ君。

 友達が話してたんだけど、また出たんだって。『仮面ライダー』」

 

「へー」

 

 少年はふにゃっとした話し方で、少女の話を適当に聞き流す。

 

「ただの噂かと思ってたけど、見たって人がすごくたくさん居るんだよね……」

 

「ふーん」

 

「私の演劇部特有の勘によれば、あの仮面の下は怪物の顔よ!」

 

「特有なんだ……」

 

 なのだが、いくら聞き流しても、いくら気のない返事を返しても、委員長は構いやしない。

 むしろ言葉に徐々に熱がこもってくる始末であった。

 

「怪物がなんで仮面を被って戦うのさー」

 

「怪物が仮面を被って他人のために頑張るのはね。

 地獄の業火に焼かれながらも、それでも天国に憧れるからよ!」

 

「『オペラ座の怪人』? 委員長、演劇のやり過ぎで脳が……」

 

「その通り……って演劇部になんてこと言うの!?」

 

 日常があるから非日常がある。

 非日常の中で戦いながらも、少年は日常の中の"守るべきもの"を認識し、今日も明日も明後日も戦っていく。

 

 

 

 

 

 "仮面ライダーV3の力"という『仮面』を被り、その夜も少年は悪と戦っていた。

 飛び蹴りで右足をカメバズーカなる怪人の顔面に叩き込み、そのまま右足の脚力で跳躍、空のミサイルコンドルに飛び蹴りで左足を叩き込む。

 

「せいやー」

 

 気の抜けた声を発しながら怪人を二体同時に撃破し、少年は一息ついていた。

 この世界には幾多の世界で仮面ライダーが戦っていた全ての敵が存在するが、敵の一つ一つが他の世界のそれよりも弱い。

 ヘルヘイムの侵食は遅く、アンノウンの察知能力はガバガバで、ミラーモンスターは絶滅寸前、魔化魍もそこまでの脅威ではなく、世界征服を狙う組織も小規模、などなど。

 アンデッドを始めとし、一部は種族単位で少年に封印されているというのもある。

 個々で見れば、それほどの脅威にはならなかった。

 

 問題なのは、敵の総合的な数である。

 グロンギやらショッカーやらと、彼と敵対する集団の数はゆうに20を超えている。

 怪人の一体一体がオリジナルと比較して六~七割の強さであったと仮定しても、それらが二十倍の数で来るとなれば、普通は対処できるようなものではない。

 一晩に四種の組織との戦いを終えてピンピンしている少年を見て、祐樹は心中で驚嘆していた。

 

(九十九様の判断は、本当に的確だな……)

 

 仮に、1年に50回の戦闘があるとする。

 このくらいならばどんな仮面ライダーでも鼻歌交じりにこなすだろう。

 だが、この世界における"仮面ライダーの敵"としての集団の数は現状25前後もある。

 少なめに見積もってそれぞれの集団が年に40回の騒動を起こすと考えても、この少年が年間に戦わなければいけない回数はゆうに1000を超えるだろう。

 一日に三回、悪の組織が人々を脅かしているという計算になる。

 これではロクに休憩も睡眠も取れるはずがない。

 

 ゆえに、彼の一日の平均睡眠時間は三時間。

 それでも彼は目の下に隈一つ作らず、睡眠不足で強さを翳らせることはない。

 それは何故か?

 彼は、肉体的にも精神的にも極めてタフな人間なのだ。前世でも、今生でも。

 

『お前のタフさは、本当に稀有な才能だな』

 

「そっかなー?」

 

 祐樹はこの少年が精神的にも肉体的にも、へたばっているところを見たことがない。

 V3の力こそあるものの、今日まで一度も負けていない理由がそこにある。

 この少年に高い技量はない。圧倒的なスペック差を気合一つでどうにかできる素養はない。超能力もない。飛び抜けた戦闘の才能もない。改造人間でもない。

 だが、ただひたすらにタフだった。

 

 そのタフさこそが、この世界にバランスをもたらす者に最も必要な物だった。

 

『下校したのが夜の六時。そこから連戦で、今は朝の五時だ。普通はへたばるさ』

 

「ガッツの問題ですよガッツのー」

 

 少年は変身を解き、街頭の光と近くにあった車の窓に映る、自分の顔を見た。

 普段通りの顔。戦闘が終わった直後の彼の顔に、何ら変な部分はない。

 だが、修羅場の最中の自分の顔はどうだっただろうか、と少年は思った。

 

(仮面の下は怪物の顔、かー)

 

 仮面ライダーが顔を隠す意味の一つには、自分の顔を隠すという目的がある。

 それは他人を傷付けることに涙を流す優しい顔であったり、改造手術の跡が残る顔であったりもする。また、普通に生きていくために正体を隠すためだったりする。

 少年は自分の顔に手を添えて、自分でも見たことのない修羅場での表情を想像する。

 

(案外、自覚してないだけでオレも戦ってる時は、怖い顔してるのかもなー……)

 

 顔に添えていた手でくしゃくしゃと髪を掻いて、少年は頭の中の祐樹に話しかける。

 

「オレさー、褒められたかったのかなーって最近思うんですよー」

 

『褒められたい? 誰にだ』

 

「そら皆にですよー」

 

 不特定多数の人間相手に正体を隠す仮面を被りながら、不特定多数に褒められたかったのだと、"過去形"で少年は語る。その言い草は、子供らしさが抜けきっていないものだった。

 

「この力を得たのも、自分が一番『カッコいい』と思う力だったからなんじゃないかなー。

 けど気付いちゃうわけなんですよー。

 仮面被ってる限りは、褒め言葉はその仮面と仮面ライダーって肩書きに向かうんだってー」

 

『だろうな』

 

 七宮友心は死後に九十九と会い、九十九が何でもくれると言ったことから、"なんかカッコいいの"と物凄く適当な形で願い、九十九は友心の記憶を読み取り最適な力を与えた。

 それがこの、仮面ライダーV3への変身能力という贈り物であった。

 なのだが、友心は貰った当初はともかく、今はこの力に色々と思うところがあるようだ。

 祐樹はそれに、至極当然だ、とでも言いたげな語調で言葉を返す。

 

『正体を隠す仮面には、賞賛も栄誉も要らないという謙虚さという意味も含まれている』

 

 褒め言葉を求めないからこそカッコいい、という要素と。カッコいいから好きなんだ、という要素と。カッコいい在り方をすれば誰か褒めてくれないかな、という要素は。

 致命的に噛み合わないのである。

 

「つえー、とかかっこえー、と言われてるのは『仮面ライダー』で、オレじゃないんですよねー」

 

 一切の褒め言葉を求めず、見返りを望まず、人間の自由と平和を守る仮面ライダー。

 幼い頃に憧れたヒーローになれるチャンスに、転生してすぐは少年もときめいたものだ。

 ところが実際やってみると、朝昼夜と絶えず悪が徘徊していて、褒め言葉もなければ休む暇もない。キツイなあ、と彼が思ったことも一度や二度ではない。

 給料も休憩もない長時間バイトのようなものだ。

 しかも、失敗も許されなければ辞めることもできないと来ている。

 少年は前世にて高校生で死に、今生でもまだ高校生だが、こういう状況に放り込まれれば色々と考えるようになるのも当然の流れだろう。

 

『仮面ライダーの力と仮面、か』

 

「立派な人の仮面を被ると、立派な人間になれた気がするんですよねー、不思議な話です」

 

『実際に立派になってないのに、ってか?』

 

「実際オレは何も変わってないっすからねー。この仮面をゲッツしただけで」

 

 キツイなあ、と彼が思ったことも一度や二度ではない。……だが。

 

「だからかなー。この仮面につられたからかなー。

 オレも最近は、ちょっと『使命感』みたいなの持って戦えてる気がします」

 

 彼は一度たりとも、『投げ出したい』『辞めたい』などと思ったことはない。

 毎日毎晩タフに戦い続け、助けた人の笑顔だけを報酬に頑張り続けている。

 遠い世界から、そんな少年の日々成長する姿を見守っていったオッサンは、少し笑って少年の労をねぎらった。

 

『お前は十分頑張ってるさ』

 

 こんなロクに眠れもしない毎日を"一年以上もの間"、タフに乗り切りなおも笑える。

 そんな少年に、少しの敬意を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れる。

 少年は頑張って戦い続けたが、敵集団の種類の数が20を下回ることはなかった。

 特にショッカーは何度でも再興する、何度も名前を変える、何度も後継組織が現れるなどして、ゴキブリ以上の生命力を見せていた。具体的に言うと、叩いても死なないしぶとさである。

 仮面ライダーがその全能力で潰しに来たとしても、その脅威は組織の数だけ分散するため、悪の組織はその一つ一つがしぶとく残り続ける。

 

 そんな修羅場が絶えず続く毎日の中、少年は少女がクラスで行っていた作業を手伝っていた。

 

「委員長、文化祭の仕事押し付けられてる辺りが実に委員長って感じだよねー」

 

「ツッパリ君、何も言わず手伝ってくれてるあなたも実にツッパリ君って感じよ」

 

不良(ツッパリ)ってそういうのだっけー……?」

 

不良(ツッパリ)は手伝ってくれないけど、ツッパリ君は手伝ってくれるもん」

 

「委員長、壺とか買わされないように気をつけなよー」

 

「なんで急にそんなこと言うの!?」

 

 悪は夜の闇に紛れて暗躍することが多いため、昼間は多少余裕がある。

 焼け石に水程度ではあるが、昼間の方がまだマシなのだ。

 太陽が上がっている間は、まだ平穏で幸せな時間を彼は享受できている。

 

「それよりそれより、仮面ライダーの話でもしない?」

 

「ほへー」

 

「怪人なんてみんな倒しちゃうんだって。怖いね」

 

「へー……うん? え? 怖い?」

 

「あ、ごめんなさい、今のナシ! かっこいいなー、って私も思うよ! 良いよねあの仮面!」

 

 何故か慌てる委員長を見て、間延びした声で少年はぼやく。

 

「仮面を被って普段の自分を隠さないと、カッコよく在れない人もいるんじゃないかなー」

 

 その言葉に、委員長は首を傾げた。

 

「そうかな?」

 

 少年は少しリアリスト寄りで、少女は少しロマンチスト寄り。そういう性格をしていた。

 

「仮面を被っただけでカッコよく在れるなら、仮面を外してもカッコよく在れるはずでしょ?」

 

 本人も気付かぬまま、委員長はヒーローに高い望みを告げ。

 

「さーて、どうなんだか。そこんとこオレにも分かんねっすねー」

 

 人知れず、ツッパリ君は顔に出さず胸中にて苦笑していた。

 

 

 

 

 

 その夜も、少年はイマジンと同時出現したミラーモンスターを発見し、この両者を倒せるタイミングを見計らってなんとか撃破していた。

 

「技の一号、力の二号、そしてオレは力技のV3!」

 

『お前は力と技で戦ってるわけじゃないのに強いってのが凄いところだな』

 

「力と技の複合とか無茶苦茶強そうっすよねー」

 

 USBメモリらしきものを踏み潰しながら、少年は戦闘に一区切りついたことでほっと息を吐く。

 

「探知範囲に敵は見当たらず……なのに、嫌な予感が止まんないですねー」

 

『お前の勘はよく当たるからな』

 

 だがそれは、戦闘が終わったことに対する安堵の息ではなく、戦闘と戦闘の合間にリズムを整えるための息吹であった。

 

『……ん?』

 

 別世界から少年のサポートをしていた祐樹が、声を上げる。

 

『空だ!』

 

「え?」

 

 そうして彼に促され、空を見上げた少年の目に映ったのは流れ星だった。

 否。流れ星に見えるだけの、"隕石"だった。

 おそらくは地上に……それも少年が居る街に直撃するであろうコースで、物凄いスピードで落下して来ている。

 

『吹き飛ばせ! かなり小さいが、あれは"ワームの隕石"だ!』

 

「吹き飛ばせ、って無茶苦茶な……どうとでもなれー!」

 

 少年はV3の力を信じ、今の自分の中にある力を全て解き放つくらいの勢いで、切り札を放った。

 

「逆! ダブル! タイフーンッ!」

 

 V3のベルトから、V3の全エネルギーが放出される。

 それは絶妙な距離で隕石に直撃し、それを粉々に粉砕し、内部に潜んでいた地球外生命体・ワームと隕石の破片は、そのことごとくが大気との摩擦で燃え尽きていった。

 

「ぜー、ぜー、ぜー……き、キツい……」

 

『相当無茶した出力で撃ったな。大丈夫か?』

 

「あ、あと……三時間は……ぜぇ、ぜぇ、変身できなさそー……」

 

『今日は帰ろう。お前も休むべきだ』

 

「うーっす……三時間寝よー……」

 

 逆ダブルタイフーンは、V3の大技の一つだ。

 全エネルギーを開放してとてつもない威力の竜巻(タイフーン)を放つが、その代償として変身者は三時間ほど変身できなくなってしまうという諸刃の剣。

 それを使ってしまった少年は、休養を余儀なくされていた。

 

「疲れたー……」

 

 だが、泣きっ面に蜂と言うように、悪いことに悪いことは重なるものだ。

 大技の反動による痛みを抱えて夜道を歩く少年の視界の中が、徐々に明るくなっていく。

 その光源の正体が気になり、少年がそちらに足を向けると、そこには燃え盛る家屋があった。

 

『火事か?』

 

 祐樹はただの火事としてしかそれを見ていなかったが、少年は違う。

 彼には、その燃えている家が"見知らぬ誰かの家"には見えていなかった。

 

「オレ、この家知ってる」

 

『何?』

 

「ここ……委員長の家だ……」

 

 親しい友人の家が、少年の目の前で燃えている。

 

「おい聞いたか! ここの一人娘が取り残されてるんだってよ!」

 

 そしてその声が、少年の心を激しく揺さぶっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の足は、前にも後ろにも進まない。

 助けたいのなら、前に進めばいい。

 逃げたいのなら、背を向けて逃げればいい。

 なのに少年の足は、どの方向にも歩き出して行かなかった。

 

 彼の体は極めてタフだが、限界以上の出力での逆ダブルタイフーンという大技のせいで、ダメージと疲労が大きく残ってしまっていた。加え、あと二時間半は変身できないと来た。

 火事は熱と煙のせいで"空気そのもの"が人を殺すほどになってしまう、災害の中でも特に人を死に至らしめやすいものである。

 この火事の炎の中に飛び込めば、九割がた少年は死ぬだろう。

 消防に任せ、この場を立ち去るのが最も懸命な判断であるはずだ。

 

 だが彼の足は、ここから離れるために動いてはくれなかった。

 

(知らなかった)

 

 感情が叫ぶ。

 あの子を助けろ、と。

 理性が叫ぶ。

 今のオレに何ができる? 消防の人の足を引っ張って、あの子が死んだらどうする? と。

 使命感が叫ぶ。

 助けるべきだ、あの仮面を被った時からオレは―――、と。

 心の冷静な部分が叫ぶ。

 この炎の中に突っ込んでいけば、九割がたオレは死ぬ、と。

 

 "死ぬかもしれない"怪人の戦いとは違い、"ほぼ確実に死ぬ"炎の中への突入を決心できるほど、彼は常軌を逸した精神を持ってはいなかった。

 

(ヒーローの仮面を被ってない時のオレ、こんなに、臆病者だったのかー……)

 

 立派な人間の仮面。

 勇気ある者の仮面。

 強く戦う男の仮面。

 今の少年に、被ることが出来る仮面はない。

 

『行け、"七宮友心"』

 

 少年のかつての名を呼びながら、そんな少年の背中を、一ノ瀬祐樹が押した。

 

『行かなければお前は一生後悔する。

 行けばお前は死ぬかもしれない。

 だが、所詮"かもしれない"だ。そのくらいの可能性、気合でひっくり返してみせろ』

 

「そんな、無茶苦茶な」

 

『できるはずだ。

 お前が、人を助ける仮面ライダーであるのなら。

 お前が、女のピンチに限界を超えられる本物の男であるのなら』

 

「……!」

 

『見ず知らずの他人のために、素顔で命はかけられない。

 なるほど、分かる。普通のことだな。

 だが今この炎に飲まれかけているのは、お前の大切な友達じゃないのか』

 

 燃え盛る炎が、少年の瞳に映り込む。

 その時、幻聴か何かだろうか。

 彼の耳に、"助けて"という声が聞こえた気がした。

 周囲の人間は誰一人としてその声が聞こえた様子を見せなかったが、それでも少年の耳には、その声が確かに聞こえた気がした。

 

『顔も見えない不特定多数の誰かのために、死に向かう勇気が出せないのなら。

 顔を知っているただ一人のために勇気を出せ。お前にはその勇気がある。俺が保証する』

 

 友を想えば、心の弱さが消えていくような気がした。

 

『俺の名前は、俺の親が

 "誰かの勇気を支えられる子になるように"

 という意味を込めて、勇気という言葉をもじって付けた名だ。

 お前に勇気があることは、俺がちゃんと知っている。行け、仮面ライダー見習い!』

 

「―――!」

 

 心の中で、何かが変わる。何かがはまる。何かが決まる。

 

「はい!」

 

 そうして少年は、止めようとする周囲の制止を振り切り、炎の中に飛び込んでいった。

 

(仮面ライダーは変身できなくなったら、人助けには走らないのか? いや、違う)

 

 煙のせいで、ロクに呼吸ができない。

 空気が熱されて、肌どころか肺の中まで焼かれている気がする。

 燃えて落ちてくる天井など、当たればそこで死にかねない。

 どこもかしこも死に溢れている炎の世界を、彼は友を探して駆け回る。

 

(俺が憧れた仮面ライダーなら、生身でも助けに行くはずだ!

 俺が好きなのはつえーからでも、外見がカッコイイからでもない!

 心が強くて、人を守る姿がかっこ良くて、その生き様に憧れたからだ!)

 

 そうだ。仮面ライダーは、自分のスペックが高いから戦うのではない。

 たとえ生身でも、彼らは人を踏み躙る悪を前にすれば、徒手空拳で立ち向かう。

 そして自分よりも強い相手に挑んだ上で、必ず勝機を掴む。

 ゆえにこそ、『仮面ライダーのスペックは飾り』なのだ。

 

 彼らの強さは、その心意気にこそ宿る。

 

「委員長っー!!」

 

「つ……ツッパリ君!?」

 

 炎の中で友を見つけ、抱きかかえ、火傷だらけになりながら炎の中から飛び出す少年。

 

 救急車に委員長を乗せたところで少年は倒れてしまったが、その胸に満ちる達成感の奥底に、芽生えた『仮面ライダーの心意気』が確かにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 包帯がぐるぐると巻かれた体で、病院の廊下を歩いている少年の姿があった。

 彼は委員長のお見舞いに来ていたが、彼は廊下に自分以外の誰もが居ないことを認識し、口を開く。頭の中に声を届けてくれる、遠い世界の男に向けて。

 

「もう、オレのことはいいよー」

 

 その一言で、一ノ瀬祐樹は全てを察した。

 七宮友心が生まれ変わった少年は、祐樹がそこまで助言せずとも、真っ直ぐに歩いて行ける少年だったから。

 

「ありがとう、今日まで助けてくれて。でも、オレはもう一人でやっていけるからさー」

 

 祐樹は少しの寂しさと、頼もしさと、嬉しさを感じる。

 

「だから他の人を、オレみたいに、あなたの言葉で助けてあげて欲しいんだ」

 

 もうこの少年に、お節介なオッサンの手助けは必要ない。

 

『頑張れ』

 

 祐樹は最後に言葉を残す。

 

『その力が誰かの真似でも、人を助けようという心意気があるのなら』

 

 そして、少年の脳裏に言葉だけを残し、消え去っていった。

 

 

 

『君は、ヒーローだ』

 

 

 

 少年はその言葉を噛み締めながら、口元に小さな笑みを浮かべて、委員長の病室のドアを開く。

 

「委員長ー、お見舞いに来たぜー」

 

「あ、ツッパリ君……

 ……私みたいなのを助けるために、消えない傷が残る大火傷を負ったって……!」

 

「私みたいなの、ってなにさー。卑屈なのは感心せんなー」

 

「私に……私に……ツッパリ君に助けてもらうだけの価値なんて無いよ……!」

 

 彼の物語は、これからも続いていく。

 彼の人生はこれからもずっと波乱万丈だろう。

 けれども、生きている限り、不幸だけの人生なんてものがあるわけがない。

 

「……私、オルフェノクっていう怪物なの」

 

「えっ」

 

 仮面ライダーが彼一人しか居ない、この世界。

 

 されど、彼がずっと一人で戦っていくと、誰かが決めたわけでもない。

 

 遠い未来にきっと。

 いつかの未来に、きっと。

 この世界で、仮面ライダーと怪人が共に世界を守る光景が生まれることだろう。

 

 仮面ライダーである少年が、何人もの怪人を、友として受け入れる心を持ち続ける限り。

 

 

 

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