彼が望みの為に戦うのは間違っているだろうか(更新停止) 作:双盾
やはり上層は雑魚しかいない。つまらない階層だ。そう思うのは以前は俺だけであったが今回はチェレんもまた同感だと首を縦に振る。
現在3階層。ダンジョン探索開始30分頃の話。
ここに来た理由はチェレンのダンジョン慣れと役割確認、そしてこの極薄刀『薄刃蜻蛉』の様子見であったが
まずダンジョン慣れ。
これは以前から戦闘経験があったチェレンには温すぎたようで、鶏や鳩を狩っているようだとの苦情コメント。
次に役割確認。
基本ダンジョンでは前衛と後衛に別れるのだが、今回は生憎と両者前衛である。なので俺達は戦闘方式を前戦後援から隙時交代(スイッチ)方式にすることにした。
尚、メイス使いのチェレンは、刃物系を扱う俺よりも手入れが簡単なのでアイテム回収も兼ねてもらっているが、こちらもバッチリ熟していく。
そして『薄刃蜻蛉』
漆黒の刀身は最も分厚い所でも1mmもない極薄の刀身の刀だ。極東独自の製法で練り上げた刀身には通常よりも粘りがあり、より頑丈さ、使いやすさを増している。
最硬度の金属は刃毀れや切れ味の低下は無いものの、やはり日々の手入れは肝心なので特注品の砥石で手入れを行う。
何が言いたいか。
すこぶる良好である。
モンスターの大群を退け、チェレンは魔石の回収、俺は薄刃蜻蛉の手入れをしているとチェレンが言った。
「ねぇ、ものっすごくヒマっていうか退屈なんだけど」
「俺だって退屈だよ。雑魚相手に業物振り回して一々丁寧に手入れせにゃならんのだ」
切先を天に向けて刀身と刃を見る。
さっきから研いではいるものの刀身には傷1つ無く、砥石ばかりが削れていく。
薄暗い洞窟の中で唯一の光源であるランタン(カンテラと言うのかもしれない)は今日は持ってきていない。雑魚相手に魔法など使う機会は無く、やはり無用の長物となってしまうのだが、俺はこういうときにも使える魔法を知っていた。
視界が段々明るさを失っていく。魔法の効果が切れたのだ。
「ジンー魔法使って―」
「急かすな、待ってろ」
立ち上がって詠唱を始める。
「Oss nada nott lysa auga」
ポゥと瞳に紫の光が煌めいた刹那、視界に明かりが戻った。
この魔法は光源を生成するものではない。
人々が戦闘能力を磨いている間に俺は大地を駆け抜け、本の森を這いずり回り、ありとあらゆる知識を蓄えたのだ。
そして月の無い夜に使えそうだなと思い覚えたのがこの一定時間の暗視能力付加魔法だ。
攻撃魔法のように膨大な魔力を消費するでもないので、燃費は最高で光源を使わないので奇襲の心配も少なくなる。逆に奇襲の時にも役立ったりする。
「まあ、魔石利用のランプを使わないからこの魔法は便利だし魔石の消費も無いからお財布には優しいけど、戦闘中に効果切れた時は焦ったよ」
「視覚情報無くてもそこらの雑魚を倒せるんだ。焦ることはない」
「そうだけどさー」
焦る物は焦るし怖いモンは怖いのと言うチェレンだが、怖がるどころかお化け屋敷みたいで楽しーとか言っていたのはもう忘れたのか。
まあ何はともあれ3階層まで到着して目の前には4階層に繋がる階段があるんだ。焦ることなんて何一つない。
と思っていたその時
「あ、追いつきましたよジン様」
「何……だと………!?」
大袈裟に反応してみせたが驚いたのは事実である。
トテテテと駆け寄ってくるリリと、かなり疲労の色が濃いクラネル。そんなんで大丈夫か?
俺の心配そうな視線を汲んでのことかリリが説明する。
「ベル様ったらここまであと少しなのに休憩とか言うんですよ?ですからここまでノンストップ、ここに到着したら休憩ですと猛ダッシュで来たんです」
「あまり無理させるなよ?」
5階層に辿り着く前に力尽きるぞと言う意味会いを込めての言葉。
リりはこういった急激なペースアップや長い移動にも慣れているであろうが俺と同じく新米冒険者に同じペースを保てというのは無理難題というもの。しかも俺のように以前に戦闘職や肉体労働経験のあるものなら何とかついて行けただろうけれども、そういったことをやっていた様子もないクラネルは、息も絶え絶え足取りもフラリフラリと危うい。トマトや林檎のように真っ赤にした顔は風呂上りのようにびしょ濡れ、ここの気温さえ低ければ湯気も立っていたであろうほどだ。
しかし根気だけで冒険慣れした者に、少し遅れてはいるものの付いていける彼は冒険者としては中々に高い素質があるように感じる。
残念ながら俺にはそんな生まれ持っての才能は無く、皆に隠し続けている特殊なスキルに依存している。
正にポテンシャルだけで乗り切る彼と俺は正反対の存在と言える。
羨ましいと思うが、限界が中々来ないと言うのは苦しい時間が長く続くことでもあると思い、その才能が欲しいとは思えないのがまた不思議である。
「俺達は先に行く」
時限任務や緊急クエストを受けた訳ではないので急ぐ必要がある訳ではないが、つまらない場所に長くいても気分を害し腕を鈍らせるだけだと、先を目指す。
新米のクラネルがここまで来たことによる焦りもあったかもしれないが、それ以上につまらないこの上層から早く抜け出たかった。
歩き出す俺達の背を見てクラネルの表情に一瞬の焦りが見えたが、体を休める方が優先だと理解したのか近くの石に腰掛けた。
リリもすぐに追いつきますからねと手を振っていたが追いつくことは無いだろう。そんなハイペースで進めば必ず先にクラネルに限界が訪れる。
「別にもうダンジョンには慣れたしあの子達と一緒に居てあげてもよかったんじゃないの?」
俺の顔を覗き込むようにして言うチェレンの言うことはおかしいことではない。無論間違ったことを言っているわけでは無いので反論も否定もしない。
新米の安全を確保し技術を与えて育てていくためにもついて行った方がいいのは分かっているのだが、それでは教えられないこともある。
「自分が危機にどう立ち向かえばいいかは人がいる状況では身につかない。あいつらはあいつらで戦わせなければこの先に進めない」
あのままの状態でもう少し奥へ進んだらと想像してみる。
大きさの違う敵に戸惑い、普段通りの戦いが出来ずにやられてしまうのは想像する間でもないことだが、まあ戦闘指示を行うリリが居れば余程の事が無い限りクラネルがくたばることはないだろう。
「でもここらは雑魚ばっかりだよ?」
「奥も大して変わらない雑魚ばかりだが、新米からすれば俺達の小さな戦力差が5倍6倍にも大きく感じるものだ。弱者の視点で見なければわからないことだが」
故に強者は弱者を理解できず、逆もまた然りである。
そして俺はその強者の立場で人の努力も知らずにそれを貶し、踏みにじる強者を誰よりも憎み、忌み嫌っている。
そんな人間に俺はならない為に弱者に寄り添って生きる選択をし、そして弱者を助ける為にここまで辿り着いたのだから。
「こんな所で立ち止まってられないんだ」
「そうだね。先を急ごうか」
4階層の階段を捜し出すべく先を急いだ。
暗闇とは人それぞれの見方があり感じ方も違ってくるものだ。暗闇に限った話ではないが、。
いくらか例を出してみようか。
主神グローリアの知る暗闇は、好奇心を擽る魅惑の象徴だと言った。未知の領域だと言った。
相棒チェレンは暗闇を、壁だと言った。自分と相手を隠して遮断する壁だと言った。
とある集落の長は暗闇を、恐怖の頂点にある物だと言った。悪の蔓延る世界だと言った。
では俺自身が抱く暗闇のイメージはどれに最も近い物だろうか。
俺のイメージはチェレンとグローリアの中間であろう。
先の見えない未知と好奇心もあるが、誰も見えない暗闇に包まれて平穏を暮したいとも思った。
しかし平和なんてものはどこにもなく、あったとすればそこに人はいないだろう。
だが人が居なくても平穏なんてものは無い。
数多の冒険者が死に絶え誰もいない暗闇のダンジョンの中でも平穏はないのだから。
そして暗闇を利用する敵もまたいる。
そんな危険と隣り合わせの暗闇に安心感を感じる俺はどこか狂っているのだろう。
「7階も雑魚ばっかりだよぅ」
「20階層くらいまで行けば楽しめるんだろうがな」
こんなに暗いのに蔓延る敵の目が寸分違わず俺達を射止めている。そんな危険な状況に心地よさを感じる俺は、まだ弱者だ。
「『穿』」
天井に張り付いていた敵を貫く。
俺は魔剣で戦うようにした。薄刃蜻蛉は砥石の消耗が激しすぎた。というよりも刀身に傷が無いのに使い続けた結果砥石が使い物にならなくなったのが武器変更の正しい理由である。
予備の砥石も既に半分ほどの薄さになってしまっているので、早々にここを出るべきだと思うのだが、そこかしこに湧き出る雑魚の殲滅をしていると、先にも後にも移動が遅くなってしまうものである。
「ジン、ここまでの道覚えてる?」
「覚えてない」
俺の言葉を聞いてチェレンが喚いた。
「僕達迷子になってたの!?何で言ってくれないんだよぉ!!」
待て待て待て激しく揺らすな吐くぞ。
そんなことを言ってやると汚さないなら吐いてもいいよなどと言い返してきたので発射口を向けてやり汚す気満々だと意思表示し、漸く揺らすのをやめた。
過去最悪の船酔いでもここまでの吐き気は催さなかったが、やはり揺れの規模が違うので吐き気もまた酷いものになっていた。
そんな俺達のふざけ合いの間にも雑魚は増え続ける。
「アレを一掃したら今のチャラにしてやるよ……うぷっ」
「僕が掃除してる間に直しといてよ」
チェレンはメイスを持って雑魚掃討に当たった。
エルフでは珍しい近接戦闘をメインとしたチェレン。元は貴族だった彼も今ではその面影の欠片も無い。順応ってすごいなーと思うが、本人はそれに気付けないのが難点だ。
メイスは形状や使い方から荒々しく武骨な戦闘をイメージさせるがチェレンは魔法による支援を交えて無駄なく美しく戦う。
まるで芸術の1つだ。一帯を魔法で彩る。繊細に、しかし大胆に。
そんな戦闘に魅入っている間にいつのまにやら終わっているのだから何気に効率を理解できているのだ。
吐き気も収まり、歩き出そうとしたその時だった。
地響きの咆哮―――――
「チェレン、岩陰に隠れて静かにしろ」
俺の様子の変化におとなしく従い静かになったチェレン。静寂なる空間に耳を澄ます。
足から伝わる地響きは大きくなっていき、咆哮もまた鮮明になっていく。
大型モンスターの大群が移動している!?
大型モンスターはここらにもいるが、咆哮から伝わる殺気はここらのものとは格が違う。
もっと深いところにいるはずのモンスターであることは確認できたが、様子が違う。
「怯えている?」
咆哮には殺気はあるが、畏怖の声も混じっている。どういうことだと耳を澄ますと…………
「逃げるなー!!」
guooooooooooooooooo!?
大群の奥から人の声がした。
まさかモンスターが冒険者から逃げてきたのか!?
前例や噂でも聞いたことの無いモンスターの自発的逃走。
しかしこれ以上、上に行けばクラネルやリリがいる。他の新米冒険者もいるだろう。
彼らがあのモンスターと戦えるとは思えない。
そう考えて群れの逃走先に飛び出し、戦闘の敵を刺し貫いた。
「こいつは!?」
人型のモンスター。鍛え抜かれた肉体の証である脂肪の無い筋肉のみで構成された身体に獣の頭、大きく鋭い角。以前見かけたことのあるモンスター。伝説に登場する怪物の名がつけられたモンスター。
ミノタウルス。食すには不向きな全身筋肉ダルマなモンスターだ。そもそもこのダンジョンで食事向けなモンスターは少ないのだが。
先頭のミノさん(長いので略す)を倒しても集団で移動しているので先頭以外は攻撃を確認し回避して先を急いでいく。
「あっ、避けてー!!」
「ん――――のわぁ!?」
我ながら情けない声を出してしまったが、そうなってもしかたないだろう。
目先数cmを双刃が掠めていけば誰だってそんな声を上げるはずだ。
幸いかすりもしなかった双刃は水平に俺の前を横切り逃げるミノさんの背を貫く。
だがミノさんは仲間がやられたのに振り向きもせず先を急いで道なりに進んでいく。
そして少しあとから投擲した本人と思わしき冒険者が俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫だった君!?」
差し伸べられた手を掴むことなく立ち上がり、チェレンに先に行けと合図して冒険者と対面する。
冒険者の声からしてまだ成人していない少女であることは予想できていたのだが、それが2つ名持ちであるとは思いもしなかった。
褐色の肌にあの大双刃を投げ飛ばせるだけの力。大双刃使いのアマゾネス。そしてあのミノタウルスが恐れるほどの戦闘技術。
その情報だけで、目の前の少女がティオナ・ヒリュテであることが分かった。
しかしながら今はのんびり話し合いができるような状況ではない為に走りながらの会話となった。
「まさか第一線で戦う攻略組の、その中枢である精鋭の1人、ティオナ・ヒリュテと対面できるとは。デスパレードでもしようとしたわけじゃないでしょうねえ?」
「何々?私の事知ってるの?」
こいつからはチェレンと同じ匂いがする。物理的なものではない。オーラとでも言えばいいのか。
だがこちらは成人していない分違和感は少ない。
無邪気な彼女、ティオナ・ヒリュテは深々と地面に突き刺さった重量級武器種の大双刃をいともたやすく引き抜いていく。これが種族の違いか。同じような外見でもまるで違うものだ。
「攻略組の精鋭は全員有名だと思ったんだがなぁ」
有名人には2種類いるらしい。
片方は自分が有名になっていることに気付かない人間。もう片方は知名度を利用して高みを目指す人間。ティオナ・ヒリュテは前者であろう。
戦力の高い者は無自覚のうちに知名度が高くなっていることが多いと言うが、事実であったことをこの状況で知った。この情報が今の状況を変える訳でも無いので頭の中に刻み込む必要はないが。
「兎も角、5階層に俺と同じ新米冒険者がいるんで何かあったら………」
「だからそうならないように逃げた奴を倒してるの!!」
ゴウッという風を切る音を立てながら投擲され直進する大双刃は、数秒後に見事数m先のミノタウルスを貫く。やはり中々の戦闘センスだ。これなら思ったより早く上に戻れそうだ。
とりあえず無事でいてくれよリリ、クラネル。
今回使われた魔法の詳細が知りたい方は「SAO 魔法 詠唱」でググってください