彼が望みの為に戦うのは間違っているだろうか(更新停止) 作:双盾
寝落ちしてました
「む」
意識が一瞬にして覚醒し、睡魔は欠片も残らず消滅した。
ここは……俺の部屋か。
日の光は無く、月星の輝きも雲に覆われ届くことはない、正しく暗夜。しかし街の明かりが微かに部屋を照らしている。
時間は…………分からんな。日の出ていないことを考えると夜、街の賑わいからして深夜か。
コンコン
唐突なノックの音に、無意識に腰に手を動かしていたが掴むべき武装は無い。
ノックした主の声が、扉越しに聞こえた。
「失礼しまーす」
「俺の返事を待たずに入るならノックは無意味だと思うんだが」
「あ、起きた。おはよー…でもないか。おそよー」
やはり和やかに、間延びした挨拶をかけるチェレンの手にある物に視線がいく。
濃紫の結晶と小槌。
それを見て自分の周囲を見ると、自分を中心に紫の粉が、陣を描いている。
魔方陣と結晶、そこから導き出される答えは1つしかなく、それは考えずとも理解できた。
「治癒促進の陣か」
「惜しいけど違うよ。これは心療癒陣だよ」
「そう…か」
やはりコイツにも気付かれるほどだったか。
ああいう光景は今までに何度も見てきたはずなのに、何故か今回は特にダメージが大きかった。それこそ魂が抜け落ちたかと錯覚するほどに。
しかし、ではあの夢の声はこの陣によるものなのだろうか。
俺の知る診療癒陣はそんな効果は無かったはずだ。
ドクン
「っ」
「ジン?まだどこか痛むかい?」
「いや、大丈夫だ」
この陣は基本的に、精神的に傷を負うような事件があった日に使って、その記憶を曖昧にするというものだが、その副作用で夢を見ることができなくなることから避夢陣と呼ばれ、使われる場合の殆どがその副作用を使うことだ。
なのに俺は夢を見た。
もしくはあれは夢ではない?
「あ、ジン。今から僕買い物行ってくるから、もう少し寝てていいよ」
「ん、ありがとう」
チェレンが部屋を出る。そして家を出たのを確認すると、俺はチェレンの仕事場、地下の鍛冶部屋へと侵入する。
結界が張ってあったが、どうやらこれは侵入者撃退用のものではないらしい。陣や結界の解読を専門とした職種の者もいたが、生憎と俺はそういった知識を記憶していないので予想でしかないが、事故防止のための結界だろうかと憶測するが、今はそれどころではない。
俺の見ていたものが夢でないとすれば恐らくあれは俺の精神世界。そして陣の力を利用してそこに入ってこれるのは、夢見の力を持つ者か、強い魂を宿した道具だ。俺の身近で強い魂を宿した物は無いが、強い魔力を宿した物はある。
魔剣。物によっては自我が芽生えるとさえ言われる。可能性があるとすればそれしかない。
俺が持つ魔剣でそこまで強い魔力を保有するものは限られてくる。
チェレンが手入れした装備を補完してある武器倉庫の扉を開け、いくつか目星をつけた武器を取り出し、台の上に並べる。
それぞれ訳有の武装だが、最前線でも使える超一級品ばかりだ。
一つ一つをじっくりと睨みつけるように見ていく。
台の上には4種類の武器。左から順に、メイス、トンファー、鉄扇、兜割と並んでいる。
まずメイス。チェレンが作成し、命名された名を『ボロス』。頂点に金剛石で出来た水晶が埋め込まれた術杖だ。水晶の中を覗き込むと、そこには2体の蛇が互いの尾を飲み込み続ける絵が浮かび上がる。チェレン曰く、錬金術を生体学方面に特化させたものらしい。
しかしこれからは自我を感じることはない。
次はトンファー。これもまたチェレンが作った物だ。名は『エル』。通常の物とは違い、角柱ではなく解読不能の刻印が施された刃だが、部類として最も近い物がトンファーだったらしい。チェレン曰く、ジンに似合いそうだったかららしいが、使い慣れない所為か、俺が使うことはなかった。
けれど俺に語りかけてきた武器はこれでもない。
続いて鉄扇。鉄だけではないので扇とでも言っておこうか。これは極東の地で依頼を熟した際に受け取った物だ。薄紅の生地には深紅の花弁が舞っており芸術品のように美しいが、列記とした魔具である。
だがやはりこれでもない。
となれば最後、兜割だ。
手に取った時からこれではないだろうかと薄々感じてはいたが、やはりこれであったかと零す。
これは、扇と同じく極東で手に入れた物だが、報酬などではない。曰くつきの代物で、手に余った持ち主が半ば押し付けるようにして渡してきたのだ。
兜割は基本、斬撃を流す、言わば防御系装備だが、こいつは違った。
呪いが籠められているらしく、独りでに宙を舞い、無差別に人を喰らうと言われる物だ。
「お前か」
チェレンによって作られた封印の力を持った鞘から刀身を出し、直接触れて問いかける。
黒塗りの刀身には美しい彫刻がされており、触れた瞬間の冷たさが心地よい。
しかし次の瞬間、彫刻が紅に染まり、脳内に直接話しかけられるように声が聞こえた。
「よく分かったな」
脳がビジョンを見せる。ボロ布を纏った二十歳前後の男の姿を見せつける。
男が続けた。
「お前は俺に似ているな。特に血で濁ったその魂とかな」
「お前は誰だ?」
「俺か?俺はエペタムだ」
『エペタム』。兜割の自我は確かにそう名乗った。
しかし俺は、全く同じ名前の短刀を知っている。どちらにも共通する人喰いの力。一体どういうことだ?
「訳が分からねぇって顔してんな」
俺はエペタムの言葉にビクリと反応してしまう。
そんな俺を見てエペタムはヒャヒャと笑う。
「お前の思い浮かべたエペタムは俺で間違いない。何、簡単なことだ。俺の力を恐れた人々は霊や妖、呪いに詳しい極東へと俺を売り払い、鍛冶士によって姿形が変わった。ただそれだけだ」
俺の知るエペタムは、底無し沼に沈められて終わりと言うお伽噺の中での存在だ。現存するはずがないと思う一方で、こいつが嘘をつく理由が無いと思うと、どちらが正しいのか分からなくなってしまった。
思考を巡らせる俺を、エペタムは笑う。
「お前が俺の話を信じようと信じまいと関係何て無い。俺が自我を持ち、力を得て現存する。これだけで十分だ。そうだろう?」
「そう…だな」
そうだ。俺はまったく無駄な方向に考え事をしていた。過去は失われ行くものだ。伝承が時と共に捩じれ歪み変わるものだというのは極々当たり前なことなのだ。
大切なのは、これから先の事を考えることだ。
エペタムは右手を出す。
「お前が力を欲するのならば、契約を結ぼうじゃないか」
「いいだろう。お前は俺のモノ(凶器)となり、お前は俺にチカラ(狂気)を与えろ」
「殺めし魂に誓おう」
俺とエペタムは契約の握手を交わす。
腕から回路が接続されるように紅の模様が浮かび上がり、エペタムの右腕へと流れていく。エペタムもまた腕の模様が俺に流れ込んでくる。やがて模様は消え、代わりに左目を猛烈な激痛が襲った。
「ああああああああ!!!!」
「騒がしいぞ」
そんなエペタムの言葉でさえ聞こえない程の絶叫は、痛みが引くと共に小さくなっていく。痛みが消えると全身から脱力するが、ヨロヨロと年老いた人間のように細々とした力で立ち上がる。
エペタムは俺の前に立つと、宣言するように言った。
「今、契約は成された!!闇の加護があらんことを。我が主サマ」
その時、俺の左目に、契約の刻印が施されていることを知らず、風呂で鏡を見た時にその刻印に初めて気づいたのだ。
俺は風呂から上がり、部屋で旅支度をしていた。
チェレンは地下室で鍛冶やら調合やらでここ数時間籠りっ放しだ。昔はよくもまああんな埃っぽい所に籠っていられるなと思いもしたが、あの密室に行くと何故だか安心感があり心地よいので今では長時間籠るあいつの気持ちが少し理解できる。
まだ出てこないだろうと思い、遺憾ではあったが置手紙を残して家を出た。
日が昇り始め冒険者もまた深夜に比べて減ってきている。
腹ごしらえすべく酒場「豊饒の女主人」に向かう。店の前にはシル・フローヴァが砂や埃の掃き掃除を行っている。足音か、気配かを感じて俺の方に視線を向けた。そして間もなく俺の姿を認識して手を振った。
「ジンさーん、おはようございまーす」
朝から元気だなという意を込めて無言で腕を上げる。
少しすると向こうが駆け寄ってきた。仕事放っておいていいのかと思いつつも何も言わずにいた。
「昨日は姿を見ませんでしたが、お休みだったなら来てくれればよかったのに」
「バイト募集しれるんですか?ここって」
「いえ、ボランティアです」
タダで働く気は毛頭ないので丁寧に断りを告げる。ブーブーと文句を言ってきたが、その後はすっかり営業魂が戻ってしまったのか、うちの店で金を落としてけオーラが伝わってきた。
そんなオーラを出さずともそこで食事するつもりだったのだから。
店に入り、席に座るといくつか料理を注文する。注文を受けたシルは厨房へ行き注文を繰り返す。
そしてすぐに俺の向かいの席に座るとさして重要でもない会話を始める。
「昨日はいつもより…………」
様々な話題をコロコロと変わる表情と共に話す彼女は楽しそうで、けれどやはりどうでもいいことばかりなので適当に相槌を打って流し続ける。
けれど話の最中でふと何かを思い出したように話し始めた。
「そういえば昨日、ジンさんの姿が見えないからリューも心配してましたよ?本人は認めようとしないけど」
「それはそれは。謝っとかないとなぁ」
「丁度買い物に行っちゃってて」
ここで食事を取るのは建前で、ホントはリオンさんに会いに来たのだが、どうやら対面は叶いそうにない。
少し凹む俺の元に、注文していた食事を持ったドワーフの店長が来た。
どうやらシルに仕事をさせるために来たらしく、首根っこを掴まれて厨房へと引っ張られていった。あれって結構苦しいんだよな。シルの顔を青くなってきてるし……気にしてはいけない。
今回はライス特盛とコンソメスープ、そしてサラダとステーキだ。そして恒例ともいえる頼んでいない増量で凄まじいことになっているが、美味しいものはいくらでも食べられる物。
さして時間をかけることなく平らげてしまった。
俺は食器を持って厨房へと入る。
シルはサボった罰なのか大量の野菜の皮を剥いている。俺を視界に捉えた店長は「すまないね」と言って手の食器を受け取る。ついでに勘定も支払っておく。
そして涙目で皮を剥き続けるシルに伝言を頼む。
「リオンさんと、リリが来ることが有ったら、1週間ほどここを離れると伝えてください」
「旅行ですか?」
「仕事」
うげぇと女子にあるまじき表情をすると、頑張ってくださいと親指を上に向けてエールを送ってきたので俺も、サボったりするなよーと言って店を出た。
バベルでありったけの食糧を買い漁り、馬を借りて街を出た。
俺がこの街から一時的に離れる理由。それは、セモゥルを壊滅させた賊を調査及び殲滅だ。
これは誰からの依頼でもなく、命令でもなく、俺自身の起こした行動だ。報酬が出るでもない、損しかないこの行動に、意味なんて無い。あるとすればそれは少女への危機軽減を建前にした、ただの自己満足だ。
「自己満足でいい。殺人者でも悪人とでも罵られようと関係ない」
「殺人者は仕方ないとして、悪人は違うんじゃねぇか?」
エペタムが語りかける。
「俺達は悪を倒しに行くんだ。あいつらが悪である以上、俺達が悪になることはない。だろ?」
エペタムの言うことは正しい。少なくとも、文字上は。
しかし人間は文字で表し切れないもので、悪人を殺しても殺した人間は悪人と呼ばれ、強制的にやらされた犯罪でも、やったらやったで犯罪者呼ばわりなのだ。
そんな俺の説明を聞いたエペタムは、めんどくさいモンだな、人間てのはと零した。
「1度でも悪になればそいつは更生なんてできねぇってのに。白い布に墨汁ぶっかけて洗い落とせないのと同じだ。同じ罪を繰り返すくらいなら、繰り返す前に止める。至って当たり前なことなんだがなぁ」
「人間はそう簡単に割り切れるもんじゃないの」
俺とエペタムの会話をここで一度打ち切る。
前方に見えてきた集落。そこにはギルドからの調査隊が入り、逃走経路や当時の状況を洗い出している真っ最中だ。
その中の1人、調査隊リーダーの男がこちらに歩み寄ってきた。
「誰だ。名乗れ」
「普通は先に自分から名乗るモンだろ。まあ名乗るけど。グローリア所属、ジン」
リーダーの男は俺の言葉にうぐっと言葉を詰まらせるが、すぐ後に驚きの表情に変わる。俺の名を聞いた男だけでなくその調査隊のメンバーもまた、驚き俺を見る。
リーダーの男は、すぐに殺気と共に腰から抜きかけていた剣を収め、数歩下がって頭を下げた。
「これは失礼しました!!まさか先行者でしたとは」
なんだその変な呼び方はと、顔を顰めるが、男は気付いてないのか言葉をつづけた。
「私は調査隊の隊長を任されているセルゲイ・ファンブレイであります」
茶髪の犬人は名乗る。雰囲気や風貌から忠犬といった感じだ。
ビシッと敬礼をすると、団員もまた俺に向かって敬礼する。ギルドっていうのは規律とかめんどくさそうだな。その点グローリアは物凄い規律が緩いんだなと改めて実感させられる。
「ここにはどれくらい滞在するんだ?」
俺の見込みだと3日くらいだろう。
ファンブレイはすぐに調査隊団員から情報を収集し、素早く日程の見込みを立てる。大まかな日程が決まったのか再びこちらに戻ってきたファンブレイは背筋を伸ばして報告する。
「報告します。今後の進展具合にもよりますが、5、6日の滞在を予定しております」
「意外と長いな」
予想の2倍の日程に驚く。
ファンブレイは集落の惨状を一瞥して、口を開いた。
「オラリオから目と鼻の先で、このような残酷な事件が起きてしまったのです。このままオラリオにまで危険が及ぶことの無いように、事件当時の詳細な情報を調べるため、通常よりも長期間の滞在を認可されています」
そういうことか。ギルドはオラリオだけでなく、オラリオの付近のことも担当しているのか。従業員の仕事量と給料が多いわけだ。
俺はここに来た理由を話す。
「俺は襲撃してきた賊の情報が欲しい。しばらくここに滞在させてもらっても?無論食料や野宿の準備はこちらで用意している」
「先行者が直々に手伝っていただけるなら、我々としては作業の効率が上がってより詳細な情報を手に入れられるので感謝するばかりです」
決まりだな。
俺はしばらくこの調査隊と行動をともにすることとなった。