とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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無知蒙昧

 

 

 

 とある洋服箪笥がある。

 中にあるのは清楚なシャツやこの時期には着用されない防寒用のコート。

 どれも所有者の人柄を映し出している。

 

 ただし、一つを除いて。

 

 その中にたった一着、色も形状も材質も隣り合っている衣服とは全く違う、場違いとも呼べるものがあった。

 

 赤い、レザージャケット。

 猪突猛進を連想させそうな、情熱の緋色。

 否、その色が表わしている者は情熱に意味は近いが、与える印象が異なる『情』かもしれない。

 

 扉に手をかけながら、固法美偉は感慨にひたっている。

 視線は一点から動かない。

 その先にあるのはその箱の異端者。

 現在はその空間に収まったままであり、現在の日常からはかけ離れた存在であるが、最も思い出深い一着。

 かつての日常の物。

 忘れかけていた日常。そして、忘れたくもある日常。

 

 だが、呼び起されつつある日常だ。

 自分が今はない笑顔をさらけ出していた日々。

 今のような平穏はないが、毎日が胸躍っていて、純粋に楽しみに満ちていた。

 

 そして一瞬で崩れ落ちた日常だ。

 

(…………、)

 

 己の世界に入っていた固法にふと声がかけられた。

 

「あ、美偉。 もう行くの?」

 

 声をかけたのはルームメイトである柳迫(やなぎさこ)碧美(あおみ)。固法と同じく風紀委員ではあるが、うっかり腕章を鞄のなかに入れっぱなしにしてしまうように彼女ほど熱心に活動しているわけではない。

 

「ええ、世話のやける研修生がいるからね。アンタこそ偶には支部に顔を出しなさいよ」

 

「校内だけで十分よ。私は恋に青春に忙しいの」

 

 風紀委員になったのも出会いが豊富である仕事であるからなのかもしれない。

 

「そうだ、今支部に来ているっていうレベル5の第六位くん。写真は出回っていないけど、けっこうかっこいいって噂なんだけどどうなの?」

 

 支部には来ないのにそんなことには敏感なのね、と内心固法は呆れる。

 確かに美影の顔はかなりいいと思う。

 運動神経も人柄もいい、とこの五日間で分かった。

 白井や初春からの信頼も厚い。少なくとも一方通行よりは世間で言う『良い男』なのだろう。

 だが、それ以上に不思議な、謎が多い人、という印象が強かった。

 

「いいとは思うけど、アンタとは合わないわよ」

 

「ええー! 残念、噂ではファンクラブも出来ているらしいのに、」

 

「…………、」

 

 意外だった。

 多くを知っているわけでもないが限られた情報の中では非の打ちどころがない、といえるかもしれないがそこまでなのは予想外だ。

 少なくとも、彼はそういうことに熱心とは思えない。おそらく本人公認ではないだろう。

 

「……ねぇ、なにかあった?」

 

「! ッ……」

 

 図星だった。

 自分でも言葉に表すことは今は出来ないが言外で表される『なにか』はここ数日胸の奥にあった。

 柳迫とは長い付き合いなため、隠し事は出来ないのかもしれない。

 だが、

 

「なんにもないわよ、」

 

「……ふぅ~ん」

 

 これは完全に自分の問題だ。

 巻き込める理由も道理もない。それ以前に自分で解決したいという気持ちが強い。

 

「じゃ、第六位くんの顔写真ぐらいは撮ってきてね」

 

「え? ちょっと碧美!」

 

 そんなことは頼める気がしない。

 下手をすれば自分が変な気があると思われるかもしれない。

 声を上げた時には柳迫はすでに出かけてしまった。撮ることに困ってはいるが、一番の悩みは別だ。固法の心中の濁りを作り出した張本人は彼だ。

 固法は再度紅い一着を見る。

 そして箪笥の戸をパタン、と閉じた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……なんか今日はスキルアウトの能力者狩りが多くないか?」

 

「そうですね……。」

 

 美影は目の前の自分が先ほどのした武装無能力集団をみて思う。

 後ろに隠れていた初春も同感だ。これで本日三回目、十四人目だ。

 美影の技術により、衣服の裏は確認できないが倒れている男どもに目立った傷はない。

 襲われかけた女子高生を丁重に見送って支部へと戻り始める。

 

「はぁー、めんどくさ、」

 

「でも何だかんだで美影さんはしっかりしていますね」

 

 初春は美影に感心している。尊敬ともいえる。

 四日目からは美影は初春と、一方通行は白井と、二手に分かれての巡回を行っている。

 なぜ、その組み合わせになったかというと、初春では一方通行を止められないだろう、という固法の判断だ。白井が出来るかどうかは何とも言えないのだが中々に良いコンビかもしれない。

 そう決まった時、初春は安堵を、白井は不満を露わにしていた。

 方や身随、片や誠実。よほどの世話好きでなければ望ましいのは明らかに後者だ。

 だが、白井も(自称)大人だ。

 一方通行を扱えるように粉骨砕身しているようだ。

 

「さすがの俺も飽きてきたよ。こいつらの相手は」

 

「あと二日ですよ。頑張ってください」

 

 初春は優しく励ます。

 だが彼女も正直美影には正式に風紀委員になってほしいのだ。白井は毎日薦めるが無視が返事となってしまったため言葉には表わさない。

 

「はいはい。分かりましたよ、風紀委員の先輩さん」

 

「!!」

 

 風紀委員として『先輩』と呼ばれたことがうれしかったのか、初春はより笑顔が晴れやかになり、無理に背伸びするように活動に励みだした。

 その様子を見て、美影は心の中で口を三日月型にし、呟く。

 

(ちょろいな、初春も、)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「おい、花瓶。さっさとコーヒー入れろ」

 

「なんで名前で呼んでくれないんですか~!?」

 

 一方通行はお決まりとなった初春いじりでコーヒーを注文する。

 美影はそう呼んだりはしないがそのほほえましい(?)光景を見て面白く感じている。

 白井はなぜかいる美琴とパソコンの画面で最近の能力者狩りの情報を閲覧している。

 

「またビッグスパイダー?」

 

「今週で三件目、お兄様と一方通行さんの活躍により被害者は減ってはいますけど・・」

 

 最近能力者狩りを行っている武装無能力集団の組織の一つ、『ビッグスパイダー』についてだ。

 人数は不明。本拠地も今だ分からず。

 唯一つ、分かることは

 

「リーダーの名前は黒妻綿流。どうせいけ好かない高慢ちきに決まっていますわ」

 

 顔を見たこともない男を遠慮なく批判する白井。

 彼女にはよく知らない者を侮蔑する傾向があるかもしれない。

 

「やっぱここは一発ドカンと」

 

「美琴、お前は風紀委員じゃないんだから大人しくしてろよ」

 

 ドカンが文字通り洒落にならないドカンである美琴に兄として一応忠告しておく美影。

 だが彼はそんな言葉で妹が止まらないことは重々承知している。『勝負』を申し込まれたとき、何度も静止の声をかけても止まらず、一晩中追いかけまわされるという彼が求めない珍事があった。

 今は上条がその役を無意識に買ってしまっていることは先日知った。

 

「その通りですの」

 

 白井も同感だ。

 溺愛しているが美琴の暴走は白井にも止められない。

 

「あ!」

 

 そこで初春が声を上げた。

 手にあるのはインスタントコーヒーのガラス瓶だが、セピア色の粉末はなく、透明のガラスしかないため、瓶の向こう側からくる光の妨げとなるものはない。

 

「コーヒー、一人分しかありません」

 

「じゃあ俺はいいよ」

 

 そこで辞退したのは美影。

 一方通行にラスト一杯を譲るというのだ。

 だが、明日の分は一滴もないため、

 

「じゃあ、これから買い出しにでもいくわ」

 

 固法がすすんで調達を申し出た。律義な彼女はそれを手間とは捉えていない。

 

「じゃあ、わたしも」

 

 一人で行かせるのは申し訳ないため、初春も同行を求める。 

 

「初春さんはいいわ。そうねえ、御坂君、一緒にきてくれない?」

 

「荷物持ち?」

 

 その提案を美影は男性の役割と捉えた発言をする。

 表情から意識している女子がなんとかして男子に近づこうとするような考えは少しも伺えない。

 

「ええ、冷蔵庫の中に切れていたものがけっこうあったから。お願いできる?」

 

「いいよ、別に」

 

 断る理由はない。

 一方通行と違ってそれくらいの要望にはこたえられる。

 準備することは財布ぐらいなため、すぐに支部から出て行った。

 

「『ビッグスパイダー』の根城は第10学区、通称『ストレンジ』というところらしいですの」

 

 見るからに事務的なものでロマンチックな展開は期待できないため、出て行った二人のことは気にせず白井は画面に映し出された情報を読み上げる。

 野蛮な武装無能力集団には『ストレンジ』という本拠地はお似合いだ、と白井は見立てる。

 あごに手をあて、今後の行動について思考する。

 

「行くの?」

 

 美琴が尋ねる。

 白井の表情からはそう伺えた。

 

「管轄外ではありますけど、第七学区内で発生した事件の調査だと言えば筋は通りますの」

 

 風紀委員が管轄外で不用意に活動すればその先には始末書が待っている。

 白井はたびたび書かされることになるが、懲りないようだ。

 

「じゃあ、行こっか!」

 

 胸の前で水平に右手の拳を左手の平に打ち、張り切る美琴。

 明らかに行く気満々であることを主張しているようである。

 

「え、ちょ、ちょっとお姉様!?」

 

「固法先輩のピンチヒッターよ!」

 

 美琴は白井の手を強引に引っ張っていくが、白井は抵抗もせず、喜々とした感情が顔ににじみ出てしまっている。

 それを見ながら初春は何事もないことを願うのみ、だ。

 一方通行は本日の風紀委員としての勤務が終わったため、コーヒーを飲んだら何も言わずに出て行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ええと、一方通行君のコーヒーと、……ジュースもなかったわね」

 

 固法と美影は近くのコンビニに来ていた。

 レジ係の店員は器用なことに直立不動で寝てしまっているようだが、レジに行ったときに起こせばいいだろう。

 美影は役割を果たすべくカゴを片手に固法が取っていく商品を次々を流れ作業のように入れていく。

 

(…………、)

 

 だが固法の目的は買い出しなんかではない。もちろん写真でもない。

 ただ、美影と二人で話す機会を作りたかったのだ。

 確証はないが、自分が知りたいことを美影は知っている。

 そして固法がそのことを切りだそうとしたとき、

 

「で、俺に何を聞きたいんだ?」

 

 美影から持ち出してきた。

 固法は思いもよらない、突然の発言に驚きを隠せない。

 

「知っていたの?」

 

 無理に冷静を保とうとする。

 美影はとあるものを手に取り、わざと固法から見える様に手に持つカゴに入れた。

 

「……ムサシノ牛乳……」

 

 それは彼が好きだったもの。

 そして彼に釣られ、自分も好きになったもの。

 そこで美影が黒妻のことを知っていると固法は確信した。

 

「ああ、まあ、アンタが『ビッグスパイダー』の一員だったことも知っていたよ」

 

 固法が知られたくなかったこと、それは自分が武装無能力集団の一人であったこと。

 レベルが中々上がらなかった時期に見つけた居場所。

 壁を越えられず、暗い気持ちを持て余したとき、自分が自分でいられた居場所、それが『ビッグスパイダー』だった。

 

「彼は、……黒妻は今どこに!?」

 

 場違いな音量でのどを張り上げ、問い詰めようとする固法。何事か、と居眠りしていた店員も目が覚めたらしい。

 対する美影は眉一つ動かさないほど冷静だ。

 

「……結論から言うと、アイツは生きている。二年前に死んじゃいない」

 

「二年前のこと、知っていたの!?」

 

 その時期はビッグスパイダーの大きな転機となった時。

 そして固法が武装無能力集団を辞めた時だ。

 

「詳しくは言えないが、その時に俺はアイツと知り合ったからな」

 

「……どうして詳しく言えないの?」

 

「黒妻が言うなって言ったからだ」

 

「! ……」

 

 生きていることを知り、少しはほっとしたが、まだ心は完全には落ち着かない。

 もしかしたら目の前にいる者が彼をあの事件へと巻き込んだかも知れないからだ。

 言えないのも黒妻の口止めではなく、本当は自己防衛のためかもしれない。

 

「……以前、あなたは木山春生に『この街には知らないほうがいいことが多すぎる』って言ったそうね」

 

「誰に聞いたんだ? それ」

 

「御坂さんによ。御坂さんは木山春生本人から聞いたらしいけど、」

 

 固法は話題を一転させた。

 その言葉は彼女も美琴から聞いたときから気にかかっていた。

 裏を返せばそれは『知るべきでないことも知っている』ということになる。その一つとしてビッグスパイダーを知ったのかもしれない。

 超能力者である以上、通常では知りえない情報も得ることは出来るとは思う。

 だが、美影は、一方通行は、美琴とは『異質』と感じられた。

 風紀委員をやっている彼女にもあったことのない『違和感』があった。

 まるで、

 

「あなた達、不思議と何でも知っているような感じがするわ」

 

「まあ、今回の能力者狩りについてもけっこう知っているからね」

 

「どんなことを知っているのかしら?」

 

 挑発的に固法は言うが、自分には『余裕』がない様だった。

 この場から退きたいとも思った。

 

「キャパシティダウンがあと二つ、スキルアウトの手に渡っていること。スキルアウトにそれを渡した研究所、……は前に潰したけど」

 

「!! どうしてそれを言わなかったの!? それに何て危ないことするの!?」

 

 さらに声を膨らませ、投げかける。

 もし、それを知っていればどれだけ被害が低下していたか。長点上機学園の四人への危険が激減していたか。

 そしてなぜ学生である美影が『破壊』なんてしたのか。

 自分には到底理解できないことだった。

 

「危ないこと? またおかしなこというね、アンタは」

 

「え……?」

 

 真剣に是正させようとしたが、なぜかあざけ笑い、首を傾げられたことの意味が分からず、困惑してしまう。

 

「少しでも俺たちの身を案じてくれるなら、どうして風紀委員を続けさせたんだ?」

 

「っ……?」

 

「提案したところで上の奴らが聴くとは限らないけど、風紀委員の誰かが提案した、なんていう話は一度も聞いてないぞ」

 

 確かにその通りだ。

 初日で彼らに危険が迫っていることは明らかだった。彼らを懸念していたなら抗議してやめさせるべきだった。

 だがそれはしなかった。

 彼らなら大丈夫だと。街を守ってくれるのだと。

 もしかしたら彼らの甚大な能力(チカラ)に、自分は甘えていたのかもしれない。

 

「別に俺は今回のことが『危険』だなんて思っていはいない。俺や一方通行は白井や初春ぐらいの年には既に不意打ちでバズーカ打たれることより危険な目にはあっている」

 

 淡々と美影は語る。

 今回、自分が苦悩していることが何事でもないかのように。

 危険の軌道のほとんどが彼らに向けられているのにも関わらず。

 

「でも、少しは風紀委員や警護員に頼っても……」

 

 だが反論したかった。

 自分が、自分たちが無力とは思いたくなかった。

 

「俺はその腕章が通じないところにいたんだ。

 

  ―――何も知らないくせに、勝手なこと言ってんじゃねえよッ」

 

 その言葉に思わず退いてしまう。

 彼の目を直視できなくなってしまう。

 今まで信じた『正義』が、全否定されているような感じがした。

 右腕にある盾をモチーフとした腕章を掴む。強く、ただ強く。

 

 

 

 

 

「……ま、俺は説教できるような立場じゃないんだけどね」

 

 彼は急におどけたようになる。

 だが彼女の気は治まらない。

 彼と自分の間に線を引きたくなかった。別世界にいると思いたくなかった。

 

「黒妻のことだが」

 

 急に彼の手によって話が元に戻った。

 

「アイツを警護員に引き渡したのは俺だ。で、半年前ぐらいにアイツは出てきた」

 

 いきなりの供述だった。

 目の前に彼を束縛したものがいる。

 自分から彼を奪ったものが手の届くところにいる。

 

「あとアイツ、今日ビッグスパイダーのところに行くって言ってた」

 

「え?」

 

 彼の今いるかもしれない場所が知らされた。

 今すぐにでも足を運びたい。

 一秒でも早く、彼に会いたい。

 

「かつての仲間として行きたければいい。そこにはキャパシティダウンが一つあるから風紀委員として行くのもいい」

 

 自分が強く望んでいるのは明らかに前者だ。

 それは美影も分かっている。

 

「あと、今日中にビッグスパイダーじゃない方のキャパシティダウンは壊しておくから、そっちは任せる。それに風紀委員も今日で止めるよう上には俺から言っておく」

 

 だが美影は後者としての役割を仄めかすような言い方をした。

 それは固法には憎く感じた。

 

「……あなた、風紀委員にはふさわしくないわね」

 

「俺も同感だ」

 

 ふさわしくない、それははたしてどちらの意味での言葉であったのか。

 固法は美影を置いて、かつての居場所へと向かった。

 

 残された美影は左手に持つカゴを見る。

 そこにはコーヒーや、ジュース、ムサシの牛乳、遅くまで仕事をする人のための食料などが入っている。

 

 

 

(…………これ、俺が払うのか?)

 

 

 特に気にすることなく、自費で購入し、美影もコンビニから出て行った。

 そこには美影が良く知る、同じ制服を着た白い髪をした人物がいた。

 

「いたのか、一方通行」

 

「あァ、まったく慣れないことしてンなァ、お前は」

 

 外からで言葉は聞こえなかったが固法の表情の変化で大体の流れは読み取れた。

 『説教』じみたことなんて美影がするべきではない。

 一度、自分がその対象となったが、心に訴えかけることが大きすぎる。

 精神的に追い込まれてしまう。

 

「風紀委員ごっこだが、今日でやめるように言っておくわ」

 

「ああ、そォ。 ま、退屈しのぎにはなったがな」

 

 一方通行に残念がる様子はない。

 彼も今回の騒動はそれぐらいのことだったのだ。

 

「とりあえず、これ支部においてくるけど、お前どうする?」

 

 手に持つ通常のコンビにのものより重いビニール袋を揺らしつつ、今後の予定を尋ねる。

 

「俺は帰って寝る。これ以上関わるのは御免だからな」

 

「そうか、んじゃまた」

 

 そこで彼らはそれぞれ正反対の方向へ進みだした。

 一方通行は本来彼を待ち構えていた、あるべき夏休みへ。

 美影は残業へと。

 

 

 

 ◆

 

 

「あれ?、初春ひとり?」

 

 おそらくここに来るのは最後であろう。

 第一七七支部に入った美影は初春の姿しか見られないことに気づく。

 

「ええ、一方通行さんは先ほど帰られて、白井さんは御坂さんと出かけました。 ところで固法先輩はどうされたんですか?」

 

 初春も一人しか帰ってこないことに気づき、首を傾げる。

 

「ああ、用事が出来たってどっかに行った」

 

 初春はまだ固法がスキルアウトの一人であったことを知らない。

 もし知ればどのような反応を見せるか、おそらくそれは本日をもって風紀委員を辞める美影は見れないだろう。

 

「で、白井と美琴はどこに行ったの?」

 

 購入した飲料や食料を支部に備え付けられた冷蔵庫に入れながら美影は尋ねる。

 

「スキルアウトの『ビッグスパイダー』が根城としている、第10学区の『ストレンジ』というところにです」

 

 その言葉にムサシノ牛乳を入れようとした美影の手が止まった。

 そこには対能力者用の兵器があるのだから。

 

(……多分、大丈夫だろ)

 

 不良を十人ぐらいなら軽く相手に出来る本物の黒妻がいるのだからおそらく問題はない。

 美影はそう思った。

 固法が向かっているのだから自分は足を運べない。

 

 こっそり視ることは出来るが。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 『ストレンジ』

 学園都市の中でも表では(・・・)特に荒れている地域で、武装無能力集団の巣窟となっている。

 落書きされた廃ビルに囲まれ、風力発電のプロペラは折れ、掃除ロボは倒され、稼働不能となっている。

 風紀委員も易々と入ることさえできない。

 そんな腐食されたビルの一つの屋上に一人の男がいた。

 

 

(………どうやら大丈夫みたいだな)

 

 美影はすぐに支部を出てワームホールによって固法よりも早く『ストレンジ』に到達していた。

 約百メートル離れたところにいるのはキャパシティダウンにより怯んだ美琴と白井、二人を囲んでいた『ビッグスパイダー』を撃退した黒妻綿流の姿だ。

 現在黒妻を名乗る男は本物の登場に焦り、怯え、倒された仲間を追いてき、一目散に逃げてしまった。

 

 一騒動終えたところに固法の姿が現れた。

 

「……久しぶりだな、美偉」

 

「先輩、本当に(・・・)生きてたんですね」

 

 目の前に黒妻の姿があることに驚きはしない。

 被害者の証言、そして先ほどの美影の言葉で分かっていはいた。

 だが、納得がいかない。

 

「みたいだな」

 

 黒妻はまるで他人事のように言う。

 

((……?))

 

 美琴と白井は二人の関係性が分からず、顔を見合わせる。

 

「なんで、なんの連絡もくれなかったんです!?」

 

 生きているなら、一言ぐらいかけてくれれば、『生きている』ということだけでも知らせてくれれば、彼女はこれほど苦しむことはなかった。

 

 黒妻は言い渋る。

 そしてふと、固法の右腕に目をやると、そこには二年前にはなかったものが装着されていた。

 

 盾をモチーフとした腕章。

 武装無能力集団と対をなす存在である風紀委員である証。

 彼女はそれが一種の『裏切り』を表しているのではないかと感じられ、固法は咄嗟に左手で隠してしまう。

 

「安心しろ、」

 

 黒妻は歩きだす。

 固法のすぐ横を、

 

「すぐに消えるさ……」

 

 黒妻はどこか安心しているようだった。

 彼女が新しい居場所を見つけたことに。自分が不要であることに。

 そして、自分が共にいてはいけない存在であると捉え、歩き続ける。

 

「先輩!」

 

 固法は振り向き、名前を呼ぶ。 

 だが返事はなく、その背中は小さくなっていくばかりだ。

 やがて、見えなくなってしまう。

 

「……先輩……」

 

 今度は誰にも聞こえないほど小さな声で。

 自分に言い聞かせるように、呟いた。

 

 

 

 ◆

 

 

(あーぁ、泣きそうだよあの人)

 

 美影は遠距離からただ視ているだけだった。

 彼は全てを知っている。全てを語ることが出来る。

 だが、言わない。

 それは自己防衛なんかではない。

 ただ、黒妻に『言うな』と二年前に言われたからだ。

 

(さて、一つ壊しに行きますか)

 

 美影の仕事はあと一つ。

 ビッグスパイダーが所有しているものではない側のキャパシティダウンの破壊。

 正直、いつでもできた。

 でもしなかった。

 自分勝手かもしれないが、見て見ぬふりをした。

 単なる『気まぐれ』だ。

 今回壊すことにしたのも『気まぐれ』だ。

 もし、初日で壊せばどれだけの被害が消滅していたか。

 それは十分分かっている。

 だが、『学園都市』を知る彼にとって、そう考えだしたら切りがない。 

 

 やはり『気まぐれ』だと、誰にも見られていない中、美影は自覚した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 二年前、

 

「先輩、行かないでください!」

 

 固法がまだ『ビッグスパイダー』の一員であった頃、紅いレザージャケットを着ていた頃、突然事件は起きた。

 

「つっても、蛇谷を見捨てるわけにはいかねぇだろ」

 

 携帯を見ながら言う。

 画面には『蛇谷のバカは預かった 返して欲しけりゃ一人で来いや』の文字。

 人質だ。

 武装無能力集団であるにも関わらず節度や誇りを持った集団ということを小癪に感じたものが、一人を人質として捕え、黒妻に一人で来るよう要求しているのだ。

 

「そんなの、罠に決まっているじゃないですか!!」

 

 何人いるかわからない。

 何を武器として所持しているか分からない。

 そんな所に一人で行くのは蟻が蟻地獄に行くようなもの。

 

 

 

 

「―――そういやこの間も話したけど、やっぱりここはお前の名前を刻む場所じゃないと、俺は思うぜ」

 

 

 

 ◇

 

 

 固法が駆け付けた時には全てが終わっていた。

 呼び出された場所は呼びだした者によるものだろうか、爆発でほとんどが吹っ飛んでいた。

 残ったのは呼びだした武装無能力者集団たち。

 人質となっていた蛇谷。

 そして、黒妻がいつも着ていた黒いライダーズジャケット。

 彼のであろう血が付着している。

 

 黒妻の姿はない。

 

 死体ひとつ、腕一つなかった。

 警護員の捜査が行われてもそこに彼の姿はなかった。

 

「……うっ、ぅ……せ、先輩……」

 

 固法はただ、彼のジャケットを握り、涙を流していた。

 

 そこに彼の姿はない。

 

 

 御坂美影という登場人物もまた、なかったはずだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「どういうことなのよ……」

 

 自宅で固法は一人、呟いた。

 誰も、何も教えてくれない。

 何も分からない。

 

 二年前、黒妻がどうなったのか、

 

 二年前、御坂美影が何をしたのか、

 

 彼女はただ、分からない。

 

 

 

 そこに一通のメールが届いた。

 

 

『警備員本部は、武装無能力集団の能力者狩りに対抗し、明朝10時より、第10学区エリアG、通称「ストレンジ」の一斉摘発を行う』

 

 

 





アニメでしか得られないストーリーを文字に転換するのって大変だなあ、とにじファン時代と同じく今も思いますね。

どこか変に思うかもしれませんがこれが精一杯です。はい。


 
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