とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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厚貌深情

「――――♪ ―――――――♪ ―――――――――♪」

 

 とある少女が鼻歌を歌いながら夜の街を歩いていた。

 星の入った瞳に背に伸びるほどの長い金髪ブロンド、学園都市の五本指の一つ、常盤台中学の制服を着用し、レース入りのハイソックスにレース入りの手袋を着用している。

 すれ違う者が振り向くような美少女だ。

 学園都市、超能力者、序列第五位、食蜂操祈。

 つい先日、恋する乙女となった少女だ。

 昨日も思いを寄せている人物に出くわした(見つけた)が、少し目を離したらいなくなって逃げられてしまったのだ。

 だがそんなことで挫折する食蜂操祈ではない。

 今日もまた、彼を探しているところだ。

 

(美影さん、いないわねぇ……)

 

 昨日出会った場所に来てみたが彼の姿はない。

 最終下校時刻も過ぎているのでそもそも学生の姿さえあまり見られない。

 

 常盤台中学には『派閥』というものがある。

 基本的にはお遊びグループのようなものだが、 同じ目的を持った者達が集まって学校から設備を借りたり資金を調達し、 研究分野などで名を残すという部活のような性質を持つ。

 食蜂はその中で、常盤台中学最大派閥を率いている。

 彼女にとって、それは単なる遊びとしか思っていない。

 だが、彼女にとって、派閥は自身の目であり、耳であり、労働力だ。

 とある経路で『御坂美影』という名を知ってからは派閥のメンバーに調べさせたのだ。

 同中学に所属する御坂美琴の兄であること。今年度、長点上機学園に入学したこと。第一位、第二位、第七位を友人としていること。最近ファンクラブなるものができていること。

 

 だが、彼女が求める、住所はなぜか手に入らない。

 というより、個人情報そのものが少なすぎる。

 彼女自身、美影の知り合いの脳内を気づかれないように能力で視た(能力を使わないのは美影本人だけ)が、これといって重視する記憶が視付からない。

 風紀委員として活動するカッコいい美影の姿は視れた時には興奮していたが。

 

 とにかく、御坂美影は他人には『自分』を見せない人だと分かった。

 

 男は何でもさらけ出すよりは隠している方が良い。

 それが彼女の考えでもあった。

 だが、隠しすぎだ。

 彼女は調べれば調べるほどもどかしく感じてしまい、彼に対する独占力も強まってしまう。

 

(……初めて会ったところに行こうかなぁ)

 

 やみくもに探すよりはまだ確率は高い、かもしれない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 夜であることに加え、さらに建物に囲まれていることで街灯も届かず一層暗い。

 前方に何があるのかぐらいしか見えない。

 だが、彼女には問題はない。

 第五位の能力、心理掌握メンタルアウトは戦闘用の能力ではないが、対人間には最強とも言える様な力だ。

 一瞬で相手の動きを封じ、意のままに操れる。

 学園都市には例外はあるが、武装無能力者集団に例外はないだろう。

 

 食蜂は迷わず、躊躇わず、一歩一歩進む。

 そこにいたのは美影、ではなく不良達。夜の路地裏に群れている。

 

「おい、アイツ……」

 

 気づかれ、目が合った。

 求めている人物とは違う、汚らしい目が数個こちらに向けられる。

 立ち上がり、こちらに向かい、歩いてくる。

 

(…………、)

 

 食蜂は動じない。動じる価値もない。

 このような状況はよくある。というより、望んで飛び込み、近づいてきたものを能力で弄り倒すことをよくやっている。

 

「へへへ、」「なかなか良い女じゃねえか」

 

 耳障りな音が鼓膜を刺激する。

 やはり、彼のような声を発しない。

 

「あれぇ、ちょっと危ない状況かなぁ?」

 

 食蜂にとって、少しも危なくない。

 超能力者である彼女は数十人を一度に操ることができる。

 囲んでいるのは五人。

 すでに夜だが朝飯前だ。

 

 肩から下げているバッグからリモコンを取り出す。

 能力を最大限に引き出すには必要だ。

 

 そして演算を開始しようとしたとき、

 

 

 

 

「ッ!? な、に……これ……?」

 

 激しい頭痛が食蜂を襲った。甲高い音がそれを齎していた。

 痛みでリモコンが手から離れてしまう。

 

『ぅ~~―――~ャ―――ィ~~効~~―――こ―――――』 

 

(能力が、使えない!?)

 

 脳内を視ようとしても、ろくに読み取れず、届いた音は言葉にすらなっていない。

 圧倒するはずだったのに、手も足も出せない。

 

「へへへ、能力が使えないだろ」「そういうモノらしいからなぁ、」

 

 苦しむ食蜂に対し、男たちは笑ったままだ。

 さらに近づき、絶体絶命のピンチだ。

 不思議とここ数日は能力者狩りに合うのは何回かあった。だが、能力そのものが使えなくなるのは初めて。

 能力さえ使えればこんな奴ら一秒で倒せるのだが、その武器が砕かれては彼女はただの少女に過ぎない。

 

「痛くしねえから、大人しく―――」

 

 一人の男が手を伸ばす。

 食蜂が思わず目を閉じてしまったとき、

 

 

 

 

 

 

「ぐほぉァ!!」

 

 その男が何者かに殴られ吹っ飛ばされた。

 悲痛な声を聞き、食蜂は目を開ける。

 そこにいたのは、

 

 

 

「風紀委員でーす、ってもうやめるんだけどね」

 

 自分が捜し求めた、御坂美影の姿が目の前にあった。腕には風紀委員の腕章がつけられている。

 

(へぇ、こ、これがキャパシティダウン、ね……)

 

 彼にもこの音が聞いているようでその苦しみを少しでも和らげようと左手は頭を押さえている。 

 少しでも気をゆるめば膝を地につけそうになるがそれを何とかこらえ、また無意識下で能力が暴走しないためにも()()()使()()()()()()意識し続ける。

 

 

「テメエ!!」

 

 他の男が美影に飛びかかろうとしたが、

 

「あ?」

 

 美影の頭を押さえていない右手で、黒い物体を額に押し付けられた。

 能力で生み出したものではない。

 拳銃だ。

 キャパシティダウンがあるということで、万が一能力が使えなくなったときのために一応持ってきたものだ。

 

「ひ、ヒィ!?」

 

 それには拳で立ち向かえないと察し、先ほどとは違う間抜けな、怯えた声を出す男。

 突きつけられていない者は退散しようと走り出す。

 逃げる方向にはワゴン車が一台、停まっていた。

 それは美影が探していたものであり、今、美影と食蜂を苦しめているものだ。

 

 それを美影は握っている拳銃で打ち抜く。

 今回は一部を壊すのではなく、ガソリンのタンクを狙った。

 激しく爆音を出し、オイル臭い空気をまき散らしながら車もろとも吹っ飛んだ。車に近づこうとした者は慌てて逃げる。それと同時に音はやみ、頭痛も治まる。

 

(これで、あと一つか)

 

 残るキャパシティダウンは『ビッグスパイダー』が所持するものだけ。

 先ほど明朝に『ストレンジ』を一斉摘発するという情報が入った。

 おそらくそれで没収、もしくは破壊されるだろう。

 美影の『仕事』は今終わった。

 

「おい、お前大丈」

 

 襲われそうであった者に声をかけようとすると

 

「美影さぁぁあああん!!」

 

 勢い良く胸にダイブされた。

 いきなりの出来事に美影は飲みこめないが、その者の顔を見て、気づく。

 

(え、食蜂!? ……ぅ、うわ~面倒くさ)

 

 美影はその被害者が暗いせいで誰か気づかなかったのだ。

 万が一、食蜂と気づいていたら遠距離からキャパシティダウンを打ち抜いていたのだが、誰かが危ないと気付き、迷わず接近したことが個人的に仇となった。

 

「こ、こわかったぁぁ~~」

 

 顔を美影の胸に押し付け、涙目にライオンに狙われた小鹿のような声で言う。

 

(おやおや……)

 

 やっぱり食蜂もまだ中学生なんだな、とお兄さん的思考が働き、彼女の頭をやさしく撫でてしまったことが間違いだったのか、

 

         (ふ、ふふふふふふふふふふ)………」

 

 このゼロ距離だからこそ聞き取れるほどの小声で何か誕生してはいけない感情の表出が漏れ続けていた。

 

(おやおやぁ!?)

 

(あー、美影さん良い匂いだなぁ、抱き心地もいいしぃ、ますます…………。今度は逃がさないわぁ)

 

 三度目の正直を誓いつつ、食蜂操祈の脳内にある美影のいい所リストに、『匂い』と『感触』が追加された。

 美影は貞操の危険を確信したので一目散に逃げたいのだが、今回はしっかりとからだ全体をロックされてしまっている。

 

「食蜂さん、離れてくれませんか?」

 

「……いやぁ☆」

 

 駄々を捏ね、さらに腕に力を加え、顔を左右に動かし美影の胸に押し付ける。

 美影が引き剥がそうとしてもビクともしない。

 

「……どうしたら離れてくれる?」

 

 一応条件をおそるおそる聞く。

 

「キスして☆」

 

「…………ぇー……」

 

 美影は思わず絶句してしまう。予想外な要望ではなく、むしろ予想通り過ぎて、だ。出来れば違うことであってほしかったがどうにも叶いそうにない。

 さらに食蜂は力を入れ、上目遣いで豊満な胸を押し付ける。

 

(…………、)

 

 美影も男だ。 

 ここまでされて、何も感じないわけではない。

 食蜂の女子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐってもいる。

 彼女の上目づかいも可愛いとは思う。

 性的な興奮を覚えないわけではない。

 理性という最後の砦で何とか抑えきっているだけである。

 

 

「……よし、じゃあ目をつぶって」

 

「んっ」

 

 肩を押さえ、目を閉じた食蜂の顔と少し距離をとる。食蜂の顎に優しく指を添える。

 そして少し前に出された唇に自分のそれを近づけていく。

 近づき、体温が感じられていくにつれ、食蜂の顔が紅くなっていき、鼓動が聞こえるほどに早く、大きくなる。

 今か今かと待ち望み、あと数センチで二つの顔が一つになる。

 食蜂の望みが一つ叶う。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風紀委員です! そこにいる方、怪我はありませんか!?」

 

 爆音を聞きつけ、一人の風紀委員の少女があと少し、というところで駆けつけてきた。 

 その声に反応し、食蜂は目を開けたとき、

 

 

 

 

 美影の姿はなかった。

 一人でキスするという無様な恰好になっていたのだ。

 

「え? …………えぇ!?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

(ふー、危なかった……いろんな意味で)

 

 美影は食蜂から数百メートル離れた位置にいる。

 なぜ、一瞬でここまで来れたかというと、風紀委員活動の初日に使った『時間操作』によるものだ。

 どうやって逃げようと考量するため、とりあえず重力探知で半径1キロメートルを視渡したところ、風紀委員が近づいてくるのは視えていたので、それにあわせるように顔をゆっくりと近づけ、近づいて来た者が声をかけるなりするであろうから、それに食蜂が動揺して手を緩める一瞬を見計らい、能力を発動させ、彼女の腕から抜け出したのだ。

 万が一、誰も来なかった場合、どうなっていたかは美影にも分からない。

 

 

(まったく、もう少し自分の心理(メンタル)押さえて欲しいよな)

 

 積極的過ぎる食蜂に心の底から思う。

 今日はもう大人しく家に帰ろうと決心した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 翌日の朝、九時。 

 固法は前日と同じく、洋服箪笥を開けたまま立ち止まっていた。

 視線の先にあるのは2年間一度も着ていない紅いジャケット。

 『ビッグスパイダー』をやめてから封印していたものだ。

 それを固法は迷わず手に取る。

 今日は風紀委員としてではなく、元『スキルアウト』としての、自分のための行動だ。

 腕には何もつけていない。

 

「美偉、忘れ物、」

 

 ルームメイトの柳迫が声をかける。

 手荷物のは“風紀委員”としての忘れ物だ。今の自分には必要でない。

 彼と共にするには邪魔なものだ。

 今の自分にはつける資格がないとも感じている。

 

 美影によりその存在価値をも見出せなくなりつつもある。

 彼は間違ったことを言ったとは思わない。

 だが、肯定したくなかった。

 『自分』を見失いたくなかった。

 

 『それ』は受け取らず、固法は紅い思い出の品を着た姿で出て行った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 九時三十分

 

 『ビッグスパイダー』が根城としている『ストレンジ』への入り口に固法は近づいていた。

 警護員に来られる前に全てを終わらせたかった。

 そこに、とある男の姿があった。

 

「それ、似合ってるじゃん」

 

「……どうしてアナタがここにいるのかしら?」

 

 御坂美影が壁にもたれかかっていた。

 腕には一週間つけていた腕章はない。制服でもない。彼らが風紀委員をやめる、ということは昨日連絡が入っていた。

 ゆえにつけているほうが間違いだで、これが彼の『正常』だ。この場にいることを除いては、だが。

 

「まあ、一週間お世話になった先輩にお礼でもしようとね」

 

「あなたの力を借りる気はないわ」

 

 固法は歩みを止めない。

 言葉を交わしつつも彼は眼中にない。

 あれだけ言っておいていまさら手を貸そうとする彼が厚かましく感じる。

 

 

「三十分」

 

 時間が惜しい固法にとある時間が美影から告げられた。

 

「三十分だけ、警護員がそっちに行かないように命令しとくから」

 

 その言葉に固法は立ち止まる。

 まったく予想外の申し出であった。

 彼の権力に驚いているわけではない。彼がそのような形で手を貸すことが意外だった。

 もう自分には何もしないと思っていた。

 固法は顰めっ面を解き、笑みを小さく浮かべ、

 

「……あなた、やっぱり風紀委員にはふさわしくないわね」

 

「もうやりたくないね、あんな面倒な仕事」

 

 固法の言葉は前回とは正反対での意味だった。

 再び歩き出し、ビッグスパイダーに、自分に、『けじめ』をつけに行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 二年前、御坂美影は『裏』の住人としてひとつの依頼が入っていた。

 危険な武器を所持しているということで武装無能力集団からそれらを没収すること。この時、『スペース』では然程非人道的な依頼は少なかったが、今回の仕事の中では所持者の生死は問わないという事項があった。

 もちろん、その頃から美影は無駄に命を奪うような真似はしていなかったのだが。

 

(……あそこか、)

 

 どこの誰かは知らないが、男の声で詳細は聞かされていた。その男は二年後も同じ仕事をしているということはこの時の美影は知らない。

 

 お目当ての廃墟を見つけ、その近くにあるほかの廃墟の屋上から重力探知で中を探っている。

 すると突然、黒煙と轟音をまき散らしながら大爆発が起こった。

 

(えー……、どうすんのこれ?)

 

 何かする前に没収するはずのものが使われたため、おそらく仕事が失敗した。

 爆破から数秒、その建物からぞろぞろと武装無能力者集団共が出てきた。火傷や擦り傷などの怪我をしつつ、必死に逃げている。彼らの怪我が爆発の脅威を表している。

 建物には死人もいるかもしれない。

 

(…………、)

 

 とにかく、美影は中に入ることに決めた。

 荒れ狂う場に、美影の姿に気づく者はいなかったため、そのビルに入ることに支障はなかった。

 

「コホッ、コホッ、ああ、ひでぇなこれは」

 

 爆風により、壁は吹き飛び、煙が待っていた。

 美影は目を閉じ口を服の袖で覆われた手で軽く押さえながら、重力探知で視ながら進む。

 

(……一人か)

 

 重力操作で煙を誘導して外へと流し、視認できる状況にすると、目で見えたのは一人の倒れた男。紅い髪をし、なぜか上半身裸だ。

 爆発に巻き込まれ、出血は少なくない。

 このままでは死ぬだろう。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 呼びかけ、意識があるか確かめる。

 返事の声が思いのほか小さかったため、美影は耳を近づける。

 

「ぐッ……ぁ……へ、蛇谷は?」

 

 何とか口を動かし、一つの名前を喉から搾り出す。

 

「蛇谷ってのがだれか知らないけど、ここにはもう誰もいないぞ。死体も一つもないみたいだし、逃げたんじゃないのか?」

 

 少し大きな声で美影は状況を説明した。

 ご老人の電話のように相手の声が小さいと自然と大きくなってしまうものだ。

 

「へっ、……そうか……それは、よか……っ……」

 

 その男はほほ笑みながら気を失った。自分のことよりも仲間の安否が気になるのだろう。

 美影は重力探知でその男の体内を視る。

 心臓は止まっていない。だが肺の動きが荒れている。爆発により、異物が混入したか、熱風が入ったか。

 すぐに治療しないと命が危ないのは明らかだった。

 

「はぁ、……ったく」

 

 美影は携帯を取り出す。

 この男がどうなろうと美影には構わないが目の前で死なれるのは後味が悪い。それに助かる命なら助けるに越したとはない。

 そして、自分とどこか似ていると感じた。

 

「もしもし、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)さん? 今から死にかけの男連れていくんで、お願いできますか?」 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

(……ん、…………)

 

 男は目を覚ましたが、そこは見覚えのない場所。

 薬品の匂いがするのでおそらく病院だろうと予想する。

 左手の中に冷涼な感覚がある。

 目で見たところ、点滴だった。

 体の至る所にあった痛みも嘘のように消えている。

 

「起きたか?」

 

 声をかけられた。 

 その声は聞き覚えがあった。

 顔を向けると横の椅子に男が携帯を操作しながら座っている。

 

「お前は……ずっとここにいたのか?」

 

「男の寝顔をずっと見ている趣味はねえよ。ここの医者が今日のこの時間ぐらいに目覚めるって言うからさっき来た」

 

 『今日』目覚める、そう言うということは、

 

「俺は……何日寝ていた?」

 

「二日だ。もう体に問題はないだろ?」

 

「ああ、」

 

 二日というのは長く感じるが怪我は重く、生きているのが不思議なくらいだったはずだ。

 男はとりあえず自分が生きていることに安堵の息を漏らす。

 

「で、」

 

 座っている男が携帯をポケットに入れる。

 

「あの後のことだが、『ビッグスパイダー』のこととお前のこと、どっちから聞きたい?」

 

 その言葉で次第に記憶が鮮明に浮かび上がった。

 あの時、自分は仲間を救おうとしていた。

 だが、爆発により、

 

「あいつは!? あいつらはどうなっ……ッ!!」

 

 寝たままでは何も感じなかったのだが、身を乗り出したせいで痛みが湧き出てくる。

 だが、そんなことに構っている場合ではない。

 

「落ち着け、ちゃんと話すから。で、あの後警備員が駆け付けてあの爆発を起こした奴等は捕まったが『ビッグスパイダー』は全員事情聴取だけで終わった。解散命令は出たけどお前が言っていた蛇谷ってやつが『ビッグスパイダー』のメンバーを何人か集めてまた群れているらしい。因みに事件での死者はゼロ」

 

「そうか……、良かった、」

 

 その男は今度は心から安心し、ベッドにもたれかかった。

 が、

 

「その中に女はいなかったか?」

 

「女? いたようないなかったような……、お前の女か?」

 

「……いや、いいんだ」

 

 彼女は武装無能力集団にいるべきではない。路地裏ではなく、大通りを歩くべきだ。薄暗いところではなく、太陽が見える場所にいるべきだ。

 彼女があるべき日常に戻ったことに、大怪我を負った男は胸を撫で下ろした。

 

「そうか」

 

 美影はその男の言葉で追及をやめた。

 彼の気持ちは大まかだが理解し、共感できた。

 

「で、お前のことだが、これからどうする? 警備員に行くのも元に戻るのもいいし、今回の事件をなかったことにしてもいいけど」

 

「いや、警備員に自首するわ。ケジメはつけねぇと」

 

 男に迷いはない。

 不満も表れていない。 

 目の前の男の権力に疑問もなく、現実を受け入れる覚悟は当にできていた。

 

「そうか、じゃあ警備員には俺から言っておく。……なんか欲しいものがあったら手配するけど、なんかいるか?」

 

 美影は最低限何か力を貸そうと思った。

 この男をどこか気に入ったからだ。

 美影にとって物品に対する大抵の望みは問題ない。

 

「…………ゅう」

 

「え?」

 

 

「…………ムサシノ牛乳」

 

 病床についている男、黒妻綿流はお気に入りの飲料を要求した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「つーわけだ」

 

 固法は黒妻から二年前のことを彼が知り得る範囲で聞いた。

 黒妻の手には手錠が掛かっている。固法が自分で掛けたものだ。そして、彼が望んだ結果でもあった。

 

「あいつにはけっこう世話になったからな。まぁ、あいつ自身のことはほとんど聞かなかったが」

 

 固法は思う。

 彼が自分に言ったことは決して間違いではない。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をしていた。

 感謝を求められる言い方も彼には出来た。だが、それを彼はしなかった。

 もし、彼がそうしていたら現在も彼の力を借りていたかもしれない。そうなれば、また彼が黒妻を助けていたかもしれない。

 自分に悔いが残っていたかも知れない。

 自分に正面から立ち向かえなかったかもしれない。

 

 彼はまるで自分の過去への闘争心を掻き立てる役割を担ったようだった。

 

 

((……?))

 

 美琴と白井はこのことに美影が携わっていたことを知らなかったため、よく状況がつかめていない。

 なんとなく、美影が黒妻を助けたとしか分からなかった。

 そしてまた、美影に対する疑念も増えた。

 

(まったく、彼は……)

 

 固法は彼に言いたいことが次々と浮かび上がってきた。

 でもそれらは言うべきではないと自重した。

 

「似合ってるぜ、」

 

 黒妻の言葉で固法は自分の右腕を見る。

 彼女の右腕には先ほどなかった風紀委員の腕章がある。

 横にいる美琴と白井が届けたものだ。自分でもあった方がしっくりくると改めて感じた。

 

「でもよぅ、その皮ジャン、流石に胸きつくねぇか?」

 

 固法の胸を凝視しながら言う。彼の言葉には下心が全く感じられないと美琴と白井の二人は思った。

 その皮ジャンは二年前に購入したものだ。胸が成長した固法には遠目でも快適そうには思えない。

 

「そりゃあ、毎日あれ、飲んでいたから」

 

 目の前の者に影響して、自分も好きになったもの。

 飲むたびに何か感じられたもの。

 他の銘柄では、満足できず、決まって購入するのはそれだった。

 

 

 

 

「「やっぱり牛乳は、ムサシノ牛乳!」」

 

 

 

 

 




これでスキルアウト編は終わりです。
第二章では美影の夏休みの残りを書くだけですね。


 ◆


 数名の方から意見をいただきましたが、第一章の幻想御手編の話で、先の話を書きたいという気持ちが出たばかりに省いた内容が多く、大変分かりにくくなってしまいました。
 ですので、時間があったら内容を付け加えるようにしますので。はい。
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