某時刻。
「………………ッ……?」
虚ろな眠気を無抵抗に浴びつつ、御坂美影は仰向けを崩さずに天井を見上げた。彼の自宅の寝室における眼球のピントでは視界はぼやけてしまうため、相応うように調節した。
それは見覚えはあるが、見慣れてはいない天井だった。
頬の筋肉に力を入れてもフワフワとした自我が照々とならず、すぐに天井の光景が曲がりくねり、嘔気が喉の奥から込み上げてきた。
能力で体重を操作しているわけでもないのに自分の肉体が思い通りに持ちあがらない。
これは寝不足や疲労で生まれる精神状態ではない。人為的、もしくは物質的に湧き上がるものであるということは制限された彼の思考でも達した。
しかし、今の彼の状態が、誰によって作り出されたのかは彼の記憶には無かった。
◆
『パーティーしようぜ!』
とある土曜日の夜、東方から降る朝日のように明るいが、夕方に浴びる西日のように暑苦しい声が御坂美影の携帯電話から彼の耳に飛び込んできた。
声の主は彼と同じ超能力者の垣根帝督。
某超能力者を苦労の末に引き離すことに成功したことに僅かな達成感を得て帰宅を完了させた彼には、そのハイテンションな勧誘には冷凍庫に熱湯を注ぎこんだようなギャップがあった。
「……なに言ってんの、お前?」
『だーからパーティするっつってんだろ。お前の参加は決定事項。欠席は死刑確定宣告な』
電話の受け手の美影がどんな顔しているかは垣根も分かっているのであろうが、美影の意志を貰うことなく垣根はマシンガンのように委細を連射する。
「ぱーてぃー……って何?」
『後でメールする場所に明日来たら分かる。他の参加者もお楽しみだ。あー、後プールあるから水着も持ってこい』
以上、と言い切って垣根は通話を切った。
漫画のように電話口に相手を呼びかける挨拶をし続けることなく美影は携帯をテーブルに置いた。
彼が前触れなく唐突に提案してくることはこの数か月で人体に備わる指の数を上回るほどあったため、逆らう気力を製造する本能はない。
ただ、気がかりになっていることが彼には一つあった。
(水着、あったか……?)
クローゼットを探ろうと動き出したところ、またしても垣根から電話がかかって来たため一時停止し、ほぼ巻き戻しに近い形で携帯を手に取りなおす。
『水着はレンタルあっから無えならそれでもいいぞ』
実はコイツ結構良い奴なのでは、と補足事項をありがたく受け取った美影は本日の夕食を何にしようかと冷蔵庫を物色し始める。
◆
第三学区。
学園都市の最先端技術を紹介する国際展示場が数多く並んでいる学区。
ここにあるホテルのランクは学園都市最高であるが、垣根のメールに添付された地図に記された位置に聳え立つホテルはこの学区の中でも更に最上級の至高の外観と設備を持つものだった。
メールに書かれた指定時間の五分前という礼儀正しい集合を達成しようとする美影はホテルのフロントへと入って行った。
床には隙間なく絨毯が敷き詰められ、設置されたソファや展示された陶器は一つで自動車の値段に相当しそうな逸品であろう。
正装しているわけではない美影はこの高級施設には不穏当のようにも思えたが、従業員と思われるタキシードに着せられることなく着こなした男に笑顔で快く出迎えられた。
「御坂美影様ですね。お待ちしておりました」
男は人間の関節を最大限に発揮した、背と足に定規を仕込んでいるのではないかと疑いたくなるお辞儀と、テレビのアナウンサーも尻に敷きそうな宛転たる滑舌を、相手に対する圧迫感無しに使いこなす。
「本日、当ホテルは垣根様のご意向により貸切になっております。十五階にあるプールでメインの催しを行われる予定ですので、そちらにお越しください」
このような超一流のホテルでは、一室を一晩借りるだけでも一般的な学生の一年分の生活費が吹っ飛びそうであり、それを丸々貸し切るなんてはたして何桁の金額をお支払いになったのだろうか。
超能力者の特例の奨学金に加え、暗部でのギャラは伊達ではない。
言い換えれば、美影にとっても大して気が引ける豪遊ではないため、
「へーい」
気楽に指示に従ってエレベーターへと向かった。
◆
(…………一体何が行われるのかしら……)
蒼石はとある高級ホテルの前を横切る道路の脇に駐車しながら外の動向を窺っていた。
学園都市でも最高級のホテルを垣根帝督が貸し切ったという贅沢極まりない金銭感覚の崩壊の情報を入手した彼女は小一時間前からここで待機していた。
「ねえ、中には入れないの?」
いつも通り、部下と通信しながら煙草を吸う。
通信相手の部下はホテルの入り口付近で中を覗き見ているが憂慮のあまりに自動ドアに感知されるほどの距離にすら近づけずにいた。
『えー……、と無理ですね……。警備体制も一流で捕まったら最後、おそらく「See Vision」全体に迷惑をかけるかと……』
「……ならいいわ。ちょっとどこかのコンビニで何か適当に買ってきて。おなか減ったから」
煙草の火を灰皿でもみ消して手元の資料に目をやった。
超能力者の序列第二位の垣根帝督に関して、長点上機学園内で手に入れた情報だ。新聞部の男子生徒をボディタッチや言葉攻めで誘惑して引き渡して貰ったもの。
(やーっぱこの子は女タラシねぇ。それもラノベの主人公のような無自覚とは違って確信犯のやつ)
新聞部による質問内容は合コンなどで定番に位置するものが多く、性格や性質を読み取るには十分だった。
一方通行のように疎略に受け流されたものではなく、他人からの好意を歓迎しているような下心が見え見えな発言が惜しまれていない。
しかし垣根は高身長高収入高位能力者という三高を保持する抜群のプロファイルなため、望み通り女子を引きつけ続けているのは確かだった。遊び好きな女子なら四人の超能力者の中では垣根を好むであろう。
蒼石はホテルを車内で可能な限り見上げる。
監獄並みの防衛設備のこの建物ではいったいこれから何が行われるのか。
美影の背を指をくわえて見送ることしかできなかった彼女は悵恨気味に右手の親指の爪を噛む。
(
◆
十五階にたどり着いたところ、このフロアはスポーツ施設が集中しているらしく、気品あふれる内装ではなくさっぱりとした構造になっており、シンプルな指示看板が置かれている。
「お、一方通行じゃん」
『an indoor pool』と書かれ、矢印が添えられた看板に従い歩いたところ、白髪の少年の後ろ姿が見えたため声をかける。
振り向いた一方通行は美影が追いつくまで歩を休めた。
「オマエも万年第二位に言われて来たのか?」
「何やるのかは全く聞かされていないがな。他の参加者とか分かるか?」
「少なくとも『グループ』の他の三人は呼ばれたみてェだが、他は知らねェ」
疑問符の掛け合いをしながら二人は男子更衣室に入った。
ロッカーが数十列に連なっており、それらの前に水着が数百着も並べられている。
ここから選べばいいのか、と美影はひざ下まで丈があるトランクスタイプの紺の水着を取り、着替える。上半身が物寂しく感じたのか、ここに着てきた黒のパーカを肌の上から羽織って準備は完了。私物をロッカーの一つに収容して同じく着替えを終えた一方通行と共にプールへと向かった。
「結構広いな」
十階ほどぶち抜いたように天井は高く、フロア全体がプールで占められていると感じるほど広大な空間。
更衣室から出て、奥の半分がプールになっており、巨大なウォータースライダーや飛び込み台が設置されており、手前半分のスペースには南国に生息していそうな植物が植えられていたり、バーカウンターが設置されていたりと学園都市の貴賓の私服のひと時を受け持つために設計されたようになっている。
「おー、御坂と一方通行もきたかー」
声の入射方向に顔を向けたところ、バーベキュー用のグリルで肉や野菜を焼いている垣根がトングをカチカチと鳴らしながらこちらを向いていた。
「何なの、これ?」
美影は彼に近づいて率直に簡潔な問いかけをしたが、程よく焼けた肉を裏返した垣根は美影が欲しい答え発することなく、
「まあ、アイツ等みたいに楽しんでくれ」
肉の脂が付着したトングを向けた先を美影は眺める。
そこには四人の少女がプールで遊んでいた。
「ふぇ~、気っ持ちいい~! 麦野も遊ぼーよっ!」
潜水を終え、勢いよく水面に出てきたのはフレンダ=セイヴェルン。
「ああ、後でなー」
プールサイドでフルーツを摘まみながら手を振っているのは麦野沈利。
「あれ滝壺さん、そんなところで超なにをやっているのですか?」
ビート板に掴まってバタ足で遊泳しているのは絹旗最愛。
「……ぷかぷかと漂っていた。……たのしいよ?」
全力で脱力して水のなすままに体を任せていたのは滝壺理后。
暗部組織の一つ、『アイテム』の所属メンバー全員が水着姿でプールを満喫していた。見たところ、美影よりもかなり早い段階でこの場に到着しているらしく、何かしらの食べ物を堪能した形跡が麦野の傍のテーブルの上に散らばっている。
彼女たちをみて美影はふと思った。
「フレンダのやつ、また随分きわどい水着をチョイスしたな」
布地がダントツに少ないブラジル水着を着用した彼女は同世代を誘惑するには十分なエロティックな魅力を持っている。
「ああ、誘ってんなアイツ」
助兵衛顔で垣根は口の端を吊り上げた後、
「参加者は他にもいるぞ」
トングの先端をウォータースライダーに向ける。
ちょうど何者かが頂上から巨大な浮き輪に座って降りてくるようだが水しぶきが激しくて姿が見えない。
「ヤッホ――い!! いもーとバンザ―――イ!!」
姿形は欠片も見えないが、聴覚のみで人物の特定を終えた。
場所を問わずに爽快感をぶちまけるときには必ずとあるワードを叫ぶこの男は他でもない、土御門元春だ。
爆発的に打ち上げた水しぶきは美影にも到達し、垣根は肉を守るべく未元物質で水分を完全に遮断する膜を生成した。
「あーれぇっ、カゲやんも来たのかにゃー?」
背丈ほどある浮き輪を抱えながらプールから上がって来た土御門はサングラスの位置を整えて美影の姿を確認した。
「お前も招待されたのか」
「俺だけじゃぁないぜい?」
土御門がバーカウンターの方向を指さしたところ、そこにはドレス姿の心理定規と水着姿の結標淡希が頭部に土星の輪っか型のゴーグルをつけた少年が作るドリンクを飲みながらガールズトークをしている。
ふと、美影は結標を見て思ったことがある。
「……結標のやつって、あんなに肌がつやつやしてたっけ?」
頻繁に会う関係でもないが、彼女の肌のツヤは光沢を持ちそうなほどで、ハリも通常の高校生のものを遥かに上回っているのが明らかだった。
「にゃー。なんか職場体験とかで小学校に行ってからナニがあったかは知らねえが変わっちまったんだぜい。ナニがあったか知らねえが」
大事なことかは不明だが、土御門は一部繰り返して言う。
彼女の性格を考慮したところ、美影はこれ以上の詰問は後悔にしかつながらないと確信したため彼女に関してのこれ以上の発言は控えた。
「あ、お兄さんではありませんか」
一通り見渡したところ、垣根主催のパーティーには『スクール』『アイテム』『グループ』、そして『スペース』の構成員が招待されているらしい。
これ以上誰もここに足を運ばないならこの予想で間違いないだろう。
「お兄さん?」
美影は小腹が空いたため、垣根が担当しているらしいバーベキューの網の上で炭火焼にされている肉を取ろうと割りばしを右手に、紙皿を左手に装備する。
「お義兄―――」
そして、体を足から崩すようにユラリと脱力し、回転しながら下半身に力を溜めこむ。インパクトの瞬間までは体全体を弛緩させることがコツであり、遠心力と脚力を融合させ、足が対象に衝突する瞬間に一気に筋肉を爆発させるように膂力を急加速させ、更に腰や足の関節の伸縮で威力を上乗せし、背後に近づいてきた海原の横腹にローリングソバットを打ち込んだ。
「ぬあああああ!?」
受け身も取れず、ダイレクトに蹴り付けられた海原はくの字に体を湾曲させてバウンドすることなくプールへ飛び込んだ。
衝撃で肺も搾り取られた海原は水を飲み込み、せき込みながらも命からがらプールサイドに肘をついて登って来た。
「ゲホッ、ゲホッ! ……み、美影さん…………何してぐれるん、っでずか……?」
ゾンビのように這い上がって来た海原は脇腹を手で押さえながら嘔吐寸前の状態で呼吸を整えようと努力する。
余談だが、海原はブーメラン水着を着用している。
「いやあ、急にプロレスの神様に憑依されて衝動的に、つい」
「じょ、冗談言ばないでくだざい……ッ。骨が折れなかっだからまだじも……」
彼が骨ではなく内臓を痛めたかは定かではないが美影は構わず肉を食べ始めた。
垣根のバーベキューは素材からこだわっているらしく、もはや飲めるレベルの肉の品質を見せつけられた。
「ところでよォ、」
いつも間にかブラックコーヒーを確保していた一方通行が熱々こんがりと焼かれた骨付き肉を素手で取って齧り付きながら近くに立っていた。
「テメエはここでなァに為出かすつもりなんだァ?」
まさか純粋に裏で暗躍している同志(?)を集い、日々の苦労を語り合って共感と教訓を得ようとするつもりでもないだろう。
一方通行の台詞を聞いた途端、垣根の目の色が一変した。
「よくぞ聞いてくれたなぁ、白モヤシ」
「殺すぞクソメルヘン野郎」
青筋を立てる寸前の一方通行を無視して垣根はトングをバーカウンターの方向に腕を真っ直ぐにして意気揚々と向けた。
「心理定規! 例のモノを頼む!」
「はいはい」
突然叫ばれても慌てることなく、心理定規はとあるリモコンを取り出した。精神系の能力者である彼女がリモコンを手に取ったことにより美影の頭の中でとある少女の姿がふと浮かんだことはこの際どうでもいい。
それを彼女は上方へと向けてボタンを一つ押した。
直後、機械音と共に白い布が被された横長の看板のような板が両端を二本のワイヤーに支えられながらゆっくりと降りてきた。
「なにこれ?」
美影が見上げながら首を傾げる。
その板には何かが書かれているのであろうが、白い布のせいで一部も見えない。
「このパーティーはなぁ、」
突如、垣根は己の背から一対の白い翼を展開させ、ふわりと柔らかく上昇しだした。
看板ほどの高さに到達したら高度を維持して皆を見下ろす。
「――――――こういうことだッ!」
そして白い布を一気に剥がしてそこに書かれた内容を、このフロア全体へと見せつける。
そこに書かれていたことは、、
『 御坂美影 「スクール」への所属記念パーティー 』
「…………………………………………は…………?」
今の垣根の言動を表す擬態語は『ババーン』であり、美影の心情を表す擬態語は『ポカーン』であることを疑うものは世界中探してもいないであろう。
二人の温度差は赤道直下と南極点ほどあり、他の少年少女たちは美影の表情からこれが垣根の独断専行であることを確信した。
紙吹雪のようにゆっくりと床に降りてきた垣根は翼を仕舞い込み、両手を腰に当てて美影を見据える。
「……お前、何やってんの?」
書かれた文字の意味は勿論理解したが、了解するには光年単位で届いていない。
しかし垣根は一厘も臆することなく言い切り続ける。
「お前の暗部組織ってボッチじゃん? だからこの俺が『スクール』に入ることを認めるっていうわけだ。感謝しろよ」
「意味分かんねえ……。お前脳味噌もダークマターと入れ替えちまったのか?」
「んなわけねーだろ」
垣根は眉毛をハの字に曲げ、何故か美影が飽きられてしまった。
美影は拒絶の方法を幾十通りも浮かべ、どれにしようかと迷っていると、彼らの頭上に一本の光線が撃ち込まれた。
「なぁーに勝手に第六位を取り込もうとしているのかにゃーん?」
第四位、『
その一撃はちょうど『スクール』という文字に直撃し、あたかもその一節を書き換えたいと主張するかのようだった。
「おい麦野、テメエ何すんだよ」
「うるせえ。レベル5をもう一人取り込まれるわけにはいかねーっつってんだよ。『スクール』に奪われるぐらいなら第六位は私たち『アイテム』に入ってもらう」
「え?」
「ケッ。どいつもこいつもフザケたこと言ってンじゃねェぞ」
第三勢力、一方通行。
麦野の発言に目を丸くしている美影に構うことなく彼は一歩前に出る。
「美影をテメエら屑共に吸収されてたまるかよ。コイツには俺がいる『グループ』に入ってもらうぞ三下共」
「お?」
美影は眉間に皺が寄った顔を向ける相手を転々と変えていくがその誰とも視線が交わってくれない。
同時に三つの暗部組織からオファーが殺到してドラフト一位となった彼の意志をくみ取ろうとするものなどいるはずもなく、反論は自分から伏せてしまうほど三人の視線は強固なものだ。
「お前らふざけんじゃねーよ。ここのホテルは『スクール』のギャラで貸し切ってんだからよお」
「「え?」」
てっきりすっかり垣根のポケットマネーで賄っているものと思い込んでいたドレスの少女とゴーグルの少年は同時に耳を疑いながら垣根に意識を集中させる。
「馬鹿が。第六位なんざ、フレンダのカラダでも売れば引き込めるっつーの」
「え? ちょ麦野!?」
頓に犠牲となる危険を孕んでしまったブロンドの少女はプールから飛び上がって単方向に不平を唱える。
「馬鹿かテメエらは。美影との付き合いが一番なげェのはこの俺だ。それにコッチには変態しかいねェからそろそろ真面な人格者が欲しいとこなンだよ」
「「「ふざけるな
「ンだとォ!?」
シ○コン、ショ○コン、ス○ーカーの三人が同時にいびるため、一方通○は歯を剥き出しに三人を睨む。
もはやこの場の中心人物でありながらもどこかアウェーになりつつある美影はのんびりと焼きトウモロコシに齧り付いていた。
三者は身内からのバッシングを片づけてまたしても睨み合い、互いの主張を吹捲る。
今にも学園都市最高峰の能力で大戦争を激発しそうな三人がたどり着いたのは、
「「「――――――勝負だコラァ!!」」」
夏休み中の長点上機学園の登校日。
似たような光景があったのだが美影は席をはずしており、今回は彼の意識は焼き芋などに向いていた。
◆
「ここにいても何もわからないわね……」
とある道路の脇に駐車している蒼石は、季節的にフライング気味なコンビニおでんの大根に和カラシを付けながら外面上には全く動きがないホテルを見上げていた。
中では超能力者の三人がいがみ合っており、ニトログリセリンを割りばしで突っついているような危険性が降誕しつつあることを彼女は知らない。
「そうですね、レベル5が四人も目撃できたのに、惜しいですね……」
助手席では彼女の部下がコンビニのお握りを齧っている。
ただ手を出せずに待機し続けることはこの業界では多々あることであるため、慣れてはいないものの受け入れる器量は二人とも製造済みだ。
彼女はふと呟いた。
「……いっそホテルが爆発でもしてくれたら、一応スクープにはなるんだけどね」
「物騒なこと言わないで下さいよ。瓦礫が降ってきたら僕たち真っ先に下敷きになりますよ?」
◆
『『暗部組織のレベル5対抗、カラオケ大会―――!!』』
マイクを握った二人の少年少女が頗る元気な声で宣言した。
『「グループ」「スクール」「アイテム」、それぞれが誇るレベル5が! カラオケの点数で競って最高得点をゲットした組織が見事御坂美影を手に入れることが出来るんだぜい! 司会は「グループ」の構成員、「人生とかいて妹と読む」、土御門元春とっ!』
『「アイテム」の構成員、めちゃプリティで美脚が自慢、フレンダ=セイヴェルンの二人でお送りするって訳よっ!』
いつの間にか新設されたステージに立っている二人の金髪高校生。しかし二人の頭部から生える毛髪の色合いにおいて、人工の産物と天然の贈物は品質に絶対的な差があるようだ。
彼ら二人の近くにはカラオケセットが用意され、先ほどまで垣根が準備した看板が掛けられていた位置にはカラオケの得点が映し出される電光掲示板がある。
「いや泳げよ」
口直しにバーカウンターでミルクティを飲んでいた美影が誰にも届かないツッコミを口にする。
せっかくプールがあるのだが、彼らにかかれば風穴が開けられたり、津波が巻き起こったり、この世には存在しない水溶液が誕生したりするためこの展開は思いの外、平和的な取引だろう。
しかし、美影としては所属組織を変えるつもりはないため、彼にとっては勝負自体彼らの暴走に他ならないがやはり抵抗するのも時間と労力の無駄と判断した。
『まず最初は、「アイテム」代表、レベル5序列第四位、麦野沈利!』
『頑張れ麦野――!』
ステージに上がった麦野はマイクを握り、意気揚々と歌い出した。
「可笑しな展開になったわね」
バーカウンターにいる美影に心理定規が声をかける。
「お前は賛成なのか? 垣根が俺を勧誘することに」
「そうね、使える人材を取り込んで損はないわよ。それこそレベル5なんて、味方についたら心強いからね」
「垣根で充分だろ。わざわざ俺までいなくても……」
美影は心からの不満を述べてミルクティを一口啜った。
「彼はアナタについて、知りたいことがあるらしいわよ?」
「……なんだそりゃ」
そんな感じで話をしていると、麦野の歌唱が終了したらしい。
『にゃー。意外と可愛らしい歌声だったぜい』
司会の土御門は適当に歌の感想を述べた。
『結局、麦野もまだまだ子供って訳よ!』
同じくフレンダは日頃の行いも考慮して思いの内を高らかに述べた。
「フレンダ、第六位を手に入れたらあんたクビね」
『そ、そんなぁ~麦野ぉ~~!』
半分泣きつつあるフレンダは麦野への謝罪を開始した。
それに構わず土御門はマイクを持っていない手を電光掲示板に向けて皆の意識を集める。
『さぁ! はたして麦野沈利の得点はッ!!』
<――――――85.378点――――――>
「まあ、こんなものね」
満足とはいかないにしても高得点を獲ったことに麦野は微笑む。
続いては『スクール』のリーダー、垣根帝督。
このパーティーとしても無様な結果は残せない。日頃カラオケで鍛えた歌唱力を怖気づくことなく存分に披露し始めた。
「お兄――」
「あ゛?」
「い、いえ美影さん」
呼称を言いかけるだけで血走った目で睨まれた海原は恐怖を抱いて言葉を改めた。
心理定規は既に席をはずしており、美影の隣に彼は座る。
「何か用か?」
彼に対してだけどこか態度が悪化する美影に対して海原は何とか紳士的な笑顔を保っていく。
「美影さんは、もしこの三つの組織に異動するならどこが良いと思いますか?」
「変えるつもりはこれっぽっちもないんだけどな」
「まあ、そう仰らず。万が一に、ですよ」
ボーっと美影は天井を見上げ、深く思考することなく三つを比べた。
しかしどれもデメリットが悪目立ちしているため、消去法ですら決めかねてしまう。
「……お前は俺に『グループ』に入ってほしいのか?」
答えが決まらないため、美影は逆に海原に質問した。
「それはもうっ! もし美影さんが入ってくださればそれこそ自分たち二人はより友好的になりそしてその延長線上には自分がこの数週間の調査で得られなかった御坂さんに関するありとあらゆる情報をお義兄さんから次々と入手することが可能になりさらに発展して自分と――――――」
目を見開いて頬を吊り上げ、両手を震わせながら暴走気味に熱弁し始めた海原を美影は細胞レベルで拒絶したくなった。
そのため、美影は今はマイクを口に近づけていない司会者の一人である土御門に一言告げる。
「なー、土御門。俺もし『グループ』に入るとしたらとりあえずコイツ嫌いだからどうにかして欲しいんだけど」
「おー、そうかそうか。なら分かったにゃー」土御門はとある人物に手を振って「結標ーっ! そういう訳で頼んだぜい!」
「分かったわ」
彼女の能力は『
空間移動系では学園都市トップクラスに位置する彼女の能力をもってすれば、海原一人を追い出すのは造作もない。
「え、ちょっと皆さ――――――」
事態の深刻さに気付いた海原は、反論する時間すら与えられず、このパーティー会場から強制退場させられた。
◆
「あ、あれ……?」
海原の視界が一変し、彼はホテルの外に転移させられていた。
結標の能力は一応頭に入っている彼はこの現象を理解しているが、それをどのように用いられたかまでは能力者である彼女しかわからない。
辺りを見渡し状況を確認している彼から数十メートル離れたとある車の中では。
「え!? あ、あれは海原光貴!?」
外見上、彼は常盤台中学の理事長の実の孫とまったく同じ容姿を持っているため、蒼石にとって彼は超能力者に匹敵する重要人物に認定されている。
突如出現した彼に驚愕を隠せない彼女は、彼の姿を見て一つ疑問を抱いた。
「…………なんでブーメランの水着一枚なの……?」
プールの会場から一瞬で送信された彼はもちろん充分は衣服を身に着けているわけもなく、彼女が首を傾げるのと同時に彼は大きくクシャミをした。
◆
<――――――85.378点――――――>
『はぁ!?』
マイク越しに垣根の不服がプール全体に響いた。
高得点ではあるが、先ほど唄った麦野と少数以下まで同等と見なされた為、不如意を嘆いても彼の能力ほど非常識ではないだろう。
今すぐにでもカラオケの点数測定器をバラして検査したいという衝動に駆られたが、垣根が持つマイクを一方通行によって分捕られてしまった。
「はッ! 所詮三下共はナニやっても結果は同じなンだよ」
ステージに立った一方通行は既に勝ち誇った態度でマイク越しに言い切った。
『格の違いを見せてやる』
バーカウンターに座っている美影は、彼らの歌声を正直かなり堪能していた。
彼等の個性が滲み出た歌声は少し鍛えれば売り出せるレベルであり、目的は美影にとっては障害以外の何物でもないが、一観客として耳を働かせているとなかなか心地良いものであった。
すると彼の隣にまた新たな来客が現れた。
「ふー。超泳ぎ着かれました。体が超冷えた私に暖かいココアを超作ってください」
白いビキニを着た中学生、絹旗最愛が小柄な体とは裏腹にでかい態度で美影に命令した。
「なんで俺が作んなきゃいけねえんだよ」
「あれ? 御坂は年下女子には超優しいという情報を入手したのですが、間違いだったんですかね?」
「どこからの情報だよ」
「私が今、超作った情報ですけど何か?」
ココアココア―と両手をカウンターにバンバン叩き続ける彼女を黙らせるため、仕方なく美影はカウンター反対側に入った。案外彼女が即興で作ったデータは間違っていないのかもしれない。
パッと見たところ、大人の中でもかなり階級が上位の方々向けのアルコール類が並べているため、絹旗が求める子供向け飲料がはたしてあるのかと物色し始めると何故かあった。
シンプルにミルクと混ぜ合わせて完成するインスタントであり、ポットでミルクを温めて程よい温度になったらマグカップの中で粉末と混ぜ合わせて一分ほどで完成した。
それを絹旗は火傷しないように少し啜って小さく息を吐いた。
「むむっ。これは超いい感じにおいしいですね。これは何としても御坂を『アイテム』に超引き込んで毎日作らせるほかありません」
「ココア係かよ。……勘弁してくれ、っていうか麦野の点数は垣根と同点だったんだからもうないんじゃないのか?」
「いいえ、ここであの第一位が麦野達よりも超低い点数だったなら――――――」
<――――――85.378点――――――>
「――――――これはもう、機械の故障を超訴えるしかありませんね」
実際、一方通行が土御門とフレンダに文句を言っている姿がステージ上にあり、一方通行に釣られて麦野と垣根が今にも機器を分解しそうな危ない形相を浮かべている。
『な、ならこうするぜい。カゲやーん! お前も歌って同じ点数だったら機械を取り換えて仕切りなおすにゃー!』
「……まじかよ」
この場にいる超能力者で唯一マイクを握っていない美影も参戦すべく、彼はカウンターから出ていった。
残った絹旗は、ふと自分の隣の席に置かれているマグカップを発見した。
「……、これは」
美影が先ほどまで使っていた、ミルクティが入ったカップ。
少々飲まれた為、カップの半分ほどしか入っていない。
そして絹旗は視線をあげ、カウンターの反対側を見る。そこにはやはり、学園都市のお金持ちの肝臓を攻撃してくのであろうアルコール類が並べられている。
「……ふふふ、」
絹旗は無法な笑みを浮かべて身を動かし始めた。
――――――皆さんは、席をはずした友達のドリンクに悪戯をしたことがないだろうか?
◆
<――――――87.468点――――――>
「……お?」
歌い終えた美影に送られた機械による評価は、先ほどの三人に与えられたものを僅かに上回っていた。
これでこのホテルのカラオケマシンは故障しておらず、超能力者三人の歌声は同レベルであることが証明された。
『優勝はっ! 結局「スペース」の御坂美影って訳よ!!』
司会者のフレンダにより明るく讃えられても賞品は美影自身であるため、現状維持にしか繋がっておらず、損得の欠片も生まれることなく幕が下ろされた。
それでもレベル5の三人は不満を述べあうが、これ以上美影は関わることを望んでいないため、大人しく先ほどまでいたバーカウンターに戻った。
「超おつかれです」
「ん、どーも」
一言労ってくれた絹旗を一瞥して、残っていたミルクティのカップを手に取った。
一曲歌いきったことにより喉に渇きが生じたため、カップ内の残りを美影は一気に飲み干した。
(ふふ、超飲みましたね……)
彼のカップに残された液体は、美影が好むミルクティではなく、カウンターの奥にある瓶の一つ、ウイスキーが入った『ミルクウイスキー』である。
見た目は同じ色であるため、匂いや味で区別するしかないが、美影は一気に飲み干してしまったためはたしてどうなるか。
人間の味覚というのは実に紛らわしい部分があり、先入観が大きく響いてくる。視覚で僻見を抱き、実際に味わうことで本来得られるはずのない驚愕や衝撃が発生してしまうことが多々ある。肉まんと思い込み餡まんを口にすると実際は餡まんが好物である人物でも不味いと錯覚してしまうようなものだ。
そして今回は味覚の身ではなく、喉を焼くような触覚も得るはずだ。
ここで美影が盛大に吹きだしたりすれば絹旗にとってはかなりの催しになる。
しかし、美影は明確なリアクションの一つもなしに、カップをカウンターに静かに置いた。
(…………ん……?)
若干俯き気味の美影を覗き込もうと首を曲げると、美影からこちらへと振り向いてきた。
その顔には、
「――――――
「!?」
顔面の筋肉全てが緩んだように表情はとろけており、口を両側に伸ばして何とも稚拙な笑顔が浮かんでいた。
「え!? み、御坂!?」
「そーんな顔ぉしてぇ~。どょ~したんだよ~ぉ、さぁ~いあいちゃ~ん♡」
呂律の回っていない甘ったるい口調で左右に揺れながら近づいてくる美影を絹旗は奇妙としか思わない。
その豹変ぶりは多重人格者を彷彿とさせ、今は彼に幼児が宿っているように見える。
――――――御坂美鈴という人物がいる。
他でもない、御坂美影の母だ。
彼女は飲酒を頻繁に行うが、実際はアルコールに対する抗体がそれほどできてはいないため、よく泥酔するのだ。
そんな彼女の遺伝子をダイレクトに受け継いだ美影は、半杯分以上の酒を飲んだ時に限り、
「――――――んん~~~♡」
「――――――!?」
唇を唇で完全に塞がれた絹旗は長くない内に酸素不足になり、窒息寸前になる。
そこで彼を引きはがすべく彼女の能力を用いて空気中の窒素を利用して怪力を手に入れた彼女は一気に彼の腹を殴りつけた。
それでもなお緩んだ笑顔を維持し、放物線を描いて宙を舞う美影はそのままプールへとダイブする。
水飛沫をあげて一時的に沈んだ美影はそれでもなお笑顔であり、何事もないかのようにプールサイドに上がって来た。
「――――――♪」
そして絹旗から視点を変えずに数歩進む。
またしても彼女の唇を奪おうとするつもりなのかもしれないが、美影は糸が切れたマリオネットのように直立のまま倒れてしまった。
「?? ~~~!?」
顔を熟れた林檎のように真っ赤にして両手の指で口を抑える絹旗の思考回路はもはやオーバーヒートしている。
絹旗は気づいていないが、この場にいるほかのパーティー参加者の手にもアルコールが含まれているドリンクが握られており、頬を赤くして暴れまわっている面々が大勢いた。
酒池肉林の先頭バッターにして世界中で中毒者が最もいる液体の効力は絶大であり、少年少女は自我をホームランされて自由奔放に振る舞いこの場をカオスに仕上げていく。
◆
そして冒頭に戻る。
美影のカラダはずぶ濡れであり、何故か腹部に激痛が走っている。
その痛みの発生地へ細い目を向けたところ、絹旗が彼の腹の上でぐっすりと眠っていた。
「…………?」
中学生の少女一人が乗っただけではあり得ない痛みに襲われていることを疑問に思うが、その痛みに対してリアクションを起こせるほどの気力が彼にはなく、何も黙考することなく再び夢の世界へとダイブしていった。
会場は所々に本来ありえない光景が散りばめられている。
一方通行と垣根が仲良く肩を組みながら互いにいびきを上げ、土御門がワイン樽に顔を突っ込みながら熟睡しており、フレンダのカラダが電光掲示板に差し込まれて貫通しており、麦野が空の瓶が並べられたテーブルに突っ伏しており――――――
◆
後日。
第四学区、とある冷凍倉庫の奥。
『スクール』の隠れ家となっている場所に、垣根と心理定規の二人はいた。
「まったく、なんだったのかしらあの催しは」
途中で帰ってしまった彼女はただ『仕事』のギャラだけを削がれたことに文句を言う。
「いいじゃねえか。それなりに楽しめたんだから」
「それだけなの? 第六位を『スクール』にいれようとしたのはやっぱり嘘?」
「いんや、もしアイツが入ってくれるならこれほど嬉しいことはねえんだが、」
垣根は手元の資料に目を配る。
極秘ルートによってようやく手に入れたそのデータは他でもない、美影の『無限重力』に関して書かれていた。
『――――――「 」計画
被験者 御坂美影』
「……なぁーにが
彼の顔には、憎悪や嫉妬にも似た好奇心や探求心が浮かんでいる。
「舐めてんじゃねーぞ韜晦野郎」
その紙束を、垣根は能力によってズタズタに引き裂いていき、最後に青い炎によって灰へと変えていった。
「
※飲酒は二十歳をになってから
サークルの合宿で和式トイレの個室スペースに座り込んで嘔吐を繰り返す友達がいてちょっと引きました。
◆
おふざけ8割で書き上げたこの話。
ちょっと適当な文がありますが、ご了承を。