とある六位の無限重力<ブラックホール>   作:Lark

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オモイ

 

 

 

 

 

 

 

 大覇星祭最終日。

 とある広大な競技場のど真ん中に、この祭の最後のステージが設けられた。

 縦横に50メートル、高さは1メートルに延びる鈍色(にびいろ)の舞台。取り囲む超満員の観客席からの大歓声を徹底的に浴びられるこの場に立つことが許されているのは、たった二人。

 

『では、この最後の競技の出場者を紹介します!!』

 

 競技場の至る所に設置されたスピーカーから、歓声に負けじと拡張された実況者の声が響き渡る。

 

『常盤台中学代表、御坂美琴選手!!』

 

 名を呼ばれて美琴はステージへと上がるべく歩み始める。眩しいほどの日差しが彼女を照り付ける。忽ち、観客からの声が増してゆくが当の主役にはまるで届いていないかのように、彼女の意識はまだ出てきていない兄の方へと集中していた。

 

「…………、」

 

 小さく息を吐き、適度な緊張感に浸った自分をより落ち着かせる。

 静かだが熱く。穏やかだが鋭く。万全といっても良い彼女は待ち続けたこの瞬間に不意に笑みをこぼした。

 

 

 

『――――――続いて、長点上機学園代表、御坂美影選手!!』

 

 

 

 名を呼ばれた少年は、マイペースに、しかし確実に彼女の目の前に現れた。

 彼の学校指定の体操服の上から、この大覇星祭の期間中によく来ているパーカーを羽織り、緊張とは疎遠で特別な邪念に乏しい、いつも通りの美影の面持ちで立っている。

 

「……、よく来たわね」

 

「あんなメール寄越されたらそりゃ逃げるわけにはいかないでしょ」

 

 牽制にも似たような、尊びにも近そうな言葉を美琴にかけられたが、美影のペースは一定だ。

 アナウンスでは、二人は兄妹だのどちらも名門校代表だのこれで全てが決まるだのと定番と言えば定番の言葉が並べられていくが、二人の耳には届かないようだった。

 

 

『ここでルールを説明します! 大覇星祭最後の競技は一対一、時間無制限のガチンコ能力バトル! 相手を先に場外に落とす、気絶させる、負けを認めさせることが出来た方の勝利となります!!』

 

 

 最高潮に盛り上がった会場の脚光を浴びる二人は視線をずらすことなく、互いに敵意を向ける。いや、美琴とは違い、美影の視線には力が込められていないように見受けられる。

 ふぅ、と美影は小さく息を吐き、妹に云う。

 

「美琴、」

 

 

「?」

 

 

「――――――これで、最後(・・)だからな」

 

 

「!」

 

 一変し、美影の目に鋭さが宿った。そしてやっと、二人の敵意は同等のものへとなったのだ。

 

「……ええ、」

 

 口の端を吊り上げた美琴は、素直に肯定した。

 そして、彼女は断言する。

 

 

「――――――これで、ハッキリするわよ(・・・・・・・・)!」

 

 

 右手を体操服のポケットに入れた美琴は、一枚のコインを掴んだ。

 その直後、アナウンスはこれまでで最大の音量で会場に響き渡った。 

 

 

 

『――――――それでは競技、スタートですッ!!』

 

 

 

 そのさらに直後、美琴はコインと取り出し、音速の三倍の速度で美影へと打ち出した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

(あの人は確か……)

 

 食蜂操祈の視点は美影の母である御坂美鈴に固定された。

 彼の母というだけで何らかの接触を設けられるのは彼女としては在りがたいというものなのだが、いざその機会を得られたとなったら初めにかける言葉が中々見つからない。

 緊張感にも似たものが行動のストッパーになりつつあった。

 いっそのこと能力であらゆる段階を割愛してしまえば楽なのでは、と反則的で絶対的な能力を乱用しようと斜め掛けしているバッグに手を入れようとしたその瞬間、

 

 

「あら?」

 

 

 美鈴が食蜂の姿に気づいた瞬間に迷わず声をかけてきたため反射的にバッグから手を離してしまった。

 食蜂の限りなく押し殺された驚嘆のことなどいざ知らず、美鈴は彼女の元へと歩いてきた。

 初対面であるはずなのに、気さくに接近してきたことを不思議に思った食蜂だが、直ぐに合点がいった。

 

「あなたは確か……、美影ちゃんと選手宣誓した子、よね?」

 

「あ、はいそうです!」

 

 そういえばそんなこともあった、と食蜂は約一週間前の出来事を思い出した。

 たった二人で会場のど真ん中で宣誓したのだ。その片方が息子であればもう片方の人物の顔も覚えていてもおかしくはない。

 珍しく緊張した食蜂はしどろもどろとならないよう留意する。

 

「わ、私、食蜂操祈といいます」

 

「そう、操祈ちゃんね。常盤台の体操服を着ているっていうことは、美琴ちゃんとも知り合いなの?」

 

「同級生です」

 

 彼女とは仲が良いとは言い難いのだが、そんなことは口が裂けても言えないのは自明だ。

 兄妹のことを思い浮かべていると、背後の競技場から湧き上がる歓声が届いたためふと食蜂は思い出した。

 

「あの、競技を見に行かなくてもいいんですか?」

 

 主役でありたった二人の出場者が美影と美琴であるにも関わらず、その二人の母親である美鈴が競技場の外にいるというのが若干不可解であった食蜂が自分のことを棚上げして尋ねたところ、彼女はちょっと困ったような顔をした。

 

「うーん、確かに二人の応援はしたいんだけどねー。なんだかこの競技、二人の喧嘩みたいだなーって思って。子供たちの喧嘩を見たい親なんて、いないでしょ?」

 

 それもそうだ、と食蜂は否応なしに納得した。

 

「そういえば、」

 

 何かを思い出したように美鈴は顎に左手の人差し指を添えた。そしてどこか悪戯心を含んだ笑みを浮かべて食蜂の目を見る。

 

 

「操祈ちゃん、大覇星祭の初日の昼休みの時、美影ちゃんに会いにきていたわよね?」

 

 

「え!? ……え、あ、あの」

 

 唐突に持ち出された数日前の行動は目の前の女性の記憶に留められているはずではなかった。そしてその一部始終を見ていたとしたら安直な思考回路でも導き出される結論はそう多くない。

 

「美影ちゃんのこと、好きなの?」

 

 からかうようにも楽しんでいるようにも見える美鈴の笑顔。しかし食蜂は真っ直ぐ見合う余裕があるはずもなく、赤く熱く火照りつつある顔を両手で押さえながら雨にうたれた子猫のような弱弱しい声量で答えた。

 

「………………、 (はいっ)……」

 

 恋心を向けている相手の親に知られてしまうというのがこれほど恥ずかしいものなのか、と、食蜂はこの場から一目散にでも逃げ出したい欲求に駆られた。

 

「……何度もアタックしてみたものの、美影ちゃんの心は捕まえ切れていないっていうところかしら?」

 

 女の勘と親の勘を融合された母の勘というのは卓越されているもので、能力もなしに次々と心の内を見透かされていく。

 もはや言葉も絞り出せない食蜂は小さく頷いた。もうやめてくれ、と切に願いながら。

 

 

「やっぱり、美影ちゃんは手ごわいか……」

 

 

「?」

 

 そして彼の母親の口から続いて出てきたのは、呆れにも似た否定的な感情が垣間見える口気だった。

 心の内に妙な落差が見受けられたことを食蜂は感じ取る。

 それにより少々冷めることが出来た顔から両手を退けて美鈴を見たところ、彼女には苦笑いが浮かんでいるのがチラリと見えた。

 

「ん――。美影ちゃんはね、多分、ずっと誰かの傍に居続けることが怖いのよ」

 

「……?」

 

 美鈴の言葉を食蜂は直ぐには理解できなかった。

 

「昔、ある事が起こって、美琴ちゃんを悲しませることがあってね。……だから、何時か誰かを同じ気持ちにさせないように無意識にでも周りと距離を置いているのよ」

 

「――――――!」

 

 食蜂は直感した。

 そうかもしれないが、それだけではないと。

 目の前の女性は知らないだろうが、食蜂は学園都市トップの精神系の能力者で、彼はその力を恐れている。さらに、過去の彼の言葉を顧みてみると、彼は脳内を覗かれるのも拒絶していたが、何よりも避けたがっていたのは、とある記憶を誰かに(・・・)知られること。

 

――――――もしも、その対象が彼の妹であったのなら、

 

 彼が妹を守ることに容赦がないことを前提とすると、今の美鈴の言葉が奇妙なほど仮説に組み合わさる。

 

――――――もしも、彼が隠し続けていることを美鈴が知っているのなら、

 

 この場で彼の真実を知ることが出来る。

 ただ、彼が意地でも隠し続けている秘密を彼がいない場で手に入れることは卑劣ではないのか。

 能力を使えばいくらでも引き出せる。

 彼自身にさえ使わなければいいわけではないというのは明白だ。

 

 

「だから、操祈ちゃんの気持ちが分かっていても正直に向かい合えないのだと思うわ」

 

「…………っ……」

 

 手が届く場所にあるのに、踏ん切りがつかない。

 もどかしくイライラするのではなく、恐ろしくて足が竦むのに近かった。

 だからこそ、食蜂が選んだのは、

 

 

「…………なにが、……あったんですか?」

 

 

 能力なんていう不純物は完全に除外し、一人の少女としての問い。

 答えるかは否かは目の前の人物に任せた。彼の転機とも呼べるであろう、彼の母が漂わせた何らかの出来事を知る権利が自分にあるのかを試す。

 

「……、」

 

 美鈴は口を閉じた。

 それは食蜂の想定内だ。彼が必死になって隠し続けていることを安々と他言するはずがない。

 美鈴に迷いが生じる。果たして目の前の少女に告げてよいものかと。それ以前に、誰であろうともあの事実を知るものが一人でも増えて良いものなのかと。

 

「……、!」

 

 美鈴は食蜂の目を見て気づいた。

 彼女の目が、自分の両目から逸れるどころかブレてもいないことに。

 他意もなく、驕りもなく、無礼もなく、侮りもなく、嘲りもなく、真摯に向かい合っていた。

 それほどまでに彼に対して意識を集中できるのかと美鈴は胸の内で喜びを静かに浮かべた。それと同時に、決心する。

 

 

「――――――二つ、約束して欲しいんだけど」

 

「……、何をですか?」

 

 美鈴も食蜂を試す。それで不穏な揺らぎがあれば、自分の口からは何も云わない。

 

 

「一つ目はは、これから言う事を誰にも教えないこと」

 

 これは食蜂も予想できた。

 そして美鈴が二つ目として提示してきた内容は、

 

 

「二つ目は、私から聞いたことを、美影ちゃんに報告すること(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「―――!」

 

 それは、至極真っ当なことではあるが、ある意味では何よりも身が竦むことだった。

 彼の過去に踏み込むことで彼に蔑まれるかもしれないというのは以前から身に染みている。だからこそ彼は心理掌握から逃げ続けているのだ。

 苦いものを齧ったように食蜂の表情に歪みが生じた。

 己との軋轢に苛まれる彼女は幾重にも混迷を構築し続ける。

 

 知るべきか。

 

 知らないべきか。

 

 彼に近づくと同時に遠ざかる可能性を孕んでしまっている二択を何度も頭の中で往復し続ける彼女は、いつの間にか自分の顔が俯いていることに気づいた。

 意識的に慌てる様に顔を上げて彼女の目に飛び込んできたのは、美鈴の驕りもない真摯な表情。美影の秘密を知っているからこそ食蜂に与えた選択肢が苦痛であると自覚している。自覚しているからこそ、避けさせまいと容赦なく食蜂を追い込んでる。

 

 目の前にある御坂美影の真実がそこまで不文律であるということを食蜂は改めて確信した。

 確信したからこそ、自分の気持ちも本物であるという証明として、彼女は決断する。

 

 

「――――――教えてください。美影さんに何があったのか」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 学園都市最大の兄妹喧嘩の開始直後、ステージは土煙に覆われた。

 超電磁砲。

 超能力者序列第三位の二つ名であるその能力が美影がいた位置に打ち込まれたことで、堅いステージを砕き、破片を巻き上げた。一輪の爆音が会場を駆け巡り、突然の大技に目を丸くしてしまう観客も少なくないが美琴自身は全神経を張り巡らせて美影を観測し続ける。

 

(その程度じゃ(・・・・・・)――――――)

 

 己の必殺技とも呼べる一撃すら、あの兄の前では自信の底上げにすら結びつかない。

 

「――――――全然効かないんでしょ!!」

 

 土煙に隠れ、肉眼では捉えられるはずはないのだが、美琴には常に発している電磁波で感知できる。

 第二撃。彼女の手に修飾された高圧電流は槍へと形成され、完成からタイムラグすら作らずにそれを今度は斜め左方へと投げ飛ばす。超電磁砲にも及びそうな速度でそれは土煙の中へと飛び込んでゆく。

 それとほぼ同時。もしくはやや早い段階で美影の姿が土煙の上方から現れた。

 

「!」

 

 美琴が能力で美影を察知できるのと同様、美影も美琴の位置や態勢を能力で感知できる。

 そして美影は美琴の技をほぼ熟知していると言っても良い。なぜなら、美琴の技は随分と前から美影の前で洗練されていったのだから。

 だからこそ、美琴の行動を視るだけで、彼女が如何なる攻撃を仕掛けてくるのか予想がつく。己の体重を軽減した彼は、脚力のみの跳躍で容易に躱した。

 

 そして、美影に躱された美琴の雷撃の槍は直進を止めず、軌道の延長線上にあった機器に直撃した。

 

 

『おお――っと!! 土煙に隠れていた御坂美影選手が上karaignaohl@as―――――――……』

 

 

 光の速さで過剰なまでに強力な電流はあらゆる配線を侵略してゆき、解説役が握るマイク、二人を撮影していたテレビ局のカメラ、スピーカー、その他もろもろの電子機器を一斉にスクラップにしていった。

 

 

(おーおー、容赦ないなぁ……)

 

 体を大の字に広げ、空気抵抗で跳躍を抑えた美影は上から会場を眺めた。

 歓声から悲鳴に近い大声が彼の耳にも届き、しかし依然集中を途切らせない妹が強く睨んでくる。

 

(あるわけないか……)

 

 二年前から真面に相手するのを止めたことで積み重なって来た鬱憤を一気に晴らすかのように大技を連ねてきた妹が次に用意を始めたのは、砂鉄。

 舞台となっている灰色の地面には鉄が必要な分ほど含まれていないらしく、彼女はステージと観客席の間のクレーグランドから磁力によって黒い砂鉄を集めていく。

 

「覚悟しなさい!!」

 

 鞭のように細長く滑らかに動く砂鉄を、美琴は美影へと振るった。

 彼は空中では重力の操作で動き回る。それは一方通行のような飛行とは異なり急加速など能率のいい機動操作が出来ない。そして重力の操作は体への負担が大きいという欠点もある。重力操作は落下という致命的な現象を抹消できるが、空中戦が得意というわけでは決してないのだ。

 しかしそれを補うかのように、美琴の砂鉄の鞭は一枚の壁によって防がれた。

 

「!?」

 

 その壁は美影を見上げる様に凝視していた彼女の視界に突然飛び込んできた。

 灰色のそれは砂鉄を遮断し、彼の身を守った。見覚えのあるその色の物体は彼女も現在立っているステージのもので、ふと視点を落としていくと、土埃が晴れた先にぽっかりと空いた穴が確認できた。

 

「!」

 

 土埃で全身を隠していた時、彼はブラックホールで地面を切り取っていたのだ。

 それをタイミングよく重力操作で持ち上げただけ。単純な仕掛けだ。

 

「くっ……」

 

 悔しがるように歯をやや強く噛む。

 ステージ全体に影響を及ぼすほどの大技で美影を空へと逃げるよう仕向け、そこで砂鉄で捕獲する。

 それが作戦だった。

 だが、それが安々と成功しないというのも彼女の想定内でもあった。

 

(――――――今までただ負けたり逃げられたりしているわけじゃあないのよ!!)

 

 敵わないからこそ、挑む。

 

 

 

――――――他でもなく、彼女の最初の目標は、たった一人の兄なのだから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 





 久々に投稿。

 次の投稿を求める声もありつつ待たせてすみませんでした。

 最終章も大体ストーリーは考えているので頑張ります。

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