ではどうぞ
あの戦から1ヶ月後。
馬騰達は戦後の処理に追われた。
城門の修復はもちろんの事、逃亡した賊狩りに商業の再開、そして不足した物資の調達に負傷した兵士の治療等々、数を挙げればキリがない。
それに加えて、侵攻して来た異民族を鎮圧する為に出陣していた馬岱の帰還。
馬騰達は異民族を鎮圧した馬岱と共に兵士を引き連れ西涼の人々に凱旋し、彼等に戦の勝利を報告した。
そして、残るは捕らえた捕虜達。
彼等の処遇を馬騰は決めなければならない、特に義理の妹として契りを交わした韓遂。
捕らえた彼女の処遇は彼女を慕って馬騰の元を離れてついていった西涼の武人たちの心を左右する事だろう。
処遇の仕方次第では、そんな武人たちを殺さなければならなくなる。
馬騰はそんな心苦しい中、戦後処理を全て済ませ、国内の情勢が安泰になった頃。
離反した裏切り者である義理の妹である韓遂とこの日、対面を果たした。
いつか見た景色は一緒。
同じ天下を望み、同じ戦場を駆けて、同じ様に信頼した親友。
そんな親友であっても綻びが起きれば、仲違いをし戦場で刃を交えることもある。
そして、彼女達は結果的に刃を互いに向けた。
重苦しい空気が辺りに漂う。そんな中、はじめに口を開いたのは捕らえらた韓遂の方からであった。
「…………どういうつもり?」
「どうもこうも見ての通りだ」
「くっ……義姉様! 何故殺さないのですか!?」
「……………」
「答えろ…!! 私は…、私はっ! 既に殺される覚悟も死ぬ覚悟も出来ている!」
そう言って、目の前で座る馬騰に韓遂は吠えた。
馬騰の元を離反する時、韓遂にも覚悟があった。馬騰を見放し、自分がこの西涼を乗っ取る事を夢を見て。
馬騰について来たのも同じ夢があるからと思っていた。だが、彼女と共に歩んだ道にあったのは衝突と嫌悪による仲違いだ。
義理の姉と義理の妹の契りを交わして、彼女達は固い絆を結んだ筈だ。
しかし、思想や思惑が違えばそうなるのは必然だったのかもしれない。
だが、口を開いた馬騰はこう告げはじめた。
「…お前の命を助けたのは私ではないよ、そこにいる変わった奴だ」
「何?」
「私はお前を殺さなければ面目は立たないさ。でもね、こいつはお前が必要だと言ったんだ」
そう言って、馬騰は腕を組み瞳を閉じたまま2人のやり取りを聞いている達海の方へと視線をやった。
変わった服装。そして、性別も女性の武将が台頭しているこの乱世の中では珍しい男性だ。
韓遂は険しい表情を浮かべたまま達海を睨みつける。自分に生き恥を晒しているのはこいつかと。そう言わんばかりに。
だが、そんな韓遂の内情を知ってか知らずか、達海はいつもの様に飄々とした様子で口を開き話をしはじめた。
「そうだよ。お前さんを殺さない様に言ったのは俺だ」
「なんだ貴様は! 何が目的だ!」
「ピーピーギャーギャーと煩い嬢ちゃんだ」
「なんだと!? お前ぇ!」
そう言って、韓遂は今にも達海に殴りかからんとした剣幕を見せる。
だが、達海はそんな韓遂に関係なく、呆れた様にため息を吐くと彼女にこう語り始めた。
「そんなもん決まってるだろ。せっかくの人材を殺すかよ。アホらしい」
「人材!? 人材だと? …あははは!! そうかそういうことか!」
「なんだよ?」
「また私を戦で働かせようというんだろ!? 誰が貴様らなんかに!!」
「ブッブー違います。ハズレ〜」
「は?」
そう言って達海の言動に呆気に取られる韓遂。
達海は笑みを浮かべたまま、そんな唖然としている彼女をまっすぐに見据える。
別に戦で彼女を利用する為に達海はわざわざ生かして欲しいと馬騰に頼んだわけではない。それは一つの目的があったからだ。
彼は戦の悲惨さを目の当たりにした。だからこそ、そんな命を賭ける場所に彼女を送り込みたいとは思ってはいない。
ただ、彼の仕事はそう…。
「俺はお前をスカウトしたいんだ、韓遂。俺と一緒にフットボールしないか?」
「…は?」
「だから、フットボールだよ、フットボール。お前は戦に負けたんだ。なら、もう死んだ。次はどうするか? それが聞きたいんだよ俺はさ?」
達海はそう言って笑みを浮かべて韓遂を見据えてそう告げる。
フットボール、韓遂は聞いたことがない。
そんな聞いた事もないものをやろうと言っている達海の言葉を彼女は当然理解できるわけが無かった。
「な、なんだそれは…どういうものだ?」
「ん…? そうさなぁ、人に夢を見せて、夢を叶える競技の事だよ」
「は、はぁ? 意味がわからないぞ?」
「なぁ馬騰、ちょっとこいつ借りていいか?」
「…ん? あぁ、構わないが…」
「あんがとさん、そんじゃちょっと借りるよ」
「あ、お、おいっ!? 私を何処に連れてく気だ、貴様!?」
そう言って、馬騰から紐で括られて縛られている韓遂を連れて行っていいか確認を取った達海は座り込む彼女の傍に控えている兵士達に韓遂を連れてく様に指示を出す。
そして、兵士から立たされた韓遂は達海に連れられるまま、馬騰がいる玉座を後にした。
西涼の街の少し外れ。
草原の芝が広がるこの場所で達海は兵士に連れてこさせた韓遂を馬から地面に降ろすように彼等に告げる。
そして、それに従うように兵士達は韓遂を地面に降ろした。
韓遂は無理矢理、達海に連れて来られたことに嫌悪感を抱きながらも兵士に連れられ、彼の後に続く。
「さぁてと、おー。やってんな」
「おい貴様、一体なんのつもり…」
「あれだよ、あれ、あれがフットボールさ。嬢ちゃん」
「………は? …な、なんだ…? あれ…は…」
韓遂は草原の先を指差しながらそう告げる達海の指先の方へと視線を移す。
すると、そこには数多くの女性達が一つの球を蹴りあっている光景が目に入って来た。
必死に球を追いかける光景は滑稽に見える。だが、彼女達の球を追いかけている姿は韓遂は何処か楽しそうにも見えた。
呆然とその様子を見つめる彼女に達海は口を開き、話をしはじめる。
「あいつらは元々、街の娘や農民の娘さ。んで、あそこにいるのが…」
「おい、パス遅いぞ! 今ゴールできただろうがっ!!」
「ね、姉様…あれはタイミングが難しいですよぅ」
「はっはっはっ! 馬超殿、ふっとぼーるの腕はどうやら私の方が上みたいですな」
「くっそー! まだ1点だろ! これからだ!」
そう言って、悔しがるように吠える馬超に余裕のある笑みを浮かべる趙雲。
韓遂の目に入って来た光景。それは、農民や街娘、そして、そんな中に馬超や趙雲といった武人達が混ざり球を蹴りあっている光景だった。
そんな光景に韓遂は唖然とする。
「ば…馬超…それに、馬岱…。な、なんで」
彼女は目の前の信じられない光景を見てそう口に出すしか無かった。
武人と町人、それに農民。
明らかに身分の違うものばかりだ。だけれど彼女等は変わらずに一つの球を追いかけてプレーをしていた。
達海はそんな光景を目の当たりにしている韓遂にこう告げる。
「あれがフットボールだよ、韓遂。あのピッチの中じゃ身分も関係ない。フットボールが上手い奴が輝ける場所さ」
達海はそう誇らしげに彼女に語った。
三ヶ月前の戦に勝利し、達海は戦後処理をしている馬騰達がいる中で着々とこの準備をしていた。
戦の際に馬騰達に韓遂とその家臣達を捕縛する様に頼んだのもこれが狙い。
馬騰から兵士を借り、街の外れにあった綺麗な草原の広がる大地を整備させて天然のフットボール場を作らせた。
フットボールをする為のフットボール場。
達海は西涼の街や農民が住む場所に”身分問わず、フットボールプレイヤーを募集する”と紙を配らせて宣伝した。
その結果、僅か1ヶ月にして沢山の人間が集まった。
そして作ってみせたのだ、小さいながらもちゃんとしたフットボールクラブを。
「大会は月に一回程度、賭博感覚でどちらのチームが勝つか掛けてもらう。今は西涼でやらしてるのはこれが限界さ」
「…こんなものを…私に見せて何を…?」
「俺はこれを国全土を挙げてやらせたいんだよ。西涼をはじめとして、洛陽や許都。それに荊州ってそれぞれ各県にチームを置いてリーグを開くんだ」
「…何…だと……?」
「賭け事ってなりゃ、そのチームにはサポーターが付く。白熱した試合を盛り上げてくれる応援団さ。そして、商人はそんなチームのスポンサー、すなわち投資をしてくれる後ろ盾になってくれる。そんでもって満員の観客の前であいつらが試合すんだ、それが今の俺の夢だ」
達海は目を輝かせながら熱く韓遂に語る。
それは無邪気な子供なようでそれでいて胸を熱くさせるような大きな夢だった。
戦で人を殺し、人を裏切り、人を騙す、そんな殺伐とした中で成り立つ天下。だが、達海が語る夢はどうだろうか?
皆があんな風に熱くなって一つの球を追いかける光景は韓遂にまた違うモノを思わせた。
あぁ、そうだ、自分が追いかけていた夢はどうだろうかと、そして、それが叶った時。果たして自分は何を残しているんだろうと。
裏切って馬騰から奪った西涼から得るものは西涼の民と土地だけだ。
しかし、達海が言ったものは後の時代に続く永遠の栄光だ。武人だけではない、農民や街の民、人々はそんな伝統あるものを後世に伝えていく。
韓遂はそんな達海の姿を見て馬騰と姉妹の契りを交わした時のことを思い出した。
そうだ、あの時、自分は夢をあの馬騰の背中に見ていた。
韓遂の胸の奥が熱くなる。そうだ。達海が語るこの夢は天下なんかに比べると遥かに価値があるものだった。
「面白い奴だな…、本当…あはははは!」
「どうだい?」
「あぁ、確かに面白そうだ…。夢か…そうだな」
韓遂は達海に向かいそう告げる。
そう、韓遂は改めて達海の目を真っ直ぐに見つめて目を輝かせていた。
夢はなかなか見つかるものではない。こんな乱世では、特にそうだろう。天下を取ると夢見て成し遂げられる者は一握りだけだ。
しかし、そんな中、天下を取ることにも全く目もくれずこんな面白い事を考える人物がいたとは思いもよらなかった。
夢を見て、夢を見せ、夢を叶える。
そんな幻想があんな芝の上で球を蹴りあっている中で起きる。
「ほら、見てみなよ? あいつシュート決めるぜ多分な」
そう言って、達海はピッチを見ながらそう韓遂に告げる。
そして、韓遂は達海に言われるまま、その方向へと視線を向けた。その先にはゴール前に走り込んでいる馬超。
サイドからは馬岱がボールを持って上がり、農民の娘のディフェンスを躱してゴール前にボールを蹴り込んだ。
フワリと浮くボール、その精度はあまり良いものではなく馬超の背後を通り過ぎようとする。
だが、馬超はそれでも諦めなかった。
馬超は体勢が崩れた中で身体を浮かせ、その身体を空中で反転させると右足を振り抜く。
そして、その右足に当たったボールはスパンッ! と音を立てると、キーパーの街娘の脇をすり抜けるようにゴールに突き刺さった。
綺麗なボレーシュート。身体ごとシュート撃った馬超はそのまま地面に身体を叩きつけるが受け身を取りゴールが入ったボールを見つめた。
韓遂はその光景に縛られているにも関わらず思わず立ち上がってしまった。
「うぉ! なんだあれは! すごい体勢から打ったぞ!」
「…ボレーシュートってやつさ、本能的にやったのかねぇ? にしても相変わらずクロス下手っぴだな馬岱の奴」
「いよっしゃあ! これで1対1だぞ! 見たかァー!」
そう言って雄叫びを上げて喜びを露わにする馬超。
そんな馬超のシュートを目の当たりにしてか負けず嫌いの趙雲は顔を顰めてその光景を見てため息を吐いた。
1点目を決めたのは趙雲のミドルシュートだ。
しかし、馬超が決めた事で同点。これで試合がわからなくなった。
「な? 面白いだろ? フットボールってさ」
「あぁ、あぁ!確かに面白いな!私もやりたくなって来たぞ!」
「んじゃ、交渉成立だな?」
そう言って、達海は手を韓遂に差し出し笑みを浮かべる。
そして、韓遂は達海の差し出して来た手を握り返し軽く握手を交わした。
達海は握手を交わした韓遂に笑顔を浮かべて、こう話をしはじめる。それは、改めてこのチームと自身の自己紹介だった。
「ようこそ、FC西涼へ。歓迎するぜ、韓遂? 臨時監督の達海猛だ」
達海はそう満足げにそう告げた。
達海が新たに西涼ではじめた小さなフットボールクラブ。
これは後に語り継がれる事になる外史のフットボールの歴史に新たに刻まれた1ページ目に過ぎない。
だが、この1ページは後に広がる外史でのフットボールの歴史の始まり。達海猛という男が大きく踏み出した1ページだった。