宴会。
それは、この国に勝利をもたらしてくれた者への感謝と新たな挑戦に向けての激励。
馬騰は達海が旅立つ2日前に盛大な宴会を催した。
たくさんの人々が集まり、その中にはFC西涼のメンバーはもちろんの事、彼らに関係する者達は全員参加している。
西涼のフットボール農民のサポーターや投資を考えてくれている町民など身分は問われない。
警備も厳重にしたそのパーティーは達海が提案したものだ。
食事をみんなで作り上げ、西涼の伝統ある料理がパーティーではずらりと並ぶ。
そんな中、馬超達は宴会芸などの催しなどを行った。
トップバッターにはなんと馬鉄。
彼女は小物として達海指導の元、作成したサングラスに職人に特注した白いスーツという物を身につけて颯爽と彼らの前に姿を現した。
もちろん、真似をするのは某日本代表のあの選手のモノマネだ。これは、達海が宴会芸で何をしたらよいかわからない馬鉄に伝授したモノマネである。
「どうも、はじめまして、西涼代表の馬鉄です。今何時くらいでしたっけ? あ、間違えたこっちミラノの時間でした」
「「「あはははははは」」」
ミラノの時間がなんだかわからないが、とりあえず受けは良かった。
奇抜な格好をした馬岱が奇妙な行動を取ることが可笑しいのか、それともお酒の力か定かでは無いが、とりあえず掴みは完璧だった。
奇妙な形をした腕輪を両方に身につけている彼女はサングラスを外すと次から次へと話をしはじめる。
「強い個を持てば、チームは強くなる。それは私の中のリトル馬鉄になんども言い聞かせています。フリーキックの時にはやっぱり気持ちが高ぶりますよね? これ? なんだかわかります?」
「「「?」」」
「伸び代ですねぇ!」
そう言ってノリノリで手をL字にしてドヤ顔でそう告げる馬鉄。
会場はその瞬間、ドッと笑いに包まれた。いや伸び代も何もフリーキックの前振りは全く要らない上にリトル馬鉄が何かがわからない。
それがさらに面白かったのか、水を飲んでいた趙雲が盛大に噴き出していた。
そんな彼女の様子を遠目から見ていた達海は料理を食べながら苦笑いを浮かべその光景を眺める。
「あいつぶっつけ本番で心臓つえーな、ほんと」
「まぁ、滑ってもご褒美なんて言うからねあの娘の場合…」
「マジかよ、別の意味で猛者だな」
そう苦笑いを浮かべ達海に話す馬超。
馬鉄の強心臓振りに流石の達海も失笑するしかなかった。
いや、確かに教えて伝授したのは自分であるがあんなにノリノリにされるともはや馬鉄の持ちネタみたいになってしまっている。
宴会芸が盛り上がるのは良いことだが、果たしてこれが良いことかどうかは疑問であった。
だが、エンジンが掛かった馬鉄は止まらない。多分お酒を飲んでいるのもあるんだろうが会場は完全に馬鉄劇場だった。
「達海監督と馬超姉様、趙雲殿が旅立つみたいですけどね? 私はこう叫びます。エースである私はどうなるのかと? そうなるとどうなると思います? 西涼に声量が響きますね? これ、なんて言うかわかります?」
「「「「?」」」」
「西涼に声量、言葉の無回転シュートですねぇ!」
いちいち馬鉄がサングラスを取ってドヤ顔をしている仕草が面白いのか、あちらこちらから笑い声が上がる。
ほんとに大した事のない意味不明な事なんだろうがノリノリの馬鉄にみんなが釣られて笑う。
というよりも三人の為の宴会であるにも関わらずもはや、笑いを掻っ攫っていって主役みたいになっているのは馬鉄1人だった。
そんなこんなで盛り上がった馬鉄の宴会芸はひとまず終わり。全員いつも通りに食事を取り始める。
そして、宴会芸を終えた馬鉄はスーツ姿のまま、達海の元へ走って来た。
「やりました、監督! 受け良かったですよ!」
「お前芸人の方が向いてんじゃねーかな?」
「なんでっ!? いや、ノリノリでやりましたけれど宴会芸ですからね!? ま、まぁ、みんなの前で滑って冷ややかな視線を浴びるのも悪くはありませんが…」
「いや、その精神力がスゲエよ?」
「ほんとですか!? やりましたよ、お姉様っ! 監督に褒められましたよ!!」
「う、うん…良かったんじゃないかな?」
そう言って喜びを露わにする馬鉄に視線を逸らしながらそう告げる馬超。
ネタ中に完全に幾つか滑っても挫けないその精神力は達海も馬超も素直に凄いの一言だった。そして、思う、完全にフットボーラーより芸人枠だと。
ムードメーカーは確かにチームには必要であるし、馬鉄の才能はある意味天才なのかもしれない。
そんな馬鉄の活躍もあり宴会は盛り上がる。
そんな中、ある程度時間も経ち達海は宴会場を後にし1人外へと出た。
騒ぐのは嫌いではないが、たまには1人で考えたい事もある。
達海はその足取りのまま、自分がこの昔の漢に来て初めて作った特別な場所に足を運んだ。
お酒を飲みながら暫く歩いた後に達海が辿り着いたのはいつもFC西涼が練習をしている試合のピッチだ。
ここに来たのは特に理由は無いが、感傷に浸りたかったのかもしれない。
都会の街とは違い、夜には西涼の夜空は満天の星空だった。
確かに昔なら、こんな風に綺麗な空を見上げる事も出来るだろう。達海はそんな星空の下で何処か遠くを思い出すようにそれを眺めていた。
「…随分と遠くまで来ちまったなぁ」
達海は星空を見上げながら呟き、ふと昔を思い出していた。
それは遠い記憶、達海猛が現役で出ていた頃だ。
満員の会場、そして綺麗に整備された芝のピッチ。そこの中が自分の居場所だった。
『プレミアリーグ』
イギリス最高峰のリーグ。
そして、同時にフットボーラーなら誰もが目指す夢のリーグだ。
達海はそこに確かに立った。だが、そのピッチに立つ前に自分が居たかつての居場所がある。
日本のフットボールリーグ。Jリーグ。
1993年に10クラブで開始し、今や二部リーグに分かれて試合が出来るまでに大きくなった日本のフットボールリーグだ。
そこのチームに達海は所属していた。
『イースト・東京・ユナイテッド』、通称『ETU』と呼ばれるフットボールクラブだ。
達海がデビューしてからずっとそこのチームのサポーターもクラブのフロント達も彼に期待を寄せ夢を見た。
彼の大胆不敵なプレーはサポーターを酔わせた。
まるで、魔術師のようでそれでいて繊細なパスや綺麗なフリーキックは度肝を抜かされた。
『ファンタジスタ』と言うのならばきっと彼の事をそう呼ぶのだとサポーター達は達海を暖かく応援した。
そんなサポーター達がいるETUはまるで、達海のもう一つの家の様だった。
「こいつがもうちょっと頑張ってくれたらねぇ…」
達海はそう言いながらポンポンと自分の膝を優しく叩いた。
だが、彼が選んだ道は過酷な夢の道だった。
クラブチームを抜けて彼は世界に挑戦するために海を渡り、イングランドにやって来た。
当然、古巣であったETUのサポーターからは大バッシングを受けた。「何故、自分のクラブチームを裏切って海を渡ったのか?」と。
それを全て達海は背負った。背負いながらも海を渡り夢を追いかけた筈だった。
だが、彼を待っていたのはフットボールの神様から与えられた才能を奪われる出来事だった。
怪我。
それは選手生命を一瞬にして消え去る厄災。
どれだけ優れた選手であっても、観客を魅了する神の様な人物であったとしてもこの怪我という厄災はどうにもできない。
達海の選手生命は絶たれた。彼のフットボール選手としての人生は幕を閉じた。
それからは辛いリハビリ生活だった。
フットボーラーとしての人生を断たれた達海の人生は一気に転落した。
達海にはフットボールが全てだったのだ。
何を目標に生きればいい? 何の為にこのリハビリをしている?
達海はそう心に言い聞かせていた。だが、彼にはフットボールしかやっぱりなかったのだ。
本場イングランドのプレミアの試合を見て達海は思ったやっぱり自分の帰る場所はここだと。
それから達海は監督になる道を選んだ。諦めていた他の道を達海は新たに見つけ出す事が出来た。これは、もしかしたらフットボールの神様がくれたもう一つの道なのかもしれない。
スコティッシュプレミアリーグにあるクラブチーム。グラスゴーを本拠地にするクラブチームにかつて1人の日本人選手が所属していた。
そこに住むタクシーを運転する人物はある日本人にこう問いかけた。
『彼はまだフットボールをやっているのか』と。
それは、その日本人選手が決めた伝説的なフリーキックが未だに彼等の目に焼き付いているからだ。
世界の強豪クラブが集うチャンピオンズリーグ、彼はそのリーグで日本人初得点者となった。
相手はプレミアでの絶対的王者。伝説的なファンタジスタを抱える通称『赤い悪魔』と呼ばれるクラブチーム。あの世界的に有名なポルトガル代表のCR7もイングランドの英雄もかつて所属していたクラブチームだ。
フリーキックからの芸術的なシュート。彼のそのフリーキックを目の当たりにした観客達はイングランドにあるフットボールの聖地オールドトラフォードで湧いた。
続く試合でもFKから得点、決勝トーナメント進出を果たす。これは彼の所属するクラブチームの初めての快挙でもあった。
彼も日の丸を背負って戦った。そして、今も尚ピッチで活躍し続けている。
達海はそれ程偉大な選手と云う訳ではない。確かに、達海が所属していた古巣であるETUでは達海はそんな伝説的な存在だったかもしれない。そして彼は何時かETUへ帰りたいと思っていた。
だが、この場所に達海が帰るべきフットボールクラブ、ETUはどこにもなかった。
しかし、達海は思う。この時代、この世界でまたフットボールの監督になる事で見える、新たな景色があるであろう事を。
「夢は語り継げばいい」、だから彼はこの地に来てもフットボールクラブを作ってみたいと思った。
「あー、柄にも無く昔の事思い出しちまったな。酒でもたくさん飲んでもう寝るか、明後日は出立だしな」
達海はそう呟くと再び空を見上げた。
そこにあるのは変わらない星空だ。
達海はそんな星空を眺め終えると、笑みを浮かべてその場所から立ち去った。