袁術。
袁一族の一人で荊州太守。荊州の支配者であり、呉にいる孫堅にも影響力を持っている者。
と聞けば聞こえは良いが、中身は高飛車なお嬢様で我儘、それでいて思考力は単純であり、言うなればただのお子様である。
当然、政治なぞわかるわけも無い訳で、民には重税を敷き、民衆の心は彼女から離れていた。
姉である袁紹にコンプレックスを抱き、それ故に姉に対して対抗心を燃やす彼女。
皮肉と褒め言葉の区別もつかない。そんな幼い少女が名家の出である故。荊州という土地を治めていた。
しかしながら何故、彼女の名前が今、挙がるのか?
それは、達海の今の状況に関係があるからだ。
フットボール監督である達海猛は現在、その袁術の目の前に紐に縛られて連れてこられている。
「…なんなの? この状況?」
「美羽様、要望通り達海殿を連れてまいりました〜」
「うむっ! 大儀である。よくやったのじゃ、七乃!!」
そう言って、嬉しそうに笑みを浮かべているのは玉座に座る金髪のお子ちゃま。
達海はそんなお子ちゃまを見上げながら、苦笑いを浮かべるしかない。酒場で気絶させられ、馬車に乗せられ、目を覚ませば黒髪の美少女に膝枕されていた。
そして、とんとん拍子に現在の状況に至るのであるが、達海は自分が誘拐された理由がさっぱりなので、もはやお手上げ状態なのである。
そんな達海にはちみつを抱えた金髪のお子様は玉座から降りて近づくとこう話をしはじめた。
「お主! 噂は聞いておるぞ? あの西涼の戦で戦果を挙げた戦術家の達海猛じゃろ?」
「んー? あー、そうだねー」
「それで、あの奇妙な球蹴りの競技を広めているではないか! 妾も一度、西涼に見に行ったのじゃ!」
そう言って、目をキラキラさせる袁術。
達海はそんな袁術の目を見て思った。『ああ、なるほど』と、要は彼女はフットボールを目の当たりにした人物の1人だという事である。
達海はそんな彼女に思わず笑みを浮かべた。
「フットボールの事かい、嬢ちゃん?」
「おぉっ! あれはふっとぼーると言うのかの!? 見てて物凄く楽しかったのじゃ!」
達海の言葉に興味津々の袁術。
そう、以前彼女は暇を持て余しており、そんな中で噂に聞いたのがその球蹴りの競技、フットボールの事である。
西涼でフットボールが流行しはじめて、それを観にわざわざ遠くから足を運ぶ者たちが最近増えているという事を知り、暇を持て余していた袁術はそれを観る為にわざわざその西涼まで七乃を連れて遠征に出掛けたのだ。
そこで観た試合が丁度、馬超と趙雲が出ている試合であり、馬超が綺麗なボレーシュートを、そして趙雲がドリブルで三人抜きからの素晴らしいシュートを決めた試合だった。
その試合を見ていた袁術はそれを観てピッチの横で指示を出している達海に目が止まった。
街の者たちに聞けば、達海がこのフットボールを教えてくれた第一人者で西涼を救ってくれた英雄と言うではないか。
それから、達海が西涼から離れて最近あちらこちらの街でフットボールを教えているという噂を聞きつけた袁術が彼を誘拐する様に張勲と孫堅から借りた周泰の2人に指示を出したという訳である。
「そういう訳なのじゃ! ふっとぼーるというものを観て妾は感動したのじゃ!」
「へぇ、嬢ちゃん。あんたフットボールの良さがわかるのか? 良いね」
「当たり前なのじゃ! あんな美しいものを観たのは生まれて初めてなのじゃ!」
そう言って、自信ありげに胸を張る袁術。
すると縛られている達海は隣にいる張勲にこう言いはじめる。
「嬢ちゃん、紐を解いてくれよ? 大丈夫、逃げやしないさ」
「おや? それはなんででしょうか?」
「目の前にこんな目を輝かせた奴がいんだぜ? 俺からしてみれば嬉しい事この上ないよ。好きなんだろ? フットボール?」
そう言って、縛られたままの達海は笑顔を浮かべて袁術にそう告げる。
すると、袁術はそんな達海の顔を見て何度も頷いた。そう、彼女もまた、形はどうあれフットボールに心を奪われた一人。
なら、達海からしてみれば立場はどうあれ、そんな彼女とフットボールについて色々と話したい事もあった。
張勲も達海のその態度に納得したのか、縛っていた紐をナイフで切り、縄を優しく解いた。
「あんがとね、美人のお姉さん」
「あら、口が上手ですねー♪」
「まぁ俺、一応拉致られて此処にいる訳だしね? 機嫌取っとかないと」
そう言って、手をひらひらとさせる達海は笑みを浮かべて張勲にそう告げる。
拉致られている。そう、ここは袁術の城の中。とすれば、達海の命なぞ、袁術の一言でどうにでもなることを忘れてはいけない。
なら、そんな袁術に影響力がある人間は誰か? それは紛れもなく達海の隣にいる張勲だ。
達海は自分の状況を把握している上でこうして袁術に対面している訳である。
「さてと…んじゃ袁術、お前さんは俺にどうしてほしい?」
「妾か?」
「あぁ、そうだ。俺を拉致ってこんなとこ連れてきたって事はなんか理由があんだろ?」
「うーむ? そうじゃの? 実はあんまし考えてなかったのじゃ」
「なんじゃそりゃ? …まぁ、いいや。そんじゃさ、せっかくだ? お前さんが観たフットボールってやつについていろいろ教えてやろう」
「なんじゃと!! ほ、本当かの? ならしばらくここにいても良いぞ! 妾が許可する!」
そう言って、目を輝かせた袁術は達海の言葉に思わず彼のコートを掴む。
袁術は実はあまりフットボールのルールを知らなかった。ボールを蹴る競技なのは試合を見ていてわかってはいたのだが、それ以外は全然わかってはいない。
フットボールにはルールがある。
そのルールがわかっているかわかっていないとじゃ試合の楽しみ方も変わってくるものだ。
特にシュートを打って入った光景を袁術がたまたま観て興味を抱いたのはわかるが、それ以外の楽しみ方を達海はとりあえず彼女に教えることにした。
すると、達海は張勲の方へ向くとこう言葉を話しはじめる。
「ほんじゃま、しばらく袁術のお世話にでもならせてもらおっかね?」
「良いのですかー? お嬢様の我儘ですよー? ここに連れてこられたのは」
「あー良いって良いって。俺、もともとフットボールを広げる為に西涼出たんだし」
「は、はぁ…。 別に貴方がよろしいなら〜…」
そう言って、連れてこられた筈の達海の軽いノリに困惑しながら告げる張勲。
だいたい、無理やり拉致して連れてきたのにも関わらず達海は全然物怖じしないどころか、既に主犯である筈の袁術と溶け込んでいる。
そして、そんな達海に袁術も何故か嬉しそうに受け入れていた。フットボールが好きという共通点。ただそれだけで。
「達海!達海!それじゃ教えてくれたも!」
「あーいいよ。そんじゃま、まずフットボールって競技についてなんだが…」
それからしばらくして達海による袁術へのフットボール講座が始まった。
わかりやすく説明する為に、張勲から紙を持って来させると袁術に優しくフットボールについて教えた。
戦術やルール。
いろんな選手やどういった人達がこのフットボールを愛し、そして、どんな風に世界で活躍しているのか。
楽しく、自分の事の話を交えて談笑しながら達海は袁術に教えた。
時には、張勲が兵士から回収させた達海の私物であるボールを持って来させリフティングを袁術の目の前で実践して見せた。
袁術は舞うように飛び交う達海のテクニックやボールに目を奪われた。
「はぇ…。す、凄いのじゃ…。ボールが踊っているようなのじゃ」
「一流のファンタジスタやスター選手ならこれくらいなら朝飯前に出来るよ。もちろん袁術、お前さんも練習すれば出来るようになるさ」
「ほ、ほんとかの?」
「当たり前だろ? 俺は監督だぜ? フットボール教えるプロフェッショナルだからな」
「おぉ! ぷ、ぷろなんちゃらはよくわからないけど凄いのじゃ!」
そう言って、嬉しそうに達海に笑顔を見せる袁術。
達海もまたそんな袁術に嬉しそうに笑っていた。
子供達に夢を見せるのがフットボールだ。形はどうあれ、今、目の前にいる彼女は自分が作ったこの時代に来て初めて達海が作ったフットボールチームの試合を観てそれから興味を持った。
そして、達海を手荒な手段で攫いはしたが目を輝かせた袁術は達海にとってみれば大事なサポーターでフットボールファンである。
サポーターによっては試合を中断させ、感情のあまりピッチに飛び出す者もいる。
それは、その選手から愛ゆえに触れ合いたいから、何かしら自分のことを覚えて欲しいからだ。
そんなサポーターをスター選手達は無下にはしないどころか、サインやユニフォームをプレゼントしてピッチの外へと出してやる。
それは永遠の宝物となり、彼等はそんな紳士的な選手への愛が深まる。
「なぁ、袁術」
「なんじゃ?」
「俺と一緒にフットボールやらないか? この国でクラブチームを作るのさ。どうだ面白そうだろ?」
「なんと! で、でも…妾には…」
「何、大丈夫さ。俺が教えてやるよ? どうだい?」
「達海殿、美羽お嬢様はまだ子供です。しかも我儘ですし〜、ふっとぼーるをするには幼すぎる気も…」
「我儘や年齢は関係ないよ、張勲。16歳でもプロの試合でスタメンで試合に出る選手もいる。ピッチの中じゃ上も下も無いのさ」
そう言って達海は不安げな表情を浮かべる張勲に笑顔のままそう告げた。
張勲もこんな袁術を見るのは初めてだった。目を輝かせた袁術、そんな彼女を張勲はこれまで見たことが無い。
姉の袁紹にコンプレックスを抱き、さらには民衆に重税を課して反感を買う。国内の政治はグダグダ。
そんな状況下で袁術は退屈し、苦しむ民の上で贅沢三昧をしていた。
しかしながら、達海はそんな話は以前から民衆からフットボールを通じて風の噂で聞いていた。
だが、我儘、エゴ。
それは一流のフットボール選手なら持ち合わせているものだ。達海もエゴがある選手を幾らでも知っているし自分もかつてはそうだった時期もある。
かの有名なスウェーデン代表の悪童ストライカーはこう言った。
自分は神だと。自分より優れた選手はおらず、唯一無二である選手であると。
自分が居ないワールドカップには価値は無い。
そこまで言い切るほどにエゴが強く、また、そんな言葉を彼は発しながらもサポーターやファンは彼の残す結果やシュート、プレイに魅力された。
それを知っている達海からしてみれば、我儘だからなんだと言う話である。
「まぁ、我儘なのは自信がある証拠さ? 悪いことじゃ無い。 それより問題は我儘の代償がみんなから嫌われている、それが問題なんだよ」
「…どういう事でしょうー?」
「あんたらの良い噂を聞かないってのは解せないって言いたいのさ。重税を敷いてる、国内の政治はグダグダ、なら民衆の不満の標的になんのは当然さ」
「…なんじゃ? つまりどういう事なのじゃ?」
達海の言葉を聞いてイマイチ理解が及ばない袁術は顔を思わず顰める。
民衆から良い噂を聞かないと言われれば誰しもそうなる。特に自分の我儘に自覚が無い袁術からしてみればそれは面白くない言葉だった。
だが、達海は不敵な笑みを浮かべると袁術にこう告げはじめる。
「だから、俺はお前さんのそのイメージをぶっ倒してやるって言ってるんだよ。袁術。お前さんを民衆から讃えられる英雄にしてやるよ」
「…っ!? わ…妾が…?」
「あぁ、そうだとも、俺は文官とかじゃねぇから政治なんかは知らないし興味はないね。けどさ、フットボールのやり方は知ってる。お前さんなら良い選手になるよ袁術」
「…っ!? か、勝手な事を…! そもそも美羽様はこの荊州の領主であり、フットボールをやる暇なんか…!」
「俺の知ってる奴らは両立させてたよ、仕事とフットボールをね? だから、俺はお前さんとフットボールをしたいって言ってんのさ。んで…どうだい、袁術?」
達海は西涼にいる者達の事を思い出しながら袁術にそう告げた。
そう、達海が言う通り、兵士や町民、農民たちは仕事とフットボールを両立させてやる者達が多い。
FC西涼はまさにそんな者達の集まりだろう。週三回の厳しい練習に慣れる為に陰ながら努力もしている者も居るはずだ。
そんな者達の事を知る達海の言葉を聞いていた袁術は静かに口を開くとこう言いはじめる。
「…やってみたい…」
「ん…? なんだって?」
「やってみたいのじゃ! 達海っ!」
「美羽様っ!?」
「へへへ。そうかい、ならわかった。それなら俺が教えてやるよフットボールってやつをね」
達海はそう言って元気よく告げる袁術に笑顔を見せて答える。
袁術が治める地、荊州。
連れ去られた達海はこの地で再びフットボールを広める為に袁術にフットボールを教える事になった。