荊州の街から少し離れた農村部。
荊州に連れて来られた達海は袁術に頼み込んで、この地にフットボール場を作る事にした。
農村部とはいえ、かなり良い感じの草原地帯が広がるこの場所はフットボールの試合をするにはもってこいの場所。
袁術は達海の進言で国にいる労働者達や兵達に対し、賃金を払う事を前提にしてこの地を整備する様に命じた。
クラブチームが練習する為のグラウンドと試合用のホームグラウンド。これらを分けて作り、練習場とクラブのホームグラウンドとした。
当初は何故、袁術がこんな農村部に来なければならないと駄々をこねたが、達海にうまく言いくるめられてこうして建設に踏み切った訳である。
そして、続いてはサッカーボールの生産だ。
サッカーボールは現在こそ、ゴム製であるが昔のサッカーボールは牛の膀胱を使用し、加工したものであった。
今はゴムチューブの開発もあってサッカーボールは今のゴム製であるのだが、昔のフットボールには基本的に牛の膀胱を加工し、さらにその上から牛の皮により、塗装されていたボールを使用していた。
西涼には牛の養殖をする為の土地も民も職人もいた為に。さほど、サッカーボールの生産には苦労はしなかった。
だが、荊州はそうはいかない。
度重なる重税に農村部の者達は牛や家畜を長沙の孫堅のいる土地や他の地域に売り払い税を納めていた。
また、重税を敷いているこの地に職人が腰を落とす事も少なく。よって、これは達海の案で長沙の孫堅に頼み、輸入という形を取ることにした。
その際、サッカーボールの加工法のやり方や生産法は彼女達に伝えた。
重税を敷いている今では、とても国内生産などは出来るはずもない。
よって、現在のサッカーボール生産地は西涼と長沙といった具合に分けられたという事になる。
袁術は達海にサッカーボールの素材などを聞いたりしたが、達海は彼女には牛が原材料としか言っていない。
何故なら、高貴で高飛車な彼女が牛の膀胱を使用したボールなど蹴りたくないと言いはじめるだろう思ったからだ。
サッカーボールの生産方法だが、この手縫いのサッカーボールの製造は家内制手工業によっても作ることもできる。
児童にも作り方さえ教えれば製造可能なものだ。
よって、製造は荊州でも行える為に長沙で生産した牛を輸入し、荊州にて職人や労働者を用いて加工といった具合に孫堅の呉と連携する形で生産に当たる事にした。
そして、荊州にも農村部の一部に牛や豚の養殖場を建設。
時間は掛かるだろうが、少しでも、サッカーボールの生産をこの地でも行えるようにとの達海の配慮であった。
こうして、ようやくフットボールができる環境が整う段取りを済ませ、達海が荊州に来て数日の期間が経った現在。達海は袁術を連れて建設現場である農村部に来ていた。
「おー、整備できてきてんな練習場。流石、荊州の労働者や職人だ」
「そうじゃろう! そうじゃろう! ところで達海、妾をこの地に連れて来たのはどういう訳じゃ?」
「そりゃ決まってんだろ、フットボールをしに来たんだよ。やりたかったんだろ?」
「おぉ! ようやくできるのかの!」
「あぁ。ま、そんなとこだよ」
そう言って、達海は笑顔を袁術に向けて小さく頷く。
よくよく考えれば、サッカーボールの生産やグラウンドの建設に労働者や職人を雇ったおかげで荊州の金銭の回り方は比較的に良くなってはいた。
だが、袁術が重税を解いていない以上。この地にはあまりいい噂は流れないし。経済的な好転は微量なものでしかない。
とりあえず、達海は重税を解くようには進言してはみたが、これは張勲と袁術に断られた為、達海はそれ以上は何も言わなかった。
どちらにしろ、達海はフットボールを袁術に教える為にこの地に足を運んでいる。目的は袁術に対するフットボールの指導だ。
だから達海はまず、彼女にフットボールの面白さを知ってもらう事にした。
「お、来たみたいだな。おしっ! お前らこっちだぞー!」
「…いた! あれだよ!」
「あ! タッツミーだ! おーい!!」
「こっちだぞー! はやくこーい!」
そう言って達海の声に応える様に遠くから声が聞こえてくる。
それは大勢の袁術と変わらない年齢の子供達ばかりだ。これは、以前、フットボールを指導していた達海は空いた時間を貰った時に知り合った農村部や荊州の街にいる子供達である。
達海は空いた時間を利用してこっそり彼女達にもフットボールを教えていた。
「な、なんじゃ? 達海、妾と二人でフットボールをするのではないのか?」
「二人でフットボールはできないだろ? みんなでやるから楽しいのさ」
「あやつらは誰ぞ? 妾は知らぬが…」
「あいつらは農村部の子供や街にいる子供達だよ」
「なんと! それでは下賤な者達では無いか! 名家の妾にそんな者と…!」
「言ったろ、袁術? ピッチの上じゃ上も下も関係無いってさ。お前が見た西涼のフットボールの試合、ありゃ武人もいるが農村部で働く奴や街に住む奴らもいたんだぜ?」
「な…なんじゃと?」
達海は驚いた様な表情を見せる袁術に不敵な笑みを浮かべる。
袁術はあの試合での出来事を思い出す。確かにあのピッチの上で試合に出ていた者達は全員が袁術には輝いて見えていた。
ディフェンスからのタックルを華麗に躱すドリブル。
綺麗に放物線を描くロングフィード。
豪快に相手選手を吹き飛ばし、ボールを奪取するタックル。
袁術にはそのどれもが全て輝いて見えていた。だが、袁術は達海が言った言葉に度肝を抜かされた。あの試合を繰り広げる者達が自分より身分が低い者が大勢いた事を。
達海は袁術に手招きすると彼女の肩を掴み、一人一人見渡しながら彼女にこう語り始めた。
「俺が呼んだあいつらはみんなお前と同じくらいの年齢だ。この先、お前が見たあの西涼のフットボーラーよりも凄い選手が出てくるかもしれない。あいつらは言わば『ファンタジスタ』の卵なのさ、袁術」
「ふぁ…、ふぁんたじすた?」
「夢を届ける者って意味さ。何千の宝石や黄金よりも価値のある国の国宝。それが、超一流のファンタジスタってやつさ。どうだい? すげーだろ? ワクワクしないか?」
達海はそう言いながら子供の様に目を輝かせ袁術に告げる。
サッカー大国ブラジル。
そんな、サッカー大国ブラジルに存在する超一流のフットボーラーに与えられる称号。
それは、『ブラジルの至宝』と呼ばれる唯一無二の称号だ。
達海が言いたいのは、国からそれだけの価値を見出されるような存在が袁術を含めてこの中にいるかもしれないという事を袁術に伝えたかった。
袁術はそんな目を輝かせる達海の言葉に思わず胸の高鳴りを感じる。
フットボールという夢の大きさ、その大きさは無限大だ。
そして、達海は持って来たサッカーボールを軽くリフティングすると袁術にこう告げる。
「だからお前と同じ様にフットボールが好きなこいつらとまずは試合をするんだよ。お前も試合をすれば、もっと好きになるぜフットボールがさ」
「…………………」
「な? やろうぜ、袁術」
「なー。タッツミーまだー?」
「フットボールはやくしようぜ!」
「ちょっと待てよ。楽しむなら大勢だ。な? 袁術?」
その達海の言葉に袁術は思わずワクワクする心の高鳴りが収まらなかった。
以前、彼女は姉の袁紹と見比べられて育って来た。有能な名家の跡取りで長女である袁紹。そして、袁紹と同じく名家なれど袁紹と見比べ幼く我儘な次女の自分。
袁家の跡取りは袁紹であり、自分ではない。
そして、家族や親戚からの風当たりも酷いものだった。
名家でありながら出来損ない、我儘な娘。
所詮は乱世では生き残れないただの捨て駒。
あくまで、袁術は袁紹の予備に過ぎない。袁家の血を絶やさない為のいわゆる保険。
そんな、袁術は家族の中に居場所がなかった。今の腹心である張勲と出会うまでは。
だが、彼女の目の前の達海は袁術が凄い英雄になると言ってのけた。
それが、最初に達海に会った時に初めて嬉しく感じた、自分に夢を見せてくれた。
だから、達海の自分を認めてくれるような言葉は袁術にはとても楽しく聞こえた。
袁術は元気よく顔を上げると花開いた様な笑みを達海に向けてこう告げる。
「うんっ! 妾も混ぜてたも!!」
「よっしゃ! それじゃ試合開始だ! お前ら11人にちゃんと分れろよ! 俺も入るからな!」
そう言って、達海はボールを軽く蹴り出すと袁術と共に整備されたばかりのグラウンドを駆ける。
袁術もそれを楽しそうに笑いながら達海の後をついて行き、農民や町民の子供と共にフットボールの試合に参加した。
達海は綺麗なドリブルでの高いテクニックを披露しながら子供達が取れるくらいに弱いパスを回してやる。
袁術は最初はぎこちなくサッカーボールを蹴っていた。やはり、集団でやるのは緊張するのだろう。
だが、暫くすると同じ様な年頃の農民の少女や町民の少女が彼女に近寄るとフットボールのやり方や仕方を楽しそうに彼女に教えていた。
袁術は最初はあまり緊張してそんな彼女達に戸惑っていたようだが、すぐに打ち解け、彼女達と共に達海からボールを奪うようになる。
「あだ! あっ!」
「や、やったのじゃ! 達海からボールを奪ったのじゃ!」
「袁術ちゃんっ! ボール! ボール!」
「任せるのじゃ!えい!」
「あ! 裏取られた!」
「タッツミー! 取られたらダメじゃんかー!」
「あはははは! わりぃわりぃ! 油断した!」
そう言って、袁術のパスで裏を取られ、そのままゴールされたゴールキーパーが達海に悔しげに告げると達海は苦笑いを浮かべながら彼女に謝る。
そして、それから達海を交えて数分ほど走り回った後。達海は流石に少し疲れたのかこう子供達に告げる。
「わりぃ! 俺、ちょっと休憩だわ。あの木の陰でちょっと休んでるよ」
「だらしな〜い! 大人の癖に〜」
「だらしないぞ、達海? 妾はまだまだ元気だ!」
「あはは~、俺は大人だから子供とは体力が違うの。まぁ、楽しんできなよ? 俺はちゃんと見てるからさ」
「じゃあ! スローインからな!」
「任せるのじゃ! 行くぞ!」
そう言って、袁術と子供達だけにフットボールの試合を任せ木の下に腰掛ける達海。
彼は真っ直ぐに優しい眼差しを彼等に向けながらその光景を見ていた。子供時代。それはどんなフットボーラーでも夢を抱いた時代だ。
もちろん、達海もそんな子供の一人であった。
彼女達は言わば、幼いながらもダイヤの原石達ばかりだ。努力して積み重ねればきっと良いフットボールプレイヤーになるだろう。
「…おや? もう美羽様とふっとぼーるとやらはしなくて良いのですかぁ?」
「いいよ。今はね? あいつらと混ざってやってるし暫く様子を眺めるさ」
「ふふふ。あら、私にあまり驚かれないのですねぇ?」
「なんだか、視線感じてたしな。大体はあんたからの監視かなって勘付いてたし」
達海はいつの間にか横に座っている張勲に笑みを浮かべながらそう告げる。
大体、袁術の行くところには張勲がお守りでついて行くのがお約束だ。重税を敷いている彼女が国民から命を狙われるという危険性もあるからだ。
しかし、このグラウンドには達海は子供達しか呼んではいない。それに、練習場のピッチの周りには警備兵を配備している。
一般の農民の大人には近づけない環境だ。
後々、この地にはクラブの宿舎と壁が建設される予定である。
張勲の心配は無用であると言いたいところではあるが、彼女の心情を気遣ってか達海は敢えてその様に軽く流す方向に話を進める。
「んで、どうだい? そっちは?」
「まぁ、上手く折り合いがつきそうですかねぇー? 新たな牛の加工法を教えたのが良かったみたいですー♪」
「なら良いさ、段取りは上々だね」
「全く、こんなおっきな事になるなんて思いもしなかったですよぉ…。それに…」
張勲は呉との孫堅との貿易の話の折り合いについて達海に話し終えた後、言葉を区切る。
その眼差しは笑顔を振りまきながらサッカーボールを追いかける無邪気な袁術の方へと向けられていた。
「それに…。美羽様のあんな顔を見たのは初めてです」
「あんな顔?」
「あんなに笑って、農民や町民の娘なんかと無邪気に触れ合うなんて普通なら考えられませんでしたよ。以前なら」
「…そっか」
「ええ、そうですよぉ♪ よほど、楽しいんでしょうねぇ? あの競技が」
そう言いながら暖かな眼差しを張勲は袁術に向けた。
どんなものでも元々、飽き性な袁術。張勲もいろんな事を彼女に勧めてはみたが、いつも彼女は暫くすると辞めてしまった。
だが、今はどうだろうか? あんな自分よりも身分が低い集団の中で顔に砂が付いても土に塗れたボールを頭で弾いたりしても彼女は笑顔のまんまで夢中でボールを追いかけていた。
いつもは張勲と二人で何かを楽しみ。そして、袁術は飽きていた。
袁術には友人が居ない。自分が認めた張勲以外は。何故なら他の者達は自分の身分に合っていないものばかりと突っぱねてきたからだ。
しかしながら、今、色んな身分の子供達とフットボールをしていく中で袁術は確かに何か違うものを感じていた。
フットボールはこんなに楽しいものだったのかと。
見てるだけじゃない、あの西涼の試合の時、見ていた馬超や趙雲はさっきの達海はどんな動きをしてただろうか。
あの時の動きを思い出しながら真似をしたり、下手くそかもしれないがその動きをぎこちなくチャレンジしてみたり。
袁術は色んな事をしながらみんなでゴールに繋げるこの競技の魅力にだんだんと惹かれていた。
そして、気がつけば夕暮れに差し掛かる。
「よーし! 引き上げっぞー」
「はぁ…、はぁ…。た、達海! 妾はもっとやりたいぞ!」
「もうすぐ夜だ。ボールが見えなくなるし、危ないよ? みんなも親御さんが待ってるしね」
「…う、うむぅ…。確かにそれなら仕方ないな」
「心配しなくても明日も来るよ。こいつらはさ」
「ほんとかの?」
「あぁ、本当さ、だってこのクラブのチームメンバーだしな」
「…っ! なんじゃと?」
そう言いながら達海は袁術にニカッと笑みを浮かべて告げる。
そして、達海は先ほどフットボールで試合をした子供達を手招きする。
一生懸命にボールを追い回して土だらけなっている袁術の目の前に子供達を並べると達海は袁術にこう告げる。
「荊州ファンロン。ユースのメンバーだ。クラブの宿舎と練習場が出来次第こっちに移るメンバーだよ」
「…ほんとうか!?それは!」
「えへへ」
「よろしくね? 袁術ちゃん」
「あぁ、本当さ。農村部の近くに建てたのは親御さんが目に届くとこに行かせるためだ。こいつらにはユースとしてトップチームに入る為にここで練習をして貰うのさ」
そう言いながら達海はニカッと笑みを浮かべて唖然とする袁術に告げる。
この荊州は言わばこの大陸の中心部。よって達海はここに作るクラブチームは育成特化型のクラブチームにしようと考えた。
もちろんトップチームも作る予定だ。しかしながら、達海はこの袁術にはユースチームとの遊戯試合が良い刺激になると思い組んだわけだ。
「さてと、じゃあ袁術。お前は明日から暫くユースでこいつらと一緒に試合をして貰う。まぁ、練習場は今月には完成だしな」
「わ、妾が?」
「あぁ、こいつらはお前の仲間だ仲良くしろよ?」
そう言いながら達海は笑顔を浮かべていた。
フットボールの楽しさを知った袁術と新たに荊州の地にフットボールクラブを作った達海。
この地にて、監督としての達海の新たなチャレンジはこうして幕を開けた