袁術が荊州ファンロンの子供達の紹介と達海からユースの話をされてから数週間後。
この荊州の地に二人の武人、馬超、趙雲が訪れていた。
というのも、彼女達は達海が連れ去られて数日間、聞き込みをしながら国周辺を渡り歩いて彼を探していたのだが、「ここ最近になって荊州の方でフットボールが流行り出した」という情報を得たからだ。
馬超、趙雲の二人は相変わらずフットボールしか頭に無い達海の行方を追ってこの地に訪れた訳であるが…
「タッツミー、こりゃどういう事だ?」
「監督…」
「どうって…見ての通りだよ?」
そこには五体満足処かいつの間にか新しくフットボールクラブを作り、メンバー達の指導をしていた達海の姿があった。
彼の傍にはいる見知らぬ女性がニコニコと笑みを浮かべて立っている。おそらくは彼女が町民から聞いていた特徴からして達海を誘拐した人物の一人であろう。
当の達海はというと、ユースである袁術達のフットボールの練習と試合の指導していた。そして同時に現在、荊州に訪れた彼女達と会話を交わしながら袁術達に指示を飛ばしている。
「おーい! ファールだぞ、奈緒! また袁術に足引っかけてるぞ! お前っ!!」
「あ〜またやられた」
「えへへー、どうじゃ!」
「流石、袁術ちゃんだねー凄いや」
「美羽で良いのじゃ。みんなもそう呼んでくれたも。達海もそう言っておるじゃろ」
「あー、わりぃ癖でな? 長く呼んでたもんだがら慣れなくてね。んじゃ美羽、そっからフリーキックだ」
「わかったのじゃ!」
そう言って、達海からフリーキックの指示を受けた袁術は笑顔を見せて再び試合を再開させるようにフリーキックからロングフィード(長距離パス)を放つ。
そして、袁術達に指示を出し終えた達海は話の途中だった事を思い出して、改めて二人の方へと向き直る。
「んで、なんだっけ?」
「我らががどんだけ心配したと!」
「あっ! またファールしてっぞ、そこ!」
「良い加減っ! 話を聞けぇ!! お前は!!!」
「はぶっ! にゃ、にゃにしゅんだっ!?」
遂には馬超から顔をバシンと両手で挟まれ、達海は強引に彼女達の方へと顔を向けさせられた。
両頬が酷くヒリヒリしているが、それはおそらく、馬超から勢いよく手で頬を挟まれたからだろう。
隣で見ている女性、張勲はそんな達海と彼女達のやり取りを見ながら思わずクスクスと笑いを溢していた。
「達海さんも大変ですねー?」
「おみゃえ、にぇったいおもひろひゃってふな?」
「え? なんて言ってるか聞こえませんぞ、監督?」
そう言って、頬を馬超の張り手で挟まれている達海に悪戯そうな笑みを浮かべて告げる趙雲。
普段からえげつない返しを何度も受けた鬱憤を今のうち晴らしておこうとするあたり、彼女の達海に対する負けず嫌いが現れていると言って良いだろう。
暫くして、馬超から頬を放された達海はひとまず臨時コーチに張勲に入ってもらい、とりあえず荊州まで追って来た二人とちゃんと話す事にした。
達海は完成したクラブの宿舎の隣までひとまず場所を移し、彼女達と話を交わす。
「悪かったね、心配かけてさ?」
「本当だよ! どんだけ心配したと思ってんだ!?」
「監督、私もですよ? お陰で寝れぬ夜が続きました」
「嘘こけ、お前絶対安眠だっただろ? そんな事を心配してそうな感じじゃなかったし、さっき」
「そんなことはございませんよ?」
「こらこら、目を逸らすな目を」
そう言いながら達海から視線を逸らす趙雲に苦笑いを浮かべながら告げる達海。
概ねその通りに図星を突かれていたので、趙雲が否定しようにも全く否定しようがなかった。彼女は達海を探す片手間、宿で寝る前にいつもメンマを摘まみながらお酒を飲んでぐっすりと熟睡していた。
達海はそんな趙雲の嘘などすぐにわかる。だいたい初めに会った時からこんな感じの女性だった。
「しかしながら、監督をお慕いする気持ちに嘘偽りはございませんよ?」
「もはや、それも怪しいな?」
「なんなら夜の試合もお付き合いしますよ? ふふふ」
「暗いのに試合になるかよ。ボール見えねぇだろ?」
「はぁ…、全く…この方は…」
そう言ってジト目を達海に向けながらため息を吐く趙雲。
彼に乙女心というものを理解しろと言っても多分無駄だろう。頭の中はフットボールや試合の事で頭が一杯だ。再会した時にこれを見ればわかる。
だが、それ以上に気になっていることがある。それは何故、達海がこの地で袁術の指導をしているかという事だ。
「タッツミー…私、街で聞いたんだけどさ、袁術って良い噂聞かないぜ? どうしてそんな奴にフットボール教えんだよ?」
「私もそれには同感ですな、なんでも重税を強いて民を苦しめているとか?」
「んー…そうだねぇ」
「あら? お二人共、我が主に何かー?」
そんな話をしている最中だった。
達海の後ろから話を聞いていたのかにこやかに笑顔を浮かべた張勲が現れた。顔こそ笑ってはいるが内心は彼女達に対して静かな怒りを胸の内に秘めている事がわかる。
そして、そんな張勲に対してもちろん、彼女達も引く気はない。達海をいきなり攫われた彼女達にしてみれば張勲は達海を危険な目に合わせた犯人なのだから。
馬超は現れた張勲に対して呆れた様な表情を浮かべながら話をしはじめる。
「当たり前だろ? 達海を勝手に攫っておいて何言ってんだよ」
「それはあなた方の警備がザルだったんじゃないかしらぁー? 普通に考えれば達海さんを攫われたあなた方の落ち度じゃない?」
「なんだとっ!?」
「今は乱世ですよぉ、お二人共。人攫いなど数多くあります。攫ったのが私達で良かったですねー♪」
そう言って張勲は二人を煽るようにして笑顔を崩さないまま言い切る。
反省どころか感謝しろとまでいう態度を見せる張勲に流石に二人は顔を顰める。彼女達は数日の間、達海を探して回った。
心配をしたのも本当だ。趙雲も口ではあんな風に軽口を叩いているが達海の行方を探していたのは真剣だった。
それを誘拐犯の一人である張勲からそのような言われ方をすれば頭にくるのは当然である。
だが、達海はというとそんな彼女達の険悪になりかけた雰囲気を一蹴するようにこう話をしはじめる。
「はいはい、やめやめ。売り言葉に買い言葉だろ、それじゃ」
「でもさ! 達海!」
そう言って達海の言葉を遮ろうとする馬超。
だが、達海は冷静に首を軽く振りながら頭に血がのぼっている彼女にこう話をしはじめる。
「俺らの当初の旅の目的は? 馬超?」
「えっと…。フットボールを広める事…」
「正解。んじゃ俺が今、袁術に教えてんのは?」
「ふ、フットボール」
「そういう事。つまり、政治云々じゃない。俺はあいつにフットボールを教えてんだ。別にこの国の税金云々の話は袁術達の問題であって俺達の問題じゃないだろ」
そう言って、達海は隣にいる笑顔を浮かべている張勲に視線を軽く向けながら肩を竦める。
そして、今、話していた言葉によって冷静になった二人を見ながら達海は話を続ける。
「税金云々は言ったところで領主は袁術だ。あいつが変えるって言えば変えるだろうし、変えないって言えば変えない。俺はあいつにフットボールを教えてくれって頼まれただけだしね」
「えぇ♪ 美羽様が贅沢をする為には民から重税を取る必要がありますからね、仕方がない事です」
「そういう事。そんなツケは結局のところあいつに回ってくるのさ。だから本人がしないって言っている以上は意味はない」
達海はそう言い切るとため息を吐く。
その重税のお陰で結構苦労はした部分はあるのだが、なんやかんや言ってもそんな中、張勲もしっかりと協力してくれた。
呉に話をつけて、サッカーボールの原材料である牛の輸入や加工についても彼女が仕事をしてくれたお陰もある。
袁術にフットボールを教えられる環境に協力してくれた彼女は達海からしてみれば事情はどうあれ、フットボールを広める上でこの荊州で一番信頼が置ける人材でもあった。
「ま、そういう事なので今後この話題は禁止な? 特に重税云々はね。」
「…達海がそう言うなら…。わかったよ」
「仕方ありませぬな」
「はい♪ では、よろしいですね?」
「あぁ、大丈夫だ。悪かったね。あんたの主人を悪く言ってさ」
「いえ、構いませんよ♪ わかってくだされば良いのですー」
険悪になりかけた雰囲気をとりあえず解き。達海は内心でとりあえず一息吐く。
とりあえずは袁術のフットボールの指導と荊州にフットボールの普及を促す事。
それが、達海が旅に出た理由であり、この地には既にフットボールクラブを作った。
そのクラブチームが軌道に乗るまではこの地を離れる訳にはいかない。
「張勲。悪いけどこいつらも暫く泊めてやって貰えない?」
「えっと…それは何故?」
「こいつらはフットボーラーだからさ。まぁ、あの袁術が見た試合に出てたMVPの二人だよ」
「えむぶいぴー?」
「最優秀選手って意味さ」
「なるほど…わかりましたー。それでは、美羽様に聞いてみましょうー♪」
「よろしく頼むよ。悪いね?」
そう言って、張勲に袁術の屋敷に二人が休めるように配慮する達海。
二人はそんな達海と張勲の会話を聞きながら、ジト目を達海に向ける。
「これは積もる話がありそうだな、翠」
「全く同感だ」
二人は互いに顔を見合わせそう頷く。
達海の事だ。袁術にフットボールを教える以外にも何かやらかしているに違いない。
こうして、達海と再会した馬超、趙雲の二人は達海と同じく、フットボールクラブが出来たばかりの荊州の地に暫く止まることになったのだった。
ところは変わり、ここはファンロン荊州ユース練習場。
袁術は達海から紹介されたユースのメンバー達と共にフットボールの練習と試合を楽しく行っていた。
当初の頃はまだフットボールの事もよくわからず、身分の違う子供達という事もあって抵抗もあったが今はそれ程抵抗も無くなり、皆に分け隔て無く接している。
「美羽ちゃーん! ごめーん! ちょっと力出すぎちゃった! 」
「気にするでない! とってくるゆえちょっと待っておれ!」
「うん! お願い!」
そう言って、袁術はユースの同期である町民の少女が強く蹴り上げたボールを取りに駆けていく。
落下し、転がるボールはしばらくクルクルと回るとある木の下でピタリと動きを止めた。
それを見た袁術は止まったボールを取りにその場所に近寄っていく。すると、そのボールを誰かが拾い上げた。
袁術は目を丸くしながらその光景を見る。
ボールを拾ったのは一人の少女だった。
「これ、貴女のボールでしょ? はい」
「あ、ありがとうなのじゃ」
「ううん、どう致しまして♪」
少女はボールを受け取る袁術に柔らかく笑いかけながらそう告げる。
袁術はそんな彼女に対面しながら素直にお礼を述べた。
松葉杖をついていて、透き通るようでそれでいて綺麗な顔をした少女だった。袁術は笑顔を浮かべる彼女にこう問いかける。
「お主。こんなところで何をやっておるのじゃ?」
「ん? 私?」
「そうなのじゃ、他に誰も居らぬだろう」
そう言いながら袁術は受け取ったボールを脇に抱えて木の下にいた少女にそう問いかけた。
それはそうだ。こんなところにいるのは大体ユースの者達か警備兵。それか、クラブチームに関係する者達くらいだろう。
しかしながら、彼女は笑みを浮かべたままこう袁術に話をしはじめる。
「うん、そうだね…。えっとね、ずっと貴女達の試合をこっから見てたんだ。私」
「試合? 妾達のか?」
「そう、…私もね、ふっとぼーるってやつをやりたかったんだけどね」
「なんと! お主もフットボールが好きだったのかの!」
そう言って、松葉杖をつく少女に驚きの声を上げる袁術。
その袁術の顔は仲間が増えるという嬉しさとフットボールが好きな共通点があった事への純粋な嬉しさだった。
袁術はすかさず、彼女の片手を軽く掴むと笑みを浮かべながらこう告げる。
「なら共にやろうぞ! フットボールは多人数でやるスポーツゆえな!」
「あはは、ありがとう♪ でもゴメンね、私、ふっとぼーる出来ないんだ」
「な、何故じゃ? 好きなのだろう?」
「うん…。そうなんだけどね。足が…」
「…あっ…」
そう言って、少女は苦笑いを浮かべながら袁術に自分の足を見せた。
彼女の左足は動かない様に固定されてあり、固定のされ方からして恐らく怪我の様なものであることが伺える。彼女は固定されたその部分を袁術にわかる様に見せた。
それを見た袁術は思わず声が溢れる。
痛々しく固定されたそれは恐らく重症な怪我だった。袁術が見てもそう感じた。
「…医者に診せるお金も家に無くてね。だから私の左足は動かないんだ。ごめんね?」
「いや…仕方ないのじゃ。でも、なんでお金が無いのじゃ?」
袁術は少女の言葉に首を傾げそう問いかける。
少女はそんな袁術の言葉に優しい笑みを浮かべると静かに自分の左足に手を伸ばしこう話をしはじめた。
「私の家は農民の家なんだ…。重税で両親がお金が足りなくなってね。だから、私が馬に跳ねられて大怪我しても医者に診せれなかったんだ」
「…っ! …そ、そうなのか?」
「うん。…だから、私はみんなが楽しくふっとぼーるやってるのをここで見てるの、あ、警備兵さん達には内緒にしといて? お願い、見つかると見れなくなっちゃうから」
そう言って、少女は明るい笑顔を袁術に見せ片手を前に出してお願いする様に告げる。
フットボールは両足を巧みに使うスポーツだ。当然、片足が使えなければフットボールなんかは到底できない。
だからこそ、彼女はこっそりこの場所までやって来て袁術達のやっているフットボールを眺めることしかできなかった。
「わかったのじゃ! 妾が許可する!見て良いぞ!」
「本当! やった♪」
そう言って、袁術の言葉に嬉しそうに笑ってガッツポーズをする少女。
彼女は袁術と同様。父親がたまたま西涼に出稼ぎに出掛けたのについて行き、その経緯もあって達海が作ったクラブチーム、FC西涼の試合をたまたま観に行くことが出来た。
通常、フットボールの試合観戦にはお金が掛かるものだが、達海は基本的に子供達の入場は無料にしている。お金が必要なのは大人だけだ。
そんな事もあって少女はそのときの試合を観てからフットボールに興味を持ち、父親が西涼に滞在する間は毎日の様に試合を観に行っていた。
そして、この荊州に新しくフットボールクラブが出来ると聞いた彼女は毎日、この場所で袁術達ユースの試合を観ていたという訳である。
すると、しばらくして、少女は思い出した様に袁術にこう話をしはじめる。
「あ、自己紹介がまだだったね? 私の名前は雪。貴女は?」
「わ、妾は美羽じゃ!」
「美羽ちゃんって言うんだ♪ 素敵な名前だね」
「雪もいい名前なのじゃ!」
そう言って、互いに笑い合う二人。
そんな二人は意気投合する様に楽しげにフットボールについて木の下で話をしはじめた。
これが、フットボールに憧れを抱く足が不自由な少女とフットボールをしはじめたばかりの袁術との邂逅だった。