水鏡に連れられ、達海は彼女の後ろをついていく。
漢王朝。
三国志で有名な時代。達海は眠っている間にいつの間にかイングランドから中国に連れて来られた上、なんとタイムスリップまで体験しているという、前代未聞の状況に置かれていた。
にも関わらず、当の本人はというと…
(うーん。どうすっかなぁ…? まぁ、なるようになるとは思っけど。まさかタイムスリップなんてねぇ、人生何が起こるかわかんないもんだ)
こんな感じに能天気に物事を考えながらサッカーボールをリフティングしつつ、水鏡の後ろを歩いていた。
まぁ、今更元の時代へ帰りたい云々以前に、達海にしてみれば自分が率いていたチームのFAカップの試合が終わっているので割と吹っ切れた感じではあるのだが…それにしても彼の切り替えの早さは流石、元フットボール選手の強メンタルだと言える。
「ところでさ、これ何処に向かってんの?」
「あ…。えっと、目的地は一応私の開いている私塾ですかね?」
「私塾ねぇ…。じゃあアンタ先生なんだ?」
「はい♪ …とは言っても旅で留守にしてましたので、生徒の皆さんには自習を長い間させていましたが…」
「ふーん」
達海はそう言いながら、リフティングで浮かせていたサッカーボールを手元に戻すと大きな欠伸をする。
すると、達海の方へと振り返った水鏡は柔らかい笑みを浮かべ、優しく彼にこう告げた。
「達海さんは…ここに来られたばかりで無一文なのでしょう? 歓迎しますわ」
「…あ、うん、あんがとさん。正直ほんと助かるわ。いやー道案内から何までありがとね、きょうちゃん」
「き、きょうちゃん?」
「そ、水鏡だから、きょうちゃん。ま、愛称みたいなもんだよ」
「はぁ…、成る程」
そう言って、達海の愛称と言われる名前の呼ばれ方になんだか納得したように頷く水鏡。
達海の呑気なマイペースさには彼女もたまに巻き込まれてついていけなくなるが、それでも水鏡は達海が只者では無いことを見抜いていた。
戦術。
それは戦においても大切な事だ。
沢山の陣形が存在し、そのそれぞれが敵を迎え討ち、討ち破る為に軍師達が考え、立案してきたモノだ。
軍事とフットボール、畑は違えど達海はそのプロフェッショナル。
様々な戦術を学び、数多くの学問を修めた自分が知らない知識まで持っている。
彼女はそんな達海が自分の教え子達に素晴らしいものを授けてくれるのではないか。
そう思い、自分の私塾に彼を連れて行く事を決めたのだ。当の本人はそんな彼女の意図は全く知らないのであるが…
「ふふふ、楽しみですね♪ あ、うちの私塾は女生徒ばかりなので達海さん気をつけてくださいね?」
「ん…? 気をつけるって何を? 別に気をつける事なんてないだろ?」
「あら? 達海さんは女の子には興味はないのですか?」
そう言って、水鏡は悪戯そうにクスクスと笑みを浮かべながら達海に問いかける。
だが、達海はそんな水鏡の言葉に首を傾げるとしばらくして何かを察したのか、深いため息を吐くと彼女にこう告げはじめた。
「はぁ…。あのね、俺、こう見えて35歳なの? ある程度のモラルは兼ね備えてる自負はあるし、そんなことしねぇよ」
「あら、全然そんな風に見えないわ? 容姿は端麗ですし、年齢より若く見えます」
「はいはい、お世辞どーも」
そう言って、達海はヒラヒラと手を挙げて意地悪そうにクスクスと笑う水鏡の言葉に応える。
そんな他愛もないやりとりをしながら達海達が歩く事数分。
山奥に私塾らしき建物が見えてきた。達海が見た感じでは造りからしてヨーロッパのそれとは異なっている。
それを見ると改めて自分がイングランドから遠く離れた地に連れてこられたんだな、と達海は実感した。
「…はぁ、こりゃ立派な」
「いえいえ、こんな山奥にある私塾ですゆえ大層なものじゃないですよ」
「ふーん、そうなのか? いや俺初めて見たからさ、こんな建物」
そう言いながら、達海は水鏡に先導されるがまま私塾へと足を踏みいれる。
建物に入ると何やら1人の少女が箒を持って庭を掃除している光景が達海達、2人の目に入ってきた。
すると、少女もこちらに気がついたのか驚いた表情を一瞬見せると、私塾の中へと慌てた様子で入っていく。
「みんなー!先生がかえってきたよー!」
そして、声を上げて中にいる生徒達に水鏡の帰還を大声で響くように伝えた。
少女の声を聞いてか暫くして、バタバタと水鏡の私塾の中から大勢の女生徒達が出迎えの為に外に出てくると、水鏡と達海のところへと集まっていった。
達海はそんな光景を目の当たりに目を丸くしながらこう呟く。
「ほぇー。あんた、随分慕われてんだ?」
「まぁ、先生ですので♪」
そう言って、達海ににこやかな笑みを浮かべて嬉しそうに告げる水鏡。
そんな彼女の言葉とは裏腹に達海は苦笑いを浮かべていた。確かに自分も現役選手の頃はだいたいこんな感じでサインをせびられたな、とふと懐かしくも思う。
それから、集まって2人を出迎えた女生徒達は嬉しそうに水鏡に次々と話しかけはじめる。
「おかえりなさい、先生!!」
「長旅ご苦労さまです!」
「はい、お出迎えありがとうございます。 私がいない間、しっかり勉学に励みましたか?」
「「「はい!」」」
「よろしい。なら安心ですね♪」
「あれ…? ところで後ろにいる方は…?」
そう言って、後ろにいる達海に気がついたのか1人の女生徒が水鏡に首を傾げながらそう訪ねる。
こんな山奥の私塾に、しかも男性とは珍しい。
水鏡の私塾は勉学に励む場ではあるのだが、生徒は基本的に女性ばかりであり、男の人が来るなんて事はまずありえなかった。
それゆえ、彼女達には水鏡が連れてきた達海が物凄く興味深く見えていた。水鏡が連れて来た人物ということで大層凄い人物なのであろうと期待が増長されている事も付け加えておこう。
そんな彼女達の期待を知ってか知らずか、水鏡はコホンと咳をすると彼女達にこう話をしはじめた。
「彼は戦術家の達海猛さんと言います。道中一緒になりまして宿を探していたので連れてきました」
「いつの間に戦術家になってんだ? だからフットボールの監督だって言ってんだろ?」
「「「ふっとぼーる?」」」
「…あーもう1から説明すんのが面倒だ…。まぁ見てな」
そう言いながら、達海はサッカーボールをポンと浮かすと軽く彼女達の目の前でリフティングを披露する。
すると、彼女達は目を丸くしながら、達海がいとも容易くボールを足で器用に扱う光景に釘付けになった。
ヘディングやトラップを淡々とこなす達海はしばらくしてボールを手元に収めると目を輝かせる彼女達にこう告げる。
「ま、こんな感じだ。互いに11人で編成されたチームで足を使いながらこいつを獲り合い、相手の陣地にあるゴールネットに叩き込むんだ。ゴールをたくさん決めた方が勝ち。そいつがフットボールさ」
「はぁ…。なるほど…」
「詳しい話はまた後でしてやるよ」
そう言って、達海はヒラヒラと手を挙げ彼女達に告げる。
戦術家、フットボールの監督。
彼女達にはピンと来ないが、達海が凄い戦術家である事はなんとなくわかった。
すると、女生徒の中からこんな風に質問する女生徒も当然出てくる。
「じゃあ! 達海さんはどんな戦で活躍なさったのですか!」
「あ、それ気になります!」
「俺? んー…そうだなぁ。U18か23か忘れたけど、日の丸背負って世界と戦ったかな? 確か」
「ひ、日の丸?」
「日本の国旗だよ。俺、日本人だし」
「はぁ…」
会話がまるで噛みあっていない。
いや、そもそも、会話を噛み合わせる気がないのか、達海は質問してきた女生徒に思い出したようにそう告げる。
確かに世界と戦ったのは事実であるがあまりにスケールがデカすぎる故。想像がつかない彼女達の頭には大量のハテナマークが浮かんでいた。
そんな中、1人の女生徒が達海に向かいこう質問を投げかける。
「しゅ、しゅみましぇん! …あう…」
「ん…? なんだい、嬢ちゃん?」
「あ、あの! ひとひゅ聞きたいことがあひまひて…にゃう」
「また噛んだな。いいよ。逃げやしないって、落ち着いて話しなよ?」
「は、はい! では! 貴方はその…もし戦になって、大軍か小軍がぶつかると仮定し、その時、もし貴方が率いるとすればどちらがよろしいですか!?」
「朱里…質問は後からでも…」
「あーいいっていいって、きょうちゃん。 んー…軍かぁ…考えた事もなかったな、そういや」
そう言って、達海は帽子を被った可愛らしい少女の質問にそう言って苦笑いを浮かべる。
そんな達海の様子を見ながら、水鏡は言わずともわかっているであろう答えを知っていた。
それは大軍しかないだろうと。
名がある軍師や戦略家なら大軍、数が多い方が負ける可能性も少なく。より簡単に戦果が挙がる。
(当然、大軍でしょうね…。私もそう答えるわ)
数の暴力とはよく言うが、戦乱を左右してきたのはいつも数多く軍を率いた者だ。
軍師を目指す者なら誰でもそんな戦乱を左右するような大軍を率いたいと夢見るものだ。
水鏡もまた朱里と呼んだ少女の質問に対してそう思っていた。また、達海もそう答えるだろうと。
だが、彼女のこの考えは達海が放った言葉によって、一瞬にして覆させられることになる。
「…小軍かな?」
「…は…?」
「……ん…?」
達海の予想外すぎる返答にその場にいた全員が度肝を抜かれた様に声を上げた。
それはそうだろう。普通は大軍を選ぶと誰もが思うはずだ。しかしながら、戦術家だと水鏡が紹介した達海は小軍を率いたいと言う。
質問を投げかけた少女は疑問に抱いたことを達海に訪ねた。
「な、何故ですか?」
「いや…、何故って言われてもな」
「そうですよ達海さん、何故ですか? …他の生徒達もその意味を知りたがってますし…」
「知りたがってますしって、そりゃあんたが知りたいんじゃ? …はぁ、もうわかったよ」
そう言いながら達海はこちらに疑問を抱いた様な視線を向けてくる水鏡と塾生達を前に、仕方ないといった具合で説明を始めた。
「そりゃ大軍を率いれば勝つのは簡単さ、数で勝ってんだからな?」
「それだったら…」
「でもそれじゃ面白くねぇだろ? 結果がわかった試合、だからさ」
「はい?」
達海の言葉に少女は首を捻り、ますます分からなくなったのかそう声を挙げる。
だが、達海はそんな彼女を他所に話を続けた。
「昔からあるだろ? 小さい奴が自分より強くてでっかい奴を次から次へとばったばったと倒すって話がさ?」
「はぁ…」
「そもそも戦術っつうのは弱いやつがどうやったら強い奴をぶったおせるか? って事を考えて編み出したもんだ」
「!? …あっ…」
この時、少女は彼が何を言いたいのかがわかったのかそう声を上げた。
そして、達海は話を続ける。
「弱い奴が強い奴をぶっ倒す。胸が踊るだろ? ジャイアントキリングってやつさ」
「じゃいあんと…きりんぐ…」
「別の国の言葉で『大物食らい』って意味だよ。強い武人が無名の武人に倒される、小さな国がおっきな国をやっつける、これがジャイアントキリングだ」
「そんな夢物語みたいなこと…」
「できるさ。俺は出来るって信じてる」
そう言いながら自信ありげに告げる達海はニカッと笑い。フットボールを語る時の様に楽しそうに話していた。
「それにさ、大軍率いて何でも思いどおりにいって何が楽しいよ? 俺が楽しいのは、俺の頭ん中で思い描いた事よりスゲー事が起こった時だよ」
「……………………」
「だから小軍だ。小軍率いて大軍でふんぞり返ってる大将の度肝を抜いて、そんでもって、ぶっ倒す。それが俺が思い描くジャイアントキリングさ」
達海はそう堂々とその場にいた全員に告げた。
別に夢物語だと、不可能だと普通は思うだろう。けれど、不思議と達海が口に出して言うと本当にやってのけそうなそんな不思議な雰囲気があった。
水鏡は気が付けば彼にこう訪ねていた。
「できるのですか? そんな事…」
「それが俺の一番の楽しみだよ」
そう自信ありげに水鏡に答える達海の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。