フットサルを終えた周泰と達海は子供達と別れ、長沙の城へと足を向けていた。
別れ際に笑顔を見せた子供達。そんな子供達の顔は楽しげでとても無邪気なものだった。達海はそんな長沙の子供達を見送った後の帰り道、サッカーボールを蹴りながら周泰と少し話をしていた。
「うん…やっぱり子供はいいね、みんな目が輝いてるよ」
「ふふ、そうでしょうか? 私には達海さんも楽しげにみえたのですよ」
「…まぁね」
達海はそんな彼女の言葉に何かしら思うところがあるのか暗い表情を浮かべ短くそう答えた。
そう、子供達はみんな輝いている。たくさんの可能性に満ち溢れた存在だ。
この先、きっと色んな事を学ぶだろう。挫折や後悔をしながらも、自分の才能を開花できる仕事を見つける事が出来るかもしれない。
けれど。
「こんな世の中だ、あんな目をした子供達がこの先どれだけ生き残れる?」
「あ…」
達海の言葉に思わず周泰は口を閉じた。
城の前までたどり着いた足を止めて達海は周泰に振り返ると彼女を真っ直ぐに見据えていた。その瞳は悲しげでそれでいて辛そうな眼差しだった。
達海の事は知っている。袁術とともにあの『ファンロンの悲劇』を経験した人物だ。
達海の言葉には何かしら重みがあった。あの日、かけがえのない親友と仲間を失った袁術。
そして…達海は。
「…あれは…その…」
「いいよ、その事だけじゃ無いんだ。やっぱり俺も不安なんだよ。今、自分がやってることこれが本当に正しいかってさ?」
「…………………」
「フットボールクラブをたくさん立ち上げて、そんでもってリーグを作る。みんなフットボールで夢を見て明日を生きる希望にしたい。…俺はそう考えてたんだよね?」
「はい…」
「けどね…。教え子達が殺されたあの時に俺は現実に引き戻されたんだ。『お前がやったことは無駄だよ、この時代じゃね』ってさ」
達海は儚げな笑みを浮かべながら自分が持っていたサッカーボールを見つめた。
フットボールを広めてリーグを作る。それは確かにみんなに夢を与える。けれど、その選手が殺されるこんな世では選手を失った悲しみをみんなに味あわせる事になるんじゃ無いかと達海は微かに思っていた。
迷いもある。ユースは全員希望に満ち溢れた卵だった。その子達を半分以上失った時の喪失感は達海にはとても辛いものだった。
ユースだけじゃない。もしかすれば趙雲や馬超も死ぬかもしれない。いつ死ぬかわからないこんな世の中じゃもしかしたら自分も殺されるかも。
「…夢には代償があるんだよ。夢っていうのは、呪いと同じなんだ。 途中で挫折した者はずっと呪われたままだ。だから語り継がないといけないんだ、あいつらの分までね」
「達海…さん…」
「辛気臭い話しちまったな、悪い忘れてくれ」
そう言って達海は笑みを浮かべて城へと入ろうと足を進める。
周泰が見つめる達海の背中は何処か寂しそうで、それでいて大きな背中だった。
かつて、古巣のチームの夢を裏切った彼が背負った十字架は重い。選手であるはずの彼がサポーターからの批判を一身に受けて『裏切り者』と達海は後ろ指を指されてきた。
自分の夢を叶える為にみんなが見ていた夢をぶち壊した達海は彼等がどれだけチームの事や自分を好いていてくれたのかと思い返す。
そんな達海と周泰の話を隠れて黙って聞いていた人物がいた。
褐色の肌、肌の露出が多いチャイナ服に色鮮やかな桃色掛かった髪。
彼女は木の陰に隠れて遠目から達海の事を見ていた。今朝の出来事について改めて達海に謝罪しようと思っていたからだ。
子供達と楽しげにフットボールをする達海。
そして、目を輝かせる彼の姿は子供のようでいてとても無邪気なものだった。
だが、今の話を聞いて彼女…、孫権は達海のその言葉を聞いて思わず悲しげな表情を浮かべていた。
「蓮華様…、あの男…」
「うん…ファンロンの悲劇、話には聞いてたんだけど…」
「ですが、あれは袁術の自業自得…」
「思春、そんな言い方はやめて? 美羽はその事実を知らないのよ…。そして、口止めしてるのはおそらくあの人…」
「ですが…」
「やめましょう? これは他の領地での事、詮索は野暮よ」
そう言った孫権は隣にいる少女にそう告げる。
彼女は達海の話を母の孫堅から聞いていた。凄いカリスマ性を持ち合わせ、普段は飄々とした態度でいて戦やフットボールが関わるとなれば大胆不敵。
だが、フットボールを広めるべく様々な場所を渡り歩く達海。袁術を変革したその存在は今や漢王朝を立て直せる人材ではないかと言われ皇帝からは達海を得た領主は地位を確立できるとまで約束されていた。
監督という仕事。
現実にいる名将たちは『サー(将軍)』の称号を持つ者や『スペシャル・ワン』と呼ばれる者達。
彼等を得たクラブには栄光が約束される。
金額にするなら年俸は数十億円。一人の名将の監督がクラブにフットボールを教えるにあたり、この莫大な費用をクラブは惜しまず投資する。
だからこそ、孫堅はその担保として達海に自分の娘を嫁がせようとしていた。
西涼の馬騰もまた同じ考えである。馬超か姉妹達どれかを達海に嫁がせ、それでいて引き止めようとした。
だが、達海は彼女達のそんな思惑は知らず、ただフットボールを広めてみんなにこの素晴らしい競技をしてもらいたいだけ。
いくら絶世の美少女に迫られても、だから、達海は応えようとする事は出来ない。
理想があるから、夢があるから、達海が教えるフットボールがこの時代の子供達の明日への希望になるから。
(なるほど…ね…。夢は呪い…か、あの人は自身に呪いを課している訳ね)
彼女は女性達のアプローチや同行させている女性への達海の接し方を思い出しながら思わず納得がいってしまった。
一線を引いている。
彼女達は確かに達海の仲間なのだろうし、護衛なんだろう。しかし、達海は『仲間』という括りから敢えて越えないように馬超や趙雲に接しているようだった。
優れた男性ならば当然、女性ならば惚れた、好きになった。自分の物にしたいと欲を張る。
しかし、達海はその境界線を敢えて無視し、越えぬようにしていたのだ。だから、達海は彼女達に手は出さないし出そうとも思っていない。
そう、あくまで彼女達は『選手』であり、達海は『監督』であるからだ。
それでなくても達海には使命がある。
フットボールを広めるという使命が、これは達海がいう夢であり、もはや呪いであった。
このままいけば、彼はおそらく現実にある戦乱での死やフットボールの教え子たちの死にまた直面することになるだろう。
その時、それらを全部達海一人で背負いこんでいればいつか達海は潰れてしまうかもしれない。
耐え抜く覚悟を達海はしている。
監督というものはチームが不振であったならば真っ先に身体を張って、チームが勝てない責任をすべて背負う職業である。
だからこそ、チームが勝てば監督の評価は上がる。
しかし、勝つ勝たない以前に愛情を持って育てた人材を失う事は比べ物にならないほど辛いことだ。この戦乱の世では達海はそんな事まで背負わさなければならない。
「優しいのね…、彼は」
「え?」
「いや…こっちの話よ…。そうね、理想か…」
孫権は遠い眼差しを空へと向けた。
達海が目指す理想は血が流れない天下を目指す理想。夢を見せるフットボールを普及させ、血を流して戦う者達を選手にしリーグを設立する事。
たくさんの血を流して果たす理想よりも遥かに価値がある。だが、現実には血を流して世を治めなければ戦乱は収まらないというジレンマがあるのだ。
達海はこの先、利用されるかもしれない。
戦に勝つ為に、はたまた、優れた軍師として戦に達海が望んでないのにも関わらず引っ張り回される事だろう。
袁術の領地のようにフットボールをしたいという領主は少ない。いや、もしかすると袁術くらいだったかもしれない。
達海が提唱した戦術『ゲーゲンプレス』。
これを用いた西涼の馬騰は近年、異国の地の領地に侵攻し領土を拡大したという話を孫権は耳にした。
特に馬休、馬岱、馬鉄、傭兵の韓遂による最強攻撃ユニット『ファンタスティック・フォー』と呼ばれる馬騰軍が組んだこの戦術の牙城は凄まじいの一言で電撃のように敵地を占領しているという話だった。
意味は『幻想四人衆』という意味だそうだが、魔法を起こすようなその連携の前に達海が名付けた前者の方がどうやら定着したようであった。
この事を踏まえ、蓮華は達海に自分を嫁がせようとした孫堅の真意を口に出す。
「おそらく母様も達海を利用して、奇抜な戦術を聞き出して西涼に習おうとしているんでしょうね…」
「はい…、確かにそうなれば袁術も我らが軍が攻め滅ぼす事も…」
「いや、それはダメよ? そんな事をすれば達海はおそらく袁術に付くわ」
「何故?」
「わかるでしょう? 袁術は彼のフットボールの教え子で秘蔵っ子、そんな娘を達海が見捨てると思う?」
「ぐ…、なるほど…」
「それに私たちに達海が戦術を教えたとしても、彼はその攻略法を熟知しているわ…。負け戦になる上、他の領地の太守に知られれば自軍の手の内を明かす事になるのよ」
孫権の言葉に思春と呼ばれる少女は納得してしまった。
確かに言われてみればその通りだ。達海は教え子たちを大切にする。フットボールを広めるのが彼の目的だ。
フットボールを広めた地を攻撃し滅ぼすような陣営に達海は必ず離反するのは目に見えてわかる。
その時だった。唐突に孫権の横から聞きなれた声が聞こえてくる。
「ふーん、確かにそうかもね」
「お姉様…!」
「雪蓮様!? いつの間に!!」
「姉妹で考える事は一緒って事みたいね? 達海の様子を見てたのよ彼という人物を見極める為に今日一日中ね?」
「う…っ」
「まぁ、良いわ話を続けて?」
その話を聞いていたのか話を続ける様に促す孫策。
孫権はそんな孫策の言葉に思わず恐縮しそうになるが、しかしながら、孫策も彼女同様に達海猛という人物を評価していた。
今朝の出来事もそうだ。彼は種馬やらなんやらと話をしても無関心どころか嬉しいだのそんな事は表情に示さないどころか常識を自分達に問うた。
冷静に状況を見極める達観した目。
自分の行動と目標をフットボールを広める事だけに定め、決してブレないその生き方は憧れや素晴らしささえ感じる。
孫策が母から言われた嫁げというのも彼という人間ならば確かにと納得してしまった。
もっとも達海がその気でない事は妹の孫権の話を聞けばわかる。わかるがそれでも彼女にも女性としてのプライドがあるのだ。
「…達海をこちらの陣営に引き込むにはやっぱり強引に…」
「いや、どうなんでしょうか? それも…」
「既成事実となれば向こうも嫌とは言えないんじゃない?」
「はぁ…、なるほど」
「どちらにしろ、私はやるわよ? プライドがあるわ」
そう言って息巻く孫策。
達海という人材。それは、この地においてはその戦術や新しい価値観、知識は相当な価値があるものだ。
カリスマ性を持ち、人間性に優れ民に慕われる存在。
そんな彼を野放しにするわけにはいかない。この日、孫策は妹の孫権と共に達海を陥落させる為の作戦を軍師の周瑜を交えて必死に模索しながら考える事した。
その頃、当の本人の達海はというと…。
「ぶぇっくしゅん!」
「監督、風邪ですか?」
「いんや、ただのクシャミだよ。誰か噂してんのかね? はい、そこで王手」
「あぁ!? ちょ、ちょっと待って!! タイム! タイム!」
馬超と将棋を打っていた。
将棋での勝率は達海が圧倒的だった。というのも将棋を仕掛けながら心理戦や口を使い彼女を罠に嵌めたりしたりするので馬超が連敗している状況だ。
長沙での息抜き、達海の休暇の一時はこうして過ぎていく。
明日からはクラブの設立を孫堅に交渉しようと思いつつ、達海はこの久々の休暇を満喫するのだった。
活動報告にこの作品のフットボールの用語に対してのQ&Aみたいなものを作りました。
わからない用語やフットボールについて知りたい事があればこちらにお書きください。出来るだけお答えします