達海を交えた軍議から翌日。
丘に陣を敷いていた賊の西涼侵攻が始まった。
黄色い旗が靡き、城門の前に押しかけてくる。
しかしながら、この籠城戦では趙雲、馬超が加わり城の者達が一致団結して敵兵に対し奮戦した。今日の籠城戦、負ければ明日の戦術どころではない。
「油だっ! 熱した油を被せてやれ!!」
「「「オォ!」」」
「火を放て!」
敵兵が城壁に梯子を掛けてくるのであれば、西涼の兵士達は協力し熱した大量の油や熱湯を被せ、燃やした。
また、城門を直接突き破ろうとすれば巨大な投石による抵抗を行った。当然ながら弓は無い故。これが精一杯の抵抗である。
城門には大量の屍。しかし、こちらも無傷では無い。負傷兵が何人も出始める。
だが馬超、趙雲を含めた武人全員の連携もあり、城内に敵兵士が侵入される事態にまでは今の所陥っていない。否、彼女達は一兵たりとも入れさせるつもりが毛頭なかった。
「趙雲! そっちはどんな様子だ!?」
「そちらと大差ないさ」
「そりゃまた気張らないとな!」
槍を振り回し、城に上がろうとする敵兵を次々と下に落としながら告げる馬超。
趙雲もまた、同じく兵士を巧く使い分け、なんとか持ち堪える様に次々と架けられる梯子を蹴り落としてゆく。
「引くな! 引かないまま敵兵を中に通すな! 熱湯! 油! 急げ!」
「「「おお!!」」」
馬休は味方の兵士に次々と熱した油や熱湯を持ってこさせ、それを次から次に下にいる敵兵へと浴びせ続ける様に指示を出す。
そして、馬休を援護する様に1人の少女がまた同じく油や熱湯を味方の兵士に持ってこらせる。
「踏ん張りどころですよ! 姉様達も頑張っています!」
「変態な妹にしてはできる様になったわね!」
「へ、変態とは失敬な! 変態淑女と呼んでください! 姉様!」
「それ…訂正になってないよ、蒼?」
訂正を間違っている妹に苦笑いを浮かべそう告げながら敵兵を薙ぎ倒して梯子を蹴り落とす。
それに、続く様に馬鉄もまた、梯子を蹴り落としながら熱々の熱湯を素手で乱暴に振り回すとそれを梯子に登る敵兵に向けて叩きつけた。
「熱湯を使ったSMプレイもたまにはわるくないかも〜♪」
「アホな事言って無いでほら次来るよ!」
「はいさ!」
そう馬休からの言葉に笑顔で応え、再び武器を取り敵兵を落としていく馬鉄。馬休もまた、武器を手に取り敵兵を城外へと叩き出して行く。
城には一兵たりとも入れさせない、そんな鬼気迫る籠城戦だった。
馬超は奮起する様に声を上げ、兵士達の指揮を高める。
「皆! この錦馬超に続け! 今日を勝って明日に繋げるんだ!」
「「「うおおおお!」」」
城にいる兵士達は馬超の叫びに応える様に士気を上げ高々と叫ぶ。
そんな馬超の様子を見ながら、趙雲は槍を振り回し、槍に刺さっていた敵兵を投げ捨てると僅かに笑みを零した。
(なるほど、確かに彼女に西涼の兵士が付き従っている。達海殿の言う通り明日の戦術の要は彼女が適任だったな)
明日のゲーゲンプレスの要。
それは趙雲自身でも良いと思っていたが、西涼にいる兵士達と馬超の信頼の様子を見て彼女は達海が話した戦術に改めて納得がいった。
「私も負けてはいられない! せいっ!」
趙雲は槍を振るい、敵兵を梯子から城壁の外へと薙ぎはらう。そして、架けられた梯子を蹴り落とした。
西涼の籠城戦は熱を帯び、こうして、士気が高まった西涼の兵士達は馬超に付き従う。
そんな白熱した籠城戦の中、城内にいる総大将である馬騰にも戦況を伝えるため伝令が走る。
「…ただいま負傷者が200名、死者は50名ほど出ました」
「韓遂め…、やはり手強いな…」
苦々しい面持ちでそう呟く馬騰。
馬超が兵士達の士気が高めているとはいえ、犠牲者を多く出せばそれだけ明日の戦術に響く事も馬騰は理解している。達海がくれた反撃の機会も今日負ければ全ては水の泡だ。
同じく、城内にいる達海はそんな馬騰が呟く聞いた事が無い者の名前に首を傾げる。
いや、そもそも、馬騰の口ぶりからして何やら知っている様な様子であったことに達海は疑問を抱いていた。
「ん…誰だそれ?」
「元は私達の仲間だった奴だ。異民族と賊の侵攻に乗じて2000の兵を率いて離反しやがったんだよ」
そう話す馬騰の口ぶりは苦々しいものだった。
2000という兵数は決して少なくない、しかも、こんな危機的状況での離反だ。仲間を信じて今迄戦ってきた彼女には辛いものだったのだろう。
裏切りは乱世の常。いつの間にか信じてきた友人や家族が裏切るのは当たり前。
乱世ではそうして成り上がり、力を手に入れる。
「………………」
「信頼してた奴だった、仲間だった…けど裏切りだ。こんな乱世じゃ仕方ない事なんだろうが…けどね、私はあいつを姉妹だって信じてたのさ」
そう話す馬騰は昔の事を思い出すように柔らかい笑みを達海に向けた。
韓遂は自分を裏切るような奴ではなかったと彼女は言いたげだった。
共に駆け抜けた戦場。
助け合い、戦い抜いてこの西涼を共に守ってきた。民の事や家族の事。そして、笑い合った日々の事。
それは全て偽りではなく確かにあった事だ。
達海はそんな話を自分にしてくる馬騰の横顔を見ながらため息を吐くとこう口を開いた。
「…なるほど…ね…。あんたが言ってた離反した2000の兵ってのはその韓遂って奴が連れてったのか」
「あぁ、そうさ。だからかな、どうにも馬超が連れてきた胡散臭そうなあんたが疑わしくなっちまってね。わるかった」
「いや、謝るこたねーさ。裏切りか…。そうだねぇ、確かに俺にはそんな経験は無いからな。一緒に世界で戦った奴らはみんな仲間を信じて戦ってたからさ」
「世界? 戦った? あんたが?」
「…まぁね。言ったろ、フットボールの監督だってさ? 俺も夢を追いかけてたんだよ、ワールドカップで世界制覇って夢がさ」
そう言って、達海は馬騰に笑顔を浮かべる。
そんな達海の言葉に馬騰は眼を丸くしていた。世界で戦った? 世界制覇? そんなホラ話を誰が信じられるだろうか。
しかし、達海はそんな馬騰にこう話を続ける。
「けどね、俺は怪我で夢を追えなくなっちまった。なら、次はどうしよって考えた。そんでもって俺が選んだのが監督」
「監…督…」
「夢を追いかける奴らを夢へと押し上げてやるそんな仕事だよ。信じてくれる奴らがいるならそれを叶えてやる。俺が連れて行く。そんな仕事さ監督ってのはさ」
「へぇ…。そうかい」
そんな達海の話を聞いて思わず笑みを浮かべる馬騰。
自分について来てくれる馬超達も家臣達もそうだ。自分に夢を見てついて来てくれている。
こんな西涼で自分は異民族を退けるばかり、そんな自分の背中を見て、彼女達はついて来てくれていた。
そんな大事な事を馬騰は忘れかけていた気がした。
馬騰には監督なんてものはわからない。フットボールが何かなんてものはわからない。けど、達海が話す言葉にはしっかりとした道標のようなものを感じた。
「で、伝令!」
「なんだ?どうした?」
「て、敵兵!引き返していきます!我々の勝利です!馬騰殿!」
その言葉を聞いて馬騰は目を見開く。
そうだ、自分はまだ、たくさんの命を背負っている。
勝利。そう、自分はまだ負けていない、裏切られても自分を信じて戦い続けている仲間達がいる。家族がいる。民がいる。
馬超を送り出した時。家臣達も自分と共に彼女を信じた。
そして、それまで城を自分の家臣達や兵士達は何日も守り続けた。民とこの西涼を自分が信じた馬超を信じていままで守り続けた。
外では激しい戦いの中での勝利を噛みしめる様に雄叫びが木霊していた。
「でかしたぞ、皆! 勝鬨だ!!」
「「「オォ!」」」
娘の馬超が城内にいる者たちに声を上げそう告げる。
城にいる兵士達全員が声を上げ、勝鬨を上げた。
そう、いままで城に引きこもってここまで耐えてきた。馬超を信じて、仲間を信じて、だったら自分は…。
「達海、私はあんたに賭けるって言った」
「…あぁ、聞いたね。確かに」
「私にはその世界だとか、ふっとぼーるだとかわーるどかっぷとかは私は知らない。けどね、あんたは見せてくれるんだろ? 夢ってやつをさ?」
「あぁ、そうだな。でっけー夢を見せてやる」
「はは…、あははははははは! そうか、そうかい!!」
達海の言葉に馬騰は震えた。
こんな辺境の地である西涼の主である自分に夢を見せてやると達海は言ってのけた。裏切られた自分に対して己を信じて見せろと言った。
だったら、もうやる事は一つ。
全てを出し尽くして戦って燃え尽きるだけだ。
「それじゃ、明日は任せたよ監督」
「おうよ、任せとけ。絶対、度肝抜いてやるからな?」
達海は不敵な笑みを浮かべ自分の肩を軽く叩いて告げる馬騰に堂々と言ってのける。
今日は勝ったが明日が本番。それに負ければ終わり。
達海は待ちに待ったと言わんばかりに段取りを組んだ地図を見つめる。
かつて、日本はフットボール大国ブラジルに勝った事がある。
幾度もゴールを脅かされ、何度も『セレソン』と呼ばれた怪物達に強い心持って蒼き侍達は立ち向かった。
無敵の『カナリア軍団』とフットボールの未発達な国、日本。
勝敗はわかりきっている。ブラジルが勝つと誰もが思った。
ブラジルが揃えてくるのは若きスター選手ばかり、歴代でも稀に見るほどの最強に近い面子ばかりだった。
だが、彼らは戦い抜き、ゴールを守り抜き。そのフットボール大国から勝利をもぎ取った。
今もなお受け継がれる蒼き侍の意思。
この歴史的な日本の勝利を人々は後に『マイアミの奇跡』と呼んだ。
戦う相手は2倍の戦力。だが、達海は決して臆さない。彼にもまた、かつては蒼き侍の日の丸を背負う戦士だったのだから。
だったら次は自分の番だ。
信頼して送り出した水鏡、自分の家族、家臣達を助けるために知恵を借りに遠く遥々訪ねてきた馬超。
期待は大きい、観客は大勢いる。
なら、そんな全員を沸かせる様なものを見せてやらなきゃいけない。
達海は湧き上がるアドレナリンをこう言葉にし現した。
「さぁ、こっからがジャイアントキリングの始まりだ」