「いいか、さっき教えたことは絶対に守るんだぞ」
「はい。わかっています」
車から降りると不知火はそう念を押された。教えられたこととは、埼玉鎮守府三か条と呼ばれるこの鎮守府での絶対の掟だ。
鎮守府の廊下を歩きながら、その内容を思い出す。
一つ、資源を使う際は提督もしくは工廠長の許可をとる。
一つ、喧嘩は二人以上の無関係な人間の立会いのもと行う。
一つ、提督には逆らわない。
仙崎の言っているのは三つ目のことだろう。しかし、そもそも不知火は上官に逆らうタイプではないので心配はいらないが。
廊下の分かれ道で、三人は立ち止まる。
「荷物は俺が持って行ってやるから、お前はまずは執務室に行け」
「わかりました。お願いします」
不知火は木曾に持っていた荷物を手渡した。
木曾はそれを受け取ると、「じゃあ、行ってきな」とだけ言った。そして彼女は不知火が返事をすると一人で歩いて行った。
不知火は仙崎に案内されて廊下を進む。先ほどから誰もすれ違わない。時間から言って食事をとっているのだろうか。
「ここだ」
仙崎が立ち止り、そう言った。不知火は扉を見る。そこにははっきりとした字で執務室と書かれている。これは誰が書いた字なのだろうか。字の何とも言えぬ迫力にそんな疑問が浮かぶが、ドアをノックする音で思考は中断された。
ノックの返答は意外にも高い声だった。
「入れ」
「失礼します。不知火曹長をお連れしました」
「そうか。では部屋に。君は下がってよろしい」
「は。失礼しました」
不知火は仙崎と入れ替わるようにして執務室に入る。目の前に見えたのは三人の人間だった。
一人は小柄な男性。もう一人は上着を着ずにさらしだけを巻き、かなり短いスカートをはくというすさまじい露出の格好をした女性。まず間違いなく艦娘だろう。先ほど受け答えをしていたのはきっと彼女だ。
そして、最後の一人は椅子に座っている男性。体つきは逞しく眼光は鋭い。不知火は聞き及んでいた通りの、恐ろしげな印象をこの男性から受けた。
「お前が橋邊 愛美。不知火だな」
「はい。今日からこの鎮守府に配属になりました。よろしくお願いいたします」
「俺がこの鎮守府の提督兼総司令官の
「はい」
茂上はそう言ってすぐに視線を机に戻した。書類を書いていた途中だったようだ。
「明日からお前には第二艦隊に加わり、警備に当たってもらう。俺からの連絡事項は以上。あとの事はそこの武蔵に聞け」
「了解しました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。話は歩きながらしよう」
武蔵に急かされるように不知火は執務室を出た。ほんの少ししか話をしなかったがひどく緊張していたようで、手が少し湿っている。少し深く息を吐いた。
そんな不知火の様子に気づいたのか武蔵はやわらかい笑みを浮かべた。
「最初は一寸怖いよな。私も昔は提督と話すときは緊張したよ」
「………そうですね。ここに来る時聞いていた通りの方でした」
どう答えるべきか、少しだけ考えてそう言った。それを聞いた武蔵はまた笑みを浮かべる。
「私は
「了解しました。不知火のことは不知火と呼んでください」
「わかった。今日は明日艦隊を組む艦娘たちとの話し合いの場を設けているから、それに参加してくれ。それが終わったら自由。お前の部屋は302号室。三人部屋。………ここだ」
二人は部屋の前に到着する。
「良し。あとはルームメイトに面倒を見てもらえ」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう。これからよろしくな」
「よろしくお願います」
武蔵の背中を見送った後に不知火は扉を開いた。中では一人の少女が仁王立ちで立っている。一瞬吃驚して固まってしまったがすぐに再起動して、中に入った。
仁王立ちしている少女は幼い顔立ちをしている。髪は銀髪で非常に長い。その長い髪を後ろでまとめているが、結び目の所で跳ねたり、顔の横でたるんでいたり、片目が完全に隠れてしまっていたりしている為、何とも言えぬ独特な髪形になっている。
少女が口元を上げると鋭い歯がわずかに見えた。
「よく来たねぇ! あたいは
「はい。橋邊 愛美。不知火です。よろしくお願いします」
「あと……おい! 初雪! 起きろよ! 新人来たぞ!」
朝霜がそう言ったので、彼女の視線を追うと三段ベッドの一番下が膨らんでいることに気が付く。
次の瞬間、そこからぬっと顔が出てきた。そして、
「
とだけ言って、またシーツの中に入って行ってしまった。
こちらもよろしくというよりも先に、朝霜の檄が飛ぶ。
「こら! 面倒くさがんじゃねー! ちゃんと立ってあいさつしろ! なぁ!」
「いやぁだ。疲れてるもん…」
「あれっぽっちの演習でへばるんじゃねえよ! ほら立て! ひっぱたくぞ!」
そんな風に格闘すること二分。ようやく初雪はベッドから立ち上がり、不知火の前に立った。前髪をぱっつんと切った長い黒髪は、変な寝方をしていたせいで、あちこちにはねている。
「よし! ほら挨拶!」
「初雪…です。初雪って…呼んで…」
「はい。よろしくお願いします。不知火は不知火とよんでください」
「……まあいいか」
「……じゃあ、もう寝るよ…」
「時間になったら起こすからな」
初雪はまたすぐにベッドに戻り、十秒と経たずに眠ってしまった。
そんな様子に朝霜は苦笑して頭をかく。
「悪りいな。あいつもめんどくさがりなだけで悪い奴じゃねぇんだ。とにかく! うちにいる駆逐艦はあたいらだけだ! 精いっぱいやろうぜ!」
「はい。これからお願いします」
「やるぜぇ!」
おー、と小さく二人で声を合わせた。
朝霜は言葉は少し荒らしいが面倒見の良い少女だ。同室になるなら彼女のようなタイプがよかったので、不知火は安心した。もう一人のルームメイトも少し癖が強そうだが好ましかった。これで一つ、不知火の懸念がとりさらわれたわけだ。
ふと、部屋の一段高いところに敷かれている畳に自分の荷物が置かれていることに気が付く。先ほど木曾に渡したものだ。
「あれは木曾が持ってきてくださったのですか?」
「おう。ちょっと前にな。……そうだ不知火!」
「なんでしょう」
「どうせ木曾にお礼とか言いに行くんだろ?」
「はい。そのつもりですが」
「じゃあ、あたいがついでにこの鎮守府を案内してやるよ!」
「いいのですか? 朝霜も演習を終えたばかりなのでは?」
「さっきも言ったろ? そんぐらいじゃへばんねーの!」
良いから行くぞ、と背中を押されるような形で埼玉鎮守府ツアーが始まった。
*
結局飯を食い損ねたな、自室でボーと木曾は考えた。そもそも仙崎を誘った時間が少し遅かったので、完全に食べるタイミングを逃してしまった。軽めに食べるのも手だったが、どうせだったら夜を豪勢に食べたい気もする。
木曾は若干揺れたが、明日は出撃はないため、夜にしこたま食べることに決めた。
そうなってくると当分の問題は微妙なすきっ腹を紛らわすための暇つぶしである。すぐに解決案が浮かぶがそれを選択肢から消した。きっと彼女の案内は朝霜がやっているだろう。
特にこれといったことが浮かんでこないまま寝転がって天井を眺めていると、扉が開く音が聞こえた。同室の龍驤が入ってきたようだ。木曾はすぐに体を起こした。
「なぁ、龍驤」
「ん、なんや?」
「なんか、面白いことでもないか。もしくは暇が潰せること」
「そんなん言われてもなー。んー、今日来た新人ちゅうのにあってきたらどうや?」
「いや、新人にはもうあったんだよ。…で、たぶん今は朝霜がここの案内でもしてるから、じゃますんのもなんかな」
「そうかー。それやとうちはちょっちわからんなぁ~。海からここに直で来てるし」
「(またこの人は……)」
よく見ると龍驤は少し濡れている。艦娘は能力を使っている時は、例えるならば体に薄い膜が張っている状態で、あまり濡れないのだが、この鎮守府の演習はかなり激しく、多少は濡れてしまう。おそらく龍驤はシャワーを浴びた後の着替えを取りに行くためにここに来たのだろう。海に出た後、龍驤はしばらく海を眺めていることが多かったので、ほかの者たちよりも帰りが遅くなることがよくあった。
前に一度、なぜ龍驤は海を眺めるのかと質問したことがある。当時木曾はここに来たばかり、対して龍驤はすでに着任から三年が経過していた。
彼女の答えはこうだった。「沈んでいった奴らのことを、思い出せるからや」
艦娘たちには艦船であったころの記憶が残っている。それは個人個人でひどく程度の違うものだ。木曾などはあまり残っていない方で、木曾という軽巡が沈んだ瞬間さえ曖昧だ。龍驤はほぼすべて記憶が残っているらしい。
沈んで言った奴らというのは、軽空母龍驤であった時の奴らなのだろうか。それとも艦娘龍驤の時?
木曾ももちろんそう思ったが、龍驤自身が沈めた敵たちも思い出す対象に入っているのではないかとも思った。その敵には人間ではないものも含まれているだろう。そしてその直感は彼女と過ごすうちに確信と変わった。
木曾は龍驤を尊敬している。
艦娘はみな若い。最も高齢な者でも30にとどかない。その若さゆえに自分を殺し、超人艦娘として生きることで精神を保たねば、世界の期待を背負い戦場に立つことの出来ぬものがほとんどだ。艦娘の多くが軍では艦娘としての名前を使うのはそのためである。
そのような現状でなお、龍驤は思考をやめない。戦うための思考ではない。自分とほかの者を理解するための思考だ。
戦時中の今、そのような思考は無駄どころか命を落としかねない危険なものだろう。
それでも木曾は龍驤に敬意を払わずにはいられない。龍驤が持つ一種の人間としての誇りに木曾は魅かれているのだ。
そんな感傷に浸る木曾を現実に引き戻したのは、慌ただしい足音と勢いよく開かれた扉だった。入ってきたのは夕張。もう一人の木曾のルームメイトだ。
「どうしたんや、そんなに焦って」
「新人が…!」
「不知火がどうした!?」
木曾は夕張の様子から只ならぬものを感じ取り、思わず語気を強めた。
夕張はぐっと息を吸う。
「新人が山城と喧嘩をおっぱじめたのよー!」
*
気になって気になって仕方なかったから、気を紛らわすために訓練場に訪れたというのに。まさか気にしてた新人そのものがここに来るなんて。
不幸だわ……。
いつものようにそうつぶやいた。
射撃訓練をする自分の隣で、同じく射撃訓練をする新人、命中精度の方はお互いに同じくらい。もっとも山城の方はかなり意識を不知火の方に向けているので、本調子とは言い難いが。訓練用に作られた簡易砲台の振動がやけに鮮明に感じられた。
ふう、とため息一つついて訓練をやめる。またちらりと新人の方を見た時に目があってしまった。とっさに視線を逸らした後で、なぜ先輩である自分がオドオドしてるのかと思い直して、再び視線を戻す。今度は新人の青い瞳がはっきり見えた。そして、二秒ほど二人の視線はぶつかり続けた。
なにか言わなくては。
「あ、あなたが新人ね! 私は
しまった声が上ずってしまった。
しかし、新人はそんなことを気にした様子もなく、ごく普通に返答してくる。
「橋邊 愛美。不知火です。不知火とおよびください」
山城の頭の中はすでにパニックであった。元々対人関係に疎い彼女がいきなり(ある意味)意中の人と話すということは一人で殲滅作戦に出撃するくらい無理な話なのだ。
もしここに親友である足柄がいたのならば、フォローが入り、なんとか平静が保てていたかもしれない。しかし、足柄不在で山城がすがってしまったのは、
「(は! そうだ前に夕張から借りた本のキャラのように……!)」
先人たちの知恵(漫画原産)だった。
「そう……あなたが期待のねぇ…」
期待のという部分に不知火が何か言おうとするがそれより先に山城が言葉を続ける。
「いいわ…不知火。私が……この山城があなたの錬度を見てあげるわ」
「…それはどういう――」
「――勝負よ」
突然の提案にほんの少しだけ不知火の表情が変わる。
「実戦形式で勝負しましょう。私とあなた。二人っきりで」
そんな風に言って少し笑う山城の姿は、そうまるっきり―――――
――――少年漫画のやられ役のそれだった。
・提督について
見た目が怖く、性格も怖い。戦闘力がやたら高いが超人ではない。実戦主義者で実戦形式の演習をやたらする。鎮守府内で喧嘩が条件付きで認めらているのは、この人のせい。名前は茂上だが、この鎮守府に最上はいない。
・武蔵について
言わずと知れたすごい格好の人。鎮守府内では割と新人だが事務仕事が得意なので秘書艦に。
・もう一人の秘書官について
名前すら出なかった。小さい。秘書官と秘書艦がいるのは艦娘にもある程度の権力を持たせるため。ほかの鎮守府でも同様の形式をとっている。
・朝霜について
途中までこのポジは若葉だったけど、もうちょっと活発な子が欲しかったので朝霜に。面倒見がいい。オカンのようだが味覚は子供。
・初雪について
ダウナー系のぱっつん娘。こういうキャラってたまに真理を突いたりするけど、彼女がそうなるかは未定。
・龍驤について
書いてるうちになんかすごい設定になっちゃった人。精神面で抜群の強さを誇るが、戦いにおける強さは最強ではなく五番目くらい。人より多くの記憶を有しているからか、余裕がある。貧乳ネタも笑ってくれる。
・夕張について
兵装オタクかつ漫画オタク。最近20世紀の漫画が再版されたりしているので、それを集めたり人に貸したりしている。ほかよりも金を使う趣味を多く持つので、金欠気味。
・不知火について
期待の新人で先輩に絡まれるという主人公イベントが発生している。射撃訓練は後ろで見てた朝霜が感心するくらいよくできてた。
・射撃訓練について
訓練用に作られた簡易砲台で主に距離感などを鍛えるために行う。またどんな武器でも使いこなせる方がいいと理由でも行われるが、茂上提督的には実戦ではないのでダメである。
・山城について
周りから認めらているのに、自信が持てない人。結果やられ役っぽくなった。