海の少女隊   作:パス太郎

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離島棲鬼討伐作戦

 人型の深海棲艦が発見された。発見者は不知火。警備任務中の発見であった。

 

 人型深海棲艦は極めて危険な存在である。ほかの化け物のような見た目をした深海棲艦とは一線を介する戦闘力、知力を有している。

 その名の通り人間とよく似た見た目をしているが、それらと人間を間違えることは決してない。それは彼らの肌が幽鬼を思わせるほどに白く、纏う気配が凍えるほどに冷たいからだ。

 また、同じタイプの人型深海棲艦でも、個体ごとに大きく実力が違うため、比較的多くの情報があるものでも油断が全くできないのだ。

 

 今回発見された人型深海棲艦は新種であった。不知火と同じ警備任務に就いていた龍驤が偵察機を飛ばし、追跡した結果、洞窟のような島を拠点にしていることがわかり、そこから『離島棲鬼』と名付けられた。

 

 離島棲鬼の危険性は全くの未知数である。いったいどのような攻撃をしてくるのか一切わからない。故に第一艦隊は最強の布陣で固められた。

 

 山城、木曾、足柄、龍驤、武蔵、伊58。全員が決死の覚悟で出撃している。

 

 六人は周囲の警戒をしながら進んでいく。

 恐ろしく静かで、不気味な海だと木曾は思った。

 

 *

 

 龍驤は考えていた。自らが発見した離島棲鬼のことだ。

 龍驤が今まで対峙してきた人型深海棲艦は四体。そして一度だけ、龍驤は彼らと言葉を交わそうとしたことがあった。しかし、結果は全くの無意味。潜水カ級と呼ばれるそれは、壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返すだけだった。その言葉からわかるのは深い怒りと憎しみだけだった。

 

 なぜ、奴らは人を恨むのだろうか。

 自分たちの仲間を殺しているから? そうだとしたら、龍驤は侵略者たちに少しだけ共感が持てた。

 どちらが先に殺した、殺された。そんなことは関係ない。大事な人を殺された、殺されそう。だから憎む。だから殺す。

 分かる。知っている。その感情は、考え方は、自分が軽空母龍驤であった時にいやというほど見ている。

 

 彼らは誇りを持っていた。どのような誇りかまでは知りえないが、誇りを持って戦っていた。きっとあの時戦っていた者たちも同じように持っていたのだろう。そして自分も。

 

 体が鉄で、血が重油だった時でも、自分は確かに誇りを持っていたのだ。

 

 奴等に誇りはあるのだろうか。家族はいるのだろうか。悩みはあるのだろうか。愛はあるのだろうか。

 

 龍驤は知りたかった。思考し続けることが、彼女にとって生き続けることであり。生き続けることが、彼女にとっての誇りだった。死さえ、彼女の誇りを奪うことはできなかったのだ。

 

 *

 

「敵艦発見!」

 

 そう言ったのは足柄だ。

 その言葉と共に砲撃の音。敵艦の一体が、どてっぱらに砲弾を食らい、沈んだ。

 残り三隻。

 一瞬で狙いをつけ、撃つ。

 

 駆逐イ級と呼ばれる深海棲艦は瞬く間に海の藻屑となる。

 

「敵艦殲滅!」

『よくやった。その調子で頼む』

「了解しました」

 

 通信機越しに茂上提督が言う。受け答えをするのは山城だ。

 

『いつもより少し敵艦が少ない。どこかに集まっている可能性がある。警戒を怠るな』

「はい」

『龍驤、あとどれくらいだ』

「んー、このまま敵艦と会わんかったら、十五分ってとこやな」

『了解した。引き続き任務に当たれ』

 

 再び艦隊は進み始める。十五分しかないのか。木曾はそう思った。

 

「(弱気になってんじゃねぇ!)」

 

 木曾は頭を振った。いやな気持ちを振り払うように、昨日のことを思い出し始める。

 

 *

 

 明日出撃する第一艦隊。木曾はそのメンバーに選ばれた。

 

 木曾は過去に一度、人型深海棲艦と戦ったことがある。その時の功績が認められて、精鋭揃いの埼玉鎮守府へ配属されたのだ。

 軍からしてみれば表彰ものの功績だが、木曾自身はこのことを思い出したくなかった。

 

 当時、木曾は従軍して一年が経ったばかりであったが、優秀であった。艦娘三人だけの部隊を率い警備任務を主にこなす日々。木曾は才能があったが、天賦の才というほどではなかった。だから精いっぱい努力した。強く、ひたすら強くなれるように。

 

 結果として言えば、木曾の努力は実った。彼女ただ一人、生き残ったのだから。

 今でもたまに、人型深海棲艦が放った砲弾で海に沈む仲間の姿を夢に見ることがある。

 木曾は悟った。自分は強くなった。しかし、だれもかれもを守れるほど強くはなれないのだろうと。

 

 幸運だったのは、彼女がそれで諦めてしまうほど弱くなく、誰かを切り捨てられるほど強くなかったことだ。

 

 自分が強くなれないのならば、仲間を強くすればいい。

 埼玉鎮守府に配属されてからは他人の訓練に付き合うことが多くなった。元々精鋭揃いだったが、彼女が配属されてからは実力の平均は確かに上がっている。夕張が配属されてからは兵装の開発にも手を出すようになった。

 

 あの時とは違う。それでも不安は木曾を蝕んでいた。

 

 一人、海岸を歩く。いつもは孤独を嫌う彼女だが、今は仲間を見ると脳裏にいやな映像が浮かんでしまう。

 

 海を見つめる。やはり自分は龍驤のようにはなれないなと思った。

 

 すぐにまた歩き出した。そして、気づいた。誰かがいる。そいつは座って、海を見ている。

 龍驤か? しかし、彼女は部屋にいたはずだ。では一体?

 

 警戒をしながら近づく。その時ちょうど月が出て、座っている者を照らした。

 

「仙崎……?」

「……ああ、来たか」

 

 座っていたのは仙崎だった。その手には酒瓶が握られている。

 木曾はその酒瓶の中身が水だということを知っている。仙崎は酒に強い興味を持っているが、20になるまでは決して飲んではいけないという、孤児院の院長の言葉を守っていて、決して飲酒はしないのだ。だから酒瓶に水を入れ雰囲気だけでも楽しんでいるのだ。

 

 それより、木曾は先ほどの仙崎の言葉が気になった。

 

「なんだか俺がここに来ることがわかってたみたいな口ぶりだな」

「…………ああ、そうだよ」

「なに?」

 

 仙崎はなぜか気恥ずかしそうに視線を外すと、

 

「お前、今日は不安だろうと思ったからな」

「…!」

 

 木曾は以前、酒によって仙崎に前の鎮守府でのことを話したことがある。たった一度だけだったが、彼は覚えていたらしい。

 

 なんだかこちらも気恥ずかしくなって、二人は沈黙した。数分の間、波の音だけが辺りを支配した。

 

「なあ」

「……なんだよ」

「お前は明日死ぬと思うか?」

 

 木曾は返答できなかった。

 仙崎は木曾が気分を悪くしたのだと思ったのか、少し言い訳をするように言う。

 

「俺の友達……孤児院で一番仲良かった奴なんだけど、そいつがよ。昔、手紙を送ってきたんだ。明日、新しい基地に配属される。そんでそこで死ぬ気がするんだって。俺それ見てああヤバイって思ってさ、その日のうちに返事だしたんだよ。……そしたら届く前に死んじまいやんの。配属されたその日にだぜ。信じられるか、そんな事」

 

 仙崎は立ち上がった。

 そして、仙崎と木曾の間に透明な壁ができる。仙崎の能力だ。半透明なシールド。開発した兵装の威力を試すために仙崎は何度もこのシールドを使い協力してくれた。流石に山城の主砲クラスになると防ぎきれないが、十分強力なシールドである。

 

「木曾、俺は死なんぞ。これがあるからな。……お前は死ぬのか?」

 

 仙崎は木曾のもっとも親しい人間だ。同じ孤児院の出ということで気が合い、初めての後輩だったからよく接した。優秀で適当で、優しいが少々器の小さい男。

 

 そんな男がひどく真剣な顔をしている。

 

「死なねえよ」

「…そうか、よかった」

 

 いつの間にか、木曾の不安はどこかに消えてなくなっていた。

 

 *

 

「見えたで」

 

 龍驤がそう言った。そして全員が目的地を視認する。木曾の気持ちはすでに落ち着いている。

 

『全員気を引き締めろ。これより敵艦が見え次第、戦闘に入る。山城、状況は随時連絡しろ』

「了解しました」

 

 木曾は一度目をつぶり、開いた。左の視界しか持たぬ彼女だが、敵を撃ち損じることはない。

 

「いくわよ」

 

 山城の声と共に艦隊は加速した。

 

 *

 

「…………」

「心配か?」

「……少しですが」

 

 不知火と朝霜は海岸に座り、海を見ていた。近くでは瑞穂が偵察機を飛ばし、辺りを警戒している。二人がここにいるのも、いざという時の為だ。

 

 不知火は海岸線を見つめた。第一艦隊が見えることはない。それでも見つめていた。

 

 自分が優秀だという自覚はある。軍学校でも常に上位の成績を残していたし、この鎮守府でも一対一で戦えばほとんどの者に勝てる自信もあった。しかし、自分が従軍三ヶ月の新人なんだということも、不知火はよく分かっていた。

 他の艦娘に比べて圧倒的に経験が足りない。この鎮守府で人型深海棲艦と対峙したことがない艦娘は不知火だけだ。授業の中でしか、奴らの危険性を知らないのだ。今回編成された第一艦隊が非常に強力だということはよく理解していたが、それで万事安心という楽観的な考え方はできなかった。

 

 不知火が軍学校に入学して一年が経とうとしていたころ、侵略者によって両親が殺された。

 陸の侵略者が大部分殲滅されたとはいえ、未だに陸地で殺されるものはいる。両親を殺した侵略者はすぐに殺されたらしい。

 不知火は顔には出さなかったが、人並みに悲しんだ。いつものように振る舞ったが、手が震え、食欲がなくなった。

 なによりも不知火が悲しんだのは、自分がいれば両親を助けることができたという点だ。

 もしものことを考えれば永遠に抜け出せなくなることはわかっていたが、考えずにはいられなかった。感情の起伏に乏しい不知火の感情が理屈を超えたのは十歳を超えて初めてのことだった。

 

 そして、今も考えている。自分のいないところで、仲間が死ぬのを恐れている。

 

 ダメだ。恐れてはいけない。不知火は恐れない。深呼吸をしろ。深呼吸をしていつもの不知火に戻るのだ。恐れず突っ走っていける不知火に。

 

「……大丈夫だよ。あいつらは強い。お前が思ってるよりもな」

「……そうですね。大丈夫…」

 

 戻れ。……戻れ。

 

「…大丈夫です。もう…大丈夫です」

「…………」

 

 朝霜は何か言おうとして、やめた。今言うべきことではないと思ったし、強い不知火が今崩れてしまうのは非常にまずいと思ったからだ。

 

 思えばこの不知火は今のように自分を押し込めるのに必死な人間だった。自分を含めて、今まで出会ってきた艦娘の多くも彼女のように人間としての自分を押し込めている。しかし不知火のそれは他とは程度が違った。

 

 自己暗示というより催眠あるいは自身による洗脳。戦闘による不安や恐怖を人間から艦娘へと針を動かすことで取り去っている朝霜とは違い、人間『橋邊 愛美』とは別の存在として艦娘『不知火』を作り出すことで恐怖から逃れているのだ。そこまでしている艦娘は朝霜の知る限り、不知火だけだ。

 

 朝霜は不知火と同室で過ごしたこれまでの三か月の中で何度か彼女が橋邊 愛美に戻るのを見ている。橋邊は決して強い人間ではない。思い込みが激しく、少しボーとしているが、普通の女の子。いつか彼女が表に出てきて、普通に笑っていられるようになったら、きっと素敵なことだろう。そんな風に考える程度には、朝霜は不知火のことが好きだった。

 そして同時に不安と焦燥が生まれる。戦う必要がなくなった時、彼女は不知火から戻れるのだろうか。ここまで完全に分離しようとしているのだ。おそらく簡単にはいくまい。あるいは準備なしにいきなり橋邊と不知火が重なってしまった時、彼女の心は耐え切れるのだろうか。

 

 朝霜は様々な思いを胸に秘め、海を見つめた。

 そして、考える。

 いつか不知火と橋邊を隔てる壁を壊さなくてはいけない。さもなければ、不知火に長い平穏は訪れないのだから。

 だがそれは今ではない。今は強い不知火が必要なのだ。

 

 *

 

 瑞穂は偵察機を飛ばし、できるだけ広範囲を索敵している。

 今の埼玉鎮守府は手薄である。期待の新人不知火が残っているとはいえ、実力者は不在。もし件の人型深海棲艦がここに攻め込んで来れば、かなりまずいことになる。

 

 ひどい動悸がしていた。悪寒もだ。

 

 瑞穂がいつもより集中して索敵をしているのも不知火と朝霜を近くに呼んだのも、いやな予感がべっとりとくっついて離れなかったからだ。

 

「―――――あ」

 

 敵だ。瑞穂の予感は当たっていた。やはり、こちらの出撃に合わせて攻撃が来た。だが、準備はしている。第一艦隊が帰ってくれば、

 

「え?」

 

 その目を疑うような光景が広がっていた。

 

 *

 

「どういうことだ!」

 

 木曾は思わず叫んだ。これだけ接近しても、敵が姿を現さない。それどころか敵の気配すら感じない。

 離島棲鬼は拠点を持ち、そこからほとんど動かないタイプの侵略者だと予想されていた。そのような侵略者は多く前例がおり、大規模な攻撃により拠点が破壊されるなど、よほどのことがないと拠点を離れることはないのだ。

 

「龍驤――」

 

 山城が龍驤に偵察機を飛ばすように指示を出そうとしたその瞬間、茂上提督からの通信が入った。茂上提督らしからぬ、切羽詰まった声だ。

 

『第一艦隊! ただちに帰投せよ!』

「――! 提督!? 一体――」

 

 山城が言い切る前に茂上提督の通信が入った。

 

『――鎮守府を人型深海棲艦が襲撃している! 数は――」

 

 ――三。

 

 ぶちんと通信が途絶えた。

 

 第一艦隊の誰が声を上げるよりも先に、空気が悲鳴を上げた。この音はよく知っている。砲撃の音だ。それも戦艦の主砲級の威力を持った。

 

「――敵艦確認!」

 

 叫んだのは龍驤だ。彼女はすでに硬直からとけていたが、ほかの者はいまだ衝撃に酔いしれている。無理もないことだった。あまりにも状況が急すぎる。何よりも茂上提督との通信が切れたのがまずいのだ。鎮守府の長として圧倒的信頼を置かれる茂上の安否が全く分からないという事実は彼女たちには大きすぎる負担だった。

 

「人型深海棲艦の存在を確認! 姿から戦艦棲姫と思われる! ―――山城っ!!」

 

 それでも龍驤は叫ぶ。山城はいまだ動けない。彼女の頭の中では様々な考えが錯綜していた。

 

 このままではまずい。全員を殴ってでも正気に戻さなければ。龍驤がそう思った時だった。

 

「――ねえ、山城」

 

 冷静で気軽な、まるで散歩にでも誘うかのような声だった。

 龍驤の声にはなかった冷静さが、艦隊の全員の意識を言葉を発した伊58に集中させる。

 伊58はすでにいつものように戻っていた。龍驤の二度の叫びが彼女をクールダウンさせたのだ。

 

「今日死ぬ覚悟はある?」

 

 絶体絶命に、賭士は笑った。




・今回について
場面転換を連発する感じがやりたかった。ぶっちゃけこのピンチが終わったら書くことがない。

・不知火について
不知火としては非常に優秀だが、橋邊としては臆病で軍人向きではない。艦娘不知火を徹底しようとするあまり、二重人格になりつつある。

・木曾について
幼い時に両親が戦死した戦争孤児。次回あたりから主人公してくれるはず。

・仙崎について
木曾のヒロインもしくは親友ポジ。なんか超人だった。死亡フラグがひどい。

・朝霜について
不知火の親友ポジになりつつある。思ったより動かしやすい。

・人型深海棲艦について
この小説では鬼・姫はもちろん一部それ以外もこれに分類され、中ボス的な存在になっている。


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