短編集 深夜の真剣文字書き60分一本勝負   作:霧子のエビの天ぷら

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猫と本と私の世界

 古書堂、桃源伝。街の郊外にある大手チェーンと比べれば小さなお店だが、それでも周囲にはこの店に匹敵するほどに大きな本屋はないという程だ。

 

 この本屋は、ほかの店にはない大きな特色がある。

 

 「みー」

 

 ほらやってきた。噂をすれば影、とは本当のことかもしれない。

 

 「おいでおいで」

 「みー」

 

 ちょこんと膝の上に乗ってきてしっぽをぴーんとさせている。ずいぶんと私の膝の上が気に入っているようだ。

 特色とは他でもない、この黒猫である。頭からしっぽの先まで真っ黒なつやの良い毛並みを持つ一匹の黒猫。うちのマスコットである。

 この黒猫がテレビに取り上げられてからというもの、この猫目当てで来る客も多くなった。というか、今では集客の半数はこの猫で来ている。

 

 猫を撫でで遊びつつ、客が本を見繕う横で店主専用の椅子に腰掛け本を読む。

 

 この猫を愛でながら本を読むという行為は私にとっては至福のひとときである。言うなれば英国人が間食としてスコーンと紅茶を飲み優雅なひとときを過ごす間ぐらいに無くてはならないものであり最高の時間である。

 

 BGMはジャズの曲を適当に垂れ流す。古き良き蓄音機の奏でる音がこの店には最高に合う。

 

 さて、本を読もう。準備は整った。今日は一体どんな世界を私に届けてくれるのだろう。

 

 

 

 

 「みー」

 「ん……?あぁ、もうおやつの時間か。ごめんね、すぐに用意するから」

 「みー♡」

 

 わかりやすい。欲望に忠実で大変わかりやすい。

 

 猫にしっかりとおやつを与えたところで、どうやらやつは一眠りするらしい。店先に出て軽く伸びをした後、しっぽと耳を垂らして気持ちよさそうに眠り始めた。

 

 

 さて、読書を再開しよう。

 内容は端的にいうとこうだ。

 ある日サンフランシスコで起きた殺人事件、実はそれが3年前の未解決事件と同じ手口の連続殺人であるということが判明した。犯人の手がかりは殺しの手口と犯行後に置かれる死神のタロットカード。それらだけを頼りに開始し、サンフランシスコ警察に所属する熱血タイプのアメリカ人女刑事、サリア・レインと黒猫との通称がついている日本人名探偵、黒田・ルーヴェル・博史が協力して難事件の解決に挑むといった内容である。

 

 この本は私のお気に入りの1冊であり、レンタル料金は50円と少しリーズナブルにしてある。いろんな人にこの素晴らしい作品を読んで欲しいがための値段設定なのだが、帰って怪しまれているのかこの本がレンタルされたことはまだ2、3回程度しかない。

 

 この本は一見何の変哲もないただの推理小説のように思われるが、素晴らしいのは読者が容疑者だと思った人間を次から次に殺していき、それでも犯人は同一人物という作者の手のひらで転がされている感覚だ。ほかの小説じゃあそうそうそんな感覚は味わえない。

 

 

 この本以外にも素晴らしい本は沢山ある。誰かの日記帳だってそうだ。今は価値のないものかもしれないが年季が入ることでとてつもないお宝に化ける可能性だってあるわけなのだ。すべてを紹介していては日が暮れるので割愛することにする。

 

 パラリ、パラリと本のページをめくり、その本の描き出す情景を頭の中に思い描く。そして動かす。とても楽しい。

 

 そんなこんなでまた一日が終わった。翌日も同じように本を広げ読む。今日は昨日とは違い、ジャンルはSFである。

 

 その本を読んでいると、猫が私に擦り寄ってきたので抱き抱える。モッフモフでかわいい。

 そういえばこのSFはこいつのお気に入りの1冊でもあったはずだ。この本を読もうとすると、いつでも膝の上に乗ってきたものだ。

 「みー?」

 おおっと、催促が入っちゃった。

 「はいはい、わかったからちょっと落ち着いて……」

 

 そっと本を開き、その世界に二人揃って身を投げ入れる。本の手触り、匂い、話の流れ……紙を触った時のこのこの音!たまらないね。

 

 

 本を読み終えたら日が沈んでいることにようやく気がついた。

 「あらら、日が沈んじゃった……」

 「みー?」

 

 本を読む行為は楽しくってつい時間が経つのを忘れてしまう。

 好きだからこそ苦痛はない、おそらくこの子も本が大好きなのだろう。

 

 蓄音機を止めてレコード盤を取り外し、のれんを取り下げて閉店準備だ。またいつものように本に囲まれながらぐっすりと眠るとしよう。

 

 布団を敷き、猫と共に布団に横になる。

 「ふふふ、今日も読書楽しかったね~」

 「みー」

 「お前も楽しかったか~そうかそうか~。明日もいっぱい本を読もうな!」

 「みゃう♡」

 「それじゃあおやすみ!」

 

 私の1日はこうして過ぎ去っていく。20年間生きてきてずっとそうだった。だからこれからも多分ずっとそうやって生きていくのだろう。そうやって、時間の流れに乗っていくのだろう。

 

 気持ちの良い朝を迎えた。新しい朝である。

 

 寝間着から着替え、のれんを出し、軽くホコリを落とす。うん、今日も本の様子はいいから、また素晴らしい読書ができそうだ。

 

 「ほら~おいでおいで」

 朝食を終えた猫を呼び、腕に抱き抱える。

 「今日もいっぱい本を読むぞ~!」

 「みー」

 

 

 

 古書堂桃源伝。今日も元気に、猫と一緒に営業中。




お題:文庫本と黒猫
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