短編集 深夜の真剣文字書き60分一本勝負   作:霧子のエビの天ぷら

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君と望む海を、私はきっと忘れない。

 海へ行きませんか。

 

 果てしなく遠い場所にある海に。

 

 海に行きませんか。

 

 世界のどこかにある海を探して。

 

 

 私がそう言われたのはつい3時間前のことだ。

 海。私が憧れた場所。すべての生命体が生まれたとされる原始の場所。

 

 それが海だ。それが海なんだ。それが、海であるはずなんだ。

 

 

 それに対して、私は手元の白いフリップボードを手に取り、水性のペンでこう書いた。

 

 

 ごめんなさい。私は行けないわ。あなただけで行ってきてちょうだい。

 

 

 私に声をかけてきた人間はこう言った。

 

 

 あなたに、海の素晴らしさを見せてあげたい。

 

 それが出来ないから海へのお誘いも断ってるんじゃない。

 

 最近の科学技術を侮っちゃいけませんよ。

 

 ほうほう、言いますなぁ?

 

 このパソコンを使って、あなたに見せてあげましょう。

 

 して、どうやって?海の何を見せるのかな?まさか画像を見せるんじゃないだろうね?

 

 そんなつまらないものじゃありませんよ。音を、揺れを、海の色をあなたにお届けいたします。

 

 ははーん、さてはドッキリだね?

 

 あなたがそう思うならそうしましょうか?

 

 ……え?何言ってんのさ?

 

 

 するとその人間は、お願いします~、と言った。

 待て待て待て!!一体何をするつもりだ!?

 

 

 直後、何かが外れる音。

 

 徐々に、徐々に吹き抜け始める風。白い病室に突き刺さる眩い閃光の数々。

 

 それらに私の感覚がなれ始めるまで時間がかかったのは言うまでもない。

 

 目を徐々に徐々に開けていくと。そこには。

 広い海が広がっていた。

 

 

 広い広い海。青く、爽やかで、それでいて暖かい。

 

 きっと水は冷たいのだろう。波が立ち、砂浜に打ち付けられる音が心地よい周波数となって耳に届く。全てが愛おしく、優しく、それでいて──切ない。

 

 

 どうです?これが海ですよ。

 

 すごいわね。これが、海。

 

 海の中、見たくないですか?

 

 海の、中?

 

 そうです。海の中です。海の中に構築された芸術、美しい自然の嵐を見たくないですか?

 

 ……そんな事言われたら、見ない理由なんてないでしょうに。ずるいわ。

 

 ははは、そいつは失礼しました。では、そのパソコンを……

 

 

 人間が、カタカタとなれた手つきで操作する。

 目の前に現れたものは、正しく自然の嵐だった。

 

 想像を絶するほど豊かな生態系、おびただしいまでの小魚の群れ。追いかける大きな魚たちの舞踊。それを見守る大きな石と、その周囲に生えた植物。

 

 正しく、嵐そのものだった。何も言えない。何も表すことが出来ない。憧れた光景が、夢にまで見た光景が、おとぎ話の中だけだと思っていた光景が今目の前に広がっているんだ。

 

 

 昔、今からだいたい6000年前の話ですが。

 その頃は今よりずっと海が大きく、今の何倍も豊かな生態系がこの海に広がっていたというんだから、驚きですよ。

 

 本当に……驚いちゃった。

 

 それはわかりますよ。あなたの文字、震えてますから。僕も始めてみた時、どれほど驚いたことか………全く声が出ませんでした。

 

 

 潮風が髪と頬を優しく撫でる。

 

 海の音色は私の耳に貼りついて、しばらく離れそうにない。私は……どれだけ、幸せなんだろうか。

 

 今この世界で、人類が滅びの道を歩み衰退を始めた世界で、海という概念が幻となりつつある世界で。

 

 海というものを独占できているのだから。

 

 

 西暦10678年、7月14日。

 

 この日見たものを。君と望む海を、君とふたりで望む海を。私はきっと忘れない。

 

 

 

 

 

 忘れてやるもんか、絶対に。

 

 

 




お題:「海に行きませんか」
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