香風家の長男   作:ごちうさ難民

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第二羽 対面

 

 

 

 

 

 ラビットハウスの朝は早い。

 喫茶店という関係上、店内の掃除やコーヒー豆・食材の在庫確認。不備があれば買出しなどを朝のうちに終わらせなければならない。

 今の四季は春。それも春休み真っ只中であり、飲食店にとっては稼ぎ時の時期でもある。

 開店時間に影響を及ぼしてはならない。

 

 シャカシャカシャカ

 

 そんな訳で、人一倍責任感のあるチノは中学生であるにもかかわらずお店を手伝うために朝早くから起きて歯磨きをしていた。

 その隣では、ニロも黄色の歯ブラシを持って歯磨きをしている。

 2人並んで、リズムカルな音を鳴らしながら歯を磨いていく。

 何時の時代も虫歯は怖いのである。

 

 歯磨きを終え、残った歯磨き粉を流すため水を口に含みくちゅくちゅとしてペッ、そしてもう一度口に含みガラガラと水を喉で鳴らし、ペッと吐き出す。

 ニロのお決まりのうがいである。

 うがいをし終わったら、背伸びをしつつ歯ブラシとコップを元の位置に戻す。

 平均身長より低いため苦労するが、最近はチノに取って貰わなくても良くなったのは密かな自慢だ。

 そんな光景にちょっとした寂しさを覚えつつも、チノは置き終えたニロの右手を掴み食堂へと引導する。

 

「今日の朝ごはんなにかな?」

 

「そうだね、ニロの嫌いなピーマンがあると思うよ?」

 

「あぅっ、そんなの要らないよぅ」

 

 朝ごはんの献立の話をしつつ、廊下を歩く。

 食堂のドアに近づくと、先頭を歩いていたチノがドアを開けた。

 

「おはようございます、お父さん、おじいちゃん」

 

「おはようー」

 

「ああ、おはよう。チノ、ニロ」

 

「おはようじゃ、今日もぐっすり寝れたかの」

 

 食堂には、顎と鼻の下に髭を伸ばしたダンディーな中年男性タカヒロが、エプロンを付けてフライパンを振るっていた。エプロンのウサギ柄が渋い顔とミスマッチで中々シュールとなっている。

 そしてタカヒロの隣で鎮座している白くてもこもこな物体、ティッピーが身体を振るって歓迎の意を表していた。

 

「もうすぐできるから、座って待ってなさい」

 

 ハムエッグを焼きつつ、タカヒロが言う。

 その言葉に従い、2人は台所の前に設置されている椅子に座る。

 

「そういえば、前に話した居候の子、今日には来るみたいだよ」

 

 椅子に座ってほわっとしたのを見計らったように、タカヒロが話した。

 

「確か……ここの高校に通う為にこちらに来るんでしたっけ?」

 

「ああっ、そうだよ。仲良くできるといいね」

 

「……人付き合いは苦手なので、心配ですっ」

 

 そう言うと、チノは少し伏せ目になる。

 内向的な性格だということは自身も自覚しており、他人と話す事は苦手だと思っている。

 これがお客ならば問題ないが、下宿してくるとなるとプライベートの事になる。

 何を話せばよいのか、年上ばかりと付き合っていたチノはそこが不安に感じる。

 

「なーに、ニロともすぐ仲良くなったんじゃ。心配いらんじゃろ」

 

「ニロは赤ちゃんの時から一緒だったので当然ですっ。今日来る人とは訳が違いますよ」

 

「一緒じゃよ。人間、接し話せば案外分かり合えるものじゃ。なあニロ?」

 

「うん。お姉ちゃん、とっても優しいからきっと仲良くなれるよ。」

 

「かっ、からかわないでよ……」

 

 ニロの裏の無い純粋な言葉に、照れて顔を赤くしたチノはニロから背を向けた。弟に情けない姿を見せたくない防衛本能である。

 

「あっ、お、お姉ちゃん怒っちゃった……?」

 

 照れた顔を隠す為に背を向けたチノに、ニロは怒ったと勘違いをしてあわあわとしだす。

 ”お、おこらないで~”っと、犬がキュンキュンと鳴くような声でチノを呼ぶ。

 そんな光景を、チノはチラッと横目で見る。

 

 

 ―――まったく何て顔をしてるんですかいじわるした罰としてしばらくそのままにでも可哀想ですし許してあげてもいやいやもう少しあのかわいい顔を堪能してからでも遅くはありませんねけどこのままいじわる仕返したらこんどはニロが拗ねて口を利いてくれないかもそれは困ります

 

 

 おろおろとした表情でうろたえているニロの姿を見て脳内で葛藤すること僅か10秒。

 天使と悪魔が同時に囁く中、辛うじて悪魔を蹴落とし天使が勝利のガッツポーズを挙げた。

 まだ赤みが残っているが、安心させるために顔を合わせて話しかける。

 

「怒ってないよ、ただ仲良くできるか考えてただけ」

 

「ほんと? よかったぁ……」

 

 ほっとした表情で胸に手をあてるニロ。

 許して貰えたと安堵されつつ、真実を隠す。

 姉は弟に弱い所を見せないのだ。

 

「照れてたことはうまく隠せたようじゃもががが!」

 

「おじいちゃん余計な事言わないでください!」

 

 捏造が暴露されそうになり慌ててチノはティッピーの口を手で塞ぐ。

 呼吸困難になりティッピーが苦しそうな顔をしながら暴れるが、姉の尊厳を守るための尊い犠牲である。

 

「チノ、その辺にしておきなさい。朝食ができたよ」

 

 チノとティッピーが格闘していると、頭上からの声が聞こえた。

 見上げると、料里の乗った皿を持ったタカヒロが机の横に立っていた。

 朝食ができたようである。

 

 流石にこれ以上は邪魔になるとチノは素直に手を引き、上げていた腰を下ろす。

 それを見たタカヒロは満足そうに頷くと、皿を2人の前に置いた。

 今日の朝ご飯も美味しそう。

 皿に乗った献立を順次見たチノはそう思い―――凍りついた。

 

「チノ、ニロ。両手を合わせて、いただきます」

 

「いただきます」

 

「いっ、いただき、ます」

 

 チノの視線の先。そこには堂々と鎮座しているセロリの姿があった。

 姉の尊厳を守る戦いはまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

                    ☆ 

 

 

 

 

 

 ラビットハウス開店時間間近。

 制服に着替えた2人は今日もお客さんを向かえるための最終準備をしていた。

 チノはテーブルを拭いて綺麗にし、ニロはコーヒー豆の種類に不備がないか確認をしている。

 

「……あれ? コロンビアが無いよ?」

 

 台座に乗ってコーヒー豆の残量を指差しで確認していたニロは、コロンビアの容器に入ってる豆の残量が少なくなっていることに気付く。

 それを手に取り、軽く振りながらチノに見せた。

 

「それはいけませんね、ちょっと倉庫から取ってきてもらえる?」

 

「うん、わかった」

 

 ぴょんっと台座から降りると、そのままとてとてと店内を後にする。

 そのまま倉庫に入り、コロンビアの入った麻袋を探すが、見つからない。

 

「お姉ちゃん、倉庫にもない」

 

「えっ、無い?」

 

 キイッと、扉を半開きにして覗き込むような姿勢でチノに言う。

 それを聞いたチノは机を拭くのをやめ、困ったような表情をしながら時計を見る。

 

「弱りましたね、もうすぐ開店なのに……」

 

 そう呟くと、目を閉じ暫し思考する。

 もうすぐ開店。コロンビアがない。商品の欠品はダメ。バイトの子はもうすぐ来る。店の切り盛り最低人数―――

 

「……仕方ありませんね。お店は私とリゼさんでやっておくから、ニロは仕入れをしてきて」

 

 そう結論付けたチノは、ニロに指示を出す。

 自分が仕入れに行くことも考えたが、ニロに店を任せるのは少々不安が残る。

 本人が聞けば不当な扱いするなとプンプン怒りそうだが、やはり自分がやったほうが確実である。

 

「了解しました、さー」

 

 バイトをしている紫髪の子の影響を受けたのか、右手をびしっと頭上に掲げる。

 そして駆け足で廊下を渡り、裏庭に出た。

 キョロキョロと辺りを見渡し、そしてお目当ての物を見つけて近寄る。

 それは台車であった。

 仕入れ先の専門店は業務用のコーヒー豆を販売する卸売り業なため、どうしても麻袋単位となってしまう。

 流石に重いため配達してくれるサービスもあるが、今から注文しても到底間に合わない。今は直接店舗に行って買わねばならない。

 ニロは男とはいえまだ9歳であるため。筋力は貧弱である。そのため台車が無ければ運んでこれない。

 コロコロと台車を押しながら、道に出る。

 

「おっ、ニロ? どうしたんだこんなところで?」

 

 裏庭から道に出た直後、声がかけられる。

 顔を上に向けると、そこには紫色の髪が見える。

 リゼであった。

 

「リゼさん。その、コロンビアが切れちゃって……」

 

「なるほど、補給か。でもコーヒー豆の袋は重いだろ? 私が行ってやろうか?」

 

「ううん、力仕事は男の僕がするの」

 

「あははっ、男か。台車を引いてるくせに、言葉はいっちょまえだな」

 

 そう言うと、リゼはガシガシとニロの頭を撫でた。

 弄られたと感じたニロはむぅっと頬を膨らませる。

 当人としては精一杯の抗議であるが、その姿は非常に子供っぽい。

 

「それじゃ、チノも待ってるだろうしもう行くよ。補給任務、気をつけていけよー」

 

 そう言ってリゼはニロの背中をポンッと押すと、ラビットハウスに入っていった。

 その背中に、ニロはカッと両足を合わせて背を伸ばし、直立不動の体勢でビシッと敬礼をするのだった。

 

「了解しました教官、サーッ!」

 

 

 

 

                      ☆ 

 

 

 

 

 

「おや、ニロ君じゃないか。今日はどうした?」

 

「コロンビアの豆が切れてしまったので、一袋ください」

 

「おうよ、お使いかい。まだ9歳なのに敬語も使えて偉いね」

 

「ありがとうございます」

 

 リゼと分かれた後、コロコロと台車を押しながら進むこと数十分。ニロは馴染みの仕入先である卸売り店でコロンビアの豆を買っていた。

 顎髭を生やした店主が注文通りにコロンビアの麻袋を軽々と肩で担ぎ、持ってきた台車に入れる。

 

「帰りは大丈夫か? 結構重いが」

 

「大丈夫、です。これでも鍛えてます」

 

 そう言うと、トンっと胸に右手を置きふんすと鼻を鳴らす。

 その姿に、店主は微笑ましいものを見たような和んだ顔をする。

 

「そうか、なら心配いらんな。代金は付けておくから、早く戻ってやりなさい。」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 ペコリと一礼すると、ニロは台車を方向転換させて帰路につく。

 一袋とはいえ中々重く、力を込めて前に進む。

 

「よいしょっ、よいしょっ」

 

 小さな声を漏らしながら、ラビットハウスへと歩を進める。

 その時間は行きよりも遅く、1時間以上と結構かかってしまった。

 

「ふぅ、疲れた……」

 

 裏庭に着き台車を止めたニロは、乱れた呼吸を直すため暫ししゃがむ。

 重い荷物を運んできたことにより、まだ春だというのに汗だくになってしまっている。

 息が戻ると、あらかじめ持ってきたタオルで顔を拭きつつ、ラビットハウスに入っていく。

 台車では入っていけないため、リゼを呼んで持ってもらうのである。

 

「お姉ちゃん、ただいま……?」

 

 カチャっと扉を開け店内へ入りながら、何時もチノが立っている場所へ顔を向ける。

 そこには、薄水色・紫色・ピンク色……ピンク色?

 はて? この人は誰だろうか? なんでうちの制服を着ているのだろうか?

 疑問を持ちニロは小首を傾げた。

 

「チノちゃんリゼちゃん、この子は? それに今お姉ちゃんって……」

 

 それは相手側も同じだったようで、同じく小首を傾げながらチノとリゼに尋ねた。

 なぜか顔が生き生きとしている。

 互いに小首を傾げていると、チノが口を開いた。

 

「ココアさん、この子は先程言った私の弟です。名前はニロと言います。

 ニロ、この人は今日下宿しにきたココアさんだよ。ココアさんは下宿する変わりにうちで働いてくれるそうなんです。ほら、挨拶して」

 

「あ、うん。えっと、は、初めまして、香風ニロと言います。よろしくお願いしますココアさん」

 

 急な事で少々戸惑いながらも、ペコリとお辞儀をする。

 その姿に、満面の笑顔を浮かべ手を振りながらココアが返答する。

 

「うん! 今日からお世話になるココアです、よろしくねニロ君!!」

 

 そう言うと、上機嫌で今にもスキップしそうな歩みでニロに近づく。笑顔なのが逆に怖い。

 

「ねえねえ! ニロ君って何歳なの?」

 

「えっと、9歳です……」

 

「9歳!? まだそんなちっちゃいのにお店を手伝ってるの!? すごいねー!」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 なにこの人テンション高い。

 どちらかと言えばチノと同じ内向的な性格であるニロは、ココアの怒涛の大攻勢にタジタジとなる。

 そしてチノの眼光が鋭くなる。何かに警戒しているようだ。

 だが、そんなことに気付かずココアは続ける。

 

「ところで、さっき言った”お姉ちゃん”って……チノちゃんのこと?」

 

「はい、そうですけど……」

 

「そうなんだ! でもチノちゃんより私のほうが年上だし、それに今日からここに下宿するからニロ君とは家族同然になるんだよ! だから遠慮せず私のことも”お姉ちゃん”って呼んでもいいんだよ?」

 

「なぁっ!?」

 

 ココアのお姉ちゃん発言に、チノが女の子が出してはいけないような声を出す。

 その顔は驚愕に染まっており、とても大人びているチノとは思えない。

 しかし、お姉ちゃんと呼ばせたいココアはそれにも気付かずニロの手を握りながら続ける。

 

「あの、ココアさん?」

 

「あ! でもお姉ちゃんだとチノちゃんと被っちゃうか。なら”ココアお姉ちゃん”って呼んでもいいよ?」

 

「えっと、あのココアさん」

 

「ほら、ココアお姉ちゃんって呼んで!」

 

「あうあう」

 

 ―――あれ? ワシ似た様な光景見たことある。

 

 チノの頭の上で見守っていたティッピーは既視感を覚えた。

 

「だ、ダメですっ!!」

 

「ぬわぁーーー!?」

 

 プルプルと震えていたチノは、ココアのお姉ちゃん連発に耐えられずに飛び出した。

 思わずティッピーが転げ落ちるが、チノはそんなことを気にも留めない。

 チノはニロとココアの間に割って入り、そしてニロを抱きしめながら叫んだ。

 

「ニロのお姉ちゃんは私だけです! この座はだ、誰にも渡しませんよ!」

 

「はえっ!?」

 

 これまで物静かな印象を与えていたチノの突然の豹変に、ココアは呆気をとられて間抜けな声を出した。

 肘を曲げて手を平を胸の前に持っていき、目を白黒させながら口を半開きにしている。

 そんなココアを、チノはむうぅっと睨みつける。

 

 奇妙な膠着状態が10秒くらい続くが、ここで何かに気付いたチノが鼻をスンスンと鳴し始めた。

 汗臭い匂いがした。匂いを辿ると、ニロから漂っている。

 

「どうしたの二ロ、こんな汗だくで……」

 

「ふぇ?」

 

 急展開に付いていけず思考停止していたニロは突然の問いに戸惑いの声を出す。

 そして急速に意識を取り戻し、答えた。

 

「あっ、コロンビアの袋を運んでたからそれで疲れて……」

 

「それは大変、このままじゃ風邪ひいちゃいます」

 

 そう言うや否やを抱くのを止めニロの右手を掴み、廊下に続くドアノブを握りながらリゼに振り返った。

 

「リゼさん、申し訳ありませんがニロをお風呂場に連れてきます。少々お店の方をお願いできますか?」

 

「あ、ああっ、任された……」

 

 リゼがそう言うと、チノはニロを連れていった。

 バタンッとドアの閉まる音が店内に響く。

 そして、無音。

 

「えっ? あっ? ええ?」

 

 出来事に付いて行けず、ココアは単語にならない声をだしながらクイックイッと首を回す。

 そんな姿に、リゼははあっとため息を付いた。

 

「ココア。チノはいつもは冷静沈着なんだが、ニロのことになるとまあ過保護でな、見境無くなってしまうんだ」

 

「へっ? そ、そうなの?」

 

「ああ……チノにとって、ニロはそれだけ大事なんだ。あまり姉発言は止めた方が良いぞ?」

 

「そ、そんな!? せっかく妹だけでなく弟もできると思ったのにっ!?」

 

「チノはもう妹確定なのかよ……」

 

 両手を頬に当て目元を暗くしムンクの叫びの如くの表情をするココア。ガーンという背景音が聞こえそうである。

 そんな常識外れなポジティブさに、呆れたようにリゼが言った。

 

「むむむ~っ!! 諦めないよ! 何としてでもチノちゃんを認めさせ、ニロ君の立派なお姉ちゃんになって見せる!!」

 

「あの状況でよくそんな事思えるなお前!?」

 

 もはやなにも言うまい。

 脱力感に襲われるリゼであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? でもニロ君のお姉ちゃんがチノちゃんだったら私は姉の更に上―――お母さんっ!?」

 

「いやほんと何言ってるんだよ!?」

 

 

 

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