香風家の長男   作:ごちうさ難民

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第三羽 克服

 

 

 

 

 

「じゃあなっ」

 

「お疲れさまでした」

 

「またねー」

 

「バイバーイッ!」

 

 

 

 夕方、営業時間が終わったラビットハウスの前で、ココア・チノ・ニロの3人はバイトを終え帰宅するリゼを見送った。

 ココアは手を大きく振り、チノは肘を曲げた状態で手を振り、ニロは敬礼を送っている。

 見送り終わると、3人はラビットハウスへと入っていった。

 

「いやー、ラビットハウスでの仕事、疲れたなーっ!」

 

「まあ、初日にしては良かったと思いますよ」

 

「ホントッ!? やったあ!」

 

 客が誰も居ないガランとした店内を歩き、ぐいっと伸びをしながらココアが言う。

 それに対し、チノは若干賞賛の入った返事を返した。

 間に受けたココアは素直に喜ぶ。

 

「ニロ君は初日の私の働きっぷりどうだった?」

 

「ぴぃっ!?」

 

 チノに身を隠しながら歩いていたニロは突然ココアに問われた事により鳥のような声を上げながら身を竦ませ、よりチノの身体に接近してココアの視界に入らないようにする。

 先程のココアの迫りに若干の恐怖心を持ってしまったニロは、以後ココアに対しずっとこのような調子になってしまったのだ。

 ぶっちゃけ丸分かりで無駄な努力であるが、本人は至って真面目に隠れているつもりである。

 

「あはは……これは随分と警戒されちゃってるね……」

 

「そりゃ初対面であんなに迫られたら警戒心持ちますよ」

 

 苦笑いをしながらポリッと頬を掻くココアに情け容赦ないチノの突っ込みが入る。その目はジト目だ。

 それに対し、ココアは”あはは~”と笑う事しかできなかった。

 

「笑い事ではありませんよまったく。良いですかココアさん? ニロの姉は私なんですから、勝手に呼び方を強制したらダメですよ」

 

「わかった! じゃあチノちゃんがお姉ちゃんって言ってくれればニロ君のお姉ちゃんにもなれるんだね! だからお願いチノちゃん、お姉ちゃんって……っ!」

 

「呼びません」

 

 両手をパンッと合わせて頭を下げるココア。それを日本刀の如き切れ味で一刀両断するチノ。取り付く島が無いとはこの事である。

 そうこうしている内に、3人は食堂に着いた。

 

「ほら、いつまでも隠れてないで、夕飯の支度しますよ」

 

「うん……」

 

 内心ではずっと引っ付いても構わないと思っているが、流石に料理をするには邪魔である。

 断腸の思いで引き離す。時には厳しくせねばならぬのだ。

 ココアをチラチラと見ながらちょっとビクビクとしているニロを見ながらチノは自分に言い聞かせた。

 

「夕飯はシチューでいいですか?」

 

 エプロンを付け髪をツインテールにしながらチノは横目でココアに確認をとる。

 特に嫌いではないようで、ココアははにかみながら言った。

 

「大丈夫だよ、野菜切るのは任せて!」

 

「いえ、私とニロがやるので大丈夫です」

 

「ええっ~……」

 

 料理。お姉ちゃんの頼りがいを見せるチャンス。

 そう思ったココアは自分もやると志願するが、見事に不採用となった。

 もっとも、パンしかまともに作った事の無いココアにはたして姉の頼りがいを見せられるかどうかは不透明であったが。

 

「私はニンジンを切るから、ニロはジャガイモをおねがい」

 

「うん、わかった」

 

 チノがまな板を洗いながら言い、ニロは冷蔵庫からシチューと付け合せのサラダの材料を取り出しながら返事をした。

 お互いの役割を理解している寸分の迷いの無い、見事なコンビネーションである。

 そしてチノは洗った2枚のまな板を並べ、ニロはボウルに入れた野菜をまな板の横に置く。

 準備が整うと、2人並んで野菜を切り始めた。

 

 トントントン

 

 食堂に野菜を切る音が響き渡る。

 刃物を使ってることもあって、その顔は真剣である。

 チノは慣れた手付きでニンジンの皮を剥き乱切りにし、ニロは多少不器用ではあるが許容範囲で皮を剥きひと口大に切っていく。

 

「チーノちゃん、ニーロ君っ」

 

「はいっ……?」

 

 野菜を黙々と切っていると、どこか楽しそうな音色を漂わせた声が聞こえた。

 2人は手を止め、顔を上げる。

 椅子に座っていたココアは何時の間にか台所の近くに来ており、それに気付いたニロは半歩後ずさった。

 

「ジャジャーンッ!」

 

 天幕が開けて何かが表れるような効果音を言いつつ、ココアが2人に携帯の画面を見せた。

 その画面には、ラテアートの写真が映し出されている。

 

「これ、私たち……?」

 

「そうだよっ! さっき密かに作ってたの」

 

 チノがほうっと感心したような息を出すと、ココアは嬉しそうに笑う。

 そこには、チノ・ニロ・リゼ・ココアの似顔絵がラテアートで描かれていた。

 画力はお世辞にも上手いとは言えない。

 だが、初めて一日も経ってない初心者が各人の特徴を描き、それが誰か分かるように工夫が施されている。

 そこがチノを感嘆とさせた。

 

「ほら、ニロ君。みんなの似顔絵だよ、どうかなー?」

 

 ニコニコと笑いながらココアが画面をニロの方へ向ける。

 首を伸ばして画面を見ていたニロは急に自分に向けられてビクッとする。

 

「えっと、その、上手だと思います……」

 

「えへへ、ありがと」

 

 パアッと、花でも咲きそうな笑顔をしながら優しい声でお礼を言う。

 それを聞いたニロは、警戒心とも羞恥心ともとれるような複雑な感情が渦巻き、包丁を置いて再びチノの背中に隠れてしまった。

 

「あははっ、照れちゃったのかな?」

 

 そんな姿に、ココアは小動物を観察しているようなほんわかとした気分になった。

 チノも、ニロを横目で見ながらクスッと微笑んでいる。

 っと、ここでノック音が響、扉が開いた。

 バーテンダーの制服を着たダンディーな中年男性が入ってくる。

 

「何者……?」

 

 はじめて見る人物に、ココアは呆気にとられたような声を出した、

 そんなココアに、タカヒロに近づきながら解説を入れるようにチノが言う。

 

「こちら父です」

 

「君がココア君か、この家もより賑やかになるな。これからよろしく」

 

「あっ、おっ、お世話になります!」

 

 流石に歳の離れたタカヒロには、多少緊張した様子でペコリと挨拶をする。

 

「こちらこそ、チノとニロをよろしく。じゃっ……」

 

 そう言うと、タカヒロは食堂から出て行った。因みにティッピーはタカヒロが頭を下げた瞬間にチノからタカヒロの頭へと乗り移り共に消えていった。

 

「お父さんは一緒に食べないの?」

 

 どこかに行ったタカヒロに疑問を抱き、ココアは尋ねた。

 

「ラビットハウスは夜になるとバーになるんです。父はそのマスターです」

 

「へえぇっーそうなんだ! なんかウラの世界の情報提供しそうで、カッコイイねっ」

 

「……なんの話ですか」

 

 手を顎に当てて目をキュピンと光らせるココアに、チノは呆れた声しか出せなかった。

 

 

 

 

 

「もうそろそろかな?」

 

「もうすぐです」

 

 タカヒロの挨拶から数十分が経過し、料理も最終段階へと入っていった。

 鍋の中に入ったクリームシチューがコトコトと煮え、食欲をそそる匂いを漂わせている。

 この状態になると人手は1人で十分であり、鍋をかき混ぜているチノ以外は手持ち沙汰である。

 自然、ココアがどんどん喋っていく。

 

「何か、こうしていると本当に弟妹ができたみたいだね」

 

 暫しチノとココアが会話をした後、口元に右手を置きはにかみながらココアがそう言った。

 

「弟妹、ですか……」

 

 そう呟くと、チノは辺りを見渡した。

 右側にはニロが立っており、チノの服の裾を掴みながら鍋の中を覗いている。

 左側には何時の間にかココアが立ち、常に笑顔で楽しそうに話しかけてくる。

 

 ―――確かに、そう見えるのかもしれない

 

 周囲を観察したチノは素直にそう思った。

 

「ココアお姉ちゃん、ですね……っ!」

 

 そしてふっと、無意識に言ってしまった。

 自分が何を言ったか即座に気が付き”しまった”と左手で口を押さえるが、時既に遅し。

 恐る恐るといった様子でココアに振り向くと、そこには案の定と言うべきか、狂喜して色々と叫んでいるココアがいた。

 両手を頬に当て、これぞ至高といった蕩けた表情をしながら左右にステップを踏んでいる。

 それを見たニロはこのまま抱きついてくるのではないかと危惧し背を壁に預けてしまった。

 

「チノちゃんもう一回言ってー! いや~んっ」

 

「い、今のは幻聴です、私は何も言ってません……」

 

「えっー? 何で私の幻聴がチノちゃんにも聴こえてるのかなー?」

 

「~~~っ!! し、知りませんっ!」

 

 そういうと、チノはプイっとココアから顔を逸らした。

 姉の尊厳も合ったものではなかった。

 

「あっ! でもチノちゃんがお姉ちゃんって言ってくれたから、私もニロ君のお姉ちゃんに―――」

 

「ココアさんシチューができましたっ! 注ぎますのでお皿持ってください!」

 

「うん、まかせてっ」

 

 ニロにも被害が及びそうになると、チノは慌てて話題を変えた。

 それに対し、ココアは特に反論せず従った。

 チノと初めての姉妹作業というのもやってみたかったのである。

 

 ココアが皿を出すとチノがシチューを注ぎ、それをテーブルへと運んでいく。

 それを三往復繰り返すと、夕食の準備が整い各人が席へと付く。

 チノとニロは隣になるように座り、ココアはチノと対面するように座る。

 

「それでは、いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきますっ!」

 

 チノの後に2人が復唱し、夕食を食べ始めた。

 

「ねっ、チノちゃん。お願い、もう一回?」

 

 食事の最中にも、ココアがぶりっ子のような声でお願いし続ける。

 その間にも少なくなったコップに水を足すなど姉としての頼りがいをアピールするが、チノは完全無視で食べ続ける。

 

「ご馳走様でした」

 

「ごちそーさまでしたっ」

 

「ご馳走様でしたっ!」

 

 そう言い終えると、3人は食器を流し台に持っていく。

 そしてチノとニロは、食器に洗剤を付けて洗い始めた。

 じゃぶじゃぶと汚れを落としていく。

 

「おねがい、もういっかいっ……」

 

 流し台を両手で掴み、にゅっと海坊主の如く頭を出してお願いするココア。

 それに対し、チノはまたもや沈黙を返答としたのであった。

 

 

 

 

               ☆ 

 

 

 

 

「はあっ……」

 

 チャプンっと、お湯が揺れる。

 それと同時に、小さなため息がお風呂場に響き渡った。

 チノは小さく抑えたつもりだったが、予想以上に大きく反響してしまった。

 今日は妙に疲れた。

 

「……お姉ちゃん。僕、ココアさんとちゃんとやっていけるか心配……」

 

 一緒に入っていたニロがそう呟くと、お風呂に浮かんでいるうさぎの人形を掴み、ぎゅっと押す。

 

 でっていう

 

 人形の音が響き渡った。

 最初の対面以後、ニロは未だにココアとまともに話せていない。

 あの興奮した様子で迫ってくるココア。あれのせいでどうしても苦手意識が湧いてしまうのだ。

 第一印象が良くなかった。それだけでここまで引きずっている。

 

「ニロは、ココアさんのこと、嫌い?」

 

「嫌い……じゃない。でも、よくわかんない」

 

 チノの問いに、ニロは首を振った。

 水面に波が立つ。

 

「そっか。私も、ココアさんのことは嫌いじゃないよ」

 

―――変な人ではあるますけどね。

 

 内心でそう付け加えつつチノが言う。

 常にハイテンションで、来店時にうさぎが居ないと叫んだりお姉ちゃんと呼べと言ってきたり、とても常識的な人には見えない。

 けれど、不思議と嫌悪感は湧かなかった。

 それがココアの人柄なのか、それともラテアートのように仲良くなろうと努力しているのか。あるいはその両方か。

 そこら辺はニロも感じている。悪い人には見えなかった。

 

「焦らなくてもいいから、まずは私に隠れないようにしないとね」

 

「うんっ……」

 

 蚊の鳴くような声でそう言うと、ぶくぶくと頬まで沈みながらニロはチノの手をぎゅっと掴んだ。

 チノはその手を拒むことなく、握り返した。

 2人とも無言になる。

 その状態が数十秒続いた。

 

「チノちゃーん、ニロくーん、一緒に入ろ。ココア風呂だよっ!」

 

 波と風の音しか聞こえない風呂場に、元気の良い声が反響した。

 驚いて振り向くと、そこにはバスタオルを身に纏い手を振りながら風呂場に入ってくるココアの姿があった。

 突然のことにニロが慌ててチノの背中に隠れる。

 

「はぁー気持ちいいねー。生き返るー」

 

 ジャブンと肩まで湯船に浸かったココアは、ほうっと息を吐く。そして続けて言った。

 

「ねっ、今日は一緒の部屋で寝ても良い?」

 

「一緒に、ですか?」

 

「うんっ」

 

 笑顔でそう言うと、ココアはうさぎの人形を握る。

 

 でっていう

 

「荷物まだ届いてないし、いっぱいお話したいことあるし!」

 

「私は構いません。ですが……」

 

 ココアの言葉に、チノは語尾を濁すと後ろを振り返りニロを見る。

 それに釣られてココアもチノの後ろを見ると、ニロが視線に気付き身を縮こませた。

 それを見たココアは察した。

 

「あっ、もしかして、チノちゃんとニロ君の部屋って一緒なの?」

 

「はい、そうです」

 

「そっか」

 

 そう言うと、ココアは渋い顔を作った。

 自分の行動が、ニロを怯えさせてしまったという事は自覚している。

 末っ子だったココアは、姉に憧れていた。

 けれど、どうすれば姉になれるのか分からない。

 下宿先の年下の子の姉になろうと色々試して、結果がこれである。

 何とか仲直りしようとするが、ニロはチノに隠れて出てこない。

 ココアにとって、ニロの事はこの街に来て最大の汚点として残っていた。

 

「……ねえっ、チノちゃん、ニロ君」

 

 お互いだんまり込んでしまって数十秒。ココアが口を開いた。

 

「私ね、実家では末っ子だったから、お姉ちゃんに憧れてたの」

 

「それであんなに呼ばれて欲しかったのですか……」

 

「うんっ。……だからね、チノちゃんとニロ君に初めて合った時嬉しかったの。妹と弟ができるって」

 

「いやちょっと待ってください」

 

 ココアの言葉に、チノがツッコミを入れる。

 それにあはは~っと苦笑いをしつつ、”でもね”っと続ける。

 

「私、この街に来た事とお姉ちゃんになれるって気持ちが先行しちゃって、舞い上がっちゃったの……だから、ニロ君につい強引に迫っちゃって……」

 

 ココアにしては小さい声でそう言うと、しょぼんとした顔をする。

 

「ごめんねニロ君、怖かったよね。ダメだよね、ニロ君の気持ちも考えずに自分の気持ちを押し付けちゃって。こんなんじゃお姉ちゃん失格だよ……」

 

 ぽつぽつと語るように言うココア。心なしか目尻に涙が溜まっているように見える。

 店内や食堂で見せた元気溌剌の姿が嘘のようである。演技ではなく、本当に後悔してるよう感じられた。

 そんな姿に、ニロは動いた。

 

「あの、その、ココアさん……」

 

 チノの背中からひょこっと顔を出し、あわあわと戸惑いながらもココアに目線を合わせる。

 

「えっと、確かにあの時はびっくりしましたし、ちょっと怖かったです。でも、ココアさんの事は嫌いじゃありません。お話も面白いし、笑顔も素敵です。だから、その……」

 

 ごもごもと口元を動かし、つたない言葉で伝える。

 

「その、元気出してください。そんな顔、見たくありません……」

 

 チノの頭から顔を出し、心配そうな目でココアを見つめる。

 それを、ココアは驚いたように目を大きくし、口を半開きにしながら聞いていた。

 やがて、涙を手で拭き笑顔を見せながらココアが喋る。

 

「ありがとう励ましてくれて。えへへっ、9歳の子に励まされるなんて、何か恥かしいな」

 

 照れたように顔を赤くし、左右の人差し指をつんつんと当てる。

 そして、バッと右手をニロに差し出した。

 

「ニロ君、仲直りの握手しよ!」

 

 先程の落ち込みは何だったのか。思わずそう思ってしまう程の弾ける笑顔でココアは握手を求める。

 

「握手、ですか……?」

 

「うんっ! 喧嘩した後は、握手で仲直りするんだよ!」

 

 そう言うと、”おいで~”と言いつつ右手を上下にパシャパシャと揺らし始めた。

 それを、ニロは思案顔になりながら見つめている。

 戸惑っているのだ。

 

「ほら、がんばって」

 

 取ろうか否か。迷っているとチノが小声で声援を送る。

 それと同時に、自分が付いていると言い聞かせるようにずっと握っていた手に更に力を込めた。

 それを受け、ニロは決意した。

 

 そろそろとチノの背中から這い出し、ココアの右手に近づく。

 そして自身の右手を差し出し、恐る恐るといった様子でココアの右手を掴もうとする。

 その様子を、チノは我が子の成長を見守るかのように、ココアはドキドキとした顔持ちで見つめていた。

 

 

 ぎゅっ

 

 

 遠慮をしているようなか弱い力で、ニロが自身の右手とココアの右手をつないだ。

 その瞬間、ココアの歓喜が爆発した。

 

「わーっ! やったねニロ君! これで私たち仲良しだよ!」

 

 嬉しさのあまり右腕を上下に振りつつ、えひひと笑顔が漏れる。

 それに釣られて、ニロの顔にも笑顔が浮かんだ。

 

「あっ、笑った! うんうん、やっぱり笑顔の方がかわいいよ!!」

 

 ニロの笑顔にそう賞賛するココア。男にかわいいと褒めるのはどうだろうか。

 が、ココアとしてはただかわいいモノをかわいいと言っただけである。そんな事考える頭は無かった。

 

「そうだ! 一緒に洗いっこしよっ!」

 

 ナイスアイディア。素晴らしい発想をしたといった感じでココアはザバァッと立ち上がった。

 それに連動し、ココアと手を繋いでいたニロの上半身が立ち上がる。

 っと、ここで成り行きを見守っていたチノが動いた。

 

「いえ、ニロはいつも私と洗ってますから、今日も私が洗います」

 

 幾分か嫉妬の入った声でそう言うと、チノも同じく立ち上がった。

 ”姉の立場は渡さぬぞ”

 そのような気迫が漂っている。

 が、相手は絶賛ほわほわ中のココア。その気迫に全く気付かない。そればかりかあまり構ってもらえなくて拗ねているという自己解釈までしまう。

 

 

 ―――これは、お姉ちゃんになれるチャンス!

 

 

 キランと目を輝かせ、意気込むココア。

 

「心配しないで! チノちゃんもちゃーんと洗ってあげるから!」

 

「いえ、そうではなくて……」

 

「だいじょーぶ! 私洗うの得意だから! お姉ちゃんにまっかせなさーいっ!」

 

「ココアさんお願いだから話聞いてください!?」

 

 空いてる左手でチノの背中を押しシャワーまで誘導するココア。先程の威勢は何処へやら、チノはされるがままになっている。

 そんな光景を面白いと感じたニロは、小さな声を漏らしながら笑った。

 

 既に、苦手意識は消えていた。

 

 

 

 

 

               ☆ 

 

 

 

 

 

 風呂から上がった3人は、それぞれの時間を過ごしていた。

 ココアがチノの髪にドライヤーを吹きかけていた時に抱きつき、持っていた人形をぶつけられるという一コマもあったが、おおむね平穏であった。

 ピピピッと、ココアは窓から顔を出し夜風に当たりながら携帯電話を操作する。

 

「これでよしっと、送信」

 

 そう呟くと、ココアは送信ボタンを押した。宛て先はリゼである。

 

「ココアさん、何してるんです?」

 

 携帯電話をパタンと締め、ふうっと息を付いた時、後ろから声がかけられた。

 ココアは後ろを振り向く。そこには、若干首を傾げているニロの姿があった。

 風呂に入った後、ニロはもうチノの後ろに隠れなくなった。それどころか、こうして話しかけてくれる。

 夢のお姉ちゃん第一歩。ココアは満足感を得ていた。

 

「ラテアートの画像をリゼちゃんに送ってたの! 1人だけ仲間外れにされても寂しいからね」

 

「優しいんですね、ココアさん」

 

 微笑みながらそう言うニロ。

 本当にあの警戒していた頃とは大違いだ。

 

「そういえば、こうして2人きりで話すのは初めてだね。チノちゃんは?」

 

「喉が渇いたそうなので、お水を飲みにいってます」

 

「そっか。じゃあチノちゃんが戻ってくるまで、2人でお話しよっか」

 

 そう言うと、ベットの上に腰掛けたココアは隣をポンポンと叩く。

 それに、ニロは素直に従いとてとてと近づきココアの隣にぽふっと腰掛けた。

 

「えへへっ、こうして座ってると本当の弟みたいだね。」

 

「そうですか?」

 

「うんっ! だからね、ココアお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

 

「……お姉ちゃんは、チノお姉ちゃんだけです」

 

「あらら、拒否されちゃった……」

 

 バツが悪そうに、しかししっかりとした口調でニロは告げる。

 それに対し、ココアは苦笑いをしながら後頭部を搔いた。

 

「やっぱり、チノちゃんは好き?」

 

「うん、大好き」

 

「わぁ、直球。でも分かるな、私もお姉ちゃんやお兄ちゃん大好きだし」

 

 ”元気にしてるかな~”っとココアは呟く。

 そんな家族の安否を気にしているココアの姿に、疑問を持ったニロが口を開いた

 

「ココアさんは、なんでこの街に来たんです?」

 

「え? えっと、そうだね~」

 

 問われたココアは、人差し指を口元に当てるとむむむと考える。そして答えた。

 

「私ね、小さい頃この街に来た事があったの」

 

「そうなんですか?」

 

「うんっ。もしかしたら、ニロ君に会ってたかもしれないね―――でね、その時にここの街がとっても素敵だって感じて、いつか住んでみたいと思ったの」

 

「それで、ここに?」

 

「そうだよ! 親元を離れるのは寂しいけど、それでもここに来て良かったって思ってる。チノちゃんやニロ君、リゼちゃんにも会えたしね!」

 

 ニコニコと、いかにも嬉しそうな笑顔を浮かべながらココアは言った。

 そんな幸せそうな表情のココアを見て、ニロもえへへとはにかんだ。

 

「僕もココアさんと会えてよかったです」

 

「ふおおぉっ!? 嬉しい事言ってくれるねー!!」

 

「わっ」

 

 出会った当初は顔も合わせてくれなかった。だが、今は会えてよかったとまで言ってくれる。

 ちょっと照れた笑顔でそんなことを言うニロに、ココアは歓喜が怒涛のように打ちつけ、勢いに任せて抱きついた。

 抱きつかれてニロは驚いた声を上げるが、拒みはしない。

 

「わーっ、ニロ君の身体もチノちゃんみたいにもふもふしてるね! ほっぺはモチモチー!」

 

「あうあう」

 

 スリスリと自分の頬とニロの頬を擦り合わせる。

 どうしていいかわからず、ニロはされるがままになっていた。

 

「……ココアさん、なにをしているんですか」

 

 夢中で頬をぐりぐりと擦っていると、トーンが下がっている声が聞こえた。

 その声を聞いたココアは、直感した。

 こいつはやばいと。

 

 ピタっと動きが止まり、固まった笑顔のまま顔をギギギと声のする方角に向ける。

 そこには嫉妬の鬼がいた。

 ほっぺをぷくっと膨らませ、ジト目でココアをにらめつける薄水色の髪をした鬼がいた。

 正直かわいさしかない。

 

「ココアさん、ニロを放してください」

 

「あっ、はい」

 

 あははっと空笑いをしながらココアはニロを解放する。名残惜しそうではあったが。

 そしてチノはてくてくとベットまで歩み、ニロの隣に座りそのまま抱きつつココアに言い放った。

 

「ニロに抱きつけるのは姉である私だけの特権です。ココアさんは抱きついちゃダメです」

 

「そ、そんな理不尽なっ!?」

 

「ダメなものはダメです」

 

 慈悲の無い答え。その光景はまさに独裁者そのものであった。ココア史観ではあるが。

 だが、ココアも負けてられない。ピンっと良い考えが思いつき意地悪な顔をしながら言い放った。

 

「えぇ~っ……じゃあ、変わりにチノちゃんをいっぱいぎゅってしちゃうよ?」

 

「な、なんでそうなるんですかっ」

 

「まあまあ、よいではないかよいではないか」

 

 わきわきと両手を動かしつつチノに近づく。

 それに対し、チノは持っていた人形をココアの顔面目掛けてぶん投げた。

 ほげっと呻き声を上げ、ココアはベットへ突っ伏した。

 

「まったく、あまり調子にのらないで……ココアさん?」

 

 突っ伏したままピクリとも動かないココアに、心配したチノが問いかける。

 すると、ふふふっと笑い声が漏れ出した。

 

「あはははっ、なんか姉妹喧嘩してるみたいだね」

 

「な、なに言ってるんですか」

 

「ほら! もっと人形投げてきて!」

 

「投げません!」

 

 

―――ココアさんといると調子が狂う。

 

 

 両腕を広げ目を煌かせながら人形を投げて来いと言うココアにチノはそう思った。

 こんな人今まで見たこと無い。

 

「えへへっ、ねえチノちゃん、ニロ君」

 

「今度はなんですか……」

 

「なんです?」

 

 また何か変な事を言うのか。チノは警戒してなげやり気味に、ニロは純粋に尋ねる。

 それに対し、優しさの混じった笑顔でココアが言った。

 

「この街、とっても素敵だね!」

 

「そう、ですか?」

 

「うんっ!」

 

 そう言うと、ココアは近づきチノとニロの手を取った。

 

「私、この街に来てよかった! これから沢山楽しいことがありそう!!」

 

 嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる。

 そんな充実感溢れるココアの姿に、チノは先程の複雑な感情が消散としていく様を感じた。

 自然と、微笑む。

 

「ココアさん、よろしくお願いします」

 

「お姉ちゃんとして頑張るねっ!」

 

「やっぱりちょっと待って下さい……」

 

「えぇ~? 今日は一緒の布団でねーる」

 

 うぐっと、チノが照れたように言葉を詰まらした。

 そんなキャイキャイとしたやり取りを見つつ、ニロはにへらと笑いぎゅっとココアとつないだ手を握りながら言うのだった。

 

「よろしくです、ココアさん」

 

 

 

 

 




ニコニコの字幕のせいでお風呂の人形の音がでっていうにしか聞こえない
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