香風家の長男   作:ごちうさ難民

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第四羽 二日目

 

 

 

 

 

 ちゅんちゅんと、小鳥のさえずりが窓の外から聞こえる。

 上り始めた朝日の陽が部屋を照らし、朝が来た事を知らせてくれた。

 新聞配達の音が鳴る以外、街はまだ静かであった。

 

 その静けさは、ラビットハウスにも該当する。

 ラビットハウスの2階。チノとニロの部屋には規則正しい寝息以外聞こえてこなかった。

 

「んっ……」

 

 そんな静けさを、不意に破る音がした。

 小さな声を漏らすと、もぞもぞと服が擦れる音が聞こえる。

 それまで瞑っていたニロの目が、薄めで開かれていた。

 

「いま何時……?」

 

 くいっと首を上げ、頭上にある目覚まし時計を見つめる。

 針は午前5時と指していた。

 どうやら、少し早く目覚めたらしい。

 

「なんだ、5時か……」

 

 眠そうな声でそう言うと、ニロはまた眠ろうとする。

 だが、腹辺りから違和感を感じた。何かに締め付けられているようである。

 何事かと、布団を捲って確認する。

 そこには、腕があった。4本の腕が左右に突き出てニロのお腹に抱きついている。

 

 顔を右に向けると、そこには姉であるチノの寝顔があった。すうすうと寝息をたてて気持ちよさそうに眠っている。

 左に向けると、そこには見慣れぬ、いや昨日知り合ったばかりの居候、ココアの寝顔があった。こちらは何か食べている夢でも見ているのか、涎が垂れている。

 2人の顔を見て、ニロは思い出した。昨日は3人で川の字になって寝たことを。

 

 交互に顔を見たニロは自分に巻きついている腕をぽけっと見つめ、そしてふっと微笑んだ。

 右手でチノの手に、左手でココアの手を握ると頭をぽふっと枕に落とし、そして

 

「おやすみなさい」

 

 と呟き再び夢の中に入っていった。

 

 

 

 

 

「ほら起きて、朝だよー」

 

 ゆさゆさと、身体が揺すられる。

 その振動でパッと目が覚めたニロは、眠そうに目をくしくしと擦りながら起き上がった。

 

「おはようお姉ちゃん」

 

「おはよう、ニロ」

 

 朝の、何時もの挨拶である。ニロがにへらと笑い、チノが微笑みながら交わされる。

 ぎゅっと、握ってある手の力を強くした。

 

「ニロ、ココアさんを起こしてあげて」

 

 挨拶をし終えたあと、チノがココアの顔を見ながらそう言った。

 普段ならこの後ベットから出て洗面所に向かう所だが、ニロの隣には目覚まし時計の音にも動じずぐーすかと寝ているココアがいる。

 距離的にチノの手は届かないから、必然的にニロが起こす格好となった。手間の掛かる居候である。

 

「ココアさん、起きてくださいー」

 

「ん~、後5分~」

 

「5分じゃないです、起きてください。」

 

 ゆっさゆっさとニロはココアを揺らす。

 中々起きないココアに、ニロはぷくっと頬を膨らました。朝から良いものが見れたとチノは思った。

 

「んー? あれ、ここどこ?」

 

 ようやく目覚めたのか、薄目を開けたココアが欠伸を漏らしながら起き上がると、第一声に言い放った。

 まだ寝ぼけてるようであった。

 

「ココアさん、ここはラビットハウスです」

 

「ラビット……あ、そうだ。私昨日ここに来たんだっけ」

 

「そうです。あとココアさん起きるの遅いです」

 

「あ、あはは……ごめんね……」

 

 頬を膨らませてぷりぷりと怒るニロにココアは苦笑いを浮かべた。ココアからしてみればかわいいという感想しかないが、ニロは気付かない。

 

「うん、チノちゃん、ニロ君。おはよう!」

 

「おはようございます、ココアさん」

 

「おはようです」

 

 2人を見つめ曇りのない笑顔でそう言うココアに、チノは微笑みながら、ニロは毒気を抜かれにへらと笑いながら挨拶をした。

 

「それでは、歯を磨きに行きますよ」

 

「はーい」

 

 チノに急かされ、ココアはずりずりと身体を動かしながらベットを降りようとする。

 だが、布団から出ると何やら右手に暖かい感触が。

 見ると、そこには小さな手が自分の手を握っていた。

 

「おぉっ……」

 

 それを見たココアは小さな息を漏らすと、目をしいたけにした。

 動いた事によりまだ自分がココアの手を握っている事を思い出したニロは慌てて手を離す。

 

「あっ、その、ごめんなさい……つい手を握ってしまって、迷惑でしたか……?」

 

 身長差故、上目遣いになりながら恥かしそうに二ロは言う。その声は小さく、また怒られないか少し不安な表情を作っていた。

 そんな姿に、ココアは全てを許した、許す事など何も無いがとにかく許した。

 

「ううん、全然迷惑じゃないよ! むしろずっと握っててもいいんだよ!!」

 

「は、はあ……?」

 

 活き活きとした口調でそう言うココアに、ニロは目を白黒させた。

 そして、こういう人だったと思い出した。

 ぎゅっと、今度はココアから手を握ってくる。

 子供特有の暖かさと女の子の暖かさが交じり合い、手がぽかぽかする。

 

「……はやくしてください」

 

 そんなやり取りをしていると、煩わしさと嫉妬の混じった声が聞こえた。

 チノである。むすっと”私不機嫌です”といった顔をしている。

 

「ほら、行きますよ」

 

「わわっ」

 

 ガシっと、空いているニロの手を掴むと、ココアと引き離すように歩き出した。

 ぐいっと、ニロは強制的に立たされる。

 まだベットの上に座っていたココアはニロの手に引っ張られそのまま顔面から転げ落ちた。

 

「ココアさん大丈夫?」

 

「こ、これくらい平気だよ……」

 

 チノの部屋から出て、3人は並んで廊下を歩いていく。

 そんな中、心配したニロにココアは赤くなった鼻を擦りながら笑顔を見せた。転落する中意地でも手を離さなかったのは流石の執念である。

 

「す、すみません、さすがにやり過ぎました……」

 

 赤くなった鼻を見て、チノがバツが悪そうに謝ってくる。

 

「気にしないでチノちゃん。嫉妬してた顔も可愛かったし、眼福だよ!」

 

「し、嫉妬なんかしてません!!」

 

 チノにしては大声で叫ぶと、そのままプイッとココアから顔を逸らした。

 普段は無表情を装っているが、思いの他感情豊かだ。

 お姉ちゃんとしてはもうちょっと笑顔が見たいなと思う次第である。

 

 そんなやり取りをしつつ、洗面所に付いた3人はバシャバシャと顔を洗う。そして歯ブラシを持って、シャコシャコと歯を磨いた。

 初めは2つしかなかったコップは、今は3つになっている。

 

 歯磨きを終えると、洗面所の扉を開けて今度は食堂に向かう。

 

「へえー、朝ごはんはお父さんが作ってるんだ」

 

「はい。父の作る料理はどれも絶品です」

 

「ほぉほぉ! これは楽しみー!」

 

 チノの言葉に、ココアの期待は鰻登りだ。

 そんな会話を一言二言しつつ、3人は食堂の扉を開けた。

 

「おはようチノ、ニロ、それにココア君。」

 

「おはようございます」

 

「おはよう、お父さん」

 

「おはようございます!」

 

 タカヒロの挨拶に、チノとニロは何時ものように、ココアは元気に挨拶を返す。

 何時もの香風家ならティッピーから老いた声が聞こえてくるが、そのティッピーはぴょんぴょんと跳ねているだけである。

 流石は年長者だけあり、ココアに対し配慮しているようだ。何時もこうなら良いのにとタカヒロは思った。

 

「ちょうど料理が出来たところだ。運ぶのを手伝ってくれないか?」

 

「はーい!」

 

 調理台の横に置かれている料理を、3人はテーブルへと運んでいく。

 今日は和食のようだ。

 ご飯にみそ汁、焼き魚や小鉢といったごく普通の朝食が色とりどりに飾られていく。

 

「それじゃ、手を合わせて、いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

「「いただきます」」

 

 タカヒロの挨拶に会わせて復唱し、3人は朝食を食べ始めた。

 初めて食べるココアはわくわくしながら焼き魚の身を取り出し、パクッと食べる。

 

「っ! 美味しい!!」

 

「それはよかった。口に合って何よりだ」

 

 あまりの美味しさに目を見開き、驚愕するココアにタカヒロは安堵の笑みを零した。

 魚の焼き加減や身の締り、そして塩の振り方。どれもが素晴らしい出来だ。

 思わずこの15年間で食べた魚料理は何だったのかと哲学的に考えてしまうほど美味かった。

 

「おかわりも自由だ、沢山食べなさい」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 お礼もそこそこに、ココアは勢い良く朝食を食べる。

 

「ココアさん、そんなに勢い良く食べたら……」

 

「ンッ!? ゲホッ! ゲホッ!!」

 

「わっ、お水お水」

 

 チノが注意しようとするが、時既に遅くご飯粒か気管支にでも入ったのかココアは咽た。

 目に涙を溜め勢い良く咳き込む。

 慌ててニロがコップに水を注ぎココアに渡す。

 

「ングッ、ハァ、ハァ……あー苦しかった」

 

「だから勢い良く食べたらダメだと言ったじゃないですか」

 

「あはは、ご飯が美味しいからつい……」

 

「子供ですかココアさん」

 

 チノの辛辣な言葉にココアはうぐっと息を詰まらせた。

 年下に子供と言われるのは中々来るものがある。

 そんなココアに、ニロがフォローを入れた。

 

「お父さんのご飯美味しいから、気持ちは分かります」

 

「おぉ! ニロ君は私の気持ち分かってくれる!?」

 

「でも咽るのは論外です」

 

 上げて落とす。

 この辛辣さはやはり血が繋がっている姉弟だと実感できたココアであった。

 

 

 

 

 

                    ☆ 

 

 

 

 

 

 美味しい朝食の後は、各自自由時間―――とは言えないのが自営業の辛いところ。

 チノ、ニロ、ココアの3人は食器を片付けた後、更衣室入って制服に着替える。ニロも一緒に着替えているが、2人は別に気にしていない。身長が低い事もあり、異性と見るにはまだ数年必要である。ニロ自身まだ異性とかよーわからん状態にある。

 ちなみにニロの制服はバーテンダーの服を縮小した物であり、母お手製の品だ。

 着替え終わったら、3人はラビットハウスの店内に移動する。

 

「それでは、ココアさんは机を拭いて貰えますか?」

 

「うん、任せて!」

 

 チノからダスターが渡され、ココアは元気良く返事をすると机を拭き始めた。

 チノは箒を持って床を掃除し、ニロはコーヒー豆の在庫を確認する。

 

 それからしばらくの間、3人は開店準備を進めた。

 ふんふんと鼻歌を歌いながらココアは机を拭いていく。だが、ふと違和感を感じた。

 キョロキョロと周囲を見渡す。チノが箒でパッパと床を掃いており、在庫確認をし終えたニロがチリトリを持って埃を捨てに行っている。

 

「そういえば、リゼちゃん今日は来ないの?」

 

 観察した結果、同じバイト仲間であるリゼの姿が見えないのに気が付いた。

 ココアの問いにチノが答える。

 

「リゼさんはバイトですから、私たちみたいにずっとラビットハウスに付きっ切りという訳にはいきません。今日は昼から来る予定です」

 

「そっかー、ラテアートの指導して貰いたかったのになー」

 

「仕事してください」

 

 職務放棄とも聞こえる発言にチノがジト目で抗議した。

 ”あはは”と、ココアは苦笑いをする。

 そんな会話をしていると、チノの背中から声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん、床掃除終わったよ」

 

「あ、うん」

 

 チノは返事をしながら振り返った。

 見ると、チノの集めていた埃は全て無くなっている。

 チリトリを片付けたニロは、とてとてとチノに近づいていく。

 

「ご苦労様、えらいえらい」

 

「えへへ」

 

 スッと、頭を差し出すニロにチノは望み通り頭を撫でた。

 幸せそうにはにかみながらニロは全てを委ねている。

 チノに頭を撫でられるのは好きだ。撫でられる心地よさや暖かさ、姉の優しさが感じられる。撫でられるうさぎの如く、ほにゃっと顔が蕩ける。

 そんなニロをしょうがない子だと思いつつ、甘えてくる姿にチノは非常な満足感を得ていた。

 つまり可愛くて大好きだという事である。撫でるチノも頬が緩む。

 

 ニロの頭を撫でつつ、チノは壁にかけられている時計を見た。

 見ると、時間はまだ余裕がある。普段なら準備が終わる頃が丁度開店時間になるのだが、1人増えた事によって時間短縮ができたらしい。

 

「まだ開店まで時間がありますし、コーヒーでも淹れましょう」

 

「え? 良いの?」

 

「開店時間直ぐに来るお客さんもいませんから……悲しい事ですけど」

 

「わーい! チノちゃんの淹れるコーヒー美味しいから好きなんだー!」

 

 ココアの歓喜に満ちた声を聞きつつ、チノは手をニロの頭から離した。

 撫でられていたニロは急にぬくもりが消え、少し残念そうな顔をする。

 

 

 ―――そ、そんな顔ズルイですこれじゃあもっと撫でたくなってしまいますいやしかしここは我慢あるのみあまり甘やかしては今後の教育に関わりますでももうちょっとぐらい撫でても良いような気がいやいやいや何動こうとしてるんですか私の右手今はコーヒーを淹れる為に働くのですだからって左手も勝手に動かないでください

 

 

 そんな表情を見せられチノの心がグラグラと揺れたが、鋼の意思で耐えた。脳の横暴な独裁政治に両腕が叛乱を起こそうとするが無事に鎮圧された。

 そんな葛藤を胸に、コーヒーを淹れるべくチノはオリジナルブレンドの入った容器を取り出すのであった。

 

 

 

 

 

「サンドイッチとブルーマウンテンおまたせしましたー!」

 

「ありがとう、ここに置いて貰える?」

 

「畏まりましたー!」

 

 ラビットハウスが開店し、店内にはぽつぽつとお客が入り始めた。

 厨房から注文を受け取ったココアは元気良くお客さんの元に届けていく。

 

「えへへー、今日始めての接客だよ。上手くできたかな?」

 

「できてると思います」

 

 笑顔で戻ってくるココアに、ニロが答える。

 最初はぎごちなくなるものだが、持ち前の明るさによるものかココアは笑顔を絶やさず接客をしている。

 この手腕は見習いたいものだ。そう重いながらニロはココアを是認した。

 

「でもあれだね、接客業って大変そうなイメージだったけど、思いの他楽だね」

 

 他にやる仕事もなく、暇を持ったココアはカウンターでコーヒー豆を挽いていたチノに話しかけた。

 

「ラビットハウスは隠れ家的なイメージで作られてると聞いてますから」

 

「ほぉほぉ、何か素敵だね!」

 

「私としては、もうちょっとお客さんに来てもらいたいですけど……」

 

「なぬっ!?」

 

 目を輝かせるココアにチノは目を背ける。孫の思想が自分と反する事を知ったティッピーが驚愕の声を上げた。

 シュンっと、チノが落ち込む。

 

 

 ―――こ、これは私が何とかしないと!

 

 

 寂しそうな顔をしてるチノに、ココアの姉魂に火が付いた。

 

「心配しないでチノちゃん! お姉ちゃんに任せれば大丈夫!」

 

「ココアさん……」

 

「ほら、このラテアートで有名になれば、お客さんがたくさん……あっ」

 

 ダバァっと、ミルクをかけすぎてコーヒーが真っ白になった。

 

「心配しかありません」

 

「あ、あはははは……」

 

 半目で見てくるチノに、ココアは空笑いしかできなかった。

 

 そんな楽しげな会話をしつつ、お客がきたらせっせと働き、また暇が出来たらおしゃべりに興じる。

 そういったライフサイクルを続けていると、時間は早く過ぎるものだ。

 ガチャっと、扉が開かれる音がした。正面の扉ではなく、後ろから聞こえてきた。

 昼飯時なだけあって少し増えたお客を捌いていたココアは後ろを振り返る。

 

「おお、やってるな」

 

「あ! リゼちゃんだ!」

 

「こんにちはです」

 

「こんにちはー」

 

「ああ、こんちは」

 

 制服姿のリゼが入ってきたことにココアは喜び、チノとニロは会釈をしながら挨拶をした。

 

「どうだココア? 少しは慣れてきたか?」

 

「ふっふーん。この私にかかれば、接客業なんてなんでもないよ!」

 

「ココアさんコーヒー零れます!」

 

「わあああぁっ!?」

 

 コーヒーの載ったおぼんを持ちながら変なポーズをとろうとして、危うくコーヒーを床にぶちまけそうになる。 チノの指摘にココアは慌てて身体のバランスをとった。

 

「ど、どうやら、まだまだみたいだな……」

 

「ココアさん早く運んでください」

 

「すみません、さー!」

 

 ココアの醜態にリゼは苦笑いし、チノは冷たい目をしながらココアに言い放った。

 涙目になりながらココアはコーヒーをお客さんに運んでいく。

 

「まったく、おっちょこちょいな人です」

 

「でも、ココアさんがいると賑やかだよ」

 

 呆れ顔でチノは呟く。

 意図していないが隣でカップを拭いていたニロにその呟きは拾われ、返事が返ってきた。

 その言葉に、チノの目線は前を向いた。

 

 お客さんに先程の失態をからかわれ、ココアは恥かしそうにしながら弁解している。

 どちらの顔も、笑顔だった。少なくともお客さんには不快な感情は見当たらない。

 

「確かに、ココアといると退屈はしないよな」

 

 同じくココアの仕事ぶりを見ていたリゼが微笑みながら言った。

 ココアが来る以前のラビットハウスは、静かだった。騒がしいという言葉など無縁の店だ。

 だが、今はどうか。ココアの仕草一つに翻弄され一息付く暇もない。

 それを喧しいの一言で言い切ればそうなるが、それを”楽しい”と感じ始めている自分がいるのもまた事実であった。

 

「これは、ラビットハウス看板娘交代の日も近いか?」

 

「……ココアさん如きには負けませんよ」

 

 マスターの孫の自分が入って2日目の新人に負けて堪るか。

 肘でつんつんしてくるリゼに、ふっと微笑みながら余裕を見せた。

 

「いやーごめんねみんなー」

 

「まったくです。ココアさんはもう少し落ち着きというのを持つべきです」

 

「うぅ~、チノちゃんが何時にもまして厳しいよぉ」

 

 後頭部を掻きながら戻ってくるココアに、チノはツンツンな返事を返した。

 内心では結構焦ってるのである。

 事情を知らないココアは自分の失態でチノが怒っていると勘違いする。

 

「ごめんねチノちゃん! 怒らないでー!」

 

「お、怒ってないですから引っ付かないでください!」

 

 涙を流しながらココアはチノに抱きついた。笑ったり恥かしがったり泣いたり人である。

 すりすりと寄せてくる顔を両手で押し出す。気分はエイリアンに食われそうな人間だ。

 そんな押し問答をしていると、経過を見ていたニロが一言。

 

「おぉー、お姉ちゃん楽しそう」

 

「これのどこが楽しそうに見えるの……」

 

「チノちゃ~ん」

 

「ココアさんもいい加減離れてください!」

 

 叫びながら、グイっとココアを押し出し自力で脱出した。

 もふもふするのを拒絶され残念そうな声を漏らすココアであった。

 

 

 

 

 

「お客さん、来ないね」 

 

「この時間帯は大体そうだ」

 

 時刻は昼過ぎ。昼休みも終わり午後の業務が始まるこの時間帯、ラビットハウスでは逆に仕事がなかった。

 点々と居たお客さんも会計を済ませ店から出てっており、新しいお客も入ってこないため現在は4人以外に人は居ない。

 またしても暇になった。

 

「チノちゃんとニロ君は宿題してるのかー」

 

「空き時間は有効に活用しないといけませんから」

 

「ほおー、勤勉だねー」

 

 流石私の妹弟。真面目な2人にココアも誇らしくなった。

 そんな姿を微笑みながら見ていると、ニロの様子がおかしい事に気付いた。

 首を捻り、むむむと唸っている。

 

「どうしたの二ロ君?」

 

「それが、分からないところが……」

 

「だったらお姉ちゃんが教えてあげる!」

 

 二ロの言葉に、ココアは勢い良く答えた。

 夢にまで見たシチュエーション。

 弟が困ってるところに、かっこよく登場する姉。

 何度も妄想を重ねた仮想が、ついに現実に―――

 

「どれど、れ……」

 

 ならなかった。

 小学生の問題なんて楽勝、と舞い上がりながら二ロの宿題を除きこんだココアは、問題を見た瞬間固まった。

 そこには、アルファベットで書かれている単語。そして題名に英語とでかでかと記述されていた。

 

「え、英語……? 小学生なのに英語やるの?」

 

「? そうですけど?」

 

 ああ、これがジェネレーションギャップってやつなのか。

 さも当然のように答える二ロにココアはそう思った。

 

「ん。んんん~!」

 

 問題を見たココアは、唸った。

 わからない。

 文系が壊滅的なココアにとって、英語はもはや暗号である。

 ぐるぐると、目が回ってきた。

 

「分からないんですか?」

 

「わ、分かるよ!?」

 

 ハッと、二ロの言葉に反応し思わず否定していまう。

 二ロとチノの手前、分からないなんて言えない。ましてや小学生の問題とならばなおさらだ。

 なけなしのプライドで虚勢を張るが、だんだん墓穴を掘っているように感じられる。

 

「え、えーと、この単語は……そう、猫だよ!」

 

「猫? 猫って読むんですか?」

 

「うん、そうだよ……たぶん」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

 にへらっと、笑いながら二ロはお礼を言った。

 この笑顔があるから頑張れる。

 二ロの笑顔を見て同じく笑顔になったココアは達成感を感じた。

 

「どれどれ?……ココア、これは『car』車だぞ」

 

「へ?」

 

 リゼの指摘に、ココアは思わず間抜けな声を出した。

 ビシッと、身体が硬直する。

 

「リゼさん、これは猫じゃないの?」

 

「ああ、猫は『cat』まったく別物だ」

 

「あの、ココアさん……」

 

 リゼに本当の答えを教えて貰った二ロは、困惑した表情をココアに向けた。

 リゼとチノは呆れ果てたような顔をしている。いや、チノの方は間違った知識を教えた事により少し怒った表情を作っている。

 固まっているココアはそんな3者の視線を受け、ボンッ! と顔を赤く染めた。

 

「み、見ないでー! こんな私を見ないでぇ!!」

 

 恥かしさのあまり火が噴出しそうだったと、後にココアは語った。

 思わず両手で顔を覆ってしまう。

 

「その、間違いは誰でもありますから!」

 

「に、二ロ君!」

 

 間違った事を教えられたが、二ロは気にせずココアをフォローした。

 そんな聖人のような振る舞いに、顔に手を当てていたココアは目を見開いた。

 

「ほ、ほら、僕算数も分からないので教えてください」

 

「うん、うん! 教えてあげる! 何でも教えてあげるよ!」

 

 もはやどっちが年下か分かったもんじゃなかった。

 優しさに触れダラダラと涙を流すココアを、あわあわと慌てながら二ロが慰めている。

 

「なんか、凄いことになってるな……」

 

「……そうですね」

 

「チノ? もしかして、嫉妬してないか?」

 

「してません」

 

「いや、でもほっぺが膨らんで……」

 

「してません!」

 

 こっちもこっちで大変だ。

 頬を膨らませるチノを見てため息を付くリゼであった。

 

 

 

 

 

                    ☆ 

 

 

 

 

 

 時刻は夕刻。空が夕焼けに染まり、辺りが薄暗くなってきた頃、ラビットハウスは一時終業態勢に入った。

 お客の居ない店内をサッと掃除すると、これからバーに変貌する店内をタカヒロに任せ、4人は普段着へ着替える。

 着替え終わると、荷物を持ち外に出て互いに手を振りながらさようならの一言で分かれた。

 リゼは帰宅し、チノ・二ロ・ココアはこれから夕食の買い物である。

 

「あぅ~、今日は失敗が多かったよぉ……」

 

 手を繋いでいるチノと二ロの後ろでとぼとぼと歩いているココアは悔しげに呟いた。

 目尻に涙を溜め、俯いている。

 何時もの快活とした調子は鳴りを潜め、ただただ落ち込んでいた。

 

「僕も初めは何してもダメでしたから、ココアさんだけではありませんよ」

 

「そうですよココアさん、そんなに落ち込まないで下さい」

 

 そんな姿を不憫と思ったのか、前を歩いていたチノと二ロは振り返ると慰めの言葉をかけた。

 流石に英語の件は擁護しきれないが、触れないのもまた優しさである。

 そんな愛する妹弟に、ココアは甚く感銘した。感動した。抱きつきたい。

 

「……うん! ありがとうチノちゃん、二ロ君。 そうだよね、いつまでもクヨクヨしてちゃダメだよね!」

 

 そう言うと、両手を頭上に掲げて”ファイト、おー!”と意気込んだ。

 清々しい顔である。先程の暗さは無かった。

 何時ものココアが戻ってきたと、チノと二ロは安堵した。

 

 そんなこんなで足を進めていると、目的地に付いた。

 

「ここが私たちがいつも利用してるスーパーです」

 

「おぉー! この街はスーパーもお洒落だね!」

 

 実家でよく利用していた近代的なスーパーとは一味違う、まるで高級店のような出で立ちだ。

 木組みの家と石畳の街らしく、外観をとても大切にしている。

 うきうきとしながら、ココアは店内に足を踏み入れた。

 クイっと、首を回す。

 

「中は、普通だね」

 

「何を想像してたんですか」

 

 うさぎフェアなるモノを想像していたココアは地味にショックを受けた。

 そんなココアを他所に、チノは買い物カートを持ち二ロは買い物かごをその中に入れる。

 

「ココアさん初めてですから、色々周りましょう」

 

「はーい」

 

 ココアの返事と共に、チノはカートを押し出した。

 キョロキョロと、顔を回しながら商品を見回る。

 どれも普通に扱っている品ばかりだった。

 

「あ、お姉ちゃん挽き肉が安いよ」

 

 ガラガラとカートを引きながら肉コーナーに差し掛かると、二ロが目ざとく見つけた。

 とてとてと棚に向かうと、挽き肉を持ってきた。

 おつとめ品のシールが貼ってあり、半額になっている。確かに安い。

 だが、合意もせず勝手に持ってくるのは頂けない。チノは注意する。

 

「コラ、勝手に持ってきちゃ――」

 

「ね、今日ハンバーグにしよ?」

 

 鋭い口調で告げていたチノだが、キラキラと目を輝かせる二ロにうぐっと声を詰まらせた。

 期待が、信頼が詰まった瞳にじっと見つめられ我慢できる人がどれだけいるのだろうか。

 

「ハンバーグ! 私も大好きなんだ!」

 

「美味しいですよね」

 

「まったく、しょうがないですね」

 

 ココアの援護射撃に、二ロが追従する。

 観念したのかふうっとため息を付くと、チノは挽き肉をかごの中に入れた。

 

「ハンバーグにするなら玉葱とパン粉、ソースと付け合せの材料を買わなければ」

 

「うん、じゃあ皆で一緒に行こう。付け合せ何にするか話しながら歩くのも楽しいよ」

 

「はい、そうですね」

 

 にっこりと笑いながら提案するココアに、チノは乗った。

 何が好きか嫌いか、楽しそうに談笑しながら材料を入れていく。

 

「チノちゃん好き嫌い多いなんて意外ー」

 

「ち、違います! そもそも口に入れても身体が毒と判断して勝手に出て行くだけで、嫌いという訳では……」

 

「あはは。そんな恥かしいことでもないよー」

 

「別に恥かしくないです……あ、付け合せにニンジンはどうですか?」

 

「うっ、に、ニンジンはちょっと」

 

「嫌いなんですか? ニンジン甘くて美味しいですよ?」

 

「付け合せの1つはニンジンに決まりです」

 

「そ、そんなーッ!?」

 

 チノのささやかな仕返しにココアは理不尽を感じた。

 ちなみにチノは元来ニンジンが嫌いだったが、二ロの手前意地でも食べ続けた結果食べられるようになった。

 弟は最高の調味料である。

 ココアの青ざめた顔を見てくすっと微笑んだチノは、そのまま進んでいく。

 

 そんな会話をしながら3人は必要な材料を全て揃え、レジに向かい会計を済ませる。

 そして持ってきた袋に買った品を詰めカートとかごを返却場所に戻すと、スーパーから出て行った。

 再びおしゃべりをしつつ、ラビットハウスへと帰路につく。

 

「父が仕事中なので、裏庭から行きましょう」

 

「あ、はーい」

 

 ラビットハウスに着き、ココアが扉に手をかけようとするが、チノの声でその動きを止めた。

 確かに、よくみると扉には【BAR TIME】と大きく書かれた看板が掲げられている。

 仕事の邪魔をしてはダメだと、ココアは素直に引き下がった。

 3人はそのままぐるっと裏に周り、裏庭に続くフェンスを空けた。

 そしてそのまま裏庭を通り、扉を開ける。そして

 

「ただいまー」

 

 と、3人の挨拶が薄暗い廊下を通り抜けた。

 返事が返ってこないのは分かっているが、我が家に帰ってきたら何故か言ってしまう。

 そのまま台所へ行き、電気を付けながら持っていた袋をテーブルの上に置いた。

 

「よーし、それじゃあハンバーグ作っちゃうよー」

 

「いえ、料理は私と二ロがやるので」

 

「そうはいかないよ! お姉ちゃんとして、いつまでも妹弟の世話になりっぱなしじゃ面目が立たない!」

 

「ココアさんは姉ではありません」

 

 相変わらずのブレないココアに、チノは反論するが勿論聞き入れる耳などもっていない。

 はあっと、ため息を付くと好きにしろと言い放った。

 

「まずは玉葱をみじん切りだね! 私の華麗なる包丁捌きを見せてあげる!」

 

 キリッと、包丁を持ちながらポーズをとった。

 そんなココアを、二ロが服の袖をクイクイッと引っ張る。

 

「ココアさん危ないです」

 

「あ、はい」

 

 むすっと、ちょっと頬を膨らました二ロのお叱りにココアは素直に従った。

 

「はい、まな板です」

 

「おお、準備が良いね。ありがとう」

 

 コトッと、洗ったまな板をキッチンに置いた。

 その上で、バリバリッと玉葱の皮を剥いていく。

 

「二ロ、スープを作るから鍋に水を入れて」

 

「はーい」

 

 皮を剥くのを隣で見ていた二ロは、蛇口に近いことから鍋を手渡され、そのまま鍋に水を入れた。

 飲食店なだけあって水にはかなり気を使っている。高価な浄水器を付けているため、水道水を料理に使うことに不安は無い。

 

「よいしょっと」

 

 3人分の水を入れたら、ぐいっと鍋を持ち上げる。

 中々重い。

 

「おまたせー」

 

「うん、ありがとう」

 

 どすっと、鍋をコンロの上に置いた。

 ふうっと、一息つくニロの頭にチノは手をポンッと置くと、一撫でした。

 

「二ロはココアさんを手伝ってあげて」

 

「了解、さー」

 

 内心もっと撫でて欲しいが、ココアに1人で作業させるのも怖い。

 物分りの良い二ロはチノの命令に従った。

 9歳の子に心配される15歳というのも中々奇妙なことである。

 

 そのまま元の位置に戻った二ロは、再びココアの手元を見る。

 皮が剥かれ、青白い身がまな板に転がっている。

 

「よーし、じゃあまずは切りやすいように半分に切ってと」

 

 トンッと、玉葱の中央に包丁を入れる。

 半分に切られた身の一つを取り、断面図を下にして上からタンタンと切っていく。

 形は少々歪だが、まあ許容範囲だ。

 この調子なら問題ないと判断した二ロは、ココアの隣で新しいまな板を取り出し同じく玉葱を切っていく。ただし切り方薄切りであり、スープに入れる材料だ。

 

「な、涙が止まらないよー!」

 

「仕方ありませんよぉ」

 

 ぶわっと、2人の目から涙が染み出てくる。

 しょぼしょぼとした目で切るのは中々辛い。

 ぐしょぐしょの顔で四苦八苦しながら何とか切り終わった。

 

「では、みじん切りにした玉葱をレンジで暖めましょう」

 

「へえー、実家では玉葱はフライパンで炒めたけど、レンジでもできるんだ」

 

「フライパンで炒めるのも美味しそうです」

 

 そんな会話をしつつ、みじん切りにした玉葱をボウルの中に入れるとサランラップで密閉し、電子レンジの中に入れた。

 そしてタイマーを1分に設定し、加熱させる。

 隣ではチノが薄切り玉葱とベーコンを炒めており、芳ばしい匂いが漂っているがずっとそれを嗅いでいる訳にもいかない。

 新たなボウルを取り出し、その中に買ってきたパン粉と冷蔵庫の中に在る牛乳を入れた。

 

「さあさあ、本日の主役挽き肉のご登場ー!」

 

「おぉー」

 

 ビニールを破きながらそう言うココアに、二ロが小さな歓声を上げた。

 ピコピコと両手を上下に動かし、とても上機嫌なのが見て取れる。その顔も嬉しそうな笑みで一杯だ。

 ハンバーグが食べたくて待ちきれない、そんな年相応な姿にココアも自然に笑みが零れる。

 大人びてはいるが、やはり子供なのだ。

 

 パン粉と牛乳の入ったボウルに挽き肉を入れ、そしてレンジで加熱した玉葱と卵、お好みで塩コショウを振る。

 そしてビニール手袋をはめると、ぐにゅぐにゅと掻き混ぜてゆく。

 

「そっちはまだフライパンは使わない?」

 

「うん、使わない」

 

「じゃあ、先に付け合せ作りましょう」

 

 ほっほと声を漏らしながら混ぜているココアを見ているニロに、スープを作り終えたチノが話しかけた。

 ニロの答えを聞くと、チノは袋から買ってきたニンジンとジャガイモを取り出した。

 付け合せはニンジンの煮込みと蒸しジャガイモである。

 

 隣でチノが作業ししている間も、ココアは一心不乱にハンバーグのタネを掻き混ぜる。

 二ロが変わろうかと提案するが、それを優しく断った。お姉ちゃんの頼りがいを見せようとしてるのである。

 それから10分後、粘りが出てきた。

 

「よし、こんなもんかな。次はキャッチボールだよ」

 

「僕も手伝います」

 

「心配いらない、と言いたい所だけど、お願いしようかな」

 

 再三の要請にココアはまたも断ろうとしたが、ニロの顔を見て考えを改めた。

 する事が無くて拗ねてるのか、ちょっと頬を膨らませている。

 流石にまた断って更に拗ねさせるのは困る、っとココアは考えた。それに隣で一緒に作業するのも楽しそうだ。

 

「1人2個として、6個作るから半分の3個作ろうねー」

 

「うん、わかりました」

 

 優しく微笑みながら言うココアに、ようやく出番が来たとふんすと鼻を鳴らしながら頷いた。

 ボウルの中にあるハンバーグのタネを均等に六分割し、一つ一つの空気を抜いていく。

 ぺったんぺったんと、タネが両手に叩き付けられる音が響く。

 

「おおー、二ロ君キャッチボール上手だね」

 

「よく作ってますから、慣れてます」

 

 自慢げに、そして少し照れた表情で二ロは語る。

 そんな姿に”そっかー”とはにかみながら返事をしつつ、ココアは辺りを見渡した。

 右側には、ニンジンの煮付けを作っているチノ。左側には、一生懸命ハンバーグのタネの空気を抜いている二ロ。2人に挟まれてココアは居る。

 

 

―――私、今凄くお姉ちゃんしてる!!

 

 

 愛する妹弟囲まれて一緒に料理を作るなど、体験したいお姉ちゃんランキングのトップ10に入る。

 念願の夢が遂に叶った。昼間は失敗ばかりしてたばかりに感無量、いや姉無量である。

 ラビットハウスは天国か。ぽわぁ~っと、心地の良いモノが湧き上がってくる。

 

「ココアさん……?」

 

「―――ハッ!?」

 

 あまりの達成感に口から魂が出てきそうなココアに、手が止まってる事を不審に思った二ロが声をかけた。

 その声で現実に引き戻され一気に意識が覚醒する。

 

「大丈夫ですか? 調子悪いんです?」

 

「ううん、何でもない!」

 

 心配そうな顔で覗き込むように見つめてくるニロに、ココアは心配させないよう笑顔で否定した。

 弟を不安にさせるなんてまだまだだなっと、己の未熟さを恥じながら手を動かす。

 こうしてココアは二ロと並んでハンバーグのタネ6つ分の空気抜きを完成させた。

 隣で付け合せを作っていたチノは、隣の進行具合を見てそろそろかとフライパンに油を入れる。

 

「お姉ちゃんできたよー!」

 

「わかってる」

 

 そんなチノに、二ロが速く焼けと言わんばかりに完成したばかりのハンバーグのタネを持ってきた。

 目が爛々と輝き、気のせいか尻尾がパタパタ振られてるように見える。

 ハンバーグと聞くと何時もこうだと、チノは苦笑いをしながら受け取った。

 

 じゅううっと、ハンバーグの焼ける音が響く。

 火力は中火で、焦がさないように中までしっかり焼いていく。

 もうする事がなく、チノの焼いている姿を二ロが右側で、ココアが左側で見つめる。

 

「結構時間かかったねー、もうお腹ペコペコだよ」

 

「もう少しの辛抱です」

 

「えへへー、何かこのやり取り、昨日を思い出すね」

 

「そうですね、昨日は二ロが縮こまってましたけど」

 

「も、もう大丈夫だよ、お姉ちゃんのイジワル」

 

 チノの皮肉に、二ロが顔を少し赤くしながらぽこぽこと背中を叩いてくる。

 痛くは無いが、ハンバーグがずれるので止めて欲しい。

 そんなやり取りを微笑ましげに見ていたココアだったが、”あっ”とある事に気が付く。

 

「そういえば、昨日はこの後ココアお姉ちゃんって呼んでくれたよね! だからチノちゃん、はい、お姉ちゃんって」

 

「呼びません」

 

 戸惑いの無い拒絶に、ココアはあふうっと息を漏らした。

 何かあるとすぐこれである。

 だが、ココアは不屈の精神で挫けない。

 

「じゃあ二ロ君はどうかな? はい、ココアお姉ちゃんって―――」

 

「姉は私です」

 

 ガチャっと、強く閉じられた蓋の音でそれ以上は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 10分後、ハンバーグが焼きあがり、皿に盛り付けテーブルに持って行く。

 朝のご飯をレンジで温め、カップにスープを注ぎ同じく持っていく。

 今日の夕食の手筈が整った。

 

「おほー美味しそーっ!」

 

「早く食べたいです」

 

 ほかほかと湯気を立てる料理にココアは思わずのどが鳴り、一足早く椅子に座った二ロはまだかと足をパタパタさせる。まるで待てをしてる犬のようだ。

 そんな様子を微笑ましいと思いながらも呆れつつ、チノも席に着く。

 そして両手を合わせ

 

「いただきます」

 

 と言う声にココアと二ロも復唱し、食べ始めた。

 箸でハンバーグを割ると、じゅわっと肉汁が皿に零れ落ちる。

 そんな肉汁たっぷりのハンバーグを一切れ掴むと、口の中に放り込む。

 肉の深い味わい、そして熱々の肉汁が口の中を蹂躙する。

 

「んーっ! 美味しい!」

 

 思わずココアが叫んだ。

 かなり美味い。

 これは大満足だと思いながら、もう1人待ち望んでいた二ロの顔を見る。

 二ロは何も喋らなかった。幸せそうな顔でハンバーグを頬張っている。

 

「二ロ君リスみたいだね、おいしい?」

 

「んっ」

 

 コクリと、頷いた。

 口の中にはご飯とハンバーグが詰まっており、とても喋れない。

 そんな姿が小動物のようで可愛いと、ココアは思った。これが弟か。

 

「えへへー、昨日のシチューも美味しかったけど、今日のハンバーグは一段と美味しいね。やっぱりみんなで一緒に作ったからかな?」

 

「かもしれませんね」

 

 満面の笑みを浮かべながら続けて言うココアに、チノが少し笑いながら答えた。

 確かに、何時も作っている奴よりも美味しく感じる。

 1人加わるだけでここまで変わるのかと、少し驚いた。

 

「ねっ、今日もお風呂に一緒に入って、一緒に寝ない?」

 

 不思議な事もあるのだと、味わって食べていたら再びココアが口を開いた。

 

「今日もですか?」

 

「うん! あのね、今日一日中チノちゃんと二ロ君と一緒だったけど、それでもまだまだ知らない一面が多いなーって思って。私、もっと知りたいし、仲良くなりたい!」

 

 優しくはにかみながら、ココアは語る。

 ”仲良くなりたい”

 そんな言葉に、チノはドキッとした。

 正直に言って、自分は気難しい人だと思っている。

 初めての人とはあまり喋れないし、無愛想だし、結構キツイ事も言う。

 それでも、そんな自分と仲良くしたいと言ってきた。

 スッと、不安が胸から出て行くのが感じられた。

 

「僕は別に構いません」

 

「おぉー、二ロ君ありがと! 後はチノちゃんだけだね、お願ーいっ!」

 

 パンッと手を合わせ、拝み倒すように懇願する。

 その目つきは真剣だ。

 そんなココアを数秒間ジッと見つめ、そしてふうっと一息吐く。

 

 

―――今日はニロと2人で寝たかったけど、仕方ありませんね。

 

 

 そう結論付けると、緊張した様子でゴクッと唾を飲み込んでいるココアに、ふっと微笑んだ。

 

「しょうがないですね、良いですよ」

 

 その瞬間、ココアの歓喜が爆発した。

 バッと、思わず両手を頭上に掲げてしまう。

 

「わーい! ありがとうチノちゃん! 今日もお姉ちゃんが洗ってあげるね!」

 

「じ、自分で洗えますから……」

 

「まあまあそう言わずに、チノちゃ~ん」

 

「ココアさん!? 食事中なんですからだ、抱きつかないでっ!」

 

 押さえ付けるように抱きついてくるココアを、チノがグイグイと押していく。

 そんな2人の光景を、二ロがあははと笑った。

 

 ココアが来てから2日目。この日のラビットハウスの夜もまた、1人の居候によって騒がしく更けていった。




千夜を出す前に一話間を置こうとしたら凄い長くなってしまった(ヽ´ω`)
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