香風家の長男   作:ごちうさ難民

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第五羽 麺麭

 

 

 

 

 桜。

 日本を代表するこの花は、古来より人々の生活と密接に関わってきた。

 日本語の表現技法にも多用され、桜を見ながら酒を飲むなどコミュニケーションツールとしての役割もある。

 そして何より―――新生活の象徴。

 桜吹雪が舞う時、人々は新たな冒険に胸をときめかせながら大きい一歩を踏むのである。

 

 ラビットハウスに下宿しているココアも、その1人だ。

 木組みの家と石畳の街にある高校に通うため、春休み中にやってきた。

 そして、今日がその日である。

 

「わあーっ!」

 

 クルリっと制服を着ながら鏡の前で一回転する。

 そうかと思えば、おもむろに眼鏡を取り出し椅子に足を組みながら座って本を読む。安直な私頭良いポーズである。

 そして上着を脱ぐと肩にかけるように持ち上げ、顔をキリッとさせる。本人は映画俳優にでもなっているつもりなのだろうか。

 

「ココアさん、そろそろ行きますよ」

 

 鏡の前で色々ポーズをとっていると、呼びかけられた。

 ココアはその声の方角に顔を向けると、同じく中学の制服を着飾ったチノが居た。

 

「ほぉっ!? チノちゃんの中学校の制服、かわいいーっ!」

 

「そうですか?」

 

 初めて見る妹の制服姿に、ココアは大興奮。

 勢い覚めぬままチノに近づくと、何かを思いついたように声を上げる。

 チノの頭にある一際大きな帽子。

 その中に、ティッピーが鎮座している妄想が沸きあがった。

 

 何事かと小首を傾げているチノに、目をキラキラさせながらおもむろに手を伸ばし、そしてチノの帽子を取った。

 そこにはチノの綺麗な髪しか無かった。

 

「あれ……」

 

「なにを期待していたんですか」

 

 露骨にがっかりとした表情を見せるココアに、チノは訳がわからないといった顔をした。

 夢は敗れたり。

 

「早く鞄持ってください。遅刻しちゃいますよ」

 

「あ、うん!」

 

 チノに急かされ、机の上に置いていた鞄を持つ。

 そしてそのままチノと一緒に廊下を歩いた。

 

「ニロ君は?」

 

「外で待っています」

 

「じゃあ急がないとね!」

 

「廊下は走らないでください」

 

 どたどたと廊下を走るココアに、チノが諌める。立場が逆だ。

 ギシギシと階段を降り、店内から外に出る。そこにはニロと見送りにきたタカヒロが居た。

 

「遅れてごめんねー! あ、ニロ君は学校私服なの?」

 

「うん、そうです」

 

「そっかー! そのランドセル姿、如何にも小学生って感じだね。懐かしいなー!」

 

 ランドセルを背負っているニロの姿を見て、ココアは昔の自分を懐かしんだ。

 あの時代は良かった。今も良いけど。

 

「皆揃ったので、行きましょう」

 

「うん、そうだね。それじゃ、いってきまーす!」

 

「いってきます」

 

「ああ、行ってらっしゃい。気を付けて」

 

 ニロが催促すると、昔を懐かしむのを止めココアが大きな声を上げて見送りに来てくれたタカヒロとティッピーに手を振り、チノとニロは会釈をして挨拶をする。

 それを、タカヒロは微笑んで見送った。動作が一々カッコイイ男である。

 そんなタカヒロに、3人は振り返り返事をして通学していったのであった。

 

 てくてくと、色の違う石で舗装された道を3人は歩いていく。

 横に広がる町並みは、色鮮やかでとてもかわいらしい。近世ヨーロッパの町並みがそのまま移植してきた感じである。

 そんな光景に、ココアは木組みの家と石畳の街に住んでいるんだと再認識した。

 自然と心が躍る。

 

「チノちゃんとニロ君もこっちの方向なんだ!」

 

「こっちの方向なんです」

 

「じゃあ、これから途中まで一緒に……」

 

「行けますね」

 

 そう答えるチノに、ココアは更に嬉しくなった。

 妹弟と一緒に並びながら学校に行けるのである。これ以上楽しいことはない。

 ココアの脳内には、そのビジョンが鮮明に浮かび上がった。

 

 

―――これから毎日、チノちゃんとニロ君と楽しくお喋りしながら学校に。

 

 

「では私たちはこっちです」

 

「はやっ!? ていうかニロ君も!?」

 

「小学校と中学校は隣にありますから……」

 

 歩いて数分。チノとニロは川の横道を通っていった。

 あからさまにショックを受けるココアに、チノは淡々と、ニロは苦笑いを浮かべながら離れていく。

 ポツンっと、橋の前で一人棒立ちするココア。

 夢敗れたり。

 

 

「ココアさん、可哀想だったね」

 

「道が違うからしょうがありません」

 

 ココアと別れた後、2人はいつも通りの通学路を進んでいく。

 ムードメーカーが居ないため先程のように騒がしくはないが、ぽつぽつと会話をしながら歩いている。

 傍目から見ても中の良い姉弟であることが伺えた。

 

「おっ! おっはようチノ! ニロ!」

 

「おはよう~」

 

 そうして歩いていると、転落防止用の手摺に手を付いて話していたチノと同じ制服を着た女子2人がチノとニロに気付き、手を振りながら挨拶をしてきた。

 それを自然に受け取り、チノとニロもまた挨拶を返す。

 

「おはようございます」

 

「おはようマヤさん、メグさん」

 

「よーし揃ったね! それじゃ張り切って、レッツゴー!」

 

 チノとニロの合流を確認した背の小さな子、マヤが右手を上げながら朗明快活な声をあげる。

 そしてそのまま顔面一杯に笑顔を張り付けながら駆け出した。

 それを、チノ・メグ・ニロの3人は歩きながら付いていった。

 

「チノちゃんとニロ君に会うの久しぶりだね~」

 

「私たちはお店で忙しかったですから」

 

 喫茶店を手伝うとなると、やはり自由時間は激減する。

 一応タカヒロも注意を払って勤務時間を少なくしようとしているが、チノの性格故お店を中心に考えてしまう。

 更には休みをとれてもボトルシップを作るなど、インドアの趣味に凝っているため外にはあまり出ない。

 ニロは多少外にはでるが、チノと一緒にいることが多いため活発とは程遠い。

 4人は間違いなく友達ではあるが、なかなか遊ぶ時間がとれないのが現状である。

 

「お店を手伝うのはいいけどさー、もう少し私たちと遊ぼうよー」

 

 チノとメグが話していると、前を駆けていたマヤが戻ってきて会話に参加してきた。

 が、その内容は些か自分本位なためメグが嗜める。

 

「もう、マヤちゃんわがまま言ったらだめだよ」

 

「えー? でもメグもチノとニロと一緒に遊びたいって言ってたじゃん」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「ほらメグも私と一緒じゃん! ニロも私たちと一緒に遊びたいよねー?」

 

「ねー」

 

「な、何で私が悪者になってるのっ!?」

 

 チマメ情勢複雑怪奇。正論を言ったつもりが何故か劣勢になったメグがあわわと目を回して混乱した。

 その姿をマヤがあははと指差しながら笑い、ニロがえへへとはにかみながら見ている。

 暫くぶりの騒がしさに、チノもクスッと微笑んだ。

 

「じゃあさじゃあさ! 今週の休みに皆で遊びに行かない!?」

 

 ひとしきり笑った後、マヤはそう提案した。

 からかわれたメグは”もうっ”と膨れた顔をするが、遊ぶ事には異存は無いため異議は立てない。

 

「今週ですか? まあ、時間は空いてるので行けると思いますが」

 

「僕も大丈夫だよ」

 

「よーし言質取った! 来なかったらミルク無しコーヒー千杯飲ますからね!」

 

「カフェイン中毒で死にますよそれ」

 

 マヤの冗談に、チノが冷静にツッコミを入れる。

 そんな他愛のない話をしながら、4人は並びながら歩いていく。

 そうしていると、分かれ道に出た。

 

「それじゃ、僕はこの道だから」

 

「うん、気を付けてね」

 

「また帰りになー」

 

「またね~」

 

 小学校と中学校は隣同士にあるが、校門の位置は別である。

 そのため途中までは一緒だが、最後までとは言えない。

 ニロは片手を挙げてチマメ隊から離れ、3人は手を振って見送った。

 

「チノちゃんニロ君と離れて寂しいね~」

 

「子供じゃないんですからそ、そんな訳ないです」

 

「目が泳いでるけど?」

 

 そんな会話を背中に受けつつ、ニロは小学校へと歩いていく。

 

 道端にいるうさぎに気を取られながら校門をくぐり、下駄箱から上履きを取り出し履き替える。

 教室の扉を空け、気付いた友達に声をかけられながら席に着く。

 その後は全国どの小学校も同じだ。始業式をやり、先生の話を聴き、掃除をしてその日は終わる。

 慣れた手付きで教室を掃き、時間が余ったから友達と話しながら他の生徒が来るのを待つ。

 そして掃除の時間が終わり全員が帰って着席したら、先生の前置きの話が終わったらさようならの一言で解散する。

 

 ニロは友達と話しながら廊下を歩き、校門から出ると手を振って別れた。彼等とは住む地区が違うののである。

 そのままてくてくと来た道を戻っていく。

 そしてチマメ隊と離れた分かれ道に出ると、キョロキョロと辺りを見渡した。

 知ってる顔は居なかった。

 

「早く来すぎたかな?」

 

 そう呟くと、近くにある建物に近づきもたれかかった。

 ぷらぷらと足を動かし暇を潰しながら3人が来るのを待つ。

 小学生と中学生。通常なら帰宅時間は違うが、始業式の日程は双方そう変わらない。何時からか、ニロは始業式又は終業式の時はチマメ隊と一緒に帰ることが日常となっている。

 

「おっ! ニロもういるじゃん!」

 

 俯きながら”今日のお昼ご飯なにかなー”と考えていたニロは、自分の名前が呼ばれた事で顔を上げる。

 そこには、チマメ隊3人が並んでこちらに来るのが確認できた。

 

「ごめんね、待たせちゃった?」

 

「ううん。ちょっと待っただけ」

 

 チノの問いに、プルプルと顔を振って否定する。

 そしてもたれた背を伸ばし、チマメ隊へと近づき一緒に歩いていく。

 

「なあなあニロー。チノから聞いたよ、ラビットハウスに同居人が来たんだって?」

 

「うん、来たよ。ココアさんの事でしょ?」

 

「私たち今そのココア? さんの人の話で持ちきりなんだよ~。チノちゃんから大体の話は聞いてるけどね~」

 

「ニロはその人の事どう思ってるの?」

 

「えっと……優しいけど、やかましい?」

 

「マヤちゃんみたいな人なんだね~」

 

「いえ、マヤさんの方がやかましいです」

 

「ひでぇ!?」

 

 ココアの話から個人への攻撃に変換したチノの毒舌に、マヤが叫ぶ。

 そんなワイワイとした会話を楽しみつつ、4人は帰路へと付いた。

 

「チノ、ニロ。また明日!」

 

「じゃあね~」

 

「はい、また明日」

 

「さよならー」

 

 朝に合流した場所に着くと、マヤとメグは別れの言葉を言いながら手を振る。

 それにチノとニロも手を振って答えた。

 手を振り終えると、背を向け歩き出す。

 

 そしてそのまま歩いて数十分。2人は昼ご飯の話題をしつつラビットハウスへと帰ってきた。

 チノが扉に手をかけ、開く。鈴の鳴る音が響き渡った。

 

「ただいま」

 

「ただいまー」

 

「あっ、おかえりー!」

 

 店内へ入ると、そこには既に制服を着たココアの姿があった。

 テーブルを見ると、そこにはダスターが一枚ある。どうやら机を拭いていたようだ。

 仕事に熱心なのは結構だとチノは思った。

 

「高校の方はどうでしたか?」

 

 ココアの評価を若干上げつつ、チノは自然にそう言った。

 不慣れな街の不慣れな高校に馴染めるのか、親切心でそう聞いたのである。

 が、それを言った途端にココアの様子がおかしくなった。

 

「こ、この街って、かわいい建物が多くて素敵だよね!」

 

 なにやら挙動不審になりつつ、この話題を逸らそうとしているのか木組みの家と石畳の街を露骨に褒める。

 そんなココアの姿に不信感を抱きつつチノは続ける。

 

「そうですか? それで高校の方は……」

 

「まるで、童話の中の街みたいだよね!」

 

「あの、高校は……」

 

「聞かないで!」

 

 もはや堪えきれなくなったのか、情けない顔になりながら左手を突き出しそう言うココア。

 それを見たチノとニロは、頭にはてなマークを浮かべながら互いに顔を合わすのであった。

 

 

 

 

 

 

               ―――――****―――――

 

 

 

 

 

 

 翌日。始業式の日程を一日間違えたココアに呆れつつ、チノとニロとココアの3人は今度こそ全員が学校に行った。

 ココアは今日が始業式のため午前中に、チノとニロは普通に授業があるため午後に帰宅する。

 バイトで来たリゼも混ぜ更衣室で制服に着替え、ラビットハウスは今日も看板をOPENにした。

 

「キリマンジャロ4つとバタークッキーお待たせしましたー」

 

「はい、ありがとねー。頑張っているニロ君に、おばちゃんからプレゼント」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

 満員、とは到底呼べないが、店内にはぽつぽつとお客さんが入ってきている。

 ニロはその中で常連と呼べるおばさんグループへ注文を運んだ。ついでに飴玉を貰っている。

 お礼を述べぺこりと頭を下げると、そのままカウンターへと引き下がった。

 

「――それでね、そのパン屋さんのパンを見てたら私のパン魂に火が付いちゃったんだよ!」

 

「は、はあ……」

 

 既に注文は全て捌ききったため、暇をしているココアとチノがカウンターでおしゃべりをしている。内容はチノにとってどう反応したらいいのか分からないものだったが。

 

「何の話をしてるんです?」

 

「あ、ニロ君給仕ご苦労様。それがね、今日かわいいパン屋さんを見つけちゃって、私のパン魂が滾って来ちゃったんだよ!」

 

「パン魂……パン作るの好きなんです?」

 

「うん、実家ではよく作ってたよ。それに、私の作ったパンは絶品なの! 皆にも是非食べてもらいたいなー」

 

 目をキラキラとさせドヤ顔になりながらそう語るココア。

 それを見たチノとニロは、”本当か?”と疑り深くなる。

 一緒に住んでみて分かった事だが、このココア、かなーりおっちょこちょいな性格をしている。

 その性格が災いしてか、料理の腕も若干下手だ。

 そんな人物が、自分達も作り方がよくわからないパンを絶品な味で作れるなど眉唾物である。

 

「絶品かどうかはともかく、大きいオーブンならありますよ。おじいちゃんが調子のって買ったやつが」

 

 チノの言葉に、ココアは歓喜の声を上げた。ついでにティッピーは顔を赤らめている。誰も見てないが。

 

「ほんとぉ!? じゃあ、今度の休みの日に皆で看板メニュー開発しない? 焼きたてパン美味しいよー!」

 

「今週の休みは予定があるので、来週でよければ」

 

「やったー! ぱーん、ぱーん!」

 

「遊んでないで仕事しろよー」

 

 両手を上げてパン連呼をしているココアの背後から、リゼの嗜める声が聞こえた。

 流石にはしゃぎ過ぎたか。苦笑いをしながらココアはリゼに謝ろうとする。

 

 ぐううぅぅっ

 

 が、その出鼻を挫かれた。

 なにやら腹の鳴る音が聞こえた。

 音源を探れば、そこはリゼの腹の中。本人は若干頬を赤らめている。

 

「焼きたてって、凄く美味しいんだよ!」

 

「そんなこと分かってる!」

 

 焼きたてという言葉に反応したのか、リゼの腹がまた鳴った。

 更に顔を赤く染める。

 

「リゼさんお腹空いてるの? あ、さっき貰った飴食べる?」

 

「な、何も言うなあーっ!?」

 

 優しさは時として棘となる。

 ドタドタと厨房へ駆けていくリゼはまた一つ賢くなった。

 

 

 

 

 

 次の週の定休日。ラビットハウスの厨房には、お客さんが居ないのにも関わらず電球が赤々と輝いていた。

 その光を浴びて、影が5つ出来ている。

 チノ・ニロ・リゼ・ココア、そしてココア以外は初対面である黒髪を二つ結びにしている女性が互いに向き合って自己紹介をしていた。

 

「同じクラスの千夜ちゃんだよ」

 

「今日は、よろしくね」

 

「それから、左からリゼちゃんとチノちゃん、ニロ君だよ」

 

「よろしくな」

 

「よろしくです」

 

「よろしくお願いします」

 

 ココアに呼ばれ、チノとニロはペコリと頭を下げる。

 重力に従いチノの頭の上に居たティッピーがずり落とされそうになるが、間一髪でチノが支えた。

 そんな動きが目立ったのか、チヤの目線がティッピーに移る。

 目の前には、白いもこもことした物体。

 

「あら……? そちらのワンちゃん」

 

「ワンちゃんじゃないです」

 

「この子はただの毛玉じゃないよ……っ!」

 

「まあ、毛玉ちゃん?」

 

「もふもふ具合が格別なの!」 

 

「癒しのアイドルもふもふちゃんね」

 

 ワンちゃんから毛玉へ、毛玉からもふもふへと格式が上がってるのか下がってるのか分からない愛称を付けられているティッピー。当人は撫でられて満足そうである、ちょろい。

 

「ティッピーです」

 

「一応うさぎです」

 

「まあうさぎだったの。凄いもこもこね」

 

 ほっとけば恐竜まで種族が変わってしまいそうな天然会話に、チノとニロが先手を打って訂正する。かくして彼の名誉は守られた。あるかどうかは別として。

 そして無駄話も程ほどにし、各自調理台の配置に付いた。

 

「ココアがパン作れるなんて、以外だったなー」

 

 普段のココアからは想像できないような特技に、リゼは意外性を感じさせる声で言った。

 リゼの言葉に褒められたと感じたのか、ココアは”えへへ”と嬉しそうにはにかむ。

 

「褒められてないと思います」

 

 そんなココアに、チノが一刀を入れた。段々とココアに遠慮がなくなってきている。もっともその方がココアにとっては嬉しいだろうが。

 

「さあ、やるよー! 皆、パン作りを舐めちゃいけないよ。少しのミスが完成度を左右する戦いなんだからね!」

 

 キリッとした顔持ちでココアは勇ましい発言をする。心なしか背中に炎が見える。

 そんな姿に、リゼが圧倒された。曰く、”歴戦の戦士”のようだと。

 今のココアには勝てない。1人納得したリゼはサッと敬礼をし、指揮権を委譲させた。

 

「今日はお前に教官を任せた! よろしく頼むぞ!」

 

「サー、イエッサー!」

 

 リゼの真剣な眼差しに、ココアはノリノリで答えた。

 そんな光景を、ニロはキラキラとした目で見ている。

 リゼの影響もあるし、タカヒロが元軍人なだけあってミリタリーな事には憧れのような感情を持っている。ヒーローが好きなように、男の子にはよくあることだ。

 そして自分も混ざりたいと、リゼに教わった直立不動の態勢でココアに敬礼する。

 

「ココア教官殿、よろしくお願いします! サーッ!」

 

「おお! ニロ君もやる気だね、サーッ!」

 

「私も仲間にー」

 

「暑苦しいです」

 

 グループ独特のノリにチヤは付いていこうとする。健気な人である。

 そんな中、1人付いていけないチノが呆れたような声を出した。

 

「各自、パンに入れたい材料提出ー」

 

「イエッサー!」

 

「サーッ!」

 

「さ、サー」

 

「ややこしくなるので止めて下さい。それに暑苦しいです」

 

 こんな暑い状態で進まれては堪らない。常識人なリゼもそっち側に行ってしまわれたためチノが最後の砦である。

 そんな想いが通じたのか、それ以上ミリタリーノリは来なかった。

 そして持ってきた材料を互いに見せ始める。

 

「私は新規開拓に、焼きそばパンならぬ焼きうどんパン作るよ!」

 

「私は自家製の小豆と梅と海苔を持ってきたわ」

 

「冷蔵庫にいくらと鮭と納豆とゴマ昆布がありました」

 

「お姉ちゃんと一緒ー」

 

 砦は案外脆かった。

 和洋折衷。四字熟語で収めることはできるが、どんな味になるのか名状し難い物を持ってきている。

 イチゴジャムとママレードジャムという普通の材料を持ってきたリゼが、これはパン作りなのかと思わず疑ってしまうほどであった。

 

「じゃあ、まずは強力粉とドライイーストを混ぜまーす」

 

 リゼの不安を他所に、ココアは強力粉の袋を開けるとそのままボウルへと流し込んだ。

 

「ドライイーストって、パンをふっくらさせるんですよね?」

 

「そうそう、よく知ってるねー。チノちゃんえらいえらい、乾燥した酵母菌なんだよ」

 

「攻歩……菌っ!」

 

 物知りな妹の頭を撫でながらココアは更に続ける。

 だが、その物知りな妹はその後の物体は知らなかった。それどころかとんでもない勘違いをしている。

 チノの頭の中には歩く攻撃的な菌の姿がデフォルメな画像で映し出されていた。

 

「そ、そんな危険な物ニロに食べさせる訳にはいきません! ぱさぱさパンで我慢します!」

 

「へっ?」

 

 ドライイーストの説明をしたら何故か危険物扱いをされた。

 これには流石のココアも目が点になった。

 

「ココアさん、”こうぼきん”ってなんですか? 危険なんです?」

 

 チノの隣で話を聞いていたニロが、怯えたチノに変わりココアに尋ねる。固定概念がない分何なのか全く分かってない様子であった。

 ニロの問いにココアは苦笑いをしながら答えた。

 

「違うよー。酵母菌っていうのはね、パンをふっくらさせる効果を持った菌の事なんだよ。パン作りはこれがないと始まらないんだ」

 

「へえ、そうなんですか。ココアさん物知りですね!」

 

「うんうん、わからない事はお姉ちゃんにドンドン聞いてね!」

 

 ニロの素直な賞賛に、ココアはお姉ちゃんらしくできてると満足感を得た。

 一方で、チノは自分が勘違いをしていたと理解したのか、その顔を羞恥心で真っ赤に染めている。ぽしゅっと煙が出てきそうなくらい熱を帯びていた。

 

「でも、それならお姉ちゃんなんで危険って言ったの?」

 

 子供は思ったことは何でも口にする、

 顔に手を当て赤くなった顔を隠していたチノはそんな声を聞き、ビクッと身体を奮わせた。

 そっと横を向けば、そこには不思議そうな顔でチノを見つめるニロの姿が。

 

 

 ―――こ、このままでは姉としての立場が。

 

 

 こんな酷い勘違いを知られたら、絶対に失望される。

 実際は面白がられるだけだが、過敏ともいえる姉の意識がチノを突き動かす。

 どうするば誤魔化せるか、チノの左脳はフル稼働状態になった。

 なにかないか、なにかないか。

 

「じ、実は私も酵母菌の事はよく分からなくて、分からないものをニロに食べさせるのは危険だと思ったからです」

 

 苦しい言い訳である。ニロの前で自分の無知さを曝け出すなどチノとしてはだいぶ答えに窮している証拠だ。

 が、特に追求などされなかった。それどころかココアとニロはチノに尊敬の眼差しを送っている。

 

「お姉ちゃん、僕のことそんなに心配してくれるなんて……」

 

「何よりも弟の事を想っているなんて。こ、これが本物のお姉ちゃんなのか……っ!」

 

「―――と、当然です! 私は姉として当然の事をしたまでです。ココアさんも分からない事を教えてくれるならしっかりと教えてください」

 

「ごめんチノちゃん! 私が悪かったよ!!」

 

 感きわまりチノの背中にニロが抱きつき、ココアは己の未熟さを恥じた。

 背中から感じる弟の暖かさに、チノの心は満たされていく。

 嗚呼美しきかな、幾多の困難を乗り越えて3人の心はまた成長したのであった。

 

(まったく、チノはああ見えてとんでもない事を思いつくからなあ)

 

(まあまあ、睦まじいわね)

 

 茶番を見ていた2人にはとっくにバレていた。

 

 

 

 

 

 リゼの一声で正気に戻った3人は、放置されていたパン作りの作業へと戻っていった。

 ボウルから取り出したパン生地を両手で捏ねていく。

 ココアは慣れた手付きでぐいぐいと捏ね回し、リゼは力任せに捏ねていく。

 

「ふう、疲れました」

 

「じゃあ僕が捏ねるねー」

 

 チノとニロはというと、一つのパン生地を交代交代で捏ねていた。

 思ったよりも力を使うこの作業にチノが心配して一緒にやっているのだ。

 実際にはチノよりもニロの方が力・体力ともに勝っているがチノはその事実に気付かないようにしている。

 要は一緒に居られる口実があれば良いのだ。

 

「こんな感じて良いのかな?」

 

「うん、そんな感じ」

 

 チノやココアの捏ね方を参考にグニュグニュとパン生地を捏ねる。

 うんしょうんしょとコネコネしているニロにチノは我が子を見守るような眼差しで見つめた。

 自分より力強く捏ねている事に内心ショックを受けているのは内緒である。

 

「パンを捏ねるのって凄く体力がいるんですね。腕がピリピリします」

 

「確かにそうね。私ももう腕が動かないー」

 

 若干ネガティブになった気分を変えようとチノが発言すると、千夜も同意した。

 肩が凝ったのか、右手で左肩を揉んでいる。

 

「大丈夫千夜ちゃん? 手伝おうか?」

 

 そんな姿に心配したのか、ココアが声をかけた。

 だが、自分だけ付いていけないのは嫌なのか、チヤは拒絶の意を込めて叫んだ。

 

「大丈夫よ、ここで折れたら武士の恥だもの! 生きているわけにはいかんけん!!」

 

「ぶ、武士! まさか千夜ちゃんは、あの織田家の生き残り……っ!?」

 

「いや、ただの冗談だし、そもそも千夜の苗字と全く違うからな」

 

 リゼのツッコミに、ココアはあれ?っと首を傾げた。

 あははと、笑いが包み込む。

 そんな和気藹々とした空気の中パン生地を捏ね続け、そして次の工程へ移行する。

 

「それじゃ、ボウルのなかに生地を入れて、一時間ほど寝かせまーす」

 

 ビッとサランラップで密閉し、ココアはタイマーを1時間にセットした。

 その後は待つだけである。自然と口が動く。

 

「ココアと千夜はどうやって知り合ったんだ?」

 

 ふと、気が付いたようにリゼが言った。チノとニロもそれは気になるとココアと千夜の顔を見た。

 ココアは経緯を自慢げに喋ろうとしたが、先に千夜が喋ってしまう。

 

「それがねー、始業式の前日公園のウサギに栗羊羹をあげてる時、制服を着たココアちゃんが来たのが始まりだったの」

 

「ち、千夜ちゃん!? その話は皆には内緒だって言ったよね!?」

 

「あら? ごめんなさい、ついうっかり……」

 

 口に手を当てうふふと千夜は笑う。ココアはもーっと顔を赤くしてプンプンしている。

 

「前日? て、ココアまさか日付間違えてたのか!?」

 

「ああああぁっ!? リゼちゃんにも私のうっかりが知れ渡ってしまったよー! もう生きていけない!!」

 

 隠していた恥かしい思い出を暴露され、顔を真っ赤にしたココアは頭を抱えしゃがみこんでしまった。

 そんなココアをチノとリゼは呆れ、ニロはあわあわとしながら見ている。千夜はずっと笑っている。

 

「あの、その、ココアさん! 僕も宿題の日付を間違えた事もありますし、誰でもある事ですから気にしないでください!」

 

「て、天使が……天使がここにいるー!」

 

「こ、ココアさん!? ニロに抱きついてはダメだと言ったじゃないですか!! は、離れてください!」

 

 自分に向けられた微妙な目線の中、ただ1人フォローしてくれるニロの姿にココアの自制心は容易く崩壊した。

 勢い良くニロに抱きつき、ほっぺをむにむにする。やっぱり柔らかい。

 そんな2人を、チノは必死に引き剥がそうとする。

 

「3人とも仲がとっても良いのね。微笑ましいわー」

 

「あれをそう言い切るお前も中々図太いのな……」

 

 にっこりと笑う千夜に、リゼは頬を引き攣らせるのであった。

 

 そんなワイワイとした時間を過ごすと、時は早く流れるものである。

 セットしたタイマーが鳴り、時間が経過した事を知らせてきた。

 

 寝かせたパン生地を取り出し、各自思い思いのパンを作成する。

 ロールパンやらクロワッサンやらうさぎパンなど、多種多様だ。

 形作られたパン生地はトレーに載せられ、最終工程の焼く作業を待っている。

 そんな哀れなパン生地を載せたトレーを、チノはオーブンに入れるため持ち上げる。

 

「チノちゃんはどんな形にしたの?」

 

「おじいちゃんです、小さい頃から遊んでもらってたので」

 

「おじいちゃん子だったのねー。ニロ君はどんな形に?」

 

「戦闘機です」

 

「まあ、かっこいいわね。これぞ男の子って感じ」

 

 そんな会話をしつつ、オーブンの前に移動したチノはトレーを中に入れる。

 

「ではこれから、おじいちゃんを焼きます」

 

 呟きと共に、オーブンを点火した。頭の上のティッピーの顔が真っ青になるが毛に隠れて見えない。

 

「おぉー、膨らんできてる」

 

「不思議ですね」

 

 ジジジと、オーブンの熱に当てられ少しずつ膨らんでくるパン生地をチノとニロは並んで見守っている。

 熱を当てるだけで膨らむなど、まるで魔法のようだ。

 

「あ、おじいちゃんが一番大きい」

 

「流石おじいちゃんです」

 

 ニロとチノの言葉に、ティッピーは得意げに鼻をフンッと鳴らした。なんの勝負だ。

 

「そんなに楽しいか?」

 

 ジッと張り付いている2人の横に、ひょこっとリゼが顔を出した。

 

「どんどん大きくなってきてます」

 

「あ、僕の戦闘機が大きくなった」

 

「お、本当だな。逆に一番小さいのは……私のか」

 

「リゼさんのだけ出遅れてます、もっと頑張ってください」

 

「わ、私に言うなよ」

 

 微妙に貶されたリゼは苦笑いを浮かべた。

 そんなこんなで見守りつつ、全てのパンを焼き切った。

 オーブンから焼きたてのパンを取り出し、それぞれを籠の中に入れる。

 しばらくすると、籠の中は既在パンや創作パンで一杯になった。

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

 ココアの声に全員が復唱し、それぞれが焼いたパンに齧り付く。

 咀嚼した数秒後、各自から驚嘆の息が漏れた。

 

「まあ、おいしい!」

 

「ふかふかです」

 

「歯応えが全然違います」

 

「流石焼きたてだな」

 

 初めての体験で感動した4人は、食べた感想を言い合った。不定的な意見は一つもなく、誰もが満足していると確認できる。

 味の美味しさと皆の笑顔で、ココアは更に嬉しくなった。

 

「えへへー、皆が満足できて良かった! これなら看板メニューにできるね、この焼きうどんパン!」

 

「梅干パンも中々よ」

 

「焼け焦げたおじいちゃんも美味しいです」

 

「戦闘機の翼パリパリしてて美味しい」

 

「ど、どれも食欲をそそらないぞ……」

 

 唯一真面目なパンを作っていたリゼは、4人のパンを見てそう思った。いや、戦闘機パンは食べてみたいけど。

 

「ふっふっふ、リゼちゃん。だったらこれはどうかな!?」

 

 そんなリゼの態度を挑戦と受け取ったココアは、不敵な笑みを浮かべると隠してあった籠をテーブルの上に置いた。

 

「ジャーン! ティッピーパン作ってみたんだ!」

 

 そういうと、ココアは籠の中に入っているパンを見せびらかすように見せた。

 丸いパンに耳と目、口を付けてティッピーと分かるように細工が施されてある。

 おおおっと、歓声があがった。

 

「まあ、かわいい」

 

「凄いなココア、何時の間に作ったんだ。看板メニューはこれで決まりだな」

 

「えひひー、美味しくできてるといいんだけど。さあ、食べてたべて!」

 

 ココアに急かされ、4人はティッピーパンを手に取った。

 

「もちもちしてる……」

 

「あむっ……あ、イチゴジャムが入ってる」

 

 むにむにとチノがティッピーパンを揉んでいる中、ニロは一足早く口に運んだ。

 パンの触感と、イチゴの甘酸っぱい味が口の中に流れ込んできた。

 予想外の味に目を白黒させる。

 

「リゼちゃんが持ってきたイチゴジャム入れてみたんだ。美味しいね!」

 

「はい、とっても美味しいです」

 

 ココアの言葉に、ニロは笑顔で賛同した。えへへと、笑いあう。

 味は確かに美味しかった。

 

「ああ……でも、なんかエグイな」

 

 口や目からはみ出して来るイチゴジャムが血のように見え、若干引きつりながらリゼは言うのであった。

 

 

 

 

 

 余談ではあるが、この惨状をお客さんに見せるのは危険だとチノは判断し、結局ティッピーパンはお蔵入りになった。

 その改良にココアがひーこら言いながら従事し、はみ出さないティッピーパン2号が作られラビットハウスの名物になるのはまた別の話である。

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