香風家の長男   作:ごちうさ難民

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第六羽 甘兎庵

 

 

 

 

「パン作りでお世話になったお礼に、うちの喫茶店に招待するわ」

 

 ラビットハウスでパンを作り、そろそろお開きにしようという雰囲気のなかで千夜はそう告げた。

 勿論断る理由も無く、ココア・チノ・リゼ・ニロの4人は是非にと返事を返しその日は別れた。

 それから数日の時が流れ、学校も無くラビットハウスも定休日のこの日、千夜との約束を果たすため街中を並んで歩いていた。

 

「えーっと、確かこの辺りだと思うんだけど」

 

 目的地が近いのか、先導係に任命されたココアがキョロキョロと辺りを見渡す。

 そんな姿に、少し不安になったリゼがつい聞いてしまう。

 

「ココア、ちゃんと場所は聞いてきたのか?」

 

「大丈夫だよ、私に付いてくれば絶対に着くよ!」

 

「あ、ああ、そうか……」

 

 

―――以前同じ場所をグルグル回っていたことがあるような。

 

 

 異次元に迷い込んでしまったのか思わず頭を抱えた経験があるため、自信たっぷりに答えるココアにリゼは少し顔を引き攣った。

 そんな事など露知らず、ココアは上機嫌に更に話す。

 

「千夜ちゃんのお店、どんなとこか楽しみだねーっ!」

 

「何て名前の喫茶店ですか?」

 

「あまうさ、だったかな?」

 

「甘兎となっ」

 

 名前をまだ知らされていないチノが質問し、それにココアが口元に人差し指を置き顔を少し上に向ける考えるポーズをとって店の名前を思い出そうとする。

 あまうさの後が思い出せない。”なんだったかなー”と考えるが、チノの方角から聞こえるドスの入った声でその思考を中止した。

 くいっと、顔をチノに向ける。

 

「チノちゃん知ってるの?」

 

 どう考えても女の子の声には聞こえない。実際ティッピーの中の人が発した言葉なのだから当然なのだが、チノはこの声を自分の腹話術だと周りに宣言しているためこの声はチノの声だと認識されている。

 ココアの問いに、チノはコクリと頷いた。

 

「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」

 

「へえー、そうなんだ! 昔のライバル店だった喫茶店に招かれるなんて、何か深い縁を感じるね

 

「そうですね」

 

「けっ、あのババアの縁なんぞゴミ箱に捨てたいわい」

 

「何かチノちゃん凄い過激なこと言ってる!?」

 

 驚愕した声を上げるココアに、チノはパッとティッピーの口を塞いだ。

 何と弁解したらよいか。頭の中で言葉を選んでいると、服の袖が引っ張られている事に気付く。

 スッと顔を向けると、そこにはちょこんと袖を掴んでいるニロがいた。その顔は何故か不安げだ。

 

「お姉ちゃん、その、僕達がライバル店に行っても大丈夫なのかな……?」

 

 小さく、どこか怯えた声でニロは懸念を示した。

 甘兎庵のババアがその子供にラビットハウスの悪評を流していたと同時に、ラビットハウスのジジイもまたその子供に甘兎庵の悪評を流していた。

 曰く、甘兎庵のババアは鬼だとか、ババアは夜な夜な呪いの儀式をしているだとか。

 そんな子供騙しな事などチノはもう気にしてないが、ニロは気にしていたようである。

 プルプルと震える弟の姿に、チノの全意識が向けられた。

 ポスッとニロの頭に手を置き、安心させるため微笑みながら撫でた。

 

「大丈夫だよ、千夜さんもそんな事全然気にしてなかったし、考えすぎ」

 

「そうかなあ」

 

「そうだよ」

 

 なでりなでり

 

 ニロを諭しながら、優しく撫で続ける。

 頭上の暖かな触感と撫でられる気持ちよさに、落ち着きが戻ってきた。

 その顔には最早不安感など無く、んーっと目を細くしてリラックスしている。これで口をもごもご動かし始めたら完全にうさぎだとチノは1人考えた。

 そんなほっこりとした姉弟の光景を、ココアとリゼは穏やかな眼差しで見つめていた

 

「ん? あ、ここじゃないのか?」

 

 ふと、視線を上に向けたリゼが何かを発見したのか声を弾ませて言った。

 それに釣られ、3人の目線も上を向く。

 そこには、この街特有の西洋風の建物でありながら、藁細工や木造の受付、そして旗と頭上に掲げられている渋い看板があった。

 ここだけ純和風である。けれども、この建物の色彩と相性が良いのか意外と嵌っている。

 

「看板だけやたら渋い、面白い店だな」

 

 周りが西洋風の街並みだらけなのに対し、あえて祖国の歴史で勝負するその心異議や良し。

 リゼにとっては高評価である。

 看板も右読みと、ここの主人のこだわりが感じられ―――

 

「おれ、うさぎ、あまい?」

 

「……甘兎庵な」

 

 右読み左読み以前に、漢字が全く読めてないココアにリゼは静かに訂正させた。

 どうやらそのこだわりは人を選ぶようであった。

 

 

 

 

 

「「「「こんにちはー」」」」

 

「あら、みんな、いらっしゃい」

 

 チャリリンっと、鈴の音を鳴らしながら4人は入っていく。

 そこには、和風な装飾を施された店内。そしてその中で嬉しそうに顔をにっこりと笑わせている千夜の姿があった。

 ラビットハウスではその黒髪を二つ結びにしていたが、今はストレートに伸ばしている。

 和服と相まって、まさに大和撫子と呼べるような風貌であった。

 

「わあーっ! その服、この店の制服だったんだ! 初めて会った時もその格好だったよね!」

 

「あれは、お仕事で羊羹をお得意様に配った帰りだったの」

 

 ココアと千夜は制服から雑談が弾んでいく。

 そんな中、チノとニロは店内をジロジロと見渡していた。

 同じ喫茶店として、そして元ライバル店として、何かラビットハウスに応用できそうな内装はないか。

 ニロはただ単純に好奇心で見ているが、チノはそんな事を考えながら周囲を見渡し―――そしてある一点に目が留まった。

 あっと、小さな声を漏らす。

 

「あっ! うさぎだ!」

 

 チノの声に反応したのか、同じく目線を向けたココアが叫んだ。

 そこには、台の上に鎮座している黒白うさぎが居た。

 全員の目線が集中し、千夜が説明する。

 

「看板うさぎのあんこよ」

 

「本物のうさぎなのか、置物かと思ったぞ」

 

「あんこはよっぽどの事がないと動かないのよねー」

 

 クスッと笑いながら千夜は言う。

 文字通り石の上にも三年を実践しているかのような不動っぷりに、チノが半歩踏み出した。

 触りたいのである。

 

 だが、半歩進んだ直後、急にあんこが動き出した。

 ぴょんっと、うさぎの脚力に物を言わせ跳躍しチノへ、正確にはチノの頭上にいるティッピー目掛けて突進する。

 急な出来事にチノは足がもつれ、そのまま後ろに倒れていく。

 けれどもチノの後ろにはニロが居り、急にのしかかって来るチノに驚きながらも踏ん張って耐えた。

 

「チノちゃんニロ君大丈夫!?」

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

 

「び、びっくりしました……」

 

 ココアとニロの心配そうな声を聞きながら、ぐいっとニロに押されて無事チノは立ち上がった。

 さすさすと、自分の頭を擦る。

 なんとも無い格好に全員が安堵する。そんな中、足元が何やら騒がしい。

 

 全員がその騒ぎの元を見るために視線を下げた。

 そこには、ティッピーがあんこに追われている姿があった。

 何やら渋い奇声をあげながらティッピーは必死に逃げている。

 

「縄張り意識が働いたのか?」

 

 うさぎは寂しいと死んじゃうと言われているが、実際は縄張り意識が強い生き物である。

 甘兎庵の看板うさぎであるあんこが、無法にも敷地に踏み込んだティッピーを敵と見なしてもおかしくない―――

 そう考えての発言だったが、千夜は静かに否定した。

 

「いいえ、あれは一目ぼれしちゃったのね。恥かしがりや君だと思ってたのに、あれは本気ねっ」

 

 まるで自分の息子が恋人を連れてきたかのような、そんな幸福感に包まれた千夜は手でハートマークを作った。

 そんな千夜の話に、ある点が疑問に残ったココアがチノに聞く。

 

「あれ? ティッピーってオスだと思ってたけど」

 

「ティッピーはメスですよ。中身は違いますけど……」

 

「あぁ、ティッピー待ってー」

 

 ドタドタと空いた窓から外に逃げてくティッピー。それにあんこが追従する。

 事の成り行きを見守っていたニロは、慌てて2匹の後を追った。

 ぴょんぴょんと、まずは甘兎庵の前でティッピーを追い回しているあんこを後ろから捕まえる。ティッピーに夢中であったため、針路上に先回りすれば捕獲は容易だった。

 無事捕まったあんこを目に収めたティッピーは、ホッと安堵の表情を浮かべた。何がとは言わないが、何で元々突っ込む側の自分が逆に突っ込まれなければならんのだ。

 危機を脱したティッピーは、そのままニロの手に掴まれ頭の上に置かれる。

 そして甘兎庵へと踵を返した。

 

「ごめんなさいね、あんこったら迷惑かけちゃって」

 

「いいんです、ティッピーにも良い運動になりましたから」

 

 バツが悪そうに謝ってくる千夜にそう言いつつ、ニロはあんこを抱きながら頭を撫でた。

 毛並みはティッピーと同じくもこもこで、撫で心地がとても良い。

 撫でられているあんこも気持ちいいのか、若干目を細めている。

 そんなあんこの姿を見て、千夜は目を白黒とさせた。

 

「まあ、あんこが懐いてる。あんこは滅多に人に懐かないのに、凄いわ」

 

「そうなんですか?」

 

 驚きが混じった賞賛の声に、ニロは素直に受け取りつつも首を傾げた。

 自分の手の中に居るあんこはかなり心地よくしており、傍目から見れば人懐っこいうさぎにしか見えなかった。

 本当にそうなのかな?と思いつつ撫でていると、ある視線に気付いた。

 チノである。私も抱っこしたい、とでも言いたげな表情でニロを見つめていた。

 そんな姿を見て、とててと近づく。

 

「はい、お姉ちゃん手を出して」

 

「えっ、でも……」

 

「いいから」

 

 どこか遠慮気味のチノに、ぎゅっとあんこを手渡す。

 少し強引に渡されたチノは少し固まったが、手の中のもふもふに自然と背中を撫でる。

 あんこは逃げる素振りを見せない。これまでティッピー以外のうさぎには尽く懐かれなかったチノにとって、まさに至高の時間だ。

 一頻り撫でたら、今度はあんこを頭上に掲げそのまま頭の上に乗せる。

 ぽすっと、何の抵抗も無くあんこはチノの頭で鎮座した。

 

「おお凄い! チノちゃんもうこんなに仲良く!」

 

「頭に乗せなきゃ気が済まない……?」

 

 リゼから動物が懐かない体質だと聞いたココアは、頭に乗せられているあんこを見て素直に喜ぶ。リゼは他のうさぎでも頭に乗せるという独自の拘りに呆れて半笑いした。

 

「えへへ、やったねお姉ちゃん」

 

 動物が懐かないチノの苦悩を誰よりも理解しているニロは、自分のことのように喜んだ。

 そんな光景に、チノはハッとした。

 この状況、あの時と似ている。

 産院で見た、お母さんの笑顔に似ている。

 

 

―――あの時はニロが抱っこされていたのに、生意気になったものです。

 

 

 成長とは感銘深いものだと、上目遣いで笑いかけるニロを見ながらチノは思った。

 弟に気遣いをかけられるなど姉としては悔しいの一言だが、この時ばかりはそんな鬱憤とした気持ちは湧かなかった。

 ただ清々しい。

 

「うん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 互いに短く言うと、笑いあった。

 これで十分だった。

 

「それじゃあ、みなさん立ち話もなんだし、お席に着いて貰えるかしら?」

 

 やりとりを微笑ましく見守っていた千夜が、ひと段落した会話の合間を縫って4人に言った。

 それを聞き、本来の目的を思い出した。ここ喫茶店だ。

 そうだそうだと言いつつ、席に座る。

 4人が座った事を確認した千夜は厨房へと入って行き、そして茶椀の載ったおぼんを持ちながら戻ってきた。

 

「私も、抹茶でラテアート作ってみたけど、どうかしら?」

 

「えっ、どんなの?」

 

「ココアちゃんみたいに可愛いのは描けないんだけど、北斎様に憧れていて……」

 

 少し恥かしそうにしながら、茶碗を置いていく。

 その茶碗の中を覗くと、浮世絵が描いてあった。

 美人画や富士と、割と知られている物をチョイスするあたり初心者に優しい。

 他にも自作の短歌を抹茶の中に収める等、割と技術が高かった。

 

「この抹茶、凄い風流だー」

 

「楽しんで貰えてよかった。それと、おしながきよ」

 

 ほうっと感嘆するココアに千夜はにっこりと笑う。そして、手に持っていたおしながきを全員に配布した。

 何があるのかなっと全員がおしながきを開く。すると、ココアを除く3人の顔が”ん?”っと戸惑いの顔を見せた。

 そこに書かれていたのは、『煌めく三宝珠・雪原の赤宝石・海に映る月と星々』と良く言えば比喩表現が豊富、悪く言えば中二病のような文字列がずらりと並んでいた。

 

「なんだ、この漫画の必殺技みたいなメニューは……」

 

 思わずリゼが唸った。

 それはチノとニロも同じなようで、訳が分からないといった顔を作りながらコテンと首を傾げた。ニロの頭の上に居るティッピーもなんじゃこりゃという顔をしている。

 そんな中、ココアが嬉しそうな声で喋る。

 

「わあーっ! 抹茶パフェも良いし、クリーム餡蜜も白玉も捨てがたいなー!」

 

「分かるのかッ!?」

 

 普通の日本語を読んでいるかのようにスラスラと述べる姿に、3人はギョッとした。

 そんな事はお構い無しにココアは左手を上げ元気良く注文する。

 

「じゃあ私、黄金の鯱スペシャルで!」

 

「よく分からないけど、海に映る月と星々で」

 

「花の都三つ子の宝石」

 

「お姉ちゃんと同じでー」

 

「はーい、ちょっと待っててねー」

 

 すらすらっと、注文票を書くとしずしずと厨房ののれんを被っていった。

 そんな千夜の後ろ姿に、ココアは感嘆とした声を出す。

 

「和服ってお淑やかな感じがしていいねー」

 

「ああっ」

 

 同調しながら、リゼは千夜をみつめていた。

 その目は、どこかキラキラしている。何かに憧れているようであった。

 

「着てみたいんですか?」

 

「い、いやそういう訳じゃっ」

 

 チノの指摘に、リゼは少し顔を赤くしながら慌てて言い繕う。

 だが、明らかにその顔は着てみたいと書いてあるように見えた。

 

「リゼちゃんならきっと似合うよー」

 

「そ、そうか……?」

 

「うん! すっごくかっこいいよ!」

 

「うんうん!」

 

 ココアのべた褒めに、リゼは悪い気はしなかった。

 互いに思い浮かべることは違っていたが、通じ合えば特に問題は無い。

 本人が幸せそうならそれで良いのである。

 何か話に食い違いがあるなと思ったチノとニロだったが、最終的にはそう考え黙っていた。

 出世術である。

 

「お待ちどうさまー」

 

 そんな和やかに談笑していると、千夜が戻ってきた。

 コトッと、注文した品が机に置かれる。

 

「リゼちゃんは、海に映る月と星々ね」

 

「白玉栗ぜんざいだったのか」

 

「チノちゃんとニロ君は、花の都三つ子の宝石ね」

 

「餡蜜にお団子が刺さってます」

 

「綺麗だねー」

 

「ココアちゃんは、黄金の鯱スペシャルね」

 

「おぉーっ!」

 

 注文した品を見た4人は、各人各様の反応をとった。

 リゼは名前の由来通り、確かにそう見えるかもしれないと思い、チノは予想外なモノが出てきて驚き、ニロは綺麗な出で立ちに見とれている。そして唯一おしながきを解読できたココアは、予想通り美味しそうなパフェが出てきて喜んだ。

 

「さあ、召し上がれ」

 

「いただきまーす!」

 

 ココアに続いて3人もいただきますをし、スプーンをもって甘味を食べ始める。

 パクッと、口に運ぶ。

 

「ん~っ! おいしー!」

 

「本当だな、凄く美味いぞ!」

 

「このお団子、桜の風味がします……っ」

 

「甘くて美味しいです」

 

「良かった、お口に合って」

 

 ガヤガヤと嬉しそうに食べた感想を言い合う姿に、千夜はにっこりと笑った。

 自分が作った甘味を友達が美味しいといってくれたのである。喫茶店を切り盛りしている身としてはとても嬉しいことだ。

 

 そんなこんなでスプーンを動かしていると、チノの頭の上に乗っかっているあんこが動きを見せた。

 くいっと、首を回してココアの方角に、正確にはパフェを見つめている。

 そんな視線に気付いたのか、ココアは不思議そうな顔であんこを見た。

 

「あれ? どうしたの?」

 

「はい……?」

 

「ココアさんのパフェが食べたいんでしょうか?」

 

 ココアの声に”何が?”と思案顔になるチノ。それをフォローするかのように、ニロが答えた。

 角度的にチノはあんこの動向が見えないのである。

 

「しょうがないなー、ちょっとだけだよー?」

 

 パフェの一部をスプーンで掬うと、あんこの前に差し出す。

 それをヒクヒクと鼻を鳴らして見つめていたが、あんこは眼中にも無さげに無視してチノの頭から飛び降りた。

 そしてそのままパフェ本体に齧り付く。

 これには流石のココアも慌てた。

 

「本体まっしぐら!?」

 

「あらあら」

 

 バクバクとがっつくあんこに、千夜は困ったような声を出しながら持ち上げた。

 そして元に居た場所に戻すと、ついでに栗羊羹を置いた。

 それを無表情であんこはもしゃもしゃと食べる。

 残ったのは食い荒らされたパフェだけだった。

 

「わ、私のパフェが……」

 

「まるで戦場の跡地だな……」

 

 たい焼きは腹が割かれ、クリームも滅茶苦茶になっている。

 どんよりとした表情になったココアは流石に不憫だった。

 

「ココアさん元気出してください。これあげますから」

 

 そう言うと、ニロは餡蜜の乗ったスプーンをココアの前に突き出した。

 可哀想だと感じたからの善意である。

 涙目になっていたココアはそれを見て、目をしいたけにさせた。

 弟が自分に食べさせてくれる。つまるところ”あーん”である。

 怪我の功名。まさしく降ってきた幸運。

 寸分の戸惑いも無く、ココアは口を開けた。

 

「あむっ……んーっ美味しい! じゃあお返しに、ニロ君もあーん」

 

「えっ、でも僕は別に」

 

「いいからいいからー」

 

 ニロはただあげるつもりだったが、意図せぬお返しに戸惑う。

 しかしお返しと言われれば断り辛い。少し迷ったが、顔を前に突き出して口を開いた。

 恥かしいのか、顔を少し赤くして目を閉じている。

 そんな姿を微笑ましげに見つめながら、ココアは優しくニロの口の中にスプーンを入れた。

 

 もぐもぐもぐ

 

 パフェを口の中に入れられたニロは咀嚼する。

 甘さたっぷりの味が舌に染み込んでいく。

 ゆっくりと、目を開けた。

 

「美味しい、です」

 

「うん、美味しいよねー!」

 

 少し照れ笑いをしながらそう言うニロに、ココアはにっこりと笑った。

 そんな2人のやりとりを見て、チノはむすっとした顔になった。

 ”ココアさんに負けてたまるか”そう意気込むと餡蜜を乗せたスプーンをニロの口元に差し出す。

 

「お、お姉ちゃん……?」

 

「はい、あーん」

 

 ココアに続きチノにも食べさせられる事に戸惑うが、チノになら別に問題なかった。

 ココアの時とは違い、少し嬉しそうにして口を開く。

 はぐっと、口の中に入れられた。

 もしゃもしゃと食べる。

 

「んっ、じゃあお姉ちゃんも」

 

 食べ終わったニロは今度は自分の番だと同じく餡蜜の乗ったスプーンを差し出した。

 あむっと、チノは自分から食べに行く。

 姉の余裕だ。

 

「うん、ごちそうさま」

 

「お粗末さまー」

 

 えへへっと、ニロは笑った。

 久しぶりにチノと食べさせっこできて満足したのである。

 嬉しそうにするニロの姿に、チノもほっこりとした気分になった。

 やはり笑顔が一番だ。

 

「う゛え゛え゛ええぇぇっ! お姉ちゃんの道が遠いよリゼちゃーん!!」

 

「いや、だからニロの姉はチノだろ……」

 

 ココアは姉の余裕を見せられ泣いていた。

 

 

 

 

 

「千夜ちゃん、またねー!」

 

「ごちそうさまでした」

 

「美味しかったです」

 

「またなー」

 

 空は既に夕暮れ。荷物を持って甘兎庵から出た4人は見送りに来た千夜に手を振りながら、お礼と別れの挨拶を言った。

 千夜は小さく頷くと、何も言わずににっこりと笑いながら手を振っていた。

 

「千夜ちゃんのお店、すっごく美味しかったね!」

 

「そうだな。私もあれ程おいしいぜんざいは食べた事がなかったよ」

 

「うちもあれくらいやらなきゃダメですね」

 

「凝ったもの……何があるかな?」

 

 口々に感想を言い合い、そしてラビットハウスの更なる発展のために意見を言い合う。

 お客さんの満足をあげるサービスやら、見た目で楽しめるお菓子作りなど。

 そんな若い者達の活発な議論を、チノの頭の上に移動したティッピーはうんうんと聞いていた。

 

 昔は、甘兎庵など名前を聞いただけで虫唾が走った。

 だが、それは今の世代には関係ない。

 あのババアの孫である千夜という女子も、孫であるチノやニロ、バイトであるリゼとココアにはもはやどうでもいい話だ。

 ライバル店であった喫茶店同士が、仲良く交流する。

 一時代を生きていた身としては複雑だが、これも時代の流れ。

 これからはお前らの時代だ―――と、ティッピーは笑いあっている4人の姿を微笑ましく見るのであった。

 

 ババアは許さないけど。

 

 

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