赤毛の少女ローズヒップが八重歯をむき出しにして、唸る。ローカストの37mm砲の照準器から見えるのは逃げるヘルキャット駆逐戦車と、中央で団子のように固まっている戦車の群れだった。見える限りで識別できる車両で、三号戦車に97式中戦車、BT-7といった者からT34に四号やM4A1中戦車と言った主力として使える戦車まで揃っている。
中でも、中央で大学選抜で散々手を焼かせてくれたパーシングと思わしき戦車がいることにローズヒップは目を細めた。砲塔の上で必死に腕を動かしている男がいる様子から、あれが隊長車なのだろうが、此処からでは他の戦車が邪魔で撃つことができない。
「薫子! 砲撃と同時に稜線の影に!」
「随分弱気ですね!」
「かったいのばかりで面倒ですわ! それに!」
ローズヒップは小さく「4、3、2……」とカウントすると、ローカストに砲を向けれた敵戦車が一斉に砲撃を開始した。口径が様々な砲弾が飛来し、木々をなぎ倒し、地面を掘り返した。巨大なハリケーンの中にいるかのような感覚は肝を冷やすと同時に、血をたぎらせる。
「来た! キタ! 来ちゃいましたよぉ!
「うろたえ玉なんかにあたりませんわよ!」
悲鳴とも歓声とも取れる薫子の声の後にローズヒップが敵軍に向かって吠えると、37mm砲が放たれる。全力で回避行動をとっている中でも、とりあえず手前のKV1に命中させたのは幸運か、実力か。だが、KV-1の装甲の前に37mmは豆鉄砲に過ぎない。弾かれ明後日の方向へ――と思いきや、隣のシャーマンの履帯に跳ね返り、切ってしまった。
「何やってるんだ!」
「もっと間隔を開けろって!」
革命軍の面々はそう言い争って密集していた自軍をバラバラにしようとスロットレバーやハンドルと格闘するが、不慣れな操縦で動かすには戦車はあまりに大きすぎた。砲塔がつっかえる者から、隣の車両と衝突する者と様々だ。
「よし、これで……!」
一台、M3軽戦車が抜けだしたが重装甲のお家から出て来た軽戦車はカモだった。稜線の影に入っていたはずのローカストが発砲すると、側面に被弾し撃破判定の白旗が上がった。革命軍がうろたえる中、ローズヒップ車は次々と動く車両と狙い撃っていく。
「鴨撃ちですわ! さあ、どんどん撃っていきますわよ!」
「止まってていいんですか?! 止まってるんですよ私達!」
砲塔だけを露出させ、下でうごめく革命軍に砲撃している間、ローカストは停車していた。何分乗員が一人足りないので砲撃と装填はローズヒップ任せであるための行動だった。薫子はコッチに砲を向けてくる緊張と止まっている状態へのストレスと戦い、ローズヒップは勘と瞬時の判断で車両を選別、砲撃し、敵車両と交戦する。
排莢と装填、砲撃のリズム。停車したエンジンの静かな振動を体で感じ取っても、ローズヒップは自分の衝動を必死に抑えていた。
そう、この戦闘はどう見ても彼女たちのいつもの姿ではない。どちらかと言えばダージリンが傍に居る時の様な、もしくはマチルダⅡ隊のような戦い方だ。位置取りを見て、重装甲と冷静な砲撃で戦列を組む――単騎で戦列を組むことは出来ないが、ローズヒップは天然の大地を装甲代わりにしていた。
「キタぁ!」
だが、それも75mmや85mmの嵐には何度も耐えられない。徐々に密集状態から抜け出しつつある革命軍は散発的だが反撃を開始しだす。砲声の後に続く爆発音とエンジンの小さな振動に薫子は床を蹴って、ローズヒップを急かす。
だが、ローズヒップは射撃を続け、四号の履帯を切った直後だった。薫子の要請に「ステイ」だ。ローズヒップは照準器で“最後の一台”を捕えている最中だった。見えるのはクロムウェル巡航戦車の起動輪。37mm砲を一発放つが、手前の大地で跳ねた。
チッと舌打ち一つして再装填し、再び照準器を覗きこむ。
「おいでなさって下さいまし~。そう、そのまま」
そして、彼女の勘が働いた時、フットペダルを踏んで37mm砲を轟かせた。砲弾は綺麗に飛んで行って機動輪を破壊することは出来なかったが履帯をちぎっていたのを確認できた。
クロムウェルは片方の履帯が止まったことで右に大きく曲がってしまい、進んで来たM4A2と衝突した。
それを見てローズヒップは二カッと笑って薫子の方を見た。薫子は不安そうな目で操縦席からローズヒップを覗き込んでいたが、ローズヒップの笑顔を見て、察した。しっかりと操縦かんを握りしめ、狭い窓から敵を睨んだ。
6気筒のエンジンが大きく唸る。準備体操をするかのように、エンジンを時折吹かしてその号令を薫子は待った。ローズヒップの無言の指示の元、陰に隠れて回り込んでいく。見当違いの方向に砲撃を続ける革命軍をあざ笑うかのように、M22ローカストは木々の間に入り込んでジッと敵を見下ろす。
そして、ローズヒップの望む位置についた時、薫子は訊いた。
「号令は?」
「ハイよー! シールバー!」
大きく息を吸い込んでローズヒップは叫んだ。ローカストは一気に加速し、サンダースのアメリカ風に則って丘の上からローンレンジャーさながら突撃しだした。斜面を下って走ってくるM22に革命軍は慌てた。
「何してる! 砲を向けるんだ!」
「そんな事言っても!」
バラバラに散った上に所々に動けない味方車両がいて、砲を向けられない、あるいは理想的な射撃位置に移動できないでいる革命軍に反撃できる車両はわずかで、しかも腕も未熟な上に散発的では聖グロのコンビの駆るローカストに命中させることなど叶いっこなかった。
「いざ、尋常に勝負!」
ローカストは彼らの混乱に乗じて、敵集団の中央に入って来た。一振りの剣が貫くように柔らかい内側にローズヒップらクルセイダー乗りが切り込んだのだ。密集し、砲撃を集中させればこのような事にはならなかったが、後悔は先にたたない。丸々肥えた豚に襲い掛かるローカスト(イナゴ)は全速力で革命軍の間で暴れ出した。
37mm砲で敵車体後部を撃ち、機銃をあらん限りバラまく。しかも、革命軍は動きが制限されているのに対し、彼女等はひたすらに自由に舞っていた。
「ハッピーですか?! 薫子! こんなの黒森峰以来ですわよ!」
「死ぬ、シヌ! しんじゃいますよぉ!」
「ロデオだって、こんな揺れませんわ! さあ、走って、撃って、なぎ倒して、お紅茶の時間ですわよ!」
「撃たれて、跳んで、サヨウナラ! です!」
ポジテイブとネガテイブの二人。だが、双方とも楽しんでいた。薫子はそのことに無自覚なのだが、ともかくアドレナリンの波に酔いしれ、一人は操縦かんを動かしてもう一人は砲撃と銃撃を繰り返し、懸命に行っていた。
「この!」
革命軍の四号突撃砲が75mm Stuk40を向けて放ったが、小柄ですばしっこいローカストには命中せず、旋回途中だったSu-85の左側面を貫徹して撃破してしまった。
「う、撃つな! 同士撃ちになる!」
「なら、どうすりゃ!?」
「構うな! 女の戦車なんかさっさと倒せ!」
微笑みのローレンスが味方に構わず砲撃するように指示するが、混乱は増すばかり。指示が行き交い、各車両はどの指示に従うべきかを判断できないでいて、結局各車両ごとで勝手に動く以外何もできなかった。
「遅い! 遅いですわ! それでは紅茶の熱も冷めてしまいますわ!」
だが、そのスキを逃すローズヒップではない。薫子が操縦することでローカストはその場でクルッと回転し、その場にいる誰よりも早く後ろを向いていた。一瞬、挙動が止まると同時に砲撃し、30口径の機銃をローレンスの車両に撃ち込む。
「ひィ!」
ローレンスが頭を抱えている間に、ローズヒップ車は何両かの狭い隙間をすり抜けていく。それは革命軍の男子には信じ固い光景だった。車両が通れるかを瞬時に判断し、曳光弾入りの30口径で敵視界を封じる。たった一両の軽戦車が幽霊か何かに思えた。どんな壁もすり抜けて、大勢に憑りついては殺していく、悪霊のようだった。
だが、革命軍にそのマネは出来ない。行動不能な車両が邪魔をしたし、未熟な技術の操縦で器用に動くことも難しいからだ。
「調子に乗るなよ!」
「ののの?」
だが例もいる。此処に来てBT-7軽戦車と97式軽装甲車、ニ号戦車がローズヒップ車の後方からやって来た。快速戦車として名高いBT-7を筆頭に楔型の隊形から、徐々にローズヒップ車を取り囲んでいく。
ローズヒップはすぐさまキューボラから身を乗り出して三台の位置を確認する。BT-7の対角線上にニ号、そしてローカストの真後ろに九七式軽装甲車。ローズヒップはよく回る頭を働かせて、薫子の背中を足で三回小突いて、円を描いた。
「これで挟撃だ! どうだ、この!」
BT-7から半身を出して叫ぶ男にローズヒップは舌を思い切り出してあっかんべ~、をした。
「べー! ですわ!」
「このアマ!」
瞬間、ローズヒップは「今!」と叫んで薫子の背中を軽く押した。すると、ローカストは180度の急ターンと同時に前方向に履帯を目いっぱいに回しさっきまでとは逆方向に進みだし、同時にBT-7とニ号戦車がそれぞれ、20mm機関砲と45 mm M1934を放った。
すると、二両の射線上にいたはずのローカストが消え、一つの射線として二両のソレが繋がり、互いに装甲を穿ってしまった。
「う、うわ!」
そして、突っ込んでくるローカストに完ぺきにビビッて九七式軽装甲車は慌てて舵を切ってしまい、撃破されたニ号に追突して走行不能となった。
「ビンゴォ! 島田流ターン成功です!」
「ナポリターンじゃありませんの!? まあ、どっちでもいいですわー!」
上がる車内温度に体温で熱くなってきたローズヒップはサンダースのパーカーを脱ぎ捨てて、本来の濃紺のカーディガンとネクタイ、Yシャツの姿となってキューボラから周りを見渡す。
「女のくせに!」
左後方から大口径の砲弾が飛来し、ローカストの砲塔側面を掠めて行った。耳ざりな金属の悲鳴と衝撃にローズヒップを左耳を手で覆った。車体が一瞬左側が浮いたが、どうにか持ち直し、ローズヒップが振り返ると彼女は「オホホ」と笑った。
「IS-1! 凄いのが来ちゃいましたわ! 薫子!」
「何呑気な事を! どっこも抜けませんよ!」
薫子の言う通り、ローカストの37mm砲は精々50mm程度の装甲を貫徹できる能力しか有していない。IS重戦車は最も薄くて車体後方の60mmで、流石に高速戦闘をしながら貫徹させるのは不可能だった。
更に周りをみると、重戦車群がコチラに旋回しつつあり、混乱はようやく終息してきたところだった。此処までひたすら暴れまわった二人だが、この状況は芳しくない。重戦車と正面きって戦える車両ではないのだから。
『デッドエンドかな?』
すると、通信機から粘着質な声が聞こえて来た。その声の主は敵首領微笑みのローレンスからだった。
『降伏するんだ。これでわかったろう、君らではボクに勝てないと……』
余裕ぶろうとしているが、ローレンスは荒くなってしまった息を隠すことができず、声もいがらっぽかった。大物ぶろうとしている小物そのもの、聞くと同時にローズヒップと薫子はそんな男にひれ伏すような選択は絶対にしないと誓った。
『聞こえているのかな? さもないと……』
『Hey,Say againさ、も、な、い、とォ?』
そこへ、別の女子の声が飛んできた。負けん気が強そうな女子の声、それはサンダースの代表する車長の一人、アリサの物であった。
ローレンスが間抜けな声を出した同時に37mm砲ではない大口径の主砲がどこかで咆哮を上げて、IS-1の後部へと突き刺さり、爆炎を上げた。
60mm程度の薄い圧延装甲など軽く吹き飛ばし、ローカストを仕留められる絶好の場所にいた重戦車はうめき声を上げた後に沈黙、撃破判定が上がってしまった。
『BoooM! イピカイエー! ざまぁみなさい! 間抜けにお尻を突き出しているから、そうなるのよ! 聖グロコンビ! 反撃よ!』
革命軍とローズヒップたちのはるか後方、距離にして1700m。ローレンス達は双眼鏡を用いてそのシルエットを確認した。陽炎立ち上る大型のマズルブレーキに傾斜装甲を持たない、大型の車両。
砲塔側面には三つのスモークディスチャージャーに彼らから見えないが「115」の番号。その姿は誰もが知っていた。88mm高射砲を搭載し、第二次大戦中、連合国軍を恐怖のどん底に叩き落とし、ドイツ第三帝国の防御線を支えて来た伝説の名戦車。
「ティーガーI だとォ!」
ローレンスが叫ぶと同時に件の戦車は第二射を放っていた。1700mと言う距離を物ともせず、砲弾はKV-1の車体前面に命中した。45tの重戦車が痙攣したかのように上下に揺れて、白旗を上げた。
あの火砲の前にはどんな重装甲さえ無意味と言わんばかりの現実。ローレンス達は皆揃って狼狽えた。敵は猟犬だけで、火力不足であると踏んでいた所に絶大な火力を持つ敵車両、しかもそれだけではない――敵の重戦車は再装填が早く、恐るべき精度で狩に来ているのだから。
しかも、気が付けばローカストが姿を消していた。また、あのイナゴ戦車がどこから襲ってくるかわからなくなってしまい、益々革命軍の士気は下がっていく。
「だ、だが!」
ローレンスは震える身体を安心させる為に自らに言い聞かせるように言った。
「コッチにはあんなおんぼろ戦車よりも強いのがいるんだ!」
△
ハンガーで急いで弾薬を積み込みしている中、積み込みを終えた車両から順に出撃していく。その中でいち早く補給を終えた車両、シャーマンファイアフライは映画部のフィールドへと続く道で立ち往生をしていた。
どこかの馬鹿が車両止めを置いて行ってしまい、砲手ナオミは不機嫌そうにガムを噛んで車両止めを見下ろした。
「まったく、あの馬鹿も面倒な事を」
「吹き飛ばせませんか?」
まだルーキーの通信手の一年生がナオミに尋ねた。
「あれだけ置かれると、な。それに一応市街地だから、おいそれと撃てないさ」
「そうですか」
「ああ、しばらくは車内で待ちぼうけだ。食べるか?」
戦車兵用のヘッドギアを被った黒髪の一年にナオミはグレープ味のガムを一枚差し出した。
一年生は「いただきます」と貰って口に入れた。しばらく、車内でガムを噛んでいて、暇だったのか、一年生はナオミに自分の素朴な疑問を聞いた。
「ところで、例のロランス? って人はどんな風にケイ隊長を口説いたんですか?」
「聞きたいか?」
「是非」
他のベテランのファイアフライ乗り達が椅子に寄り掛かってリラックスしている中、ナオミがコホン、と一つ咳払いをしたを聞いて、気になったので彼女等は耳を傾けた。
「『やあ、ケイ。こんにちは、僕の名は峰 六郎。皆はローレンスって呼んでいるから、そう呼んでくれ。唐突だが、君にはカレシがいるのかな? いない? なんてこった! こんなセクシーな尻と脚を持っているのに! なあ、ボクと付き合わないか? NO? そんな事言わずに三日試しに付き合ってみなよ。ボクの魅力が分かるはずさ。それに君と僕は同じなんだ。同じ空気を身に纏っている。この匂いや空気、感覚、それらが皆ボクと同じで、僕等は同じ人間なんだ。こんなにもボクは君の事を知っているんだ。これは運命……そう、ボク達は惹かれ合うのさ……だから、キミはボクのモノなのさ』と言った感じだったな」
車内が二分間沈黙した後、ナオミの迫真の、クールなモノマネ芸を思い出して大爆笑が始まった。
余談だが、その年のサンダースの新年会でナオミはかくし芸を披露することとなった。
次回、もう一台の増援、エリカ組を書く予定です。
とりあえず、戦車戦をかきましたが、こんな感じでいいんでしょうか?
現実的ではないにしろ、ガルパン本編の様な戦闘描写ができていることを願うばかりです。
感想や指摘、アドバイス等があれば、ご自由に書いて欲しいです。