英国面とは何か。
この問いに正確に答えられる者は少ないのではないだろうか。神に誓って言うが、英国の兵器が他国に劣っていると言うことは決してない。
ボルトアクション銃としてのエンフィールドmk4は他国と比べて多い装填数で、手動マシンガンと呼ばれ、バトルオブブリテンに名高く、零戦とも戦闘したスピットファイアは傑作戦闘機であることは疑いない。
何より、世界で最初に戦車を開発した先進性を見れば、英国がおかしな兵器を作る国とはおそらく言えないはずだ。
だが、古今ではパンジャンドラムやカヴェナンター戦車、L85小銃などは英国面と揶揄されて馬鹿にされている。何と嘆かわしい事か。愛されているのも事実であるとしてこのままで良い物か。
否、よくはない。英国面を追求していけば必ず最強の兵器が誕生するはずなのだ。古今東西アメリカの野蛮人やロシアの田舎者、ドイツのジャガイモ野郎が作った兵器が目立つが、そんなものは栄えある大英帝国の御前ではゴミクズであるべきなのだ。
それがフランスと百年戦争し、インドを征服し、中国にアヘンを売りつけ、皇太子がナチスの制服を着こなすイギリスのプライドなのだ。今こそ声を大にして言わなくてはならない、偶には良い英国面もあるのだと。
第二次大戦中に全金属製の戦闘機を作れなくて、布と木で作った戦闘機が意外と生存性が高かったなんて例だってあるのだ。良い英国面だってあるのだ、と断固として主張するために聖グロリアーナのOB/OG会は総力を結集し母校に一台の戦車を送り届けたのだ。
英国万歳!
△
「それで、コレですか?」
戦車道クラブのフィールド、緑豊かな野原で赤いタンカースジャケットを着たオレンジペコが苦笑を浮かべてダージリンに訊いた。隣のアッサムも同じような顔でダージリンを見ていて、オレンジペコの言うコレについての感想をダージリンの口から聞こえるのを待っていた。
だが、ダージリンは紅茶を片手に何も答えない。
彼女がレディだから答えないのか、と問われれば違う。正確に言えば、ダージリンの心は冷え切っていて怒りと悲しみ、そして喜びという感情がシチューのようにごった煮となっていて、自分でもどう表現していいものか分からなかったのだ。
目の前で坂を上っている一両の戦車が彼女をそうさせていた。ダージリンの青いサファイアブルーの瞳に写るそれは長い車体を持ち、長砲身の対戦車砲を装備していた。ボディは彼女の愛車であるチャーチルによく似ていたが、その上に乗るのは回転砲塔ではなく、真四角な戦闘室が乗っていた。
傾斜など皆無な戦闘室は武骨と言うより不細工なシルエットを作っており、デザイナーがいれば三度はこのデザイン性について胸ぐらを掴んで問いただしたくなるだろう。これが戦車発祥の地のイギリスの作る戦車か、と。
これこそ、ダージリンが望んだ「17ポンド砲を載せたチャーチル歩兵戦車」ことチャーチルGC(ガンキャリア)である。その威風堂々たる戦車は目の前の坂を上ろうとして、17ポンド砲がつっかえて止まってしまった。
「またつっかえましたね」
「これで三回目ですね」
アッサムとローズヒップの漏らした感想にダージリンはひたすら沈黙を貫ぬく。ふと視線を落とすと、カップを持つ手が震えていたので、それを必死に隠して平静を装った。
「使いにくいですわ、ルクリリさん」
「しょうがないだろ! こんな突撃砲みたいな戦車は経験ないんだから! 砲が本当に邪魔だ! 取っ払ってしまえ! こんなもの!」
戦闘室上部のハッチからルクリリとそのメンバーが出てきて、口々にチャーチルGCの不満を述べていった。基本的に回転砲塔のない車両は扱わない彼女等にとってこの戦車は不得手な上にこの長すぎる砲が邪魔で仕方なかった。
歴史上では三インチ高射砲を載せたものだったが、戦車道のルールとして当時の範囲内での改造は認められる事をいい事に17ポンド砲を装備させたのだ。OB・OG会はダージリンの戦車道全国大会での活躍を祝って、これを「ダージリン」と名付けて送ったのだが、その好意は他の面子には届かなかった。
ハッキリ言ってありがた迷惑。走らせれば邪魔、しかも遅い。頼りの17ポンド砲は視界が狭くて見えない、故に当たらない。そして見かけが最高にダサいのだから、聖グロのお嬢様はこの戦車を罵った。
「この“ダージリン”使えないわ!」
「17ポンド砲なんか載せて! 普通にブラックプリンスを下さればいい物を!」
「こんな“ダージリン”を作った人のお顔が見たいですわ!」
ダージリンは彼女等の言葉に何故か自分が責められている気がした。
英国面を愛する彼女等だが限度と言う物がある。“ダージリン”の余りに尖り過ぎた性能は完全に産業廃棄物の烙印を押す以外ない。英国面に百戦錬磨の聖グロリアーナのお嬢様方ですら、この扱いなのだ。一体この地球上にこの戦車を愛せる者がいるのか、それすら疑わしかった。
「ダージリン……いい加減お認めになっては? アレは使えないと」
「つ、使えるものは何でも使う物よ。完ぺき主義では戦えない、と言うのでなくて?」
「使えますか?」
「そ、それは」
「本当に?」
ぐいぐい押してくるアッサムにダージリンは圧され気味であった。光が消えた暗い瞳にはこんな英国面の戦車をつくりたがった戦犯が反射されていた。だが、ダージリンは負けを認めたくなかった。
自分の望んだチャーチルでなくても、アレはチャーチルの流れを組む車両。おまけに17ポンド砲と言う高火力を有しているのだ。ここまで来てアッサムや他のメンバーに圧されてアレをすぐOB・OG会に返すのは彼女のプライドが許さない。
何より、あの四角い戦闘室が載っているチャーチルも独特の味わいがあると彼女は感じていた。それを分からぬとは、戦車道クラブの連中もまだまだ青い。まるでティ―ガーやパンターを信奉する黒森峰の脳筋と変わらないではないか。ダージリンはぷんすか、と“ダージリン”を馬鹿にする彼女等を非難した。もちろん無言で。
「アッサム様。そんなにダージリン様を責めないでください」
「ペコ」
助け船が来た。ペコがアッサムを諌めたのにダージリンは一瞬明るくなった。流石はオレンジペコだ。最高のタイミングで気が利く。愛い奴だ、とダージリンは内心賛美をこれでもかと送った。
「アレでもダージリン様の名がついてるのですから」
「ぺ、ペコ?」
「さあ、ダージリン様。お喜びになって下さい。お望みの17ポンド砲をくっつけたチャーチルですよ。あんな筆箱みたいな形に変わり果ててまで改造されたんですから……是非
ご自身でお乗りになられては? きっと素晴らしい戦車ですよ、あの“ダージリン”は」
ダージリンは口を堅く結んだ。
ペコの口から出て来た絶賛の言葉はダージリンの神経をチクチクと刺した。この小柄で一見天使の様な見かけの少女の口から皮肉を吐き出されると中々来るものがあった。さしものダージリンも反論したくても言葉が浮かばず悔しさに口を閉ざすほかなかった。
だが、負けるわけにはいかない。紅茶を飲んで誤魔化し、彼女はその溢れる知性の泉を以って反論の手段を考えた。オレンジペコに口で負けるのだけは聖グロリアーナの戦車道クラブ隊長、ファーストレディとして避けなくてはならない。
負ければ、きっとチャーチルGCはお払い箱になってしまうに違いない。何せ、相手はオレンジペコ――可愛くて機転が利くがロマンを理解せぬ頑固者なのだから。
決して屈するな。決して、決して、決して! と言うチャーチルの言葉を思い出して白い目で見るオレンジペコとアッサムに反論しようと口を開いた時、GCがいた方から爆発音が聞こえた。
何事かと思い、見ると側面を演習弾で撃たれた“ダージリン”の姿があった。
「オホホホ! ノロマで砲塔がないから相手するのは楽ですわ!」
「畜生! ローズヒップなんかに!」
ここで彼女が来るとはダージリンには想定外だった。何となく、彼女の遠慮しない口からズケズケと言われるような気がしていたので別の場所でクルセイダーの整備を命じたのに、もう戻って来ていた。
いきさつは分からないが、どうやら模擬戦をしてローズヒップがコテンパンにしたらしかった。
「ところで何ですの? コレ」
「チャーチルGCの改良で名前は……」
「ダサいですわー!」
歯に衣着せぬ物言いはダージリンの心に徹甲弾となって飛んで、貫いた。近くに居たルクリリ車の乗員が青い顔をして止めようとしたが時すでに遅かった。
「何だか鉛筆が刺さった鉛筆削りみたいな外見ですわ。カクカクしてるくせにあまり硬くないですし、てかダッサイですわ! マジで! これでよくチャーチル何て名前をつけれますわ!」
「二度も言わなくても。でも、なんか豆腐とか筆箱みたいな戦車ですね」
ローズヒップが評していると、操縦手の薫子もハッチから出てきて近くでまじまじと見た。
「コレ装甲そんなに厚くないのですか?」
「正直な。大方チャーチルの装甲で17ポンド積めば最強の戦車が作れるとか考えたんじゃないのか?」
薫子がGCのハッチから身を乗り出しているルクリリに聞くとそう返って来た。聖グロリアーナのチャーチルは最大装甲152mmの硬さを誇るが、GCの場合は最大90mm弱で劣るのだ。オマケに17ポンド砲を積んだ成果トップヘビーになって機動性に難が生じて長所の踏破性まで犠牲にしているのだからマチルダを使うルクリリにとって不満しかない車両であった。
「実家の近所の子供の発想ですわ! おれさいきょーとか言う奴ですわ!」
「誰がこんなの嬉しがるのでしょうかね?」
「さあ」
そう、発想はローズヒップの言った通りである。ロボットアニメで砲戦仕様と格闘仕様、ついでに機動戦仕様を全てごちゃ混ぜにすれば最強のメカが生まれると信じる子供の発想と同じである。素直にブラックプリンスを持って来れば良い物を、チャーチルと名がつかないと格好がつかないという理由でこんな物を持ってきたのだ。
「……ホントに誰が喜ぶのでしょうね?」
「……さあ? 誰の事かしらね。ね? ダージリン?」
オレンジペコとアッサムが横目でチラリと隊長を見やった。ダージリンはと言うとカップを震わせ、美しい顔を一生懸命優雅に見せようとしてヒクつかせていた。
「おやりになるわね」
「そこで使うんですか?」
「こんな言葉を知っている?」
ダージリンはこうなれば自分の特異なフィールドで戦うことにした。その際オレンジペコが「また格言ですか?」と言いそうになったのは彼女だけの秘密だ。
「もしも地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま突き進むがいい」
「チャーチルですね」
「何事も継続が一番。と言う訳で、“ダージリン”を次のアンツイオとの交流演習で使うことにしましょう。勇気を以って挑戦すれば、使い所もきっとあるわ」
「乗員は?」
「ルクリリを」
アッサムは「ご自分が乗らないのですか?」と言えなかった。ダージリンも実は使えそうにないことをとっくに分かっていることを察したからだ。こうして“ダージリン”はアンツィオとの交流試合で使用された。
試合開始20分で丘を下るときに砲身をつっかえさせて動けなくなったところをセモベンテに狙い撃ちされて、後日修理もされずにOBOG会に返却された。
英国面、それは人を魅了して止まない不思議な魅力である。だが、何故人をこうまで狂わせ、また愛されるのか。それを本当に理解している者はいないだろう。
英国面とは何か
我々は学ばなくてはならないだろう。
如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。
英国面とは乙女の生きがいであります!――発言者不明
完全に余談ですがサバゲーで見た電動ガンのL85(イギリスのアサルトライフル)はやたらセレクターの反応が悪く、給弾不良を多発していました。
もしかしたら英国面は玩具でも発揮するかもしれません。
尚、チャーチルGCに関しては調べてもあまりいい情報が見つけられなかったので、間違いがあった場合は申し訳ありません。
更新遅れて申し訳ありません。
感想などあればご自由にお書きください。