ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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meet Rose hip !

物語には当然だが始まりがある。ボーイミーツガールと言った具合にヒロインとの出会いから始まれば憎むべき怨敵によって仲間を皆殺しにされて始まることもある。無論、それは創作だけでなく人生もまた然り。

 

特に人生はひょんなことから始まりもすれば終わりもする。何気なく蹴った小石が果てしない戦いへの入り口になったりするかもしれないのだ。かの者が芸術での活躍ができなかったが気付けば欧州全土を支配した帝国の最高指導者となったように、人生は小説よりも奇なりなのだ。

 

そう考えれば吉田薫子という一人の少女の価値観が“彼女”との出会いで大きく変わることなど、そう驚くべきことではなかったかもしれない。

 

 

 

遂にこの日がやってきた。吉田薫子は授業を終えて足早にある場所へと向かっていた。知的な美しさを持つブルネットの髪を揺らし、すれ違う同級生に挨拶を交わして行く。その顔は柔らかな笑みを絶やさず、しかもその日は格別に眩しい輝きがあった。

 

何故ならそ彼女にとって記念すべき日になることは間違いなかったからだ。遡ること一週間前薫子は戦車道クラブに入部することが叶った。現隊長であるアールグレイ達の前で今まで培った戦車道の腕前を披露し、晴れて戦車道クラブのレディとしての門をくぐることが出来たのだ。

 

入学して一か月。ようやく夢の第一歩を踏めたと言う訳で彼女はこれから起こるバラ色の日々に胸をときめかせていた。

 

クラブへと入室し、訓示を受けた後に更衣室へ。自分のサイズにぴったりと合うオーダーメイドの赤いパンツァ―ジャケットを眺めれば彼女は心の底から喜び、淑女としての落ち着きも忘れて抱きしめてしまった程だった。

 

「薫子さん? 少しはしたいのでは?」

「あッ す、すみません」

 

クスクスと先輩から笑われて赤面した薫子だった。気を緩めすぎたと戒めようとした時、思わぬ所から声が上がった。

 

「おお! カッケ―……です、わ! 見て見て! この赤いジャケット! これでアタ……私も聖グロの戦車乗りですわ!」

 

何ともでたらめな口調で隣の者に大声でパンツァ―ジャケットを見せびらかす者が一人。赤い髪の毛を真ん中で分けた可憐な彼女は入部して一週間もしない内に名物と言うべきか、とにかく注目を浴びる存在となった少女であった。

 

その口調と仕草は明らかに淑女としてはいささか問題があった。それだけではなく、隊長と副隊長にティーパックの紅茶を差し出したというのだから、この前代未聞のお転婆娘が聖グロリアーナの戦車道クラブ。というよりこの学校に来ていることが非常に不思議がられた。

 

更に言えば、彼女の試験時の指揮が度肝を抜かせていた事もソレを助長していた。

 

「まあ、なんて子!」

「お淑やかさの欠片もない」

 

そんな心ない囁きをする者もいたが、彼女は全く意に介しておらず、隣の後ろ髪を三つ編みにまとめた同級生と喜びを分かち合おうとしていた。その隣の者はと言うと「ああ、私もだぞ」と男の様な口調で話し、襟首を正した。

 

こちらもまた異質な一人であった。仕草こそ一人前の淑女だが口を開けば勇ましく、常に自信に満ち溢れている彼女は先輩達の一部から生意気と評されていた。そんな二人を薫子は遠くから見ていて、彼女達の様な変わった方もいるものだな、と感心していた。同時に意地の悪い囁きに眉間にしわを寄せていた。

 

だが、気にすることはない、と思っていた。薫子は前の試験で操縦部門でかなりの成績を叩きだしていた。故に彼女はこのまま行けば、あの憧れのチャーチルの操縦手になれるものだと信じて疑わなかった。

 

「失礼。此処に吉田薫子さんはいらっしゃる?」

 

そんな時、彼女の耳に届いたのは憧れの人の声だった。「ハイ!」と答えて、その声の主を見れば、サファイアブルーの瞳に絹のような金髪を後ろで纏めた、副隊長ダージリンがそこにいた。

 

「私に何か御用でしょうか? ダージリン様」

「御機嫌よう。少し落ち着きになられて薫子さん。いえ、アールグレイ様より貴方ともう一人には早速配属を伝えるように言われたので」

 

キタ! 薫子は襟を正し、直立の姿勢を取った。待ちに待った時が来た。多くの努力と挫折の数々を乗り越えて、今全てが報われようとしていた。憧れのチャーチルⅦか、もしくはマチルダⅡに乗ってからか、どちらにせよ一年のこの時期にレギュラーメンバーに抜擢されたことに違いなかった。

 

戦車道は淑女の嗜み。しかも聖グロリアーナで早々に認められると言うことはそれこそ名誉の証であった。それは戦車道クラブに入った者のみならず、普通科からも羨望のまなざしで見られるレディの照明なのだ。

 

「では伝えるわ」

 

ダージリンは小さな便箋から手紙を取り出し、薫子の所属を伝えた。

 

「吉田薫子さん。貴女を聖グロリアーナの戦車道クラブのレギュラーメンバーとしてクルセイダーMKⅢの操縦手に配属します。是非、これからも精進なさってくださいね?」

「え」

 

手渡された手紙を見る。確かにダージリンの言う通り、一語一句間違いなくクルセイダー隊への配属であった。薫子は喜びの表情で固まった。今、ダージリンが言った戦車の名前が予想とはかなり違ったからだった。その瞬間、周囲の空気も何かを察したのか固まった。更衣室の音が消えた。何故なら、配属先がよりによってクルセイダー隊であったからだ。

 

「貴女はクルセイダーの車長としての任を。お受けになりますわね?」

「もちろん……で、ございますわ!」

 

薫子はもう一度手紙を見た。すると、驚くべきことに自分の車両の車長が、あの赤毛の女の子の元であることもバッチリ書かれていた。砲手だけが定まっていないのが気がかりだったが、そんな事はすぐにどうでもよくなった。

 

一体何がいけなかったのか。薫子は頭をV8並に回転させて、その原因を探った。試験時の成績は問題ない。むしろ操縦手として最高の成績を叩きだした自信があったはずだった。普段の所作に関してもぬかりはない。伊達に吉田家の長女ではなく、仕草一つ一つに美しさがあると褒め称えられたことだってある。薫子は自分に非の打ちどころはない、何もおかし名していない自信が確かにあった。

 

だが現実は違った。クルセイダ―と言う速さだけが取り柄の巡航戦車に配属されては吉田薫子の名が廃ると言う物だ。こんな事は絶対におかしい、何かの陰謀が起こっているに違いない。もしくは自分が寝ている間にモンティパイソンの世界に連れてこられたに違いない。きっと、体育の授業で果物を持った殺し屋に対する護身術を行うに違いない――薫子は全力で現実を拒否していた。

 

「そ、そんな」

「アラ? クルセイダーはお嫌いで?」

「だ、だって。私はチャーチルに……」

「貴女の操縦手の適性から判断したのよ。それにクルセイダーはわが校唯一の機動戦ができる車両よ。それを誇りとしなくては。何よりあの砲塔が可愛く……」

「私の!」

 

薫子はダージリンの両肩を掴んだ。

 

「私の憧れチャーチルは何処へ?! 装甲厚150mm以上! 速度24kmの優雅な走りを! この手でやってこその優雅さでしょうが! それをクルセイダーでやれとおっしゃるのですか?! 貴女は!」

「ええ」

「そんな殺生な!」

「貴女やっぱり面白……まあ、人生には寄り道も必要と言いましょうか」

「WTF!」

 

両肩を掴んでガクガクとダージリンを揺さぶるがダージリンの余裕は全く消えなかった。むしろ、ダージリンはこの薫子の豹変に内心爆笑すらしていた。しかし、こう揺らされては紅茶も飲みにくいので得意技で締めることにした。

 

「こんな言葉を知っている?」

「はい?」

「険しい丘に登るためには、最初にゆっくり歩くことが必要である。 クルセイダーからチャーチルに乗ることも不可能ではないわ。まずはゆっくりとグロリアーナの精神を学んでから、それから貴女の夢を追うのも遅くはないでしょう」

 

「おお」とクラブの一年生がダージリンを尊敬の眼差しで見た。しかし、誰の名言か言い当ててくれる人が居なかったので、ダージリンは「やはり誰か言い当ててくれないと」と少し不満であった。

 

その言葉が利いたのか、薫子は手を離し、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。真っ白に燃え尽きた灰と化した彼女にかける言葉を誰も見つけられなかった。が、その時例の“あの子”が駆けて行き、薫子の手を取った。

 

「吉田薫子……さん、ですわね? これからよろしく、ですわー!」

 

その少女は全く空気を気にしなかった。哀れ過ぎる薫子に真っ先に声を掛けてブンブンと大きく握手をしてきた。

 

「よ、ヨロシク」

 

薫子は放心状態で答えた。ダージリンはその場から既に去っていたがこの時、彼女とアールグレイの目論見が達成されていたことに気付いた者は居なかった。選考時の備考欄で二人には以下のように記されていた。

 

『――はお転婆、じゃじゃ馬。淑女には程遠く、お馬鹿。しかし、型にはまった時の爆発力凄まじく、また何事にも物怖じしない度胸は黒森峰の重戦車でも屈しないであろう』

『吉田薫子は一件淑女だが操縦は暴れ馬である。またテンパると訳が分からなくなり、意味不明な悲鳴と言葉を連発する』

 

つまり、最初から薫子は例の赤毛の少女同様にユニークな存在として見られていたのだ。 そして、その先にもう一つ書かれていた。

 

『尚、この二人を組み合わせることで聖グロリアーナの飛び道具が誕生すると予測される。危険な組み合わせだが、組ませればきっと面白くなるに違いない』

 

偶然と言うには出来過ぎた組み合わせだった。言ってしまえばこれは宿命であった。

 

 

 

 

 

 

数か月後

 

爆発音が響き渡った。T-34-85から火の手が上がって撃破判定を受けて沈黙した。聖グロリアーナ高と中国の戦車道チームとの試合はクライマックスを迎えており、三台のクルセイダーがT-34の縦隊に背後から突撃し、奇襲を敢行。その様は信じられないもので性能的に圧倒的に優っているはずのT-34が翻弄されて次々に撃破されていっていた。

 

中国チームは眼前の重装甲のチャーチルⅦとマチルダⅡの部隊に注意を引きつけられ、その後ろを高速性能の高いクルセイダーによって攻撃を受ける形となり、大混乱になっていた。

 

中でも一台のクルセイダーの機動はすこぶる目を引いた。華麗なドリフトを決めては、速度を生かして接近し、至近距離での戦闘をこなすのは島田流を彷彿とさせた。あれが聖グロリアーナの戦車の動きなのか、観客は息を呑んだ。

 

一体あの中でどんなお嬢様が優雅に走らせているのか――そんな興味が湧いた。

 

「薫子! 右! 右ターン! バニラはフラッグ車をけん制! クランベリーは85を地獄の果てまで追い回してぶっコロですわ!」

「キタぁ! 85mm!」

 

砲声と同時に着弾。砲弾は砲塔を掠めた。車両が傾くのに薫子が悲鳴とも興奮の声とも判別つかない叫びをあげた

 

「薫子、目の前の76mmを追って! お尻を向けているヤツですわ!」

「ハハァ! お尻を振ってこっちを誘ってるんですか?! お熱いのをぶち込んで差し上げます!」

 

エンジンの爆音、金属の軋み、機銃の空薬きょうが落ちる音、尻に伝わる振動全てに薫子とローズヒップはハイになっていた。二人はパンツァ―ハイと英国面を同時に発動させ、12気筒エンジンの導きの元、走り回っていた。

 

「私を見ろ! 私こそクルセイダー乗り一番手! 聖グロリアーナの飛び道具ことダージリン様の猟犬ローズヒップですわ! さあ、お紅茶が冷めないうちに撃って、走って、リミッター解除ですわ!」

「V12 ! V12! 紅茶は冷めてもエンジンは冷めませんよ! 走って! 走って! 走り死ねぇ!」

 

薫子はこの時、一瞬頭に何かがよぎった気がした。自分は一体何になりたかったのか、何だか途轍もなく大事な物を失った気がする、と。考えてみれば、自分はご令嬢。一人前のレディとなるべくして入ったのではなかったのか。そして、今の自分はそれとはかけ離れているのではないか。

 

その時、85mmの砲弾の空を切る音を聞いた。

 

「でも最高にイイ気分だぜ!」

 

その考えも五秒で消えた。

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

 

 

 

 

 




続きます。
Team Fortress 2のテーマソングを聞きながら書いたら楽しかったです。
投降遅れて申し訳ありません。

現在オリジナルを書いているので遅くなりました。

感想お待ちしております。

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