息が白く見えるほど寒い。冬の寒さは厳しく、豪奢な屋敷の窓から見える冬景色は寒々としているが、庭園に積もった雪と枯れ木は一興と言えた。中央の天馬に乗る騎士像と噴水や柱などの石造りの構造物をより一層、荘厳に魅せている。
その光景を二階の窓から妙齢の夫人が見下ろしている。白い絹のドレスがブルネットの黒髪を一層引き立てていて大変魅力的であった。一人、屋敷のパーテイの喧騒から逃れて、物思いにふける後ろ姿は神々しくすら思える。
「なあ、お前」
「何です?」
そこへ、一人の男が話しかけて来た。男は厳格そうな顔つきだったが、表情はどこか弱々しく、振り返った夫人と比べるといささか余裕さに欠けている。
「あの子に何か言ってやれないかね? 君があの子を尊重しているのは分かる。しかし、同じ女性として、あの子に何か言ってあげてもよいのではないか?」
「あら。何を言うかと思えば。いいじゃありませんか。女性ならほんの嗜みですのよ?」
「いや、しかしだがね」
夫人はふと下でわあわあと騒ぎ出したのを聞き、視線を外の方へと移した。見れば、二人の少女が居た。それは正反対の二人であった。一人は赤いスレンダーラインを着た赤毛を、真ん中で分けた太陽の様な少女、もう一人はマーメイドタイプの白いドレスで夫人と似たブルネットの髪が知的な印象的である。
前者は夏が、後者は冬の印象を持つことができ、どちらも甲乙つけがたい可憐な姿である。
「私が先ですわ! インターセプター乗せてくれるとおっしゃったのは薫子ですわ! 私が! 私が!」
「順番は私です! 操縦手の私が乗って当然でしょうが! 車長はだまって助手席で地図でも持ってろ!」
「譲れませんわ!」
「コッチの台詞です!」
最も、セリフが聞こえなければの話であったが。インターセプターのV8につられてドレス姿で取っ組み合うお嬢様の図は貞淑だとか華麗だとかの言葉は似合うはずもない。これが仮にも聖グロリアーナの戦車道クラブの「貞淑」で「優雅」な「誇り高い」二人なのだから恐れ入る。
吉田家の亭主の誕生日だろうと二人には関係ないのだ。大事なのはいかにV8を操作するか否かであって、ダージリンの目も“今だけは”無いことをいい事に好き放題。周囲の客は奇異の目で二人を見ていた。
「微笑ましいじゃありませんか?」
「どこが?! 娘は英国面にまっしぐら。昨日屋敷の門をカヴェナンターだかでぶち破って来てるんだよ!」
先日は 吉田夫人にとって久々に爆笑した日であった。カヴェナンターでぶち破って来たのに夫が「英国面め!娘をどこへやった!」といって立ちはだかった時、薫子が「I am your daughter」と高らかに宣言してハッチから出て来た時の夫の叫びと言ったらそれはそれは悲痛で滑稽であった。
それにそれ以上に嬉しことがあった、薫子のお友達のローズヒップも夫人のお気に入りに即仲間入りを果たした事がそうである。汗だくで「御機嫌よう」とあいさつし、ダッシュするお転婆さんを、何事も全速力な彼女を気に入るのに5秒とかからなかった。
「薫子もいいお友達を持ったわ。学園艦であの子がお友達ができるどうか少し心配していたけど取り越し苦労だったわ」
「友達を選ぶべきではないのかね?」
「だからこそ、私は安心しているのよ」
夫人は窓を開けて二人に呼びかける
「薫子さん! ローズヒップさん! そんなV8よりもっと面白いものに乗せてあげるから、中にいらっしゃいな!」
「でもお母さま! V8だって!」
「吉田さん! 薫子が意地悪ですのよ!」
「ガソリン車何ておやめなさいな。こっちは12気筒のデイーゼルよ」
「マジですの!?」
「マジですか?!」
「マジよ」
そう言うと、二人は一目散に屋敷に戻っていく。夫人は我が娘とその友人の可愛さに微笑むが、親父の方は顔を真っ青にしていた。
「12気筒……ディーゼル……お前、まさかアレをまだ持っていたのか?」
「勿論。思い出の品ですもの。動態保存も完ぺきでカーボンも完ぺき配備。戦車道に使えれば、グロリアーナに寄贈しても良かったのだけれどねぇ」
「馬鹿な!」
非常に興奮した様子で非難する夫に夫人はクスリと笑う。その顔、張り付いた笑顔には「夫人」というには余りに蠱惑的であった。夫人は夫の横を通り過ぎて、壁に掛けてある一枚の布を懐かしげに見やる。
いや、それは布ではなく正確には旗であった。真っ赤な旗に掲げられた校章に想いを馳せれば、夫人のあの輝かしい時代を蘇らせることができた。そして、胸元にしまわれた手紙に目を落とす。
『貴方の大切な物を頂きます』
不審な手紙に。
△
会場は舞踏場が使われており、様々な料理が並べられたテーブル、壁にかけられた絵画の数々に展示された戦車。そのどれもがこの戦車道にまつわる物で、客の目を楽しませるには十分な代物である。
「全くお前たちはどこでも変わんないよなぁ」
パンター中戦車を背にラウンドネックの薄い緑のミディアムドレスを着たルクリリがローズヒップと薫子にため息を一つ。
「そうは言ってもⅤ8ですのよ! しかもインターセプターと来たら、乗るしかなないですわ!」
「そうです。私の我慢も限界! 乗ります! 普通は乗りますとも!」
「聖グロリアーナの誇りを思い出せバカ。何がV8だ。たかがオンボロの乗用車じゃないか」
「歩兵戦車に乗ってる人が言いますか?」
「あ? もっぺん言ってみろ」
「何ですか? やるんですか?」
「舞踏会裏に来いよ」
ラウンド2、薫子vsルクリリのゴングが鳴ろうとしたが、惜しくも「おやめなさい」とアッサムが仲介に入ってしまい、睨みあいのみで終わってしまった。アッサムはオールバックの金髪に似合う黒のワンショルダータイプのドレスをヒラリと優雅になびかせて三人に言い放つ。
「いいですか? 最近聖グロリアーナの戦車道クラブが変人だとか、紅茶フリークスだとか、格言お化けとか言われているんですから。こういう場でこそ、立ち振る舞いに気をつけなくてはならないのですよ」
「アッサム様。そのデータはいつ?」
「先週分ね。この通り」
そう言って見せたデータは確かに回答の殆どがそうした印象を世間が持っていることを裏付けていた。
「この題名の「ダージリンについて」、って何ですか?」
「……間違えただけですわ。決してダージリンのことではないから、黙っておくよう」
「誰が紅茶フリークスですって? アッサム」
四人がコソコソ話している間に件の人物、聖グロリアーナの首魁にして変人の女王、ダージリンがブルーのイブニングドレスで紅茶を片手にやって来た。パーテイストールと手袋も身につけた彼女は到底高校三年には見えず、大変美麗な姿であったが、その中身はミスタービーンすら凌駕する個性の持ち主であることは聖グロなら誰でも知っている事実だ。
「全く貴女のようにデータにばかり頼るのは如何な物かと思うわ。大事には知人にどう思われているかではなく『正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ』なのよ」
「チャーチルですね。お言葉ながら、正直すぎるのもどうかと。皆が皆、ダージリン様のようになられたら、困りますし」
「何か言ったペコ?」
「いいえ、別に」
隣でシフォンの藍色Aラインドレスに蝶の髪飾りをつけたオレンジペコが可愛らし気な外見に反して、毒の利いた発言をする。量産型ダージリンなど、オレンジペコは想像しただけでゲシュタルト崩壊しそうになる。
「とは言え、こんなお家のパーテイに招待などしてよかったの? 薫子。私達も貴女のお友達と言えば、そうだけど」
「いえいえ、皆さんおそろいで何よりです。それに私友達少なかった物ですから。引っ込み思案でしたし、何より周りが何故か恐れてしまって……」
ジャンキーだからじゃないのか、と言いかけたルクリリだったがアッサムに口を塞がれてしまった。ドはまりしたら、一直線の暴走機関車の薫子に皆が恐れるのは無理もない話である。
ある日の事を思い出す。授業中にクラスメイトがペンを落としたのを薫子が、見つけ拾って上げたところ、そのクラスメイトは激しく狼狽し、命乞いをしていた。まるで不良のレッテルだな、とルクリリは感心すらした。
「薫子さんってもしかしなくても、昔からあまり変わらなかったんじゃないんですか?」
「可能性は大いにあるな。でも、さっきお母様見たろ? あんな人からあんな奴が生まれるなんて遺伝子の奇跡を信じたくなるよな」
「私の母は私とソックリですわ!」
「それは何となく分かる」
ヒソヒソと話している薫子は首を傾げた。だが、ローズヒップについては想像に難くない。大家族のお転婆娘の母親なら、相当肝っ玉がすわっているだろうし、気品より実を取るのは間違いない。とは言え、それなら何故ローズヒップが聖グロリアーナに入学し、お嬢様を目指しているのか、という最大の疑問が残るのだが。
「本当になぁ……」
「? 何ですの? ルクリリさん」
ルクリリは首を傾げてローズヒップの大きな瞳を覗く。実はアンツイオに入ろうとしたが手違いでコッチに入ったと言われても納得ができる。しかし、少なくとも入学できるだけの学力はあったし、現在も留年だとか赤点とか言う言葉には無縁であるローズヒップは正に謎である。
現に今でも謎だ。気が付けば、居なくなっている。周囲を探すと、展示されているチャレンジャー巡航戦車によじ登って乗り込もうとしているのを係員に止められている。
「お客様、困ります。困りますから降りて」
「この子が私を呼んでいますのよ!」
「ローズヒップさんズルいです! 私も!」
「お嬢様ご乱心を!」
「ローズヒップ、61分3本勝負で徹底的におやりなさい」
早速戦車取り合戦第二ラウンド開始、チャレンジャーの上で二人はプロレスを始めてしまう。戦車乗りの矜持を61分三本勝負でケリをつけに行ってしまい、ダージリンと紳士淑女の面々は大喜び。この一連の流れも最早聖グロの面々にはもう当たり前すぎて反応すらしない。
「アッサム様。世界による修正力ってデータ有りますか?」
「何をおっしゃてるかは分からないけど、ローズヒップにまつわる謎なら解明は今も続いているわ」
「聖グロリアーナ最大の謎ですね」
「謎と言えば」
オレンジペコがテイーカップを片手にアッサムとルクリリに振り返る。
「何故、薫子さんだけ、本名のままなんでしょうか?」
「そう言えば」
「ジャンキーは違うのかしら?」
「その名前はちょっと」
アッサムの毒の利きすぎたジョークにオレンジペコとルクリリは引きつった笑顔で応対する。茶に関する名前でもないし、たとえ、本当にそうだとしても中毒者の異名はあまりに酷であろう。
「じゃあ、グラッドストーンは?」
「首相の名前じゃないですか」
「しかも中毒者から離れてない」
高名なアヘン好きの首相の名前を上げられる薫子を二人は哀れんだ。もし、その名前で呼ばれるようになった時、本人が歴史に疎いことを願うしかないし、大洗との試合時に絶対にカバさんチームと接触させてはならなくなる。
「英国面って大変なのね」
「ええ、それもこれもダージリン様という巨悪が悪いんですけどね。」
「うちの娘がお世話になっているわ」
「はい?」
振り返れば、吉田夫人がにっこりとほほ笑んでいた。薫子と顔のパーツがよく似ていて、一同も「おお」と驚いてから、挨拶を返す。
「ごきげんよう、皆さま。所であの子貴方達に迷惑していない? テンパるとすぐに混乱しちゃう子だから」
「ええ、何も。それどころか我が聖グロリアーナの貴重な機動戦力として活躍していますわ」
「それは、良かったわ」
ダージリンはそう返すが、この時ルクリリの心境は複雑である。“貴女の娘さんは私の戦車を事あるごとにへこませています”と喉から出そうになるのを堪え、咳き込んでしまった。
「大丈夫ですか? ルクリリさん」
「気にしないでください。ちょっと思い出し怒り……じゃない、持病の発作が」
「ブリティッシュパンツァ―ハイは大変ね。後で戦車を貸してあげるからそれで直すと言いわ」
夫人も知っているブリティッシュパンツァ―ハイにアッサムとオレンジペコも苦笑い。
「薫子さんは止めないので?」
試しにオレンジペコが後ろでドタドタ争う愛娘の方を指して聞くが、夫人はさもありなん、という顔で。
「戦車道の乙女は拳を使ってなんぼでしょう? 私も昔は戦車を取りあってシステマを競い合ったものよ」
「ホントに乙女の戦車道なんですかね?」
オレンジペコが苦言していると、ダージリンがずいと前に出て、紅茶を一口。ペコとアッサムは恒例の格言が来たな、と察して肩をすくめて、その発言を待つ。
「そうは言っても、ペコ? こんな言葉を知っている?」
「ハイハイ、何ですか?」
「……最近なんだか適当ではなくて? まあいいわ」
一呼吸おいて、彼女の恵まれた知性の泉から言葉が送られる。
「若くして求めれば老い――」
しかし、巡航戦車が加速するように物語も加速する。突然の戦車の発車によって、会場は騒然とした。一台のパンターが急加速して会場を出て行き、その過程で飛んできたケーキがダージリンにぶつかり、クリームとスポンジの下敷きになった。
「あ」
アッサムとペコが同時に声を発したが、それも束の間の事で猛然と走って来たローズヒップに気を取られた。
「大変ですわ! 薫子が戦車ごと連れてかれちゃいましたわ!」
「何ですって?」
「あのパンターですのよ! パンター!」
逃げて行くパンターを目で追い、面々は駆けだした。
「戦車を借ります! それと警察も!」
「戦車は貸すわ! とっておきをね」
夫人たちと共に駆けて行く。戦車泥&娘誘拐に彼女等は倉庫へと急ぐ。そして、彼女等が去った後、クリームの海から一人。どす黒いオーラが発されていた。
如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。
英国で戦車、ドリフトではまだやっていないネタがあるので、書こうと思います。
相変わらず荒唐無稽の作品ですが楽しんでいただければ幸いです。